第五部episode27 「タルカナ」
「航海日誌、五日目」
この時期の航海は、不安定な天候と南からの海流が行く手を阻む。だから熟練の船乗りでも、
海には出ない。
少し前、チセンという国は崩壊した。
コガの反乱軍と外国からの支援軍。
二千人程の寄せ集めが、あっという間にチセンを圧倒してしまった。
国の上官たち、兵士たちは重罪だろう。戦争に加担した俺たちのような者でも、牢獄か重労働は免れない。
陸では死にたくないな。
どうせ死ぬなら海の上。そう思って志願した。
なのにどうだ。
なんと順風満帆な航海だろう。
天候は晴れ。風向きも良好。この時期にはあり得ないことだ。
「船長、ちょっといいか?」
俺はペンを置いて顔を上げた。
彼女が立っている。
自然と眉間の皺が消えて、表情がほころんでしまう。
幾つもの港を巡り、良い女も大勢見てきた。だが、これ程の女には出会ったことがない。
淡い緑色の長い髪。整った眉。大きくて宝石のような瞳。形の良い鼻筋。厚みのある柔らかそうな唇。
彼女はいつものように、机に広げた航海図の前で立ち止まる。俺は立ち上がって、彼女のすぐ横に寄り添う。
甘い、果実のような香りが、俺の
「今どの辺りで、どちらを向いて進んでいる?」
問うキース。
俺は航海図の上に置いた舟の模型を動かす。
「今はこの辺りだ」
キースの顔がすぐ横に。
何度も見ても美しい顔。年甲斐もなく胸が高鳴る。
「このまま進むと、黒い海流とぶつかる。避けたほうがいい。それと、雲の流れが変わり始めた。風向きがこちらからこっちへ変わるから、帆の向きは・・・」
ここまで航海が順調なのは、キースのおかげだ。彼女は初めての海で、海流の動きを予測して天候の変化を正確に察知した。
俺やどの船乗りよりも早く。
この女は幸運を呼ぶ女神に違いない。交われば俺にも幸運が巡ってくるかもしれない。
部屋にさえ連れ込めばなんとかなる。
押し倒してモノにしてしまえばいい。
場面を想像して、顔がにやけてしまう。
但し、問題点がある。
それを克服しなければ、キースとの密夜は訪れない。
二大障害が船長室にやって来た。
髭面で巨漢の男、ヴァサン。キースを口説き落とそうする船員に気付くと、何も言わずに彼女の横にやって来る。
今みたいに。
キースの護衛役だと思われる。
もうひとり。
関係性は定かでないが、俺はキースの母親ではないかと思っている。敬語で話すのは身分を隠す理由があるからか。
魔法使いのカサロフ。
特に敵意を向けられたことはないが、時々背筋が凍りつくような視線を感じることがある。
その先には、必ず彼女が立っている。
キースを誘うには作戦が必要だ。
甲板に立つ。
船員たちに指示を出す。
俺の横に立つキースを見て、船員たちはいつも以上によく動く。
空を見ているキースに声をかける。
「タルカナについて詳しく話したい。今夜、俺の部屋に来てくれないか?」
ひとりで
俺をじっと見つめるキース。
微笑む。
いかん。勃起してしまった。
「分かった。ひとりで行く」
おおおー!!
叫びたい気持ちを必死で抑える。
「私も同行します」
声がした。
振り返ると、そこにはカサロフとヴァサンが立っていた。
「情報は共有しておかないと、向こうでの行動に影響しますから」
顔が引きつってしまう。
「そ、そうだな。お前たちにも話したほうがいい」
最悪だ。
「航海日誌、八日目」
海流を避けて進んだが、タルカナ島へは予定の日程で到着しそうだ。
半年ぶりの渡航だ。
初めて島を訪れたのは十年くらい前か。ラズとかいう、ヌザイ族の魔法使いを乗せた時だ。大金に目が眩んで船を出したが、あの状況でよく生きていたものだ。
甲板に出る。
船員たちと作業していた彼女が、私を見つけて近づいてくる。
キースだ。
船のことや海のこと、分からないことがあれば俺に聞いてくる。
彼女は初めての海でとても楽しそうだ。
俺も楽しい。
タルカナ島まであと数日。
彼女が生きてイナハンに帰るとは限らない。
何とかもっと親密になれないものか・・・
背後に殺気。
振り返らなくても分かる。そこにあの大男が立っている。
カサロフもやって来た。
何と強固な布陣。
しかし俺は諦めない。
恋愛は、障害があるほど燃えるものだ。
「航海日誌、十日目」
本来この日誌は、今後の航海の参考資料にするものであり、その時代の記録書としての意味もある。
俺は違う。
安全な航路を誰にも教えるつもりはないし、俺の知らない奴のために記録するつもりもない。
この航海で最も重要な事は、誰がキースと寝るか《《》》だ。
気づいていたが、ほとんどの船員が彼女を狙っていた。ヴァサンとカサロフの目を盗み、次々とキースに話しかける。
船上は無法地帯となっていた。
しかし・・・
キースは俺を見つけると、作業を止めて近くに来てくれる。
優越感。
船員たちに睨まれても関係ない。この船の長は俺だ。これくらいの特権があっても良いじゃないか。
これまでの航海での出来事、異国の港の事。キースは目を輝かせて聞いてくる。
ヴァサンとカサロフは、船首のほうで話に夢中だ。
「今夜、俺の部屋で詳しい話を聞かせてやろうか?」
酒でも飲みながら。
珍しい品も見せてやる。
キースはヴァサンたちの方を向いて、少し戸惑ったような顔をした。
参ったな。
その困った顔も良いじゃないか。
「分かった。カサロフたちが寝てから行くよ。それでいいか?」
おおおー!!
