開花(6)

 今回も敵地に乗り込んでの一戦。

 相手は昨シーズン一部で戦っていたセレソン大阪。さすが関西というか、男子チームもあるということでサッカー熱が高い。

 ロッカールームでさえ、地鳴りが聞こえるほどの熱狂っぷりだった。


 試金石の一戦を前にしているというのに、オーダーがガラリと弄って、選手達は不満どころか呆れてさえいた。


 CBだった愛依、芽依姉妹を攻撃的MF。守備的MFの中心だった心実とFWの香苗をCB。心実が居たDMFの位置に真穂。両右翼の前後も入れ替えた。これまで攻撃的MFだった三葉を先発から外し、今シーズン初めてスターティングメンバ入りした紬がCFW。


 スタメンを発表した真賀田でさえ、呆れて頭を抱えていた。


「無理強いはしない。無理そうだったら後半戻すし、前半でも無理だって思った子から元のポジションに戻っていい。自由に。任意に。ただし、変わる時は選手同士で確認してくれ。互いの位置を確認し合うのがミソだ」


 それこそが狙いだったが、選手自身の意思で気づいて欲しかった。

 俺はそう告げ、相手チームの監督に挨拶をしに行った。


「久しぶりやな、月見」


 俺より三つ年上の男。

 ツンツンヘッドの背の高い柏木相太かしわぎそうたは昔、日本代表ユースで一緒だった。


「ども」


「世間ではエライ騒がれてるやん。月見健吾は死んだって聞いとったが、地獄から蘇ったんか?」


「そんなところっすよ」


「なんや素っ気ないな。俺もお前も似た者同士やで。怪我して出世から外れて、女子チームの監督。まあ仲ようやろうや」


「お手柔らかに」


 あまり長居したくなかったのでさっさと話を切り上げてベンチに戻る。真賀田が知り合いかと聞いてきたので、「U-18の代表でFWやってた先輩」と答えた。


「あまり仲よさそうには見えませんでしたけど?」


「嫌いなんだよ。我の強いFWって。どんな場面でもオレオレって呼びやがる。きっとオレオレ詐欺の大半が元FWだ」


「……ダジャレですか?」


 閑話休題。

 試合開始。


 やはりというか、慣れないポジションに選手達は戸惑いを隠しきれなかった。敵はすかさず隙をついて、攻勢に出ていた。


 かろうじてシュートは打たせないようにコースに入るが、強引にこじ開けてシュートを放ってくる。


 柏木の選手時代のプレイスタイルとよく似た展開だった。

 ただ、最初のシュートは大きく枠を逸れてくれた。


 それに大きくどよめく観客。


 ほとんど怒鳴ったような応援歌の所為でピッチ上の声も通りにくい。

 大阪弁のきついヤジが飛び交い、ウチの選手達は縮こまっていた。

 不利な状況が重なっていた。


「さすがにポジションだけでも戻したほうがいいのでは?」


「これの意図はそれに気づいた選手が自分で動いてくれるところにあるんだけどな」


「監督ってソフトドSですね」

「それって褒めてる?」

「当然、貶してます」


 平然と悪口言うのやめてくれませんか。冗談に聞こえないんです。


「でも言ったでしょ。全員守備全員サッカーだって。まだどこかで選手達は守りに入ってる。俺の言うこと聞いてるだけじゃ、今後苦労する。何点も取られた後や試合後に文句垂れるようじゃ、目まぐるしく攻守の入れ替わる展開についてけない」


 誰が一番最初に動くかな、と俺が微かな期待を寄せながらゲーム展開を見ていると、向こうがシュートを放つたびに、横からにやけ顔を見せる柏木の視線が煩わしい。


「ちょっと、真賀田さん。俺の右側に立ってて」


 真賀田は意図がまったく分からないと言う風に首をひねりながらも俺の横に立った。


 一番最初に気づいたかどうかは分かり兼ねたが、今日先発に入った紬が一番、守備に回ってピッチの前後を走り回っていた。


 紬のポジションはCFWという一番高い位置ににもかかわらずである。


 全員守備といってもFWが深く下がって守備をするという意味ではない。前線でのプレス。だが紬はチームをプレーで鼓舞するように、ほぼエリア全土を走り回っていた。


 本能で気づいていたのだろう。

 言葉ではなく、プレーで伝えようとしている。


 今日紬を先発で使ったのは、俺の意図をちゃんと理解し示してくれると思ったから。

 紬は頭のいい選手だ。


 チーム練習に参加してからシステムや戦術の理解度は誰よりも早かったし、俺にアドバイスを聞いてくる頻度は少なく、自分自身で理解しようとしていた。


 ハードトレーニングは辞めろと言ったのに、まだスタミナ強化を自主トレで行なっている。しかしケアも怠らず、結局一番遅くまで残っているのは紬だった。


 紬は俺が目指す走るサッカーにフィットしようと考えている。


 スポーツは何かと運動神経とか身体能力の高さがセンスだと思われがちだ。それももちろん間違ってはいない。だけど身体を動かすのは根っこの部分は頭だ。筋肉に頭はない。脳内のイメージと神経伝達から筋肉が動かされる。


