真賀田コーチと練習試合(6)

 ラントレを中心としたメニューが続く二週間が過ぎ、練習試合がやってくる。


 土曜の午後ということもあってか、平日の練習時よりもギャラリーはずっと多かった。横断幕にたくさんのカメラにメガホン。ハッピを着て、すでに応援歌を歌って、盛り上がっている。ファンの気持ちは分からなくもないがもう少しクールダウンしてほしいものだ。


 ウチの選手は技術だけでなく、客観的に見ても容姿のレベルも相当高い。ゆえに二部にもかかわらず、他チームと比べればファンが多いのだとか。


 黄菊女子高校が到着し、ウォーミングアップが始められる中、相手チームの監督と俺は挨拶を交わす。


 黄菊の監督は穏やかな中年女性といった感じの人物だった。


「何処かでお会いしたことがありまして?」


 俺の顔を吟味し、驚きと疑問交じり。


「初めまして。今日はよろしくお願いします」


 俺は平然とした顔色で返す。


「ところで、物は相談なんですが、選手交代は一人につき、一度までなら何人でも変えたいと思うんです」


 すると監督は快く受け入れてくれた。


「シーズン前に色々試したいのですね。ウチは高校サッカーですし、そちらはプロチーム。お互いに当たることはないでしょうし、構いませんよ」


「ありがとうございます。ではお手柔らかに」

「ふふ。ウチの選手を引き抜かないでくださいよ。卒業までは」


 どうやら自信ありげらしい。


 とは言えこちらは出来立てホヤホヤの新チームだし、まだポジションや先発も固まっていない。勝ち負けには目を瞑ろうと思っていたが、自信顔を見せられると闘争心がふつふつと込み上がってくる。


 ベンチに戻る俺を真賀田が呼びかけた。


「先発に変更は?」

「ないよ。あれで行く」


「分かりました。細かい指示はどうします? 一応、昨年の選手権の映像をお渡ししたと思いますが──」


 一応見たが、三年生だった。今日来てる子達は今のチームにはいない。


「そこまでできる余裕もないし、練習試合で対策を立てても意味ないでしょ」


 俺が見たいのは勝てるサッカーを実現する事じゃなくて、彼女達が自分をどう見せてくれるかだ。


「ところで、何かありました? 今朝、香苗と会った時、ずいぶん機嫌が良かったものですから」


 アップする香苗の動きはさほど悪くないと見て取れた。


「さあ、良いことでもあったんじゃない?」


 俺は本気で自分とは関係のないところにあると思って言った。

 真賀田が首を傾げていると、新たに雇った女性スタッフ数名が声を掛けてくる。


「よろしくお願いします」


 俺と真賀田はそれぞれ握手を交わした。真賀田は、審判役とそれ以外は佐竹マネージャに協力して選手達のサポートをするよう指示を出した。


 はい、と女性達は元気よく返事をして準備に取り掛かる。

 アップが終わり、選手達が集合した。


 真賀田がミニボードを取り出して、先発を発表した。

 とりあえず今日のフォーメーションは4-3-3。


 真賀田と何度か意見を交え、共に攻撃的な布陣にすべきだと考えは一応一致していた。香苗、心美、杏奈をAチームに戻しての先発だ。


 監督、と真賀田は何か言えと目で訴えかけた。


「勝ち負けはどうでもいい。今は自分達の持ち味を見せて欲しい。去年は去年。今年は今年だ。調子が良い選手はどんどん使うからな。とりあえず、今日のゲームキャプテンは真奈美で」


 俺はCの文字の入ったキャプテンマークを投げた。GKの岡島真奈美おかじままなみは昨シーズンもスタメンとして全試合フル出場した守護神。サイドテールの三つ編みがトレードマーク。ディフェンスに指示を出さないわけじゃないが、どちらかというと寡黙なタイプだ。


 真奈美は「おっとと」と言いながら受け取り、腕に通し始めた。

 真奈美が中心となり、円陣を組む。


「イシュタルぅぅ~」


「「オールッ、ゴォッ、ファイッ!!」」


 と気合いを入れのだが、俺は真賀田に向けて、


「あの掛け声、ダサくない?」


 水を差した俺を真賀田は食い殺すような目で見てきた。

 そうこう言っていると、両チームの準備が整った。


 イシュタルFCのホームカラーは紺色のパンツに、オーシャンブルーに右胸を貫く白の十字線が入ったシャツ。

 対して黄菊高校は黄色と黒の縦縞のシャツに黒のパンツ。


 ホイッスルが鳴らされ、早速、予想通りの展開となった。

 ロングボールを香苗に集めてのポストプレー。


「スペース、他に空いてるのになあ」


 俺は呟きつつ、真賀田の機嫌をつぶさに観察していた。


「なんですか。気が散るんではっきりと言いたいことは言ってください」

「真賀田さんは去年の4-4-2がフィットしていると思う?」


「それを決めるのは監督かと」

「いや、参考までに聞きたいだけ」


「ウチの守備力は悪くありません。あの子達は──」


 真賀田は最終ラインを指差した。


「CBの二人はなかなか能力高いです。フィジカルもあって全体的にまとまった選手で、ウチの守備の要ですね」


 香苗に次いでの高身長。一六〇台後半の二人の顔立ちはよく似ている。


 羽馬愛衣はねうまあい芽衣めい。双子の姉妹だそうだ。双子姉妹ながらの連携がある。カチューシャでおでこを出し、目元の泣きぼくろが愛依と芽依とで左右の違い以外にほとんど見分けがつかない。


