episode23 「協力者」

 近くで見ても、男か女か判別出来ない。

 細身で、腕も足も細く、すぐに折れてしまいそうだ。

「あなたは、どちら様?」

 首を傾げて問うソマリ。

「通りすがりの者だ」

 答えるナック。

「ここの人じゃないのに、僕と戦うのですか」

「ああ。お前を倒し、イリリも倒す」

 口元を隠し笑うソマリ。

「なぁんだ。身の程をわきまえない、ただの馬鹿ですか。久々に会いましたよ」

 軽く準備運動を始めるナック。

「イリリ様を侮辱する奴に、生きる価値はありません。僕が殺します」

 ソマリが言った。

 顔は笑っているが、目付きは鋭い。

 手が届く距離まで近づくナック。

「弟子の実力、どれ程か見せてみろよ」

「では、遠慮なく」

 構えの無い状態からソマリの蹴り。正確に頭の急所を狙う。

 腕を上げて庇う。

 体重の乗った腕の突き。

 身体を横に向けて流す。

 ソマリが視界から消える。

 低い体勢から足払い。片足で止める。

「おやおや」

 ナックの動きに少し驚いている。

 身体を左右に、ゆらゆらと揺らす。

 回し蹴り。

 身をかがめ、前に出るナック。

 伸ばした拳は届かない。

 連打。

 ソマリの手が軽く触れているだけなのに、ナックの力強い拳は失速する。

 軸をずらされて、力が分散している。

「なかなかやりますねぇ。ちょっと楽しくなってきましたよ」

 ナックの連打を受けながら、まだ余裕のある口調。

 少しだけ、輪具リングに魔力を注ぐ。

 軸をずらされても、打撃力が変わらないようにする。

 ソマリが顔をしかめる。

 受け流したのに、手が弾かれる。

 動きを変えた。大きく身体を揺らす。視覚だけでは捉えにくくなった。

 ソマリの細い腕が伸びる。よけたつもりが、何度も頬をかすめる。

 目を狙っているのか。

 すぐに折れそうな程細いのに、頬に傷を残す鋭さ。

 筋力が無くても、急所を確実に狙える正確さがあれば、それは強靭な武器となる。

 もう少し魔力を注ぐか。

「あなた、輪具をつけてますね?」

 ソマリが問う。

 驚きが顔に出てしまった。

「あれ、僕が知っていることに驚いてます?」

 笑うソマリ。

「知らないようなので教えてあげますけど、輪具ってこの世に三つ存在するんですよ」

 初耳だった。

「ひとつはあなた。ひとつは、イナハンのコガにいる反乱組織のひとり。そして、ひとつは・・・」

 ソマリの両手首が淡い光を放つ。

「僕です」

 伸ばした拳が、ナックの肩に当たった。

 骨がきしむ。

「いやぁ、こんな所でお仲間に出会えるとは思いませんでした。ちょっと驚きです」

「勝手に仲間にするな」

「知ってます? 輪具って、三つとも違うプレ・ナの骨から作られてるから、性能もそれぞれ違うんですよ」

 拳を広げる。

 指を動かすのは見せかけ。ナックが突き出した腕に絡み付く。

 ソマリの指先が頬をかすめ、血が吹き出す。

 肘を上げて、絡まった腕を払う。

 片足を叩きつけるように踏み出す。魔力と体重を乗せた渾身の一撃。

 ソマリの胸元に当たる。

 吹き飛んだ。

 並みの者なら骨を砕く。感触はあったが、決定打にはならない。

 地面を滑るように、低く飛ぶ。間合いを一気に詰めて蹴り上げる。

 ソマリは上半身を反らせてかわす。そのまま後転。続けて迫るナックの拳を片手て弾く。

 彼の動きはしなやかで隙がない。

 なかなか攻め込めない。



 蹄の音。

 武装した兵士がひとり、馬を走らせやって来た。

「ソマリ様、ソマリ様!」

 馬から降りても叫び続ける。

 ナックとソマリの攻防は止まらない。摺り足で巧みに身体を動かして、お互いの打撃を受け流す。蛇のように絡み付くソマリの腕を、ナックの鋭い動きが弾く。

 輪具の力でさらに加速する。

「イリリ様がお呼びです。至急帰還せよとのご命令です!」

 後方に飛ぶソマリ。

「これから良いところだったのですが・・・」

「大変なご立腹です。一刻も早く帰還して頂かないと、我々の仲間がまた殺されます!」

 兵士の悲痛な叫び。

 嘆息。

 張っていた肩がゆっくり下がる。

「君達が死んでも僕には関係ありませんが、イリリ様が怒ると、後が大変です」

 ナックを見るソマリ。

「続きはまた今度」

 では、また。

 兵士の言葉に、はいはい、と空返事。

 二人は馬に乗って走り去った。

 一方的に戦いを止め、再戦を決めて去っていった。

 多民族たちは勝利したかのように大声で叫び喜んでいるが、ナックは浮かない顔だ。

 決着はついていない。

 それに・・・

 輪具はひと組だけではなかった。



 右側には海原。左側には果樹園。夕暮れ時で空は朱に染まっている。

 コガに向かう者は彼女たちしかいない。

 キースとクラナ。