いいに決まってるじゃないか!!
俺はなるべく平静を装って返事をした。
「航海日誌、十一日目」
キースが笑顔であいさつしてくれる。
南国の民族衣装。細身だが、大きな乳房と形の良い尻。艶やかな肌。
最高の女だ。
・・・部屋は薄明かり。
俺のコレクションを見ながら酒を飲む。アルコールで上気した肌が欲情を高める。
髪が濡れているな。
水浴びをしたのか。
この状況をちゃんと理解しているようだな。
すぐには襲わない。
こんな美女を抱けるのは、恐らく最初で最後だ。じっくり味わいたい。
俺の説明を聞くキース。
澄んだ瞳。艶やかな唇。
下に目をやれば、服の隙間から見える胸の谷間。
果実のような甘い香り。
もう我慢の限界だ。
俺はキースの肩にそっと手をまわし、彼女を引き寄せる。
口づけ。
突然の行動に驚くキース。
俺は構わず彼女を抱き上げ、寝室まで連れていく。
ベッドに投げる。
考える間など与えない。逃げようとするキースの両腕を押さえつけ、馬乗りになる。
怯えているのか。
その顔も堪らなく愛おしい。
楽しい夜は、まだ始まったばかりだ・・・
昨夜は俺が彼女を独占。心ゆくまで密夜を堪能・・・・
するはずだった。
抜け駆けなんてズルいぜ、船長。
甘かった。
キースを狙っているのは俺だけじゃない。
俺の部屋は船員たちで溢れ返り、彼女を中心に宴会が始まった。
歌をうたい、踊り、楽器を演奏した。
キースは楽しそうだった。
まあ、それなりに楽しかった。
お前ら、覚えておけよ。
タルカナ島到着まで、あと一日ほど。
天気も良いし波も穏やかだ。
経験上、こういう日は良くない事が起きる。
見張り台の男が警笛を鳴らす。
「海賊だ!!」
穏やかだった雰囲気が一変する。
大声で指示を出す。
俺は船尾まで走り、目視で船を確認する。キースはすぐ横にいる。
「海の盗賊か?」
問うキース。
「そうだ。しかも、その中でも一番ヤバい奴だ」
これだけ離れていても分かる、特徴的な型の船。チセンの船大工が造った最高傑作。数年前に盗まれたものだ。
軍用船。
この海域で、奴らの船に敵うものは一隻もない。それでも、追いつかれるのをじっと待つつもりもない。
風向きを読んで、帆の張り具合を調整する。上手くいけば、振り切れるかもしれない。
海賊船は、盗んでから更に改良を加えたようだ。
予想以上の速さで追い付かれた。
これ以上抵抗しないほうが良さそうだ。あの大砲で攻撃されたら、沈没間違いなしだ。
「船長」
キースに呼ばれた。
絶望的な顔をした船員たちから、振り返ってキースを見る。
この状況を理解していないのか、海賊船を見て何だが楽しそうだ。
こんな美人、海賊たちがほっとくわけがない。絶対連れて行かれる。
こんなことなら、無理矢理にでも押し倒して、彼女と寝るべきだった。
キースにまた呼ばれた。
慌てて目を向ける。
「積み荷は諦めるしかないな。多分、お前も・・・」
「私が奴らと交渉していいか?」
・・・・え?
鉄製の鉤爪がついたロープが何本も投げられる。
きしむ音。
二隻の船が同調する。
板が渡され、海賊船から男たちがなだれ込む。手には様々な武器を持ち、必要以上に船員たちを威嚇している。
最後に、二人の護衛を従えた男が乗り込んだ。明らかに他の者とは違う風貌。海賊船の船長と思われる。
ためらいなく、キースはその船長へと歩き出す。
ざわつく。
慌てる船員。武器を持った海賊たちは、船長を取り囲む。
「何だ、女。俺たちに刃向かう気か?」
睨みつける。
上から下まで目線が動く。
「何だよ、良い女じゃないか。仲良くしようぜ」
口調も態度も変わる。
「船長と話がしたい」
キースが言った。
海賊たちが一斉に船長を見る。
男たちを手で払いのけ、キースに近づく。
水をよくはじく仕立ての良い服。口髭は何かで固めているらしく、鋭利な刃物のように尖っていた。
「ワシが船長だ」
内面の気持ちとは逆に、威嚇の混じった太い声。
「見逃してほしい」
キースが言った。
海賊船長の笑顔が消える。
「お前だって生きるために海賊をやっているのだろう。分かっている。しかし、今回は見逃してほしい。この船の積み荷は、タルカナ島での行動に必要な物ばかりだ」
お願いだ。このまま何も盗らずに帰ってほしい。
笑う海賊船長。
「おい、女。ワシたちは海賊だぞ。ここまできて何も盗らずに帰れるわけないだろ?」
想定内の返答。
「では、私とちょっとした遊びをやらないか?」
・・・・遊び??
