episode20 「東の国」

 鍔迫り合い。

 力負けしていないガガル。

 離れて仕切り直す。キースは中段、ガガルは下段の構え。

 ゆっくり、動きを確めるように距離を計る。

 キースが先に動く。一歩踏み出し、一気に距離を詰める。突きだした『魔刀キース』は、振り上げたガガルの刀で弾かれる。その力を利用して身体を回転。刀を横に振り抜く。

 二歩後退して避けたが、刀身が近くを通るだけで、生命力を持っていかれそうになる。


「まともな者が使う刀ではないな」

 ガガルが言った。

「弟子にまともじゃない、って酷いな」

 キース。

 全力で振り抜く刀を、受けて流す。力を分散される。不意をついても避けられる。お互いがお互いの技と癖を知っている。

 キースから離れた。

 刀を鞘に納める。

 腰の後ろに両手をまわす。

「試してみたい。ガルじいに通用するかどうか」

 キースが言った。

 鞘から抜く小刀二本。

 ガガルは、ほう、とひと言。

「体術を主とした戦法か。お前向きかもしれんな」

 キースが走った。もう両手に小刀はない。

 回し蹴り。

 身体を屈めるガガル。目の前に刀身が

 迫っていた。足を踏み出して避ける。低い姿勢からの蹴り。届かない。ガガルの動きには無駄がなく、熟知していても捕らえにくい。

 小刀を鞘に納める。

 キースが腕を突き出した。

 ガガル、刀を振る。

 腕を引く。小刀がそこにある。

 金属音。火花。

 手先で小刀が回転し、いつの間にか消える。

 打撃と斬撃を負荷なく切り替える。

 体術の中に剣術が混ざり、剣術の中に体術が加わり。小刀は刀身が短いので小さな動きで扱える。柄頭も柄を握る拳も武器となる。

「初動が遅いな。見切りはまずまずだな」

 多様な技を受けながら、動きの分析をするガガル。それに対応して、キースは技の修正をする。

 対決なのか、修行なのか。

 上段から振り下ろす。

 キースは両手の小刀を交差させて受ける。そこから突き上げて、ガガルの体勢を崩す。

 首を狙う。

 柄頭でキースの腕を押す。軸がずれて狙いは外れ、力は半減する。

 ガガルの腕を掴んで肩にかけた。身体を引き寄せ投げる。ガガルは見事に宙を舞った。

 慌てないし逆らわない。

 何事もなかったような着地と姿勢。

 キースの双剣が迫る。

 勢いを後退で流す。身をよじって小刀をかわし、刀で受けて火花が飛ぶ。

 どの角度から攻撃しても、ガガルの身体の軸はぶれず、一撃も届かない。

 全ての動きを理解して吸収する。

 一歩の歩幅を調整する。

 振り抜く速さに変化をつける。腕のしなり、身体の使い方。

「相変わらず、お前の目の良さには感心する」

 激しい攻防の最中、微笑むガガル。

 均衡が少しずつ崩れていく。

 小刀が消える。

 左腰の鞘を持ちながら、距離を取る。

 抜刀。

 目には見えないものが飛ぶ。

 そこにガガルはいない。

 彼の得意技、『瞬動』だ。

 突然現れても動じない。間合いに入れば気配で分かる。

 刀が交差した。

 鍔迫り合い。

 二人とも笑っていた。

「どういう術でワシがここにおるのかは分からんが、お前の成長を見ることが出来た。もう教える事はない」

 ガガルが言った。

