ミッシングリンク(3)
第十節。
リーグ前半戦も半分を越え、上位と下位の明暗はくっきりと分かれ始めていた。俺たちの現在地は中堅どころの下位。中の下。下の上。最低でも二位でリーグを終わりたいイシュタルFCにもう負けは許されない。
今回は敵地での一戦。
試合前のミーティングは終わり、戦闘準備は完了した。
「さあ行くわよ」
袋から取り出したあんぱんを一口
「あの、どちらさん?」杏奈が問いかける。
「心美よ!」
「嘘やん! 心みんが痩せとるで! 締りのある顔つきしとるで! たった一週間でそんな痩せるとか、どんな魔法つこたん? まさか真穂っちの魔法はこんなところでも!?」
「私じゃないよぉー」
宮瀬コーチは、地獄のブートキャンプを修了した心美に賞賛の眼差しを送った。
「……あれは苦しい修行だったわ。ご飯を食べながら十キロ近くを落とさなければいけない。そこに慈悲はない。あそこにお菓子はない。でも時々、悪魔のチョコレートがおいでおいでするの。それでも私は戦った! クッキー少佐を撃ち殺して、大福大尉を踏み台にして、私はこの芝生へ帰って来た。なぜならば私は、試合後のあんぱんを食べるため!」
突然回想を始めた。
「はいはーい。茶番はやめ。気合い入れ直してぇ」
「監督が一番
「心美は頑張った。だから勝ってあんぱんを食べさせてやろう。負けたあんぱんなんて食べられないだろう? 彼女をお菓子の国へ連れてってやるんだ」
「監督も乗っかるのやめえや!」
「キャップ」俺は顔つきを締めた。「いつもの」
円陣を組み、由佳が声を掛ける。「イシュタルっ〜」
「「「オールゴーファイっ!」」」
「あんぱん!」
あんぱんパワーが炸裂するかはさておいて。
試合序盤から攻勢に出るフェンリル仙台FCに対して、守りの時間が続く。
「十一番チェック」
「九番了解!」
「七番ケア!」
「六番入って来た!」
いつになくディフェンス陣のマーク受け渡しが激しかった。相手の仙台は超攻撃的布陣の3-4-3を駆使し、ポゼッションサッカーで攻めてくる。
一瞬の受け渡しミスが、一つの判断ミスがスペースを生みかねない。
「カバーっ!」
サイドの杏奈が抜かれて、萌が釣り出される。そこへ、中央を上がってくるOMFとDMFが位置を
決してタレントのいるチームではなかったが、
そして、俺たちがやりたいサッカーの一つでもある。
スタンドの歓声が
『ゴォォォォ————————————————ルゥゥゥゥ!!!』
簡単には勝たせてもらえない。
俺はライン側に近づき、紬に指示を出す。
「一回だけ外のパターンを見せてから中
「はいっ」
「あとは好きにやっていい」
油断したわけではない。ましてや相手を
むしろ、こうなることは俺のシミュレートで出ていた。今日は取られる。仙台はリーグでトップの得点力を誇るのだ。
だからやり返す。
そうでなければ、結城学率いるTGASCを崩せない。この仙台ですらTGAにたったの一点しか取れなかったのだ。
真穂にボールが入るも、前を向かせてもらえず仕切り直し。というか、今日も真穂はエンジンが掛かりきっていない。
心美がワンターンで相手を振り切り、右サイドへの早いフィード。
受け取りに来た紬が
電光石火の足で、相手よりも先にボールを拾った杏奈はサイドを射抜く。矢のように。中央に送り込むが、香苗の足には一歩届かず、キーパー正面。
そして仙台の速い攻撃が襲いかかる。
「トップ下注意!」
真賀田が声を張り上げた。
仙台のトップ下は、ゲームメイクをする選手というよりか、運動量を生かしたトリッキーな動きでゾーンを崩してくるシャドーストライカーだ。釣られればやられ、無視してもフリーでやられる。非常に厄介な選手だった。
心美が対応に当たり、空いたスペースに相手DMFがビルドアップする。こちらのDMFが抜かれたところを、FWにボールが入った。芽はスピードで振り切られるが、ぬっと彼女の背後から姿を現した萌が鋭くカット。サイドバックから真穂を経由して再び紬。一瞬向こうの警戒心が、猛スピードで駆け上がる杏奈に向いた時、紬はもう飛び立ったあとだった。
DFを振り切り、ふわりと浮かせたループシュートで同点弾。
戻りながら彼女はベンチにピースサイン。
試合が再開して仙台は再びトップギアで攻めてくる。
しかしこれを心美は鋭い読みで止め、ロングカウンター一本。
トラップした紬は杏奈の駆け出しを見て〝
杏奈はサイド深くまでは侵入せず、早い段階から長めのクロスをあげ、逆サイドの由佳が頭で返す。これを相方の香苗がきっちり決め追加点。
皆が由佳と香苗に賞賛を送る中、紬のウインクに俺はどきりとした。
「ああ見たよ。もう惚れてる」
君のプレイに。
「何か言いました?」真賀田コーチが問いかける。
「何も」
そこから試合は
互いにシュートを打ち合うも、ゴールの外。
次の仙台の攻撃は、一度相手のポゼッションパターンを記憶した萌と芽は危なげない守備で封鎖。
そして貴婦人がボールを持つと、相手最終ラインがざわつく。
「心美くんも、もともとトップ下の選手でした」
宮瀬コーチは言った。
「ユース時代、トップ下は最も
宮瀬は嬉しそうに語っていた。
「支配者と言っても過言ではありません。彼女はまるでピッチを上空から
ゲームを作る——それは真に、トップ下の司令塔ではない。中盤の底、これこそがゴールまでの流れを最初に生み出す。
コートの中の心美は普段とまるで別人だ。クールに知的に。だから走るサッカーになってモチベーションをなくしていた。
一振りされた指揮棒は足の早い杏奈でもなく、クロス職人でもなく、中央の巨人を主旋律に選んだ。
香苗のためではない。
調子の上がらない真穂を無理やり動かすため。
香苗の落としたボールを、真穂がダイレクトで右サイドへ展開。ポストプレーのワンクッションがあったお陰で、サイドの閃光は忍者のように悟られることなく飛び出した。
心美はボールを受けたその瞬間、杏奈へとアイコンタクトを送っていたのだ。
杏奈は中へ折り返した。ボールは流れ、由佳がきっちり決めて追加点。
「実は心美くん、他チームへの移籍も考えていました。我々では——」
宮瀬は真賀田を
「この三人の活用方法が見出せなかったのです。監督が彼女を使う意思で別メニューを申し出てくれた時は、嬉しく思いました」
ピースが一つ、また一つと嵌められていくごとにゴールへの完成図はガラリと色を変える。
これで、攻撃の手札は揃った。
あとは——。
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