「私とそちらの海賊たち全員との勝負。私が勝ったら何も盗らずに帰ってほしい」
「ワシたちが勝ったら?」
「積み荷は渡す」
海賊のひとりが、船長に耳打ちする。二人の笑顔に不気味さを感じる。
「ワシたちが勝ったら、お前も盗ませろ」
誰だって、キースを間近で見たら、盗みたい気分になる。
「分かった。それでいい」
ざわつく海賊たち。
青ざめるこちらの船員たち。
「私が膝をついたり、降参したら、お前たちの勝ちだ。盗まれてやる」
呻くような笑い声。
女ひとり。囲んで押さえ込めば済むこと。
そう思った。
ヴァサンとカサロフを見る船長。
二人はキースの言動に慌てる様子はなく、座るものを持ってきて、「遊び」を傍観するつもりだ。
お前たち、それでいいのか?
海賊たちは、武器を納めてキースを囲んだ。
大事な獲物に傷をつけるわけにはいかない。なんならここで、服を脱がせて犯してもいい。
男たちの視線が全身に刺さる。
「私はいつでもいいぞ。まとめてかかってこい」
キースが言った。
目配せをする。
後ろの五人がキースに飛びかかった。羽交い締めするはずの彼女はおらず、二人倒れた。倒れた仲間に目を向けた男は、急所を蹴られてその場にうずくまる。
両横から三人ずつ。
回転するキースが見えたが、考える前に頭を蹴られた。
伸ばした腕は掴まれ足が浮いた。
投げ飛ばされる。
背中を向けたキースに抱きつく。すぐに感触が消えて、腹に彼女の肘が食い込む。
息が出来ない。
キースの立ち位置はほとんど変わらない。
襲ってきた海賊に合わせて、少しだけ身体を動かす。演舞しているよう。緩やかで力強い。
美しい。
驚きの感情より、感動が先にやって来る。
二十人以上いる海賊たちが、次々と床板に倒れる。
海賊船長の顔色が変わる。
このままでは「海の男」としての威厳が台無しだ。
両脇の護衛たちに声をかける。
「少々惜しいが、殺しても構わん」
海賊船長が言った。
軽く会釈して、二人の男が歩み出る。他の男たちと比べ明らかに異質。傭兵に近い。それも、かなりの手練れ。
長髪の男と顎髭を伸ばした男。
残った数人の海賊たちを押し退けて、キースの前に立つ。
腰には両刃の直刀。
顔つきはイナハンで多く見られる種族。東の国独特の、目鼻立ちのはっきりしないもの。
「女、我々が相手をする。武器をとれ」
長髪の男が言った。
キースは動かない。
腰元には、刀も短剣もない。
「このままでいい」
彼女の言葉に、男たちは眉間に皺を寄せる。
「ナメられたものだ。女とて容赦しないぞ」
顎髭の男。
腰の剣を抜く二人。
さすがに無理だろ。
船長はカサロフたちに目をやる。
ヴァサンがいない。
彼はキースに向かって歩いていた。
加勢するのか?
ヴァサンは手に何か持っている。
あれは・・・
「おい」
ヴァサンに声をかけられた。
振り返るキース。
「コイツらにも戦士としての誇りがある。せめてこれでも持ってろ」
渡す。
小舟用の櫂。キースの背丈とほぼ同じ長さのもの。
重さを確かめ、両手で回転させる。頭上、前、横。今度は片手で。
風を切る小気味良い音。
左手で持って、床板に持ち手の部分を軽く突く。
「二人まとめて来い」
キースが言った。
益々目付きが悪くなる二人。
更に顔が青ざめる船長と船員たち。
前に出ようとする長髪の男を止める。
「ひとりで十分だ」
顎髭の男が言った。
重い直剣を片手で持つ腕の筋肉。男が数人体当たりしても、受け止めそうな体格。
キースが体術や剣術に優れていても、力の差は歴然だ。
また二人を見る船長。
空の酒樽に座ったまま。助力する気などなさそうだ。
「場を盛り上げるには、少し遠慮したほうがいいが、私は力の加減が上手く出来ない」
キースの声に注目が集まる。
顎髭の男の足が止まる。
こいつは何を言っている?