「いつか、ガルじいのところに行くから」

「慌てることはない。こっちには知り合いがおるでな」

 微笑む二人。

 間合いを取る。

 じゃれ合いは終わり。ここからはお互い全力を出す。


 たがを外せ。


 自分の戒めを解く言葉。

 魔力ではない力がキースの全身に満ちる。

「本気を見せてみろ、キース」

 ガガルが言った。

 どこで息をしているのか。

 二人の剣速は尋常ではなく、攻防は止まらなかった。

 不意をついても受けられ、火花が散った。

 手足の打撃を加えても、背後に回って刀を突いても、決定打はひとつもない。

 向き合う二人。正面からの打ち合いは実力の差で決まる。

 刀が交錯する。

 力強くしなやかな刀さばきは、強撃を半減させる。

 今のガガルは全盛期並みの実力。キースはそれを凌駕しようとしている。

『魔刀キース』は、刀身の先が両刃で、突き技に特化している。ガガルの刀より反りが少なく、直刀としても扱える。

 右手は鍔に近く、左手は柄頭に添えた。

 ガガルの胸をひと突き。

「見事だ」

 ガガルが言った。

 大きく息を吐くキース。その表情は笑顔か悲哀か。複雑な感情がそのまま出ている。

 ガガルに痛みはない。

 身体全体が色褪せて、砂のような粒となって風に舞い始める。

「東に向かうのか?」

 ガガルの問いにうなずくキース。

「イナハンの外れ、南側の小さな街にワシの知り合いがおる。訪ねるとよい。お前の力になってくれるばずじゃ」

 街の名と人の名前。

 ガガルの姿が薄くなる。

「また会おう」

 輪郭が消えた。

 ガガルの刀と鞘が落ちる。

 キースはしばらくその場から動けなかった。



 オルギーの剣術は豪快だ。攻撃は最大の防御。そもそも防御という考えがない。並外れた体力で、ひたすら剣を振る。

 相手に休息を与えない。

 ウラがナギナタを手にしたのは、師匠の攻撃から少しでも間合いを取るためだ。

 二本の長刀が容赦なく襲いかかる。

「おらおら、どうしたどうしたー!」

 オルギーの気迫のこもった大声。

 防戦一方のウラ。

 強い。

 オルギーに弟子入りした頃は、酒がないと手足が震えるような身体だったが、これが本来の実力なのだろう。

 ガガルたち三人がいなければ、世に名を残す程の剣士だと、ウラは思っている。

 力任せに刀を振っているように見えて、しっかり人の急所を狙い、相手の動きに合わせて、二本刀の力加減を変えている。

 底無しの体力と腕力。

 頭上から振り下ろされる二本の長刀を、ナギナタの長い柄で払う。細かい足の動きで身体を左右に揺らす。

 初見でないからこそ出来る動作。

 しかし、受け流すのも限界がきていた。

「私は、師匠と出会えた幸運に感謝しております」

 ウラが言った。

「あちらの世界で、二日酔いがあるのか知りませんが、お酒は程々にして下さいね」

 鼻で笑うオルギー。

「生意気になりおって」

 摺り足で素早く後退するウラ。

 オルギーの動きが止まる。ウラの構えが変わった。攻撃を受け流すのではなく、一撃必殺の型だ。

「面白いじゃないか。俺を倒してみろ、ウラ」

 オルギーは両手を上げた。

 知っている。

 これはさらに加速した連打の構え。

 行くぞ!

