開花(5)

 そしてやってきた第二節。


 昨シーズン四位の石川ヴィーナスFC戦。今回はアウェイ戦。

 イシュタルFCのアウェイユニフォームはカラスのような黒一色だ。


 この一週間もほとんど相手チームの対策を立てずに自分達の戦術確認に練習時間を割いた。


 相手は4-5-1。守備的MFを二枚おき、堅実な守備をウリにするチームだ。


 高さは他のチームと比べても低い方だが、それでもウチよりは高い選手が多い。何より、ウチと同じく走るチームだ。


 先発は前回の布陣のまま。プランも前半は香苗中心は変わらない。このチーム相手にどれだけ自分達のやりたいことが通用するかが今後に大きく関わってくる。


「勝ち点取りたいですね」


 試合が始まってすぐ真賀田が言った。


「最低でも引き分けかな」


「結構監督って、実戦になると弱気になるんですね。ああ、だから理解者に支えてほしいってことですか。メンタル弱いから」


「その話、蒸し返すの?」


 チームのムードは決して悪くない。


 選手達も勝ちきれなさに歯がゆい思いをしていたのだろう。だから雰囲気から変えようと自分達でできることを考えたのだ。俺にアドバイスを請うたり、自主練にも目的意識を持って取り組んでいたりと、変わろうとしている。


 当たり前のことを当たり前にできるようになるのは意外に難しいものだ。


 どんな人間でもウマが合わない事はある。

 プライドや自分の価値観などが壁になる。


 そういうのが邪魔をして、以前の自分から変わるというのは非常に勇気のいる事。

 真賀田が言った通り、このチームは内気な子が多い。


 スポーツ選手にとって重要な要素である自分の考えをあまり言おうとしなかった。ただ、秘める闘争心は誰よりも力強い事は感じていたし、今は前に進もうとしている。


 チームプレイのスポーツで相手の性格を知るというのは結構重要な事だ。何せ性格というのはまんまプレーに出る。


 誕生日会を開くという発想は俺には思い至らなかった。

 これは彼女達特有の理解しようという試みなのだと思う。


 少女らしくて、微笑ましいじゃないか。

 だからそんな彼女達に勝ち星をプレゼントするのが監督の役目だ。


「しかし、二試合連続無得点なら考え方を修正しなければなりません。苦しくても香苗を使い続けて、ワンチャンスに賭けるか──」


 そうこう言っていると、いきなりチャンスが回ってきた。

 ペナルティエリア近くで、三葉が倒されてフリーキック。


 キックの精度から結月が合わせるかと思ったが、結月の横に真穂が立っていた。


「真穂、今週も練習後に特訓してたみたいですね」

「そういう情報は早いんだろう。真穂の成長は皆、気づいてるさ」


「監督は入ると思います?」

「平常心通りでやれば、枠内は確実」


「一点目は固いということですか」

「さあ、そればかりは」


 蹴ったのは真穂。

 ボールは壁を超え、ゴールに巻いて吸い込まれる。

 しかしキーパーが弾いて、ゴールラインを割る前にDFがクリア。


「……真賀田さん。ちょっと真穂呼んできて」

「はい」


 真穂がライン側に近づいて、目を丸くしていた。


「何であれやらなかった?」


 練習していたはずの無回転シュートのことを言った。


「あの場面はあれがベストだって思った」

「そう。じゃあいいよ」


 俺は素っ気なく真穂を返した。

 まだ練習中で自信がないからやらなかったのだろう。


 真賀田が「ご立腹ですね」と俺を一瞥する。


「たぶん俺が思っている以上に勝ちたいんだろう。頑張って練習に励むほど結果が欲しくなる。無意識的に確実な方を選んだってことだろうな」


「勝つプランはあるんですか?」

「真賀田さんが監督ならどうする?」


「まさかないと?」


「あるにはあるけど、今はしたくない。それを考えるのはもう二戦くらい見てから」


「システムを戻す?」


「ストライカーかファンタジスタが覚醒してくれれば、苦し紛れでもやれるんだろうけどね。完全覚醒までにはまだ時間がかかりそうかな。そういえば、来週から水曜にはカップ戦があったんだっけ」


