第四部episode21 「異変」

 どしゃ降りの雨の中、クラナが大声で叫んでいる。雨音で自分の声すら届かない。

 イリリが片手でキースの首を掴んだ。そのまま足が浮くまで持ち上げる。

 両手には刀身の折れた刀。腕を動かせない程衰弱したキースは、首を絞められて呼吸すら弱い。

 今にも絶命しそうだ。

 イリリの笑い声だけが異常に響く。

「よく頑張ったわ、キース」

 全身ずぶ濡れなど気にしていない。ゆっくりと指先に力を加えながら、じっとキースを見つめるイリリ。

「私をここまで追い込んだのはあなただけよ。楽しかったわ。ありがとう」

 折れた刀が手から落ちる。

 意識が遠くなる。

 愛おしそうな顔でキースを見つめるイリリ。

「可哀想に。相手が私じゃなければ、ここで死ななくてよかったのにね」

 首を傾げる。

「まだ痛みは感じるのかしら?」

 降ろしてみる。

 首から手を離すと、立っていられずその場に座り込む。頭は下を向いたまま動かない。

 キースの左腕を掴んだ。

 曲がらないほうへ力を加える。

 鈍い音。

 つぶれた声で叫ぶキース。

 口から血を吐いた。

 雨の溜まった地面が真っ赤に染まる。

 嬉しそうに笑うイリリ。

 クラナが叫んだ。

 何も出来ない。キースが息絶える姿を見届けるだけ。

 せめて楽に死なせてあげて。

 そんな事を思う自分が憎い。

「こんなに若くて綺麗なのに・・・」

 キースの顔を持ち上げる。じっと見つめて険しい表情をするイリリ。

 唇を重ねる。

 口から垂れた血を執拗に舐める。

「この綺麗な顔は汚さないであげる。身体もそれほど傷ついてないし、後で遊ばせてもらうわ。死んでも最後まで大事に使うからね」


 さようなら


 イリリの手がキースの首を掴み、力一杯握った・・・



「いい加減、機嫌直したら?」

 横並びに馬を走らせ、顔を覗きこむ。

 無視。

 嘆息するロズ。

「二、三日キースと離れるだけでしょ。あ、それとも、僕と一緒が嫌なの?」

「どっちも嫌に決まってるでしょ!」

 ますます機嫌が悪くなるクラナ。

 あぁ、あれかー

 と、軽く手を叩く。

「キースとスミが一夜を過ごしたこと?」

 ロズを睨むクラナ。

「それは言わないで」

 静かな口調だが、怒りが爆発しそうな顔だ。

「もう会えないかもしれない。そう思って許したけど、とっても後悔してるんだから」

 今度は泣きそうな顔になる。

「いいじゃん。別に減るものじゃないし」

 火に油を注いだ。

「もうあんたとは口きかない!」

 クラナは馬の速度を上げる。

「僕は沢山の男の人と、色々な事をしたよ。女の人だって、色々な人としてもいいと思うけどなぁー」


 あんたと一緒にしないで!!


 叫ぶクラナ。

 口元を隠して笑いをこらえるロズ。

 なんて面白いなんだろう。楽しくて仕方ない。

 ここはイナハンに向かう道中の平原。やや大回りして南側のルートを選んだのには理由がある。

 キースが立ち寄りたいというタギクネ村がある。それと、『マモノ』対策の城壁が南部の都市まちワトシまで建設が進んでおらず、入国が容易であること。

 それから、北部の都市チセンは、イリリたちがほぼ全域、中部の都市コガは半分くらい制圧しているが、ワトシには及んでおらず、入国に気づかれない確率が高い。

 それが主な理由だ。

 キース、クラナ、ロズの三人でドガイを出発して六日。今朝キースと離れワトシに向かっている。

 明日の夕方には着く予定だ。

 キースと合流するまでにする事は決まっている。彼女の父アーマンの従者、メラスとファウザを発見して接触すること。国の状況からして、ワトシにいる可能性が高い。見つけられなくても、手掛かりを探すこと。

