episode19 「砂漠」

 日中、あれだけ暑かったのに、日が落ちるとローブ無しではいられない。

 砂漠の温度差は想像以上だった。

 馬は砂の上では歩みが遅く、街に着くまでに日が落ちてしまった。

 水辺の近くで夜営する。

 念のため、見張りを立てることにした。クラナとスミは、ひとりだと不安なので、二人で見張りをしていた。

「キースはどうしてるかなぁ」

 さっきからそればかり。

 何か気が紛れる話題がないか思案するスミ。

「キース様とは、ルコスで知り合ったのですか?」

 急にクラナの態度が変わった。

 よく聞いてくれた、と表情が訴えている。

 プレ・タナの仲間からいじめられていたこと、最初の出会い、そして危うく強姦されそうになって、それをキースが助けてくれたこと。

 実に細かく、感情的に語った。

 恋愛感情に至る部分は、理解不能なところがあるが、共感出来ることはある。

 出会った瞬間に心奪われたこと。

 それは同じだった。

 クラナは恋愛に発展するが、スミは違う。

 この人の武器を作ってみたい。

 そう思った。

 元々手先が器用で、物作りが好きだった。数年ルコスの鍛冶屋で働いていたが、何か物足りず、ふわふわした日々を送っていた。

 武器の勉強のため、『武闘会』を観にいった。

 そこでキースと出会う。

 出会った瞬間に分かった。

 この人は強い。

 陳列された汎用の武器で戦い、偶然の出来事が起こって、たまたま勝った。観客のほとんどはそう思っただろう。

 全然違う。

 武器の最高値を瞬時に把握し、相手の技量に合わせて戦う。

 あの若さで、そんな戦い方ができるのか。

 決勝のウラとの試合は凄かった。本気の戦い。身体中の体液が沸騰するほど興奮した。途中から記憶が曖昧なのは、多分興奮し過ぎたからだろう。

 とにかく、この世に二人といない剣士だと思った。彼女のために、彼女に認めてもらえる武器を作ってみたい。

 名工に弟子入りしよう。

 出会った翌日に旅立ち、サリュゲンに弟子入りした。


 クラナの熱い語りが終わった。

 ひとつだけ注意しておこう。

「同室で夜の営みは控えて下さい。困りますから」

 クラナは笑みを浮かべ、抱きついてきた。

「スミちゃーん、興奮しちゃったの~?」

 あー、余計なことを言ってしまった。面倒くさいやつがきた。

 墓穴を掘ったと後悔する。

「そんなの、わざとに決まってんじゃん。見られてる、聞かれてるって思ったら、興奮するもん」

 クラナは変態。

 キース様は奴隷のように、されるがまま。

 そういうことですね。

「次からは部屋を二つにします」

 クラナの手をほどこうとするが、まだ絡んでくる。キースと一緒に寝れない欲求不満が、こっちに向かっているようだ。

 両手でクラナを顔を押し離す。

 最悪の組み合わせだ。


 見張り役なのに、クラナは途中で寝てしまった。この人、魔法が使えなかったら、ただの面倒くさい人。サロワで会ってから、魔法を使ったところを見てないが、本当に使えるのかと、疑問に思っている。

