episode28 「試練」

 一年に数回、辺境のこの村に旅人が訪れる。

 タギクネ村。

 今日もひとり、ある目的のために旅人がやって来た。


 第一目撃者の男が、慌てて村の集会場に入ってきた。この時間はいつもの定例会議。集まっていた男達の顔色が変わる。

『マモノ』対策や野性動物による作物被害の話などほったらかしだ。

 みんな、旅人を出迎えるため外に出る。

 こんな事は初めてかもしれない。

 彼女は馬を降りて歩いていた。

 頭のフードを上げる。

 どよめき。

 キースだ。この村には二度目の訪問。

 一生に一度だと思っていたことが、二度も起こった。これはもう、信仰神に感謝するしかない。

「みなさん、こんにちは」

 キースが言った。

「こんにちは」

 驚くほど男達の声が揃っている。

 前回の訪問から二月ふたつきと経っていないが、彼女はさらに美しくなったと皆が思う。


 女神だ。


 誰かが呟く。

 否定する者はひとりもいない。


「サバサンに用事かい?」

 村長の息子が尋ねた。

「はい。ちょっと見てもらいたい物があって」

 村人がふたり、誰に言われるでなくキースの馬を預り小屋へ連れていく。

「あいつなら、いつもの山だ。さっき煙が上がってたから、小屋にいるはずだぜ」

 顎を引いて、いつもより低い声で話す村長の息子。

「そうですか。ありがとうございます」

 笑顔。

 腰が抜けそうになる。

 村の女達が何事かと集まってきた。

 若い娘に色目を使う男達を見て、女達が怒るのが世の常だが、キースに対しては違う。

 女達も同様。

 彼女に色目を使う。

 しかも、かなり大胆だ。キースを取り囲み親しそうに話しかける。


 疲れてないかい?

 喉は渇いてないかい?

 お腹はすいてないかい?


 何とか家に連れ込もうとする。

「ありがとう、今は大丈夫。用事が済んだら戻ってくるよ」

 また笑顔。

 女達たちの悲鳴。今まで聞いたことのない欲情混じりの声色。


 ほぼ全員の村人に見送られ、キースは坂道を進む。

 嘆息する。

 前回の訪問で、ロズの教えを守ろうと、村人たちに愛想よくしたのがこの結果だ。大事に思ってくれるのは非常にありがたいことだが、大人数はどうも苦手だ。

 しかし、損はないので、この感じでいこうと思っている。


 小屋が見えてきた。

 煙突から煙が上がっている。

 開け放しの出入口からキースが入ってきても動じない。サバサンは作業を続ける。

 キースは腰の刀を支持しながら一礼する。水瓶から平桶に水を取り、履き物を脱いで足を洗う。

 これがこの家に上がる決まり。

 土間から一段高い床板に。囲炉裏の近くで座って待つ。

 サバサンの作業は邪魔しない。

 研ぎ石で剣を磨く音だけ響く。


「どうした?」

 作業中、サバサンが問いかける。

 話してもいいようだ。

「あなたに見てもらいたい刀があります」

 ほう、とひと言。

 キースには目を向けない。

 それと・・・

 キースが言葉を続ける。

「お借りしていた二本の刀は、私の力不足で折られてしまいました」

 手が止まる。

 研いだ剣を掲げ、陽の光に当てる。じっくり見て布の上に置く。作業が途中なのか終わったのか分からないが、話を聞いてくれるようだ。炭火にかけた鉄の容器に乾燥葉を入れている。