 知らない土地で、敵に気づかれず行動しなければならない。

 そこでロズが役に立つ。

 クラナがロズに頼れば、の話だが。


 早足の馬から何度も落ちそうになるクラナ。

 全く乗れなかった頃に比べれば大したものだが、この速度で長時間は無理だ。

 堪らず速度を落とす。

 追いついたロズが再び並行して進む。

「イナハンに着いて何日か後にはさよなら《《》》なんだからさ、もう少し仲良くしようよ」

 一瞬だけ目を向けたが、すぐに顔を背けるクラナ。


 何の話で釣ろうか。

 やっぱりキースだよね。


「僕ね、女の人とも色々したから、楽しいこと、気持ち良いこと、沢山知ってる。キースが喜ぶことや楽しいことも、あると思うんだよねぇー」

 表情は分からないが、妙に身体が動いている。実に分かりやすい反応。

「知りたくない?」

 こっちを向いた。

「そ、そんな事で私を釣ろうとしても駄目だから。甘く見ないで」

 まだ何か言いたそうだ。

 表情に出ないよう、必死で笑いを堪えるロズ。

「で、でもまあ、どうしても話したいのなら、聞いてやってもいいけど」

 たまらず顔を背けるロズ。

 本当に面白い女。

 笑い声は押さえ込んだが、肩の揺れは止められなかった。

 罠にはまったと気づいたがもう遅い。

 赤面したまま前を向くクラナ。

「やっぱりあんたとは口きかない!」

 強気な口調だが、動揺は隠しきれなかった。



 ・・・・風が強い。

 こんな現象は珍しかった。

 ここは地理的な理由で年中風が吹かない。なのに今日に限って風が強い。

 村の集会場。

 風の仕業でない、扉を叩く音。

 若い男が立ち上がり、扉の止め金を外す。

 嵐のような風圧と砂塵。

 ローブで顔まで隠した男が会場に滑り込む。若い男は風で押される扉と格闘しながら、足も使って施錠する。

 砂まみれのローブを脱ぎ捨て、髭面の男が大きく息を吐いた。

「なんなんだ、この風は」

 水差しの水を少し飲んで、もう一息。

「どうだった?」

 長テーブルに座る男達のひとり、長髪を頭の上で束ねた男が問う。

「かなりの数だ。間違いなくこの村を目指している」

 唸る男達。

「なんでこんな日に・・・」

 今朝から空の様子が変だった。

 雨はほとんど降らない、風も吹かない。そんな場所なのに、空は黒い雲で覆われ、服がなびくほど風が吹いていた。

 良くない事が起こる前兆だと、誰もが感じた。今日は年に一度の、信仰神に感謝を伝える神事の日だった。そんな日に異変など、最悪しか待っていない。

 やって来るのは天変地異か、イナハンの兵団か。

 どちらでもない。

 北から『マモノ』の集団が迫っていた。

 この村には魔法を使える者がいない。魔法石もない。

『マモノ』を遮るものがない。

 逃げないなら戦う選択しか残っていない。

 集会場に集まった男達は村の選りすぐり。

 武器と心の準備は出来ている。死ぬ気で立ち向かえば、どうにかなる。

 全員で気持ちを高めていた時だった。

「おい、外の様子が変だ」

 誰かが言った。

 耳をすませる。

 先程まで壁や扉を容赦なく叩きつけていた音がしない。いつもの静けさ。

 若い男が扉の止め金を外し、ゆっくりと開けた。

「風が止んでいる」

 別の若い男が窓を開ける。砂が入り込んでもお構い無し。確かに風が止んでいる。

 耳の奥が締め付けられるような軽い痛み。

 いつもの静寂が 男達を不安にさせている。

「誰かいるぞ」

 窓から外を見ていた男が言った。

 村人だろうか。

 百人程度の小さな村だ。顔が見えなくても立ち姿だけで誰だか分かる。

 知らない者だ。この村の住人ではない。

 それぞれの武器を持ちながら、男達が集会場から出てくる。

 村の北側。『マモノ』の集団が近づいてくる方角に、ローブを着た小柄な人物が立っていた。

 背後の集団に気づいて振り返る。頭を隠すフードを取る。

 男達は息を飲んだ。

 この世にこんな美しい人が存在するのだろうか。

 淡い緑色の髪。大きな瞳に形の良い鼻梁。絶妙な肉付きの唇。全ての部品が美しい。美少女とはまさに彼女のこと。

 加えて、男心を引き付ける色気。この甘い果実のような匂いは、彼女のものだろうか。

 男達のなかには、この状況で性的興奮を感じている者もいた。

「迷惑をかけてすまない」

 少女が言った。

 顔を見合わせる男達。

 言葉の意味が分からない。

「『力』の加減が上手く出来なくて、『マモノ』を集めてしまった。私が何とかするから、そこを動かないでくれ」

 益々言葉の意味が分からない。

 ローブを脱ぎ捨てる少女。

 見慣れぬ民族衣装。両腰には細身の剣。臀部に短剣が二本。

 ただの美少女ではない。

 初めの印象で心を持っていかれ、武装していても警戒しない男達。

 彼女はゆっくりと歩き出す。

 村の境界を過ぎた先、少女の足が止まった。誰も何も言わない。全員が少女の行動を見守っている。

 北へ向かう道のほうから、黒い塊が現れた。

「来たぞ」

 誰かが言った。

「あの子独りでやるつもりか?」

「助けに行ったほうがいいんじゃないか」

「動くなと言っていたぞ」

 言葉が飛び交う。

『マモノ』が迫る恐怖より、少女の行動が気になる。男達は武器を持ちながら、ゆっくりと前進する。

