開花(3)

 リーグ初戦が終わって、早速、大手スポーツ紙に俺の名前が載っていた。


『天才プレイヤー月見健吾。突然の引退!? 次はハーレム王国!?』


 なんてユーモアの欠けらもない見出しで、東京イシュタルFCの初戦敗退の原因を長々と俺に押し付けていた。


 男子や女子の一部リーグを差し置いて、それも二部チームのことを一面に持ってくるほど注目度は高いらしい。


 過激な新聞社はご苦労様なことに、連日練習場に足を運んで「初戦負けたのは、監督が選手とアレしてたからじゃないですかねぇ」なんて外道なことを言って煽ってくれた。


 もっとも俺自身、敗因を選手に押し付ける気は無い。

 まだ本調子に遠いながらも選手達は頑張った。


 馴れないシステムをやらされるストレスもあるだろう。もしも敗因を挙げるなら、もう一手を用意していなかった俺の責任というのは正解だ。


 終わってみれば、0-2。


 しかし二失点ともコーナキックからの失点。決して守備が崩されての失点では無いことが救いだ。実力的にはほぼ互角。いや、後半はずっとウチが押していた。


 ただサッカーの女神に見放された。

 ポストに潜む悪魔に魅入られたともいうべきか。


 来週は昨年四位のチームとの対戦。その次は昨年一部で戦っていて降格したチームとの対戦。両方とも厳しい一戦となるだろう。最低でも次の次までにはシステムが浸透した状態で戦いたかった。


 あれこれ考えながら事務所に戻ると受話器を持った佐竹が、


「月見さん。お電話です」


 またか……。


 初戦が終わってからこの調子で電話が鳴りっぱなしだ。


 ほとんどが俺へのスカウト。下部リーグに所属するプロチームや強豪高校からの監督やコーチとしてのオファーだった。来年ウチに招きたいとのことだ。しかし当然というべきなのか、哀れだというべきなのか、選手としてのオファーは一切なかった。


「予定は未定だって言っておいて」

「それがオーナーからでして……」


 小言を言われるんだろうなと思いながら俺は受話器を取った。


「いやいや、久しぶりですなあ」


 電話口の声を聞いただけで、不機嫌さが滲み出ていた。


「聞きましたよ。月見君。チームを大改造したらしいですなあ」

「はあ、まあ」


「それで結果を出してくれれば問題はないんですよ。結果が出ればね。今や女子サッカーの注目度はうなぎのぼり。全チームを通しても十代で構成されるイシュタルFCの注目度はより高い。しかも全員美人ときた。こんな客寄せパンダに勝利をもたらさんでどうする?」


「一試合負けただけです」


「そう、君は一試合という。リーグにおいてされど一試合。しかし一試合とも言えますなあ」


 面倒になったので受話器を置いて、後の対応は佐竹に任せることにした。

 クラブハウスを出ると、グランド外周をランニングする紬の姿が見えた。

 俺は舌打ちをしながら、軽く走って紬を追いかける。


「紬。今日はオフだって言ったろ。オーバーワークは怒るぞ」

「いてもたってもいられなくて……」


「悔しいのはわかるが、昨日は十分働いた」

「守備だけ。攻撃は何もです」


 紬は印象通り言葉数が少ない。

 ただ、内に秘める闘志は誰よりも熱く滾っている。


「ウイングとして起用されたのに、守備に奔走するしかないなんて……」


 紬は人一倍責任感があって、自分に厳しい。それはスポーツ選手にとって必須項目だが、度が過ぎると自分に潰されてしまう。


「まだ本調子じゃないのは知ってる」

「それでもチームに貢献しないと……」


「紬は昨日負けたのは自分の所為だって思ってるけど、それは思い上がりだ。負けたのは、勝てるプランを示せなかった俺の所為だ」


「でも、私は意気込んで出してもらったのに──」


「あのな、そういう気持ちが引きずってるっていうんだ。昨日の負けはもう変えようがない。なら、変えられる次の試合に目を向けろ。自分の身体を苛めてもいいことはない。次に備える為しっかり休む。監督命令だ」


