女子チーム(3)

 午前中、佐竹マネからオフシーズンのスケジュールを聞き、スタッフ達と自己紹介を交わした。なんとなく女の人が多いチームだなと違和感を感じないでもなかった。


 イシュタルFCがどのようなチームで、どんな選手が集まっているのかを予習するため、佐竹から昨シーズンのビデオを集めてもらい、視聴覚室に持ち込んだ。


 クラブハウス三階奥にある視聴覚室はまるで潜水艦の指揮所のようだ。完全防音された密室に大型のプロジェクターや何十枚ものディスプレイが用意されていた。


 早速ビデオを再生させた瞬間、俺は血相を変えることになる。

 間違い探しでさせられているというか、悪い冗談かと思ったのだ。


 俺は事務所に殴り込む勢いで、


「ちょっと佐竹さん!!」


 コンピュータに向かってキーを叩いていた佐竹は呑気な様子で振り返る。


「どうされました? お風呂なら一階の東側ですよ?」

「そうじゃなくて!」


 俺は一度深呼吸をして自身を落ち着けた。


「……ここは女子チームなのか?」


 佐竹はぽかんと首を傾げていた。

 しばしの沈黙。


 ハッとした佐竹は、


「ああ!? すっかり忘れてました!! ごごご、ごめんなさい!!」


 佐竹は慌てて頭を下げた。

 俺は頭を抱えた。


「何かのドッキリとか冗談ではなさそうだね……」

「本当にすみません……」


 しおらしくうなだれる佐竹は今にも泣き出しそうな顔だった。

 また俺は逃げ出そうとか考え始めていたのだが、佐竹の表情をみると断り辛かった。


「……やっぱりダメですか? なんでもしますから。月見さんが残ってくださるのなら、私、なんでも言うこと聞きますから……」


 彼女は上目遣いをして、

「お願いします」

 と。


 ずるい人だと思いながら深く息をつく。


「……真面目な話、嫌だというのなら降りてくださっても構いません」


 佐竹は窓に近づいてグラウンドを見下ろした。芝生を背景に、ほんのり曇ったガラスのキャンバスに指を這わせ『chemical reaction?』と書き込んで振り返る。


「ここにいる子達は素晴らしい原石ばかりです。彼女達は何よりサッカーを愛しています。彼女達を生かすのも殺すのも育成次第」


 佐竹は憂いた表情を見せ、


「月見さんなら分かるはずです。サッカー選手からサッカーを奪えば何も残らないことが」


 その言葉はまんまと俺に跳ね返ってきた。俺自身、俺からサッカーを奪えば、何も残らないことを知っている。ピッチの上以外に生きる場所はなかった。

 卑怯だな、と俺は返した。


「私は月見さんにとってもいい影響を与えると信じてます。ウチの精神科医は──」


 そう前振りし、月見健吾がサッカーから逃げ出した理由の一つは孤独だと挙げた。


「わずか一六歳でイギリスに単身渡航し、二年後にはトップチームに在籍。サッカーファンだけでなく、日本代表もまことしやかに噂されていた。密かに国家という期待を背負わされていたのです」


 怪我はトリガーなだけであって、心理的に潰れてしまったと佐竹は言った。

 その期待は真綿のように俺の首を絞めたのだと。


 まるで俺の心を見透かしたかのような物言いだった。その精神科医とやらが言っていることは大まかに当たっていた。俺は天才と呼ばれることにどこか重責を感じていたし、本音のところでは自分が天才だとは思っていなかった。


 俺はただ人生すべてをサッカーに捧げただけ。


 サッカーを続けられないかもしれない、と脳裏に過れば、途端に絶望が俺の脆い心を押し潰し続けた。そんな臆病心を隠すために「俺は天才だと」自己暗示し続けた。


「サッカー漬けだったがゆえ、心を育てる機会に恵まれなかったのだとドクターは述べています」


「なんでも知った風に言うんだな。あれか、俺に嫁探しをさせる気か? 変な意味じゃないが、俺は今、サッカー以外に興味は持てない」


「それも一つの選択肢です。月見さんはまだ二十歳でしょう?」


 強がりだったかもしれない。本当はサッカーに嫌気がさしたのではなく、怪我以降、輝きを失った自分に失望した。


 俺の想像力はもう消え失せた。

 もう戻ってこないと決めつけた。


 逃げ回った。

 本当は怖かっただけ──。


 そして今もまた逃げる理由を静かに作り上げようとしていた。


「普通の人はあなたぐらいの歳ならば、口説き方を大学で学んでいる頃ですよ」

「佐竹さんは幾つだよ」

「幾つに見えます? 当ててみてください」


「……二十四くらい?」

「年俸マイナス査定、と」


 呟きながら佐竹はメモ用紙に書き込んでいた。


「二十八」

「さらに減額」


「まさかの三十路?」

「半額ですね。交渉チャンスは終わりました」


 佐竹は口を尖らせ、


「さて、どうします? 監督はやっぱり辞めるか、それとも少ない年俸で私達に協力してくれるか」


 俺は「やっぱり卑怯だよ」と返す。


 すると佐竹は断られたと思ったのか、顔を歪ませて涙を浮かべた。

 やっぱりその表情も卑怯だと思った。


 俺は盛大なため息を吐きつつ、


「……出来るだけ協力する」


 佐竹はさっと涙を拭って、満面の笑みを咲かせると俺の手を取った。


「ありがとうございます!!」


 まあ、佐竹の嬉しそうな顔が見れただけでもよしとするか。

 そう思っていると佐竹はおもむろにブラウスのボタンをはずし始めた。


「……何してるの?」


「ですから早速、脱ごうかと思いまして。先ほど私は、なんでもすると言ってしまいました。世間の男性はなんでもと言えば、そういうことをご所望でしょう?」


 俺は実に真摯な態度で、佐竹の手を止めさせた。

 俺の中で警戒警報が鳴り響いていた。この人を野放しにするのは危険。


「ついでだからこの際、隠し事は全部言っておきますが、今ウチの経営状況はあまりよろしくありません」


 二段階オチを告げられ、間抜けな声が俺の喉元を通り抜ける。

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