リスタート(6)
結城の性格的に、奇抜な戦術は取らない。
オーソドックスに、そして徹底的にゾーンディフェンスを掛けるスタイルだ。
そのシステムが最も活きるのが、4-4-2のシステム。つまり、四人のディフェンスと四人のミッドフィルダーとフォワードが二枚。中盤はボランチないしアンカーを二人置く布陣。攻撃はサイドが主体となる。
長さ一二〇メートルかける幅九〇メートルのコートを、十一のエリアに分け、それぞれのゾーンを担当するというのが4-4-2の戦術思想だ。現代で最も普及したこのシステムは、最も効率的であるからだ。バランスのとれたシステム。ただし、ゾーンの欠点は個々の能力に開きがあると、そこから崩壊する。
対してウチが敷いた布陣は4-5-1。いわゆる4-4-2の発展形に当たるこの形は、中盤までは4-4-2と変わらないが、
ピッ、とホイッスルが鳴り、試合は中断される。
「またですね」
真賀田コーチの組んだ腕は貧乏ゆすりをして苛立ちを
「こちらがボールを持った途端、最終ラインをコンパクトに寄せて香苗に対するプレッシングを早めています。そして香苗がボールを持った瞬間、カードをもらわない程度の、ファウルを誘う。取られなければ儲けもの、取られてもまた香苗を抑えれば次のボールを拾える。イヤラしくネチっこい男のやりそうなことです」
ぎくり。
「けどさコーチ。リーグが始まると、嫌でもこういう場面は出てくる。香苗が中心ならば尚更。さてその時俺たちはどうするのかって話だ」
「ユース時代で使っていたシステムにご不満があると?」
実は真賀田コーチ、昨年までユースチームの監督だったようだ。
「それはなんとも」
4-5-1もまた現代の潮流だ。コートの主戦場である中盤に厚みをかけて、
香苗が選んだ
ゾーンディフェンスは一つのミスが致命傷になる。
「俺たちには足りないものが多すぎる。他のチームや選手と比べて、明らかに年齢層の若いうちは、練習に割いた時間が物理的に足りない」
そうこう言っていると、サイド攻撃からカウンターを喰らい、
結城の戦術思想は、一瞬の隙を突く
去年から根付かせていたのかもしれない。
試合だけが戦いのすべてではない。むしろ試合に至るまでの過程の方が重要であり、戦いは準備段階から始まっているのだ。
相手の練習量や力量差に本能が気づいたのか、選手たちは険しい表情を見せていた。
「何
香苗が声を上げる。
選手たちは彼女の頼もしさに、生気を取り戻した。
が、ターニングポイントと見定めたかのように、TGAは香苗に対して厳しいプレッシャーをかけて、仕事をさせてもらえなかった。香苗は厳しい
一番ダメージを受けていたのが、失点の引き金となった香苗自身だった。
「ほら。こうなる。んで、俺たちはもう武器がない。じゃあまた香苗を頼るしかない」
惨めな抵抗。
それは唯一持つ自分たちの自信を
「そんなことはわかってました!」
真賀田が奥歯を噛み締めながら鋭い声をあげた。ベンチの皆は何事かと視線を向ける。
「去年のチームだったら……中心メンバーがせめて一人でも残ってくれていれば、私たちはもっとやれるはずなんです……っ」
真賀田も彼女たちと一緒にやってきたと言う思いがあったのだろう。
「だからさ、コーチ。過去のことはもう捨てなよ。過去を振り返るのは大事だ。だけどそれにしがみついたって何も生まれやしない」
俺も含めて。
俺たちは前に進むしかない。この世界で生き残るためならば。
微かな
「ユカ! ちゃんと合わせてよ! 下手くそのクロスはいらない!」
香苗はクロスを上げた子に対して、
一番やっちゃいけないことを彼女は侵してしまった。
基本的に人間は褒められてしか伸びない。叱られて直るのはミスを恐れた安全策だけ。ましてや感情の起伏の激しい試合中に、味方選手への