「こっちに来て話せ」

 サバサンが言った。

 キースは立ち上がって囲炉裏に近づく。

「待て」

 止められた。

 刀を置くように言われ、近くに来いと言われる。サバサンは座ったまま、キースの立ち姿を下から上まで何度も見返す。

「前に来た時と大して日が経っていないが、随分と変わったな」

 何かを感じ取った。

 見ただけで気づいたのだろうか。『力』の封印が解けたキースの変化に。

 立ち上がるサバサン。近づいてキースの身体を触り始める。前にも触られたが、何だか胸元や腰の辺りを執拗に触っている気がする。

「あの、聞いてもいいですか?」

 問う。

「何だ?」

「これは、何を確かめているのですか?」

 すぐには答えない。

 後ろにまわったり、座って足を触ってみたり。サバサンの荒い息が首筋に当たる。

「ただの好奇心だ。前に会った時より女らしくなったと思ってな。それがどこから感じるのか確かめている」

 想像とは違う理由だった。

 ふん、とサバサン。

「半分は冗談だ。体質の変化を見ている」

 半分は欲情心か、と思ったが何故だか彼の命令に逆らえない。

 不思議な感覚だ。

 ふと、キースの荷物に気づく。

 ようやく手が止まった。

「ガガルの刀も折られたのか?」

 うなずくキース。

「よし、話を聞こう。全部話せ」

 二人は囲炉裏に対面して座る。

 サバサンは村からほとんど出ない。

 研ぎ師としてさらなる高みを目指すため、少しの時間も無駄にしない。ただ、世の中の変移は気になる。だから刀剣の研ぎを依頼に来た旅人から、必ず世の中の事を聞く。

 渋くてほのかに甘い飲み物を差し出す。


 キースはイナハンでの出来事を話し始めた。



 サヒヒは腰袋から何かを取り出した。遊戯で使う絵札のようなものを一枚。

 額に当てて小声で囁く。言葉は分からないが、たぶん呪文。

 絵札から強い魔力。離れた場所にあった的が弾ける。

「ほほう。大変興味深いですね」

 カサロフが言った。

 ヴァサンは彼女の攻撃魔法に良く似ていると思った。

「その絵札、ちょっと見せてもらえませんか?」

 言葉が分からなくても雰囲気で分かる。サヒヒは今使った絵札をカサロフに手渡す。

 変わった触感。外縁は形が崩れないように固く、内側は書物の紙よりざらつきがなく心地よい。両面には別々の魔法陣と少し文字が書いてある。

 チコが持ち主が分かるよう名前が書いてある、と教えてくれた。

「この魔法陣は、魔力を閉じ込めるためのものと、変換させるもの、かしら?」

 二人に問いかける。

「カサロフ、すごい」

 チコが満面の笑み。

 体内で行う工程が、この絵札の中で完了している。つまり、絵札の扱い方法さえ分かれば、誰でも魔法が使える、ということ。

「この島、魔力弱い。だから、魔力、ここに集める」

 チコが言った。

 カサロフが最初に感じたように、この島は大陸より魔力量が少なく、魔法を発動するためには、ある程度魔力を蓄積しなければならない。

 そのためのこの絵札。


「私もあの的を射ってもいいですか?」

 カサロフが問う。

「大陸の、魔法、見たい」

 チコは嬉しそう。

 サヒヒに通訳する。彼も嬉しそうだ。

 的はあと四枚。木板に白い染料、中心に黒炭で円が小さく書いてある。

「最初に言っておきますが、私の攻撃魔法はひとつしかありません」

 カサロフの魔法は、魔力を武器として飛ばすものと、呪術。ふたつしかない。

 チコに説明して、サヒヒに通訳する。


「セベラッチ」

 詠唱して魔力を集める。

 なるほど、確かに魔力量が少ない。これでは魔力を矢先のように形成できない。

 では、針のように細くしたらどうか。

 これなら大丈夫。

 いったん止める。

 破壊力ではなく、精度に注意する。

「セベラッチ」

 再び詠唱。

 腕を使って正確に的を狙う。

「アターカ」

 針が飛ぶ。

 的の中心、黒炭の円に穴が開く。

 一枚・・・二枚。ほぼ同時。

「これが限界のようですね」

 カサロフが言った。

「すごいすごい!」

 チコは大はしゃぎだ。


 キースと同年だが、見た目も含めて幼く感じる。環境もあるだろうが、この島がそれだけ平和ということ。


「この島の魔力量では、対象物への効果は厳しいですね。よければ絵札の製作者にお会いしたいのですが、案内して頂けませんか?」

 チコがサヒヒに説明する。

 合掌してうなずく。

「チコ、連れて行く。こっち」

 カサロフの手を引く。

「ヴァサンはどうします?」

 歩きながら尋ねる。

「あ、ああ。俺も行く」

 彼は上の空。他の事が気になっている。

「そんなに心配なら、キース様について行けばよかったのに」

 カサロフ。

「ふん。子供じゃあるまいし」

 ヴァサン。

 微笑むカサロフ。

「過保護ですね。それではキース様の縁組みの時、ショックで寝込んでしまいますよ」

「なな、何言ってる。あいつの縁組みなど、俺には関係ない。勝手にすればいい」

 動揺が丸見えだ。

 もしヴァサンが婚姻に立ち会えば、号泣に違いない。

 カサロフは確信した。



 ヤナベの案内で、キースは村を離れていた。

 この森を抜けた山の中腹。そこに目当ての者がいる。

 ヤナベが手を差し出した。

 少し迷ったが、彼の手を借りて岩を登る。

 水量の多い川がすぐ横を流れていた。

「私が育った場所によく似ている」

 キースが言った。

「そうか。俺が子供の頃、よくここで遊んでいた」