 小柄な少女は右腰の剣に手をかけた。そのまましばらく。気が変わったのか、臀部の短剣を抜く。

「さて、申し訳ないが消えてもらう」

 少女が言った。

 本当に独りで戦うつもりなのか。

 その場で何度か軽く飛び、腕を数回まわした。

 深呼吸。

 男達も同じように深呼吸をする。

 少女は『マモノ』に向かって走った。

 その後、男達が目にした光景は、想像をはるかに越えていた。

『マモノ』の中に風が吹いていた。

 そう、まさに風のように通りすぎ、『マモノ』が次々と消えていく。

 少女は走り、回転し、跳んだ。その姿は舞いを踊っているように優雅で美しい。

 短剣のひと振りで頭部を斬り裂き、まわし蹴りで身体が吹き飛ぶ。持ち手を変えることで刃の向きを変化させて、斬り込む角度を調整する。

 動きに無駄がない。

 何故一撃で倒せるのか。疑問は少女の美しさと華麗な動きに消されてしまう。

 ある男は、口を開けたまま呆然と見つめ、ある者は、剣技の美しさに魅了され、斬られてみたいと願う。容姿の美しさそのものに見とれている者もいる。

 自分でも理解出来ない感情がこみ上げ、泣いている者もいた。

 恐怖は感じない。

 少女が全て倒してくれる。

 そんな確信があった。


 信じられないが、あの数の『マモノ』を独りで倒してしまった。

 短剣を臀部の皮製の鞘に納める。

 その動作さえも美しく感じてしまう。

 少女が戻ってきた。

「怪我はありませんか?」

 問う少女。

 聞く相手がおかしい、と思ったが、多分かなり近くで観戦していたので、戦いに巻き込まれていなかったか、という配慮だと考える。

「私は大陸の西から来たキースと言います。こちらはタギクネ村で間違いないですか?」

「そ、そうだが、何か用かね?」

 長髪の男が言った。

 何だか少女、キースの声まで魅力的に感じてしまう。

 平静を装うだけで精一杯だ。

「この村にサバサン、という人がいると聞いて参りましたが、そういう名前の方はいらっしゃいますか?」

 やはり、か。

 年に数回、この小さな村に剣士が訪ねてくる。目的はいつも同じ。

 サバサンだ。

 長髪の男はため息をつき、指をさす。

「あそこに岩山が見えるだろ。そのふもとに住んでいる」

 そう言ってキースを見る。

 なんて美しい顔だろう。それに、武具をつけていても分かる豊かな胸元。腰のくびれ。あの尻の形はたくさん子供が産めるな。

 全身に目線を注いで戻ると、キースと目が合った。

 緊張と動揺で呼吸するのが苦しくなる。慌てて目線を外す。

「ありがとうございます」

 ローブを拾い上げ、岩山に向かって歩き出す。

 足が止まった。

 振り返る。

「実は、さっきの『マモノ』に馬を食べられてしまって困っています。お金はいくらでも払うので、馬を一頭用意して頂きたいのですが・・・」

 何でそんな切ない顔をするんだ。

 胸元をギュッと締め付けられたよう。

「分かった。準備しておく」

「ありがとうございます。助かります」

 笑顔で答えるキース。

 反則だ。

 男達はキースの笑顔で、完全に心を奪われてしまった。


 男達に背を向けて歩くキース。

 ため息。

 ロズから学んだ『男心を掴む対話術』を実践してみたが、上手くいったのだろうか。

 内容は単純。

 困った時は悲しい顔で話し、礼を言う時は笑顔。 これはあくまで、キースだから成立する術で、同じことを他の女性がやっても上手くいくとは限らない。

 キースが、自分の美しさに自覚がなく、意識していないから効果がある。

 馬を用意してくれる、ということは、上手くいったのだろう。

 自己納得して岩山を目指すキース。


 岩山のすぐ近くに小屋があった。小窓から中を覗くが、人がいる気配はない。

 辺りを見回す。

 岩山にロープが垂れ下がっている。人が登れそうな足場がある。

 山の上か。

 それほど高い山ではない。

 待つか登ってみるか。思案していると、左手側から人がやって来た。

 着物のような生地の、ゆったりした服。頭に白い布を巻いており、顔は目元しか見えない。体格はかなり良いが、足取りは軽快だ。

 無言でキースに近づく。

 腰の得物をじっと見つめる。

「あなたがサバサンですか?」

 問うキース。

 返事はない。

「その、趣味の悪い業物わざものは誰が鍛えたものだ?」

 大柄な身体に似合わず高い声。

 左腰の紅い鞘の刀を見ている。

「デワンのサリュゲンです」

 鼻で笑う。

「リュウゲンとサリュゲン。兄弟が鍛えた刀を持っているのか。そんな剣士には初めて出会った」

 男は振り返って歩き出す。

 ルコスの刀鍛冶(リュウゲン)とサロワのサリュゲンは兄弟。技術を学んだ師匠が同じとは聞いていたが、兄弟だったのか。

 初耳だったが、何となくそうではないかと思っていた。

 男は足を止めて振り返った。

「俺がサバサンだ」

 片手を振る。

 ついて来い、という意味のようだ。


 彼に続いて小屋に入る。

 外から見るより広い。中央に囲炉裏があって、その上の屋根が開閉できるようになっている。入ってすぐの土間には水瓶と、色や素材の違う石が整理して置いてある。両側の壁は小窓以外が棚になっていて、片手で持てる大きさの石が、種類ごとに並んでいる。