 明日から態度を改めよう。

 そう思った矢先だった。

 キースがスミのすぐ横に座っていた。間近で顔を見ると、ちょっと胸が高鳴る。

 クラナの横にウラ。後ろにはサラが背中を向けて立っていた。

「何人だ?」

 ウラが聞いた。

「ひとり。だけど、何か別の気配を感じる」

 後ろでサラが答える。

 キースがスミを見た。

「クラナを頼む」

 うなずくスミ。

 クラナを引きずって水辺のさらに近くへ。自分の馬から武器袋を持ってくる。戦闘能力がない分、武器の数で勝負する。

 背中は砂漠のオアシスに託す。


「これが人形の気配か」

 ウラが言った。

「今までのものと少し違うようだ」

 キースが言った。

 サラが辺りを見回している。

「囲まれてる」

 それが何かは分からない。一定の距離で、何かがそこにいる。


「みなさん、初めまして」

 目の前に青年が立っていた。

 危険な間合いに入っているのに、三人とも声がするまで気がつかなかった。

「僕はトセイヤといいます。キースさんを殺しに来ました」

 風など吹いていないのに、砂が舞っていた。

 少しずつ、砂の量が増えていく。

「気配の元は『砂』か」

 ウラが言った。

「私は正面から行く。二人は・・・」

「両脇だな。心得た」

 二人の行動は迅速だ。目配せだけで意思を伝え、左右に別れた。

 キースはゆっくり立ち上がる。

「お前、人形師の仲間か?」

 問う。

「そうです。あなたに来られると、仕事の邪魔だと主が申しております。だから殺しに来ました」

 砂が壁のようになって、トセイヤの姿は見えない。

「では、さようなら」

 身構えたが、足元の砂が瞬時に消えて、キースは砂の落とし穴に落ちた。

 大量の砂が動いて、穴はすぐに塞がった。

 トセイヤの左右から、ウラとサラが突進する。

 砂の壁が出来た。

 たかが砂だが、厚みがあると越えられない。ウラとサラは、砂の壁にぶつかり、行く手を塞がれた。

 壁となった砂が、生き物のように動いて、二人の身体を包み、飲み込んでしまった。

 三人とも、砂に埋もれてしまった。

 仕事を終えたと判断したトセイヤは、振り返ろうとして止まった。

「まだ人がいる」


 男がこっちを見ていた。

 剣を持つ手が震える。

 あっという間に三人が砂の中に消えてしまった。私がどうにか出来る相手じゃない。

 男が近づいてきた。

 死を覚悟した。

 クラナが立ち上がった。いつからか起きていたらしい。

「クラナさん、今大変なことに・・・?」

 寝ぼけているのか、辺りを見回して、何かを確認しているようだ。指をさして、うなずいて、最後によし、とひと言。

「クラナさん?」

「じっとしてて」

 肩の服を捕まれた。

 目の前の景色がぼやけて、まばたきすると、男が消えた。

 違う。

 目の前に水辺。対岸に移動している。

「ここにいて」

 横にいるクラナが言った。

 彼女のいるほうを向いたが、誰もいなかった。

「あれ?」

 何がなんだか。

 スミは 剣を片手に、水面を眺めた。


 息苦しさが消えると、砂の上に立っていた。すぐ横にクラナがいたが、幻のように消えた。

 トセイヤという男を挟んで向こう側。突然サラとクラナが現れた。

 クラナの姿はもうない。

 サラと目が合い、彼女と同じ気持ちを共有するウラ。

 最後にトセイヤの正面。

 キースとクラナが砂上に現れた。

「お待たせ」

 クラナが言った。

「助かった」

