episode25 「同盟」

 反乱組織の拠点は、コガに複数ある。一ヶ所に決めないのは、チセン側の兵士たちから何度も襲撃を受けた結果。中心となる人物を一ヶ所に集めないため。

 リーメイとナックの家も、拠点のひとつである。



「あなたに言っておくことがあります」

 リーメイが言った。

 すぐそばにいるナックは、形容しがたい複雑な表情をしている。

輪具リングが三組あることは知っていますか?」

 うなずく。

「では、能力が同じでないことも?」

「イリリの弟子だという男に聞きました」

 ナックが答える。

「ソマリですね。彼の輪具は、魔力によって強制的に身体能力を高めるものです」


 ナックとリーメイの輪具は、それに加えて肉体の再生能力と蘇生能力があると話す。


「但し、限界数があります」


 二人の輪具が発動するためには、人の贄が必要で、その人の数が限界数。

 ナックは門下生たちの命を。

 リーメイは両親の命を。

 それは、リーメイが輪具を付けた時に父ユジンから命じられたことだった。だとすれば、リーメイは一回、ナックは残り十回程度生き返ることができる。

 限界数に達すると、輪具は発動しなくなる。

 ソマリのものは、贄を必要としない代償に、自身の命を削るらしい。

 発動限界がきたらどうなるか。

 正確なことは分からないが、恐らくは三人とも自然寿命までに死ぬだろう。

 製作者は不明。ユジンが誰から何のために預かったのかも聞かされていない。

 分かっているのは、おかげで二人が生き残ったという事実。


「これからの戦いで、輪具の力は必要です。でも、限界があることを覚えておきなさい」

 リーメイが言った。

 返事がない。

「分かりましたか、ナック?」

 問う。

 困り顔のナック。

「姉様、すいません。それはこの状況で話すことでしょうか?」

 深夜のナックの部屋。

 ベッドで横になっている彼の首に、腕を巻きつけ添い寝するリーメイ。

 何も着ていない。

 自分の部屋で寝ていたところに、リーメイが服を脱いでベッドに入り、今の話を始めた。そんな状況だ。

「それは、アレですよ。あなたが私を抱いてくれないからです」

「僕たちは姉弟ではないですか。そんなこと、出来るわけが・・・」

 口を塞がれる。

「ナックは、私のことが嫌いですか?」

 意地悪な質問だ。

 嫌いなわけがない。

 リーメイと目を合わせないのは、本能に負けてしまいそうだからだ。

「今夜は邪魔者がいません。好きにしていいのですよ」

 その姿でそんなことを言われたら、我慢など欲求で消されてしまう。

 本当に良いのだろうか。迷っている自分が間違っていると錯覚してしまう。

 錯覚、なのか?