 長身の体型で長刀の攻撃。一歩で間合いが詰まる。

 長い得物は懐に入られると対処が難しい。オルギーの連打はそれを補うための方法であり、ウラのナギナタにも方法がある。

 両手を広く持ち、ナギナタを身体に添わせた。刃を下に柄尻を前に。

 オルギーが右手の長刀を振り上げた瞬間、大きく踏み込んだ。素早くナギナタを押し出して、柄尻を右腕の関節に当てる。

 オルギーの動きが一瞬止まった。

 身体が触れるくらいまでの間合い。

 ナギナタを反転させ、刃がオルギーの目の前に迫っていた。

 左手の長刀が来る前に下から振り上げた。

 体重の乗ったひと振りは、オルギーの左手首を斬り落とした。

 引き戻したナギナタの刃先が、オルギーの胸元で止まった。

 ためらうウラ。

「成長したな、坊主」

 腕を下ろすオルギー。

「次に会うときは、良い酒を持ってこいよ」


 サラによろしくな。


 目を閉じて下を向くウラ。

「はい!」

 気迫のこもった返事。

 全身全霊。

 ウラの一撃はオルギーの胸元を貫いた。



 師弟対決が終わってしばらく、辺りの景色が変化した。輪郭が曖昧になって、全体がぼやけて見えた。

 再び匂いのない煙が立ちこめた。

 感覚に狂いはない。いや、そう感じるだけで、実際は狂わされていたのかもしれない。

 煙が消えて遺跡の洞窟が現れると、キースとウラは、隣り同士で立っていた。

 目の前に老人が横たわっている。

 老人の姿をした人形だ。既に生気はなく、動かない。恐らく死者を呼び出すことが老人の能力で、それを倒したことで絶命したのだと思われる。

 キースとウラ。無言で足元に落ちた武器を拾う。

 感情の整理がまだ出来ていない。

「さて、行くか」

 ウラが言った。

 キースはうなずき奥へと進んだ。少し遅れてウラも続く。

 ここまでで三人。キースは五人の人形と対戦している。

 果たしてあと何体いるのか。

 警戒しつつ、二人はさらに奥へと進んだ。



 カマツの手が止まった。

 変なうめき声を上げて頭を抱える。

「何ということだ。ケマンまで殺られるとは」

 護衛のために三体の人形を作った。

 砂を自在に操るトセイヤ。少しだけ時を戻せるジナ。相手が脅威と感じている者を呼び出せるケマン。

 三体いれば万全だと思っていた。

 いくら良い霊体を呼び出しても、人形では限界があるのだろう。

 イリリを越えることは出来ない。

 彼女は特別だ。唯一本人の肉体を使って再生している。

 その方法では彼女を再生出来ない。

 もう少し。

 もう少しなんだ。

 目の前のはめ絵を見つめる。

 この組み合わせの中に、プレ・ナの魂を定着させる技術があるはず。

 生殖機能を捨てた代償に、何百年と生きられる身体を得た。元は人間だ。失敗もあっただろう。その過程に、魂を別の肉体に移植する方法があったと、カマツは考えている。

 十年近くかけて、少しずつ断片的なものが見つかった。あとはそれらを繋ぐ何かがあれば。

 もう少しなんだ。

 すぐそこに、手が届きそうな所まで迫っている。

 邪魔されたくない。

「あとはお前だけが頼りだ。誰も近づけるな」

 振り返りもせず、カマツが言った。

 結晶のように透き通った岩に座り、小刀を弄んでいる赤髪の少年ロズ。

「ねえ、カマツ。ひとつ確認しときたいんだけどさぁ・・・」

 少し待ったが返事はない。

「カマツが死んだら、僕も死んじゃうのかなぁ?」

 うめき声?、のような音。

 カマツはロズの問いに答えるのさえ面倒なようだ。

「私にはアイツのような拘束魔力はない。私が死ねば付加能力は無くなるが、お前は死なない」

 早口で答える。

 作業の手は止めない。

「ふーーん、そうなんだぁ」

「魂の維持には魔力が必要だが、大気中の魔力で賄えるようにに改造したからな」

 はめ絵を動かす音だけが響く。


 ふーーん、そうなんだぁ。


 同じ言葉を繰り返す。

 ロズは笑みを浮かべいた。



 状況を理解するのに、少し時間が必要だった。

 巨大な穴の中に通路を発見して進んだ。異質な光を放つ横穴。奥を目指した。

 祭壇のような、異様な形の物がある。それには一瞬も触れず、視線は一点に集中した。

 倒したはずのロズがいた。

「やあキース。久しぶりぃー」

 赤髪を揺らす勢いで手を振る。

 ウラは初見で危険を察知した。戦闘体制をとる。

 何故、とは聞かない。

 人でないなら生き返ることも可能だろう。

 トセイヤもそうだった。

 祭壇に目を向けるキース。

 大きな鏡の横。

 コンサリによく似た人形と、もう一体。手足の無い、頭を布で覆った物。言葉にならない声を喚き動いている。人ならば多出血で死んでいる状態だ。あれも人形で恐らくはカマツという人物だろう。

