真賀田コーチと練習試合(4)

 全体練習に戻ると真賀田コーチは「大人気ないですね」と失笑していた。


「左足一本なんてハンデにもならないでしょ。『両利きの魔術師』にとっては」


 スパイクじゃない時点で十分にハンデだと思うが。


「もう選手に戻る気は無いのですか? まだ十分に戻れる筈です。怪我も選手生命に関わるようなものでは無いと報道していましたし」


 さあ、と俺は言葉を濁す。


 怪我をしてしまったのは、見えなくなってしまったから。

 怪我をしたのは結果で、見えなくなったから俺は怪我をした。


「サッカーファンなら月見健吾の復活を待ち望んでいる筈です。ヘッドコーチが言うべき言葉ではありませんが、こんな場所で時間を無駄にしてもいいんですか? ただでさえ、サッカー選手は寿命が短いのに」


 時間を無駄にしているなんて思ってはいない。


 そりゃ、ファンからすれば、海外でプレーする若武者を見たいかもしれないが、俺だってあの子達を間近で見たいのだ。


 こう言うことを言うと男女差別と捉えられると思って口にはしなかったが、彼女達が男子だったら、と口惜しくも感じる。特に白井真穂のプレーをもっと見たいと思い始めていた。


 理屈なんかじゃない。俺のサッカーに対する何かが自然とそう思わせている。

 十一人しかコートに立てないことが歯がゆいとすら思わされる。


「ここの監督ならいいかなって思い始めてる。素晴らしい原石がごろごろ転がってるからかな」


 すると真賀田は硬い表情の中に僅かに微笑みを見せた。


「真賀田さんって笑うんだ」


 途端に真賀田は険しい表情に戻すと、


「私だって笑う時はあります。しかし香苗には厳しくしすぎです」


「あの子はどんな環境でも自分で切り開いていける意思の強さはあると思うよ。あとは足元に収めて溜めが作れるようになれば」


 殻を破ってやらないとそれに気づく前に潰れるかもしれない。


「期待しているから厳しくするなんて教育理論は古い考えです。そのやり方では従順なロボット選手を作るだけです」


 お説教が始まりそうだったので、素直に引く事にする。


「あとでフォロー入れるよ」


「それでしたら佐竹マネージャーがもう動いてます。ただ監督はチームを敵に回しました。これから反乱が始まりまるかと」


 真賀田コーチが言った言葉はまさに当たっており、練習こそきちんとこなしていた選手達だったが、紅白戦となると彼女らは俺の指示をまったく聞かなかった。紅白戦の中身はフリーダム。


 女子とは巧妙なもので、聞くフリはそりゃあもう完璧だった。

 しかし本人達が楽しそうにやっていたので怒りもしなかった。


 それに選手達が自由にやっていたサッカーもこれはこれで悪くなかった。

 とはいえ、信頼は失墜だ。


 俺がいた世界──いや男子の世界でのボスは監督だった。しかし女子の世界ではまるで逆だと俺は知るのである。


 やりすぎたと反省するのであるが、どう信頼を回復するかの方法はまったく考えていなかった。夕食時に食堂に顔を出した俺は、明日はオフだと告げるが、誰も目を合わせようとはしなかった。


 手詰まりを感じた俺は、選手達が帰った後、気分転換にフリーキックの練習を始めたのだが、長らくボールから離れていた所為で恐ろしいくらい足が鈍っていた。


 ボールを自分で拾いに行くと、ゴール越しに佐竹が俺に手招きをする。


「香苗は? 大丈夫だった?」

「ええ、そのことでちょっと」


 クラブハウス前に連れられ、佐竹は自販機でコーヒーを買った。

 そのあと、練習場裏の森林道へと俺を連れ出した。


「今、トレーナーにマッサージを受けているんですが……練習を抜け出してから大泣きしてるんです」


 俺は申し訳なさを感じ、自分に呆れたため息を吐き漏らした。


「すぐ謝りに──」

「いえ、今行くのは逆効果かと」

「……香苗には発言に注意するよ」


「そうしてください、と言いたいところなんですが、香苗ちゃんは別に月見さんに対して怒ってるわけじゃないんですよ」


「というと?」


 香苗自身、自分が高さだけの選手だって、去年から気づいていたそうだ。

 前の監督は気難しいところがあってそのことを相談できず、悩みをカウンセラーにしていたのだと。


「それを月見さんに突きつけられて、自分を責めちゃってるんです」


 何も知らないのに、俺はやりすぎたと思うのだった。

 肩を落とす俺に佐竹は母親が諭す時のような微笑みを見せ、


「選手に厳しくするなとは言いません。時にスポーツ選手はそういうやり方の方が効果的な場面は少なからずあります。でも私の知る限り、ここの選手には褒めて伸ばすやり方をやってほしいと言いたかったのです」


 褒められたことのない俺からしてみれば、褒め方なんてよく分からないことだった。

 難しい顔をしている俺は「どうかな」と自信なさげに言った。


「私は月見さんのこと、優しい人だって思ってます。いきなりの提案を受け入れてくれて、ここにいてくれようとする。彼女達の力になろうとしてくれている。責任感があって実直な人だって。だから月見さんにも出来るはずです」


「それって、セラピストの言葉?」

「さてどうでしょう」


 佐竹はほんのり口端を緩めた微笑を見せた。


「私個人の意見を言わせてもらえれば、月見さんは優しすぎて、責任感がありすぎたから前のチームから逃げたんだと思います。貢献できなくなったから。チームに迷惑が掛かってしまうから。そんな心情で逃げるしかなかったんじゃないかって。ただそのきっかけを作ってしまったのは……」


 振り返ってみればそうだったかもしれない。


 怪我はきっかけだ。当時はそういう心境だったかは良く分からなかった。


 自信をなくしていたのも事実だったし、自分を責めてもいた。もしかしたらそれは今の香苗と似たような心境だったのかもしれない。


「それに月見さんはこうも言いました。『見えなくなった』からと。私はサッカーをしたことがないので、どういうことなのか詳しくは分かりません。ですが、月見さんはここの選手を見て、何か得るものはあったはずだと思います」


 いつのまにか話題は香苗から俺の話に切り替わっていた。


「似ているでしょ? 真穂ちゃんのプレースタイルは月見さんと」


 佐竹の言っていることは実に当たっていた。俺は白井真穂という選手を通して、見えなくなっていた俺だけの世界がほんのり戻ったのだ。


 俺のすべてを解き明かすかのように精神科医にはなんでも見えてるんだと思った。


「その精神科医かカウンセラーの先生に一度会ってみたいものだ」


「お忙しい人なので難しいでしょうね。それに、本人には会いたいくないと言っておりました」


「どうして?」


「精神科医として興味があるのは、サッカー選手の月見健吾だけだと」

「それでよく俺のことを見通せるな」


「まあ、まだ医師免許を持ってない学生さんなので、自分の言葉に責任が持てないからだという理由もあるんでしょうね」


 そう言った佐竹は振り返ってハッとすると、


「あ、月見さんに奢ろうと思っていたコーヒーを忘れていました」


 どうぞ、と佐竹はすっかり冷たくなってしまった缶コーヒーを渡した。

 俺は苦笑を浮かべながら「ありがとう」と答える。


 糖分たっぷりのミルクコーヒーは小学生以来だった。しかしせっかくもらったものを捨てるわけにもいかず、口をつけたのだが、やはり砂糖入りは甘ったるかった。


「月見さんはこのチームで人間関係をきっと学べることと私は思いますよ」


 佐竹はニコリと笑みを残す。

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