 正解が分からない。

 すり寄ってくるリーメイ。乳房の柔らかい感触、肌の温もりが伝わってくる。


 ナックは姉のリーメイに抱きついた。



 伝令の兵士がやって来た。

 馬が二頭、こちらに向かっている。敵襲かと武装を始める兵士たちに声をかける。

「大丈夫だ。たぶん、あの方だ」

 笑顔で言うスレイ。

 雄叫びをあげるラザン。待ちきれなくて走り出す。同じ気持ちだが、冷静さを保っているスレイはやや早足で。

 遊牧生活をしているある民族と行動を共にして数日、ようやく彼女と連絡がついた。

 二頭の馬に乗っているのは、イナハンに向かった兵士と、永遠の忠誠を誓った人物。

 キースだ。

 馬から降りたキースを、両手を広げて待ち構えるラザン。迷わず抱きつく。続いてスレイにも抱きつく。

 懐かしい感触。懐かしい匂い。

「ご無沙汰しております、キース様」

 スレイが言った。

「二人とも、変わりないようだな」

 微笑むキース。

 ラザンは彼女をじっと見ている。上から下まで。何度も往復する。

「ラザン、どうした?」

 首を傾げるキース。

「キース様、しばらく会わないうちに、さらに良い女になられましたなぁ」

 両手を自分の胸に持っていき、形を真似る。

「こら、止めろ。失礼だぞ」

 スレイが制す。

 口ではそう言ったが、彼も同じような事を思っていた。別れてから一年も経っていないが、より美しく、より魅力的な女性になっている。

「ラザン、すまない。こういう時どう答えていいのか分からない」

 キースが言った。

 その困ったような顔が堪らなく愛おしいのだが、あえて何も言わない。

「お世話になっているこちらの民族が、とても協力的で、いくつか天幕をお借りしております。詳しい話はそちらで」

 スレイが言った。

 うなずくキース。


 三人の姿を見ながら、不思議そうな顔をしている兵士たち。彼らのほとんどは、国を救ったキースを見るのは初めてだった。

 もっと大柄で、肌の黒い女だと思っていた。

 活躍の話だけ聞けば、誰でもそういう姿を想像する。


 天幕の中には、キースとスレイ、ラザン、兵長が数名。決行の日と詳細を話し合う。圧倒的に兵士数が少ない分、綿密な計画が必要となる。


「私はこれから北に向かう」

 キースが言った。

 予定通りなら、ウラ、サラが率いる傭兵軍が、チセンの北側に待機している。キースは彼らと合流して侵攻する。

 正規軍でなく、命を惜しまない連中だ。生存率を度外視して、チセンの中核へ侵入しようと考えている。

「かなり過酷な戦いになりそうですね」

 スレイが言った。

 クラナが同行しなかったのは、かなり危険な戦闘になるからか。納得する二人。

「キース様が少しでも早く、チセンの内部へ侵攻出来るよう、我々が暴れ回って軍隊を引き付けます」

 ラザン。

「よろしく頼む」

 気持ちが高まる。

 雄叫びを上げようと立ち上がったラザンだが、キースが何かを言いかけたので止める。その様子が滑稽で、つい笑ってしまうスレイと兵長たち。


「すまないが、私と手を繋いでくれないか?」

 キースが尋ねる。

 手を繋ぐ。

 何かの儀式だろうか。

 スレイも兵長たちも立ち上がる。

 キースの右にスレイ、左はラザン。兵長たちも加わり、輪になって手を繋ぐ。

 全員を、ひとりづつ、しっかりと見つめる。初見の兵長は、目が合っただけで緊張してしまう。

「お前たちの国が大変な時に、私に付き合わせてしまって、申し訳無い。ありがとう。一緒にチセンを叩き潰そう」


 私に命を預けてくれ。


 泣きそうになる。

 スレイとラザンにとって、これ以上ない最高、最上級の言葉。


「私の『力』をお前たちに分ける。最初は少し戸惑うかもしれないが、どうか慣れて欲しい」


『力』を分ける?

 疑問に思ったが、まじないの類いだと思って問い返さなかった。

 彼女の言葉の意味を理解するのは、もう少し後になる。


 キースとの別れ際、ラザンがもう一度彼女を抱きしめた。必要以上に感触を楽しんだのは、言うまでもない。



「コガとの境界門から、反乱組織が約千人。国外西側からプーゴル軍と多民族が八百。チセン北側より、トガイの寄せ集め傭兵軍が三百ほどでございます」

 石床に膝をつき、状況報告する『カゲ』。

「二千を越えているのか。思ったより多いな。それで、キースはどこにいる?」

 問うコルバン。

「二日前にプーゴル軍と接触しております。その後、コガに戻った形跡がありませんので、外からチセンに侵攻すると思われます」

 思案する。

「最速でチセンの核を落としたいなら、北から来るだろうな」


 傭兵は金さえ払えば何でもする。その上、自分の命も他人の命も惜しまない。


 コルバンは『カゲ』に目をやった。

「引き続き監視しろ。特にキースの行動には注意だ。城内に侵入した場合は、殺してかまわん」

「仰せのままに・・・」

 静かに後退して、煙のようにフワリと消える。

 ここは城の屋上。チセンの中で街の全景が展望出来る唯一の場所。

 コルバンは下界を見下ろす。

 兵士たちが慌ただしく走り回っている。遠征の準備がほぼ完了していたのに、これではまたやり直しだ。

 遠征兵も待機兵も、入り混じっての戦闘準備。城ならではの投石機や大砲、槍のような矢を連射できるものもある。

 城の周りには、広くて深い掘りがあり、進入経路は三本の石の橋。裏側は海に面した絶壁で、城へ攻め込むには、限られた方法しかない。

 火力も兵力も、こちらが圧倒している。

 それでも不安な気持ちは消えない。

 キースの存在だ。

 飛び抜けた強者がひとりいても、兵団単位の戦闘を揺るがすことは難しい。

 だが、キースとイリリは違う。別格だ。そこにいるだけで戦局を引っくり返してしまう。何と言うか、神に近い信仰心、存在自体が士気を高め、人に力を与えてしまう。

 彼女たちの前では、農夫は一流剣士に変貌する。

 火力や兵力が優勢でも、勝利出来るとは限らない。


「お前はどうする?」

 問うコルバン。

 離れた場所で海を眺める人影。金色の刺繍が入った、身体の曲線が強調された民族衣装を着た女。

 イリリだ。

 振り返って微笑む。

 額の『威』に似た文字が怪しく光っている。

「手間取っているようだね」

 男の声。

「問題ない、想定内だ」

 声の変化に驚いた様子もなく、答えるコルバン。

 そこにいるのはイリリだが、身体の主は別者だ。海の向こうにいる男、ラズ。全ての元凶。

「勝てそう?」

 問う。

「これから大陸全土に進出する大事な時期だ。つまずくわけにはいかない」

 コルバンが言った。

 微笑むラズ。

「ま、せいぜい頑張って。僕はキースさえ消えればいいから」

「イリリがいる。問題ないだろう」

「・・・そうだね」


 微妙な間が気になった。

 イリリが負けると思っているのか?