 したがって、なりたい自分を明確に持っていれば、自ずとそれに必要な動きをしようと練習したり、身体の使い方を覚えていけるのだ。


 だから俺はシーズンの初めにどうなりたいかを選手達に言ってもらった。


 そして紬は俺の意図を一番理解していた。


 紬は『九〇分を通して相手を翻弄できるドリブラーになりたい』と言った。


「全員守備、全員攻撃ってさ、口で言うほど簡単じゃないよ。ゾーンで守るディフェンスの方がそりゃ楽だ。何せずっと走らなくていいんだから」


 そうやって選手の負担を減らすためにシステムは進化して行った。


 広いサッカーコートで効率的かつ最小で守れる範囲になるのが4-4-2のフラット型。

 だからこの形が今の主流である。


「時代は守備を求めた。負けないサッカーをね。でもサッカーは点を取るスポーツだ。そして四枚のディフェンスを崩すために考案されたのがFW三枚。四人のディフェンスラインの間に入られるとディフェンスとしては嫌だ」


 一つの連携ミスからFWを見失うことになる。


「守備力を落とさないように4バックの4-3-3が主流となっていった。けど、このシステムは中盤が三枚しかない。つまり、中盤に犠牲を強いたってわけだ」


 真賀田は俺の高説に反論せず聞いていた。


 4-3-3に対応しようというのが中盤五枚の4-5-1だ。システムは常に時代に合わせて形を変えていく。サッカーの世界で生き残っていこうと思うのなら、選手達はどんなシステムでも自分を出せなければならない。