そういう顔をしている。
「悪く思わないでくれ」
床板から櫂が離れた。
まばたきをしたか、してないか。何が起きたのか理解出来ない。
顎髭の男は受け身も取らず、剣を持ったまま前に倒れた。
慌てて剣を構える長髪の男。
彼もまた、状況を理解していない。
櫂の持ち手を床板に着く。
「今のは、ここにいる者たちの、隙の同調を狙って攻撃した。だから私の動きは見えなかった」
キースの言葉の意味が分からない。
分からないが、仲間が目の前でやられている。
長髪の男は、キースを睨み付けながら、摺り足で距離を詰める。
「キース様」
後ろで声がした。
カサロフだ。
長髪の男に背を向けるキース。
「少々盛り上がりに欠けます。目隠しされてはどうでしょうか?」
お前、なに言ってるんだ??!!
船員の誰もが思った。
なるほど、とキース。
腰帯から薄地の布を引き抜く。ためらいなく目元に巻き付ける。
振り返って、再び櫂の端を床板に着ける。
「馬鹿にしているのか?」
怒りを抑えながら、問う長髪の男。
「いいや。少しでもお前に近づけるように・・・」
途中で何か思いつくキース。
櫂を右手に持ち替える。
「目隠しと利き手を使わない。これで大丈夫か?」
問われた。
侮辱と怒りの限度は、すでに超えていた。
長髪の男は細身だ。背が高く手足が長い。細身の直剣を器用に回しながら、幅広の一歩で間合いを詰める。
早い。
直剣がキースの首を狙う。
一歩前へ。
櫂の水掻き部分、平らな面が顔に当たる。剣を空振りして身体がのけ反る。
すぐに立て直したのは流石。
キースの左側に素早く移動。下から振り上げる。
はずが、足で腕を蹴られて膝をつく。
両足を広げて体勢を低く。
背中に回した櫂の持ち手が、喉の下に当たる。
あっ、とキース。
長髪の男は勢いよく後ろ向きに倒れる。
動かない。
静寂。
波音と船のきしむ音だけ。
「つい狙ってしまった」
キースの声で、思考と呼吸が始まる。
「約束だ。悪いがこのまま帰ってくれ」
言ってすぐに、
「お前が挑むのなら、私は受けるが?」
と、尋ねるキース。
海賊たちの視線が集まる。
海賊船長は、怒りとも悲しいとも言えない表情。何も言わず、震えた手で尖った髭を触りながら、仲間に合図を送る。
意識のある者が倒れた仲間を抱えて、自分たちの船へ帰っていく。
無言の行動。
海賊船が離れていく。ようやく動き出す船員たち。
キースに集まる。
感動と称賛。目隠しをしているのを良いことに、彼女の身体を触りまくる船員たち。
立ち上がろうとするヴァサンを止めるカサロフ。
「あれくらいは許してやりましょう」
微笑む。
座り直したが、キースが気になって仕方ないヴァサン。
「過保護ですね」
カサロフに言われる。
「ふん。別に気にしとらんわ」
無理して表情を変えるヴァサンの姿を見て、カサロフはまた微笑んだ。
「航海日誌、十二日目」
タルカナ島との交流がいつから始まったのか、実は定かではない。
諸説あるが最も有力なのは、約百年前、「戦闘民族」と呼ばれる種族が大陸に渡ってきたのが始まりだという説。
彼らは長距離船や武器の製造方法、武術などを残して、大陸の北へと向かった。
その後は大陸の全土に散らばり、何の目的でやって来たのか分からぬまま、今に至っている。
キースのあの強さ。
勝手な想像だが、彼女はその「戦闘民族」の血を引く者だと思われる。美人なうえに強いなんて最高じゃないか。
俺も船員も、海賊の件以来キースに対する考えや態度が変わった。
襲って抱きたい気持ちは消えて、襲われて痛めつけて欲しいと思っている。想像しただけで恍惚な気分になり、勃起してしまう。
彼女なら生き抜いてイナハンに戻るはずだ。
往路では叶わなかったが、復路では必ず。
土下座して泣いて懇願すれば、きっとキースなら叶えてくれるばずだ。数日旅を共にして分かった。
キースは押しに弱い。
うん、そうしよう。
太陽が真上から少し傾き始めた頃、タルカナ島が見えてきた。
接岸作業が終わった。
架け橋を最初に降りたのは船長。続いて船員数名。出迎えた島民と親しそうに会話している。
船長の合図。
誰かの掛け声。船員たちが一斉に動き出す。荷おろし作業が始まった。
イナハンとタルカナ。必要だがその土地に無い物。イナハンからは、煙草や薬、大陸独特の酒類など。タルカナからは、装飾品や顔料、加工すれば宝石となる原石など、産地の品を交換する。
船で待機するキース達。
今すぐにでも上陸して、ラズの情報を集めたい心境だが、ここは親交の深い船長に託すしかない。
島の住人は、環境のせいか閉鎖的で、気難しい。今のように交易ができるまで、二年もかかったそうだ。
「おい」
ヴァサンに呼ばれた。
荷おろしの作業を眺めていたキースが振り返る。
「そろそろ引き取ってくれないか」
腰の武器を手で押さえている。