 キースに笑みだけ返して、彼女の背中にまわる。

「どうする?」

 クラナの問い。

 トセイヤを見るキース。砂を自在に操る能力。また接近しても、間合いに入る前に砂の中だ。

「頼む」

 ひと言返すキース。

 クラナはキースの背中に片手を添えた。

 彼女に魔力を送るためには、背中の封印が邪魔をする。ほんの少し、魔力を送る小さな道を作る。

「ベニ・ボスカ」

 プレ・ナの魔法言葉。

 封印の効力は変わらず、添えた手のひらの部分だけ開放する。

「ポフ・スターカ」

 体内に蓄積した魔力を、ありったけキースに注ぐ。

「おかしな魔法を使いますね」

 トセイヤが言った。

 再び砂が舞う。

 ウラとサラは後退し、距離をとった。

 弓を引くサラ。

 遠距離攻撃に変更する。

 一瞬だけ、サラの方を向いた。

 もうそこに、トセイヤの目の前にキースがいた。

 庇った腕を斬られた。

 サラの射った矢が、トセイヤの頭を貫通した。

 砂の壁。

「魔刀キース」は壁を両断して、刃先がトセイヤの首を突いた。

 足元の砂がえぐれた。

 穴の中へ滑り落ちるキース。刀は首に刺さったまま。トセイヤはキースをもう一度砂に埋めようとする。

 背後にウラがいた。ナギナタを振り下ろす。右肩から袈裟斬り。刃が浅かった。

 嵐のように舞っていた砂が、静かに落下する。

「首を斬れ!」

 穴の中からキースが叫んだ。

 ウラは首に刺さった刀を抜いて、トセイヤの首を斬り落とした。

 サラは弓を構えたまま。

 ウラはキースの刀とナギナタを持っている。

 キースは砂の穴から登っている。

 クラナはキースに魔力を送っているが、連発した『魔瞬動』の影響で途切れる寸前。

 しばらく様子を見たが、トセイヤは動かなかった。

「やったのか?」

 ウラが問う。

 これだけ斬り刻まれて、血は一滴も流れていない。

 サラはウラの合図があるまで弓を構える。

 キースが砂の穴から登ってきた。片手を上げてクラナに合図を送る。

「街まであとどれくらいだ?」

 キースがウラに聞いた。

「そうだな。今からだと、夜明け頃か」

 ウラもサラに合図を送る。

「念のため、この残骸を砂に埋めて、街を目指そう」

「了解だ」

 キースが落ちた穴に、トセイヤの残骸を放り投げ、三人で出来る限り埋めた。

 夜営の荷物をまとめ、馬に乗せる。

「クラナ」

 頭の上でキースが呼んでいた。

「あ、終わったの?」

 キースの手を借り、立ち上がるクラナ。

「大丈夫?」

 キースが問う。

「こんな一気に魔力使ったことないからさ、ちょっと配分が上手く出来なかった」

「とっさにこれだけ対応出来れば上々だ。ありがとう、クラナ」

 キースがクラナを抱きしめる。


「兄様」

 サラが呼んだ。

 振り返るウラ。

「さすが兄様。見事な一刀でした」

 苦笑する。

「いや。あと一歩踏み出していれば、もっと早く倒せた。まだまだ未熟だ」

「なんて謙虚な。大陸一の剣士でありながら、まだ上を目指しているのですね。素敵です。心から尊敬致します」

 恍惚な表情。

 立ち去ろうとするウラの後ろから抱きつくサラ。


「何がどうなっているのですか?」

 スミが対岸から走ってきた。

 短剣を持ったまま、立ち止まる。

 ウラとサラが抱き合っている。

 あっちは、キースとクラナが抱き合っている。

 状況が分からない。

 兄妹の恋愛、女同士の恋愛。

 変態軍団か?

 それとも、これが正解なのか?