「あいつはもうダメだ。悪い影響が出る。コーチ、フォワードの入れ替え」
流石に
引き上げてくる香苗はベンチを蹴飛ばした。
「おい、香苗」
キッと目を細めた香苗は詰め寄ると、俺の胸ぐらを掴んで睨みつける。その目には今にもこぼれ落ちそうな涙を溜めていた。
「監督は私たちが弱いって分からせたいんでしょ!? そんで、今よりも練習厳しくするつもりだってわかってんだから! これ以上やったら私たち、壊れるってのわかんないの!?」
「今が限界ギリギリだって分かってる。けれど、シーズンに入ったら君たちの体はリーグを戦えるものに生まれ変わる」
「そんなもん、希望的観測じゃない! リーグで負けたら結局、練習量増やして、学校休む子とか、故障で長期離脱する子が出てくるわ! 去年それで、チームは崩壊しかけたの! トップチームの先輩たちが辞めたのだって明らかなオーバーワークと精神論を振りかざす無能フロントがいたからよ!」
「非合理的だな」
「分かったようなことを言って……っ! どうせあんたも、私たちのことは駒くらいにしか思ってないんでしょ!?」
「自分の駒だって思ってるのは君の方だ、香苗。さっきのクロス、半歩遅れたのは君が七番の子を信じきれなかったからだ。彼女は練習通り、君の頭にピシャリなクロスを上げていた」
眉間にしわを寄せる香苗は唇を噛み締め、
「名前も覚えてないのに偉そぶらないで! あの子は
罰の悪さを感じ俺は素直に謝った。
「悪かった。由佳だな、よし覚えた。だけどな香苗、由佳だけは大事にした方がいい。あの子がいなきゃ君はただの棒になる」
「言われなくても分かってるわよ!」
「言いたいことは全部吐き出したか? まだ言い足りないなら全部聞くぞ?」
すると香苗は何かを言いかけたが、唇を結んで身を
「クールダウンしてきます!」
試合の方はと言うと、0-4で前半を折り返すことになった。引き返してくる選手たちは精神的支柱を失い、消沈していた。
コーチ陣も掛ける言葉を模索しては口を閉ざしてしまっていた。沈黙の、重たい空気。
「えー、後半からメンバーを変えます。システムも変えます」
俺はそう告げると、ホワイトボードのマーカーを入れ替えていく。
「香苗のチームは今日で終わります。今日から
横文字が並び、選手たちは首を傾げていた。
「だが、繋がった時は最高に気持ちいい」
ゴールまでの
押し付けではない。
このチームに来て、選手の個性を見た時それができる気がした。
彼女たちはきっと俺の遺伝子を受け継いでくれる。そう思った。俺の場合は〝王様の支配〟だったけれど、彼女たちは〝
「辞めたきゃ勝手に辞めろ。俺の世界を見たい奴だけついてこい」
厳しい物言いに、選手たちは覚悟を決めかねる様子だった。
そんな中、
「はいはーい。私、見たい! 月見選手が見た魔法の世界に連れてって!」
小さな女の子——白井真穂が手をあげた。
「う、ウチにも見せてえや!」
連れて杏奈が乗っかる。それから次々に、頷きや同意の声が上がった。いずれも香苗の御眼鏡に叶わなかった子達だった。
暴君はいずれ崩壊する。
それが人類の歩んで来た歴史であり、サッカーは人類史の縮図。
戦争と進化を続けたボール一つの世界。
「システムは4-3-3で行く。トップ下に真穂、杏奈は右ウイングに入れ」
それから俺は他のポジションを埋めて行く。
「さあ、スタートだ。ここから始めよう」
もう後ろは振り返らない。
俺にとっても、第二のサッカー人生の幕開けだ。
俺の、俺が失った理想の世界へ。
連れて行ってくれ。
「サッカーを始めよう」
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