 川縁かわべりを元気よく走る子供が二人。緑色の髪の女の子と腕にタトューを彫った少年。

 同じ土地で産まれ育ったら、未来はどうなっていただろうか。


「もうすぐだ」

 ヤナベが言った。

 枝葉の向こうに煙が上がっている。ヤナベに続いて進むと、小屋が見えた。

 金属を叩く音。

 刀鍛治の職場だ。

 ヤナベを見た職人たちが気軽に声をかける。言葉は分からないが、キースも歓迎されていると感じる。

 職人が三棟ある小屋のひとつを指さす。ヤナベにならってついて行く。

「ここの頭領は大陸の言葉が分かる。なんでも聞けばいい」

 歩きながらヤナベが言った。

 うなずくキース。

 その小屋は屋根と床板だけ。壁はなく骨組みがむき出しだった。

 肩口まである白髪を後ろで束ね、男は煙草を吸っていた。ヤナベとキースを見ても態度は変わらない。

「ニギポラ」

 ヤナベがあいさつする。最初の『サ』が抜けると『よう、元気でやってるか』のような親しい言葉になる。

「女連れとは珍しいな」

 男が大陸の言葉で言った。

 彼の名はタタマ。刀鍛治工房の頭だ。

 煙管キセルを咥える。

「彼女はキースだ。あんたに見て欲しいものがあるそうだ」

 キースは肩にかけていた袋を下ろし、中身を取り出した。

 ひと振りの刀。柄が白く鍔が菱形。

 口から煙を吐きながら、チラリとその刀を見る。

「これは、あなたが鍛えた刀ですか?」

 キースが問う。

 煙管を吸い煙を吐く。

「十年くらい前だったか、大陸の剣士の依頼でな」

 タタマが言った。

「知り合いの研ぎ師に鑑定してもらったのですが、刀身に大陸にはない素材が含まれていると言われました」

 ツボの角で煙管の煙草を落とす。

「魔札は知ってるか?」

 タタマが問う。

 少し考え思いつく。

 昨夜島民が松明台に火を灯した時、絵札から小さな火の玉が現れ、それを飛ばしてつけていた。

「魔力を貯める札ですね」

「ああ。魔札の原料は、島のごく限られた場所にしか生えない植物なんだが、そこに金属を含んだ石がある。試しに混ぜてみたら、思わぬ効果があった」


 刀身が魔力を貯めて、振ることで魔法を発動する。


「だが、魔法を発動すると、刀身が白くなる。刀として美しくない。俺は気に入らなかったが、依頼者の要望だったからな」

 別の小屋から鍛練の音。人の声。


 キースが大陸で出会った刀鍛治の工房は、独りで作業しているか、弟子がひとりいるくらい。技術の伝授は師匠が決めた弟子のみ。他言無用。そんな環境だったが、ここは違う。多くの弟子たちがいて、鍛練の音が鳴り響いている。

 ほとんどの者が大陸から修行に来ていた。


「で、何が知りたい?」

 問いかけるタタマ。

「アーマン、という男がここに来ませんでしたか?」

 タタマはキースをじっと見つめる。質問の真意を探っている感じだ。


「特別な刀を鍛える時、万が一のために二振り作って、出来の良いほうを手元に置いておく。それをアーマンが持っているのでは?」

 タタマは煙管に煙草を詰め始めた。

 近くの釜から木炭をひと欠片。平気な顔で素手で持って煙草に火をつける。

 紫煙。

「満足いくものが出来るまで何十本と鍛えた。結果、アイツは俺の最高傑作を持っていきやがった」


 あれは魔刀だ。


 怯えているようにも、悲しんでいるようにも見える表情。


「誰かの『声』を聞きましたか?」

 キースが問う。

 タタマは煙管を口から離してキースを見た。動揺しているのが分かる。

「私のこの刀は、サリュゲンという鍛治職人に鍛えてもらいました。彼は誰かの『声』に導かれて、刀を鍛えたそうです。あなたもそうじゃないですか?」


 ずっと幻聴だと思っていた。

 時々ある。新しい発想が生まれるとき、何か別の力が作用して、自分が導かれていくような感覚が。幻聴や幻覚。そういうものがあっても不思議とは感じない。

 苦悩と達成感。

 仕上がった時の感動は、生涯で二度と味わえない。それほど強いものだった。


「・・・あれは、錯覚じゃなかったのか」

 自分に問いかける。


 工房からの帰り道。

 ヤナベは何度もキースに目を向けるが、何も話さない。

 川縁に差し掛かった。

 振り返ると、キースは足を止めて川を眺めていた。少し待ったが、動かないので、ヤナベも川縁に戻る。

「どうかしたか?」

 問いかけたが返事はない。

 川のせせらぎ。鳥の鳴く声。

 思い詰めている感じではないが、話しかける雰囲気でもなかった。

「『聖地』を知っているか?」

 キースが尋ねる。

「聞いたことはある。魔力を生み出す『魔法樹』がある場所だな」

 うなずく。

「そこに私の母がいる」


 昨日の会話を思い出す。

 カサロフとコンサリは、人とプレ・ナでありながら、身体の共有ができて入れ替わることが出来る。そして、コンサリはキースの母親である。

 ラズは、コンサリの魂を奪い、この島に戻ってきた。目的は不明だが、アーマンもキースたちも、そのコンサリの魂を奪い返すためにやって来た。

 そういう内容だった。

 にわかには信じがたい話だが、嘘をついて損得があるものでもない。

 何より、戦士であるキースが嘘をつくはずがない。と、ヤナベは思っている。

 タルカナ族はキースたちを受け入れた。


「コンサリの身体は『聖地』にあって、魂はここにある。私が会いに行っても分からないはずだ。しかし・・・・」


 その時、彼女の「声」を聞いた。


 何を思う。

 キースの表情が変わった気がした。

 嬉しそう・・・なのか?