二本ある。
一本は彼のもの。両刃の直剣。もう一本は、血のような赤に金色の刺繍が入った鞘の刀。
『魔刀キース』だ。
腰から抜き取り、彼女の目の前に差し出す。
キースは何も言わずに受け取って、右腰に差した。
「お前、よくこんな刀が使えるな」
ヴァサンが言った。
「船旅の間、ずっと帯刀してしたヴァサンも凄いよ」
キースに褒められた。
嬉しかったが顔には出さない。
横で笑うカサロフには伝わっているようだった。
荷おろし作業が終わったのは、空が少し赤く染まった頃。
船長の許可。
船員の案内でキースたち三人は船を降りる。
船着き場の床板がきしむ。
ようやくここまで来た。
ラズのいるタルカナ島。
船長と島民のいる場所へ。何か話しているが、言葉が理解出来ない。どうやらここは大陸とは違う言語のようだ。
様子から察するに、島民にキースたちのことを説明していると思われる。
「族長に会わせてくれる。彼について行け」
船長が言った。
キースは船長を見る。
毎回だが、間近で見つめられると動揺してしまう。目線を外し気持ちを落ち着かせる。
「島には大陸の言葉が分かる者もいる。安心して行けばいい」
「ありがとう」
笑顔。
その顔はやめてくれ。抱きしめたくなる。
島民の後に続く。
ヴァサンに睨まれて、後ろに倒れそうになる船長。三人が去って、休憩していた船員が立ち上がる。
「よし、もうひと仕事だ。積み荷を小屋にまで運ぶぞ!」
掛け声。
船員と島民が作業を再開した。
海と砂浜。潮風。向かう先には見慣れない樹木が生い茂る。草木で風が遮られると、気温の高さより湿度の高さを感じる。
キースが幼少を過ごしたドレイドに似ている空気感。
辺りを見回して、落ち着きのないカサロフ。
「どうかしたか?」
後ろを歩くヴァサンが問う。
「気のせいかもしれませんが、ここは魔力がとても弱く感じられます」
「そうなのか?」
ヴァサンは何も感じない。
開けた場所に出た。
木造の家が並んでいる。丸太をただ組み立てたものではない。繊細な加工と計算された構造。タルカナ族の技術の高さがうかがえる。
さらに奥へ。
自然の石を隙間なく積み上げた基礎に、見事な曲線を描く屋根がついた建物。先頭の島民にならって中へ入る。
男が三人、屋根の無い床張りの広間で向かい合っていた。
案内をした島民は、彼らと短い会話を終えると、隅に置かれた松明台に火を着けて回った。
空は次第に赤から黒へ。揺らぐ炎が影を描き始める。
キースたちは三人の男たちの前に並ぶ。
高齢だが目付きの鋭い男。杖に両手を添えて切り株の椅子に座っている。恐らく彼が族長だろう。
その老人の右手側。キースより頭ひとつ分背が高い青年。乱れた黒髪が顔の半分を覆っているが、幼さは隠しきれない。
左手側の男。ヴァサンと変わらない身長。雰囲気と体格から戦士と分かる。両腕には何かを模したタトューがびっしりと彫られている。
そして、手首にあるあれは・・・
松明の明かりで時々形を見せる半透明なもの。ナックが身に付けていた
「俺はヤナベ。族長の代わりに俺がお前たちと話をする」
タトューの男が言った。
まずは紹介から。
中央の老人が族長のバザム。右がローライ。そしてヤナベ。
カサロフが族長に一礼して、自分と二人の名前を紹介する。
「船長の話では、この島には人を探しに来たと聞いたが?」
問うヤナベ。
「はい。ラズという名の魔法使いを探しに参りました」
カサロフ。
『ラズ』の名前を聞いた途端、三人の表情が変わった。
ヤナベが島の言葉で族長に伝える。
族長が開口する。
低くてかすれた声。
聞き終えて、ヤナベが顔を上げた。
「何年か前にも、『ラズ』を訪ねてきた大陸の戦士がいた」
名前は確か・・・アーマン
今度はキースたちが表情を変える番だった。
「ラズはヌザイ族の術士で、ずいぶん前に大陸に渡ったきり、行方が分からない」
ヤナベ。
「こちらとは別の部族がいるのですか?」
問うカサロフ。
「そうだ」
ヤナベが族長の許可を得て説明する。
ここは元々ひとつの島だったが、何百年も前の大きな地震によって陸地の一部が沈んで、三つの島になったらしい。それが偶然にも部族の境界線で別れた。
ここがタルカナ族の住む島。南側はヌザイ族の島。東側はマリナラ族の島だ。
但し、マリナラ族に関しては、部族が生活出来るほどの陸地が残らず、大半の者は大陸に渡り、残った者はタルカナ族が受け入れた。
「それで、アーマン様は?」
カサロフが尋ねる。
「ラズは大陸にいるはずだと伝えたが、納得せず、ヌザイの島に行った。それきり会っていない」
「そうですか・・・・」
思案顔のカサロフ。
三人の様子を見て、目を細めるヤナベ。
「お前、アーマンを知っているのか?」
問う。
「私はアーマン様の従者です。彼は友人。そして、彼女はその娘」
