episode30 「ヌザイ」

 ・・・・二十五年前。


 タルカナ族のある家。


 島で随一の術士カマツは、古い文献を解読出来る研究者でもあった。古代文明の技術を復活させるのは禁忌だが、解読するのは良い、という奇妙な取り決めのもと、マリナラ島を何度も訪れ、遺跡に残った石碑の文字などを解析していた。

 彼の父親も研究者だった。不慮の事故で早くに亡くなったが、遺品となった膨大な研究資料は、十分な成果を上げていた。

 そして、到達した。

 彼の研究課題、『死者の蘇生』。

 あと一歩から踏み出せたのは、彼の協力のお陰だ。

 ヌザイ族の術士、ラズ。

 彼はまだ若いが、魔法の扱いが優れていた。


「試してみたい」

 ラズの前だと本音が出てしまう。

 微笑むラズ。

「試そうよ」

 否定しない。


 死者の魂を定着させるための人形。素材も方法も解析した。古代の民はそれで不死身の兵団を作り、大陸全土を支配した。

 問題は死者の魂を呼び出す方法。島の魔力では量が足りない。

 マリナラ族は西大陸へ移住する時、『魔法樹』を消滅させたうえ、魔力を制限する術式を施した。それは、タルカナ族やヌザイ族が、脅威となると考えたからだと思われるが、何故施設を残したのかは不明だ。

 蔑まれていたとしたら、侮辱極まりない。


 マリナラ島の地下施設。

 人形と魔札百枚。計算上はこれで呼び起こせる。

 ラズの手際は文句なし。

 カマツは打楽器のような装置を操り、冥界と交信する。操作方法の記録は無い。知識と勘が頼り。


 無機質な人形が変化する。


 命を宿した人形は、辺りを見回し、最後にカマツを見た。

「父さん、なのか?」

 問いかけるカマツ。

「ここは・・・マリナラか」

 顔も声も、カマツの父親だった。

 成功したと、叫びそうになったが、父親の表情を見て止める。

「ここは駄目だ。魂が定着しない細工がしてある」


 西大陸だ。


「大陸のどこかに、放棄された施設がある。そこに行けば完璧な蘇生が可能だ」


 古代の戦士と学者を探せ。

 知識と抑止力を集めろ。


 カマツの父親は、まだ何かを言おうとしたが、途中で止まった。

 人形が再び無機質な『物』に戻った。


 その後、カマツは禁忌を犯した罪で追放された。ラズは行方不明。ヌザイ族が結託して逃がしたことは明白だったが、証拠は掴めずそれ以来島から消えた。


 西大陸に渡ったカマツとラズは、ドガイ共和国の南、フィニカに遺跡と施設を発見。蘇生術を完全再現した後、仲間を増やし大陸の国々を翻弄した。

 カマツは更なる研究のためフィニカに残る。

 ラズは目的のため、コンサリの魂を奪って島へ帰還。

 多少の誤算はあったが、計画は順調に進行していた。


 しかし・・・・



 潮が引き始めた。

 海流が変化して、少しずつ地面が現れる。

 不思議な光景。

 海水を押し上げて、陸地が浮上したように感じる。

 先頭はヤナベ。続いてキース、ヌザイの戦士セド、海賊船員ニ名、術士のチコ、タルカナの戦士三人。ヤナベの合図で前進する。

 馬の脚で約二時間。タルカナ島とほぼ同じ大きさのヌザイ島に到着する。


 キースがヤナベの馬と並行する。

 二人の話し声はここまで届かないが、時々見せるキースの笑顔で、仲の良さが十分伝わってくる。

「ヤナベが相手では、俺たちは手が出せないな」

 タルカナの戦士の言葉。

 あきらめ顔でうなずく戦士たち。

 彼らの嘆き言葉を背に受けながら、チコは昨夜の事を思い返していた。

 自然と笑顔になって、身体の芯が熱くなる。

 濃密で甘い夜だった。 

 キースを独り占めすることは出来ない。

 分かっている。

 ひと晩だけで十分。

 女の初めてをキースに捧げられたのだ。一生の宝にしよう。

 そう思っていた。



 予想外の対応だった。

 ヌザイ島に着いて間もなく、見張り台と木製の壁が見えてきた。

 外敵を防ぐための強固な壁。それだけで閉鎖的な印象を受ける。

 見張り台に二人いた。

 襲ってきたヌザイの戦士たち同様、好戦的だと身構えていたが、先頭のヤナベを確認すると、門番に合図を送った。

 観音開きで門が開く。

 準備していたかのような手際。

 若いヌザイ族が近づいてきた。武器らしいものは持っていない。

 タルカナ族に比べ、全てが鮮やかだった。鳥の羽根を使った冠、素材不明の強固な武具。赤と青を基調とした染料。肌も染めているのは、ヌザイ族の特徴なのか。


「よく来た、タルカナの戦士ヤナベ。族長が会談を求めている」

 島の言葉。

 ヤナベがキースに翻訳する。

 遠征組の長はヤナベだが、決めるのはキースだ。

「分かった。会おう」

 うなずくヤナベ。

 下馬して門をくぐる。

 人質が不要だと感じる友好的な対応。


「セド。裏切っておいて、よく戻って来られたな」

 そんな言葉が耳に入る。

 戦士セドや海賊船員たちには厳しい対応だ。


 そして、キースに集まる視線。

 ヌザイ族が『戦いの神』として崇拝するイリリを倒した女。興味か怒りか。染色した顔の表情は読みにくい。 

 殺気は感じない。


 こんな小柄な少女が?

