真賀田コーチと練習試合(2)

「コーチ。とりあえず今日からメニュー弄ろうか」


 真賀田は無言で頷いた。


 アップ前に静的ストレッチを入念に行わせ、動的ストレッチの後にボールを持たせてのジョギング。ラグビー形式で横にパスを回しながらコートを一往複。


 そうやって身体を温めたあとは二〇メートルダッシュを五本。一本が終わるごとに立ち止まらずコートを一周。水分補給を挟み、さらに二人一組でボールを持たずの一対一を想定した抜き合いでハーフコートを往復させる。


 そのあとようやくボールを使った練習に入った。そこからの練習メニューは前監督のものをそのまま引き継いだ形だ。


 時間はいくらあっても足りない。サーキットトレーニングもやりたいし、フィジカルトレーニングもしなければならないし、戦術的な練習も当然必要だ。隔日でこれらのトレーニングを織り交ぜることにするが、これでも足りない。


 だがこれ以上メニューを増やせばオーバワーク。


 できるだけ、一つのメニューで基礎体力とサッカーに必要な動きを覚えさせなければならない。まだ彼女達は若い。確かに足元の技術力はあったが、サッカーのイロハが絶対的に足りていなかった。


 サッカーとは走るスポーツだ。


 どんな中心選手でも、数十分もボールを持つ時間はない。そして、もっとも失点の多い時間帯とは苦しくなる前後半の終盤。この時にどれだけ自分のプレーができるかが勝敗に繋がる。


 一通りメニューが終わって問題の紅白戦。


 俺が各ポジションを告げていくと、選手達は訝しげに眉をひそめ合っていた。


 前の試合でキラリと見せた才能から真穂をAチームに上げた。他には傘折結月、斑鳩琥珀、棚町三葉の三人が同じくAチームに上がっている。


 これでBチームに落ちたのは大東心実、吉村香苗と水鳥杏奈。三人には一度、冷静に自分を見つめ直してほしいという意味を込めて、降格させた。まあすぐ戻すことになるだろうけど。


 あと一人は試合中まったく動けていなかった子なのだが、正直俺はその子の名前を覚えていなかった。


 タブレット端末で写真と実物を見比べて、鹿野紬しかのつむぎだと確認しても、まだピンとこない。


 体力測定データはさほど悪くはなかったのだが、どうにもやる気が微塵も感じられなかった。ここ数日、練習中にもあくびを漏らしている。


「あのね監督」


 紅白戦のポジションを発表したとき、真穂が意見した。


「適性を無視したポジションじゃないかなって」


 真穂は首を傾げた。彼女の疑問はもっともだ。


 俺が彼女達に課せたポジションは、ディフェンス陣が攻撃的ポジションで、攻撃的ポジションがディフェンスというのは、確かに本来のポジションではない。


「大事なのは練習で何を感じるかだ」


 人というのは頭の中で考えるよりも実際に感じた方がずっと飲み込みが早い。


「FW陣はディフェンスを経験し、ディフェンスがどういう風に考えるかを知っておく。ディフェンスは逆にFWの動きを知る。本来のポジションに戻った時、それを生かす。今日のゲームはそういう考えを持って取り組め。負けてもいいが、負けたらまた罰ゲームな」


 選手達は俺の説明に納得してくれていた。


 それに、プロになれば希望のポジションに付けるなんて超一流のトッププレイヤー以外通らないことだ。選手は所詮監督の駒。一つのポジションしかこなせない選手は時代の流れに取り残されていく。


「あ、あと」


 俺はディフェンス陣を呼び止め、


「香苗の押さえ方だけど、ジャンプしたら最高点に達する前に身体を当てて押し飛ばせばいい。審判に見えなければ手を使っても問題ない。それで香苗の得点力はなくなるから。絶対向こうは香苗中心で攻めてくる」


 とアドバイスする。

 審判を真賀田に任せようと声をかけると、


「いきなりスパルタですね」


 真賀田は剣幕で俺を睨みつけていた。


「当分は自主練とウェイトも禁止の方向で。筋肉痛でもしっかりケアさせるように」


 クールダウンのストレッチをいつもの倍以上の時間を使え、トレーナーから十分マッサージを受けるように、少しでも身体に違和感が出たらドクターに報告をさせろと達しを出した。