 あり得ない事だが、彼が不安に感じる要素があるなら、何か策を考えておくか。

 思考を巡らせる。


「じゃ、頼んだよ」

 額の文字が光を失い消えていく。


 表情も気配も変わる。イリリが戻ってきた。

「お前はどうする?」

 問い直すコルバン。

 微笑む。

「たくさん人が殺せる。当然出るわ」


 キースのいるところに。


「分かるのか?」

「近くにいれば、すぐ分かる」


 なるほど。似た者同士で共鳴し合うのか。

 コルバンは空を見た。

 今にも雨粒が落ちてきそうな、そんな空だった。



 最初に戦闘が始まったのは、コガとの境界付近、反乱組織とチセン軍だ。

 経験も装備も、チセン軍のほうがはるかに上だが、勢いがまるで違った。移動式大砲が破壊され、隊列が分断された。

 先陣を切ったのはナックだ。剣も弓矢も、彼の前では何の役にも立たない。

 中列にいるのは、クラナとカサロフ。魔法の矢が、大砲並みの火力で大地ごと吹き飛ばす。兵士たちは混乱状態。兵長の叫びは誰にも届かない。

 統制のとれた布陣が一旦崩れると、元通りになるのは難しい。

 道が開けた。

 ナックとリーメイ、そしてクラナたち。予定通りチセンの城を目指して進む。武装した荷馬車を操るのはトロエ。クラナとカサロフが乗った荷馬車を守るのはヴァサン。彼らの道を作っているのは、ナックとリーメイだ。

 兵団は何層にも配列されていたが、輪具の力を使ったナックを止めることは出来なかった。


 海岸沿いの道を進む。補給兵に救護兵。誰も彼らを止める者はいない。

 先頭のナックが片手を上げた。

 慌てて手綱を引く。

 二人で何かを話し、リーメイを乗せた馬だけが荷馬車にやって来た。

「私たちは進みましょう」

 リーメイが言った。

 トロエはカサロフを見る。

「行きましょう」

 うなずいて荷馬車を進める。

 馬から降りるナックを通り過ぎ、黒装の男を横切った。

「あいつは・・・」

 クラナが目で追う。

 女装はしていないが、あの顔は忘れない。海上飯店にいたあの男だ。

「ナックに任せましょう」

 カサロフが言った。

 不安な気持ちが顔に出ているクラナ。

 微笑む。

「大丈夫です。キース様がついていますから」

 あまり言って欲しくない言葉。

 キースを独り占めしたい彼女にとっては、納得出来ない行動だった。

『力』を分けるって、どういう事?

 真意はまだ分からないが、多人数に目を向けているのは事実だ。それがクラナを不機嫌にさせている。


「さてさて。今日は邪魔者がいません。前回の続きをやりましょうか」

 ソマリが言った。

 全身真っ黒の、伸縮性の高い厚手の服。腰に巻いているのは武器だろうか。金属のような艶をした長い得物。手足の輪具がすでに淡い光を放っている。

 ナックは・・・?

 何故か浮かない顔。

「戦場で差し向かいとは、随分余裕だな」

 ナックが言った。

「勝てませんよ」

 ソマリ。

 自分との対戦結果ではなく、全体の戦いのこと。

「武力も兵力も圧倒的です。何より、こちらにはイリリ様がいますからね」

 下を向き、微笑むナック。

「そうだよな。俺だってそう思う。以前の俺なら」

 顔を上げてソマリを見る。殺気も威嚇もない、友人と話している時のような穏やかな表情。

 首を傾げるソマリ。

「でもな、キースがいると、そんな状況が関係なくて、実現したい事が出来てしまう。一緒にいるだけで力になるんだ」

 ため息をつくソマリ。

「私はあなたと精神論を語りに来たわけではありませんよ」

 腰に手を回す。

 剣の柄のようなものを持つと、金属の帯がほどけて、甲高い音とともに、その姿をさらした。

 鞭のように長く、自由にしなる刃。初めて目にする武器だった。

「誰も来ないうちに、さっさと始めましょう」

 ソマリが言った。

 軽く腕を振る。甲高い金属音と共に、鞭のような刀身がしなる。手足のように自在に操れるのなら、間合いを詰めるのは難しそうだ。

 ソマリと対峙して、また微笑むナック。

 キースと手を繋ぎ、『力』を分けると言われた。意味を理解する前に体感で納得した。


 こういうことか。


「やはり凄いな、キースは」

 ナックの言葉に首を傾げるソマリ。先程からキースのことばかり。

「独りでは心細くて戦えませんか?」

 問う。

 返事はなく、力強い視線が返ってきた。

「誰と戦っても、負ける気がしない。全力で向かってこい」

 ナックが言った。

 緊張も不安もない。構えもせず、ごく自然に立っている。

 首を傾げるソマリ。

 多民族の集落で会った時からそれほど日は経っていないが、どこか雰囲気が違うと感じる。

 何でしょう、この感じ。

 これは・・・?