 

 信じられない現実と驚きが、彼らを染めているだろうと、ヤナベは思っていた。

 単に、彼女の美しさに見惚れている者もいるだろう。


「様子がおかしい」

 キースがヤナベに話しかける。

 彼も気づいていた。

 こちらへの殺気は感じない。だが、別の方へ向けられている。誰もが武装して、戦いの準備をしている。

 何より不思議なのは、三区画の村人が混在していることだ。


 ヌザイ族は、戦士、術士、鍛冶職人の技術の向上と伝承のため、交流を控え、生活区画も分けていた。

 交流があるのは、『試練』の時期と神事の時。

 今はその時期ではない。

 前例のない、異様な光景だ。


 案内された集会場。

 そこはさらに異様な光景で、武装した者たちが集まっており、今にも戦を始めるような緊張感が漂っていた。

 案内役の男が人壁を二分する。

 その先に待つのは、明らかに他の者と違う風格のある四人。

 ヌザイ族の代表者たちだと、ヤナベがキースに告げる。


 高齢の男。族長のラパ。細身で癖のある長髪を色紐で装飾している。

 体格の良い、歴戦の傷跡が顔や腕に残る男。戦士長のソケ。ヤナベに目を向けて笑みを浮かべる。

 厚地のローブを着た女。術士長のニマ。四人の中では若い。額に術式のような模様が描かれている。

 細身だが筋肉質な中年の男。鍛冶長のアゴウ。腰袋に工具を詰めている。

 ヤナベとキース、二人だけが四人の長の席に通された。

 族長のラパが片手を振り上げる。

 それを合図に、ヌザイ族たちが広間から出ていく。


「タルカナで何があった?」

 問う族長。

 独特のかすれた声。

 そして、キースと同じ大陸の言葉。

 ヤナベがヌザイ族の戦士と海賊船の強襲が会ったことを話し始める。

 四人の長の表情が次第に曇る。

 彼らが指示して行ったのではないようだ。

 ヤナベが話し終えて、しばらく沈黙が続いた。


「全ては、あの男に期待し、託したことが間違いであった」

 族長のラパが開口した。

 立ち上がる。

 三人の長も立ち上がる。

「タルカナを襲ったのは、我らの本意ではない。しかし、追放した者たちがした事は、我らの責任である。申し訳ない」

 族長に習い、全員が頭を下げる。

 怒りは消えないが、彼らに向けても意味がない。拳を強く握るヤナベの前に、キースが立つ。

「ラズは何をしようとしている。知っているなら教えて欲しい」

 キースが言った。

「我らに猶予をくれるのか。有り難い」

 ラパが手を挙げる。

 女が数人やって来て、椅子と酒、大葉の皿に盛られた料理が並べられた。

 まるでキースたちが来ることを知っていたかのような周到さ。

「少し長い話になる。座ってくれ」

 ラパが言った。

「なるべく手短に頼む」

 キースの言葉に苦笑する。



 大陸の西側で大戦が終わろうとしていた。ルコスを守ったのは、戦後も語り継がれる伝説の三人。 

 大陸制覇の目標は、ルコスによって敗れ、西国の侵攻は途切れた。

 そんな時にラズは産まれた。

 大陸の東、小さな島のヌザイ族の村。彼はある時を境に、非凡な才能を発揮する。

 それがヌザイ族の命運を変えてしまった。


 五人の術者と処女の女。

 残された禁忌の『蘇生術』。繰り返すこと数十回。諦めかけた三年目のある日、奇跡が起こった。

 地面に描いた魔法陣。五人の術者の肉体が溶けて吸い込まれていく。血の一滴も残らない。

 中央の女は、その場に座り込み、ゆらゆらと身体を揺らしている。うつむいているので表情は分からない。

 何かが変化している。

 髪の毛が伸びて、一気に白く染まる。体つきも変わった。

 顔を上げる。

 そこにいる女は、同じではない。


「やっと呼び出せた」

 ラズが言った。

「やっぱりこの方法は効率が悪すぎるな。時間がかかるし・・・」

 淡く光る地面の魔法陣の上を進む。

 小声で何かをつぶやきながら、女の額に手をかざす。

 漢字の『威』に似た文字が浮かび上がる。

 女と目が合った。

 かざしたラズの片手は、肘から先が消えていた。

「相変わらず手早いね、イリリ」

 立ち上がる女。

 白髪の美女。

