六合目(6)

 SCヴィヴァーチェ鳥羽は、4-4-2のオーソドックスな布陣で、教科書通りなサイド攻撃を主体としたチーム。だが練磨れんまされたサイドアタックはきたえ上げられた日本刀のように鋭く切れ味の良いものだった。


 背の高いセンターフォワード二人に対し、木崎姉妹は常に空中戦を余儀なくされ、序盤から消耗が激しかった。


「どこか集中しきれていませんね……」


 久しぶりにフルメンバーで挑めた今回、イシュタルFCが潜在的にもつ爆発力の高さを見ておきたかったのだが、アウェイということもあり、リズムに乗り切れず守備一辺倒の時間が続く。


「下手にイザベラを目の当たりにしたもんだから、そっちに意識が向いているんだろう」


「無理もありません。あれだけの才能、気にするなという方が難しいですよ」


「真賀田さんが現役なら止められる?」


 真賀田コーチは難色を示した。


「はは、私なら十本中、三本は止めますよ!」宮瀬コーチ。


「三十三%って微妙な数字ですね……」


「上出来じゃない? 一試合で十本のシュートを打つのは結構難しい。仮に十本打ってきたとしても、七失点で抑えられるんだから」


「監督……本気で言ってるんですか?」


「いや、キーパーだけで七失点なら十分。あとは十一人と戦術で0にできる」


「希望的観測にもほどがあります」


「いや。彼女は十本も打てないよ」


 真賀田と宮瀬はハッとする。


「「監督はもう対策が!?」」


「あーどうかな。でも確信はしてる。その半分が実際打てるシュートだな。五本のうちの三割止められるとしたら、ほら、取られても三・五失点」


 コーチ二人は「あ」と声をあげた。


「あの硬いTGAが四失点……まさか偶然ではない? しかしその根拠はどこに?」


 言うべきか躊躇ためらったが、イザベラと戦う前に俺たちは目の前の敵を倒さなければならなかった。それを考えると、今から不安を抱えていてもしょうがない。


「彼女、ハーフしか出られない」


「もしかして……」


「たぶんね」


 思えば、リーグ前半で戦った時も後半途中出場だった。昨日のTGA戦にしても、相手の戦意を奪うパフォーマンス以上の意味があるとしたら、真実はそれしかなかった。


 故障を抱えている。


「俺たちと当たる頃には全快って可能性もあるし、今から恐れたって仕方ない。俺たちにだって時間は平等に与えられる。だから今日は目の前に集中しよう」


「「はい!」」


 と、コーチ二人は出撃する選手たちみたいに気合いを揃えた。


 試合の方は、中盤のパス回しから良いボールが出て、紫苑から香苗へのクロスが上がった。


「へえ、今日は紫苑がな」


 早い攻撃で先制点を奪った香苗が吠え、アシストを決めた紫苑の頭をもみくちゃにしていた。


「いつの間にかあの二人、連携が繋がりましたね」


「もともと、香苗と相性のいい選手をウイングに置いたんだ。やってもらわなくちゃ困る」


 以前よりも、点を取れるという確信がチームの意識下に根付いていた。


 香苗一人が背負っていたものを両翼で支えることにより、負担軽減の意味ばかりか、新たな攻撃パターンとして噛み合っていた。


「けど紬は今日もまだ……」


「いや、左がかき回してくれれば、右も活きる」


 パスカットから紬に繋がり、縦を翻弄ほんろう。ゴールライン深くまで侵入するも、相手の気迫でカットされコーナーキック。これを香苗が後ろへ流して紫苑がボレーを放つも、惜しくもバーを直撃。跳ね返ったセカンドボールは相手が奪取し、速攻を食らう。


 これをきっちり決められ、同点で前半を折り返すこととなった。


「諸君、注もーく」


 どこか意識が散漫とする選手たちはおもむろに俺を見上げた。


「見えない相手に怯えていたって仕方がない。言われっぱなしはしゃくだが、あいつの言う通り、射程圏内に入れてそして俺たちが勝つ。すると」


「優勝間違いなしやで!」


「はい、お勤めありがとうございます杏奈さん」


「まさか読まれてたなんて……監督、漫才ディフェンスも冴えてきたな!」


 俺は少しムッとする。


 漫才のディフェンスとはボケかツッコミどちらなのか。


 っと、杏奈のペースに乗せられかけたのを咳払いで流れを切る。


「今日を含めて、残り七節。上位との勝ち点差は十二。つまり四ゲーム。負けてる暇がない。上ばっか見上げて足元をすくわれないように」


「けど監督……あの上位二チームが四つも負けるとは思えません」


 由佳は現実的な反論をした。


 確かにそうかもしれない。ただ、俺の見立てではTGAはしばらく調子を落とすだろう。結城や選手たちには気の毒だが、あの様子では立て直しに時間がかかる。宮崎にしても現在二位という立場が、好不調の激しさを物語っている。イザベラがフル出場できない以上、万が一は起こり得る。その間に差をなんとしてでも詰めたかった。


「直接対決で勝てば三ゲーム差。ありなくもない話だ。もし仙台戦に負けていれば、今よりも厳しかっただろう。だが崖っぷちで君たちは勝った」


 常に運を引き寄せるのは自分たち。


「あの勝利は君たちの力でもぎ取ったもの。諦めの悪い奴にしか勝利はやってこない。裏切られ続けても、信じ続けた者にだけ風はやってくる」


「そのためには一戦も無駄にしていい試合なんてない」


 俺は頷いた。


「まだ六合目。しかし君たちのポテンシャルなら登りきれる。今日勝って、七合目だ。俺は来季も二部なんて嫌だぞ。君たちと一番の舞台で戦いたい」


 十合目に着いた時、そこには一体どんな景色が待っているのだろう。


「一緒に行こう、いただきへ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る