「ひと足遅かったね」

 ロズが言った。

「カマツは僕たちを作れないようにしたよ。あ、殺しちゃ駄目だからね。僕の能力が無くなっちゃうから」

 ロズを見る。

「どういうつもりだ?」

 問うキース。

「前はさ、元主の魔力で自由が無かったけど、今回は僕の好きに出来るんだ」

 結晶のような岩から立ち上がる。身構えるウラなど気にしていない。平気でキースに近寄る。

 目的は何だ。

 なぜ、生みの親であるカマツをあんな状態にしたのか。

「僕はね、強い相手と戦う事がとても大好きなんだ」

 両腕で自分を抱きしめる。

「こうして生き返って、自由を得たんだ。ひとつくらい願いを叶えてもいいと思わない?」

「多くの人を巻き込んで、殺しておいて、何を言っている」

 キースが言った。

「これからイナハンに行くんでしょ? 」

 ロズが問う。

「あそこにはイリリがいる。彼女を倒さないと海は渡れないよ。残念だけど、君ではイリリに勝てない」


 僕がイリリを倒してあげるよ


「イリリと対戦するのが、僕の望みなんだ」

 思わぬ言葉。

 攻撃的でないと判断して、ウラは構えを止める。

「君は確かに強いけど、圧倒的じゃない」

 ロズが言った。

「私に負けたお前が勝てるのか?」

 問うキース。

 笑顔で両手を広げるロズ。

「見た目は同じだけどさ、カマツが良くしてくれた。前より強いよ」


 試してみる?


 殺気は感じない。言葉だけの徴発だ。

「君は目的のために僕を利用すればいい。僕はイリリと対戦出来るし、君は海を渡れる。いいと思わない?」

 満面の笑顔。

 あどけなさの残る少年の顔に邪心は感じない。

 ウラはキースを見た。後ろ姿だが思考を巡らせているのが分かる。

 考えているのか。

 考える必要があるのか。少年の言葉をそのまま信用してもいいのか。

 沈黙がしばらく続いた。

 キースから殺気は感じなかった。


 予想外な出来事も、程度を超えると反応出来なくなる。

 クラナがまさにそうだった。

 本能的にサラの後ろに隠れたが、キースの言葉を聞いて、何とも言えない表情になっていた。

「あぁ、これは夢だ。うんうん、悪い夢を見ているんだ」

 現実逃避を試みるクラナ。

「ロズも連れていく」

 同じ言葉を繰り返すキース。

 本気のようだ。

 いろんな感情が混ざり合い、返す言葉が出てこない。

「これからの予定だが、早速イナハンに向かうのか?」

 ウラが問う。

 すぐに返事がない。

 キースは迷っていた。

 振り返ってロズを見る。

「イナハンまで連れていくし、イリリとも対戦させる。だがもし、お前が殺られたら、私が倒さなければならない」

「うん。ま、そうなるよね」

 微笑むロズ。

「イリリのこと、全て教えてもらう。それが条件だ」

 嘆息。

「全然いいけどさ、知って後悔しないでね」

 キースを見るロズ。

 強い目。不安など感じてないようだ。

 今度はウラを見るキース。

「しっかり準備してからイナハンに向かいたい。どこか長期で滞在できる場所を知ら

 ないか?」

 キースが問う。

 ウラとサラは目を合わせ、互いにうなずく。

「場所は知っている。ただ、教えるには条件がある」

 ウラの言葉に笑みを浮かべるキース。

「想像はつくが、一応聞いておこうか」

 ウラも笑みを浮かべた。

 なんだか取り残されている気がする。

 クラナととスミは顔を見合わせて思った。



 仕上がり具合を確認しようと、小屋から外に出た。

 太陽の光を浴びた刀身。波紋と呼ばれる模様は刀独特のもの。

 一瞬で顔を伏せてため息をつく。

 普通の剣士なら、手入れをきちんとすれば何十年と使えるだろう。

 キースならどうだ?

 またため息。

 切り株に座り込む。

 彼女と出会い、彼女の剣技を見てから、全てが変わった。

「魔刀キース」を超えるものを作りたい。

 十年かけて、持てる技術全てを注いだ。それを超えてみたい。

 空を見上げて笑う。

「こんな老いぼれに、まだ欲があるとはな」

 独り言。

 荒い息づかいが聞こえる。

 誰かがこの小屋に向かって、坂道をかけ上がっている。

 あれは・・・!

