第五部episode27 「タルカナ」

「航海日誌、五日目」


 この時期の航海は、不安定な天候と南からの海流が行く手を阻む。だから熟練の船乗りでも、おかに上がって、別の仕事をするか一日中酒盛りをする。

 海には出ない。

 少し前、チセンという国は崩壊した。

 コガの反乱軍と外国からの支援軍。

 二千人程の寄せ集めが、あっという間にチセンを圧倒してしまった。

 国の上官たち、兵士たちは重罪だろう。戦争に加担した俺たちのような者でも、牢獄か重労働は免れない。


 陸では死にたくないな。


 どうせ死ぬなら海の上。そう思って志願した。

 なのにどうだ。

 なんと順風満帆な航海だろう。

 天候は晴れ。風向きも良好。この時期にはあり得ないことだ。


「船長、ちょっといいか?」

 俺はペンを置いて顔を上げた。

 彼女が立っている。

 自然と眉間の皺が消えて、表情がほころんでしまう。

 幾つもの港を巡り、良い女も大勢見てきた。だが、これ程の女には出会ったことがない。

 淡い緑色の長い髪。整った眉。大きくて宝石のような瞳。形の良い鼻筋。厚みのある柔らかそうな唇。

 彼女はいつものように、机に広げた航海図の前で立ち止まる。俺は立ち上がって、彼女のすぐ横に寄り添う。

 甘い、果実のような香りが、俺のなかへ入ってくる。


「今どの辺りで、どちらを向いて進んでいる?」

 問うキース。

 俺は航海図の上に置いた舟の模型を動かす。

「今はこの辺りだ」

 キースの顔がすぐ横に。

 何度も見ても美しい顔。年甲斐もなく胸が高鳴る。

「このまま進むと、黒い海流とぶつかる。避けたほうがいい。それと、雲の流れが変わり始めた。風向きがこちらからこっちへ変わるから、帆の向きは・・・」


 ここまで航海が順調なのは、キースのおかげだ。彼女は初めての海で、海流の動きを予測して天候の変化を正確に察知した。

 俺やどの船乗りよりも早く。

 この女は幸運を呼ぶ女神に違いない。交われば俺にも幸運が巡ってくるかもしれない。

 部屋にさえ連れ込めばなんとかなる。

 押し倒してモノにしてしまえばいい。

 場面を想像して、顔がにやけてしまう。

 但し、問題点がある。

 それを克服しなければ、キースとの密夜は訪れない。

 二大障害が船長室にやって来た。

 髭面で巨漢の男、ヴァサン。キースを口説き落とそうする船員に気付くと、何も言わずに彼女の横にやって来る。

 今みたいに。

 キースの護衛役だと思われる。

 もうひとり。

 関係性は定かでないが、俺はキースの母親ではないかと思っている。敬語で話すのは身分を隠す理由があるからか。

 魔法使いのカサロフ。

 特に敵意を向けられたことはないが、時々背筋が凍りつくような視線を感じることがある。

 その先には、必ず彼女が立っている。

 キースを誘うには作戦が必要だ。


 甲板に立つ。

 船員たちに指示を出す。

 俺の横に立つキースを見て、船員たちはいつも以上によく動く。

 空を見ているキースに声をかける。

「タルカナについて詳しく話したい。今夜、俺の部屋に来てくれないか?」


 ひとりで


 俺をじっと見つめるキース。

 微笑む。

 いかん。勃起してしまった。

「分かった。ひとりで行く」


 おおおー!!


