春の蕾(8)
翌日、真賀田コーチを見つけた俺は、早速彼女を交えて結城から渡されたDVDを見ることにした。DFのことなら是非と真賀田は快諾してくれた。
視聴覚室のデッキに二枚渡されたうちの一枚を入れ、再生ボタン。
『オーイエス、カモン! オーイエス、カモン!』
映し出されたのは、パツキンの外国人女性。裸体。
ぽかんとする俺に、真賀田はすかさず回し蹴り。テレビを破壊した。
「監督? ふざけているんですか? 私にこんなものを見せて、一体どういうつもりですか?」
「俺のせいじゃないから!」
あっはっは、と笑う結城の顔が浮かぶ。さては
部屋を変え、もう一枚のDVDを再生すると、今度はちゃんとサッカーの試合が映し出される。
すると真賀田はすぐに目の色を変えて、映像に食い入っていた。
首からぶら下げていた携帯電話を見ずにプッシュして、
「もしもし、おはようございます。真賀田です。宮瀬コーチ、今どこにますか? ——ええ、見てもらいたいものがあるんです」
と、視聴覚室へ宮瀬を呼び出していた。
「……そんなにすごいのか?」
ディフェンスに関してはあまり自信のない俺はよくわからなかった。ただ、
それからしばらくして、宮瀬コーチと首輪に繋がれた心美がやってくる。
「大東くんは、ここでウェイトね」
「ふぇぇぇぇん、もう動けないぃ!」
「ウェイトしたら、お菓子食べていいから」
そう言って宮瀬コーチはクッキーを見せびらかす。
「やるワン!」
比類なき飴と鞭。お菓子とウェイト。
それで、と宮瀬は疑問を向けた。「これです」と真賀田が試合を巻き戻し、映像を再生させる。
「ほう。バランス感覚が優れていますね」宮瀬は感嘆をあげた。「カバー対応が適切です。一対一の弱さはありますが、それを補う呼吸の良さですね」
「ええ」真賀田が返した。「むしろ危機的状況になる前の対応の早さが素晴らしい。例えて言うのなら、彼女たちはダブルスイーパーと言ったところですか。もしこの一列前にストッパー能力を持ったDMFが加われば、うちのディフェンスは飛躍的に安定するでしょう。監督、この子たちをどこで?」
俺は昨日のことを説明した。
それから俺たちは佐竹の元へ向かい、木崎姉妹獲得の相談を持ちかけることになる。
監督に任せる風なことを言っていた佐竹だったが、彼女の返答は渋いものだった。どうやら佐竹は二人を一度に獲得するとは思っていなかったようだ。
「経営状況的に可能な範囲ではあるんですが……」
佐竹は今しがたスカウトマンから連絡があったことを報告した。目ぼしい選手を見つけたから是非検討してほしいとのことだ。ただし移籍金が少々お高く、三人は一度に取れないとのこと。マルチな才能を持つFWと聞いて、俺はそっちに興味を持つが、真賀田&宮瀬が絶対に木崎姉妹だと譲らず、口論になった。
「まずは負けないチームを作るべきです」
「いいや、点なんて取られるもんだ。だったら取り返せばいい」
「安定したディフェンスから攻撃は始まるんです」
「今いる選手を育てればいいじゃないか」
「ディフェンス育成には時間がかかるんです。それこそ攻撃陣も育てればいいじゃないですか」
「ゴールセンスは磨いても身につかないことがある。天性のものだ」
「ディフェンスの読みだって、天性のものが必要です」
議論は平行線。
そんな中、妙案を思いついたらしい佐竹は給湯室へ走り、手に割り箸を持って帰ってきた。
「赤い色が出たら木崎姉妹で、無地がFWの子です」
佐竹は二本の割り箸を心美に向けた。
「私が選んでいいの?」
コクコクと頷く佐竹。
そして選ばれたのは、赤だった。
早速佐竹は連絡と手続きに取り掛かり、札幌へ交渉に向かった。
FWがやってこないことに面白くなかった俺は
「幸せが逃げますよ?」
そう言ったのは香苗だった。
「だってさあ、俺も誰かさんがバンバン点取ってくれたら悩まないよ?」
ぎくりとした香苗は鳴らない口笛を吹き始めた。
四試合が終了して、香苗は一得点。
はっきり言って九番を背負う選手としては見劣りする。
「わ、私はポストプレヤーだから、ウイングに点を取らせればそれで……。か、監督も私中心じゃなくてトータルフットボールで行くって言いましたし……周りを活かせれば……と」
「本当にそう思ってんの?」
香苗は顔を伏せ、拳を握った。
「俺は君がもっと点を取ってくれると思ってた。香苗をキーマンから外して、君はもっと意固地になって闘争心をむき出しにする選手だと思った。そうなって欲しかった。でも最近の香苗は詰まらない」
「どうしろって……?