 母親との再会。

 父親も幼少の頃に離れていて、きっと寂しい思いをしたのだろう。再会は嬉しかったに違いない。その場にいれば一緒に喜びを分かち合えたのに、などと考えてしまう。

 出会ってから数日なのに、キースのことばかり考えている気がする。ヤナベ自身、今まで感じたことのない不思議な気持ち。キースを見ていると、胸の奥が熱くなる。

 言葉には出さない。


「お前、タタマの聞いた『声』が、コンサリじゃないかと思っているのか?」

 問う。


 プレ・ナは人を超えた存在。常識は通用しない。出来ない事も出来るかもしれない。

 魂だけの姿になっても、我が子を思い、良い方向へ導けるかもしれない。


 微笑むキース。

「あり得ないな。すまない、今のことは忘れてくれ」

 村へ向かって歩き出す。

 ヤナベは動かない。

「親子の絆というのは計り知れない」

 彼の言葉。

 キースは振り返る。

「母親の愛はとても深くて尊い。子のためならば、奇跡を起こすことも出来るだろう。真実は分からないが、きっとお前を守ってくれている、と俺は思う」


 戦士として強くなることばかり考えてきた。そんなヤナベが、人を思い励ましている。自分でも驚いている。


 キースは微笑んだ。

「ありがとう」

 ひと言。

 それだけで、ヤナベの心は温かい気持ちで満たされる。


 島中に響く甲高い音。反響して、こだました音も聞こえてくる。

 ヤナベの笑顔が消える。キースも良くない事が起きたと、すぐに理解する。

「何が起きた?」

 問うキース。

「これは敵襲の合図だ」

 二人は村に向かって走った。



 部族間の交流として、年に一度『試練』と呼ばれる行事がある。戦士が数名、武器や魔法を使って戦う。死者が出る年もあるが、あくまで戦闘技術の維持と向上のため。負けを認めればそこで終わり。