 叫びたい気持ちを必死で抑える。

「私も同行します」

 声がした。

 振り返ると、そこにはカサロフとヴァサンが立っていた。

「情報は共有しておかないと、向こうでの行動に影響しますから」

 顔が引きつってしまう。

「そ、そうだな。お前たちにも話したほうがいい」


 最悪だ。



「航海日誌、八日目」


 海流を避けて進んだが、タルカナ島へは予定の日程で到着しそうだ。

 半年ぶりの渡航だ。

 初めて島を訪れたのは十年くらい前か。ラズとかいう、ヌザイ族の魔法使いを乗せた時だ。大金に目が眩んで船を出したが、あの状況でよく生きていたものだ。


 甲板に出る。

 船員たちと作業していた彼女が、私を見つけて近づいてくる。

 キースだ。

 船のことや海のこと、分からないことがあれば俺に聞いてくる。

 彼女は初めての海でとても楽しそうだ。

 俺も楽しい。

 タルカナ島まであと数日。

 彼女が生きてイナハンに帰るとは限らない。

 何とかもっと親密になれないものか・・・


 背後に殺気。

 振り返らなくても分かる。そこにあの大男が立っている。

 カサロフもやって来た。

 何と強固な布陣。

 しかし俺は諦めない。

 恋愛は、障害があるほど燃えるものだ。



「航海日誌、十日目」


 本来この日誌は、今後の航海の参考資料にするものであり、その時代の記録書としての意味もある。

 俺は違う。

 安全な航路を誰にも教えるつもりはないし、俺の知らない奴のために記録するつもりもない。

 この航海で最も重要な事は、誰がキースと寝るか《《》》だ。

 気づいていたが、ほとんどの船員が彼女を狙っていた。ヴァサンとカサロフの目を盗み、次々とキースに話しかける。

 船上は無法地帯となっていた。

 しかし・・・

 キースは俺を見つけると、作業を止めて近くに来てくれる。

 優越感。

 船員たちに睨まれても関係ない。この船の長は俺だ。これくらいの特権があっても良いじゃないか。

 これまでの航海での出来事、異国の港の事。キースは目を輝かせて聞いてくる。

 ヴァサンとカサロフは、船首のほうで話に夢中だ。

「今夜、俺の部屋で詳しい話を聞かせてやろうか?」


 酒でも飲みながら。

 珍しい品も見せてやる。


 キースはヴァサンたちの方を向いて、少し戸惑ったような顔をした。

 参ったな。

 その困った顔も良いじゃないか。

「分かった。カサロフたちが寝てから行くよ。それでいいか?」


 おおおー!!

 いいに決まってるじゃないか!!


 俺はなるべく平静を装って返事をした。



「航海日誌、十一日目」


 キースが笑顔であいさつしてくれる。

 南国の民族衣装。細身だが、大きな乳房と形の良い尻。艶やかな肌。

 最高の女だ。


 ・・・部屋は薄明かり。

 俺のコレクションを見ながら酒を飲む。アルコールで上気した肌が欲情を高める。

 髪が濡れているな。

 水浴びをしたのか。

 この状況をちゃんと理解しているようだな。

 すぐには襲わない。

 こんな美女を抱けるのは、恐らく最初で最後だ。じっくり味わいたい。

 俺の説明を聞くキース。

 澄んだ瞳。艶やかな唇。

 下に目をやれば、服の隙間から見える胸の谷間。

 果実のような甘い香り。

 もう我慢の限界だ。

 俺はキースの肩にそっと手をまわし、彼女を引き寄せる。

 口づけ。

 突然の行動に驚くキース。

 俺は構わず彼女を抱き上げ、寝室まで連れていく。

 ベッドに投げる。

 考える間など与えない。逃げようとするキースの両腕を押さえつけ、馬乗りになる。

 怯えているのか。

 その顔も堪らなく愛おしい。

 楽しい夜は、まだ始まったばかりだ・・・


 昨夜は俺が彼女を独占。心ゆくまで密夜を堪能・・・・

 するはずだった。


 抜け駆けなんてズルいぜ、船長。


 甘かった。

 キースを狙っているのは俺だけじゃない。

 俺の部屋は船員たちで溢れ返り、彼女を中心に宴会が始まった。

 歌をうたい、踊り、楽器を演奏した。

 キースは楽しそうだった。

 まあ、それなりに楽しかった。


 お前ら、覚えておけよ。


 タルカナ島到着まで、あと一日ほど。

 天気も良いし波も穏やかだ。

 経験上、こういう日は良くない事が起きる。

 見張り台の男が警笛を鳴らす。


「海賊だ!!」

 穏やかだった雰囲気が一変する。

 大声で指示を出す。

 俺は船尾まで走り、目視で船を確認する。キースはすぐ横にいる。

「海の盗賊か?」

 問うキース。

「そうだ。しかも、その中でも一番ヤバい奴だ」

 これだけ離れていても分かる、特徴的な型の船。チセンの船大工が造った最高傑作。数年前に盗まれたものだ。

 軍用船。

 この海域で、奴らの船に敵うものは一隻もない。それでも、追いつかれるのをじっと待つつもりもない。

 風向きを読んで、帆の張り具合を調整する。上手くいけば、振り切れるかもしれない。


 海賊船は、盗んでから更に改良を加えたようだ。

 予想以上の速さで追い付かれた。

 これ以上抵抗しないほうが良さそうだ。あの大砲で攻撃されたら、沈没間違いなしだ。


「船長」

 キースに呼ばれた。

 絶望的な顔をした船員たちから、振り返ってキースを見る。

 この状況を理解していないのか、海賊船を見て何だが楽しそうだ。


 こんな美人、海賊たちがほっとくわけがない。絶対連れて行かれる。

 こんなことなら、無理矢理にでも押し倒して、彼女と寝るべきだった。


 キースにまた呼ばれた。

 慌てて目を向ける。

「積み荷は諦めるしかないな。多分、お前も・・・」

「私が奴らと交渉していいか?」


 ・・・・え?



 鉄製の鉤爪がついたロープが何本も投げられる。

 きしむ音。

 二隻の船が同調する。

 板が渡され、海賊船から男たちがなだれ込む。手には様々な武器を持ち、必要以上に船員たちを威嚇している。

 最後に、二人の護衛を従えた男が乗り込んだ。明らかに他の者とは違う風貌。海賊船の船長と思われる。

 ためらいなく、キースはその船長へと歩き出す。

 ざわつく。

 慌てる船員。武器を持った海賊たちは、船長を取り囲む。

「何だ、女。俺たちに刃向かう気か?」

 睨みつける。

 上から下まで目線が動く。

「何だよ、良い女じゃないか。仲良くしようぜ」

 口調も態度も変わる。

「船長と話がしたい」

 キースが言った。

 海賊たちが一斉に船長を見る。

 男たちを手で払いのけ、キースに近づく。

 水をよくはじく仕立ての良い服。口髭は何かで固めているらしく、鋭利な刃物のように尖っていた。

「ワシが船長だ」

 内面の気持ちとは逆に、威嚇の混じった太い声。

「見逃してほしい」

 キースが言った。

 海賊船長の笑顔が消える。

「お前だって生きるために海賊をやっているのだろう。分かっている。しかし、今回は見逃してほしい。この船の積み荷は、タルカナ島での行動に必要な物ばかりだ」


 お願いだ。このまま何も盗らずに帰ってほしい。


 笑う海賊船長。

「おい、女。ワシたちは海賊だぞ。ここまできて何も盗らずに帰れるわけないだろ?」

 想定内の返答。

「では、私とちょっとした遊びをやらないか?」


 ・・・・遊び??