 破れた服から乳房や太腿が露わになっている。島の女にしては背も高く肉づきも良い。

 少し見上げるラズ。

 イリリと呼ばれた女は、辺りを見回した。

 ヌザイ族に囲まれている。

 贄となった女の記憶と、戻りつつある自分の記憶。

「私は生き返ったのか」

 うなずくラズ。

 切り落とされた腕の出血は、いつの間にか止まっていた。

「僕はこれから大陸へ渡る。『人形師』も見つけた。あとは頼りになる護衛だけ。イリリ、君がいれば大陸制覇も夢じゃない」

 イリリの顔色が変わる。

「また私を欲望の道具に使うのか」

 生きていた時代の出来事が頭に浮かぶ。

 見上げて目を閉じ、笑った。

「いいだろう。どうせ血塗れの人生だ。好きに使え」

 イリリの言葉に、ラズはまた笑顔で答えた。

 それが始まり。

『戦いの神』として崇拝するイリリが、目の前に現れたことで、そして、術士のラズを信頼してしまったことで、ヌザイ族は後戻りできない方向へ進むことになる。


 約十年前。

 ラズが大陸から帰ってきた。

『戦いの神』イリリとタルカナの術士カマツを連れて大陸へ渡り、『魔法樹』の種となる、古代人の特殊な血を引くプレ・ナの魂を持ち帰った。

 イリリはいない。

 大陸進出の準備ため、イナハンに残したらしい。

 ラズはやり遂げた。

 ヌザイ族は歓喜。古代文明の復活と、大陸制覇の未来が現実味を増した。



「『魔法樹』の種、とは?」

 問うキース。

「マリナラ族のなかでも特殊な血筋の者、つまり人が種となって『魔法樹』が生まれる」

 ラパが言った。


 かつてこの島がひとつの大陸だった頃、『魔法樹』は存在し、文明は繁栄していた。しかし、何かの理由で樹は枯れて、大地は沈んでしまった。

 ラズは魔法の力でこの島を元の大陸に戻し、世界征服を考えている。

 そういうことになる。


「魔法で陸地が戻せるものなのか」

 ヤナベがつぶやく。

「ラズは可能だと言っていました」

 術士長のニマが開口した。

「『魔法樹』が開花する瞬間、膨大な魔力が発生します。それを利用すれば出来る、と」

 ドン、とテーブルを叩く戦士長のソケ。

「おれは反対だった。あんな奴を信用したおかげで、何十人も死んだ」

「それでも誰も止めなかった」

 鍛冶長のアゴウ。

 言葉を返せないソケ。

 あの時、ヌザイ族たちはラズの起こした奇跡、イリリの復活を目の前で見て、諦めていた野望を抱いてしまった。

 彼ならば、マリナラ族の遺した古代技術を再生して、大陸全土にヌザイの力を示せるのではないか。

 無敵と言われた古代兵士。

 天候を自在に操れたという魔法。

 強大な力は、人の心を簡単に変えてしまう。

 しばらく沈黙が続いた。



「それで、ラズは今何処にいる?」

 問うキース。

「マリナラ島だ」

 ラパが答える。

「島に帰ってきてから、マリナラの遺跡で準備をしていた。居住地を作り、我々の仲間たちもいる。何度も島を行き来していたが、半年くらい前か、イリリ様が死んだと言ってからは一度も戻って来ていない」

 視線がキースに集まる。

「緑色の髪の女。マリナラ族の血を引く者」

 ニマが呟く。

 彼らが神と崇めるイリリを倒した者の特徴。ラズから聞いた。 


 彼が再現した古代の魔法。額に刻んだ『魔法印』で、離れていても意志の疎通が出来る。また、自分を上位として契約した場合、その者の身体に憑依することも可能。


「あなたが本当にイリリ様に勝てたのなら、あなたはこの島の、いえ、この世界の救世主なのかもしれません」

 ニマが言った。

 ヌザイ族の長たちはキースを見た。

「我々は、ラズに従うことを止めた。あの男は、目的のために多くの命を奪った」

 ラパが言った。

「ラズの思想に賛同して、従った仲間もいる。彼らを救い出し、あの男を倒したいと思っている」

 それで戦いの準備をしているのか、とヤナベは思った。

「頼める立場ではないが、戦力は多い方がいい。一緒に戦ってくれないか?」

 キースに問うラパ。 

 ヤナベも横に立つキースを見る。

「もうひとつ、聞きたい事がある」


 アーマン、という男が訪ねて来なかったか?