「高さのないウチは高さのある香苗を頼るか、走って勝つしか選択肢はない。香苗を頼るのは楽。でもそれは相手も楽なこと」


 高い選手を当てればいいだけだから。

 走って勝つのはしんどいことだ。


 選手達が本当に勝ちたいのなら、しんどいことをしなきゃならない。


 そして、今日まで一番しんどい思いをして、自分の居場所を勝ち取ろうと奮闘して来た紬が、一番戦い方を知っていた。


 その紬にボールが渡った。


 まだセンターサークルの手前。

 しかも相手はきっちりDFが四枚残っていた。


「これはサッカーに限らないことだけが、どん底を知っている人間の方が、リスクを恐れない」


 なぜかって? 上に立ち続けた人間はリスクを犯さずに勝てるからだ。だけど、どん底に落ちた人間はリスクを犯さなきゃ、勝てない場面があることを知っている。


 自分が弱いことを知っている。

 足りない部分を知っている。


 だから自分の強みをどう活かそうか考える。

 時として常勝の猛者達を食うのはそう言う子達だ。


「だから紬はもっと上手くなる」


 このチームならその才能を一二〇パーセント発揮できる。


 本日両ウイングに入っていた琥珀と玲奈がボールをもらう動きをして、下がってきた。連動して、中盤の底にいた真穂がいの一番にフォローに回ろうと上がってきた。


 敵サイドバックが両ウイングの動きに吊られて、インターセプトを狙おうと上がってくる。すると相手ディフェンダー全員は前に体重が乗っていた。


 真穂が右に流れながらさらに上がった。

 CBの注意が真穂に向く。


 連動した動きから相手ディフェンスに僅かなひずみが生じた。

 その時、パスの選択肢が四つに広がった。


 だが俺に見える最高の形はたった一筋の轍でゴールまで結ばれている。


「さあ、紬。君の才能を見せてくれ」


 俺のイメージと紬のプレーは調和していた。


 紬は真ん中を切り裂いた──。

 ディフェンスを一人置き去りにする。


 紬のバレエで鍛えられたボディバランスは体格の良い選手にも当たりにも負けず、起き上がり小法師のように粘り強く体勢を立て直す。


 俺はその瞬間、全身が粟立つのを感じていた。


 天性の柔軟性に支えられた柔らかいボールコントロール。

 まるでボールが紬の足元に吸い付いているかのようだった。


 思わずカバーリングに入った二人をフェイントも交えず、細かいタッチの切り返しだけで、二人の狭い間をあっという間に縫った。


 飛び方を覚えた雛鳥は羽を広げるようにしてゴール前まで駆け抜ける。


 紬はしなやかなキックフェイントを一つ交えて、まんまとGKは体勢を崩された。ふわりと浮かせたループシュートはゆったりとした放物線を描いた。


 その瞬間、世界が止まったかのような静寂に包まれていた。


 ゴールネットが揺れ、ホイッスルで現実に戻される瞬間まで、敵チームもそのファンも、ピッチ上に狭間見えた天使に見惚れていた。


 俺も紬の翼に見惚れていた。


 ここぞとばかりに鳴らされた太鼓と賞賛の声に沈黙が破られた。

 イシュタルFCファンが歓喜に沸く。


 紬が自陣に戻る中、俺は真っ先にライン際に飛び出して拳を突き出していた。

 紬は控えめにVサインを出してハニかんでいた。


 俺はすかさず、ゲームキャプテンの心実に指示を出す。


 先週までのポジションに戻して、紬をOMFの位置に据えた。

 ベンチに戻る俺は、感動に言葉も出ない様子の真賀田にこう告げる。


「真賀田さんの感性は正しかったよ。あの子は誰にも止められない」

「はい……監督……」


 思い入れのある選手が苦しんでいる中、結果を出してくれるのは、言葉には言い表せない感情がこみ上げるものだ。


 最初紬は必要じゃないと思った。

 紬は決して本調子じゃない。


 それでも彼女は苦しい場面で期待に応えてくれた。


 信じ続けた真賀田の功績も大きいだろうが、チームが見捨てなかったのも大きい。不調でも紬を支えた選手達がいたからこそ、紬はそれに応えようとしてきたのだ。


 一人は皆んなのために。


 その言葉を体現するかのように紬はプレーで返した。

 だから今度は周りが返す番。


 次はオールフォアワンだ。


 ちぐはぐだったさっきまでの硬さがすっかりとれ、選手達は紬がボールを持つと、躍動した動きを見せ始めた。


 一人のドリブラーが前を向いてボールを持つ意味は非常に大きい。

 抜いてくれるという安心感は自ずと前線を押し上げる意識へと繋がる。


 またもや紬が抜く構えを見せる。

 対してCBが二枚で対応してSBが中に寄る。


 するとサイドにスペースが生まれた。


 紬はヒールパスで真穂にボールを戻し、ダイレクトで左サイドの杏奈にボールが渡る。


 杏奈はワンタッチで大きく前に蹴り出した。

 助走を始めていた杏奈のトップスピードについてこれる選手はいない。


 杏奈が中を抉り、キーパーが出掛かったところを結月に預けて二点目。

 ハーフタイムに戻ってきた選手の表情は明るかった。


「二点目のイメージを全員忘れるな! あれこそが君達が作った最高の形だ」


 俺はここぞとばかりに選手達を鼓舞する。


「中盤底で選択肢がなければ、ロングボールを香苗のポスト当てて、紬に落とす。紬、行けるならガンガン行け。少々強引でもいい。ミスを恐れるな。ミスは周りが助ければいい」


「はい!」


 紬自身も手応えを感じていた様子で少し震え、高揚していた。


「杏奈はボールが来なくても裏取りは忘れるな。真穂は紬のフォロー。空いてたら容赦無くサイドに放り込め、ウイングがバテたらすぐに変える」


 真穂は「うん!」とガッツポーズを見せた。


「前の五人に全部任せるな。行けると思った子からガンガン突っ込め。カウンター食らってもCBの二人が命張ってでも止めてくれる」


「「はい!!」」


 再出陣する選手達。俺は紬を呼び止め、


「行けるとこまで行くからな。バテたら無理せず言えよ」


 紬は力強く頷いた。


 後半が始まって、バタついていた敵のDFが落ち着きを取り戻していた。さすがは昨年一部で戦っていたチームだ。


 だが、勢いは完全にウチにあった。

 いい流れとは続くもの。


 紬がペナルティエリア付近まで切り込んで、ファウルを誘った。


「さて、真穂。そろそろ春も近い。新芽くらいは出してくれよ」


 真穂は無回転シュートを繰り出した。

 枠を捉えていたが、キーパーの指先に奇跡的に阻まれる。

 しかし杏奈がいち早く反応し、DFと迫り合いながらも押し込んで三点目。


「まあ、ギリギリ及第点といったところか」


 その後バテ始めた選手から順次交代して、試合は終了した。

 勝利を喜ぶ天使達の顔は、見ている者たちをも幸せにする笑顔だった。


 俺はニッとして柏木監督と握手をしてやった。

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