 スミは、自分の感覚が正しいのかどうか、少し不安になった。



 キースたちが出発して間もなく。

 砂漠の上を歩く人影。

 砂の穴の前で止まる。先程の戦闘の名残り。顔にかかった長い髪など気にせず、穴の底を覗き込む。

 十才くらいの幼い少女だ。

 砂漠に似合わない黒いドレス。首まわりとスカートの裾には、細かい刺繍の白いフリル。

「あららー。トセイヤ、死んでるよ」

 少女が言った。

 片手を上げて、指を一本。

「あれとー、あれとー、それー」

 穴の底を何度も指差す。

 底の砂がうねった。

 砂の中からトセイヤが出てきた。斬り刻まれた身体は元に戻っていた。

「油断したの?」

 少女が尋ねる。

「いいえ。魔法使いが妙な術を使いました。あれは厄介です」

 次は、魔法使いから殺します。

「私も手伝うから、今度は失敗しないよ」

 砂が舞い、二人の姿は見えなくなった。



 トナスには、西と東に街がある。同じ国だが、巨大な砂漠地帯を挟んでいるせいで、人の交流が少なく、また影響を受けた文化が違うので風土は全く違う。

 建造物でいえば、東は木造建築が主流で、西は石やレンガ造りが多い。

 キースたち一行は、夜明け間もなくに西の街に到着した。ウラとサラ、キースたち三人、それぞれが順番で仮眠をとった。

 サラは、兄のウラと同じ寝具で添い寝をしてもらってご機嫌だ。クラナはキースと、無理矢理スミも加えて、三人で寝た。

 スミは、キースの肌の温もりと甘い果実のような香りを間近で体験して、クラナの気持ちが少し理解出来た。


 宿屋の中央、井戸のある共有の広場。

 キースがファロイから買った小刀を持っている。昼間なので、宿泊客は殆どいない。

 自分の剣技の型に、小刀を使う動きと体術を混ぜて、刀よりさらに接近した型を模索する。

 どんな武器を使っても、キースの動きはしなやかで、舞っているようだ。

 広場の端でキースの剣舞を見学しているクラナとスミ。

 クラナはうっとり、スミは斬られたい願望が沸く自分と戦っていた。

 必死でキースから目をそらし、クラナに話しかけた。

「昨夜クラナさんが使った、素早く移動するあれは、魔法なのですか?」

 ああ、あれね。

 少しだけスミの方を見て、すぐにキースに目をやった。

「キースの師匠がね、昔使ってた『瞬動』ていう魔法技があるんだけど、それの魔法使い版、みたいなもので・・・」

 キースから意識を逸らそうと思って、隣のクラナに話しかけたが、またやらかしてしまった、とスミは後悔した。

 基本、クラナの話は長い。そして内容が細かい。魔法のことだけ説明してくれればいいのに、リノーズという北の街に行ったところから始まった。

 昨夜の彼女の活躍で、凄いなと思ったが、それはそれで、やはり面倒くさい人だった。

 キースが小刀を鞘に納めた。

 つかさずクラナが椅子から立ち上がって、彼女の汗を拭きに行く。

 修行中、尻が割れたところで終わった。

 尻は始めから割れてるし、魔法の内容にまだ触れていない。


 宿屋に併設された酒場。

 ウラたちも合流して遅めの昼食。

 ここからフィニカの遺跡までは、馬の脚で半日ほど。広大な荒れ地が続き、身を隠す場所は少ない。

 ウラが言った。

 人形師の動向や規模は不明だが、拠点に近づいたことで、攻撃が厳しくなったり、奇襲が増えるかもしれない。

 ウラの意見に全員同意。

「申し訳ないが、クラナさんとスミさんを保護しながら戦うのは厳しい。遺跡には、私とサラ、キースの三人で行った方がいいと思うが、どうだろうか?」

 正しい判断だとスミは思った。

 隣のクラナは不満そうだ。

 口いっぱいに頬張った肉をジョッキの水で流し込んだ。

「キースに魔力提供が出来るのはあたしだけ。それに、守ってもらわなくて大丈夫」

 どうだ、参ったか。

 と、言わんばかりの表情。

「昨夜の戦闘では確かに助かった。あの魔法は凄い。しかし、それは相手が独りだったからだ。複数で来られた場合はどうかな? 」


 あの移動魔法を無限に発動出来るわけではないのだろ?