 話していると、真穂に香苗に杏奈に心実といった、スタメン前線メンバのほとんどが着替えて練習場に姿を見せ始めていた。


 俺は盛大なため息を吐いて、練習禁止を言い渡そうとしたが、クラブハウス正面の方から何やらざわめきが聞こえていた。


 様子を見に行くと、身なりの整ったご婦人方が徒党を組んで、佐竹を責め立てていた。俺を見つけると、「月見さん! 逃げてください!!」と大声を張り上げる。


 首を傾げている俺に一人の中年女性が詰め寄ってきて、


「あなたが月見健吾ね!?」


 とがなりたてる。


「はあ……?」


「今すぐ、チームを去りなさい!! この破廉恥男!」


 と今朝のスポーツ紙を手に持っていた。


「ですからそれは、誤解だと──」


 佐竹が必死に説明しようとしていたが、マダム連合の波に飲み込まれていた。

 女性人権団体かとも思われたが、後からやってきた香苗達が血相を変えて、「お母さん!?」と駆け寄ってくる。


 状況を飲み込めた俺は、女子チームの監督とはやはり大変だと胃がムカムカするのを感じていた。


 どうやら集まったほとんどがイシュタルFCに娘を預ける保護者らしい。

 今朝のスポーツ紙を見て、カチコミをかけたようだ。


 心配も無理はないが、初戦に娘の応援に来ていた保護者は今集まっているうちの半分もいない。こういう連中こそ、近所の角で有る事無い事噂して喜びあうのだろう。


 自分の目で確かめやがれクソババア。


 オーナー権限でスポーツ紙各社に検閲をかけてやろうか。それとも買収してやろうかとも思いながらマダム達の罵詈雑言を聞き流していた。


 一時間弱の小言の末、心配なら練習の始まりから終わりまで付き添えばいいとの佐竹の発言に今日のところは引き返してくれた。


 一気に老けた気がする俺は甘ったるいコーヒーで事務所のソファにのけぞった。


「すみません監督」


 と香苗達は悪くもないのに謝ってくれた。


「君らの所為じゃないし、君らは試合のことだけ考えてればいいよ」


 とはいえ、クレーム対応係を増やしたいところだ。


「でもなあ、監督。ウチ、気になることあんねん」


 と杏奈が目を丸くさせ、俺の顔を覗き込んだ。


「何?」

「監督って恋人はいいひんの?」


 女子にとって大好物の話題を振られて、俺は面食らった。


「……いないよ」

「その歳で? 有名選手やのに?」


「今まで恋人はいなかった」

「もしかして、そっちの趣味なん!?」


 手をひっくり返して甲を口に当てていた杏奈。


「なんでそうなる。サッカー一筋だった」

「じゃあもしかしてファーストキスもまだとかありえますん?」


 俺は天を仰いだ。

 あれは思い出したくもない過去だ。


 試合に勝った時、熱狂的なサポータのおばあさんに唇を奪われた……。

 俺は昔を思い出して少し涙ぐむ。


 これ以上攻め込まれると墓穴を掘り返されそうだったので反撃に出ることにする。


「そう言う君らはどうなんだ? こんなに可愛い子達を世の男子は放っておかないだろう?」


 すると杏奈は急にしどろもどろになり、


「い、嫌やなぁ、監督。ほらウチらもサッカー一筋やし!! な、皆!」


 全員杏奈の言葉に強く首を縦に振っていた。

 全員いないようだ。


 杏奈は持ち前の明るさに加えてのツインテはしっかり女の子らしさも見せている。

 真穂は純真な天使のような笑顔がある。


 心美は温和なお姉さんという感じに、女子最大の武器、胸を持っている。


 香苗はボーイッシュで男勝りだが、実は繊細で結構甘えたがり。


 紬は上品な顔立ちに口数の少なさからミステリアスな色香を思わせる。


 つまり、皆、それぞれに可愛いのだ。


「俺は今、君らのことで頭いっぱいだし、そういうの考えてないよ」


 杏奈はニタリとする。


「それってもしかして、ウチら興味あるゆうこと? 監督ってロリコンなん?」


 俺は巧妙な誘導尋問に引っかかったことを知った。