「私とそちらの海賊たち全員との勝負。私が勝ったら何も盗らずに帰ってほしい」

「ワシたちが勝ったら?」

「積み荷は渡す」

 海賊のひとりが、船長に耳打ちする。二人の笑顔に不気味さを感じる。

「ワシたちが勝ったら、お前も盗ませろ」


 誰だって、キースを間近で見たら、盗みたい気分になる。


「分かった。それでいい」

 ざわつく海賊たち。

 青ざめるこちらの船員たち。

「私が膝をついたり、降参したら、お前たちの勝ちだ。盗まれてやる」

 呻くような笑い声。

 女ひとり。囲んで押さえ込めば済むこと。

 そう思った。


 ヴァサンとカサロフを見る船長。

 二人はキースの言動に慌てる様子はなく、座るものを持ってきて、「遊び」を傍観するつもりだ。

 お前たち、それでいいのか?


 海賊たちは、武器を納めてキースを囲んだ。

 大事な獲物に傷をつけるわけにはいかない。なんならここで、服を脱がせて犯してもいい。

 男たちの視線が全身に刺さる。

「私はいつでもいいぞ。まとめてかかってこい」

 キースが言った。

 目配せをする。

 後ろの五人がキースに飛びかかった。羽交い締めするはずの彼女はおらず、二人倒れた。倒れた仲間に目を向けた男は、急所を蹴られてその場にうずくまる。

 両横から三人ずつ。

 回転するキースが見えたが、考える前に頭を蹴られた。

 伸ばした腕は掴まれ足が浮いた。

 投げ飛ばされる。

 背中を向けたキースに抱きつく。すぐに感触が消えて、腹に彼女の肘が食い込む。

 息が出来ない。

 キースの立ち位置はほとんど変わらない。

 襲ってきた海賊に合わせて、少しだけ身体を動かす。演舞しているよう。緩やかで力強い。

 美しい。

 驚きの感情より、感動が先にやって来る。

 二十人以上いる海賊たちが、次々と床板に倒れる。


 海賊船長の顔色が変わる。

 このままでは「海の男」としての威厳が台無しだ。

 両脇の護衛たちに声をかける。

「少々惜しいが、殺しても構わん」

 海賊船長が言った。

 軽く会釈して、二人の男が歩み出る。他の男たちと比べ明らかに異質。傭兵に近い。それも、かなりの手練れ。

 長髪の男と顎髭を伸ばした男。

 残った数人の海賊たちを押し退けて、キースの前に立つ。

 腰には両刃の直刀。

 顔つきはイナハンで多く見られる種族。東の国独特の、目鼻立ちのはっきりしないもの。


「女、我々が相手をする。武器をとれ」

 長髪の男が言った。

 キースは動かない。

 腰元には、刀も短剣もない。

「このままでいい」

 彼女の言葉に、男たちは眉間に皺を寄せる。

「ナメられたものだ。女とて容赦しないぞ」

 顎髭の男。

 腰の剣を抜く二人。


 さすがに無理だろ。


 船長はカサロフたちに目をやる。

 ヴァサンがいない。

 彼はキースに向かって歩いていた。


 加勢するのか?


 ヴァサンは手に何か持っている。

 あれは・・・


「おい」

 ヴァサンに声をかけられた。

 振り返るキース。

「コイツらにも戦士としての誇りがある。せめてこれでも持ってろ」

 渡す。

 小舟用の櫂。キースの背丈とほぼ同じ長さのもの。

 重さを確かめ、両手で回転させる。頭上、前、横。今度は片手で。

 風を切る小気味良い音。

 左手で持って、床板に持ち手の部分を軽く突く。

「二人まとめて来い」

 キースが言った。

 益々目付きが悪くなる二人。

 更に顔が青ざめる船長と船員たち。

 前に出ようとする長髪の男を止める。

「ひとりで十分だ」

 顎髭の男が言った。


 重い直剣を片手で持つ腕の筋肉。男が数人体当たりしても、受け止めそうな体格。

 キースが体術や剣術に優れていても、力の差は歴然だ。

 また二人を見る船長。

 空の酒樽に座ったまま。助力する気などなさそうだ。


「場を盛り上げるには、少し遠慮したほうがいいが、私は力の加減が上手く出来ない」

 キースの声に注目が集まる。

 顎髭の男の足が止まる。


 こいつは何を言っている?