 圧倒的な力の差は感じないが、どう攻めこんでも当たらない気がする。

 これではまるで・・・

 遊びは不要。

 始めから全力で攻める。

 手首の輪具が淡く光る。青でも緑でもなく、自身の命を削る最後の段階。血のように赤い。この上ない快感と闘争心。

 人知を超えた『力』が全身にみなぎる。

「一瞬で終わらせます」

 笑みを浮かべ、ソマリが言った。

 軽く手首を動かした。鋼の鞭は常人では見えない速さで乱れ舞う。

 一歩踏み出せば、人の身体など肉片となってしまう状況だ。

 ナックは一度だけ深呼吸する。

 体内の変化を受け入れ、ソマリをじっと見つめる。

『力』を分ける、というキースの行為。

 五感やそれ以上の感覚に、キースと同じ感覚が混ざっている。

 それが何を意味するのか。

 ナックは輪具を発動していない。

 自分の感覚に、キースの感覚が加味されている。それは運動能力にも反映されていた。

 一歩前へ。

 彼の会得した武術は、地面を滑るように踏み出す大きな一歩。

 もうそこに、ソマリの目の前にいた。

 輪具の力で身体能力を強化しても、ナックを捉えることが出来なかった。

 彼の一撃がソマリの身体を吹き飛ばした。


 油断した?