 夜営の道具や食料を準備してもらった。とても有難いことだが、量が多くて馬一頭潰すことになってしまった。

 一頭に二人。

 クラナはキースの背中に抱きついていた。

 彼女にとっては至福の時間。永遠に続けと願いを込める。

 キースのローブの中に手を忍ばせる。胸元でクラナの手が動いている。

「キースさぁ、最近また胸が大きくなってるよね?」

 返事はない。

 下を向いて、ちょっと苦しそうにしている。

「ほとんど同じもの食べてるのに、どうして私のは大きくならないかなぁ」

 キースが何か言ったが、声が小さくて聞こえない。

 クラナは満足そうな顔をする。ローブの中の両手は、まだ怪しく動いている。

 顔を近づけて、キースの耳元で何か囁く。

 恥ずかしそうにうなずく。

 キースはクラナにされる事に対して、ほとんど抵抗せず無防備だ。信頼している、というより、調教されている感じだ。

「馬が操れないから、やめて」

 ローブの中の手をほどく。

 キースの全てが愛おしくて堪らない。

 クラナがさらに強く抱きついた。



 コガの中心地。

 ワトシ程ではないが、夜でも人は多い。設置された燭台は、笑顔であっても影を落とし、闇の住人を呼び覚ます。

 宿屋についてすぐ、店主に説明を受けた。

「夜遊びは程々にしといたほういいですよ」

 ある時間になると、警備兵が巡回する。

 表向きは街の治安維持のため。

 だが、実際は・・・

「チセンに対して反乱を考える連中が、この街にいるらしくて、目的はそれの摘発のためですよ」

 旅人は特に警戒されるらしい。

 警備兵はチセンからの出向者が多く、場合によってはチセンに送られることもあるそうだ。

「食事をされるなら、一階に食堂がありますので、ご利用下さい」

 満面の笑み。

 しっかり宿の宣伝をする。さすが商売人というところか。 


 一階の食堂で作戦会議を兼ねた夕食。

 魚料理と肉料理。どちらも香辛料がたっぷり使われている。ワトシの屋台ほどではないが、やはり辛めの味付けだ。

 全体的に茶色で、見た目は悪い。だが、一度口に入れたら最後。止まらなくなるほど癖になる。

 隣にいるのは商売人。後ろは老夫婦。

 特に気にする必要はなさそうだ。

「探りを入れようかと思う」

 キースが言った。

 手を止めて、彼女を見つめるクラナ。

 綿密な計画を立てる、なんてことはしない。キースの行動はいつも単純で明解。

「暴れて、目立つつもりね?」

 うなずくキース。

 やっぱり。

「チセンにも、反乱組織にも分かるように。何かきっかけをつくろうかと・・・」

 少し悲しそうな顔をする。

「クラナを危険な目に合わせることになる」

 キースの手を握るクラナ。

「気にしなくていい。そんなの分かってついて来てるんだから。キースのためなら命なんて惜しくない。それに、前よりは役に立つと思うよ、私。いいえ、役に立たせて」

 手を握り返すキース。

「ありがとう、クラナ」

 笑顔。

 あぁ、駄目だ。

 そんな顔されたら、我慢出来なくなってしまう。

 キースの手を、さらに握り返す。

「その代わり、今夜は私に付き合ってもらうからね」

 クラナが言った。

 言葉の意味を理解して、下を向くキース。

「分かった。好きにすればいい」

 恥ずかしそうな顔をする。

 心臓を握り潰されたような痛みと、興奮の大波がクラナを襲った。

 キースが好き過ぎて死んでしまいそうだ。

 今すぐにでも押し倒したい気持ちを抑え込む。

 落ち着くために、食事を再開する。

 細長い野菜を口に放り込んだ。

「・・・あ」

 気づいた時は手遅れだった。

 唐辛子をまた食べてしまった。



 十年かけてようやく 計画が動き始めた。

 イナハンの首都を、コガからチセンに移すまで五年。領土拡大のため、大陸西への侵攻の許可を、高官たちから得るまでにさらに五年。

 予定以上の時間が経ってしまったが、結果的に軍事力の充実化を図ることが出来た。

 準備は整った。

 あとは実行に移すのみだ。


 開口から海を眺めるコルバン。

 ルコスを捨て、家族も弟子も捨てた。残ったのは、己の野望だけ。

 大陸全土の統一。

 多種多様な民族をひとつに出来るものは何か。七十年以上生きて、出した答えは『絶対的な力』。

 ルコスにあるか。人も軍事力も非力だ。ゲバラクの力を借りても、到底及ばない。そもそも、彼が賛同するばずがない。


 お前はまた戦争を始めるのか。


 彼なら力ずくで止めただろう。

 他の国はどうか。

 現状で可能性があるとすれば、東の国イナハンだ。元々武術が盛んな国で、軍事力も高い。

 交渉の策を練っている時、ラズの存在を知った。

 そして、人形師の作る人形の存在。


 そうか。私自身が先駆者になればいいのか。


 どういう経緯で私を知ったのか分からないが、永遠の命を条件に、ラズに協力することにした。