 アグレッシブさはないが、堅実で冷静な守備をする。


「ワントップのMF五枚なんてのもいいかもしれません」


 4-5-1も昨今の主流だ。


「でもそれじゃあ、前線の厚みが減るくない?」


「ウチのチームの弱点である、身体の弱さを埋めるには4バック以外はありえないです。サイドバックは走れる子が多いですからね」


「もしかして真賀田さんって、現役時代はディフェンス?」

「だったら?」


 と厳しい目を向けられる。

 真賀田が怖くて、無言で試合に目を戻す。


 向こうのCBも身長が高い方で、香苗中心に放り込むロングボールがことごとく跳ね返された。


 空中で好きにさせなければ香苗の持ち味は消える。これも予想通りの展開。

 ところで、と俺は話題を変え、ボールを持った真穂を指差した。


「真穂はここにくる前、どこかのユースに?」


「いえ。スカウトが連れてきたようです。小学生の頃、地元の練習試合を見て、口説き落としたとか。私も二年ほどあの子を見てきましたが、あまり光る選手ではないと思ってました。真穂がお気に入りですか?」


「まあ」


「確かにキックの精度と球離れの速さ、それにキープ力と基礎技術は悪くないですが、まだ子供です。フィジカルはプロとして通用しません。まだサブでじっくり育てようと考えていました」


「じゃあどうしてトップチームに? 上げたのは真賀田さんでしょうに」


「いえ。昨年の夏頃、佐竹マネが監督とフロントを必死に説得して上げたそうです」


 なぜ佐竹さんが、と俺は疑問を向けた。


「似ているって言ってましたよ。月見健吾と」


 俺は苦笑した。


「ただ私も前監督も懐疑的でした。真穂の才能に気づいたのはフロントマンと佐竹マネだけだったからです。前監督を説き伏せるまでに年末まで掛かってしまったのですが、彼は去った後ですしね」


 佐竹は自分でサッカーには詳しくないと言っていた。それでも必死に勉強する意思は感じられたが、真穂の才能に気づくのは素人では中々難しい。


「けど、俺が監督になったからにはきっと開花するよ」


 真賀田は俺を一瞥して、何か言いたげだった。

 さて、試合の方だが、やや押され気味だった。


 昨シーズンからガラリと選手が入れ替わった事にぎこちなさがあった。

 個々の能力は全然負けてはいないはずなのだが、年齢層がさほど変わらない高校生相手に攻めきれないまま、中盤の奪い合いが続けられていた。


「やっぱり自分達を活かしきれてないんだよな堅実なプレーに収まろうする」


 俺が独り言のように述べていると真賀田が口を挟んだ。


「今時、ゾーンディフェンスに個人技で対応するなんて古いサッカーですよ。嫌いじゃないですけど」


 点なんて取られて当たり前だ。


 どんなに堅い守備だろうが、一流プレイヤーは一人で何枚ものディフェンスをこじ開ける。点を取られる事に臆していては、点は取れない。


 そのことにあの子達はまだ気づいていなかった。


「じゃあ真賀田さんならどう崩す?」


「速さです。走る速さにパスの速さ。どんなに速い選手でもパスには付いて来れません」


「まあその通りなんだけど」


「監督もそういうサッカーを目指したから、三葉や琥珀、結月を先発に選んだのでしょう?」


 ただ速いパスを止まっている選手に送っても意味のない事。

 早く、たくさん走れる選手が選ばれるのは当然だ。


「まあ。ただ俺的にはディフェンス三枚、スリートップが面白いかもって思うな」


 真賀田が目を剥いて、呆れたような表情をした。


「昨年のプライドを捨てて攻撃的サッカーをすると?」

「だって、そっちの方が面白いじゃない」


 真賀田とシステム論を語り合っているといつのまにか前半が終わっていた。


 後半は真賀田が仄めかした4-5-1を試して見たものの、結局スコアは動かないまま0-0の引き分け。


 黄菊の監督が控え組で、もう一試合したいとのことでそれを受け入れたが、こちらも動きはひどく、点を取れないまま同じく引き分け。


 黄菊としてはプロの二部相手に引き分けたことに満足しているようだった。


「こちらにとっても十分な調整でしたわ」


 黄菊の監督はニマニマ笑顔で握手する。

 俺は不機嫌な態度を隠しきれず、


「今日はどうも。大会の方、健闘を祈ってます」


 とぶっきらぼうに言った。


「ところで、ウチで目のつく選手はいました? 10番の子なんか、センスもいいし、体格もあって、一押ししたいんですけど」


 正直に言って、黄菊の選手で目についた子はいなかった。チームとしての完成度は高いと思ったし、練習もしっかりやっているのだろう。しかし平均的に技術が高いというだけで光るものがない。


 俺はそういうサッカーが好きじゃない。


「ああ、まあ……。詳しくは広報に聞いてください」

「ところであなた、やっぱりどこかでお会いしませんでした?」

「記憶にございません」


 離れたとはいえ、俺も元は選手。

 負けて悔しくないわけがない。早く話を切り上げたかった。


「つっけんどな監督ね。まあいいわ。また来年もお願いしていいかしら?」

「予定は未定です」


 仕事があるので、と俺は無理やり話を中断した。

 あとのことは佐竹に任せて去る。


 ミーティングルームに出場した選手を集め、先ほどの試合映像を振り返りながら反省会を開かせた。守備に関しては当たり障りのない修正点が上がったものの、攻撃時における自分達の問題点を具体的に分かっていなかった。


 問題はまだまだ山積み。


 次の練習試合までにどこまで修正できるかだが、全然だろう。

 俺は険しい表情の中、選手達を解散させた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!