 そういう顔をしている。


「悪く思わないでくれ」

 床板から櫂が離れた。

 まばたきをしたか、してないか。何が起きたのか理解出来ない。

 顎髭の男は受け身も取らず、剣を持ったまま前に倒れた。

 慌てて剣を構える長髪の男。

 彼もまた、状況を理解していない。

 櫂の持ち手を床板に着く。

「今のは、ここにいる者たちの、隙の同調を狙って攻撃した。だから私の動きは見えなかった」

 キースの言葉の意味が分からない。

 分からないが、仲間が目の前でやられている。

 長髪の男は、キースを睨み付けながら、摺り足で距離を詰める。


「キース様」

 後ろで声がした。

 カサロフだ。

 長髪の男に背を向けるキース。

「少々盛り上がりに欠けます。目隠しされてはどうでしょうか?」


 お前、なに言ってるんだ??!!


 船員の誰もが思った。

 なるほど、とキース。

 腰帯から薄地の布を引き抜く。ためらいなく目元に巻き付ける。

 振り返って、再び櫂の端を床板に着ける。

「馬鹿にしているのか?」

 怒りを抑えながら、問う長髪の男。

「いいや。少しでもお前に近づけるように・・・」

 途中で何か思いつくキース。

 櫂を右手に持ち替える。

「目隠しと利き手を使わない。これで大丈夫か?」

 問われた。

 侮辱と怒りの限度は、すでに超えていた。

 長髪の男は細身だ。背が高く手足が長い。細身の直剣を器用に回しながら、幅広の一歩で間合いを詰める。

 早い。

 直剣がキースの首を狙う。

 一歩前へ。

 櫂の水掻き部分、平らな面が顔に当たる。剣を空振りして身体がのけ反る。

 すぐに立て直したのは流石。

 キースの左側に素早く移動。下から振り上げる。

 はずが、足で腕を蹴られて膝をつく。

 両足を広げて体勢を低く。

 背中に回した櫂の持ち手が、喉の下に当たる。

 あっ、とキース。

 長髪の男は勢いよく後ろ向きに倒れる。

 動かない。

 静寂。

 波音と船のきしむ音だけ。

「つい狙ってしまった」

 キースの声で、思考と呼吸が始まる。

「約束だ。悪いがこのまま帰ってくれ」

 言ってすぐに、

「お前が挑むのなら、私は受けるが?」

 と、尋ねるキース。

 海賊たちの視線が集まる。

 海賊船長は、怒りとも悲しいとも言えない表情。何も言わず、震えた手で尖った髭を触りながら、仲間に合図を送る。

 意識のある者が倒れた仲間を抱えて、自分たちの船へ帰っていく。

 無言の行動。

 海賊船が離れていく。ようやく動き出す船員たち。

 キースに集まる。

 感動と称賛。目隠しをしているのを良いことに、彼女の身体を触りまくる船員たち。

 立ち上がろうとするヴァサンを止めるカサロフ。

「あれくらいは許してやりましょう」

 微笑む。

 座り直したが、キースが気になって仕方ないヴァサン。

「過保護ですね」

 カサロフに言われる。

「ふん。別に気にしとらんわ」

 無理して表情を変えるヴァサンの姿を見て、カサロフはまた微笑んだ。



「航海日誌、十二日目」


 タルカナ島との交流がいつから始まったのか、実は定かではない。

 諸説あるが最も有力なのは、約百年前、「戦闘民族」と呼ばれる種族が大陸に渡ってきたのが始まりだという説。

 彼らは長距離船や武器の製造方法、武術などを残して、大陸の北へと向かった。

 その後は大陸の全土に散らばり、何の目的でやって来たのか分からぬまま、今に至っている。

 キースのあの強さ。

 勝手な想像だが、彼女はその「戦闘民族」の血を引く者だと思われる。美人なうえに強いなんて最高じゃないか。

 俺も船員も、海賊の件以来キースに対する考えや態度が変わった。

 襲って抱きたい気持ちは消えて、襲われて痛めつけて欲しいと思っている。想像しただけで恍惚な気分になり、勃起してしまう。

 彼女なら生き抜いてイナハンに戻るはずだ。

 往路では叶わなかったが、復路では必ず。

 土下座して泣いて懇願すれば、きっとキースなら叶えてくれるばずだ。数日旅を共にして分かった。

 キースは押しに弱い。

 うん、そうしよう。


 太陽が真上から少し傾き始めた頃、タルカナ島が見えてきた。


 接岸作業が終わった。

 架け橋を最初に降りたのは船長。続いて船員数名。出迎えた島民と親しそうに会話している。

 船長の合図。

 誰かの掛け声。船員たちが一斉に動き出す。荷おろし作業が始まった。


 イナハンとタルカナ。必要だがその土地に無い物。イナハンからは、煙草や薬、大陸独特の酒類など。タルカナからは、装飾品や顔料、加工すれば宝石となる原石など、産地の品を交換する。


