春の蕾(6)
「さあ諸君。準備はいいか?」
二つ挟んだアウェイでの試合は、俺が抱いていた予想に収まる感じで、スタジアムの六割程度しか埋まっていなかった。しかしここは——イシュタルFCのホーム戦は二度目の満杯だ。どうして二部のイシュタルFCのホームがこんなにも観客が多いのか。
その理由は、きっと。
皆、このチームが好きなのだろう。死にかけても諦めず、まだ若いのにクラブを背負った彼女たちに感化され、応援せずにはいられないのだ。
まだ期待してくれている。
だから足を運んでくれている。
そんなファンに無様な試合は見せられない。
「勝とう。目の前の試合を一つ勝とう。俺が勝利の方程式を導いてやる。あとは君達の力を貸してくれ」
「「「はいっ!」」」
円陣を組み、「オールゴーファイ!」の掛け声が部屋に木霊する。グラウンドに向かう少女たちの眼差しは、今まで以上に気合いの入ったものだった。
「しかし」試合の始まる直前、宮瀬が不安げに呟いた。「まだシステムの浸透力、チームの中心軸となるセンターラインが定まっておりません」
確かに屋台骨がまだ出来上がっていない。
そこへ真賀田が宮瀬に同意するように言う。
「監督が攻撃陣を重視したいのはわかります。ですが勝つためには、まず負けないチームを作るのが先決だと思います」
俺はニヤリとする。
「でもさ、二人とも。俺たち桃園の誓いを果たした三銃士は、案外バランスのとれた頭脳だとは思わないか? 宮瀬コーチは
真賀田と宮瀬は驚きあって視線を合わせていた。
「あの王様が三人で?」真賀田コーチ。
「これは意外な言葉です」宮瀬コーチ。
「いや、佐竹オーナーを含めて四銃士ってとこだな」
そうこう言っていると、「ああっ!」としたサポーターのため息が漏れる。
早速、由佳と香苗の息が合い、惜しくもゴールバーを逸れていったのだった。
これまで立ち上がりは動きの硬さがあったものの、今日は程よくリラックスして試合に臨めているようであった。
しかしドルフィンFCは香苗を
「しかし監督」真賀田が険しく鋭い視線をコートに向けながら発言した。「セカンドボール、そして中盤の支配率、さらにはカウンターをことごとく相手に奪われているのは、早急になんとかしなければなりません。この原因はディフェンスラインというよりもむしろ——」
4-3-3(4-2-1-3)のシステムを採用したうちの中盤は、二人のDMFを有しているが、ここが機能していなかった。
替えはいないか——。
そんな風に、ストレッチをしていたサブメンバーに目を向ける。
すると、不意に目があった選手はにこりと手を振ってきた。
長い金髪を携え、ややぽっちゃり系。パスセンスとテクニックはチームで頭一つ抜けていたが、運動量の低さ、闘争心のなさ、あとプロとしての意識の低さで先発には使い辛かった。
彼女は大きなあくびをして、コートへ微睡んだ視線を向けた。なんだかこちらまで毒気を抜かれたような気がして、調子が狂う。温厚な大型犬という印象だ。確か名前は
「スペース
真賀田が叫んだ。
左サイドを突破され、CBが
真賀田がディフェンスへの修正を促す中、俺は紬を呼び、状態を問いかけた。
「六割です。怪我は問題ありません」
嘘をついている風ではなかった。普段優しい表情を見せる紬の瞳には、早く出してくれと訴えかけるものがあった。
「後半から行く。そのつもりで準備してくれ」
しかし紬を入れただけでは彼女まで運ぶ術がないのは事実だ。
何か打開策を。
そう思っていた時、真穂から右サイドへ長いボールが出た。
まるで弾丸のように駆けた杏奈がトップスピードのまま飛び出したキーパーを置き去りにして一点。
俺は無意識にガッツポーズ。真穂と杏奈は喜びいっぱいに抱き合い、ベンチに拳を向けた。
しかし悩ましいのは紬を入れ
ゲームは振り出しに戻り、前半を折り返す。ロッカールームに戻り、真賀田が矢継ぎ早にディフェンスの修正を指示した。
その中俺は紬に近づき、
「なあ紬、中盤の底ってやったことあるか?」
紬は首を振った。
どこか俺は安心する。紬が中盤の底でドリブルをされても困る。
「ほいほーい、私、ボランチもやったことあるよ!」
聞き耳を立てていた真穂が両手をあげる。
試してみる価値はあるか。そう思ってDMFを一人交代することにした。真穂を一列下げ、紬をトップ下。
案外悪い判断ではなかった、と自画自賛できたのは、後半始まってすぐのことだった。
香苗の頭には合わなかったが右サイドを
しかしゴールネットが遠かった。
そして長くは攻撃が続かず、真穂が抜かれた一瞬の隙を突かれて中央を突破される。
あえなく失点。
終盤に入り、走り通しだった杏奈の電光石火は見る影もなくガス欠し、交代。手札を一枚無くしたイシュタルFCに反撃の手立てはなく、試合は終了した。
選手たちのモチベーションは高く、スタメンの調子も悪くなかった。
だけど勝てなかった。
明らかに監督の責任だ。
「悪かった、勝てる作戦を示してやれなくて」
終了後、ぽつりと言った俺は早々にスタジアムをあとにした。
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