 血の気の多い若者の、不満の捌け口。

 強さの均衡を破ったのは、タルカナ族のヤナベ。彼が参加してから五年間、タルカナ族は負けていない。

 ヌザイ族の不満は爆発しそうなくらいに溜まっていた。



 船が燃えている。

 船員の悲鳴。誰かが俺の名前を呼んでいる。

 死の直前、走馬灯が見えると聞いたが、どうやら嘘のようだ。

 走る船員、燃え上がる炎まで、俺にはとてもゆっくり動いて見える。時間の流れが変わっている。

 ついでに、輪郭までボヤけてきやがった。


 これで終わりか・・・

 まあ、それなりに楽しい人生だった・・・


 誰かに腕を掴まれる。

「船長、しっかりしろ!」

 もうひとり。

 二人の船員に引きずられながら、俺は燃える船を見ていた。


 小型船が砂浜に着いた。

 キースたちが乗ってきた船は、外海からの砲撃で沈没寸前、青空を染めるほどの黒煙を上げている。

 小型船から降りたのは五人。

 金属製の防具に多種の武器。友好的な姿ではない。

「お前ら、これは『試練』だ」

 鉄槌を背負った巨漢の男が言った。

「誰が一番に『キース』という女を殺すか」

 見渡す。

「ま、俺に決まっているがな」

 笑う巨漢の男。

 鉄の鎧からはみ出る腕と脚は、太さがほとんど変わらない。

 他の四人は、巨漢の男など気にした様子はない。

「そっちはお任せします。私たちはヤナベが目的ですから」

 二人組の女。

 全身獣皮の服。身体に密着した特殊なもの。頭部には兜。見えるのは目元だけ。鼻から下は面のようなものを付けている。声を聞いて女だと分かる。

「おいおい。アポスとイリスの気持ちも分かるが、派手に暴れないと意味ないんだぜ」

 背中に槍が二本、腰には鞭を持つ男。癖のある茶色の髪を、肩のあたりまで伸ばしている。

「セドの言う通り。まずはたくさん殺しましょう」

 黒いローブを着た女。動物の骨で作った装飾を、首や耳、ローブにまで飾っている。

「お前ら、気を抜くなよ」

 巨漢の男が言った。

「『キース』は我々が崇拝する戦いの神、『イリリ様』を倒した女だ。どんな手を使っても殺すんだ!」

 ひとり歩き出す。

「後衛は私、ナナウにお任せを。みなさんは、ガンガ様に続いて村へ」

 黒いローブの女が言った。

 巨漢の男、ガンガは樹林へ進む。続いて、槍を背負った男、セド。二人組の女、アポスとイリスの順で樹林に消えていく。

 黒いローブの女、ナナウは、懐から魔札を取り出す。札を額に当てて呪文を唱えると、上へ放り投げた。

 変化へんげ

 魔札から黒い翼が伸びて鳥になる。樹林の上を飛んで行く。

 もう一枚。

 二羽目の黒鳥は別の方向へ。

 ナナウは空を見上げて両手を広げる。

「ここからです。ここからヌザイ族の時代が始まるのです」

 ナナウの笑顔が、より不気味さを演出していた。


 タルカナ族の行動は迅速だった。

 部族間の争いは十年近くないが、ヌザイ族の動向には警戒をしていた。

 見張り台から鐘の音。

 何種類かの音色のなかで、これは最も危険なもの。

 男たちは武器を取り、女や子供たちは集会場へ走る。

 爆発音。

 悲鳴を上げながら、その場でしゃがむ女たち。武器を持った男たちが彼女たちを囲む。見張り台の者に向かって何か叫んでいる。

「イナハンの船がやられた!」

 見張り台の男。

「小舟が一隻、砂浜に向かっている!」

 誰かが合図する。

 二人の男が女、子供たちを集会場まで護衛する。弓を持った男たちは、矢筒をいくつも抱えながら、屋根の上へと散らばる。

 剣と盾、槍を持った男たちは、隊列を組んで樹林の前で待つ。


 こんな時にヤナベがいないなんて。


 みんな思っている。

 彼ひとりに頼るのは良くない事だと分かっている。戦士としての成長を自ら放棄しているのと同じ。それを理解したうえで、どれだけ鍛練を重ねても、追いつけないヤナベの戦闘力。