 船で待機するキース達。

 今すぐにでも上陸して、ラズの情報を集めたい心境だが、ここは親交の深い船長に託すしかない。

 島の住人は、環境のせいか閉鎖的で、気難しい。今のように交易ができるまで、二年もかかったそうだ。


「おい」

 ヴァサンに呼ばれた。

 荷おろしの作業を眺めていたキースが振り返る。

「そろそろ引き取ってくれないか」

 腰の武器を手で押さえている。

 二本ある。

 一本は彼のもの。両刃の直剣。もう一本は、血のような赤に金色の刺繍が入った鞘の刀。

『魔刀キース』だ。

 腰から抜き取り、彼女の目の前に差し出す。

 キースは何も言わずに受け取って、右腰に差した。

「お前、よくこんな刀が使えるな」

 ヴァサンが言った。

「船旅の間、ずっと帯刀してしたヴァサンも凄いよ」

 キースに褒められた。

 嬉しかったが顔には出さない。

 横で笑うカサロフには伝わっているようだった。


 荷おろし作業が終わったのは、空が少し赤く染まった頃。

 船長の許可。

 船員の案内でキースたち三人は船を降りる。

 船着き場の床板がきしむ。

 ようやくここまで来た。

 ラズのいるタルカナ島。

 船長と島民のいる場所へ。何か話しているが、言葉が理解出来ない。どうやらここは大陸とは違う言語のようだ。

 様子から察するに、島民にキースたちのことを説明していると思われる。


「族長に会わせてくれる。彼について行け」

 船長が言った。

 キースは船長を見る。

 毎回だが、間近で見つめられると動揺してしまう。目線を外し気持ちを落ち着かせる。

「島には大陸の言葉が分かる者もいる。安心して行けばいい」

「ありがとう」

 笑顔。

 その顔はやめてくれ。抱きしめたくなる。

 島民の後に続く。

 ヴァサンに睨まれて、後ろに倒れそうになる船長。三人が去って、休憩していた船員が立ち上がる。

「よし、もうひと仕事だ。積み荷を小屋にまで運ぶぞ!」

 掛け声。

 船員と島民が作業を再開した。


 海と砂浜。潮風。向かう先には見慣れない樹木が生い茂る。草木で風が遮られると、気温の高さより湿度の高さを感じる。

 キースが幼少を過ごしたドレイドに似ている空気感。

 辺りを見回して、落ち着きのないカサロフ。

「どうかしたか?」

 後ろを歩くヴァサンが問う。

「気のせいかもしれませんが、ここは魔力がとても弱く感じられます」

「そうなのか?」

 ヴァサンは何も感じない。


 開けた場所に出た。

 木造の家が並んでいる。丸太をただ組み立てたものではない。繊細な加工と計算された構造。タルカナ族の技術の高さがうかがえる。

 さらに奥へ。

 自然の石を隙間なく積み上げた基礎に、見事な曲線を描く屋根がついた建物。先頭の島民にならって中へ入る。

 男が三人、屋根の無い床張りの広間で向かい合っていた。

 案内をした島民は、彼らと短い会話を終えると、隅に置かれた松明台に火を着けて回った。

 空は次第に赤から黒へ。揺らぐ炎が影を描き始める。

 キースたちは三人の男たちの前に並ぶ。

 高齢だが目付きの鋭い男。杖に両手を添えて切り株の椅子に座っている。恐らく彼が族長だろう。

 その老人の右手側。キースより頭ひとつ分背が高い青年。乱れた黒髪が顔の半分を覆っているが、幼さは隠しきれない。

 左手側の男。ヴァサンと変わらない身長。雰囲気と体格から戦士と分かる。両腕には何かを模したタトューがびっしりと彫られている。

 そして、手首にあるあれは・・・

 松明の明かりで時々形を見せる半透明なもの。ナックが身に付けていた輪具リングによく似ている。


「俺はヤナベ。族長の代わりに俺がお前たちと話をする」

 タトューの男が言った。

 まずは紹介から。

 中央の老人が族長のバザム。右がローライ。そしてヤナベ。

 カサロフが族長に一礼して、自分と二人の名前を紹介する。

「船長の話では、この島には人を探しに来たと聞いたが?」

 問うヤナベ。

「はい。ラズという名の魔法使いを探しに参りました」

 カサロフ。

『ラズ』の名前を聞いた途端、三人の表情が変わった。

 ヤナベが島の言葉で族長に伝える。

 族長が開口する。

 低くてかすれた声。

 聞き終えて、ヤナベが顔を上げた。

「何年か前にも、『ラズ』を訪ねてきた大陸の戦士がいた」


 名前は確か・・・アーマン


 今度はキースたちが表情を変える番だった。

「ラズはヌザイ族の術士で、ずいぶん前に大陸に渡ったきり、行方が分からない」

 ヤナベ。

「こちらとは別の部族がいるのですか?」

 問うカサロフ。

「そうだ」

 ヤナベが族長の許可を得て説明する。


 ここは元々ひとつの島だったが、何百年も前の大きな地震によって陸地の一部が沈んで、三つの島になったらしい。それが偶然にも部族の境界線で別れた。

 ここがタルカナ族の住む島。南側はヌザイ族の島。東側はマリナラ族の島だ。

 但し、マリナラ族に関しては、部族が生活出来るほどの陸地が残らず、大半の者は大陸に渡り、残った者はタルカナ族が受け入れた。


「それで、アーマン様は?」

 カサロフが尋ねる。

「ラズは大陸にいるはずだと伝えたが、納得せず、ヌザイの島に行った。それきり会っていない」