「アーマン・・・大陸から来た戦士だな。何年か前にラズのことを聞かれた。独りでマリナラ島へ渡ったようだが、その後ここには来ていない」

「そうか・・・」


 ラズを追ってマリナラ島に行ったが、その先は不明。ラズがまだ生きているなら、殺されているかもしれない。

 キースの反応は淡白。 

 自分の父親の事なのに、あまり関心が無いような態度。


「私の目的は、ラズを追い、奪った魂を取り戻すこと。それだけだ」

 キースが言った。


 協力はしないが、向かう先は同じ。

 共闘したければ勝手にすればいい。そういう意味だと感じた。


「我々は、準備が整い次第マリナラ島へ向かう。お前たちは?」

 問うラパ。

「俺たちはヌザイの意志を確認したかったのと、捕虜を返しに寄っただけだ。すぐにでもマリナラへ行く」

 ヤナベが答える。

「それに、何人かは先に向かっている」

 そうか、とラパ。

 集まった長たちに目配せする。

 キースとヤナベ。

 ほぼ同時に同じ方を向く。

 会場の外が騒がしい。

 ヌザイの戦士が慌ててやって来た。族長のラパと話している。言葉は分からないが、急務な事情だと様子から理解出来る。

 言葉を訳す必要はなかった。

 会場を出ようとするキースを追いかけるヤナベ。

「ノマの気配」

 キースが呟く。

 心当たりがあった。

「セドか」

 ヤナベ。


 戦士たちが取り囲んでいた。

 武器を手にしているが、対処の方法が分からない。

 この島に『ノマ』は存在しない。

 人が輪具によってノマ化する現象など、大陸でも見たことがない。

「ヌザイ族は、『力』ある者に敬意を払う。ここでお前の実力を見せておいたほうがいい」

 ヤナベが言った。

「皆、お前の『力』を知りたがっている」

 キースは彼を見て嘆息した。

「あまり気が進まないが・・・」

 アゴウの横で武器を持ったソケに近づく。

「私に任せてくれないか?」

 問うキース。

 驚いた表情のソケ。

「あれは何だ。セドはどうなった?」

「ラズが用意した輪具の効果だ。仕組みは分からないが、人が魔物に変化する」

 キースを見つめるソケ。

「何とか出来るのか?」

 彼の問いにうなずくキース。

 タルカナで魔物となったヌザイ族たちと戦った、とヤナベが補足する。

 ソケは大声で指示を出す。

 取り囲んだ輪が広がった。

 目を閉じて深呼吸するキース。

 何かを感じて振り返る戦士たち。

 緩やかに、そして確実に、キースを中心として、風が螺旋に吹いていた。

 恐怖なのか、歓喜なのか、不思議な感情がこみ上げる。

 ノマとなったセドは、煙のような身体から何本もの触手を伸ばしていた。顔も目も見当たらないが、キースに敵意を向けていると誰もが感じた。

 キースは右手で鞘を掴み、止め金に指を添える。

 開眼。


 たがを外せ。

 そして、私に従え。


 呪文のような言葉。


 ノマが動いた。速い。抜刀が間に合わない。

 見逃した?

 目はそらしていない。

 キースとノマの立ち位置が変わっている。

 抜刀。横一閃。

 両断された身体は、地に落ちる間もなく消滅した。

 振り抜いた構えから足幅を戻して、ゆっくり刀を鞘に納める。全ての動きに無駄がなく美しい。

 ひと振り。たったひと振り。

 ソケは自分の手を見た。震えている。

 戦士たち。

 この島で、戦士長のソケが一番強いと思っている者もいる。イリリが復活して、彼女の強さを見た者もいる。

 絶対的な強さがヌザイ族の上位基準。

 キースはそれを超えていた。

 到達出来ない領域。

『神』に近い存在だと思った。

 その場に跪く。

 武器を地面に置いて頭を下げる。

「イリリ様は、我らを導いてはくれなかった。お前なら・・・あなた様ならば、我らのしるべとなって下さるだろう」

 ラパが言った。

 ヤナベはキースを見る。

 平伏するヌザイ族たちの中央で、困ったような顔を向けている。

「なんとかしてくれ」

 キースが言った。

「お前は自分の価値を分かっていないな」

 そう言って笑うヤナベ。

 キースは彼を見つめたまま、ため息をついた。


 名前を呼ばれた。

 振り返るキース。

 ヌザイ族の準備を待っている時だった。カサロフと同年くらいの女性と横に青年。後ろに男。三人共初見だが、後ろの男は知っている。イリリと戦った時、側で見ていた男だ。コルバンの『カゲ』。顔は見ていないが気配で分かる。この島に渡っていたようだ。