 ウラの問いに、言葉が返せない。

 今のクラナの実力では、四、五回が限度だと昨夜の戦闘で分かった。

 スミは、足手まといになるなら、ここで待つと言う。

 クラナは引かない。

 サラが護衛に残るか。兄様と離れたくない。いっそクドまで戻るか。

 なかなか結論が出ない。

 不意に、サラの動きが止まった。

 ウラが気づく。

 彼女の気配感知はかなり鋭い。

「来たのか?」

 ウラが問う。

「ゆっくり議論している時間はなさそうよ」

 サラが言った。

 目を閉じて、感覚を研ぎ澄ます。

「・・・ひとり・・・ふたり・・・」

 目を開けた。

「二人と何かがいる」

 全員立ち上がる。

 クラナは肉をひと切れ口に放り込む。

「スミは荷物の準備を頼む」

 キースが言った。



 信じられない光景だった。

 キースたちが宿屋から出ると、辺りは砂にまみれていた。街は砂漠に埋もれようとしている。

 押し寄せる砂。

 キースたちは宿屋の屋根へ移動する。

 上から見ると、砂は街全体に広がっているのではなく、部分的だと分かった。しかも、器用に建物を避けている。

 これは自然現象ではない。


「あ、キースだ。みーつけた!」

 子供の声がした。

 キースたちの左側、黒いドレスを着た少女がいた。手には大きな鎌を持っている。柄が長く、少女の背丈の倍はある。

 キースを知っているなら、人形師の仲間と考えて行動する。

 間合いから離れていても、全力の戦闘体勢。

「誰から殺そーかなー」

 一人ずつ指を差す。

 仕草は子供だが、殺す順番を決めている。

「見た目に惑わされるな」

 キースが言った。

「砂漠の件があるからな。子供とて容赦しない」

 ウラが返す。

「この砂は誰が操っているのかしら?」

 サラの疑問。

 自然現象でないなら、誰かが砂を街まで持ってきたことになる。

 昨夜、トセイヤという男が砂を操っていた。

 トセイヤは斬り刻んで絶命したはず。

 人ならば・・・

「お前がこの砂を操っているのか?」

 問うキース。

「ジナはそんな事出来ないよ。トセイヤが砂漠から持ってきたんだ」

 少女、ジナが平然と答えた。

 思惑通り。

 今まで人形と対戦した経験。彼らは聞いた事に大抵答える。殺傷能力に特化した分、言って良い悪いの判断が甘いのかもしれない。

 トセイヤという男は、砂漠で倒したはず。あれだけ斬り刻まれても、人形は死なないのか?

「トセイヤはね、魔法使いを先に殺すんだって」

 ジナは聞いていないことまで話した。

 スミとクラナは、荷物の準備をするため、馬小屋にいる。

「ここは私たちで何とかする。行ってこい、キース」

 ウラが言った。

 任せていいのか。

 相手の能力が分からない。二人だけで倒せるのか。

「兄様は大陸一の剣士よ。何も心配いりませんわ」

 サラが言った。

 二人を見るキース。

 少し笑った。

「よろしく頼む」

 屋根から降りかけて振り返る。

「後で武勇伝を聞かせてくれ。大陸一の剣士さん」

 キースの言葉に片手を上げて答える。

「任せておけ」


「えー、なんだ。ひとり減っちゃうのー?」

 残念そうなジナ。

「心配するな。私とサラが相手なら、十分楽しめるぞ」

 両手を使って、ナギナタを頭上で回転させる。回したまま左右に振って、最後は長い柄を脇で固定、身構える。

 横にいたサラがいない。

 既に別の建物の屋根へ移動。弓を引いてジナを狙っている。

「じゃあ殺すけど、すぐ死なないでね」


 つまらないから


 サラが矢を射った。

 どんなに速く動いても当てる自信があったが、ジナの長い髪にかすっただけだった。

 中型の弓。飛距離は短いが連射が出来る。

 射った。

 ウラと交錯する寸前。

 鎌ではじかれた。

「チッ」

 舌打ちするサラ。


 長い柄から鋭利な鎌の刃が落ちてくる。

 少女が異常な速さで距離を詰めてきた。もう目の前に刃先が迫っている。

 ナギナタで受けてみた。

 少し芯をずらしている。

 これが全力なら対応出来る。

 歩幅を大きく取って、ナギナタを振る。軽く避けられた。相手の身体が小さくて、上手く狙えなかった。

 横から鎌が来た。

 飛んでかわす。

 振り抜いたところで、ジナの目の前に矢が迫った。

 長い髪にかすった。

 ナギナタの刃がジナの首へ。

 身体を反らせる。

 勢いそのまま、遠心力を加えて鎌が来る。

 ナギナタの長い柄と鎌の長い柄。力を殺すように当てる。

 矢がジナの肩に当たった。

 痛覚がないのか、刺さっても反応がない。

 ナギナタを引く。

 その場で回転して、柄がしなる程振る。

 避けた。

 矢が飛んで来た。

 腕に当たる。

「あのお姉さん、お兄さんに矢を当ててもいいのかな?」

 鎌を構えながらジナが言う。

 二人の接近戦でもお構い無し。サラは矢を射つ。

 ナギナタを中段に構えるウラ。

「心配ない。サラは私には当てない」


 絶対に。


 ウラの後方にサラ。

 矢がウラの左頬をかすめて飛んできた。

 ジナは鎌で振り落とす。

 つかさずウラが距離を詰める。 振り切った腕を戻すのは容易ではない。

 ナギナタの刃先がジナの顔面に迫っていた。



「こんにちは」

 突然後ろから声がして驚く二人。

 振り向きたくないが、そっちに行かないと馬小屋から移動出来ない。

 振り向く。

 昨日砂漠で会ったトセイヤが立っていた。一瞬、倒したはずなのに、と疑問に思ったが、実際ここにいるし、考える余裕もない。

「あたしはアンタに用は無い。さようなら」

 クラナが言った。

 スミはクラナの影に隠れて、自分の荷物から武器を探している。

「昨夜は大変お世話になりました。今日はそのお礼に伺いました」

「ありがた迷惑です。お持ち帰り下さい」

 即答のクラナ。

 スミは持てるだけの武器を装備した。

 クラナはいつでも良い。不安な気持ちは今必要ない。

「またあの魔法で移動しますか?」

 トセイヤが言った。


 いつでもどうぞ。


 ・・・誘っているのか?