 サバサンは草履を脱いで、一段高い板張りの床に上がる。キースも彼に習って履き物を脱いで上がった。

 囲炉裏に座れと手で指示される。

 周りは段差があって、足を伸ばして座れるようになっていた。

 キースは刀の武装を外して床に置き座った。

 サバサンは囲炉裏の灰に炭を足す。わずかに残っていた火種が炎をあげて燃える。火加減を調整すると、今度は水瓶のほうへ行き、鉄製の容器と布袋を持ってきた。キースの対面に座り、水が入ったその容器に布袋から出した乾燥葉を入れて、囲炉裏の火にかけた。

 何をするにも手際が良く、身のこなしが軽い。

「俺のことは誰から聞いた?」

 問うサバサン。

「剣術を学んだガガルから聞きました。力になってもらえると・・・」

「ガガルか。懐かしい名前だ」

 そう言って、キースの横の刀を見る。

「お前がガガルの刀を持っているということは、あいつも《《》》死んだか?」

 うなずくキース。

 薄く生えたあご髭をさすり、思案顔のサリバン。

 何を思っている。

「俺はリュウゲンの息子だ」

 不意に言った。

「刀鍛冶の仕事は継がないで、刀剣の研ぎ師をやっている」

 研ぎ師。

 初めて聞く仕事だ。

「さっきは何故小刀で『マモノ』と戦った?」

 問うサバサン。

 何処かで見ていたようだ。

「ガガルの刀では一撃で倒せないと思い、こっちの刀では『マモノ』の悪気を吸い過ぎて、剣速が鈍ると感じたからです」

 初めてサバサンと目が合った。

 心の中を見透かされているような感覚。

「自分で言うのもなんだが、俺は大陸一の腕を持っている。どんなに粗悪な刀剣でも、極上な斬れ味に研ぐことができる」

 間をあける。

 囲炉裏の火を調整する。

「但し、俺が仕事するかどうかは、相手を見て決める」

 お前は・・・

「そうだな。お前がその刀と出会ってからここまでの道のり、聞かせろ」

 意外な言葉。

「長くなりますが、構いませんか?」

 問うキース。

「朝までかかっても大丈夫だ」

 そう言って微笑むサバサン。

 キースも笑った。


 ドレイドの村でガガルから剣術を学んだこと。

 ルコスで『武術会』に参加したこと。

 戦闘民族の血をひく剣士、ザギとの死闘。

 人知の力が及ばぬロズの登場。

 サリュゲンと『魔刀キース』との出会い。

 ロズとの再戦。


 途中、囲炉裏にかけていた容器の飲み物を出された。

 飲んでみる。

 その温かい飲み物は、最初に渋味を感じ、後から甘味が広がる不思議な飲み物だった。


『聖地』へ行った話は、今まであまり表情を変えなかったサバサンでも驚いていた。

 最後はドガイでの出来事。

 ひと通り、要点だけを簡単に話した。

 時々サバサンは質問した。戦闘中の心境や刀の扱い。当時を思い出しながら、細かく説明する。

 剣術や戦闘中に考えていることなど、人に詳しく話すのは初めてだった。


 顎をさするサバサン。

 考え事をする時の癖のようだ。

「ま、いいだろう。見せてみろ」

 二本の刀を手渡す。

 ガガルの刀。

 鞘から抜いて縦に持つ。角度を変えて見る。片手を刀身に添わせて横向きにする。今度は顔を近づけてじっくり眺める。

「手入れはガガルに学んだのか?」

「はい」

「使い込まれているが、よく手入れしているな。五十年以上使って、この程度の刃こぼれなら上出来だ」

 鞘に戻す。

『魔刀キース』。

 止め金を外してゆっくり抜く。

 顔をしかめる。

「これは凄いな」

 善悪に関係なく、生命力を吸って力に変える。並みの者ならば、近づいただけで気を失ってしまう。

 ガガルの刀と違うのは、刀身の反りが少なく、先端が両刃になっているところ。

 突き技に特化した刀だ。

「こっちの刀のほうが、お前に合っているようだな」

 サバサンが言った。

 刀身を横に持ち、刃を何度も反転する。

「日が浅いせいか・・・いや、まだ扱い方に戸惑いがあるな。本来の力を出しきれていない」

 刀を見ただけで、持ち主の状態まで理解する。

 鞘に戻す。

 紅い鞘を見て、

「親父に負けないくらい良い腕をしているのだが、この装飾の趣味は好きになれん」

 苦笑するキース。

 彼女は結構気に入っていた。

 サバサンが対面からすぐ横に座った。

「手を見せてみろ」

 言われた通り両手を出す。

 キースの手首を掴み手のひらを見る。そこから肩まで、肉付きを確かめながら触る。

 刀を研ぐのに必要なのか?