 彼の部下のロズが私に就いた。手足となる存在。実際は私の監視役だったのだろうが、利用できるものは使わせてもらう。

 彼は良く働いてくれた。ルコスやイーゴル、プーゴル、ドガイまで、国内を上手く掻き回してくれた。

 浮き足立っている今が好機。

 私の野望が現実となる日がやって来る。



 嫌みを含んだため息が聞こえた。

 背中を丸め、足を引きずるように歩く女。

 白髪の、身体の曲線がはっきり分かる民族衣装を着ている。腰から足まで入った服の切れ目が、惜しげもなく肉付きのよい素足を披露してしている。

「ご苦労だったな、イリリ」

 コルバンが言った。

「会議って、何でこんなにつまらないのかしら?」

 彼の隣りの開口に肘をつく。

「お前がいると、会議が華やかになる」

 誉めたつもりだが、イリリは関心なさそうだ。

「暇過ぎて、頭の中であいつらを百回以上殺したわよ」

 苦笑するコルバン。

「もう我慢しなくてもいい。好きなだけ人を殺せる」

 彼を見て、鼻で笑う。

「西へ侵攻する前に、ちょっと会いたいがいるんだけど、いいかしら?」

 平常心を装ったが、表情に出てしまった。

 微笑むイリリ。

「知ってるのよ。あなたが『カゲ』を使って、あの女の動向を監視してること」


 そして、イナハンに入国したこと。


「キースのことは、私に任せてくれないか?」

 問うコルバン。

「アーマンの弟子の時も同じこと言ってたよね。おかげで二人とも味見だけで終わったわ。元お仲間の弟子や血縁だからって、守りたいのだろうけど、今度は駄目よ。あの女は特別。ちゃんと最後まで食べさせて」

 下を向くコルバン。

 イリリにとってキースは、極上の獲物。

 庇いきれない。

「大丈夫、心配しないで。すぐには殺さないから。せっかくのご馳走なんだから、ゆっくり楽しませてもらうわ」

 コルバンの肩を叩き、石の廊下を進む。

「侵攻の日は決まっている。それまでには戻れよ」

 振り向かず、片手を上げて合図する。

 ため息をつくコルバン。

 複雑な気持ちだが、イリリに注目されたら仕方ない。例えキースがアーマンの子であろうと、プレ・ナとの混血であろうと、ガガルの弟子であろうと、彼女に勝てる確率はかなり低い。

 彼女は約二百年前、この大陸に存在した、『闘神』と呼ばれた女。武術の礎を築いたと言われている。短命でこの世を去り、埋葬された場所も不明だった。それがラズたちによって掘り出され、カマツの力で魂を呼び戻した。

 イリリの身体は人形ではなく本人のものだ。魔力は、ラズとの交信や肉体の劣化を防ぐために使っている。

 全ての武器に精通しているが、彼女はあえて素手で戦う。

 それは、少しでも時間をかけて殺すため。

 殺人を楽しむため。


 海を眺めるコルバン。

 彼は届かぬ思いを、水平線の向こうに投げかけた。


 回廊を抜け、イリリの部屋の前。

 護衛の兵士が二人、彼女を見て一礼した。

「出掛けるわ。ソマリを呼んできて」

 部屋に入りかけて止まる。

 いつもの、無駄に元気な返事がない。

 ゆっくり振り返る。

「聞こえなかったのかしら。ソマリを呼んできて」

 繰り返す。

 兵士は下を向いたまま、肩を震わせ怯えている。

 何かを察したイリリ。

「ソマリはどこ?」

 問う。

 ひとりの兵士が顔を上げようとして、隣りに仲間がいないことに驚いた。

 後ろを向く。

 回廊の真ん中にある庭に、首の無い兵士が倒れていた。

 震えが全身を襲った。

 物音を聞いて、数人の兵士がやって来た。

「もう一度聞くわよ」

 指で兵士を指す。

「ソマリはどこ?」

 後から来た兵士のひとりが手をあげた。

「ソマリ様は馬で城壁の外に向かわれました!」

 ソマリに内緒にしろと言われたが、命には代えられない。

 イリリが発言した兵士を見る。背筋が寒くなる。

「じゃあ、あなた。日暮れまでにソマリを探して連れて来なさい」

 指を向けられる。

「戻らなかったら、ここにいる全員殺すから。肉片になるまで、刻むから」


 行きなさい。


 返事だが叫びだか、分からない奇声を上げて走り出す。

 無茶苦茶だが従うしかない。

 イリリの言葉は絶対。

 兵士は死に物狂いで走った。



 コガの特徴は、街の中を整備された川が何本も流れていること。上流と下流の高低さが少ないため、どの幅の川も流れが穏やかだ。

 また、小舟は人々の交通手段として利用されている。歩いて散策するより全然楽で便利だ。両岸には屋台が立ち並び、川には船に商品を積んで売っている者もいる。


 キースとクラナは、その川の側を歩いていた。何もかもが珍しく、二人とも笑顔で話している。途中、見慣れない屋台で足が止まる。蒸し料理の店。植物で編んだ籠の蓋を開けると、白い蒸気と白い塊が現れた。