ヤナベは族長に三人の事を伝える。
ヴァサンは友人と言われて不機嫌な顔をしている。
族長は三人をじっくり見て、島の言葉を喋る。
うなずくヤナベ。
「お前たちのこと、もう少し詳しく聞きたい」
この後、イナハン船を歓迎した宴があるそうだ。明日の朝、話を聞くからもう一度ここに来い。
そう言われた。
タルカナ族の宴は想像以上に盛大だった。
夕方に訪れた建物は、族長の家であり集会場で、その前の広場にほとんどの島民が集まっていた。
近海で捕れた魚や獣肉、果物。酒はイナハンから持ってきたものを中心に、タルカナ族独特の甘い発酵酒。
村中の松明台が並んで、広場は昼間のように明るい。
島民たち、船員たちの笑顔。言葉が分からなくても関係ない。共に働き、共に酒を飲めば、もう彼らは仲間同士。
キースが注目したのは、タルカナ族の戦士たちによる踊り。
太鼓と弦楽器の音楽に合わせて、六人の男たちが動き出す。
キースが幼少育ったドレイドの部族。そこに伝わる体術に似ている。しなやかな腕の動き。または激しく素早い動作。前転、後転を織り混ぜた変則的な足さばき。
体術、棒術、剣術。実戦の動きを取り入れた模擬戦の踊り。
なかでも、先程会話したヤナベは別格だった。ほかの五人より全ての動きが洗練されていて、美しいと感じでしまう。
「ヤナベという方は素晴らしいですね」
横に座るカサロフが顔を近づけて言った。
うなずくキース。
ヤナベだけを目で追い続けている。
少し話しただけだが、彼の印象は良かった。実直で剣術もかなりの腕前だと思われる。
微笑むカサロフ。
「キース様には、ヤナベのような方と連れ添って頂きたいです」
楽器の激しい音で聞こえなかったか、何も反応がなかった。
キースの横顔を見て、カサロフはまた微笑んだ。
早朝。
誰よりも早く甲板に立つ。
鍛練を始める構えをしたが止める。船上から遠くを見て、何か見つけたのか、船を降りた。
うっすらと明るくなり始めた空。夜明けの少し前。
砂浜。
砂漠と似ているが違う気がする。海原と潮風のせいか。波の音がとても心地良い。
目を閉じて深呼吸。
右腰の刀に右手を添える。止め金を指で弾く。腰を少し低く構えて、ゆっくりと抜刀。
まずは左手だけで。
右手の動きで身体の均衡を保ちながら、あらゆる方向に刀を振る。
右手に持ち替えて。
どちらの手で刀を振っても差違はない。
柄を両手で持つ。
握った手を、離して持ってみたり付けてみたりする。
途中で動きが止まった。
「いつまで隠れているつもりだ」
キースが言った。
草木の揺れる音がして、そこから人が出てきた。
ヤナベだ。
「すまない。のぞき見する気はなかったのだが・・・・」
砂浜を歩きキースの正面に立つ。
「お前の刀さばきに見惚れてしまって、動けなかった」
刀を鞘に納める。
「お前もこれくらいは出来るだろ」
キースが言った。
「ああ、そうだ。俺も出来る。出来るが何か違う。何が違うのかが分からない」
ヤナベは数歩下がり、構えた。左腰の刀をゆっくりと抜刀する。
一度見ただけ。
ヤナベはキースの鍛練とほぼ同じ動きをした。刀の振り方、身体の使い方。差違を見つけるほうが難しいくらいに動いた。
両手で柄を持ったところで止める。
唸り声を上げて上を向く。
「違う。お前のと違う」
刀を鞘に納めてキースに近づく。
「俺はタルカナ族のなかで一番強い」
ヤナベが言った。
「だろうな」
答えるキース。
「ヌザイ族の猛者たちとも戦ったことがあるが、今まで誰にも負けたことがない」
「・・・・だろうな」
ヌザイ族のことは知らないが、彼の実力ならあり得る。
「だが、お前には全く勝てる気がしない」
落胆の顔ではない。
むしろ好奇心で喜び満ちているように見える。
「教えてくれ。どうすればお前に勝てる?」
すぐに言葉が出ない。
こんなに輝いた目で聞かれたのは初めてだった。
両手でヤナベを一旦下がらせて、少し呼吸を整える。
・・・・整える?
それほど動いていないのに、心臓の鼓動が早くなっている。
「勝ち負けは関係ない。大事なのは自分のことをどれだけ理解しているか、だ」
キースは実際に刀を使いながら、ヤナベの欠点を指摘した。
酒はあまり飲まなかったはずだが、船まで帰った記憶がない。軽い二日酔い。風に当たろうと思い、甲板に出る。
あの甘い酒のせいだ。
タルカナ族の発酵酒に文句を言いながら、船首に向かって歩くと、すでにカサロフが立っていた。
手ぐしで髪の毛を整えて、彼女に近づく。
「早いな。キースはいつもの鍛練か・・・」
目で探したが、甲板にキースの姿はない。
「おい、キースはどこにいるんだ?」
問うヴァサン。
返事はない。
横に立って顔を覗くと、何だか楽しそうな表情をしている。
カサロフの視線の先。
砂浜に人がいる。あれはキースと、もう一人は誰だ?