 立たされる。

 途中、際どい部分も触られたが、何も言わずじっとしていた。全身の確認をされて、終わると小屋の奥に消えた。壁で仕切られた部屋がある。

 キースは座った。

 窓から差し込む光が弱くなっていた。

 日が傾いている。簡潔に話したつもりだが、かなり時間が経ったようだ。

 馬を『マモノ』に食べられてしまい、食料や夜営の道具を失っている。ここからイナハンのワトシまで三日ほどかかる。馬は何とか調達できそうだが、旅の装備はどうしたものか。

 思案していると、サバサンが部屋から出てきた。手に刀を二本持っている。黒塗りの鞘で刀身が少し短い。

 キースの横に座った。

「十日待ってくれ」

 そう言って、持ってきた刀を見せる。

 ガガルの刀によく似ている。

「仕上がるまでこれを使え」

 受け取る。

 刀身が少し短いが、やはりガガルの刀と同じ気がする。

「刀はな、本来二本ひと組で装備する。お前が持つものを本差し、その短いのを脇差しと呼ぶ。戦闘中に刃こぼれしたり折れた時の予備刀だ」

 二本ともリュウゲン作で、ガガルの刀と同じ頃に鍛えられたものらしい。

「柄の色と材質から考えて、一本は間違いなくガガルの刀の相棒だ」

 似ている、と感じたほうだろう。

 もう一本は・・・?