 女性と青年は合掌して軽く会釈する。

 大陸東側の挨拶。

「私はチャウバの妻シシリ。この子は息子のパクヤです」

 女性が言った。

 チャウバ。

 ルコス王の側近で、王の殺害と開戦を策略していた。それは本意ではなく、ラズに家族を人質に取られ、やむなくだったと後に分かった。

 結局、チャウバは自害したが、殺害計画に関わっている。恨みをもたれても仕方がない。

「事の詳細は彼から聞きました。あなたに恨みはありません」

 シシリが言った。

「伝えておきたい事があります」

 キースはヤナベに目配せする。察した彼はキースたちから離れる。

「チャウバの行動は、私たちが捕らわれていたとはいえ、許されることではありません。例えそれが未遂に終わったとしてもです。いつか必ず、何かの形で償いたい」

 まっすぐ、キースを見つめて話す。

 嘘のない、本気の言葉。

「コルバン様に助けられた命ですから・・・」

 シシリが静かに語り始める。


 チャウバが公務で不在のある日、彼の師であるコルバンが訪ねて来た。

 家族同然の付き合いだから解る、コルバンの変化。

 シシリの笑顔が一瞬で消える。

「何があったのですか?」

 尋ねる彼女。

 コルバンは深い息を吐いた。

 これ程の人格者でも、思い悩むことがあるのだろうか。彼はそんな表情をしていた。

「国王を殺してきた」

 感情を抑えた静かな口調。

「この国では、私の理想世界は実現しない」

 シシリは叫びそうになる自分を抑え、コルバンを見つめた。

 一時的な感情で間違いを犯す人ではない。コルバンは常に先を見据え、最善な方法を選択する。

 しかし、国王を殺めるのが正しい選択なのだろうか。

「私はこの国を出る。チヤウバには申し訳ないが、後始末を任せて、幼い王子の側近をしてもらう」

 コルバンが言った。

 声音に変化はないが、何だか苦しそうだ。

「彼を上手く利用するため、お前たちには人質になってもらう。私と来てくれないか?」

 手を差し出すコルバン。

 もう選択肢はないようだ。

 シシリはコルバンに従うしかなかった。


「いつからラズと繋がりがあったのか分かりませんが、コルバン様はチャウバと私たちを生かすために、自分の家族の命を奪った。それがラズを裏切らないという証でした」


 助けられた命。

 そういう意味だったのか。


「私にはコルバンとキース様、どちらが正しいのかを答える立場ではありません。ですが、彼が非情な男ではない、ということをご理解頂きたい」

 気丈なシシリ。

 彼女の後ろから、優しい視線を送るコルバンの『カゲ』。

 パクヤは、となりの母親を背中の腕で支えている。 

「私には関係ない」

 キースが言った。

「邪魔をしたから阻止しただけだ」

 薄く微笑むシシリ。

 同情されたかったのではない。

 思いを伝えたかっただけ。


 ヤナベがやって来た。

 出発の準備が出来たようだ。

 もう一度彼女たちのほうを向くキース。

 パクヤが目の前に立っていた。

 ヤナベが顔をしかめる。

「僕は、母を守れる『力』が欲しい」

 パクヤが言った。

 キースは彼を見つめる。

「今でも十分あると思うが?」

 それなりの鍛錬をしているのは、手のひらを見れば分かる。

「僕に剣術を教えてくれないか?」

 思わぬ提案。

 即答で断るとヤナベは思った。ヌザイには優れた戦士が多くいるが、二人の後ろに立っている男は、彼らに負けないくらい実力があると感じていた。パクヤはその男から指導を受けているのだろう。キースの言う通り、十分な技量は得ていると思われる。