「そうですか・・・・」

 思案顔のカサロフ。

 三人の様子を見て、目を細めるヤナベ。

「お前、アーマンを知っているのか?」

 問う。

「私はアーマン様の従者です。彼は友人。そして、彼女はその娘」

 ヤナベは族長に三人の事を伝える。

 ヴァサンは友人と言われて不機嫌な顔をしている。

 族長は三人をじっくり見て、島の言葉を喋る。

 うなずくヤナベ。

「お前たちのこと、もう少し詳しく聞きたい」

 この後、イナハン船を歓迎した宴があるそうだ。明日の朝、話を聞くからもう一度ここに来い。

 そう言われた。



 タルカナ族の宴は想像以上に盛大だった。

 夕方に訪れた建物は、族長の家であり集会場で、その前の広場にほとんどの島民が集まっていた。

 近海で捕れた魚や獣肉、果物。酒はイナハンから持ってきたものを中心に、タルカナ族独特の甘い発酵酒。

 村中の松明台が並んで、広場は昼間のように明るい。

 島民たち、船員たちの笑顔。言葉が分からなくても関係ない。共に働き、共に酒を飲めば、もう彼らは仲間同士。

 キースが注目したのは、タルカナ族の戦士たちによる踊り。

 太鼓と弦楽器の音楽に合わせて、六人の男たちが動き出す。

 キースが幼少育ったドレイドの部族。そこに伝わる体術に似ている。しなやかな腕の動き。または激しく素早い動作。前転、後転を織り混ぜた変則的な足さばき。

 体術、棒術、剣術。実戦の動きを取り入れた模擬戦の踊り。

 なかでも、先程会話したヤナベは別格だった。ほかの五人より全ての動きが洗練されていて、美しいと感じでしまう。


「ヤナベという方は素晴らしいですね」

 横に座るカサロフが顔を近づけて言った。

 うなずくキース。

 ヤナベだけを目で追い続けている。

 少し話しただけだが、彼の印象は良かった。実直で剣術もかなりの腕前だと思われる。

 微笑むカサロフ。

「キース様には、ヤナベのような方と連れ添って頂きたいです」

 楽器の激しい音で聞こえなかったか、何も反応がなかった。

 キースの横顔を見て、カサロフはまた微笑んだ。


 早朝。

 誰よりも早く甲板に立つ。

 鍛練を始める構えをしたが止める。船上から遠くを見て、何か見つけたのか、船を降りた。

 うっすらと明るくなり始めた空。夜明けの少し前。


 砂浜。

 砂漠と似ているが違う気がする。海原と潮風のせいか。波の音がとても心地良い。

 目を閉じて深呼吸。

 右腰の刀に右手を添える。止め金を指で弾く。腰を少し低く構えて、ゆっくりと抜刀。

 まずは左手だけで。

 右手の動きで身体の均衡を保ちながら、あらゆる方向に刀を振る。

 右手に持ち替えて。

 どちらの手で刀を振っても差違はない。

 柄を両手で持つ。

 握った手を、離して持ってみたり付けてみたりする。

 途中で動きが止まった。


「いつまで隠れているつもりだ」

 キースが言った。

 草木の揺れる音がして、そこから人が出てきた。

 ヤナベだ。

「すまない。のぞき見する気はなかったのだが・・・・」

 砂浜を歩きキースの正面に立つ。

「お前の刀さばきに見惚れてしまって、動けなかった」

 刀を鞘に納める。

「お前もこれくらいは出来るだろ」

 キースが言った。

「ああ、そうだ。俺も出来る。出来るが何か違う。何が違うのかが分からない」

 ヤナベは数歩下がり、構えた。左腰の刀をゆっくりと抜刀する。

 一度見ただけ。

 ヤナベはキースの鍛練とほぼ同じ動きをした。刀の振り方、身体の使い方。差違を見つけるほうが難しいくらいに動いた。

 両手で柄を持ったところで止める。

 唸り声を上げて上を向く。

「違う。お前のと違う」

 刀を鞘に納めてキースに近づく。

「俺はタルカナ族のなかで一番強い」

 ヤナベが言った。

「だろうな」

 答えるキース。

「ヌザイ族の猛者たちとも戦ったことがあるが、今まで誰にも負けたことがない」

「・・・・だろうな」

 ヌザイ族のことは知らないが、彼の実力ならあり得る。

「だが、お前には全く勝てる気がしない」

 落胆の顔ではない。

 むしろ好奇心で喜び満ちているように見える。

「教えてくれ。どうすればお前に勝てる?」

 すぐに言葉が出ない。

 こんなに輝いた目で聞かれたのは初めてだった。

 両手でヤナベを一旦下がらせて、少し呼吸を整える。

 ・・・・整える?

 それほど動いていないのに、心臓の鼓動が早くなっている。

「勝ち負けは関係ない。大事なのは自分のことをどれだけ理解しているか、だ」

 キースは実際に刀を使いながら、ヤナベの欠点を指摘した。



 酒はあまり飲まなかったはずだが、船まで帰った記憶がない。軽い二日酔い。風に当たろうと思い、甲板に出る。

 あの甘い酒のせいだ。

 タルカナ族の発酵酒に文句を言いながら、船首に向かって歩くと、すでにカサロフが立っていた。

 手ぐしで髪の毛を整えて、彼女に近づく。

「早いな。キースはいつもの鍛練か・・・」

 目で探したが、甲板にキースの姿はない。

「おい、キースはどこにいるんだ?」

 問うヴァサン。

 返事はない。

 横に立って顔を覗くと、何だか楽しそうな表情をしている。

 カサロフの視線の先。

 砂浜に人がいる。あれはキースと、もう一人は誰だ?