 目の前でへたり込む肌黒い女性。

 数ヶ月ぶりの再開。

「ただいま戻りました、師匠」

 スミが言った。

 水差しを持ってくるサリュゲン。

 口から溢れるのもお構いなし、喉を鳴らして水を飲み干すスミ。

 ようやく落ち着いた様子。

「お前、独りで帰ってきたのか?」

 問うサリュゲン。

 盗賊に襲われることだってある。ノマに限らず、野生の危険動物もいる。独り旅は安全ではない。

「ドガイで傭兵を二人雇って帰りましたが、途中で強姦されそうになったので、殴り倒してきました」

 吹き出しそうになる。

 キースとは比較にならないが、スミは剣術、体術の心得がある。

 ふと、スミの異変に気づく。旅立った頃と比べて荷物が少ない。

 山程持っていった武器はどうした?

 自身で鍛え上げた自慢の作品だったはず。

「あぁ、あれですか」

 と、感心なさそうに答え、

「あんなもの、何の役にも立ちません。ドガイに捨ててきました」

 売ってしまったということか。

 それより、と眩しいくらい輝いた瞳でサリュゲンに近付くスミ。 後ろ向きに倒れそうになる身体を、彼女が支持する。

「東で戦争が起きます。大量の武器が必要になります。のん気にしていられませんよ、師匠」

 旅の荷物はそのままに、スミは作業の準備を始める。

「少しでも多くの武器を。でも品質は落とさない。より良い物を心掛ける」

 呪文のように同じ言葉を繰り返す。

 肝心な事を忘れている。

 旅の目的は何処にいった?

 キースから鍛える刀のヒントをもらう旅だったはず。

「キースはどうだった?」

 問うサリュゲン。

「一緒に旅をして、何か得るものがあったのか?」

 スミの手が止まる。目を閉じて深呼吸する。

「キース様は凄いです。あれ程の実力を持ちながら、常に進化しようと鍛練されている。あの方に追いつくには、並の努力では絶対無理です」

「キースの武器を鍛えるのがお前の夢なんだろ。叶わないとあきらめてしまったのか?」

 スミがサリュゲンの方を向いた。

「とんでもありません。むしろ、思いが強くなりました」

 笑うサリュゲン。

 強い目だ。感情がこっちにまで伝わってくる。

「必ずキース様に認めてもらえる武器を作ります。そう、絶対に。何がなんでも作ってみせます」

 ですが、その前に。

「今出来ることを。キース様の力になることをしなくては」

 スミの強い目が、またサリュゲンを見た。

「キース様はこれから東の国イナハンに向かいます。恐らく、国が崩壊する程の騒ぎになるでしょう」

 いくらキースが優れた剣士でも、国と戦って勝てるはずがない。

 東の国イナハンは、大陸でルコスの次に大きな国。軍事力では大陸一かもしれない。

 キースと仲間数名では到底敵わない。

 そこで疑問が浮かぶ。

 何故大量の武器がいる?

 誰のためのものだ?