 すると真賀田は性急すぎやしないかと鋭い目を向けた。


「佐竹マネから聞きましたよ。監督は本気で来年に一部優勝を目指すつもりですか? 彼女達は将来のある選手です。じっくり育てるというのも──」


「来年も同じようにピッチに立っている保証はない」


 これは俺の経験則。


「一部リーグの選手はしっかりと基礎とウェイトトレーニングを重ねてきた選手ばかりです。私には到底、あの子達がまともに渡り合えるとは思えません。今はじっくり基礎を固めるべきです」


「だから近づかれる前に速さで勝負する」


「シーズン持てばいいですけど」


 身体と基礎を固めても、ようやくスタートラインに立つだけ。それでは遅い。なにせ、他チームの選手達も必死になって練習しているのだから。


「メリハリをつけよう。来週からは新学期が始まるから練習時間は短めに。スタッフができるだけの準備を手伝うように」


 と妥協案を出せば、真賀田も渋々承諾をしてくれた。


「じゃあ後はよろしく。俺は食堂の方へ」


 言い残して俺はコートを後にした。

 キッチンに忍び込むと中年女性数人が汗を流していた。

 今日のメニューは何かと尋ねれば、低カロリー高タンパクの鳥の胸肉らしい。


「じゃあ、明日からは牛肉カロリー多めの霜降りで。消費カロリーも今日から増えますし、何より、太らせる方向でしばらくはお願いします。あと盛り付けも豪華な感じにして、レストラン風な見た目に」


「はあ!? 何言ってんだい!? バカじゃないのかい!?」


「ウェイトトレーニングの一環です。今日の献立はちゃんこ鍋百人前くらいで」


 おばちゃん達は口をあんぐりさせていた。


 次は事務所に戻り、トレーナに片っ端から連絡して夕方には来てもらうよう告げ、二人を確保。一通り、最重要課題をこなして、俺は椅子に深く腰掛けため息を吐く。


 事務室に居た佐竹が一部始終を見ており、

「そういう仕事は」

 ふぁぁ、と大きなあくびを漏らして、

「私に言いつけてください」


 おでこに湿布を貼っていた佐竹は、椅子を並べたベッドからむくりと起き上がる。


 俺としては朝まで洗濯物を回していて、徹夜だったから寝かせてあげようと思っていた。本心を言えばコーチも全然足りないが、それ以上にスタッフが足りない。


 バイトでもいいからもっと人を雇えないかと提案すると、佐竹は目を擦りながら、上と相談すると返した。佐竹の仕事量を減らすという意味もあるが、わずかでも時間を効率的に使いたいとの思いがあった。


「ところで、スカウトの人は収穫ありそう? できれば連絡取りたいんだ」


 これだけの才能あふれる選手達を集められる目利きもまた類稀なる才能だ。


「あの人は滅多に連絡してこない人です。電話をされるのをひどく嫌う人ですし、多分連絡取れないですね。今南極にいるそうですから」


 完全に旅行……。

 というか、帰ってこられるのだろうか。


「あ、あと」


 佐竹は練習試合を組みたいとの連絡があったことを報告した。相手は都内の女子校だそうだ。昨年は都大会でベスト4に入る強豪校。


 ふーん、と俺は気の無い返事で返した。


「あまり乗り気じゃないみたいですね」


 シーズン前の負けは結構メンタルに響く。

 まだ土台すら出来ていない今のチームに勝ち負けを要求するのは酷な話だ。


「できればもう二試合組んで欲しい」


 佐竹は頷くと、


「私からもお願いがあります」


 なに、と目を向けると佐竹は香苗のことを切り出した。

 香苗に対する言動には注意して欲しいと。


「高慢で前のめりに見えて、実は繊細な子なんです」


 俺は意外な一言に面食らっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援した人

応援すると応援コメントも書けます

ビューワー設定

文字サイズ

背景色

フォント

一部のAndroid端末では
フォント設定が反映されません。

応援の気持ちを届けよう

カクヨムに登録すると作者に思いを届けられます。ぜひ応援してください。

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、気になる小説の更新を逃さずチェック!

アカウントをお持ちの方はログイン

フォロー機能を活用しよう

カクヨムに登録して、お気に入り作者の活動を追いかけよう!