 樹林から四人現れた。

 最悪だ。

 蒼白になるタルカナ族の戦士たち。

 先頭は双子の姉妹、アポスとイリス。次に槍使いのセド。最後に鋼鉄の肉体、ガンガ。

 ヌザイ族の中でも最強の一員だ。ヤナベ四人と戦うより恐ろしい。


「ヤナベがいませんが、どうしてですか?」

 問いかける双子の妹イリス。

「心配するな。こいつらを片付ければ、嫌でも出てくるさ」

 セドが言った。

 四人の中から前に出るガンガ。

 タルカナ族の戦士たちを見渡す。

「相変わらず弱そうだな」

 鉄槌を地面に付く。

 地響きしたかのような激しい音。

 タルカナ族の戦士たちは身構える。

「『キース』とかいう女を差し出せ。まずはそいつから片付ける」

 返事はない。

「ま、言っても無駄か」

 鉄槌を軽々と肩に担ぐ。

「丁度良い肩慣らしだ。派手に暴れてあぶり出してやる」

 タルカナ族の戦士が片手を上げる。

 風切り音。

 上空から無数の矢が飛んでくる。

「私たちはヤナベを探します」

 姉のアポスが言った。

 降ってくる矢など気にした様子がない。

「おいおい。お前たちも少しは手伝えよ」

 歩き出す双子に話しかけるセド。

 矢の雨。

 身体を揺らして、足を少し動かす。降ってくる矢に合わせて、当たらないように移動する。簡単そうにしているが、何十本と降ってくる矢を全く見ずに歩く双子の姉妹。

 セドは、背中の槍を一本。器用に回転させて矢を払う。

 ガンガは・・・

 肩に乗せた鉄槌はそのまま、空いている左腕で振り払っている。近づく虫を追い払っているかのような。防ぎきれず何本も当たっているが、腕を貫くことは出来ない。


 横一列に並ぶ盾。

 隙間など無いのに、アポスとイリスは後ろに立っていた。針のように細い直剣を突き出す。

 タルカナ族の盾の壁が崩れた。

 剣と槍が一斉に襲いかかる。

 双子姉妹の動きには無駄がない。たった数歩で身をかわす。刀身がほとんど見えない細身の剣は、腕や首、胸元を次々と刺し貫く。

 二人に気をとられていると、もうそこにセドがいた。槍を振れば、腕や首が飛んだ。


「何だよお前ら、俺の出番がないじゃねえか!」

 ガンガが言った。

「あんたは『キース』と殺り合うんだろ。そこで見物でもしてろ」

 セド。

 混戦状態となり、弓の攻撃が止まった。

 タルカナ族の戦士たちは果敢に攻める。幼少より鍛練を続けてきた。彼らとて並の実力ではない。

 だが、相手が悪い。

 五人が本気を出せば、タルカナ族どころか、一国をも滅ぼす力がある。

 アポスとイリスのしなやかな動きに全く対応出来ない。セドの槍さばきに足がすくんでしまう。声を張り上げて士気を高めても、戦士たちの剣は虚空を斬る。


 背後に気配。

 ガンガは振り返る。

 タルカナ族ではない、異国の男。彼ほどでないが、体格は良い。腰の直剣を支持しながら身構えている。

「お前は『キース』の仲間か?」

 問いかけるが言葉は通じない。

『キース』の名前を聞いて顔つきが変わった。

「ラズの命令でキースを殺しに来たのか?」

 問うヴァサン。

 言葉は通じないが、名前を聞いた反応で理解する。剣を抜いて構える。鉄槌の男、ガンガは笑顔で何か話す。

「大陸の戦士か。良い顔してるじゃないか。相手してやるよ」

 肩の鉄槌を下ろして両手で持つ。


 一撃でも食らえば終わり。

 対人戦闘で、機動性のない武器を選択しているガンガ。防御の高さと腕力の強さが彼の特長。

 飛来した矢を弾く肉体に、俺の剣術が通用するのだろうか。

 柄を握り直すヴァサン。

 心の迷いは剣を鈍らせる。

 航海中、『魔刀キース』を身につけて精神力を高めた。毎日キースの鍛練を見て、剣術の奥深さを理解した。

 恐れるな。

 ヴァサンは一気に距離を詰めた。



 爆発の音を聞いて、カサロフたちは岸部に向かった。

 炎上する船。逃げ惑う船員たち。

 サヒヒとヴァサンは、ほかの男たちと船へ向かい、カサロフとチコは樹林近くで待機した。

 帰路が絶たれた。

 外海に船が一隻。あれは軍用船。見間違いでなけれは、先日の海賊だと思われる。

 仕返しか?

 チコがカサロフの袖を引っ張る。

「あれ、海賊の船。ヌザイの仲間」

 チコが言った。

 なるほど。

 ヌザイ族と繋がっているのなら、ラズが関わっている可能性がある。ならば、これで終わりではない。

 辺りを見回す。

 砂浜に小型船が停まっていた。

「チコ」

 名前を呼ばれて顔を向ける。

「私は砂浜に行きます。ここにいて」

 また袖を引っ張られる。

「あれ、ヌザイの戦士。危ないからサヒヒ、待つ」

 カサロフは笑顔でチコを握る。

「大丈夫、無理はしません。ヴァサンが戻ってきたら、伝えて下さい」

 泣きそうな顔をしたチコを背に、彼女は砂浜へと歩き出す。


 確認する。

 ここは魔力量が少なくて、相手に致命傷を与える攻撃は出来ない。手持ちの武器は、キースから預かった短剣二本。魔法以外の対人戦は、自力では護身程度。

 今はもう少し戦える気がする。

 キースから『力』を分けてもらった。いきなり実戦で上手く使えるのか不安だが、信じるしかない。

 ヴァサンは意地を張って拒んだが、彼ならたぶん大丈夫。コンサリを取り返すまでは絶対死なない。

 彼はそういう男だ。

 四人が樹林に消えた。

 砂浜に残っているのはひとり。黒いローブに長い杖。魔法使いなら何とかなるかもしれない。

 何かを上に投げた。

 頭上で黒い鳥に変化した。

 もう一羽。

 魔札にはああいう使い方もあるのか。後でチコに教えてもらおう。などと考えながら、魔法の準備をする。

 元々魔力を変換する能力が弱いのだが、キースの「力」のおかげか、攻撃以外の選択肢がある。

 詠唱無しで黒い鳥を狙う。

 移動する対象物は難しいのだが、今は軌道が正確に予測出来る。

 命中と同時に、黒い鳥は魔札に戻り、ゆっくりと降下した。

「・・・おや?」

 首を傾げるナナウ。

 もう一羽も落ちる。

 魔法で黒鳥を落とされたことより、見慣れない攻撃魔法が気になった。

 船着き場から誰かが近づいてくる。

 淡い紫色の外套。袖口と腰には、飾りのバックルとベルトがついた個性的なもの。首飾りには魔力的なものを感じる造形が施されている。

 タルカナ族ではない。

 見慣れない衣服を着ているし、顔つきが違う。彫りが深く肌が白い。

 大陸の者か。

 ならば、「キース」という女の仲間だな。

 ナナウは懐から魔札を取り出す。

 すぐに手から消える。

 足元に落ちる魔札。

 近づく女が魔法を使った様子はない。彼女から目を離さず、もう一度魔札を取り出す。

 指先がこちらを向く。

 何かが当たって、また魔札が手から落ちる。

 詠唱無しで発動してるのか。

 知っている大陸の魔法とは違うようだ。

「へぇ~、面白いじゃない」

 ナナウが呟く。

「あなたは、ラズの仲間ですか?」

 カサロフが問う。

 言葉は分からないが名前は分かる。

 ラズを知っているなら、やはり「キース」の仲間だ。

「大陸の術士か。どれ程のものか、ここで試させてもらいます」

 ナナウ。

 両手を広げる。

 カサロフの足元で風が起こり、砂が舞い上がった。

 目をふさいだ隙に魔札の準備。

 また手元から消えた。

 大陸の術士は波打ち際に立っていた。


 いつ移動した?

