ミッシングリンク(2)
「ガルルルルっ」
俺が近づくと、心美はまるで野生の狼のように
一度事務所に寄った俺は、冷蔵庫にあったアイスを手に持ち、「ほーれほれ」と
「あいしゅ!」
飛び込んだ心美はアイスを奪うと、素早く口に運んだ。しかし
「ダメよ心美、これ以上は! ——でもアイス食べたい! ——けれどこれ以上食べたら牛さんになって出荷されちゃう!」
「食っていいぞ」
驚いた様子で心美は振り返る。
「いいの……? だって私、トレーニングサボってまたお菓子食べちゃって……。チームにも迷惑かけてるし、最近出場機会もまた減って……」
「ストレス感じるくらいなら食った方がいい」
「そしたらまた体重が……走り込みとかウェイトとか嫌いだし……」
「そもそもの原因って、男にフラれたことだろ?」
コクリと頷いて、ペロリと一口アイスを舐めていた。油断も隙もない。
「なあ、心美さ。男とサッカーどっちが大事だ?」
「それは……」
心美は
「どっちも大事だよな。しゃーない。人間だ、仕方ない。俺だって恋したいって思うことくらいある。練習はしんどいし辛い時がほとんどだ」
俺たちはロボットじゃない。美味しいものを食べたくて当然。恋愛をしたくて当然。練習をサボりたくなって当然だ。
「でもさ、俺は今がすげえ楽しい。君らとサッカーができて、心の底から興奮してる。他のことなんて考えられないくらい生きてるって感じてる。負けて死にたくなるほど悔しいし、勝ったら踊りたくなるほど嬉しい。そんな今が俺は好きだ。君たちのサッカーが大好きだ。もっと上へ、もっと強くなりたい。強くしたいって思う。そこにはな、心美。君の力が必要なんだ。君がベストの状態で出てくれれば、俺のサッカーは一歩理想に近づける」
心美は手を握りしめ、アイスのプラスティックケースがぱきりと鳴る。
「私にはそんな力、ないよ」
力なく彼女は言った。
「私、お嬢様なの。甘やかされて育った。欲しいものはなんでも買ってくれたし、やりたいことはなんでも許してくれた。でもそれは自分の力じゃない。パパとママがいたから」
胃の底に溜まったヘドロを吐き出すように、心美は語る。
「だから私、自分の力で手に入れたかった。彼氏も、サッカーも自分の力で掴み取りたかった。でもなかなか上手くいかない。ううん、彼氏なんて本当は言い訳。逃げだった。去年、スタメン落とされて、普通の女の子に戻ろうかななんて思ってそれで」
心美は自らに対する冷笑を浮かべた。
「二兎追うもの一兎も得ず、なんてね」
「それで今は?」
俺は尋ねた。
「なんかさ、温度差感じたんだよね。月見監督になってから、皆んなの意識が高くなってさ、強くなりたいってひしひし感じた。いっぱい練習して、どんどん上手くなって、こういう言い方はあれだけどさ、自分より下だって思ってた子にまでスタメン取られて、なんだかなぁって感じ。でもきっと、今まで隠れてただけで抜かされちゃっただけ。私が下手くそになっただけなのかなって……」
心美は拳を握った。
「悔しくて! そんなの悔しくて! このままじゃいけないってわかってる! でももしかしたら追いつけないかもって思っちゃう! 怖くて、努力が無駄になるのが怖くて! じゃあ最初からやらなければいいやって思っちゃう!」
そんな言い訳を理由に。
彼女は自らに
人間は誰だって弱い。負けてしまうことは恥でもないし、次の勝利の枷にすればいい。
「だったら——」
本当にサッカーを続けたいなら、たとえ無駄になったとしても納得できるまでやり通せ。
そう言おうとした。
しかし心美は俺の言葉を遮るように、ドロドロに溶けたアイスを口に押し込む。ベトベトになった手を犬みたいに舐めて、涙まじりの塩辛さに綺麗な顔を歪めた。
「ひぐっ——塩っぱい」
弱い人間は強い。
自分の弱いところを知っている子は強くなる。
「もう辞める。お菓子はもう辞める。今日から本気出す。練習する。試合に出たい。みんなとサッカーしたい。サッカー辞めたくない。月見監督に認められたい」
頑張ってる子に頑張れは言えない。それは怪我をしろと言っているようなものだ。
「ああ、待ってる」
「走ってくりゅ!」
自分から立ち上がれる子はどんな世界にだって行ける。
技術だけじゃ、身体能力だけじゃ、この世界では生き残れない。
それを俺が一番よく知っている。
だから君は俺なんかよりもずっと強い。
「ほうほう、これが噂に聞く月見監督の説教というやつですか」
由佳の声がし、
「なんか、監督はんがめっちゃええセリフばっか言ってんねんけど。うちには全然あんなこと言ってくれへんかったで?」
杏奈が茂みから姿を現したのだった。
「これは完全に惚れさせにかかってますね」由佳。
「心みんも陥落したん? てか、香苗っちもつむぎんもころりハートを撃ち抜かれたん?」
「なわけない!」香苗が吠える。
紬は頬を赤らめ、俯いていた。
「……嘘やん。まじで? つむぎんマジでなん!? その顔、マジもんやん!」
「は、走ってくりゅ!」
言葉を噛んで、紬は駆け出した。
「逃がさへんで! 全部ゲロらせたるからな!」
杏奈が追いかけ、他の皆も紬のあとを追い、結局心美を含めてラントレをする彼女たちであった。
俺はどう反応していいかわからず、頬を
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