 手に取ると、それはとても白く柔らかい生地で、じっと持っていられない程熱い。

 火傷しないように注意してかじる。

 生地の中には細かく刻んだ肉と野菜が入っていた。食感といい味といい、初めての感覚。

 イナハンの料理は、どれも美味しく外れがない。


 屋台の店主に聞いた道を進む。

 この先にコガの名物があるそうだ。

 目の前の景色が広がる。そこは湾になった海。商売用の貨物船や漁船の中で、ひときわ目立つものがある。

 海上飯店と呼ばれるそれは、海に浮かぶ巨大な船の建物。宮殿のように惜しみなく豪華な装飾があり、原色を基調とした色合いの屋根や壁が目を引く。夜は昼間のように明るく、星空の海に浮いているように見えるそうだ。

「なに、これ。凄い・・・」

 思わず声がもれるクラナ。

 十を越える料理店と遊戯施設があるらしい。料金は高めなので、富裕層や国の官僚が多く利用しているそうだ。

 海上飯店に繋がる橋はない。専用の渡し船で行くか、停留している時に乗り込むかだ。

「どんな料理がでるのかなぁ。行ってみたいね」

 賛同するキース。

 きっと見たことのない豪華な料理が出るに違いない。


 宿屋の一階で夕食を済ませ、店主に街の危険地域を聞く。とても嫌な顔をされたが、詳しく話してくれた。

 宿泊料金は前払いで、あと二日分払ってある。仮に二人が帰ってこなくても、店に損はない。そう思ったのだろう。最後は笑顔で見送ってくれた。

 ワトシと同じく、コガの夜も昼間のように明るい。街中に設置された燭台が、屋台で燃え上がる炎が、星空を焦がす勢いで辺りを照らす。

 道中の広場で、見覚えのあるものが横たわっていた。

 魔法柱(プレ・コア)だ。

『マモノ』の出現で急遽工事が始まったようだ。肝心な魔法使い(プレ・タナ)はいるのだろうか。

 人通りの多い道を表通りとするならば、ここは裏通りと呼べばよいか。

 酒場や店が何軒かあるが、人通りは少なく薄暗い。

 道端に座り込んでいる者たち。

 酔っぱらって寝ている者がほとんどだが、何やら怪しい相談をしている者もいる。

 どの連中も悪人顔だ。

 クラナはそう思った。

 宿屋の店主から聞いた店。

 警備兵と反乱組織の者たちが、何度か立ち回りを起こした場所だ。

 自分の頬を何度か叩いて、気合いを入れるクラナ。

 うなずき合う二人。

 一応は対策を練ってきた。

 危なくなったら逃げる。それだけだが。


 店内は意外と明るい。カウンター席とテーブル席、ほぼ満席だ。

 店主がいるカウンターに向かうキース。

 テーブル席から、男の足がキースの前を塞いだ。

「よう、姉ちゃん。ひとりかい?」

 立ち止まったが無視をする。

 男の視線を全身に感じる。

 出入口近くのテーブルに、ひっそり座ったクラナが、男を睨みながら、呪いの言葉を連発している。

「俺は今まで色んな女を抱いてきたが、あんたみたいないい女、初めての見たぜ」

 男に目を向ける。

 軽装だが、腰に武器がある。警備兵かもしれない。

 笑う男。

「なあ、いくら払ったら、俺と遊んでくれる?」

 キースは微笑む。

「私の用事が済んだら、ゆっくり遊びましょう」

 男の頬を指先で優しくなぞる。

「へへ、待ってるぜ」

 上機嫌だ。

 店の隅で、クラナは卒倒しそう。

 邪魔な足がなくなり、キースはカウンターへ向かう。

 他のテーブルの男たちの顔つきが変わった。

 あんな男でも相手をしてくるなら、自分でも受けてくれるのではないか。

 そう思った者は多い。

 男たちは、キースに声をかける好機を見計らう。