 この術士は戦士並の身体能力を持っているのか。


 一瞬の隙さえあれば、魔札の魔法で黒焦げにできる。


「セベラッチ」

 知らない詠唱。

 まばたきする間に移動している。鍛練した脚力でも、こんなに素早く動けるものだろうか。もしや、これは魔法の類いなのか。

 投てき用のナイフ。

 見えない位置で腰元から抜き取る。この距離なら、狙い通りに当てられる。

 腕を振り上げた。

 確実に飛距離を保つため。

「アターカ」

 カサロフは見逃さない。

 詠唱と指差しは命中率と破壊力が違う。

 ナナウのナイフが吹き飛んだ。

 五指も無い。

 傷口と鮮血を確認して、一気に痛みがやって来る。

 悲鳴をあげて、その場にうずくまるナナウ。

「私より若い者の命を奪うのは、少々心苦しいのですが、キース様の障害となるのなら、仕方ありません。諦めて下さい」

 カサロフが言った。

 ナナウに近づく。

 油断しているくらいの距離。

 うずくまる背中の向こうで、魔札の詠唱が終わっていた。


 燃えてしまえ。


 振り返ると同時に魔札を投げる。空中で炎に包まれたが、カサロフの投げた短剣が砂浜に串刺した。札に描かれた魔法陣の効果が消えて、炎は札を焼き尽くすだけ。

 彼女は両手で二本とも投げた。もう一本はナナウの額に刺さっている。

 魔札を投げた姿勢のまま。彼女はその先の事を知らずに絶命した。

「キース様の『力』とは、恐ろしいものですね。私が私でないようです」

 カサロフが言った。

 短剣の飛距離も正確さも、本来の自分ではない。加えて、クラナほどではないが、数歩分の移動が出来る『瞬動』。一緒に鍛練しておいて良かったと思う。

 足らない所はキースの『力』が補ってくれた。


「カサロフ、お前!!」

 ヴァサンが走ってきた。

 彼の姿を見て、一気に身体の力が抜ける。立っていられなくなって、その場に尻餅をついた。

 自分が思っている以上に緊張していたようだ。

 ヴァサンがすぐ横で膝をつく。

「無茶しやがって」

 彼を見て少し笑う。

 安心している場合ではない。

「村に四人の戦士が向かいました。私もすぐ後を追います。何とかひとりでも止めて下さい」

 ヴァサンは樹林の入り口を見て、またカサロフを見返した。

「大丈夫ですから」

 うなずき、立ち上がるヴァサン。

「あの鐘の音を聞いて、キース様たちもすぐ戻ってきます」

 声が届いたかどうかは分からない。

 ヴァサンはすでに走っていた。



 力の差があると、相手が止まっているように見える。逆に、その相手は、動きが見えていても対応が出来ない。

 タルカナ族の戦士とヌザイ族の四人は、まさにそんな状況だった。

 打破するには、一旦後退して体勢を立て直すしかない。

 もう村の中まで迫っていた。

 仲間たちが離れたのを合図に、屋根上の男たちが弓を構える。

 三人のヌザイ族を十人がかりで狙う。

 ガンガは大陸から来たヴァサンと対戦中だ。あちらは彼に任せるしかない。

 ある程度の精度を保ちつつ、少しでも速く、そして多くの矢を射つ。

 アポスとイリスは、飛んでくる無数の矢を全く見ずに避けている。信じられない動きだ。対して、槍を持つセドは、瞬時に狙いを定めて槍を振り、軌道を変える。ほとんど折れて地面に落ちている。