「ウラさんとサラさんが、ドガイの元兵士達を集めるそうです。それと、プーゴルの剣士さんに知り合いがいるから、応援を依頼すると聞きました」

 ウラとサラ、それにスレイとラザンか。

 なるほど。面白いことになりそうだ。

 戦争が起これば、多くの命が消える。悲しい事だ。分かっている。分かってはいるが、武器職人にとっては稼ぎ時。好きなだけ作ることができる。

 先の大戦時代を思い出す。

 勝手に顔がニヤけてしまう。

「あ、それと、ドガイのファロイさんにも一応声をかけておきました」

「夜逃げのファロイか。元気にやってたか?」

 元弟子のファロイ。

 腕の良い職人だった。それだけに多くを求めてしまった。言い争う事が何度も続いた。

 ある日の朝、目覚めたらいなかった。それから彼を『夜逃げのファロイ』と呼んでいる。

 キースがファロイの小刀を買ったらしい。

 そうか。腕はなまっていないようだな。

 スミが目の前に立っていた。

 手元の刀を持っていかれる。顔を近づけて刀身を見つめる。

「刀身の反り具合、波紋の美しさ。これで満足出来ないなんて贅沢過ぎます。私も早くこれ程のものを鍛えてみたいです」

 赤子を扱うように優しく返す。

 小屋に戻るスミ。

 この街デワンは職人が多い。数百人単位で兵士が動くなら、武器の注文が殺到するのは明らかだ。

 今出来ることを。

 スミの言葉がサリュゲンを動かす。

 後で職人仲間に声をかけておくか。

 嘆息する。

 まさか弟子に発破をかけられるとはな。

 小屋に戻ると、スミが目を閉じてじっとしていた。

「それにしても、キース様は本当に素晴らしいです」

 何を思っている。

 先程とは少し様子が違う。

「素敵な時間でした。女同士なのに、あんなことになるなんて・・・」

 目を開けて、自分の両手を見つめる。

「思い出しただけで気持ちが高まってしまいます。この手には、キース様の感触がまだ残っているようです」

「お前、何を言っている?」

 サリュゲンの方を向いて、しばらくそのまま。何かに気づいて、目を見開くスミ。

「ななな、何でもありません!」

 慌てて作業を始める。

 手元がおぼつかず、道具が散らばる。

 やれやれ。

 これ以上は詮索しないでおこう。

 方向は間違っているが、女として成長(?)したようだ。

 経験は職人の技術にかなり影響がある。それが全く関係ないものでも、豊富であれば活かせる事がある。

 愛情は人を強くする。

 好きなひと のためなら、全力で精進し良い刀を作ろうとするだろう。

 スミを見る。

 時々自分の手のひらを見ながら、怪しい指使いをしている。

 当分夢見心地か。

 時々からかってやろう。

 笑顔のまま、サリュゲンも作業に取りかかった。



 ノマの発生率は、大陸中央より西が多く、ドガイより東は今まで出現しなかった。

 変わったのは十年前。

 ドガイとイナハンの間にある広大な平原。そこで暮らす多民族が最初だった。

 ある日突然、人の影のような、黒い物が現れた。日中でも輪郭はぼやけており、ゆらゆらと平原を歩いていた。

 そいつは、野生動物を食べていた。

 食べる、という表現が正しいのか。黒い人型のそれは、形を変えて動物を包み込み、元の姿に戻ると、何も残っていない。

 狩りに出かけた男達は、その光景を何度も見て、いずれ村人も襲われると思った。

 間もなく、人と黒い者の戦いが始まった。

 誰かがそれを『マモノ』と呼んだ。



『マモノ』狩りに出掛けた男達は息を飲んだ。

 祭事に着る民族衣装を着た女性が二人、『マモノ』に囲まれていた。何故こんな所に女性が二人、と疑問に思ったが、今は人命が最優先だ。

『マモノ』の急所は人と同じ。

 ただ、一撃では倒せない。弓矢ならば矢筒か空になるまで、剣ならば腕が上がらなくなるまで、死にもの狂いで攻撃しなければならない。

 この人数で全滅させるのは、無理だ。何体か倒して救いだそう。

 リーダー格の男が指示を出す。

 幸い、『マモノ』は囲んだ二人に気を取られていて、こちらに気づいていない。

 片手を上げた。

 男達は武器を構える。

 合図を待つ。

 その時だった。

「ほら、どうした。美味しそうな女がいるよ」

 白髪の女が言った。

 衣装の切れ目から、細身だが肉付きのよい脚がのぞく。

「イリリ様。私も加勢いたしましょうか?」

 もうひとりの女が問う。

 女性にしては 声が低く太い。

「嫌よ。久々の獲物なんだから、あげない」

 そこで師匠の戦いぶりを見てなさい。

 白髪の女は、自分から『マモノ』に近づく。

 ゆらゆらと動き出す『マモノ』。

 ゆっくりと片手を上げる白髪の女。

 瞬間。

『マモノ』が一体四散した。

 また一体。

 何をした?!