 ええ、と真賀田は返事をした。


「そっちは捨ててもいいかな」

「……本気ですか?」


「サブ組でも試したい子が何人かいるし、シーズン後半に日程詰まるのも嫌だし。何より目標は一部昇格だから」


「分かりました。ですがまたオーナーから小言を言われますよ?」

「オーナーからの番号は拒否で」


 と言っていると、コーナキックから香苗が押し込んで先制。俺と真賀田は揃ってため息を吐いていた。


 後半に入り、結月の代わりに紬を投入。調子が上がらないながらも守備に奔走して、カウンターチャンスを何度か演出。


 敵のマークは香苗に集中していて、真穂がフリーで受ける場面が多く、いい流れが見られたが、フィニッシュが決まらず、追加点が遠い。


 杏奈と玲奈が終盤にへばって交代。


「いけそうですね」

「真賀田さん。その発言がフラグにならないことを俺は祈っておく」


 しかし悪い予感は当たってしまった。


 ロスタイムに入って、一瞬気の緩みかけた愛衣の対応が遅れ、キーパーとの一対一の場面をきっちり決められ、試合終了。


 なんとか勝ち点1を取れたが、勝てた試合を落としたのは事実だった。


 引き上げてくる選手達の表情はも悔いの残るものだった。特に、失点の直接原因となった愛衣は悔し涙を流していたが、スタメン全員が慰めていた。俺から見ても、愛衣一人だけの所為で失点したのではないと見えていた。全員の気の緩みだ。


 冬までの雰囲気だったら愛衣一人を責めたかもしれないが、今の彼女達はちゃんと自分達全体を見ることができていた。

 だから俺はあまり心配していなかった。




 水曜日はスタメン組の練習を真賀田に任せ、俺はサブ組を率いてカップ戦を挑むものの、0-1で敗退。勝負を捨てたとはいえ、負け以上に収穫のなかった試合だった。


 試合から帰ってきた俺は佐竹に捕まえられ、ミーティングルームに連れられた。

 待っていた選手達は開口一番「以前のシステムを今のメンバーで一度試させてください」と言った。


 皆まっすぐ俺を見つめて懇願の目色だった。いや、不慣れなシステムを押し付けられて目に見えないストレスからの悲鳴が聞こえてきそうだった。


 選手達が勝つために考えたことなのだろう。この提案を無下にはできないと思いつつも、俺は「次負けたらそうする」と返した。


 選手達が帰った後、真賀田が「すみません」と頭を下げてくる。


「監督に直接言いたいと」

「謝ることはないさ。不満があったのは感じてたし」


 いきなりシステム変えられたら俺だって文句の一つも言いたくなる。


「でも今のまま、前のシステムに戻しても結果は変わらないと思うけど」

「調子が上がってこないのが一番の原因ですね」


「それもあるけど、なんかこう温度差があるんだ。昨シーズンも全体的に感じてた事。ずっとそのわだかまりが抜けきらないまま今年も続いている。真賀田さんはそのこと気づいていた?」


「……いえ」


 このチームは本来、仲が良い。多分真賀田はあの子達の仲の良さを見過ぎてしまっていた。だから表面上の仲の良さに騙されていたのだ。


 それは彼女達が陰口を叩き合っているとかじゃない。

 実にサッカーに直結したものだ。


 仲が良いというのは、言い換えれば角を立てようとせず、誰かが我慢すること。


 まだ彼女達は丸く収めようとしている。

 いや、ゴールを誰かに譲ろうとしている。


「全員守備、全員攻撃って言ったのに、攻撃的MFと守備的MFを境目にバッサリ違ってる」


 選手達がどこか攻めきれないのは負けたくないって思いから意識がファイブバック気味だ。


「フォーメーションはあくまでも基本形。もっとシステムを細かく言えば、香苗が一列目で一・五列目がウイングと攻撃的MF。二列目が守備的MFなんだけどな」


 昨シーズンの総失点数が少なかった、という実績も枷になっているのだろう。

 守備のチームというのが頭の片隅にまだ残っていて、自分たちの攻撃を信用しきれていない。だから中盤の前と後ろにぽっかりスペースができて、いつもそこをカウンターで狙われた時に限ってキーパーと一対一かコーナまで持ち込まれて失点。


 ここまでの失点パターンはそれが原因だ。


「次ちょっと、大胆に攻めてみようかな」


「裏目に出なければいいですが……しかも、相手は昨シーズンの一部相手ですよ? 大丈夫ですか?」


「その時は潔く、前のシステムに戻すよ」


 ピースが一つでも嵌ってくれれば、先は見えてくるのだが……。


 今週の練習も授業が終わってから、夕方からの少ない時間での調整が続く。

 できるだけシーズン中はきつい練習をさせたくなく、身体を動かしながら頭で整理させる。そうやって動きの確認をさせる日々。


 全体練習が終わるとそれぞれの自主練に時間を費やした。


 親御さん達も現状を理解してくれたようで、いつもより遅い時間帯に顔を出すようになっていた。


 そして日曜はあっという間にやってきた。

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