 いや、ずっと見ていた。


 手首を捻る。

 鋼の鞭は意思を持つ者のように弧を描き、風を切る。乱舞する刃をどうやってすり抜けたのか。

 今度は見逃さない。

 もう、そこにいる。

 柄を離し、とっさに両手で防ぐ。魔力で強化した肉体に衝撃。

 止めきれず足が浮く。

 何が起きているのか理解出来ない。

 ナックの肘が左肩に食い込む。

 ソマリは倒れ、勢いよく地面を転がる。起き上がる前に蹴り上げられた。

 強化された身体がきしむ。

 激痛。

 ナックは動かない。

 立ち上がるソマリをじっと見つめている。

「あれ、おかしいな。輪具は発動しているに、何でこんなに痛いのでしょう?」

 自問するソマリ。

「宣言する。死にたくなかったら、もう止めておけ」

 ナックが言った。

「輪具を発動していないあなたに、何故私が押されているのでしょうか?」

 再び自問。

「俺もお前も、キースには一生敵わない。それが答えだ」

 ソマリには意味が分からない。

 何が変わったのか。何が違うのか。ここにいないキースがどう影響しているのか。力の差を体感しても納得が出来ない。

「もう一度言う。死にたくなかったら、もう止めておけ」

 ナックが言った。

 笑みを浮かべるソマリ。

「イリリ様のためなら、私の命など惜しくはありません。それに、ここで死ぬのはあなたです」

 戦闘体制。

 手足の長さを活かした格闘術。

 ナックはゆっくりと前進した。



 辺りに響く雄叫び。

 風を切る音と同時に、兵士が宙に舞い上がる。

 竜巻のごときひと振り。

 平静を装っているが、一番驚いているのは本人だ。

 その横で、両手の剣を巧みに操る男。兵団の隊列を分断しながら、イナハンの国境壁に迫っている。

 兵士の数はイナハンが圧倒的だ。しかし、個々の戦闘力ではどうか。

 槍を振る男と双剣の男の戦いぶりはどうか。戦局の全体を把握し、イナハンの兵団を翻弄している。

 プーゴルの兵団を指揮する男。

 彼もまた、戦闘の流れを理解して、的確な指示を飛ばしている。

 全ては彼女の『力』。

 そこにいなくても、共に戦っているような、不思議な感覚。

 生と死が一瞬で決まってしまう戦場で、これ程の高揚感を味わったことがあるだろうか。

 また雄叫び。

 いつも以上に感情が抑えられない。

 長年使い慣れた槍が、思い通りに振れている。向かってくる兵士たちの動きが、手に取るように分かる。

 これが得物の本来の姿。

 これが、一生涯の主君と決めた彼女の『力』。

 雄叫び。

 双剣を振る男と背中がぶつかる。

 偶然でなく故意。

 高まる気持ちを落ち着かせるため。

「ラザン、俺はどうしたらいい?」

 問うスレイ。

 いつも冷静な彼が、自分の感情に混乱していた。死と背中合わせの戦場で、これ程の高揚感を味わったことがない。それが留まることなく沸き上がってくる。

「スレイ様、簡単です。そういう時は大声を上げればよいのですよ」

 ラザンが言った。

 何故だろう。

 今日に限って彼の言葉が浸透する。

 スレイの雄叫び。

 続けてラザンも。

 プーゴル兵の士気が高まったのを肌で感じる。彼らの勢いはさらに増し、間もなく国境の壁を越えた。



 うつむき加減で目を閉じているキース。

 微笑む。

「上手くいっているようだな」

 そう言って、目を開け顔を上げる。

「分かるのか?」

 横に立つウラが問う。

 うなずく。

「信じられないが、お前なら出来そうだ」

『力』を分けた事は彼女から聞いた。説明は受けたが理解の範囲外で錯誤。この場はひとまず納得する。


 ここはイナハンの北側。荒れ果てた城跡。壁も地面も雑草が生い茂っている。かつてはここが国の中心地であったが、コガとワトシの都市まちができた頃、今の場所に移った。

 理由はふたつ。

 コガとワトシの住人はほとんどが異民族だ。彼らとはあまり良い関係ではない。戦争を仕掛けてくるかもしれない。万が一攻め込まれても守りきれる城が必要だった。今この時を予知していたわけではないが、結果的に成功している。