 カウンターに座るキース。

 店主が近づいてきた。美少女ではあるが、顔つきが北の民族で、帯刀している。地元の者ではない。しかも、こんな治安の悪い場所に来ている。

 長年の経験から、只者でないと判断する。

「いらっしゃい。何にする?」

「おすすめは?」

 笑顔。

 店主は膝の力が抜けそうになる。

 警戒していても、彼女の笑顔には男心を狂わす破壊力がある。

「そうだな。薬酒なんかどうだい?」

 うなずくキース。

 店主が顔を近づける。

「あちらのお連れさんも?」

 小声で問う。

 カウンターに二人分の金を置く。

「まいど」

 金属性の小さなグラスと酒瓶。水差しとグラスが用意された。

 店員がクラナのテーブルにも同じものを運ぶ。なるべく人に気づかれないように。

 店主の配慮。

「時々水を飲んで味を消すのが、この辺りの飲み方だ」

「ありがとう」

 また笑顔。

 すぐにキースから目線を外す。

 小さなグラスに酒を注ぐ。

 飲んでみる。

 独特な味。アルコールの強さより、香りが最後まで口に残る。薬のようだが、悪くない味だ。

 たぶんこれも、飲みだすと癖になる。

 客の顔ぶれを見る。

 ほとんどが商人。ただ、顔つきや話し方を見る限り、正統な手続きを行ったものでないと思われる。

 あとは、商人でも剣士でもない者。こんな時間にこんな場所にいるのだから、普通ではない。

 あの連中が怪しいな。

 クラナが推測する。

 酒のつまみは炒った豆ではなく、野菜の漬け物。


 頃合いを見て、店主に話しかける。

「警備兵がいるが、ここで何かあるのか?」

 問うキース。

 店主は表情を変えない。

「やめときな。関わらないほうがいい」

 耳元でささやく。

 少しして、また店主がやって来た。

「反乱組織の幹部が集まっている」

 二階にある商談用の個室に目をやる。

「騒ぎになる前に、帰ったほうがいいぜ」

 微笑みで答えるキース。

 店主、何故か上機嫌。

 ロズから学んだ、女の武器『笑顔』は、かなり効果があるようだ。

 クラナに合図を送って立ち上がる。

「・・・おいおい、嘘だろ」

 階段を上がるキースを見ながら、頭を抱える店主。知らないふりをしているが、客全員が彼女の行動に注目している。

 キースが個室の扉に手を伸ばした時だった。


「今晩は」

 いつからそこに立っていたのか。

 店の真ん中に、派手な民族衣装を着た者がいた。

 細身の女性。しかし、声は低く男のよう。

 クラナがそこに立つ者と店の出入口を何度も見返す。すぐ近くにいたのに、全然気付かなかった。

 彼女(彼)は店の中を見回す。

 二階の通路にいるキースと目が合う。

「あなたがキースさんですね?」

 問うが返事はない。

 気にした様子はなく、言葉を続ける。

「初めまして。僕はソマリ。イリリ様の弟子をしております」

 客の様子が変わった。

 イナハンで、イリリの名前を知らない者はいない。コガの官僚を惑わし、多くの人を殺した。首都がチセンに移ったのは、彼女が原因だと、誰もが思っている。

「少しお時間よろしいですか?」

 ソマリが言った。


 イリリ様があなたとお話したいそうです。


 客の視線が、またキースに集まる。

 イリリが直接会いたい?

 何者なんだ、あの女?


 キースが一階に降りてきた。

「案内しろ」

 二人で店を出る。

 沈黙。

 しばらく放心状態だった客も、いなくなれば被害はないと、安心そうな顔をしている。

 何事も無かったような、元の雰囲気。

 クラナは?

