女子チーム(5)

「キャプテンの吉村香苗よしむらかなえです!! ポジションFWフォワード!」


 必要ないと言ったのに、香苗は強い口調で自己紹介を始めた。


 金髪のベリーショートはなかなかインパクトでかい。

 俺よりもずっと高い身長もあって、威圧感があった。


 香苗のすらりとした背の高さは、モデルと言われても疑わない美しいボディラインだった。しかし、サッカー選手としては身体がまだ出来上がっていないと言わざるを得ない。ちくわのようなグニャグニャした印象を受けた。


「次、杏奈!!」


 香苗は声を張り上げた。

 自己紹介を押し切る気らしい。


「水鳥杏奈。よろしゅうな監督。同じくFWや! けど、本職はウイング。コテコテの関西人やで! ツッコミなら任せとき! よろしくやで監督! ほな次、ここみん!」


大東心美だいとうここみです。よろしくお願いしますね、監督。じゃあ次──」


 実に連携のとれたバトンで、間断ない自己紹介会を押し切られてしまう。

 そんな中、俺は全部で三十人強いる中から、ふと小柄な子を見つけた。


 紛れもない。二日の朝会った真穂だった。

 自己紹介が続けられる中、俺は佐竹に耳打ちする。


「……ちょっと待って。佐竹さん。真帆はユースじゃないの?」

「C契約ですが、真帆ちゃんは今年からトップチームですよ」


 俺は驚いて目を丸くする。

 その時、真穂が自己紹介を初めていた。


 もうすぐ一五歳らしい。戦々恐々とした。言葉を失うしかなかった。


 一部リーグより下部の女子サッカーでは、まだ十代の子を入れておくのは良くあることだが、昨年はまだ中学二年生。今年の春から中三ということらしいが、寒気を覚えるしかなかった。


「でも月見さんが一六の時には、三部チームとはいえ、海外のスタメンだったのですからあまり驚かれることでもないのでは?」


「いや、俺はたまたま運が良かっただけで──」


 というか、よく知ってるな。


「じゃあ真穂ちゃんも運が良かったのでしょう」


 佐竹はケロリとして言った。


「私、サッカーのことはよく分からないんですけど、素人目に見てもあの子にはすごい才能があるって感じます」


 それから他の子も名前と年齢、それから希望ポジションを述べ、結局小一時間ほど自己紹介に付き合わされた。紹介が終わると香苗は、


「監督。一通りアップメニューが終わったんですが、指示はありますか?」

「適当でいいよ」

「はい?」


 香苗の目つきが鋭くなる。

 俺は素っ気なく、


「今日は初蹴りでしょ? 軽く流すくらいでいいから」


「でも、私達は今年、昇格を目指しているんです。一日たりとも無駄にはできません」


「そんな調子じゃ、シーズンも始まってないのにガス欠するよ」


 相手が相手が女子ということも考慮して、できるだけ優しい口調で言った。

 すると香苗は顔を真っ赤にする。


「私達は本気なんです!! 女子だからってバカにしないでください! 私達は常に全力でやるだけです! その方針を示すのが監督の仕事でしょ!」


 確かに女子はスピードもパワーも男子には劣るのは事実ではある。だからと言ってそれを鼻にかけてバカにしようなどとは思わない。


 香苗は責任感が強いのだろう。キャプテンを任されているくらいなのだから当たり前の話ではある。それにストイックなのだろう。


「俺は別にバカにはしてないけど」


 香苗が何に対してイラついていたのか皆目見当もつかなかった。


「バカにしてるじゃないですか! 監督は私達がユースチームの強化選手くらいにしか見えないんでしょう!? 自己紹介要らないとか、私達を知る気がないじゃないですか!」


 香苗は一気にまくし立てた。

 俺は「別に」と返した。


 それを言うのなら、君達だって俺を知らないじゃないかと言いたいところである。


「前の監督もそうでした! 去り際、『だからこんな若い女子を相手にするのは嫌だったんだ』って。ムカついたから毛根、根こそぎ引っこ抜きましたよ! 監督もそうしましょうか!? 男なのに、長髪をくくって、掴みやすそうですね!?」


 香苗は俺より一つ下の女子だが正直怖かった。

 この手の子ほど示談金にも応じず、裁判でケリをつけるタイプだ。


「さすがにそれはやめて」

「じゃあもっと真剣になってくださいよ! 私達は本気で昇格したいんです!」


 この手の熱血タイプは大の苦手。

 俺は三が日で覚えたデータを掘り起こして、


「吉村香苗、十九歳。センターフォワードの背番号9番。身長一七八の体重五五。上から77、64、81。スリムと言うよりかはサッカー選手としてみれば痩せすぎ。昨シーズンはチームで最も得点を挙げたストライカーだが、そのうちの七割がセットプレーからの得点。君は止まっている時の跳躍力には素晴らしいものがあるが、動きながらのプレーの精度が悪い」