『魔瞬動』に対抗策があるの?


 歯を食いしばる。

 駄目だ。

 迷いや不安は思考を鈍らせる。

 クラナは笑った。

「では、遠慮なく」

 そう言って、スミの手を掴んだ。

 見知らぬ場所には移動できない。街の建物の配置と現在地は事前に把握してある。

 クラナとスミが目の前から消えた。同時に、昼間なのに暗闇が襲う。

 大量の砂が日の光を遮っていた。

 トセイヤの右後ろ。砂に何か当たった。

「なるほど。消えているわけではないのですね」


 砂まみれで建物の屋根に現れるクラナとスミ。

 口の中に砂が入り、吐き出す。

 馬小屋から建物三つ離れた場所。

 砂が生き物のように蠢いて、トセイヤを屋根まで押し上げた。

 下を見るクラナ。

 建物の回りは砂で満たされている。下には移動出来ない。屋根から屋根へはトセイヤに追いつかれる。

 逃げ場はない。

「次は捕らえます。さ、どうぞ逃げて下さい」

 トセイヤが言った。

「これはちょっとヤバいんじゃないですか?」

 スミが言った。

 剣と剣が当たる金属音。

 遠くの屋根に人影。

 キースたちも屋根上で戦っているようだ。

 応援は期待出来ない。

 金属音。逃げ惑う街人の悲鳴。

 カサロフの顔が浮かぶ。

 スミを小声で呼んだ。

「あたしが消えたら、どこかの家の中に隠れて」

 泣きそうな顔のスミ。

「何するんですか?」

 横にいるクラナの顔を見る。

「魔法使いをなめんなよ、って思い知らしてやる」

 強気の言葉と決意の顔。

 クラナがちょっと笑った。


「もう終わりですか?」

 トセイヤが言った。

 無視。

 小声で何か話し合っている。

「では殺します。さようなら」

 クラナたちのいる建物の周りから砂が吹き上がった。砂で覆われる前に何かが飛び出す。

 とっさに手を出した。

 トセイヤの足元。屋根材がえぐれている。

 滝のように降り注ぐ砂。だが、そこに二人はいない。

 クラナが右側の屋根に現れる。

 今度は手を使ってみた。

 見えないが、砂の壁で防ごうとした。

 トセイヤの肩をかすった。壁を避けて曲がって飛んできた。

「何か、魔力の塊が飛んできますね」

 トセイヤが言った。

 クラナが彼の後ろに現れた。

 建物四つ分離れている。

「セベラッチ」

 クラナが片手を上げて、知らない言葉を言った。手のひらの上で魔力が集まり形成されていく。

 トセイヤは、クラナの方を振り返って、すぐ向き直ろうとした。


「油断したな」

 そこにガガルの刀を構えたキースがいた。好機を狙い、少し前から下で待機していた。

 肘から下、片腕を斬った。

 砂の壁が出来る前に、キースは隣の屋根へ移動した。


「アターカ!」

 指で指示する。

 分厚い砂で壁を作ったが、意味はなかった。クラナが放った魔力の矢は、砂を砕き、トセイヤに命中した。

 大砲の玉を食らったような破壊力。身体は見事なほど四散した。

 クラナは、握った拳を高く掲げて、勢いよく身体に引き付けた。

「よし!!」

 練習では全く駄目だったが、実戦で成功した。

 向こうでキースが手を振っていた。



 捉えたはずが、ジナの鎌が目の前に迫っていた。首を横に振って、奇跡的にかわせた。そのまま体勢が崩れて転がる。

 何が起こったのか、考える前に行動する。

 起き上がる前にナギナタを伸ばした。

 そこにいたのに、反対側から鎌が来た。

 日頃の鍛練の成果。

 片足で地を蹴り飛び上がる。


 ジナは一瞬で移動している。魔法ならば、クラナと同じ類いのものか。


「お兄さん、結構やるね」

 ジナが言った。

 後退して間合いをとるウラ。

