ミッシングリンク(9)

 決戦の場は、アウェイの地。


 いや——俺たちのホームの地でもあった。


 TGASCはホームウェアの赤と黒の縦縞のシャツに、白のパンツ。対してイシュタルFCは真っ黒のアウェイカラー。


 スタンドは満杯。


 二部リーグとはいえ、東京ダービー。ともに上位につけるチーム同士の対決。


 地鳴りと熱狂が轟いていた。


「さて諸君、決戦だ」


 いつもの調子で俺は言う。


 TGAは堅牢な守備を持ち味とし、ここまで総失点数がもっとも少なく、そして未だ黒星はなし。圧倒的な強さを誇り、すでに昇格は間違いなしだと目されている。その守備の硬さから、堅牢な閂カテナチオとの異名を持つ。ロジック&プログラムの最先端を行く。


「香苗」


 と俺は投げかけた。


「はい」


 椅子に腰掛け、タオルを被る香苗はただ静かに闘志を燃やしていた。


「調子はどうだ?」


「早く戦いたくてうずうずしてます」


「由佳」


 彼女は目を合わせ、大きくゆっくりと頷いた。


「紬」


 窓外を眺めていた彼女は呼ばれて視線を向けると、にこりとピースサイン。


「真穂」


「準備万端っ」


 真穂は杏奈のツインテをグリグリしていた。


「あふん、真穂っち、そこはな、あたいのもっとも敏感な部分なんやでぇ。……ってんなわけあるかい! 髪乱れるから早よ離してえや!」


 どうやら杏奈もいつも通りだ。いや、ノリツッコミしている分、普段よりいいかもしれない。


 そうして俺は十一人全員の様子を問いかけた。


 皆、変に気負うことなく、しかしモチベーションは非常に高かった。贔屓目にみても今シーズンの中で最も調子が良いとすら見えた。練習の様子からもそう受け取れた。


「やることは普段と一緒だ。点取る。取られたら返す。良い攻撃は良い守備から」


 手も足も出なかったあの日から半年。


「俺たちには何がある? 俺たちは何をしてきた? 君たちはどうしたい?」


 すると真穂が最初に声をあげた。


「勝ちたいっ」


「じゃあどう攻める?」


全員攻撃全員守備トータルフットボール前線から積極的なプレスフォアチェック流動的パラレラポゼッション! あと私のスーパープレイ! ……は出るかどうかわかんないけど、前進あるのみ! 目指せゴール!」


 俺はニコリとした。


「あの、腹黒イケメン野郎をぶっ倒そう。俺たちのサッカーは爆発だ」


「「はいっ!!」」


「円陣」


 そう言った俺はコーチ陣の肩を取り、全員を輪に加えた。


「イシュタル〜ぅ————」


 長い溜め。


 そこに込められる思いは、今日までの鬱憤うっぷんを、苦渋を込め、


「「「オールゴーファイっ!!!」」」


 放たれた。


 王様の優秀な騎士イレブンは出陣する。


 俺と結城は握手を交わす。お互い何も言わず、火花を散らして睨み合う。去り際、結城が口端を歪めながら去っていくのが見えた。


 彼の背中を眺めていると、メインヴィジョンに映し出されるスタメン発表。


 俺は言葉を失った。


「なっ——」


 結城が取ったフォーメーションは、これまでの4-4-2ではなく、4-5-1。しかもディフェンスラインを弄っての、システムだ。三枚のディフェンスを横に並べたフラットスリーに、最終ラインへSWスイーパーを置いた、奇策。つまりは俺たちのスリートップをマンマークし、掃除屋に処理させようという魂胆だ。


 現代で死滅した——しかし結城が恋い焦がれてやまないスイーパーシステムの再現。


 それはある意味、現代サッカーに対しての反逆行為だったのかもしれない。結城は決して時代を遡行そこうしようとしているのではない。この半年、近代サッカーへ近づき、そして急激に進化の過程を歩んでいる俺たちを踏み台にすることにより、死滅したスイーパーを復活させようとしているのだ。


 失われた環ミッシングリンク。現代のCBが作り上げられる前に存在したスイーパーの復活。それが結城の探し求めたものだったのだろう。


「やってくれる……っ!」


 だが俺は笑っていた。


 ここまでコケにされ、試合後自分の笑っている姿を想像すれば、痛快だからだ。


 俺は今にも爆ぜてしまいそうな心臓を落ち着けるべく、ゆっくりと呼吸をした。


 スタジアムを見上げる。


『T・G・A!!! T・G・A!!!』


 と、TGAサポーターが呼号を合わせ、


『イ・シュ・タル!!! イ・シュ・タル!!!』


 負けじとこちらのサポーターも叫声を返す。その中心で音頭を取るのは、真穂の父。そのすぐ近くの客席に、母親の姿も見えた。


 あと紬の兄も。


 他にも多分きっと、彼女たちの大切な人が来てくれている。


 俺はスタジアムに視線をぐるりと這わせた。


 この観客に見たこともない景色を。




「さあ始めよう。俺たちのサッカーを」




 そして、試合開始のホイッスルは鋭く空を貫いた。

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