2章

紅白戦(1)

 練習が始まって二日目。今週と来週の二週間は合宿とのこと。


 俺はウォーミングアップ風景をぼんやりと眺めながら思考にふけっていた。


 昨日、佐竹から衝撃的なことを告げられた。

 選手達から解任させられるかも、と。


 あの後の詳しい話を言えば、前監督は選手との確執が広がり、解任させられたようだ。まだ少女ということもあって監督の存在に警戒心を抱いているらしい。


 まあ男というのが大きな壁の一つではあろう。


 アップが終わると、香苗が俺のところへ来て「指示は?」と聞いた。


 俺が「ない」と返せば、香苗は食い殺すような目つきで俺を睨む。しかし何も言い返さず、皆のところへ戻り練習メニューを告げた。


 ハーフコートを使ってそれぞれのポジションに別れ、攻撃及び守備を同時にこなせる練習を行おうとするらしい。


 俺は気の無い声で、

「キャップ、しゅうごー」

 と声をかける。


 香苗はキビキビとした歩調で近づいてくる。


「なんですか?」

「まだ具体的な練習はいいや」

「はあ? じゃあ最初からそう言ってください!」


 明らかに香苗は不満げな表情をしていた。


「いや、一部昇格を目指す君達は自分達に何が足りないかをどう理解していて、どういう風に練習するのかを見たかっただけ」


「間違っていたと?」


「なあ、香苗。ウチのチームはどういうサッカーを目指すんだ?」


「全員サッカーです」


 そう、とそっけなく返事をする俺は、


「じゃあ、午前の練習は基礎練だけ。全部パスでよろしく」


 香苗はまた目を鋭く尖らせた。


「なんで今更」


「基礎は大事だよ。今日からのアップメニューね。でも今日はひたすらパス練習。俺が良いって言うまで、昼ごはんに有り付けないから」


「……嫌がらせですか?」


「ワンフォアオール。この言葉の意味を君達はどう捉えている?」

「決まってます。全員で点を取って、全員で守るって意味です」


「言葉で言うのは簡単だよ」


 香苗は俺を睨みつけて、


「どんな意図があるのか教えてくれないんですか?」


「まずは自分達の頭で考えること。時々ヒントは出すけど、最終的には自分で答えを見つけて欲しい」


 香苗は盛大にため息を吐くと、渋々指示を告げに帰っていく。


 選手達はいくつかの列を作り、ボールを蹴り、止め、また蹴るという基本的な練習を始めた。


 すぐさま俺は、

「キャップ、しゅ~ごぉ~」

 とやる気のない声で香苗を呼んだ。


「なんですか!? いちいち呼ばないでください! 暇じゃないんです!」


「パススピードが緩い。パスの受け手に合わせるな。シュートのつもりでやれ」


 すると香苗は目の色を変えた。


 俺の意図を悟ったのか、強く頷いて皆の元に戻ると指示を飛ばした。

 一人の子がミスしてボールが彼方へと飛んでいく。


 俺は素早く動き出し、ボール拾いを買って出た。俺としては徐々に身体を慣らすランニングのつもりだ。


 俺達サッカー選手にとって、ボールのない日常はむしろ非日常。選手を辞めてもボールの感触だけは忘れないようにと毎日足元で転がしていた。そんなサッカー馬鹿の目の前で練習を見せつけられて、何も感じないわけがない。


 しかし今は監督。グッとこらえるのが負けられない戦いだ。


 すると、雑用している俺を見兼ねたのか、佐竹がいつの間にかボール拾いに加わっていた。しかし佐竹は運動音痴らしい。ペンギンのようなよちよちキックで返そうとして盛大にひっくり返る。


 後頭部を打った佐竹はカラスの鳴き真似のような声を出して涙目。


 しかしこれが思わぬ相乗効果を生んだ。

 佐竹を哀れんだ選手達は、ミスをしないようにとさらに真剣な様子で練習に取り組み始めた。ボールが溢れる頻度も減り、及第点と言えるパススピードが出来ていたので、俺は午前の練習を切り上げるように告げる。


 選手達が胸をなでおろした様子で食堂に向かう中、俺はひっくり返った佐竹に手を差し伸べ、引き上げる。


「……すみません」

「サッカー苦手なの?」

「運動が全般的に……」

「よくそれでサッカークラブのマネージャーをやろうと思ったね」


 あはは、と佐竹は苦笑いを浮かべる。

 それから俺達は一度、事務所に引き返した。


 俺は机や棚に目を伸ばしながら、


「ねえ、佐竹さん。スコアブックどこ? あと、メモ帳も今すぐ欲しいんだけど」


 と告げると佐竹は机の上からタブレット端末を手に持った。


「パソコンとか使えますか?」


 一通りは、と頷く。

 佐竹は端末を渡し、俺の肩越しからファイルの一つを選択する。


 すると顔写真付きの細かいデータが画面に広がった。一人一人の身長や体重、年齢などはもちろん、体力測定で使われる細かいデータも付随して、さらに選手の性格までもが書き込まれていた。