 独りでは対応出来ない。二人だけの合図を送った。サラは弓と矢筒を屋根に置き、腰の剣に手をかけた。

 サラがウラの隣に来るまで何もしない。

「今度は二人がかりで戦う?」


 一度に殺せるから全然いいよ。


 ジナは余裕だ。

「魔法なのか?」

 すぐ横のサラに問うウラ。

「クラナの魔法に似てるけど、少し違うようですわ」

 答えるサラ。

「でも、兄様なら大丈夫。大陸一の剣士ですから」

「サラもいてくれるしな」

 微笑むウラ。

 サラにとって最上級の言葉。

 この二人で倒せないわけがない。

 目配せとうなずき。それで全てが伝わる。

 サラは腰の剣を抜いた。直刀の細身の剣。

 二人、ほぼ同時に構える。

 走った。

 サラはウラの背後に追従する。

 ナギナタを横から大きく振る。ジナは後ろに飛ぶ。着地する前に、ウラの背後からサラが飛び出す。

 剣を突き出した。

 胸元に刺さる寸前、視界からジナが消えて、鎌の刃が首筋を狙っていた。

 ウラの振り上げたナギナタが、鎌の軌道を変える。

 火花と金属音。

 はじかれた鎌。サラの剣が横から狙う。

 ジナの身体は小さいし、予想より身軽だ。

 サラの剣は届かない。すぐに引き戻して突く。

 まだ届かない。

 ウラのナギナタ。確実に ジナを捉えたが、そこにいない。ジナはウラの背後に現れた。鎌で首を狙ったが、反転したサラの剣が阻止した。

「お兄さんもお姉さんも、なかなかやるね」

 ジナが言った。

 らちがあかない。

 サラはウラと少し距離をとった。確実にジナを捉えるため、全方向に感覚を向ける。

 予測するのでなく、瞬間を狙う。


 その時、遠くで爆発音がした。

 どうやらあっちは決着が着いたようだ。


 小さな身体で大きな鎌を振るジナ。見事な足捌きで回避して、ナギナタを振り下ろすウラ。ジナが消える。そこに現れると分かったように剣を突き出すサラ。

 瞬間の超感覚。

 サラの剣がジナの背中から身体を貫いた。

「あれ?」

 ジナが不思議そうに刺さっている剣を見る。

 動きが止まった。

 ウラが腕を斬り、首を斬り落とした。剣を抜いて、身体を両断するサラ。

 一瞬だった。

 一瞬を捉えた。



 幸い、荷物と馬は問題なく、キースたちはすぐに街を出た。

 倒したはずのトセイヤが、何故復活したのか。人形だからか。考えても答えは出ず、トセイヤとジナの残骸は、灰になるまで焼却した。

 全員で出発した。

 状況から考えて、今は一緒に行動したほうが良い、という事になった。

 砂の混じった大地から、草木の生えない、岩の多い荒れ地に入った。日が暮れて、気温が一気に下がる。


 遺跡の近くまで来た。

 針のように鋭利な岩山群。そこで一旦馬を降りる。

「明かりがついてるよ」

 クラナが言った。

 岩山を削り、明かり取りの開口や石柱、人と獣が融合した彫刻、金属の装飾が施された正門。全てが松明の光で浮かび上がっていた。

 よく見ると、奥へと続く通路も燭台に火が灯っていた。

 数百年前の遺跡。

 かつてプレ・ナが住んでいたなど、知る者は殆どいない。

「どう見ても、誘っている感じですね」

 スミが言った。

 岩山の影に全員集まる。

「私とウラで中に入る。あとはここで待機だ」

 キースが言った。

 うなずくスミとサラ。クラナは不満そうに横を向いている。

「クラナとスミをよろしく頼む」

 サラに向かってキースが言った。

「あなたこそ、兄様に何かあったら許しませんからね」

 お互いの拳を軽く当てる。

 後ろからクラナが抱きついてきた。

「無理しちゃ駄目だよ」

「大丈夫だ。心配ない」

 見つめ合う二人。

「兄様、どうかご無事で」

 サラが言った。

 ウラは微笑む。

「必ずお前のもとに帰ってくる」

