六合目(4)
週が明けた土曜日。
二部リーグの頂上決戦といっても過言ではない試合が行われていた。
TGA対宮崎戦。
リーグトップとそれを追いかけるチームの一戦。六万人を超える観衆が集まったのは、人気の高さが伺える。
この日、俺と夏希は東京に残ってこの試合の観戦に来ていた。ちなみに選手たちは明日アウェイ戦があるので、本日の練習は早めに切り上げ、先に現地入りしている。
「イシュタルFCとしては、引き分けか宮崎に勝ってほしいですね」
「それは言っちゃダメなやつ。相手の勝ち負けを願っているようじゃ、先はない」
しかし夏希の言っていることは事実でもある。二位につける宮崎が勝てば、下位との勝点差は縮まり、チャンスが巡ってくる。
すみません、と頭を下げ、夏希はタブレットを見せてきた。
「これは?」
スクロールしていくと、とあるスポーツ紙の記事だった。
『今、女子二部リーグが激アツ!!!!』
そんなタイトルで飾られたネット記事は、上位争いを行なっている六チームの特集が組まれていた。TGAや宮崎はもちろん、仙台やページは少ないもののイシュタルFCのことも書かれていた。
タレント揃いのTGAに関しては、チーム全体のこと、あるいは指揮官の結城学のインタビューが載っていた。彼らしい真面目な受け答えで、正直面白みのない発言だったが、対して宮崎はエースストライカーを中心に書かれていた。
「イザベラ・グレイシー・松本」
その名は、もはや日本だけに留まらず、世界中のスカウトマンが熱視線を向けているとの話だ。実際、得点ランキングでは未だ二位以下にダブルスコアをつける独走状態であり、TGAの堅い守備を崩せるのは彼女の個人技だけだと論じていた。
つまりは、「組織のTGA」対「個の宮崎」というわかりやすい構図が今日の観客動員数に直結しているのである。
リーグ前半で戦って以降、イザベラ対策は浮かんでいない。
個人的な思惑としては、TGAに勝って欲しかった。何故ならば、俺たちイシュタルFCもどちらかといえば組織のチームだからだ。イザベラ封じを結城がどうするか、その対策を学ばせてもらうという意味が大きかった。
しかしいくら優れた選手であったとしても、神様でも化け物でもない。常に絶好調を維持できるわけがないのだ。宮崎は、イザベラの調子に左右されるところがあり、取りこぼす試合も多かった。だから、付け入る隙はまだある。
選手が入場した時、割れんばかりの大歓声が轟いた。
「——ただのアップだろ!?」
「でも、雰囲気ありますよ!?」
俺たちは耳を塞ぎながら声をあげた。
確かに、イザベラからは独特のオーラみたいなものを感じなくもない。俺の、選手としてのセンサが、あの選手はレベルが違うことを警鐘していた。もちろん前回対戦した時にも少なからず感じてはいたが、今日の彼女はもっと強烈だった。
そんな中、スターティングメンバーが発表され、俺は軽い戦慄を覚えた。
「結城さん……」
賭けに出たと考えられた。
TGAは、今期一度も使ったことのないシステムを採用していた。
4-5-1の変則系。
ピラミッド型の4-3-2-1だ。イザベラ対策として、フラットな4バックディフェンスに、中盤はDMFを三枚、
要するにサイドを捨てて、中央を固めてきた布陣だ。
あまり奇策を用いる人ではないが、時に大胆になる。結城学はそういう男だ。
『T・G・A!! T・G・A!!』
ドンドンドン、と太鼓の音とともに、サポーターの声援が響く。
「あいつ……」
俺はぼそりと呟いて、
「ええ、笑ってますね……」
夏希も口にした。
両チームの選手がアップをしている中、イザベラただ一人、敵サポータの大歓声を見上げて嬉々とした表情を浮かべていたのだった。
こういう選手は恐ろしく強い。アウェイの雰囲気に飲み込まれることなく、それを闘争心に変換できる選手は、超一流だ。
そして中軸の選手が盛り上がれば、周りの選手にも波及する。宮崎の選手もまた、不敵な笑みを浮かべていた。
「あ、月みんみーっけ」
と声がして振り返ると、綺麗な白銀がふわりと横切る。
紫苑は隣の席に腰掛ける。
「奇遇ね」
「ホテルに行ったんじゃなかったのか?」
「向こうのホテルがスポーツチャンネルと契約してなくて仕方なくよ」
「紫苑ちゃん、絶対監督の隣を用意しろとうるさくって……」
「ちょ、佐竹さん!?」
というか、これだけ観客がいる中、周囲は指定席なのにずいぶん空いているなと思っていたが、まさか。
「お、いたいたぁ」
真穂の声。
「たくっ、杏奈が寝坊するから遅れたじゃない。昼からなのに寝坊とかありえないし」香苗。
「電車、人多すぎ……」これは紬。
「オフの日はこしあん!」
「心美は年中無休だ!」
「そんにゃ!? 労基に訴えてやりゅ!」
そんな感じでゾロゾロと、スタメン組がほぼ揃うのであった。
当然サッカーファンが気づくのは時間の問題で、ざわつき始める。
「あー、暑い。暑いわ」
と、わざとらしく言った紫苑はパーカーを脱いでシャツ一枚になる。背中には
『今日はオフ。話しかけたら鼻フック』なんて手書きの文字が書かれていた。
「だからオフじゃねえ……」
しかし彼女たちも肌で感じているのだろう。
あの選手は
和気あいあいとしていたメンバーだったが、イザベラを見つけた途端、出撃前に見せる締まった顔つきを見せていた。
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