 香苗は一瞬、絶句した。


「要望があれば、俺が見つけた長所と短所を全員挙げてもいい。自己紹介がいらないってのはそう言う理由だった」


「なら先にそう説明してくれれば──」


「じゃあ香苗。先に言っておくが、今シーズン君は昨年挙げた得点の半分も取れないことを断言しておく」


 香苗は顔を青白くさせていた。


「君達は一部昇格を目指しているそうだが、このチームに必要なことはなんだと思う?」


 俺は全員の目をざっと流し見る。

 皆、目を泳がせ答えを探り当てようとしていた。

 すると真っ先に佐竹が発言する。


「ウチに足りないものは得点力ですね」


 ニワカファンがまず初めに言いそうな言葉ではある。

 現代サッカーは得点が入りにくい。


 人間の身体能力はサッカー史の中で急激には進歩していない。だが頭の方がずっと進化した。そうやって守備が向上した現代サッカーは得点が入りにくくなっているのだ。


 しかし口で言うほど簡単なことじゃないし、かと言って佐竹の言った言葉が間違っているかといえばそうでもない。


「昨年、君達は香苗を中心にして点を取ってきた。だが他所のチームは当然香苗を研究してくる。香苗が何もさせてもらえなければ、君達は誰で点を取る?」


 球技はどれも点を取れなければ勝てない。

 勝てないとなれば昇格はできない。


「根性や精神力は局所的には必要だが、根性だけで点は取れないし、勝てはしない。今のサッカーはロジックとイマジネーションの優れたチームが勝つ。どうすれば点を取れ、どうすれば点を取られないか、それを自分達の頭でまず考えることだ」


 そう告げ、解散させた。


 選手達は言葉の真意をまだよく分かっていないらしく、首を傾げながら練習を始める。二人一組を作り、一方が投げ、もう一方がそれを軽く蹴り返す。よくあるアップメニューの基礎練だ。


 ぱっと見、技術はそこそこと言った感じ。


 次は五人一組で四角形の辺に四人を置き、中の一人がボールを追いかける練習。これまたよくあるウォーミングアップを兼ねた練習。


 四つの辺に位置する選手達はほとんど動かず、ダイレクトで返していて、ミスがほとんどなかった。


 俺は「なるほどね」と呟いた。

 芝生の上に腰を下ろし、膝を抱えながら様子を眺める。


 足元の技術はさほど悪くない。いや逆説的に言って、技術だけは悪くない。むしろ一部でも十分通用するほどだとは感じた。

 映像で見たときも感じたが、武器もそれぞれある。だがそれだけ。


 そう思っていた俺の横で佐竹が、


「さっきの月見さんはすごく監督っぽいことを言っておられた気がします」

「ぽいって何さ」

「いえ、徐々にやる気が出てきたのかなって」


 本音を言えば、あの子達を見る前はやる気はなかった。しかし昨年の試合を見て変わった。今は俺が育てたいと思い始めていた。


「というか、月見さん。いつの間に香苗ちゃんや杏奈ちゃんのデータを知ったんですか?」

「肉付きを見りゃ、大体わかる」


 筋肉の作りを見れば、どういう選手なのかだいたい予想が付く。それに事務所の資料をこっそり覗かせてもらって経歴も見た。


「すごい観察眼ですね。もしかして馬の目利きとかできるんじゃないですか? 万馬券当てましょう! 経営難も一気に解消です!」


 さすがに馬は知らない、と答えた。


「ところで佐竹さん。佐竹さんが言ったことは事実だと思う。ウチに足りないのはストライカーだ。即座に得点力をあげるには即戦力となるFWを移籍させればいい」


 もちろん、本心で言ったわけじゃない。フロントの意向を汲み取るであろう佐竹自身がどういう考えを持っているのか聞きたかった。


「できるだけウチの選手を育てる方向でお願いします。このチームには才能ある選手達が集まっています」


「育てた選手を売って経営する気か」


 俺は鋭く返した。


「素直にはいとは言えませんが、オーナーはそういう意向ですね」


 俺は短く息をつく。

 二部リーグの才能ある選手を一部に引き抜くなんてよくある話だ。


「先に釘を刺しておきますが、あの子達はまだ多感な年頃です。頭ごなしに怒ることや批判ばっかりはしないであげてください。できれば、褒めて伸ばす方向でお願いします」


 佐竹は訴えるような眼差しで見つめて言った後、


「月見さんは何よりもまず、信頼を勝ち取るところから始めなければ、前監督のように彼女達から解任案を提出されますよ」


 佐竹の顔は冗談を言っているようなものではなかった。

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