 店を出る時、キースと目が合った。

 言葉を交わさなくても、彼女の考えは大体分かる。


 私だけで、上手く行くかどうか・・・


 通りすぎても誰にも止められず、クラナは二階の個室の前にいた。



 海上飯店の屋上。

 ここは星空を見ながら食事ができる。

 潮風が心地よく吹いていた。

 店の経営者は、彼女の横にひざまつき、何やら言葉を交わしている。顔からは異常なほど汗がしたたり落ちていた。

「おい、お酒をお持ちして!」

 従業員を走らせ、自分は酒を注ぐ。

 屋上には他の客はいない。

 彼女が来たことで、今は貸し切り状態だ。

「イリリ様、次はこの店自慢の歌謡演舞を披露させて頂きます」

 うなずくイリリ。

 後ろで控える踊り子たちに合図を送る。

 両脇から楽器を持った男女が、イリリの前の一段高い舞台に上がる。

 続いて、露出の多い衣装を着た踊り子たちが、イリリの席のすぐ横を通って上がる。

 最低限、恥部を隠しただけ。

 頭に布を巻き、肌が透けて見えるほど薄いストールを肩からかけている。

 演奏が始まった。

 舞台両端の二人の歌声に合わせて踊り出す。

 手足で歌詞の物語を表現し、腰を大きくくねらせる。

 目を閉じて微笑むイリリ。

「音楽は、昔と変わらないのね」

 隣りの経営者には聞こえない小さな声。

「お楽しみ頂いてますでしょうか?」

 経営者が話しかける。

 汗だくの笑み。

 彼女はチセンの最高幹部のひとり。気に入ってもらえれば、今後の経営は安泰だ。

「悪くないわね」

 イリリが言った。

 好感触だ。

 笑顔で酒を注ぐ経営者。

「お気に召した者がおりましたら、何人でもお持ち帰り下さい」

 イリリの好みは知っている。

 男でも女でも、気に入れば夜の相手をさせる。

「なかなか気が利くじゃない」

 今日のためではないが、良質の男女を集めておいて良かったと思った。


 音楽が激しくなり、踊り子たちの動きも早くなる。

 イリリは経営者と話をしている。

 踊り子のひとりが舞台の後ろに下がった。演奏者から何かを受け取り、構える。

 演舞する踊り子たちの隙間から、イリリめがけて短刀を投げる。

 まだ気づいていない。

 こめかみに命中する寸前、指二本で挟まれる。

 踊り子は弓を引いていた。

 射った。

 風と揺れ。その中での正確な狙い。

 頭、肩、足。一本も乱れない。

 そして、一本も当たらない。

 経営者を見るイリリ。

「これは、演出なのかしら?」

 青ざめた顔で、尻餅をつく経営者。

 そんなわけがない。

 恐怖で言葉が出ない。

 悲鳴を上げて舞台から散る踊り子たち。

「今日こそお前を殺す!!」

 舞台に残った踊り子が叫ぶ。

 面倒くさそうに掴んだ矢を投げ捨てて、舞台を見るイリリ。

 頭の布とストールを脱いだ女。

 見覚えがある。

「またあなたなの。しつこい女は嫌われるわよ」

 何度目かの対戦。

 反乱組織の女。演奏していた男も二人いる。

 経営者も従業員も、屋上の隅に避難していた。

 この後のことを考えると、生きた心地がしない。いっそイリリが死んでくれれば、と経営者は思う。

 まずは最小被害だ。

 イリリが本気で暴れたら、この店などすぐに沈没だ。少しでも店にが壊れませんように。

 信仰神に祈る。

 彼の横を誰かが通りすぎる。

 止めようとして、出した手と声。

 一瞬で凍りつく。

 まさか・・・

 少年のように小さな身体に紅い髪。

 最悪の最悪。

 この船から逃げたほうがよさそうだ。


「みぃ~つけた」

 無邪気な声が響いた。

 イリリが振り返る。

「おやおや。あなた、生き返ったの?」

 笑う少年。

「久しぶり、イリリ」

 踊り子は少年を見て驚く。

「・・・ロズ」

 こんな時に二人が揃うとは。

 握る拳に力を込める。

「丁度いい。手間が省けたわ。二人とも殺す!」

 踊り子が叫ぶ。

 少年、ロズは舞台に残った踊り子たちを見る。

「何か楽しそうだね」

 そう言って、首を傾げる。

 あの踊り子、どこかで見たような・・・

「私の獲物だから、手は出さないで」

 イリリが言った。

「しないよ。僕の目的はイリリだから」

「どういう意味かしら?」

 微笑むロズ。

「僕は君を倒しに来たんだよ」

 思わぬ言葉。

 イリリの表情は変わらない。

「大丈夫。そっちが終わるまで邪魔しないから」

 笑いも怒りもない。

 ラズの拘束が解けて、ロズは自由の身。

 それが彼の望みなのか。

「悪くないわ。楽しい夜になりそうね」

 舞台に近づくイリリ。

「今日こそ両親と門下生の仇を取る。覚悟しろ!」

 叫ぶ踊り子。

 あっ、とロズが彼女を指差す。

「君、あの時の。え~っと、ナックのお姉さん?」

 弟の名前を知るロズに顔をしかめる。

「そうよ。この私、リーメイがあなた達をここで倒す」

 断言する。

 何で死んだはずの娘が?