 傷を負わせるどころか、足止めにもなっていない。

 矢筒が空になり、新しいのを手に取る男。

 甘い果実のような香りがして、男は振り返った。


「いい加減出て来てくれませんか。みんな死んじゃいますよ」

 イリスが言った。

「仕方ありません。女も子供も、殺しましょう」

 アポス。

 見事なほどの足さばきと身体のしなりで、飛来する矢をかわす二人。


 何か、タルカナ族の戦士たちとは違う、殺気めいたものを感じた。


 避けきったはずの矢が服をかすった。

 剣を使わないと矢が当たる。

 セドも同様。

 振り回す槍をすり抜ける矢がある。集中しないと当たりそうになる。

 三人は初めて屋根上の戦士たちに目を向ける。

 探す。

 この矢を射つ者を。

 最も遠くの屋根の上。離れていても分かる緑色の髪の女。


 あれがキースか。


 ほかの戦士たちより速く射っているのに、正確に急所を狙ってくる。

 矢の軌道が違う。

 彼女のすぐ下。

 両腕にタトューを彫った男。槍を片手に歩いてくる。


 やっと来たか。


 アポスとイリスが笑みを浮かべる。

 彼は戦士たちに指示を出し、屋根上のキースと何か話している。

「私はヴァサンのところに行ってくる」

 キースが言った。

 目をやるヤナベ。

「ガンガか。一番厄介な奴だな」

「あとの三人は任せるぞ」

「おいおい。俺に三人の相手をさせるのか」

 矢を射つのを止める。

「お前なら大丈夫だ」

 キースは弓と予備の矢筒を持って、屋根の上を走った。

 飛ぶ。

 屋根から屋根へ。

 鍛練したタルカナ族の戦士でも届かない距離と跳躍力。

「何故だか分からんが、キースに信頼されるというのは、とても嬉しい気持ちだ」

 思ったことが言葉に出てしまう。

 ヤナベは槍を持つ手を上げた。

 矢の放射が止まった。


「遅いですよ、ヤナベ」

 アポスが言った。

「今日こそ決着をつけましょう」

 イリス。

「これは何の真似だ?」

 問うヤナベ。

「これは私たちの『試練』。お前から良い返事をもらうための」

 アポス。

「おいお前ら、個人的な事情はひとまず置いとけよ」

 屋根上を走るキースを目で追うセド。

「俺はガンガの所に行くからな。ヤナベは任せたぞ」

 返事を待たず走り出す。

 どうせ二人は聞いていない。

「私たちの願いはただひとつ、お前の子を産むこと」

 アポスが言った。

「お前の子は最強の戦士となる。私たちが育てる。だから安心して交わるとよい」

 イリス。

 嘆息するヤナベ。


 二人から交際を迫られたのは、五年前の『試練』から。世界最強だと思っていた二人が、ヤナベの圧倒的な強さに打ち負かされた。

 衝撃的だった。

 勝ちたいと思う気持ちより、彼の子を産んで最強の戦士を育ててみたい、という感情が沸き上がった。それ以来、ずっと二人から求婚されている。


「俺にも選ぶ権利がある。一方的に言われても困る」

 ヤナベが言った。

 同じような返事を何度もしている。

 姉妹が並ぶ。

 直立で立ち、細身の剣を身体の前に密着させる。それが彼女たちの戦闘体勢。

「お前に選択肢はない。結婚など必要ない。子となる種を、私たちの身体に取り込めればよい」

 イリス。

「私たち二人の子が、戦士となって戦い、生き残った者が最強の戦士となるのです」

 震えるアポス。

「考えただけでも興奮します」

 何度も聞いても共感出来ない。

「お前は、私たちの申し出に応じない。ならば、抵抗出来ない状態にして、最強となる種を頂く」

 アポスが言った。

 益々彼女の考えが理解できない。

「参る」

 二人の動きには予備動作がない。

 剣を突き出す。

 水面に映った自身がとなりにいるよう。二人の動きは同調している。

 ヤナベは素早く後退したが、二人の剣は予想以上に伸びてくる。槍の柄で弾く。

 踏み出す足の歩幅も着地する時も同じ。姉妹だからか、鍛練の賜物か。

 二人の武器は突きだけに特化した剣。斬ることは出来ない。刀身が風を斬る音。軌道の予測を狂わせる。

 突きの連続。

 柄だけでは防げない。身体と足を使う。

 同じ動きのなかに、変則的なものが混ざる。

 関係ない。

 ヤナベは視覚だけに頼らない。『勘』のような、言葉では説明できない感覚が、高速の剣を回避する。

 まるで舞いを踊っているかのよう。優雅で力強い。加えて、柔軟な思考は彼の成長を妨げない。砂浜でキースの助言を受けたことは、すぐに理解して反映している。


「流石です。私たちの攻撃を避けられるのは、お前だけ」

 アポスが言った。

 笑っている。イリスも同様。

 感情の高まりがきっかけとなり、二人の動きがさらに機敏になる。


 戦いは全力が良いとは限らない。二歩くらい引いて、戦局を見極めることも必要だ。

 腕の角度、身体の動き、呼吸に至るまで、瞬時に把握して対処する。

 ガンガとセド。

 ヴァサンの実力は分からないが、キースでも苦戦するだろう。

 早く加勢に行かないと・・・

 殺さずに二人を止めるのは無理。

 決断するしかない。


 偉大なる我が父よ。少しだけお力、お借りします。


 ヤナベの手首が淡く光る。

 彼の家系で、親から子へ代々受け継がれてきた宝。魔力を強制的に取り込んで、身体能力を高めるもの。

 輪具リング

 父親から方法は聞いていたが、使うのは初めて。不思議な感覚。闘争本能が呼び覚まされたようだ。

 キースを助けに行く。

 邪魔する者は容赦しない。

 二本の刀身が迫っていた。後退せず槍の柄を両手で持つ。

 姿勢を低く。

 伸びきった二人の腕。そこから踏み込んでさらに迫って来る直前。二人の肘を下から突き上げる。槍の柄が折れるほど強く。

 二人の腕が曲がらないほうへ折れる。勢いで踏み出そうとした足が浮いてしまう。

 ヤナベが腰の刀に手をかけたのが見えているが、今の体勢ではどうすることも出来ない。

 抜刀。

 剣を持ち替えたいが、柄を握る手の感覚が無い。

 信じられない剣速。

 二振りでアポスとイリスの両腕が斬り飛ばされる。ヤナベの無駄のない、自然な足さばき。そのまま倒れなかった二人は流石だ。

 踏ん張って、背後にまわったヤナベを見る。

 回転力を加えた横振り。

 二人の首が飛んだ。

 ゆっくりと倒れる二人の身体の横で、膝をついて倒れているヤナベ。輪具の淡い光は消えている。

 超人的な肉体強化には代償があるようだ。使いこなせば方法があるかもしれないが、探る時間は今はない。

「くそう。動け、俺の身体!」

 全身の痛みに耐えながら立ち上がるヤナベ。

 集まる仲間たちに指示を出す。

 船の鎮火活動の増援とキースの援護。

 男たちの行動は迅速だった。

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