「そういうもんだろ? FWって」
「はい?」
「究極的には勝てばいい。勝つにはどうしたらいいか? 点取ればいい。チームの方針とか戦術とかあるけどさ、それに
「でも最近、由佳からのクロスが減って……」
「あんなこと言ったもんな。下手クソだって」
香苗は奥歯を噛み締めていた。
「喧嘩したのか?」
彼女は小さく頷く。
信頼を作るのは難しい。だけど壊れるのは一瞬だ。
「私と由佳は小学校からずっと一緒で、由佳が上げたクロスを合わせるだけでよかった。本当は私全然巧くないんです」
「知ってる」
「背が高いだけで、強がってるだけで、ボールくれって言ってるだけで、点が取れたんです」
「知ってる」
「点を取ったら目立つから、それでこのチームのスカウトの目に止まって、由佳と一緒に入ったから今日までやってこられたんです。由佳がいなきゃ私、全然すごくないんです」
「じゃあすごくなればいい」
「でもどうやって? 足は速くないし、ドリブルで抜き去る能力もない。ミドルで入る力もないし、私には何もない! ただ背が高いだけ! こんなの、サッカーじゃ何の役にも立たない!」
確かに、足が主体のサッカーは他のスポーツに比べて、身長の優劣が出にくい。
「可愛い服とか似合わないし、サイズとかないし、身長が高くていいことなんてほとんどない! 学校では一番目立つし、巨人だって苛められたこともある! 私、身長なんて欲しくなかった! 紬みたいなテクニックとか、杏奈みたいな速さとか、由佳みたいなロングフィードがあったらよかった!」
「でもさ、香苗。君の武器は他がどんなに練習しても身につくもんじゃない。君は特別な才能を持ってる。自分の長所まで否定するな」
「でも、今の私なんてただの飾りですっ!」
怒りながらポロポロと涙を流していた。プライドが高く、負けん気が強いのだろう。
「キャプテン辞めるか?」
香苗は口を閉ざしたまま答えなかった。
「身長を活かしてキーパーやるか?」
「それは絶対イヤ!」
「どうして?」
「……点取りたい。それしか知らないから」
点を取ることのみが、FWのアイデンティティだ。
「俺が三トップを採用したのは、君をもっと生かすためだ」
香苗は驚いて目を開いていた。
「安定したサッカーをするなら、4-5-1がちょうどいいだろう。でも、それじゃあ香苗の負担が大きくなる。
「……どうして私が不器用だって?」
「見てりゃわかるよ。俺に馬鹿正直に頭下げて自分たちでやらせろとか、自分の失点が原因で代えられて怒りぶつけてきて、そんな人間のどこが器用なんだよ。でもそれも短所じゃない。不器用なら不器用なりに、がむしゃらを
「監督……私……」
「感謝なら得点で返してくれ。それから何をすべきかわかったのなら、さっさと行ってこい」
「は、はい!」
そうして駆け出した香苗は、由佳の元へ向かったのだった。
巨人が二つ折りになる姿は微笑ましい光景だった。
一つずつ、いや一歩ずつ。
ピースが揃い始めていく。
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