 もうひとつ。

 イナハンは土壌が悪く、作物があまり育たない。どうしても他国からの輸入が必要であり、異民族の二つの都市には頼りたくない。

 そこで、都市を通らず、南側のルートを確保するため、海を利用することを考えた。

 海上から船を使って物資を運搬する。そのため、都市の中心は東よりの海に近い場所に移った。

 造船技術が高いのはそのためだ。


 それにしても・・・

 兵団が三方に分散されているとはいえ、北側のここは、あまりにもお粗末過ぎる。

 イナハンの兵団はすでに全滅し、傭兵たちが、武器や鎧を死体から剥ぎ取っている。

 このまま真正面から城に攻め込むか、罠である可能性を考えて、何か策を練るか、ウラとキースが思案しているところだった。


 サラがやって来た。

「とても強い殺気が近づいてくるわ」

 遠くを見ている。

 彼女の感知能力の鋭さは知っている。

 こちらへ向かっているのはおそらくイリリ。兵士の少なさは彼女の命令かもしれない。

 傭兵たちの手が止まった。

 何度も修羅場をくぐり抜けた連中だ。本能的に危険を察知したのだろう。先程の戦いより真顔で、得物の状態や戦場の状況を確認し始めた。

「あの女の狙いは私だ」

 キースが言った。

「ウラとサラは、彼らを連れて城に侵攻して」

 二人の視線が集まる。

「加勢しなくていいのか?」

 問うウラ。

「差し向かえで戦う必要はない。三人ならすぐに片付くかもしれないぞ」

 サラの様子を見れば分かる。

 近づく殺気は相当な強者。ウラでも分かるくらい迫っている。

 キースは首を横に振った。

「クラナたちが城に向かっている。手を貸してやって欲しい」

 意思は固いようだ。


 馬が一頭。

 傭兵たちの近くに、この土地の民族衣装を着た女が降り立った。

 白髪。

 身体の曲線が強調された妖艶な女。

 イリリだ。

「皆さんご機嫌よう。次は私と遊ばない?」

 容姿はかなり魅力的だ。彼女の色香に欲情する者がいても不思議でない。

 傭兵たちは武器を構えた。

 皆気づいている。彼女の笑顔の奥にある底無しの殺意に。

 見回すイリリ。

「少しは私を楽しませてくれるのかしら?」

 イリリから目を離さない。

「相手しなくていい。俺たちは先に進む」

 ウラが声を張り上げる。

 ウラとサラ、二人を先頭に過半数の傭兵は城のある方へ進んだ。

 横を通り抜けても、イリリは何もしない。彼女の視線は、残った傭兵たちの後ろ、キースに向けられている。


「この女の首を取れば、名を上げられるぞ!」

 誰かが叫んだ。

 残った者たちは金と名誉を優先した。

 キースは後方で待機。忠告を無視したので、彼らが納得いくまで戦わせる。

 手助けはしない。

 ざっと百人。相手は独り。数では圧倒的に有利だ。彼女の実力を知る頃に、果たして何人生き残っているか・・・


「身体をほぐすには丁度良い人数ね。さ、何時でもいいわよ。死に物狂いで向かってきなさい」

 笑みを浮かべ、両腕を広げる。

 傭兵たちは思う。

 殺気は強く感じる。だが、噂通りの強者なのだろうか。彼女と対戦した者たちは、つい容姿に見惚れて、実力を出し切れてなかったのではなかろうか。

 イリリを取り囲んだが、恐怖心であと一歩が踏み出せない。

「女を待たせるなんて、駄目な男たちね。仕方ない。こちらから行くわよ」

 イリリが言った。

 傭兵たちは身構えたが、何の意味もなかった。

 気づいた時には、いや、何が起こったのか、理解する前に、次々と倒れていく。

 剣を振り上げたまま絶命。

 素手で武器を折られ、後頭部から血が吹き出した。

 何をしても、何処から斬りかかっても、イリリを捉えることが出来なかった。

 逃げ延びた者もいたが、何十という無惨なむくろが辺りに転がった。

「もう少し楽しめるかと思ったけど、これじゃぁ準備運動にもならないわ」

 イリリが言った。

 あれだけ激しい戦闘を行ったのに、ほとんど血を浴びていない。

 対峙するキースとイリリ。

「聞きたいことがある」

 キースが言った。

 イリリは首を傾げる。

「国を動かし、多くの人を殺して、その先に何がある?」

 じっと見据えるキース。

 イリリの表情は変わらない。かすかに笑みを浮かべたまま。

「そうねえ、あえて言えば『虚無』かしら。大陸の征服なんて興味ないし、私は人が殺せればそれでいい」

 目線は外さない。

「あなたはどうなの?」

 問うイリリ。

「争いのない平和な世界で生きていけるの? 人間でもプレ・ナでもないあなたが」

 近づいてきた。

 すぐ目の前で立ち止まる。

「強い力を持つ者は、尊敬され崇められる。最初はね。でも、いずれ恐怖の対象になる。どれだけ他人に尽くしても、最後は必ず裏切られる。私は皆のため、平和のために戦ったのに、いらなくなったら捨てられた」


