アディショナルタイム

 試合が終わり、シャワーを浴びた選手たちは片付けをしようとロッカールームに戻ったのだが、そのまま疲れて寝てしまった。しばらくそっとしておこうと、コーチ陣は部屋をあとにし、俺はグランドに向かった。


 雨は止み、雲の隙間から光芒が芝生を照らしていた。


 コートでは未だ結城が空を見上げていた。


 俺が近づくと彼はぽつりと呟いた。


「雨さえ降らなければ……」


「でも降った」


 喉を鳴らして、結城は涙を飲み込んだ。


「俺は間違っていたのだろうか。もしも去年彼女たちを切り捨てなければ、俺はこんな悔しい思いをせずに済んだのだろうか」


「あんたが悪者になってくれたおかげで成長できた。そういう意味じゃ感謝もしてる。シーズンオフ、練習試合にも付き合ってくれた。多分あんたはどこか後ろめたさがあった。だから木崎姉妹を紹介もした」


 結城は少し表情を綻ばせた。


「この世界は結果がすべてだ。つまり君がすべて正しかった。俺には無理だったよ。あの専門家ぞろいの、アクの強いチームをどうにかするなんて。でも君はここまでやってのけた。いや彼女たちが、と言ったほうが君的には正しいのだろう」


「俺は負け犬だからあの子たちの気持ちに近づけたんだと思う」


 勝ちたいって思いは負けからくるものだ。負けて悔しいから次勝とうとする。負けたら二度と次がない時もある。


「俺はチャンスをもらえた。だからあの子たちにも俺は何度でもチャンスをあげたいと思う。結果なんて時の運。そう思わなければやってられない時もある。特に今日のような雨の日は」


「だな」


 そう言った結城は頭を下げた。


「今日はすまなかった。選手たちは大事にはならなかったか?」


「まあ」


 結城は少しホッとした様子で顔を上げた。


「俺は監督に向いてないのかもしれない」遠い目をして、スタンドを見上げた。

「君に負けてスッキリしたよ。俺の限界はここだろう」


「辞めるのか?」


「俺は選手を見る目だけは自信がある。自分自身のこともよく。だから一番自分が輝ける場所に行こうと考える」


「そうか」


「ところで君は来年以降どうするんだ? 怪我は治ったんだろう?」


「さあ。将来のことはまだ何も。そんなこと考えられなくなるほど、俺は今の居場所が好きだ」


「好き、か。それが一番サッカーにおいて重要なのかもな。あの子たちはいい顔をしていた。好きじゃなければあんな顔して笑えない」


 俺はしばらく試合後の彼女たちの笑顔を思い出した。


 おーい、と声がして杏奈が飛び込んでくる。あっという間に俺は手を引かれた。


 振り返って俺は結城に少し頭を下げる。


 彼は微笑んでいた。



      *



「どうした杏奈?」


「大変や! 大変なんや! 紬んが! 紬んが!」


「何!? 紬がどうした!?」


「真穂っちが! 真穂っちもなんや!」


「怪我か!? 良くないのか!?」


 ロッカールームに到着すると全員が荷物を持って廊下に並んでいた。


 俺は事態を重く見て、最悪の結末までを覚悟した。


 そして扉を開ける。


 すると真穂と紬は手を掴んで、睨み合っていた。


「今日は私がMVP!」


「真穂がMOMなの!」


「……何これ?」


「今日の最優秀選手はどっちかゆうてな、どっちも譲らへんのや」


「え、でもマン・オブ・ザ・マッチMOMは真穂じゃなかった?」


「せやねんけどな、実は佐竹さんが今日のゲームでMOMとったら、監督からご褒美あるゆうて、それで二人ともめっちゃ気合い入れとったんや」


「あんぱん!」


 ややこしいので心美は無視した。


「え、俺からのご褒美? 聞いてないけど」


 ふと集まっていた選手の向こうに視線を向けると、さっと身を隠す佐竹の姿が見えた。


「そんなことやと思たわ」


 呆れ顔にため息を吐きながら、睨み合う二人のところへ行って、アンナはツインテチョップをかます。「ていっ、ていっ」


「はい、かいさーん。ご褒美はなしでーす。残念でしたー」


 なーんだ、と諦めのいい真穂だったが、紬は片足でジャンプすると俺の背中にしがみ付いた。


「紬ちゃん!?」驚く真穂。


「紬……?」驚く俺。


「怪我で私は歩けません。だから監督が背負って運んでください」


「それはいいんだけど……」


 睨まれてる気がする。方々から。


「健吾、試合中好きって言ってくれた」


「いや、雨だから。雨が好きって意味だから!」


「じゃあ嫌い?」


「それはだな……」


「私をもっと見たいって。君が必要だとも言ってくれた。あれは嘘?」


「チームにね!? ドリブルを見せって意味だから!」


 そして俺は今まで忘れていた重大な事実に気づく。


 ここは女子チーム。


 そして男は俺一人。


 紬は火に油を注ぐように、こう囁いた。


「あなたのために頑張ったよ」


 手を繋がれた。


「かーんーとーくー?」


 真穂がじとと冷たい目を向ける。


「それ、完全に言い逃れのできないやつだよね? 真穂と佐竹さんとついでに杏奈ちゃんとほぼ同棲生活しておきながら、浮気とかダメじゃない?」


「ついで!? ウチついでなん!? 一緒にお風呂はいったり、イチャイチャマッサージしあった仲やのに、ウチついでなん?」


「ちょ杏奈! 言葉は正確に! 杏奈と真穂が、だから!」


 ヒソヒソと皆は疑いの目を向ける。


「どういうことですか監督? 同棲って? 真穂と佐竹さんと杏奈と?」


 秘密好きの由佳が尋問の構え。


 そして佐竹はこう言った。


「うっ……思い出したら、ご懐妊」


「ちょま! はしょり過ぎ! 誤解を生むから!」


 ポキポキと指を鳴らす香苗の目は殺意しかなかった。


「どういうことか説明してもらいましょうか、監督」


「いやえっとだからそれはだな……」


「監督はナチュラルに口説く男」


「監督は昔の男より俺にしろって」


 ここで木崎姉妹のコンビネーション。


「あんぱん!」


「心美はブレねえな!」


 しかしよもや言い訳は通じぬだろうと判断した俺は逃げることにした。


「あ、逃げたで! 皆んな、フォーメーションや! 絶対その男を逃したらあかんで!」



「イシュタルぅ~」


「「オールゴーファイ!」」



 でもまあ、コートの外も悪くない。



 拝啓、オットン・ハイマー監督へ。


 俺は今女子に追われています。

 それから俺も監督やってます。





(完)

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