 キースはすぐに返事をしなかった。

「考えておく」

 否定はしなかった。

 意外な返答。

「ありがとう」

 パクヤの言葉を背に受けて、キースはヤナベの前を通り過ぎた。 



 キース達が「奇跡の道」に入った頃、先行したカサロフ一行は、居住地の近くまで来ていた。

 ヌザイ族たちに気づかれないよう、岩場の影に潜む。キースたちと合流するまでは何もしない。そういう段取りだ。

 建物の規模から考える。

 二、三十人のヌザイ族がいると予想される。ここからは見えないが、すぐそこに古代文明の遺跡がある。

 タルカナ族の戦士たちは、適度に散らばり監視をしている。 

 横を向くカサロフ。

 またヴァサンと目が合った。

 この島に渡ってから感じる異変。大陸に近い魔力量。タルカナ島からそれ程離れていないのに、この違いは何なのか。

 もうひとつ、気になる事がある。

 二人はまた顔を見合わせる。

「そうなのか?」

 問うヴァサン。

「間違いありません」

 カサロフの言葉で確信した。


「魔力・・・強い」

 サヒヒが呟く。

 魔法を使える術士ならば、誰でも魔力量を感知出来るとは限らない。サヒヒは術士として有能なのだろう。

 ローライは、カサロフとヴァサンの横で弓の調整をしていた。

 カサロフに声をかけられた。

「ここから遺跡に近づけますか?」

 問われる。

 二人の異変には気づいていた。

「道、少し戻る。海近くの道行けば、見つからない」

 そう答えてから、彼は仲間たちと会話し、カサロフたちのところへ戻ってきた。

「案内する」

 先導してくれるようだ。

 理由は分からないが、二人を止めようとはしなかった。


 岩場の海沿い。

 三人は遺跡に向かって進む。

「どんな状況だ?」

 ヴァサンが問う。

「魂だけで魔力は発生しません。恐らくは『魔法樹』の形になっていると・・・」

「・・・元に戻せるのか?」

 カサロフは薄く笑みを浮かべ、ヴァサンから目をそらした。

 それが全てを語っていた。

 それでも聞かずにはいられない。

「戻せるのか?」

 問う。

「『魔法樹』を破壊することは出来ます。あとは、彼女にまだ意識があって、私と同調することができれば、何か方法があるかもしれません」

 ヴァサンはそうか、とひと言。

 可能性が少しでもある。それだけで十分だった。

 岩場から陸地の方へ。

 道なき樹木の中をしばらく進んで、ローライが手を上げた。

 草木の隙間から建物が見える。

 緑の苔や草木で覆われていても、高度な建築技術がうかがえる。

 加工された石を積み上げて構築された建造物。そこに到達するまでの石畳の道も、隙間なく見事に石が配列されている。

 静寂。

 ここにラズがいるはずなのに、見張りもいなければ、人の気配もない。

 あるのは、彼女を感じる魔力の流れ。

 遺跡の中央にある宮殿らしき建物。そこから強く感じる。


 ここはラズの拠点だ。

 彼は特異な魔術士。 

 見張りがいないのは、誘い込むための罠だと考えて良いだろう。

「ヴァサン」

 カサロフが呼んだ。

 振り返った彼の顔を見て、カサロフは微笑んだ。

「何だ?」

 顔をしかめるヴァサン。

 覚悟はすでに出来ている。今さら問うのは愚問だと思った。

「行きますよ」

 おお、と小声で言って立ち上がるヴァサン。

「案内ありがとうございました。あなたは戻って、キース様たちの到着を待っていて下さい」

 困惑顔のローライ。

「キース様なら分かってくれます。ローライさんが気に病む事はありません」


 名残り惜しそうに何度も振り返りながら、ローライは仲間の所へ戻っていった。

 カサロフとヴァサンは、海岸の茂みから抜け出し、宮殿だったと思われる遺跡へと向かった。

 数百年という時のなかで、建造物は苔と植物に覆われているが、腐食はしていない。また、二人が立つ石畳の道も、継ぎ目を気にせず歩ける。

 劣化しない石。当時の技術なのか、素材なのか、カサロフたちには分からない。

 石の階段。

 これを登ればいよいよ宮殿だ。

 数段上がったところで、カサロフの腕がヴァサンの脚を止めた。

 言葉はいらない。

 ヴァサンは腰の剣に手をかけた。

 何か金属の擦れる音がする。

「今さらですが・・・」

 と、カサロフがつぶやく。

「ラズは強敵です。生きて帰れる保証はありません」

 ヴァサンはカサロフに目を向けた。

「コンサリは死んでも取り返す」

 ヴァサンの言葉を聞いて、微笑むカサロフ。

「出来れば全員生きて帰りましょう。そして・・・」

 間が空いた。

 ヴァサンは顔をしかめる。

「コンサリを抱きしめてあげて下さい」

 表情は変わらない。

 ヴァサンはうなずいた。



「・・・遺跡でカサロフとヴァサンが戦っている」

 キースが言った。

「分かるのか?」

 問うヤナベ。


『奇跡の道』を渡ってすぐ、キースが馬を止めた。タルカナの仲間とヌザイ族たちを先に行かせ、ヤナベはキースに馬を寄せた。

 周囲を見回すヤナベ。

 遺跡まではまだ遠い。そこにいる人の気配など分かるはずがない。

 普通の者ならば。

 嘆息するヤナベ。

 マリナラ島。

 何度が来たことがあるが、ここはどうも落ち着かない。

 いつも誰かに見られているような感覚が彼を襲う。

 好きになれない。


 キースは目を閉じて下を向いている。

 初乗の馬は微動だにせず、主(キース)の合図を待っている。彼女が何故馬を乗りかえたのか分からないが、ヌザイ族の馬は良く訓練されているようだ。

 キースは目を開けて顔を上げた。

 たったそれだけの動作。見惚れてしまうヤナベ。


「私は遺跡へ向かう。お前は仲間と合流して、ヌザイ族たちを抑えてくれ」

 キースが言った。

 静かな口調なのに逆らえない服従感。

 うなずくことしか出来ない。

 馬の首を軽く撫でながら、耳元に顔を近づけるキース。

「急いで遺跡に行きたい。少し頑張ってくれ」

 馬は彼女の言葉に答えるかのように鳴いた。

「行くぞ」

 手綱を操るキース。

 ヤナベも彼女に続く。


 信じられないことだが、キースの馬にどんどん離されている。

 同種で体格もほぼ同じ馬だ。

 ヌザイの馬だからか?

 道は粗悪で岩も多い。小動物のような軽快さは、育った環境の違いなのか。あるいは彼女の・・・

 キースがこちらに顔を向けている。

 合図した。

 先に行く。

 そう言ったと思った。

 キースの馬はさらに加速した。



 渾身の一撃は全く手応えが無い。

 鎧の塊は四散する。

「アターカ!!」

 詠唱と指差しで、精度の高い魔力の矢。大陸での攻撃と変わらない威力。

 三体の鎧が粉砕される。

 今度はどうだ?