 寝起きの両目をこすってみる。

 砂浜。

 あれは、ヤナベとかいう奴だ。二人で鍛練をしているのか。

「若いって、いいですねぇ」

 カサロフが呟く。

 ヴァサンは状況が理解出来ず、砂浜とカサロフを何度も見返した。



 再び族長の家。

 族長のバザム、左手側にヤナベ。右の男は昨日と違う。ヤナベに術士のサヒヒだと紹介された。

 術士も色々種別があるが、彼は大陸のプレ・サリ(攻撃特化の魔法使い)に近いらしい。

 頭の左右の髪を綺麗に剃りあげて、中央部分だけ伸ばしている。両耳に肩まで届きそうな耳飾り。その構成に童顔がついているから、少し異様に感じる。

「サ・ニギポラ」

 笑顔で島の言葉。

 ヤナベがあいさつだと教えてくれる。

 キースたちも島の言葉であいさつ。発音が微妙だったが、サヒヒは合掌して礼をしてくれた。

 彼は大陸の魔法使いが来たと聞いて、話をしたいと申し出たそうだ。

 もう一人いる。

 サヒヒの後ろで、顔を半分だけ出している少女。キースより背が低い。まだ子供のようだ。彼の子供にしては少し大きい気はするが・・・・

「後ろの子はサヒヒの妹のチコだ。大陸の言葉が少し分かる」

 ヤナベに言われて、サヒヒの隣に立つ。兄と同様童顔だ。加えて背が低いので、十歳くらいの少女に見える。

 実際は、キースと同年らしい。

「ワタシ、チコ。サヒヒの・・・ツーヤクする」

 笑顔。

 ひと目で二人が兄妹と分かる顔立ち。

 族長が立ち上がった。

 島の言葉。

 うなずくヤナベ。

「家の中で話そう、と仰っている」

 族長に続いて、みんな家の中に入る。


 独特なお香の匂いがする。部屋の中は、彫刻や装飾品が所狭しと飾られていて、床には色鮮やかなラグが何枚も敷かれていた。

 明かり取りの窓はなく、燭台に小さな炎が揺らめいていた。

 族長は一段高くなった床のラグに座った。どうやらラグは人が座るためのものらしい。キースたちは、族長の前のラグに三人で座った。

 島の言葉。

 話し終えると、族長はヤナベに目を向けた。

「タルカナ族は、大陸の者たちと友好な関係を続けていきたい。要望には出来る限り応えたいと考えている。そのためにはまず、詳しい内容を知りたい。ラズを追う理由を聞かせて欲しい」

 ヤナベが言った。

「ありがとうごさいます。もちろんです」

 カサロフ。

 彼女が説明するようだ。

「はじまりは二十年前。大陸北の、リノーズからでした・・・・」

 ヤナベの通訳に合わせながら、カサロフはゆっくりと話した。



 ・・・・二十年前。北の街リノーズ。


 プレ・ナに会いたいという剣士。

 ある目的のために、海を渡ってやって来た魔法使い。

 そして、ひとりの少女と身体を共有できるプレ・ナ。


 この偶然とも必然とも言えない出会いが、全てのはじまりだった。


 リノーズに到着したガガルの元従者アーマン。今はガガルの許可を得て、自分探しの旅の途中。

 魔力の源と言われるプレ・ナに会ってみたくて、ここまでやって来た。この街には「案内人」と呼ばれる者がいて、プレ・ナの住む場所の近くまで案内をしてくれる。その情報を集めようと街を散策していた時だった。