「あらゆるデータがここには入っています」


 ざっと流し見たのだが、やはり驚きを隠せなかった。ほとんどがまだ十代後半だ。まだ高校生の子もいたし、サブの子は中学生もちらほら。


 ふと疑問を抱いた俺は、


「ウチに10番がいないけど?」


 サッカーにおいて、背番号10は非常に重い意味を持つ。

 チームの司令塔、そして得点力のある選手が背負うのである。


 かつて、サッカーの神様と呼ばれた人物や、アルゼンチンの英雄、他にはフランスの将軍などがこの番号を背負った。

 ちなみに俺は10番をもらったことは一度もない。


「オーナーの意向もあるんですが、10番を背負うには、プレイ以外でも集客力のある選手が背負うべきだと」


 そう、と俺はそっけなく返した。


「話を戻すけど、昨シーズンのスコアは?」


 次に佐竹はチームデータという項目を開いて見せた。

 見やすく整理された表が現れる。


 昨シーズン、全三十四節の内、チーム一試合平均の得点率は一点と小数点台だった。当然、先発出場したFWの得点が多かったが、突出した数字でもない。アシストの数から、このチームのスタイルはサイドから中央にクロスを放り込むと言う形なのだろう。


 次に『前監督の方針』というファイルを開く。サッカーコートに見立てた緑の画面が広がった。その他、練習メニューやその意図に関するメモ書きがタグ付けされていた。


 佐竹はプルダウンメニューから『フォーメーション』を選択する。


 イシュタルFCはオーソドックスな4-4-2のフォーメーションを採用していたようだ。トップ下とボランチを置いた中盤ダイヤモンドの形。番号付きのマーカーに指を合わせれば、事細かな選手の起用法に関してのメモ書きが添えらた。


「これ全部、前の監督が残したの?」


 すると佐竹は首を振った。


「私、サッカーのことは全然分からなかったので、勉強しようと自分で作ったんです。監督やコーチ、それから選手個人から聞いたことを全部入れました」


 佐竹の熱心さには感心するばかりだ。とはいえ、これだけ細かなデータはありがたい。

 主観が入っていない文章もなかなか好感が持てた。


 佐竹がメモの書き込み方なども丁寧に説明してくれる中、


「一つ聞きたいんだけど、前の監督と選手達ってどんな確執があったの?」


「女子って男子と違い、仲間意識がより強いのです。監督の目指すサッカーとあの子達の目指すサッカーが食い違っていたようです」


 前監督は男子プロチームでの指揮経験もあったと佐竹は説明する。

 負けないサッカーを彼女らに押し付けた。つまりガチガチのサッカーに窮屈さを覚えたそうだ。


「でも監督は思い通りにならないことが気に入らなくて、練習中、試合中に限らず彼女達を厳しく叱りつけました。体罰こそはなかったんですが、いわゆるパワハラ的な八つ当たりをしてしまっていたのです。経営状況が苦しいっていうのもありますけれど、そうした声からフロントは切らざるを得なかったのです」


 佐竹は言葉を区切ると俯いた。


「コーチ陣も?」


 佐竹は曖昧に頷き見せた。


「お恥ずかしい話ですが、そんなところです……」


 歯切れの悪い佐竹に目を向けると、 


「その……人って難しいなって思います。前監督も選手も一部昇格を目指すところは同じだったのですが、どうしてこうも過程が食い違ってしまうのでしょうか」


 でも逆に言えば、そうだからこそ、想像もできないプレイが生まれるとも言えるのだが。


 それから俺は選手達が集まっている食堂に向かった。


「食べながら聞いててくれ。午後からの練習はオフでいい。自主練でもショッピングにでも好きに使ってくれ」


 すると一部では喜びを表す子達もいた一方で、その子らを睨みつけるグループもいた。特に香苗は俺を食い殺すような目つきで睨んでいた。


「一つだけ忠告しておく。ここはプロの世界だ。学校の部活じゃない。それを胸によく止めて、君達はどうなりたいかを明確に示してほしい。今日中に紙に書いて俺のところへ提出してくれ。以上」


「そんなの決まっています! 一部昇格です」


 香苗が立ち上がって力強く言った。


「キャプテンの意気込みは分かった。俺は選手個人個人の意見を聞きたいんだ。あ、あと明日からは紅白戦をするから。試合開始までにはしっかり身体を作っておくように。怪我だけは注意して、柔軟は念入りにな」


 と述べた俺の背中には訝しげな視線が突き刺さっていた。

 ボソリと「今度はシーズン中に監督変わるかもね」なんて声が聞こえていた。


 俺は苦笑を浮かべながら「そうかもな」と呟く。

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