 散らばった鎧は、時間が巻き戻ったかのように再生を始める。

「どうすればいい?」

 問うヴァサン。

「魔力の流れを断ち切るしかありません」

 カサロフ。

 肉体の無い鎧は、魔力によって可動している。どこかに魔力を受け取る『核』があるはず。探知能力があれば見つけられるが、カサロフにはそれが無い。

 人の急所を突いても、首を落としても再生する。

 目的地を目の前にして、二人は足止めを食らっていた。


 声がした。

 いや、正確には聞こえたように感じたのだと思う。

 二人は振り返る。

 懐かしい感覚の声主が伝えた通り、彼女がこちらへ歩いてくる。

 キースだ。

 最善を尽くしたヌザイ族の馬は、限界を越えて、遺跡近くで横たわっている。

「私に任せろ」

 キースが言った。

 抑揚のない小さな声だったが、二人は腕を下ろした。

 右腰の刀に手を添えたまま、ゆっくりだがしっかりとした足取りで、二人の間を通り過ぎる。

 この違和感は何だろう。

 カサロフはキースを目で追いながら考えていた。

たがを・・・いや、もう加減しなくていい。奴がそこにいる」

 キースは深い呼吸をして、指で鞘の止め金を外す。

 魔力で動く四体の鎧は、標的をキースに変えて彼女を囲む。

 両刃の重い剣が振り下ろされる。

 当たらない。

 キースは同じ場所に立っている。

 何度も剣が襲いかかる。風を斬る音が、攻撃の凄さを物語る。中心のキースは、片手を刀の鞘にそえたまま、最小限の動きだけ。鎧たちの剣が彼女に当たらないように振っていると、錯覚しそうになるほど、微量な動きだ。 

 刀は抜かない。

 剣技のない鎧たちに必要ないと思ったからだ。 

「・・・なるほど」

 何かを悟り、左手を上げるキース。

 そのままでは斬り落とされてしまう。

 剣の側面に触れて軌道を変える。片足をずらして重心を後ろへ。背後から振り下ろされた剣が肩口をかすめる。

 決して目で追えない程の動きではない。初動が未来予知並みに速い。

 四方から襲ってくる大剣を難なくかわし、ゆっくりだが確実な足運びで移動して、魔力の流れを模索する。

 魔力の強弱は感覚である程度理解出来るが、視認することは不可能だ。

 本来ならば。

 一瞬、キースが微笑んだ。

 騎士の鎧が一体、その場で崩れ落ちた。

 また一体。

 また・・・一体。

 全ての鎧が動かなくなっても、ヴァサンには状況が理解出来なかった。

「さすがです、キース様」

 カサロフが言った。

 後ろからヴァサンの圧力を感じる。

 彼には見えていない。もちろんカサロフにも見えていないのだが、鎧に軽く触れたキースの手が、魔力の流れをを断ち切ったのだと判断していた。

 ヴァサンはその方法を知りたいが、聞いたところで意味が無い。さらに困惑すると思っていた。

 キースだから。

 そうとしか言いようがない。


「行こう」

 キースが言った。

 二人は彼女に続いた。



 マリナラ島のヌザイ族たちは、予想に反して従順だった。

 ラズの思想に共感して、王国の復活計画に参加したが、十年近く経っても進展せず、さらに神祖として崇めるイリリを倒した者が大陸からやって来る事を聞いて、不安な日々を送っていた。