 疑問に思ったが、手足で淡く光る輪具を見て、納得した。

 そうか。あの家には二組あったのか。




 魔法柱(プレ・コア)が横たわる広場に出た。

 ソマリの足が止まる。

「君って、強いの?」

 問う。

「イリリ様が気にするくらいだから、相当なのでしょうね」

 振り返る。

「どれくらい強いのか、試させてもらっていいかな?」

 細長い手足を広げ、上体を低く構える。

 キースは動じない。

 両腰の刀を抜く素振りも見せない。

「あれれ。もしかして、見た目で僕が弱いと思ってます?」

「やめておけ。お前と戦う理由がない」

 キースが言った。

「僕はありますよ。イリリ様は大事な師匠様ですから、邪魔になりそうな人は消えてもらいます」

 ため息。

「今、『力』の加減が上手く出来ない。私にその気がなくても、お前を殺してしまうかもしれない」

 首を傾げるソマリ。

「それはつまり、僕では相手にならない、そういうことですか。益々気に入りません。殺しちゃおうかなぁ」

 手首、足首の輪具が淡く光る。

「泣いて謝っても、遅いですからね」

 軸足に力を込める。

 地面を滑るように、一気に間合いを詰める

 頭を蹴る。

 受け止めようと片手を上げるキース。

 だがそれは見せかけ。

 足を戻し、その場で回転。反動を加えた腕を振る。

 かすりもしない。

 両手を引き付けて打ち出すソマリ。上体を反らした不安定なままで、膝を上げて弾く。力を分散される。

 二歩前へ。

 拳を突き出す。横から弾かれる。

 角度を変える。

 ソマリが動く少し前にキースも動く。

 連打の突きも、足を狙った蹴りも、次々と受け流される。

「その刀は飾りですか?」

 長い腕がうねる。

 キースの腕に巻きつくように動く。

 肘を曲げてすぐに伸ばす。ソマリの腕はキースに届かない。

「仕方ありませんね。一段階上げます」

 輪具の色が青くなった。

 全ての動きが速くなる。

 ソマリの腕が伸びる。片手で弾いても、キースの身体をかすめる。

 攻撃の精度と威力が上がっている。それでもまだ攻めきれない。

 蹴りは初動で押さえ込まれ、捉えにくいはずのうねる腕は弾かれる。

 見えている。いや、腕や足を動かす前に、どこに来るか分かっている感じだ。

「第二段階」

 ソマリが言った。

 輪具の色が青から緑に変わる。

 言葉が鍵となり、魔力量を調整。全ての動き、威力がさらに上がる。

 普通は腕も足も見えない速さ。

 キースは動じない。

 掌底しょうていがソマリの肩に当たる。軽く触れただけ。

 また当たる。さっきより少し強い。

 ソマリの攻撃はひとつも当たらない。キースは目で追っていない。おそらくは感覚。感覚だけでは捉えられない速度なのだが、彼女には届かない。それどころか、自分が打撃を受けている。

 目で追える速さなのに、何故か避けきれない。

 また掌底。

 胸元に当たった。

 吹き飛ばされた。細い路地で着地する。

 ソマリは驚きを隠せない。


 なんなんだ?

 何が違う?


 キースがゆっくり近づいてきた。

「私とお前では、力の差があり過ぎる。もうやめておけ」

 はっきり言われた。

 分かってしまったが、認めたくない気持ちが勝ってしまう。こうなったら、最終段階まで上げるしかない。命を削ることになってしまうが、迷っていられない。

「第三・・・!」

 キースが突進してきた。

 背中に回した両手には、小刀があった。

 上体を反らせた顔の前を、小刀が通りすぎる。

 摺り足で後ろに下がる。

 キースは軽快な足さばきで前進して、小刀を振り、時に突く。

 それほど速い動きではないのに、かわすことで精一杯だ。

 キースが消えた。

 下から蹴り上げられる。

 ソマリの足が浮いた。

 骨がきしみ、吹き飛ばされた。どこが星空か分からないくらい地面を転がった。

 すぐに立ち上がる。

 キースは攻めてこない。

 ソマリは細い路地から、港まで飛ばされていた。彼の後ろには、金色に輝く海上飯店があった。

 屋台の店主が言ったように、星空に浮いているように見える。

 キースは小刀を革製の鞘に収める。

「さすがイリリ様が気にされている方だ。僕では到底敵いそうもありません。参りました」

 ソマリが言った。

 輪具は光を失い、存在も見えなくなる。

「イリリ様はあちらでお待ちです」

 海上飯店を示す。

 用意しておいた小舟に向かう。固定していたロープを外していると、派手な色の船が数隻やってきた。

 あれは海上飯店の送迎船。

 乗っているのは、客でなく従業員たちだ。港に着いた途端、立つこともできず這いつくばって船を降りている。

 歌謡演舞の踊り子たちまでいる。

「何事ですか?」

 経営者を見つけ、話しかけるソマリ。

 彼を見て、驚く経営者。

「ソ、ソマリさん」

 説明しようとするが、気持ちが先行して言葉が出ない。

「まあまあ、落ち着いて。もう大丈夫ですから」

 深呼吸して息を整える。

「イリリ様に歌謡演舞を観て頂いたのですが、演者のなかに反乱組織の者が紛れていて・・・」

「非公式でコガに来てるのに、どこで情報かが漏れたのでしょう」

 反乱組織の情報網を甘く見ていたか。


 それよりも、彼らの慌てぶりは何だ。反乱組織の者が百人来たところで、イリリ様を脅かすことは出来ない。

 何がある?