「いや、そういう意味じゃ──」


 言い訳を考えている俺を五人が取り囲んだ。

 嫌な汗が流れる。

 マスメディアの追及よりも厳しい尋問が待っている気がした。


「ねね、誰が好みぃ? 言うてまぃや」


 杏奈は人懐っこいリスのように近づいて、膝に手を置いた。制汗剤の爽やかな香りが俺をくらくらさせる。


 香苗はそっぽを向きながらチラチラ俺を見ていて、真穂は自分を指名するようにと自らに指をさしてアピール。心実は冷静に腕を組んでワールドカップクラスのそれを強調させ、見せつけるように足を組み替える。


 紬が無言で真横に座ると、手を取って恋人繋ぎ。


「監督の手って、温かいです」


「ドドド、ドレミファ、ファア!? ちょ、つむぎんそれ、反則やで! イエロー、いや、レッドカードもんやで!」


 杏奈の言葉に紬以外の全員が力強く同意していた。

 誰を選んでも地雷だということが見えていた。


「……ノーコメントで」


 俺は静かに立ち上がり、輪から離れた。しかし背後には佐竹と真賀田が立っており、なぜか強固なディフェンスラインを敷いていたのである。


「じゃあどういう人がタイプなのですか?」


 佐竹が実に興味津々な様子で問いかけた。

 ここは素直に答えるべきか、冗談めかすのが正解なのか……。


 全然コースが見えない!


「……タイプっていうか、理解者かな」


 結局、本音を漏らす俺。


「ほら、この仕事ってサラリーマンとは違うだろ。サッカー選手は土日が試合だし、食事にも気をつけないとならない。しかも筋トレバカだ」


「じゃあやっぱり、専業主婦で家庭的な人がええってことなん? ウチ、お菓子作りやったらめっちゃウマイで。今度作ってきたろか?」


 スピードを生かした攻撃スタイルの杏奈は、プライベートもぐいぐい突っ込んでくる積極性を見せてくる。


「別に家事が得意じゃなくてもいいかな。一人暮らししてたから自分のことはできるし、あまり求めてないかも。でもしてくれた方が楽にはなるだろうな」


「好きな料理は? やっぱり肉じゃが?」


「肉じゃがも好きだな。ジャガイモ料理は基本的に好きだ」


「ええーでも、お芋さんって炭水化物多めやからカロリー計算、苦労せえへん?」


「太った分は走ればいい」

「アカン。監督、ゴリゴリの体育会系や……」


「俺達体育会系じゃないの?」

「じゃあじゃあ、芸能人で言えば誰がタイプ?」


 と今度は真穂。目を輝かせている。


「テレビなんて、サッカー以外ほとんど見なかったからあまりわからない」

「……筋金入りのサッカー馬鹿と」


 真穂はメモに書きとるいう熱心ぷり。


「私の見立て的には──」となぜか真賀田が口を挟む。「監督はちょっと抜けてるタイプが好みかと。鼻を高くして自慢げに知識を披露するのを喜んでくれるお馬鹿さんが好きなんじゃないですか?」


 すかさず俺はこの状況を突破しようと切り返した。


「そういう真賀田さんはどうなの?」


「私は年収四百万以上であれば、そこそこイケメンまでオッケイです。それなりに現実的でしょ」


 結構ギリギリ攻めてると思うけど。


「ここじゃ男性って俺と守衛さん、あとコート管理のおじさんくらいじゃない? 出会いってなかなかないんじゃ?」


「いえ、そこは抜かりありません。毎日、出会い系チェックしてますから」


 確かに抜かりがない。

 うん、結婚が遅れるタイプだ。


 そうして次のターゲットにされたのが佐竹だったが、彼女はノールックで視線を誤魔化しながら事務所を出て行こうとした。しかし俊足の杏奈に捕まって、尋問が始められていた。


 俺は机に戻って、解放されたことに安堵を覚える。


「結構普通の女の子なんだな」


 ぼそりと言うと、真賀田が、


「ですから間違っても、選手達と間違いはダメですよ。週刊誌程度じゃすみませんから」


「心得てます」

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