 白髪の女が片手を上げて近づいただけで、『マモノ』がどんどん消えていく。

 腕を下ろし、その場で軽く飛び跳ねる。今度は蹴りだ。信じられない速さで脚が上がる。

 一撃で『マモノ』が消える。

 男達の出番なく、白髪の女が全て倒した。

「大したことないわね」

 白髪の女、イリリが言った。

「流石です、イリリ様」

 もうひとりの女。

 やはり男のような太い声。

「そろそろ戻りませんと、コルバン様に怒られますよ」

 聞こえていない振りをする。

 イリリが武装した男達に気づいた。


 白髪の女が目の前に立っている。

 細身だが、豊な胸元と腰まわりの曲線が男達の目線を集める。

 年齢は二十代後半か三十代前半くらいだろうか。遠目で見たより若い。

「ねえねえ、お兄さん達。ちょっと私と遊んでいかない?」

 問う女。

 口調といい衣装といい、娼婦にしか思えない。 だが男達は武器を構えたまま、警戒を緩めない。『マモノ』を一撃で倒した女だ。只者ではない。

 嘆息する女。

「しょうがないわね。ちょっとやる気になってもらおうかしら」

 笑顔。

 何故か背筋に悪寒が走った。

 先頭のリーダー格の男。馬上から地面に叩きつけられた。

 白髪の女に蹴られたのだ。

 飛んだのか?

 助走も構えもなく、馬上の男を蹴り落とした。

 落ちた男は動かない。

 女は倒れた男に近寄る。頭を持ち上げて、曲がらないほうへ力を加える。

 鈍い音がした。

 腕を放す。

 うつ伏せに倒れた男の背中に足を置く。

「な、何をする!!」

 誰かが叫んだ。

 また女が笑った。

「早く攻撃しないと、あなた達もこうなるわよ」

 倒れている男を蹴り上げた。

 信じられない高さで宙を舞い転がった。

 躊躇する余地はない。

 弓を引き、剣を抜いた。

 無数の矢が女に放たれた。

 軽く身をひねっただけで、矢は一本も当たらない。

「ほらほら、その調子。もっと射って私を止めないと、みんな殺しちゃうよ」

 白髪の女。

 笑っている。

 馬から降りた数名が剣を構えた。

 矢切れと同時に突進する。

 相討ちを避けるため、独りずつ攻める。

 正面の男。

 伸ばした剣より先に女の腕が伸びた。

 腕が男の喉を貫いた。

 鮮血が吹き出す。

 右手側の男が剣を振り下ろした。女は貫いた腕を抜いて、その場で回転した。

 目の前に女の指があった。

 突き刺す。

 痛みを感じる前に、男の後頭部から血が吹き出した。

 後方の男。槍を思いっきり伸ばした。

 女は振り向きもせず蹴りあげて槍の柄を折ると、空中の刃を掴んで、男の足に突き刺した。

 うめき声を上げる前。男の背後から首に腕を巻いて捻る。

 逃げられない。戸惑ってうろたえれば殺される。そう思った。

 男達は大声で何かを叫んで突進した。

「そうそう、これこれ。やっばりこうでなくちゃ」

 女は笑っていた。

 人を殺すこと、鮮血を浴びるのが楽しくて仕方ない。恍惚とした表情が物語っている。

 自分が死んだことすら分からない。

 声をあげて笑う白髪の女に、男達は次々と倒された。


 二十人以上いた男達が数分で絶命した。

 全身に血を浴びたイリリ。満足そうな表情で上を向き目を閉じている。

「みんな可哀想に。ここで私に会わなければ、もっと長生きできたのにね」

 銀色で刺繍の入った民族衣装が血で染まっている。足元には無残な姿の死体。言葉に含まれた慈悲の気持ちは微塵も感じない。

都市まちの制圧も進んでいないのに、これで多民族も敵にまわしましたよ」

 もうひとりの女(?)が言った。

「コルバンが何とかしてくれるわ」

 ため息。

「叱られるのは僕なんですからね」

 声を荒げる。

 服装は女だが、どうやら中身は男のようだ。

 満足したんでしょ?