 私は生きたまま埋められ、封印された。


「そんな私を、ラズは起こしてくれた。彼には感謝している。それなりに恩は返したつもり。今は好きにさせてもらってる」


 本能の赴くまま、殺したい時に人を殺す。

 ・・・そういうことか。


「自分の欲望のためだけに、人を殺しているのか」

「まあね。でも、何人殺しても満足出来ない。物足りないのよ。だから、ずっとあなたを待っていた。あなたならきっと、私を満たしてくれる」

 キースはイリリから目線を外し、下を向いた。

 戦場ではあり得ない行為。

「探しているのか」

 小声で呟くキース。

 顔を上げる。

「探しているのだな、自分の死に場所を」

 返事はなかったが、イリリの表情を見れば正解だと分かる。

「さあ、始めましょう。早く私を満たしてちょうだい」

 両手を広げるイリリ。

 笑顔の奥には無限の殺意。

 初戦は完敗だったが、おかげで『力』の扱い方が見えてきた。

 背中に手をまわす。

 ファロイの短剣。

 二人の身体が同時に動く。

 お互いがお互いの、先の動きを読んでいる。腕の振り、蹴り足の軌跡。全ての予測が正確で、避ける動きは最小限。

 二人で同じ演舞を舞っているようだ。美しいと感じてしまう。殺し合っているとは思えない。

 一撃が必殺。

 当たれば致命傷は免れない。

 前進、後退。傭兵たちの死体を難なくかわす。

 キースは短剣の持ち方を何度も変えて、素手の打撃を巧みに組み合わせる。イリリはキースの腕や足の振り切った隙をついて間を詰める。

 肉体を貫くイリリの拳は、あと少しが届かない。動と静が繰り返される。

「もっと本気で来なさい。こんなものじゃないでしょ?」

「お前こそ手を抜くな」

 探り合う。

 先を読む。

 変則的な神技も二人の前では意味を成さない。

 キースの手が左腰の刀に。そこにあった短剣が消える。踏み込みと同時に指で刀の止め金をはじく。

 抜刀。

 見えない力が飛ぶ。

 イリリはもうそこにいない。

『魔刀キース』。刀身の反りが少なく、先端が両刃の突きに特化した刀。キースは基本左利きだが、どちらの手でも同じように扱える。

 そして、善悪に関係なく、人や周囲から『気』を取り込んで糧とする。

 イリリは大きく距離をとった。

「怖い刀。人が使うものじゃないわね」

 初見でも分かる異質な得物。

 キースは十七才になった。彼女の『力』を縛るものはない。


 始まったのか。


 離れていても、キースの視点で情景が浮かぶ。本当にその場にいるような、自分がキースになったかのような臨場感。

 兵士たちと戦い、魔法を発動しながらも、イリリと激しく対戦する景色が見える。

 自分と、もうひとりの自分がいるような不思議な感覚。


 何か出来ないのか。


 彼女の戦いは何度も見てきた。誰よりも理解している。今までで圧倒的な強さ。それでもイリリには届かない。


 どうすれば・・・


「考えてたって仕方ない。やってみればいいのよ!」

 大声で叫んで魔法を放つ。

『力』を分けられた者たち。

 離れていても繋がっている。ならば、『力』だけでなく、何か別のものを与えられるかもしれない。


 共に戦えばいい。


 そう、与える『力』がなければ、彼女の目となり頭脳となればいい。

 彼らの意識の半分は、キースとイリリの戦いに向けられる。


 イナハンの北。舞台は城跡。

 剣術と体術。

 一撃必殺の攻撃は全てが空を切る。

 踏み込む前に、二人とも次の動きへ転じている。

 何という戦い。

 結末の恐怖など感じない、もはや芸術的な流動。

 キースに助言など必要なのか。

 いや、『力』の封印が解けた彼女と、対等に戦うイリリは、そう簡単には倒せまい。今のキースでも攻めきれていない。


 背を向ける。

 遠心力を加えたひと振り。

 刃と風圧が音を立ててイリリを襲う。刀身は届かず、手刀で風を切る。もうそこにキースがいるが、イリリは動じない。

 身をかがめ、下から蹴り上げる。

 キースの肩に少し触れただけで、防具が砕けた。

 体勢が崩れる。

 イリリの踏み込んだ足が見えていたが、間に合わなかった。彼女の拳が腹に食い込む。後ろに飛んで威力を抑えたが、足が浮き上がる程の衝撃が襲った。

 大きく距離を取るキース。


 イリリは腰に手を当て微笑んだ。

「どうしたの。あなたの力はそんなもの?」

 まともに食らっていたら、内臓が破裂していたかもしれない。痛みと呼吸が回復するまで少し待つ。

「私と対等に戦った剣士は、あなたが初めてよ。それは誉めてあげる。でも、私を満足させるには、まだまだ足りないわね」


 キースは片膝をついて、うつ向いたまま。一度深い息をする。

「一緒に戦ってくれるか?」

 小さな声。

 それは誰に対する言葉か。

 首を傾げるイリリ。

 目には見えないが、はっきりとキースの変化を感じる。


 クラナの魔法、ナックの体術、ラザンの怪力、スレイの双剣術。独りだけでは小さなものでも、全てがキースの身体に宿ったとしたら・・・?


 変化の答えを理解して、嘆息するイリリ。

「どういう術かは分からないけど、『力』を分け与えたのね」


 愚かな


「この世の全てを手に入れられる『力』。それを分け与えるなんて、正気とは思えないわ。弱者にそんな価値などない」

 小さな声。

 キースの耳にかすかに聞こえる程度。

 穏やかな口調だが、イリリは動揺していた。自分と同等の『力』を持つ者に初めて出会い、感動すらしていたのに、この女は真逆の事を考えている。


 何故、『力』を独占しない。

 何故、この世を恨まない。


「『個』の力では世界は変えられない。人と人。『繋がり』が世界を動かす力になる」

 キースが言った。

「命あるもの、全てに意味があり、唯一無二の力を持っている。繋がり合えば、それはさらに強大になる」

 右手に『魔刀キース』、左手にガガルの刀。

 気負いのない、穏やかな表情のキース。

 イリリは笑う。

「弱い者がいくら集まっても弱いまま。何も変えられないわ」


 対峙する二人。

 いや、ひとりと多数。

 そこにいなくても感じるイリリの威圧感。キースのなかで、お互いの感情が伝わってくる不思議な感覚。何より驚いたのは、彼女もイリリに対して恐怖心を抱いていること。

 どう戦う?