「それは刀身しかなくてな。柄は俺が作った。五十年以上前だから、コルバンかゲバラクの相棒かもしれん」

 渡された刀を抜いてみる。

 ひと目で違いが分かった。

 サバサンを見ると笑っていた。

「全然違うだろ。それが本来の姿だ」

 刀身が輝いている。

 絶妙な重心のバランス。軽く振っただけで、空気を斬っているような感覚。

 初めてガガルの刀と対面した時を思い出す。

「柄を握った感じはどうだ。お前の手に馴染むものを選んできたが?」

 それを確認していたのか。

 違和感はない。うなずくキース。

 嬉しそうなサバサン。

「すっかり日が暮れたな。この辺りは地形が単調で、夜は迷いやすい。明日の朝出発したほうがいい」

 咳払い。

「ここに泊まればいい」

 ここだな。

 ロズ直伝の『男心を掴む対話術』。

 キースはサバサンを見つめる。

「ありがとうございます。お世話になります」

 笑顔で答える。

 キースでも分かるくらい、サバサンの反応に変化があった。

「さ、さて、飯の支度でもするかな」

 声がうわずる。

 動揺する彼をよそに、キースは武具を外し始めた。



 彼女に呼ばれた。

 振り返るが誰もいない。

 気のせいか・・・

 十年近く独りで暮らし、彼を待っていた。

 キース達が訪ねてきてくれて、にぎやかな日もあった。元の暮らしに戻り、寂しくないとは言い切れない。そんな思いが幻聴を招いたのだろうか。

 では、この胸騒ぎは何だろう。


 キースに危険が迫っている。

 助けてやって、カサロフ。


 その声は間違いなくコンサリだった。

 『ラズ』という名の魔法使いに、彼女が連れ去られる前は、離れていても繋がり《《》》を感じることが出来た。声が聞こえた時、同じ感覚がした。

 本当に気のせいかもしれないし、異変の前兆かもしれない。

 不安な気持ちは変わらない。

 こんな事なら、一緒に行こうと誘われたとき、キース達と行くべきだった。

 遅くはない。

 そう、今からでも遅くない

 あとは私次第・・・


 気がつくと、カサロフはヴァサンの家に向かっていた。

 白い息。

 春はまだ遠い。

 今日は珍しく快晴で、日差しが心地好かった。

「おはよう、ヴァサン」

 カサロフが言った。

 彼は外で薪割りをしていた。ちらりと彼女を見たが、作業は止めない。

「今日は良い天気ですね」

 返事はない。

 薪割りの音だけが響く。

「ナックはもう出ていったのですか?」

 問う。

 ああ、とひと言。

 淡々と薪を割るヴァサン。

 カサロフはじっと見つめるだけ。

 倉庫のほうからトロエがやって来た。

「あ、カサロフさん。おはようごさいます」

 笑顔。

 ここは、『聖地』への案内を依頼する者以外、村人もほとんど訪ねて来ない。社交的なトロエにとって、来訪者は大歓迎だ。それがカサロフならいっそう嬉しい。

 何でもない会話をする。

 ナックは二日前に旅立ったようだ。よく働いてくれてとても助かった。ヴァサンが体術や剣術を教えていた。そんな事も話した。

 笑顔で話しているが、どこか上の空だと感じた。

 カサロフの視線が何度もヴァサンに向いている。

「何か、用事ですか?」

 問うトロエ。

 カサロフの様子が変わる。

 聞いてはまずかったのだろうか。

 下を向き、会話が途切れた。

「えぇ~っと、私がいたら話しにくい、ですか。では、私は家のほうに・・・」

 顔を上げるカサロフ。

「いいえ、二人に聞いてほしい事があります」

 ヴァサンの手が止まった。

「コンサリの声が聞こえました」

 驚くトロエ。

「じゃあ、コンサリさんが救出されたんじゃないですか?!」

 ヴァサンを見る。

 反応がない。

 目線を戻した。

 首を振るカサロフ。

「キース様を助けてほしい。そう聞こえたのです」

 え?、とトロエ。

 二人を何度も見る。

「私は、彼の言葉を信じて、待ち続けようと思っていました。でも、それは本当の気持ちではない。それでは何も変わらない。未来は自分で切り開くもの、だと」

 ヴァサンをじっと見る。

「キース様を追いかけようと思います。一緒に来てくれませんか?」

 驚くトロエ。

 二人を何度も見る。

 ため息。

「決めたのか」

 ヴァサンが言った。

 カサロフは、はい、とひと言。

 また、ため息。

「案内人はしばらく休業だな」

 え?、とトロエ。

 ヴァサンと目が合った。

「ジバの世話を頼める奴を探してこい」

 動かない。

 急げ!

 ヴァサンに叱咤されて、慌てて動き出すトロエ。彼は村のほうへ向かった。

 見送るカサロフ。

「お前、身体は大丈夫なのか?」

 ヴァサンに問われる。

 カサロフは彼に歩み寄った。

「あなたこそ、長旅でへばってしまいませんか?」

 問い返し、笑うカサロフ。

 いつも無愛想なヴァサンが笑った。

「準備がある。一日待ってくれ」

 彼の言葉に、カサロフはうなずいた。



 派手な足音と大声が迫っていた。

 驚きと高揚した感情が少し落ち着く。

 大きな音がした。

 廊下で転んだようだ。

 衛兵が集まってきた。


 大丈夫ですか、ラザン様!

 お怪我はありませんか?!


 その程度で怪我などするはずがない。

 むしろ、床のほうが心配だ。

 スレイは立ち上がり、衣服を整えた。

「スレイ様ぁ~!!」

 ラザンが大声で叫び、部屋に入ってきた。

 予想通りの反応で、思わず笑ってしまう。

「騒がしいな。落ち着け、ラザン」

 スレイが言った。

「たた、大変ですぞ。獣が言葉を話しました!」

 そこなのか?!

 別の意味で驚くスレイ。

「いやいやいや。それはどうでもよい。どうでもよくないが、とにかく大変でございます!!」

 ラザンの横をすり抜け、部屋を出るスレイ。

「スレイ様、どちらへ?」

 問うラザン。

「王室だ。お前も来い」

 廊下に立つ衛兵と言葉を交わし、去って行くスレイ。ラザンも慌てて後を追う。


 部屋で書き物をしていた。

 何となく顔上げると、机の向こうに野生の獣がいた。もう少し南下した地域にいる、犬に似た生き物だ。

 驚いたが慌てない。

 腰にある護身用の短剣に手をかけて、ゆっくり立ち上がる。

 誰にも気づかれず、ここまで入り込めたのなら、ただの獣ではない。キースが追う魔法使いの手先の可能性がある。

 双剣は獣の後ろにある。

 タイミングを計っていた。


 頼みがある


 獣が言葉をしゃべった。

 しかも、その声はキースの声だった。


 イナハンを叩き潰したい。

 協力して欲しい。


「信用されるのですか?」

 歩きながら問うラザン。

「敵の罠かもしれませんぞ」

 ラザンを見た。

「事実ならどうする?」

「もちろん、お助けに向かいます」

「罠ならば?」

「もちろん、我らで敵を粉砕してやります」

 笑うスレイ。

 あ、と何かに気づいたラザン。

「そういうことだ」

 おお、と感激している。

 本当かどうかなど関係ない。どちらであろうと、キースの力になればいい。

 国の復興は始まったばかりだが、急務な程ではない。

 理解のある王だ。キースも立派な功労者。彼女を助けるためなら許してくれるはずだ。


 王宮で国王への面会を待っていると、伝令の衛士がやって来た。王は密な会合を望んでいるらしい。謁見えっけんの間を通り過ぎて、王室に案内された。

 王は正装ではなく、人払いをして、部屋は三人だけになった。

「どうした、二人そろって。また女か?」

 顔をしかめるスレイ。

 ラザンは下を向いて笑っている。

「ご勘弁下さい。違います」

 二人とも昔から女癖が悪く、何度も王に平和的解決を頼んでいた。

 王が幼少の頃、二人は教育係として仕えていた時期があった。良い事も悪い事も、全て二人から学んだ。

 王にとって、二人は兄弟のようなもので、お互い何でも話せる仲だ。

「実は、お願いがあって参りました」

 二人が体験した出来事を話す。

 王の表情が変わった。


 キースのため、イナハンに行かせて欲しい。


 嘆願する。

 すぐに返事はなかった。

 顔を上げると、あまり見たことのない、厳しい表情をしていた。

 我慢出来ず、ラザンが立ち上がる。

「キース様はこの国の復興に、どれだけ貢献されたか、王もお分かりのはず。我らがここにいるのもキース様のおかげ。あのキース様が助けを求められておるこの時に、助けに行けぬとは、これ以上の屈辱はありません!」