 悲しみと邪気。

 不穏な空気。いや、すでに何か起きている。

 アーマンは走った。



 久しぶりにコンサリが街に来た。

 酒場は大盛り上がり。街中の男たちが集まって、彼女を取り囲んでいる。

 とにかく酒を注いでほしくて。ひと言でも声が聞きたくて。

 となりに座っていたはずのカサロフは、どんどん隅に追いやられ、給士の女と向かい合っている。

「全く。コンサリが久しぶりに来たってのに、これじゃあゆっくり話もできないよ」

 給士の女。

 カサロフと目を合わせ、二人で苦笑する。

 コンサリが笑っている。

 彼女が笑うとみんなが笑う。嫌な事が全部吹き飛んで楽しくなる。


『聖地』とリノーズ。離れていても、心はいつも繋がっていた。

 最初は、夢と現実の区別がついていない、と思っていた。身体が入れ替わっていると自覚したのは七歳を過ぎてから。

 不思議と、理由は気にならなかった。

 同じ日に産まれ、特別な何かを託された。

 そう思っている。


 ふと、何かに気づく。

 カサロフの笑顔が少しかげる。

 コンサリの近くにいた両親がいない。給士の女に尋ねる。

「ああ。少し前に風に当たってくるって出ていった奴が、なかなか帰って来なくてさ。二人で様子を見に行ったよ」

「そうですか・・・・」

 胸騒ぎがする。

「でも、ちょっと遅いねぇ」

 これは私の感覚じゃない。

 コンサリを見る。

 笑顔が消えていた。

「ちょっと、誰か。外に行った奴の様子を見てきてよ」

 渋々男たちが外に出る。

 魔法は、魔力という「力」を体内で変換して形にしたもの。私とコンサリは、魔力そのものを「力」として魔法を発動する。

 感覚を魔力によって高める。身体能力を上げる。魔力そのものを武器として相手に当てる。

 もうひとつ。私には出来ないが、未来を予知できる。


 コンサリの感覚が入ってくる。

 この平和な街の小さな酒場に、良くない者が迫っている。

 危険だ。

 馬鹿騒ぎしている男たちに気づかれないよう、酒場の出入口の前で向かい合う。

「何だろう」

 カサロフが問う。

「目当ては私」

 そう言って、コンサリはカサロフの手を握る。

「ごめんね」

「・・・・え?」

「色々面倒かけるけど、あなたしか頼めないから」

 コンサリには何が見えているのだろう。

 どんな未来が待っているのだろう。


 酒場の外。

 男たちを掻き分けて進むと、見慣れない服を来た者が立っていた。厚手の細やかな刺繍が織り込まれたローブ。顔はフードを被っているので分からない。

 その足元。

 人が倒れている。

 カサロフの両親も。

 飛び出そうとしたが、誰かに止められた。

「動くな」

 小声だが、強い意思を感じた。

「ヴァサン」

 彼は見知らぬ者に敵意を向けていた。

「妙な胸騒ぎがして、来てみたらこのザマだ。危ないから中に入ってろ」

 ローブを着た人物は、じっと誰かを見つめているようだった。

「あ、そこの君。緑色の髪の子。君、プレ・ナだよね?」

 問いかける。

 コンサリはヴァサンの後ろに隠れる

「手間が省けたね。君さ、僕と来てくれないかなあ?」

「行かない」

 コンサリは即答。

「ま、そう言うよね。仕方ない、奥の手を使わせてもらうよ」

 ローブの男は片手を上げた。

 瞬間。

 黒い影が視界を遮り、何がが宙を舞った。

 上げた腕の肘から先。それが地面に転がった。

 影はすぐに消えて、ローブの男の後ろにまた現れた。

 細身の剣を持った男。全身真っ黒な服。それより気になったのはローブの男。斬られた部分から血が吹き出したが、すぐに止まり、不思議そうに斬り口をのぞき込んでいる。

「あれれ、斬られちゃった」

 ローブの男が言った。

「お前、人ではないのか?」

 黒服の剣士が言った。

 何者かは分からないが、ローブの上から腕を斬り落としてしまうとは、並みの剣士ではない。

「君も邪魔をするの?」

 振り返ると同時に黒服の剣士は消える。

 斬った腕の方に現れた。

 振り下ろした刀は届かない。踏み込んで振り上げる。ローブの男は宙に浮いたかのように、フワリと飛んで距離をとる。

「君、面白い術を使うね」


 コンサリが手を握った。

 戦いが長引けば、あの剣士も危ない。分かってる。魔力は十分貯めてある。

 ぶっつけ本番。

 剣士を信じるしかない。


「よけて!」

 叫ぶ。

 魔力を矢先のように尖らせて飛ばす。

 一瞬。

 剣士が横に飛ぶ。

 魔力の矢はフードを吹き飛ばした。

 回っている。

 剣士はその場で回転して、刀を横に振った。

 首が飛ぶ。

 転がる頭。血しぶきはすぐに止まり、残った身体はゆっくり倒れる。


 刀を納める剣士。

「念のためだ、火葬しよう。誰か、手伝ってくれないか」

 こっちを見る剣士。

 彼と目が合う。

 何故だか心がざわついた。



「・・・・それが、ラズとアーマン様との出会いでした」

 カサロフの話を通訳する。

 途中でヤナベがこちらへ顔を向けた。

「今の話だと、ラズはその時に死んだのではないか?」

 問う。

 当然の疑問だ。

「はい。私もそう思っていました」


 しかし、彼は復活した。

 多くの仲間を連れて。


「おそらくラズは、『人形師』という仲間の力を借りて、再び生き返ったのだと思います」


 人形師。

 人型の器に、死者の魂を定着させる術を使う者。


「・・・カマツ」

 族長が呟く。

 ローライが同じ名前を連呼する。

 彼は島の言葉で話し出す。

 何度か途切れる。記憶をたどって話している感じだ。

 ヤナベがキースたちのほうを向いた。

「カマツは、タルカナ族の中でも、とても優秀な術士だったが、二十年以上前、ある禁忌を犯して追放された」

「禁忌・・・とは?」

 カサロフが問う。

「死者を蘇らせる術、蘇生術だ。彼は晩年その研究に没頭していたらしい」


 この島には太古に高度な文明があり、その技術に触れることは禁じられている。カマツはそれを破った。

 簡素な小舟に縛り付けられ、海に流された。


 族長が語り出す。

 ヤナベはそれを注意深く聞く。

「これは族長の考えだが、カマツが蘇生術に興味を持ったのは、当時彼を慕って、ヌザイの島から何度も来ていた者のせいではないかと」

「・・・・それがラズですか」

 うなずくヤナベ。


 追放されたカマツを助けて、ラズは大陸に渡った。そして、ドガイの遺跡で蘇生術が完成された。

 多くの者を蘇生させ、大陸の平和を誘発した。

 コンサリをさらった目的は、まだ見えてこない。

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