帰郷(4)

 週末がやってくる速度は特急のように早かった。


 敵地に乗り込んだ大阪のスタジアムは満員列車のようで、そのほとんどが、レッツ大阪のファンだ。どちらかというと野球文化の根強い大阪だが、近年調子が良く、毎年リーグ常連である大阪の人気は高い。また、俺たちと同じように若い選手が多く、勢いがある。


 昨年は三位でシーズンを終え、今季は得点率一位の現在二位に付ける、レッツ大阪。


 赤と黒の縦縞のユニフォームが、イタリアの強豪チームを思わせる。


 攻撃的な大阪が採用するシステムは、3-4-3。守備を捨ててでも喉元に喰いかかるスタイルがファンを熱狂させる。


 ガード無視の殴り合いが今日は予想される。


 もっとも、ここ数節のイシュタルFCは不発続きだが。


「大阪よ、ウチは帰ってきたんやで!」


 少し前まで悲劇のヒロイン気取りだったやつが、すっかり調子を取り戻していた。


「そかそか、大阪は杏奈ちゃんの地元だもんねー」


「だがウチは大阪に未練はあらへん! ユースの入団テストでウチを蹴落とした憎っくきレッツ大阪に目にもの見せてやるんや!」


 そんな過去があったのか。


「じゃあ今日はボコボコにしてあげないとね!」


 あどけない顔をしていながら、真穂は言うことがゲスい。


「せやねん! 新・特別快足の足でハットトリックや! はやぶさもびっくりやで!」


 機嫌がいいようで何よりではある。


「てかさ、杏奈ちゃん。髪どうしたの? 失恋でもした?」


「よう聞いてくれた真穂っち! これはな、コテコテのヒロインを狙っていこうと――」


 ツインテスタイル。


「さて諸君。そろそろ勝ち星が欲しい頃だ」


「監督! ウチの演説はまだ終わってへんねんで!?」


「選挙に出馬する勢いの杏奈に付き合ってたら時間が足りない。口じゃなくプレーで示してくれ。今日は点取ったやつがヒロインだ」


「それ、ディフェンスには不利な案件ですやん」


「そうか? 杏奈の快足性は攻撃にも貢献してくれるはずだろ?」


「有言実行! 人生初のハットトリック目指すんや! 手品師もびっくりやで!」


「……鳩の……マジック……言い換えてハトトリックか。わかりにくいな」


「ツインテをぶん回せば、空も飛べそうな勢いだねー」


「せや、ウチのツインテはな、プロペラみたいにぐわんぐわんまわ――るわけないやん!?」


「久しぶりのノリツッコミ……調子良さそうだね、杏奈ちゃん」


「口もよく回るにゃん」


 いつの間にか漫才合戦に参加した環。ここにトリオの結成である。


「二人ともひどない!?」


 とはいえ、ウチの原動力であるルーキーコンビがよく喋ると、いい雰囲気が波及する。最近の試合前ではピリピリしていたムードが、今日は表情が解れている。


 良いプレイが期待できそうだ。


「相手は芸術的なまでの攻撃サッカーを駆使する。けどこっちは、トリッキーさとチーター並みの足に期待しよう」


「大阪のおばはんは、なぜかヒョウ柄スタイル……は! 皆、チーターみたいに早いんか!」


「ちなみに、ヒョウとチーターの違いって何?」


「全部同じネコ科だにゃん」


 こいつら、話をさせる気がねえな。


「はいはーい、そこまでー」


 と思っていると、良いタイミングで由佳が手打ちをし、終止符を打ってくれた。


「監督のありがたーいお言葉を聞かないと、試合に行けないよ?」


 逆にハードルを上げられて、やっぱり話したくなくなる。


 しかし監督としての威厳を保とうと、踏ん張ることにした。


「俺たちは常に挑戦者だ。自分たちより優れる相手を倒すには、より練習を重ねるか、より頭を使うかの二択しかない。俺たちが今できるのは後者のみ。だったら、相手よりも深く早く考えなきゃならない。しかし難しくは考えなくて良い」


 俺は杏奈の頭に手を置いた。


「迷ったらこいつを頼れ。死ぬ気で走ってくれる」


「そう、ウチは俊足のお化けランナー。……って勝手に殺すなや!?」


「お姫さまに道を開けてやれ」


「にゃんこは気まぐれなのだ。保証はできにゃいにゃ」


「杏奈ちゃん、お姫さまってキャラじゃないけどね」


「ウチの扱いひどない!? ウチかてな、たまにはヒロイン気取りたいんやで!」


 程よく緊張が抜けたところで、締め直す。


「ガラスの靴の魔法が解けるのは九〇分。敵地のファンをメロメロにさせるほど、派手に踊ってこい!」



「「「オールゴー、ファイ!!」」」

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