 王は表情を変えない。

 片手をかかげ、無言でラザンを制す。

「違うのだ、ラザン」

 反対している、わけではないようだ。

「実はな、私もお前たちに頼みがあるのだ」

 風向きが変わる。

「もしや、女ですか?」

 問うスレイ。

「一緒にするな」

 嘆息する。

「地下牢に幽閉されていた時、同じ部屋だった者と仲良くなってな。素性を聞くと、彼は西国の『カゲ』だった」


『カゲ』とは、他国の情報収集のため、隠密で行動する者だ。暗殺を命じられる事もある。そのため、話術、武術など、多種な能力が要求される。


「まさか、西国がまた戦争を企んでいるのですか?」

 約五十年前にあった大戦は、西国が始めた。一時はルコスを制圧し、プーゴルまで進出する勢いだった。

 戦況が変わったのは、ある三人が参加してから。

 ガガル、ゲバラク、コルバンの三人だ。

 ゲバラクが『カゲ』として西国の情報を集め、コルバンが戦略を練り上げ、ガガルが戦場で大暴れする。

 西国優勢だった戦況が大きく動いた。三人の参加で、西国が敗戦したと言っても過言ではない。

「いや、彼はイナハンの調査に向かう途中でここの戦争に巻き込まれたらしい」

 イーゴルに滞在中、運悪くプーゴルの『カゲ』と間違えられて捕まったそうだ。

『カゲ』は本来、情報漏洩を防ぐため、捕虜されると自害するのが定石だ。

 彼は何故しなかった?

 イナハンの情報がどうしても必要だった。

 詳しくは話さなかったが、西国が他国の情報を集めて、何かを企んでいるのは確かだ。


 王の話は続く。

「幽閉中、彼と意気投合してな、今はこの国の『カゲ』として働いている」

 初耳だった。

 プーゴルの王は、まだ若いが人の心を引き付ける力を持っている。西国の『カゲ』が寝返っても不思議ではないと思った。

 本題はここから。

「彼にはイナハンの調査を依頼していて、つい先日帰国した」

 大陸で最も西にある西国が、最も東にある国イナハンを気にしていた。

 何かあると王も考えた。

「それで、良くない情報を持ち帰った」


 イナハンが大陸全土の国を制圧しようとしている。


「なんと!」

 思わず声を張り上げるラザン。

 イナハンの軍事力は、大陸一だと噂されている。もしその情報が本当ならば、先の大戦以上の事が起きる。

「で、我らに頼みとは?」

 問うスレイ。

「イナハンはまだ進軍を反対する者も多く、内乱が続いており、国の情勢は不安定らしい」

 そこで、先手を打とうと思う。

「お前たちには、兵団を率いてイナハンの計画を阻止して欲しい」

 話が大きく展開した。

「但し、イナハン側に気づかれないよう、慎重に進めなければならない。少数精鋭で、なおかつ兵士たちには目的を伏せて行動して欲しい」

「なかなか厳しい条件ですね」

 思考をめぐらせるスレイ。

「まあ、あれだ。結果的にそうなればいい、というだけで、現地での判断はお前たちに任せる。キースに協力しようと、彼女のために兵団を使おうと、好きにすればいい」

 キースはイナハンに向かっている。

 目的は母親の救出。

 阻止しようとしているのは、魔法使いの仲間たち。

 仲間たちは、進軍しようとしているイナハンにいる。

「キース様を利用するつもり、なのですね」

 スレイが言った。

「悪く思うな。お前たちにがキースを大切に思っているのも分かるし、私だって恩を感じている。しかし、私はこの国と国民を第一に考える。国の平和を守るためなら、利用できるものは、何でも利用する」

