第5話 きょうだい

きょうだい。姉妹兄弟。


 私の歴史小説『螺鈿らでんの鳥』のヒロインが、野心を抱いて権力者の「忠犬」となる動機。その一つは、立身出世の糸口を掴んだ姉への嫉妬であった。


 この作品をデビュー作として「カクヨム」さんに投稿した後、テンションがハイになったまま、親しい知人数名に

「ネット小説サイトにデビューしたよ!読んでね☆」

とメールを送りつけた(迷惑メール?……)。


 そのうち一人からは、文中で使用したある言葉について、

「あの言葉、そういう意味もあるのかと思って、辞書で調べた。初めて知ったけど、勉強になったよ」

と返信され、画面に向かって「ぎゃああ!!」と叫んだ。

 まさか辞書を引きながら読まれるとは想定外だったが、逆に言えばそれだけきちんと読んでくれているということだし、平素から言葉を非常に大切にする友人なので,

なるかな、作者冥利さくしゃみょうりにつきるな、と感謝した。


 それと同時に、今までコソッと友人に見せたり公募に送ってみたりするのみだったが、ネットにせよ何にせよ世間に「作品を晒す」というのはそういうことだ、不特定多数の読者の審判およびチェックを受けることなんだ、と身の引き締まる思いがした。


 また、別の一人からは、

「私は一人っ子だけど、姉妹ものですね!」

と言われ、

「あ、そういえば姉妹ものでもあるな。私も一人っ子だったし」

と気づかされた。

 よく考えてみれば、その後に投稿した中華風ファンタジー『黒耀こくようの翼』にも兄妹が登場するが、この二人は「きょうだい」という雰囲気がやや希薄である。


 血をわけたきょうだい。それは私の十分に体得できえぬ存在である。


 昨日、母の入所する施設を訪れた大きな目的は、母の姉、すなわち私の伯母夫婦を案内するためである。


 ちょうど昼食の直後ということもあり、母は姉の訪問にも全く気づかず、車椅子のうえでひたすらこっくりしていた。

 起こそうとする私や父を伯母は止め、覚醒するまでの約1時間半、眠る母を囲んで、ロビーでよもやま話をした。祖父や祖母のこと、親戚達の近況、電子書籍のこと……。


 母とその姉は、顔だちも性格も大きく違っていて、母の話によると少女時代は喧嘩もしていたそうだが、二人の共通項の一つは体質が弱いということと、そして本が好きということである。

 伯母は大変な読書家であるし、母もそれには及ばぬとはいえ、それでも本を買うお金だけは惜しまない人であった。


 母の病気が進行してからは、伯母は食料品とともに、自分が読み終わりしかも母も好きそうな本を選んで、たびたび送ってくれたのである。


――やがて目が覚め、顏を上げた母は伯母の姿をみとめた。

 実は、母は日によって体調の波が大きく、恍惚状態のとき、家族の姿を見ても無反応な日も多い。

 だから私は、せっかく遠くから、しかも膝の痛みをおして伯母が会いにきてくれても、果たして母が認識してくれるかどうか、不安を抱いていた。


 だが、母は姉のことがわかった。伯母を認識するまで多少時間がかかったものの、目の前にいるのが自分の姉だと知るや、ふんわりと笑った。

 入所してすぐに会いにきてくれた伯父に対する反応と、全く同じだった。

 持病のせいで、すでにほとんど声がでなくなっているのだが、懸命に伯母に向かって何かを伝えようとしていた。その様子からしてたぶん、

「来てくれて、ありがとう」

という言葉だったのではないか、と思う。


――やっぱり嬉しいのねえ。遠路はるばる会いにきてくれたのが、わかったのね。


 ロビーで母とともに見舞い品のプリンを食べ、伯母夫婦は帰っていった。


 一夜明けて今日、母のもとに行った父が、心持ち明るい声で私に言った。

「母さん、調子が良かったよ。声が昨日より出ていた。何となく、言おうとしていることがわかるような気がした」

「やっぱり、伯母さんが来てくれたから、嬉しくて元気が出たのかねえ」


 仲の良いきょうだい、悪いきょうだい。


  少なくとも、母にとって「きょうだい」は懐かしく慕わしく、そして「妙薬」のような存在なのかもしれない。


――私もいずれ、仲の良い「きょうだい」の話を書いてみようか。

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