 思考が共有される。


「作戦会議は終わったかしら?」

 問うイリリ。

 目の前の兵士と戦いながら、もうひとりの自分がそこにいる。キースの洞察力と運動能力。これ程の『力』を得ても消えない不安。

 目を閉じて、ゆっくり息を吐く。


「お前たちの『力』、少し借りる」


 呟くような小さな声。

 離れた場所で戦う『力』を与えられた者たち。 耳元で彼女に囁かれたような不思議な感覚。

 キースが目を開けた瞬間、イリリの笑顔が消えた。

「私もあなたも、この世では異質な存在。どちらの選択が正解か、ここで決めようじゃない」

 構えない。

 イリリはゆっくりと歩き、キースとの距離を詰める。

 ごく自然に。

 何の予備動作もなく、イリリの蹴り足が顔面に迫っていた。

 キースは後退する。

 胸元に拳の打撃。

 身を捻り、回転力を加えた斬撃をイリリへ。もう背後にいる。軸足を地面に叩きつけ、滑るように移動する。一気に二人の距離が開く。

 鞘を強く握る。

 見えない「力」が刀身に注がれる。飛ばすのではなく、刃を「力」で包み込む感じ。

 両足を前後に軽く開き、姿勢を少し低く。

 イリリは笑みを浮かべたまま、ゆっくりとキースに歩み寄る。

 お互い、死闘とは思えない穏やかな表情。

 隙は一切ない。

 五感を超えたものが二人のなかで満ちている。

 ほんの少し、キースが手首を捻る。

 それが合図となった。

『魔刀キース』を振り上げる。

 刀身の軌道をなぞるように、イリリの拳がキースに迫る。

 遠心力を無視して刃は反転、イリリの腕を狙う。『魔刀キース』は切っ先が両刃、峰側でも殺傷可能だ。

 瞬速でも間に合わない。

 身体の回転で拳をかわし、水平方向での斬撃。

 イリリは次の動きに転じている。

 間合いを取れば隙を狙われる。

 魔力は身体に満ちていた。

「アターカ」

 魔力構築を飛び越して、目標を指示した指先から針のように細い魔力の束が放射された。

 視覚では捉えられない。

 イリリ、片手を振る動作。

 魔力の針は方向を変えて失速した。

 キースは踏み込んで、ガガルの刀を振り上げる。先の動きを予測しても刀身はかすりもしない。

 イリリの蹴り足。

 キースにとっては十分な間があった。女でも見惚れる長い足を切り落とす。

 刀身に感触なし。

 残像か。

 先を読むだけではイリリを倒せない。

 スレイ独特の剣術を織り混ぜても、ラザンのような力強く豪快な得物さばきを加えても、イリリの動きはぶれたりしない。

 キースがどんな相手でも素早く対応出来るのは、対戦のなかで自身を変化、成長するからだ。

 二度目の対戦で、『力』の封印が解放された状態は、キースにとって最強の条件が揃っている。

 イリリの五感を狂わせる波動を受けても問題ないし、彼女の変則的な動きにも対応出来ている。


 何が足りない?


 一瞬、メラスとファウザのことが頭に浮かんだ。

 北の地、ロフェアにいた幼少の記憶。

 剣術と弓術を少し教わったことがある。キースは四才。特別な彼女でも最初からは上手く出来ない。

 二人のどちらに言われたか覚えていないが、その一言から全てが始まり、今のキースを形成している。


 誰も初めから上手く扱うことは出来ません。まずは手にした武具とお話してください。そうです。その手にあるものと友達になるのです。

 こちらが心を開けば、この子達《《》》は必ず答えてくれますから。


 一語一句覚えている。

 意識はしていなかったが、手にした武具とはいつもそうしてきた。


 ガガルの刀とは共に鍛練した兄妹のような意識がある。

『魔刀キース』とは、何でも話せる仲ではあるが、まだ踏み込めない部分を残している。


 ・・・・今がその時なのか?


 刀身から聞こえる鈴のような音は、先端が両刃で反りが少ないからだと思っていた。


 違う。そこじゃない。


 刀の弱点を狙われた。

 刀身の横から打撃を受ける。イリリの殴打はガガルの刀を簡単に折ってしまった。

 残った左手の鞘を捨てる。


 両手で『魔刀キース』を持つ。

 善悪に関係なく、漂うものを取り込んで「力」に変える。

 生命力、魔力。全てが糧となる。

 意識もひとつの「力」ならば、『魔刀キース』は躊躇なく受け入れる。


 あとは私が心を開くだけ。


 ゆっくり後退して、軽く刀を振り下ろす。

 鈴のような音はしない。


 そう。そこが正解。


『魔刀キース』は、その名の通りキースのために鍛えられた唯一の刀。刀鍛冶サリュゲンの技術と彼女の潜在能力は、極限のなかでようやく融合した。


 剣術の基本的な型は、ガガルとの鍛練で完成している。

 あとはキースの個性を加えるだけ。

 刀に頼るのではなく、同士として共に進むだけ。


 キースの感情が入り込んでくる。

 全く迷いがない。

 これが愛するキース。

 これが生涯の主と決めたお方。

 これが絶対に追い越せない存在。


 イリリは微笑む。

 戦闘で高まる感情に、忘れていたものが混じってくる。

 一瞬でも誤ったら死んでしまう。

 怖い。

 これが恐怖という感情か。

 性欲に近い興奮。上気する身体。ずっと、ずっと待っていた。これが求めていたもの。


「やはり、あなたは私が思った通りのね。最高だわ」

 イリリが言った。

 キースは目を閉じる。大きく息を吐いて、『魔刀キース』を左手に持つ。

 構えはない。両手を降ろし立っている。それなのに隙がない。間合いに入れば終わりだ。


 摺り足で近づく。

 生身なら全身に鳥肌が立って頭痛と耳鳴りがしているかもしれない。

 本能が近づくことを拒否している。

 軸足を踏み込む。

 打撃。

 キースは多分身体を横に向けてかわした。

 蹴り足。

 確実に捉えたが何の感触もない。

 多分また寸前でよけられた。

 連打。

 後退するキースに追従する。

 届いたはずの拳に、肉体を貫通した感覚が伝わってこない。

 見えている。

 次の動きも読めている。

 何故攻撃が当たらない?

 キースが刀を両手で持って構えた。

 最上級の危険。

 下段からの振り上げ。

 避けたはずが服をかすめる。

 踏み込んでからの振り下ろし。

 袖のない肩口が少し切れる。

 キースが背を向けた。回転力を加えた横なぎ。

 首筋をかする。

 変わった動きをしていない。先読みしやすい基本的な型術。

 十分な距離を取っている。

 見誤っているのか。

 キースは鞘が身体に触れるまで引いた刀を突き出した。

 その瞬間。

 刃先が揺れている。何もかもが止まって見える。

 ゆっくりと、しかし確実に、『魔刀キース』はイリリの心臓を貫いた。

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