寝起きの両目をこすってみる。
砂浜。
あれは、ヤナベとかいう奴だ。二人で鍛練をしているのか。
「若いって、いいですねぇ」
カサロフが呟く。
ヴァサンは状況が理解出来ず、砂浜とカサロフを何度も見返した。
再び族長の家。
族長のバザム、左手側にヤナベ。右の男は昨日と違う。ヤナベに術士のサヒヒだと紹介された。
術士も色々種別があるが、彼は大陸のプレ・サリ(攻撃特化の魔法使い)に近いらしい。
頭の左右の髪を綺麗に剃りあげて、中央部分だけ伸ばしている。両耳に肩まで届きそうな耳飾り。その構成に童顔がついているから、少し異様に感じる。
「サ・ニギポラ」
笑顔で島の言葉。
ヤナベがあいさつだと教えてくれる。
キースたちも島の言葉であいさつ。発音が微妙だったが、サヒヒは合掌して礼をしてくれた。
彼は大陸の魔法使いが来たと聞いて、話をしたいと申し出たそうだ。
もう一人いる。
サヒヒの後ろで、顔を半分だけ出している少女。キースより背が低い。まだ子供のようだ。彼の子供にしては少し大きい気はするが・・・・
「後ろの子はサヒヒの妹のチコだ。大陸の言葉が少し分かる」
ヤナベに言われて、サヒヒの隣に立つ。兄と同様童顔だ。加えて背が低いので、十歳くらいの少女に見える。
実際は、キースと同年らしい。
「ワタシ、チコ。サヒヒの・・・ツーヤクする」
笑顔。
ひと目で二人が兄妹と分かる顔立ち。
族長が立ち上がった。
島の言葉。
うなずくヤナベ。
「家の中で話そう、と仰っている」
族長に続いて、みんな家の中に入る。
独特なお香の匂いがする。部屋の中は、彫刻や装飾品が所狭しと飾られていて、床には色鮮やかなラグが何枚も敷かれていた。
明かり取りの窓はなく、燭台に小さな炎が揺らめいていた。
族長は一段高くなった床のラグに座った。どうやらラグは人が座るためのものらしい。キースたちは、族長の前のラグに三人で座った。
島の言葉。
話し終えると、族長はヤナベに目を向けた。
「タルカナ族は、大陸の者たちと友好な関係を続けていきたい。要望には出来る限り応えたいと考えている。そのためにはまず、詳しい内容を知りたい。ラズを追う理由を聞かせて欲しい」
ヤナベが言った。
「ありがとうごさいます。もちろんです」
カサロフ。
彼女が説明するようだ。
「はじまりは二十年前。大陸北の、リノーズからでした・・・・」
ヤナベの通訳に合わせながら、カサロフはゆっくりと話した。
・・・・二十年前。北の街リノーズ。
プレ・ナに会いたいという剣士。
ある目的のために、海を渡ってやって来た魔法使い。
そして、ひとりの少女と身体を共有できるプレ・ナ。
この偶然とも必然とも言えない出会いが、全てのはじまりだった。
リノーズに到着したガガルの元従者アーマン。今はガガルの許可を得て、自分探しの旅の途中。
魔力の源と言われるプレ・ナに会ってみたくて、ここまでやって来た。この街には「案内人」と呼ばれる者がいて、プレ・ナの住む場所の近くまで案内をしてくれる。その情報を集めようと街を散策していた時だった。
悲しみと邪気。
不穏な空気。いや、すでに何か起きている。
アーマンは走った。
久しぶりにコンサリが街に来た。
酒場は大盛り上がり。街中の男たちが集まって、彼女を取り囲んでいる。
とにかく酒を注いでほしくて。ひと言でも声が聞きたくて。
となりに座っていたはずのカサロフは、どんどん隅に追いやられ、給士の女と向かい合っている。
「全く。コンサリが久しぶりに来たってのに、これじゃあゆっくり話もできないよ」
給士の女。
カサロフと目を合わせ、二人で苦笑する。
コンサリが笑っている。
彼女が笑うとみんなが笑う。嫌な事が全部吹き飛んで楽しくなる。
『聖地』とリノーズ。離れていても、心はいつも繋がっていた。
最初は、夢と現実の区別がついていない、と思っていた。身体が入れ替わっていると自覚したのは七歳を過ぎてから。
不思議と、理由は気にならなかった。
同じ日に産まれ、特別な何かを託された。
そう思っている。
ふと、何かに気づく。
カサロフの笑顔が少し
コンサリの近くにいた両親がいない。給士の女に尋ねる。
「ああ。少し前に風に当たってくるって出ていった奴が、なかなか帰って来なくてさ。二人で様子を見に行ったよ」
「そうですか・・・・」
胸騒ぎがする。
「でも、ちょっと遅いねぇ」
これは私の感覚じゃない。
コンサリを見る。
笑顔が消えていた。
「ちょっと、誰か。外に行った奴の様子を見てきてよ」
渋々男たちが外に出る。
魔法は、魔力という「力」を体内で変換して形にしたもの。私とコンサリは、魔力そのものを「力」として魔法を発動する。