 族長たちの反対を押し切って、ラズに従った手前、島には戻れず、彼を裏切れば容赦なく殺されるだろう、という状況で、彼らの来訪は好機だと思った。

 マリナラ島のヌザイ族たちと、交渉も戦闘も必要無しと判断したヤナベは、すぐに馬を走らせ、遺跡へ向かった。


 荒い息で横たわる馬。

 限界まで体力を使ったのだろう。

 ヤナベは馬を降りて、石畳の道を進む。散らばる鎧の残骸を横目で見ながら、階段を登り、一瞬脚が止まる。

 上にはさらに多くの鎧の残骸が散らばっていた。

 何十領。

 遺物ではない。

 斬撃で破壊されたのではなく、一部が変形していることから、外側から強い力を受けて破壊されたのだろう。

 鎧だけが散乱している。

 魔力で動いていたのか。

 それだけでも驚きだが、ほぼ一撃で破壊している事実が、ヤナベを驚かせた。

 こんな戦いが出来る者は島の戦士にはいない。

 眼下に広がる遺跡。

 樹木に覆われていても、過去の繁栄が伝わってくる。

 高度な建築様式。計算された街並み。

 現在より発展した文明の痕跡。

 警戒しながら、ヤナベは宮殿らしき建物へと進む。

 宮殿の入口にカサロフとヴァサンが立っていた。ヤナベに気づいて振り返る。

 キースはいない。

「何をしている?」

 問うヤナベ。

「キース様が独りで行くと言われて・・・」

 カサロフが答えた。

 不本意なのはすぐに分かる。

「それでいいのか?」

 もう一度問うヤナベ。

 ヴァサンは感情を抑えきれず、壁や柱を蹴っている。無言、無表情なのが怖い。

「万が一の時、助ける余裕が無いかもしれない、と言われました」

 ラズという術士は、それ程の相手ということか。

 入口に目を向ける。

 薄暗いその先に、キースがいる。

 ヤナベは迷いなく足を進めた。

 カサロフに呼び止められた。

 振り返らない。

「俺はキースを追う。結果がどうであれ、後悔するからな」

 ヤナベが言った。

 彼の姿が見えなくなってすぐ、ヴァサンが入口へ向かった。

「あいつ独りに任せられん」


 行くぞ


 ヴァサンの意志は固そうだ。

 ため息。

「仕方ありません。ヴァサンだけでは頼りないですからね」

 カサロフも動いた。

 薄暗く肌寒い宮殿に、彼等は吸い込まれていった。



 広間に出た。

 石造で、これ程の空間を創り出している技術に驚愕するが、今はそこではない。

 玉座がある。

 ここは謁見の間なのだろう。

 玉座のすぐ下に、男が立っていた。

「生身で会うのははじめましてだね、キース」

 男が言った。

 聞き覚えのある声。

 銀色の、術式のような刺繍の入ったローブを着た男。顔はフードを被っているので分からない。

 三年近くかけて辿り着いた。

 この男がラズだ。間違いない。

「もう生身ではないだろ」

 キースの言葉に対し両手を上げる。

「人の肉体は衰えが早い。カマツの造った身体なら、何百年でも生きられる。これで、理想の世界、マリナラ文明を復活させるんだ」

 キースは鞘に手を添えて、止め金を指で弾いた。

「何もさせない。今日で終わる」

 怯えたような仕草。

 動きが大げさだ。おどけているのだろう。

「せっかく会えたんだ。もう少しお話しようよ」

「何も話すことはない。お前を殺し、コンサリを連れ帰る」

「待って待って。イリリたちやコルバンを倒した君に、僕が敵うわけない」

 歩み寄るキース。

「僕の魔術は君に効かない。そもそも魔法耐性が異常だからね」


 だから、ちゃんと対策してるよ


 キースの脚が止まった。

 広間全体の床に、巨大な魔法陣が描かれいる。ラズが床を指差すまで気づかなかった。

 何かが床から湧き上がる。煙のようで淡い色をしたもの。揺らいでいるが広がらず、形を作ろうとしている。

 二つの人型。

 少しずつ、だが確実に形と色が鮮明になる。

 キースの表情が変わった。

 驚きと悲しみが同時にやってくる。

 大陸の北、ロフェアという小さな街で過ごした記憶。旅の途中で、武器の扱いを教わったこと。

 楽しかった時間が、共に過ごした景色が、目の前を一瞬で通り過ぎた。

 そこに、アーマンの従者だったメラスとファウザが立っていた。

 幻術ではない。肉体は無いはずなのに、存在は感じる。

 ドガイ共和国のフィニカの遺跡で、カマツを守っていたケマンの術と同じではないかと推測される。


「キース・・・様」

 震える声でメラスが言った。

 隣りに立つファウザは、開口したまま動かない。表情で驚きの感情が伝わってくる。

「立派になられました。やはりコンサリ様に似て・・・」

 メラスの言葉が切れる。

 口は動いているが、声が出ていない。

 ラズの手つきから、二人の支配権は彼にあるようだ。

「お前、楽には死なせないからな」

 キースの殺気を帯びた言葉。

「戦闘力では君に敵わないからね」

 ラズが言った。

「メラス、ファウザ。全力で戦って、キースを殺して」

 ラズの命令には逆らえない。

 メラスは両腰の剣を抜き、ファウザは弓を構えた。

「キース様。あなたに敵意を向けることをお許し下さい。今の我々には、命令に逆らうことも、自害することも出来ません」

 ファウザが言った。

 メラスが突進する。

 鋭いひと振り。

 キースは大きく横跳びする。

「立派になられたお姿を見れて、思い残すことはございません。どうか、心置きなく我々を殺して下さい」

 穏やかな口調に反し、メラスの攻撃は激しい。

 一撃の威力は強くないが、正確に急所を狙ってくる。加えて、ファウザの矢が視界の外、死角からキースの足元を飛ぶ。

 見事な連携。

 だが、キースには当たらない。

「ガガル様のもとで、良く学ばれたようですね」

 メラスが言った。

 剣速を変えても、軌道を不規則にしても、彼の剣はキースに届かない。

 ファウザの矢はどうだ。

 キースの動きを予測して、死角から矢を放っても、そこに彼女はいない。

「素晴らしい!」

 称賛の言葉を送りながら、ファウザは矢を射ち続ける。

 キースは鞘を持ったまま。止め金は外しているが、抜く気配はない。

 キースはラズを見た。

 笑っている。

 さらに怒りがこみ上げてきた。

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キース 九里須 大 @madara

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