 帰りますよ。

 女装した男が指笛を吹く。

 馬が二頭やって来た。

「ソマリ」

 イリリが男の名を呼ぶ。

 馬に乗る前に、彼女のほうを向く女装男、ソマリ。声は低く男性的だが、顔つきは中性的。女装すれば男だとは思わない。

 笑顔で見つめるイリリに険しい表情を返す。

「今夜行くから、身体を清めておくように」

 またため息。

「弟子の寝室に夜這いするのはやめて下さい。僕にも限界があります」

 イリリは殺人欲求を止められない。性的欲求も同じで、明け方まで何度も付き合わされたことがある。

 人であって人でないため、体力は底無しだ。

 男にとって魅力的な肉体からだを武器に、濃密な行為とこの上ない快感をもたらす。

 ただ、いくら極上の快楽でも、人の体力には限りがある。

「これは師匠の命令だからな。修行だ、修行。分かったな」

 はいはい。

 ソマリはから返事。

 どうせ逃げられない。別の部屋にいようと、宮殿から抜け出そうと見つけられる。

 今日は人を殺して気持ちが高まっている。絶対朝まで付き合わされるだろう。

「さ、もたもたしないで、帰るわよ」

 颯爽と馬を駆けるイリリ。

 重い気持ちを背負ったまま、ソマリも後に続いた。



  ・・・三年前。


 イナハン南部の街ワトシ。

 一年以上鍛練を積んだ。

 師匠のアーマンから学んだ事、新たな敵を想定しての修行。身体能力も強化したし、技の精度も格段に上がった。

 だが、あの女に勝てる気がしない。

 あの女、イリリは、初見の技を全て受け流し、一撃で骨を砕いた。

 完治まで数ヶ月かかった。

 何が足りない。

 何かが根本的に足りない。

 キースの顔が思い浮かぶ。

 ファウザはため息をついた。

「ファウザ、またキース様のことを思い出しているのか?」

 問うメラス。

「キース様のあの力《《》》、あれならばイリリに対抗出来るのではないか?」

 北の地ラフィネで、キースとロズが対峙した事を思い返す。

 魔法とは別の、特別な力・・・

「あれはカサロフが封印した。お前も見ただろ。あの力は危険だ」

 メラスが言った。

「あの時、キース様はまだ幼かった。今は十三才。ガガル様のもとで修行を積んでいれば・・・」

 途中で言葉を切る。

「すまん。つい弱気になってしまった。これは我らが、我らだけで解決しなければならない事案だな」

 ファウザの肩に手を置くメラス。

「焦るな。必ず我らで解決出来る」

 諭すような口調。

 うなずくメラス。

「キース様も、もう十三才になられたのだな」

 ファウザが言った。

「ああ。コンサリ様によく似ておられたから、さぞや美しく成長されているだろうな」

「そうだな」

 もう一度メラスの肩に手を置くファウザ。

「全て終わったら迎えに行こう」

 見上げるメラス。

 立ち上がる。

 ロズとイリリを倒し、元凶であるラズからコンサリを奪い返す。師であるアーマンを探しだし、リノーズのカサロフと合流して、ドレイドへ向かう。

 成長したキースとの再会は感動的だ。泣く自信がある。

 そして、全員でラフィネに帰還だ。

 武器を捨て、平和に暮らそう。

 いずれキースも年頃になる。好きな男が現れる。

 男か・・・

 果たして、その男を許せるだろうか。

 メラスを複雑な表情で見るファウザ。

 嘆息する。

「先を考え過ぎだ」

 二人で笑った。

 久しぶりに心から笑った。

「キース様はよく私に抱きついて下さったからな。私を選んでくれるかもしれん。その時は喜んでお受けするがな」

 メラスが言った。

「何を言っている。年を考えろ」

 と言っておいて、

「キース様はよく私と遊んでいた。私を選んで下さるに違いない」

 と付け加えるファウザ。

「お前こそ年を考えろ」

 私のほうが若い。

 大して変わらないじゃないか。

 たわいもない押し問答が続く。


 この後、キースがイナハンに向かって旅立つとは、夢にも思わなかった。





 



 第三部 完

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