 国王として、正しい判断だと思う。

「スレイ、ラザン。やってくれるか?」

 問う国王。

 二人は姿勢を正し、頭を下げる。

「身に余る光栄。喜んでお引き受け致します

 」

 うなずく国王。

 ただし、とスレイが頭を上げた。

「国王のお言葉通り、現地での判断は我らに任せて頂きます」

 微笑む。

「よろしく頼む」

 雄叫びとともに、ラザンが立ち上がる。

「何だか身体が熱くなってきましたぞ!」

 意味もなく腕を振り回す。

「お前は昔から変わらんな」

 国王の言葉。

 嬉しい気持ちが最高値になると、大声を上げて踊り出す。

「では早速準備を始めます」

 スレイが言った。

 ラザンを部屋から引きずるように連れ出す。

「スレイ様、私はもう楽しみで楽しみで、仕方ありませんぞ!」

「それは私も同じだ」

 喜びを噛み締めるスレイ。

 喜びを全身で表現するラザン。

 二人が高揚しているのは、兵団を率いて戦えることではない。

 キースと再会し、共闘できること。

「分かっていると思うが、これは隠密で行動しなければならない」

「もちろんです。こう見えて、隠密行動は得意でございます!」

 高まる気持ちが身体の外まであふれている。

 苦笑するスレイ。

「お前、キース様に笑われぬよう、しっかり鍛練しておけよ」

「いつでもキース様にお貸しできるように、毎日の手入れは万全でごさいます!」

 キースに自慢の槍を貸すことが前提になっいる。

 また雄叫びを上げるラザン。

 スレイは苦笑した。



 リノーズでの時間は、ナックにとって実のあるものだった。

 ヴァサンは無口で、ナックなど眼中にない態度だったが、部屋も食事も用意してくれた。直接にはしない。トロエが彼の代理役。

 ひと月くらいは家事やジバの世話をしていた。

 仕事の依頼があった。

『聖地』への案内人の仕事だ。

 同行を許された。

 案内を終えた頃から、少しずつヴァサンの様子が変わった。


 彼がガガルのもとで修行したのは一年か二年。大抵の事は、一度見れば出来る才能だった。

 素行が悪く、破門された。

 本人はそう言っているが、本当にそうだろうか。一緒に暮らすトロエは、別の理由があったと思っている。

 だが、ヴァサンが何も言わず、トロエも深く詮索するつもりはないので、真実は不明だ。


 ヴァサンは時間を見つけては、ナックの指導をした。

 ガガルから学んだこと、独学で得たもの。言葉は少ないが、丁寧に、ナックが理解するまで付き合った。

 繰り返すこと、積み重ねることで、ヴァサンの言葉を理解し、自分のものにしていった。

 約三ヶ月、ヴァサンの指導を受けた。

 輪具りんぐの力に頼り過ぎていた。大事なのは精神的な部分。

 新ためて気づかされる。

 自分の中に眠っていた何かが目覚めた。


 旅立ちの日。

 ヴァサンに言われた。

「張り合おうとするな。アレは特別だ。己の道を進めばいい」

 キースと出会ってから、ずっと彼女の背中を追いかけていた。

 必要ない。

 ようやく理解した。


 リノーズからイーゴルを通らず、山間部を抜けた。『聖地』のサロワを倒したせいか、ノマ(魔獣)には出会わず、順調に旅が進んだ。

 多民族が暮らす平原。

 五年前と変わらない。

 変わったのは、『マモノ』と呼ばれるノマが発生していること。

 そして、多民族が殺気立っていること。

 イナハンが、『マモノ』対策のため、国境に城壁を建設していた。

 自分たちだけ守り、多民族には手も貸さない。それどころか、イナハン北部の都市、チセンの高官が、無差別に殺人を犯しているらしい。

 名前はイリリ。

 弟子をひとり連れて平原に現れ、己の欲求を満たす為だけに人を殺す。

 ある民族の村で宿を借りていたナックは、偶然にもその場に居合わせた。

 ただ、いつもなら二人でやって来るのに、今回は弟子だけ現れた。

 村の代表と話がしたいという。


「いつもうちの師匠が迷惑かけてごめんなさい。これ、少ないですけど、何かの足しにして下さい」

 背負った袋を渡す。

 どうやら現金が入っているようだ。

「ふざけるな。金なんかで納得できるはずないだろ。こっちは大事な命を、お前たちの気まぐれで奪われているんだ」

 怒りが爆発しそうなのを、何とか押さえ込んで、静かに話す代表。

 弟子は困り顔。

 見た目は女性だが、声は男みたいに低く太い。

 女装しているのか。

 村人に紛れて様子を伺うナック。

「困りましたねぇ。どうすればいいのかなぁ?」

 村人が囲む。

 みんな武装している。

「やっぱ、そうなっちゃいます?」

 指を使って人数を数えている。

「百人・・・百五十人てとこですか。僕は人を殺すのは好きじゃないですけど、いっそ全員殺しちゃいますか」

 村人たちは距離を取り、剣を抜き槍を構えた。

 雰囲気で分かる。

 コイツは並みの強さじゃない。村人百人程度、本当に殺してしまう。

 ナックは村の代表者に近づいた。

「やめたほうがいい。気持ちは分かるが、命を無駄にするな」

 小声で話しかけるナック。

「ナックさん。申し訳ないがこれは私たちの問題だ」

 肩に手を置くナック。


 俺が戦おう。


 驚き顔をすり抜けて、村人たちの中から歩み出る。

 不思議そうな表情の弟子。

「村人には手を出すな。俺と遊んでみないか?」

 そう言って、ナックは微笑んだ。

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