感覚を魔力によって高める。身体能力を上げる。魔力そのものを武器として相手に当てる。
もうひとつ。私には出来ないが、未来を予知できる。
コンサリの感覚が入ってくる。
この平和な街の小さな酒場に、良くない者が迫っている。
危険だ。
馬鹿騒ぎしている男たちに気づかれないよう、酒場の出入口の前で向かい合う。
「何だろう」
カサロフが問う。
「目当ては私」
そう言って、コンサリはカサロフの手を握る。
「ごめんね」
「・・・・え?」
「色々面倒かけるけど、あなたしか頼めないから」
コンサリには何が見えているのだろう。
どんな未来が待っているのだろう。
酒場の外。
男たちを掻き分けて進むと、見慣れない服を来た者が立っていた。厚手の細やかな刺繍が織り込まれたローブ。顔はフードを被っているので分からない。
その足元。
人が倒れている。
カサロフの両親も。
飛び出そうとしたが、誰かに止められた。
「動くな」
小声だが、強い意思を感じた。
「ヴァサン」
彼は見知らぬ者に敵意を向けていた。
「妙な胸騒ぎがして、来てみたらこのザマだ。危ないから中に入ってろ」
ローブを着た人物は、じっと誰かを見つめているようだった。
「あ、そこの君。緑色の髪の子。君、プレ・ナだよね?」
問いかける。
コンサリはヴァサンの後ろに隠れる
「手間が省けたね。君さ、僕と来てくれないかなあ?」
「行かない」
コンサリは即答。
「ま、そう言うよね。仕方ない、奥の手を使わせてもらうよ」
ローブの男は片手を上げた。
瞬間。
黒い影が視界を遮り、何がが宙を舞った。
上げた腕の肘から先。それが地面に転がった。
影はすぐに消えて、ローブの男の後ろにまた現れた。
細身の剣を持った男。全身真っ黒な服。それより気になったのはローブの男。斬られた部分から血が吹き出したが、すぐに止まり、不思議そうに斬り口をのぞき込んでいる。
「あれれ、斬られちゃった」
ローブの男が言った。
「お前、人ではないのか?」
黒服の剣士が言った。
何者かは分からないが、ローブの上から腕を斬り落としてしまうとは、並みの剣士ではない。
「君も邪魔をするの?」
振り返ると同時に黒服の剣士は消える。
斬った腕の方に現れた。
振り下ろした刀は届かない。踏み込んで振り上げる。ローブの男は宙に浮いたかのように、フワリと飛んで距離をとる。
「君、面白い術を使うね」
コンサリが手を握った。
戦いが長引けば、あの剣士も危ない。分かってる。魔力は十分貯めてある。
ぶっつけ本番。
剣士を信じるしかない。
「よけて!」
叫ぶ。
魔力を矢先のように尖らせて飛ばす。
一瞬。
剣士が横に飛ぶ。
魔力の矢はフードを吹き飛ばした。
回っている。
剣士はその場で回転して、刀を横に振った。
首が飛ぶ。
転がる頭。血しぶきはすぐに止まり、残った身体はゆっくり倒れる。
刀を納める剣士。
「念のためだ、火葬しよう。誰か、手伝ってくれないか」
こっちを見る剣士。
彼と目が合う。
何故だか心がざわついた。
「・・・・それが、ラズとアーマン様との出会いでした」
カサロフの話を通訳する。
途中でヤナベがこちらへ顔を向けた。
「今の話だと、ラズはその時に死んだのではないか?」
問う。
当然の疑問だ。
「はい。私もそう思っていました」
しかし、彼は復活した。
多くの仲間を連れて。
「おそらくラズは、『人形師』という仲間の力を借りて、再び生き返ったのだと思います」
人形師。
人型の器に、死者の魂を定着させる術を使う者。
「・・・カマツ」
族長が呟く。
ローライが同じ名前を連呼する。
彼は島の言葉で話し出す。
何度か途切れる。記憶をたどって話している感じだ。
ヤナベがキースたちのほうを向いた。
「カマツは、タルカナ族の中でも、とても優秀な術士だったが、二十年以上前、ある禁忌を犯して追放された」
「禁忌・・・とは?」
カサロフが問う。
「死者を蘇らせる術、蘇生術だ。彼は晩年その研究に没頭していたらしい」
この島には太古に高度な文明があり、その技術に触れることは禁じられている。カマツはそれを破った。
簡素な小舟に縛り付けられ、海に流された。
族長が語り出す。
ヤナベはそれを注意深く聞く。
「これは族長の考えだが、カマツが蘇生術に興味を持ったのは、当時彼を慕って、ヌザイの島から何度も来ていた者のせいではないかと」
「・・・・それがラズですか」
うなずくヤナベ。
追放されたカマツを助けて、ラズは大陸に渡った。そして、ドガイの遺跡で蘇生術が完成された。
多くの者を蘇生させ、大陸の平和を誘発した。
コンサリをさらった目的は、まだ見えてこない。
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