「それよりも大変なことが。突然ロズ様が現れました。何故だか分かりませんが、イリリ様を倒しに来たと言っておられました」


 なるほど。そういうことか。

 何故ロズ様がイリリ様と戦うつもりなのか分からないが、二人が揃って暴れるのなら、あの船は終わりだ。


 今度は、客を乗せた船がやって来た。状況を分かっていない客は、港に着くなり従業員を捕まえて、金を返せと文句を言っている。


「あそこにイイリがいるのだろ?」

 キースが問う。

 ソマリはキースを見た。

「案内しろ」

 特に気にした様子はない。

「少々予定外の事態が起きてますが、どうぞこちらに」

 小舟を指示するソマリ。

 キースに続いて乗り込もうとすると、経営者に足を掴まれた。

「あの船は私の命そのもの。どうか被害が最小限になるよう、よろしくお願いします!」

 泣いている。

 困り顔のソマリ。

「努力はしますが、暴れるのは僕ではありませんから、約束できませんよ」

「そ、そんなぁ~」

 この世の終わり。

 そんな顔をした経営者を見ながら、ソマリは小舟を漕いでいった。



 城壁の上に立ち、見渡すナック。

 五年の間に随分様変わりしたものだ。昔は多民族とも仲良くやっていたと思う。それがこの壁によって境界を作り、我が身を守るために彼らを見捨てた。

 イナハンも、元々は多民族の集まりだった。

 たまたま政治や統治に秀でた者がいて、国という形になっただけだ。

 壁の下には世話になった多民族の男がいる。

 手を振る。

「ありがとう。世話になった」

 ナックが言った。

「お気をつけて」

 男は手を振り、ナックが乗ってきた馬を連れて走り去った。

 それにしても・・・

 高い壁はあるが、見張りの兵士はひとりもいない。『マモノ』の侵入を防ぐため、高い壁を作った。

 ただそれだけ。

 イナハンの未来は大丈夫なのだろうか。


 街を目指して進む。

 直接チセンに向かってもよかったのだが、その前にどうしても行きたい場所があった。

 生家だ。

 人の手に渡っていたら、遠くからでもいい。生まれ育った家を見て、気持ちを新たにしたい。

 全ての始まりの場所。

 そして、ここで全て終わらせる。


 懐かしい香辛料の匂い。懐かしい活気。

 街の雰囲気はひとつも変わっていない。

 昼間のように明るい屋台通り。腹は減っていなかったが、誘惑には勝てなかった。

 麺をすすり、白い饅頭を食べた。

 大好きだった姉のリーメイと、よく食べに来たな。

 懐かしい記憶が甦る。


 昔と変わらぬ道すがら、あと少しが遠くなる。足の動きが鈍くなり、歩幅が狭くなってくる。

 自分が思っている以上に、生家が心の傷になっている。

 もう少し。あの道を曲がれば見えてくる。分かっているが、なかなか進めない。

 壁に手をついて下を向く。

 呼吸の乱れを深呼吸で調整する。

 まずいぞ。

 視点がぼやけてきた。

 また呼吸が苦しくなって、胸を押さえている時だった。

 誰かが道を歩いてきた。

 ナックの後ろを通りすぎかけて、足が止まった。


 気にしてくれるのはありがたいが、放っておいて欲しい。


 顔が見えないように横を向く。

「もしかして、君ナックじゃないのか?」

 問われた。

 顔を上げて、その人のほうを向く。

 隣りに住んでいたおじさんだった。

「やっぱりそうだ。ナックじゃないか!」

「お、おじさん。ご無沙汰してます」

 思わぬ再会。

「親戚の家からいなくなったって聞いて、心配してたんだよ。なんだよ、こんなに大きくなって」

 肩を何度も叩かれる。

「リーメイに会いにきたのかい。残念だけど、最近はあまり家に帰ってないようだよ。何やってるのか知らないけど、時々兵士みたいな奴を連れてきたりしてねぇ・・・」

「はぁ、そ、そうですか・・・」

 何だ?

 体調がおかしいせいか、耳まで変になってきた。今なんか、おかしな事を聞いた気がする。


 リーメイに、会いに、来た。

 リーメイに・・・会いに・・・来た?


 頭の先から雷に撃たれたような衝撃。

 振り返っておじさんの肩を掴む。勢い余って、おじさんを壁に押し当てた。

「リーメイ、姉様は生きているのか?!」

 感情が抑えられず、おじさんを激しく揺すってしまう。

「な、何言ってるんだ。リーメイは・・・」

 言いかけて止める。

 おじさんに肩を叩かれ、とにかく落ち着けとなだめられる。

「そうか。お前は知らなかったのか」

 おじさんは、当時の事を思い出しながら話始めた。

「お前が親戚の家に行った後、みんなで家の片付けをしたり、亡くなったユジンやシャロ、門下生たちの供養をしたりしてな。家の裏庭が広かったから、あそこで火葬してたんだ。そしたらな・・・」


 数日前、イリリの弟子と名乗るソマリから聞いたことを思い出す。

 輪具が三組存在すること。

 ナックとソマリ。もうひとつは、反乱組織の者が着けている。

 我が家に輪具が二組あったとしたら・・・

 あの瀕死の状態で生きているのなら、可能性はある。


 ナックはまたおじさんの肩を掴んだ。

「なな、なんだよ。話はまだ終わって・・・」

「最近、コガで何か騒ぎが起こってないか?」

 話を中断させて問う。

 おじさんは困った顔をしたが、すぐに表情を変えた。

「そういやぁ、さっき酒場で聞いたんだが、海上飯店がある湾に警備兵が集まっているらしいぜ。何があったんじゃないかって・・・」

 最後まで聞かず、ナックは走り出していた。

 おじさんは口を小刻みに動かしながら、眉間に皺を寄せた。

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