 見つめ合う二人。

 スミはその場の雰囲気に耐えきれず、手で顔を隠した。


 近くで見ると、柱にしろ彫刻にしろ、実に精巧で、当時の技術の高さに感動さえ覚える。遺跡の中の温度は一定。外より少し温かく感じた。

 奥へと続く通路。

 天井が高く、石の柱で支えている。自然の穴ではなく、明らかに人の手が加えられた跡がある。

 燭台の灯りが長い影を落としていた。

 警戒しながらも、奥へと進むキースとウラ。

 入り口が見えなくなった頃、油の焼ける匂いとは別に、お香のような匂いと煙が漂い始めた。

 罠と分かっていても足は止めない。

 五感を狂わせるのが目的ならば、二人には全く意味がない。鍛練によって、五感以上の感覚を持っているからだ。

 視覚に変化。

 二人の距離が急に開いた。ウラが、キースが、煙の渦に吸い込まれた。

 お互い名前を呼んでみたが、相手の声は聞こえなかった。

 どうやら術中にはまっているようだ。


 腰の刀に手を添えるキース

 向こうから誰かが近づいてきた。

「久しいな、キース」

 懐かしい声と姿。

「・・・ガルじい」

 そこにガガルが立っていた。

「何故かここに呼ばれた。お前と戦うように命じられている」

 幻覚か?

 しかし、ガガルの気配を感じる。彼は自身の身体を見回し、少し考え、嘆息した。

「命令には逆らえないようだ」

 腰元を探る。

 当然そこに刀はない。キースが持っている。

 やれやれ。

 そう言って、ガガルはキースを見た。

「お前の成長ぶりを見たい気もするが、まあ、それは今でなくとも良いか」

 キースの側まで近づく。

「さ、バッサリ斬ってくれ」

 目を閉じて、両手を下ろすガガル。

 沈黙。

 何も起こらない。

 何もしない。

 ガガルは目を開けた。

 キースに抱き締められた。

「おいおい。殺してしまうぞ」

「ガルじいなら殺されてもいい」

 キースが言った。

 しばらくそのまま。

 手をほどき、キースは右腰の刀を外した。

 ガガルに渡す。彼の刀だ。

「全く・・・相変わらず感情が制御できない奴」

 間合いをとるキース。

「本物かどうかは、戦ってみれば分かる」

 嬉しそうな顔。

 ガガルはキースの左腰を見る。紅い鞘に金色の装飾。そして、抜刀しなくても分かる禍々まがまがしい妖気。

「サリュゲンという職人に鍛えてもらった」

 キースが言った。

 「なるほど、あのサリュゲンか。ならば、ワシの刀と兄弟だな」

 そう言って、腰に帯刀した感触を確かめる。

「先に言っておくが、ワシは強いぞ」

 ガガルが言った。

 微笑むキース。

「知っている」

 右腰の刀に手を添える。

「全力でかかってこい」

 今まさに、師弟対決が始まろうとしていた。



 ウラは言葉にならない感情が込み上げていた。例えこれが夢であっても、再会できた喜びは本物だ。

「・・・師匠」

 目の前にいるのは、ウラとサラの師匠であり、育ての親。先の大戦で活躍したガガルたち三人と共に戦った男。

 名はオルギー。

 ウラたちの父親と、親子ほど年の離れた親友であり、純血の戦闘民族。

 伸びっぱなしの髪、生えっぱなしの髭。 長身だが、いつも姿勢が悪く、サイズの合っていない大きめの服を着ている。

 十年前、ザギに殺された。

 当時のまま。変わっていない。

「ウラか。大きくなったな」

 オルギーが言った。

 酒焼けで、声がかすれている。

 何故、とは聞かない。目の前のものを受け入れて、次へ進む。

「師匠、酒の飲み過ぎで道に迷ったのですか?」

 ウラが問う。

 唸るような細い声を上げて、髭をさするオルギー。

「なんだかなぁ。お前を殺したくて仕方ないのだが、わしは酔っているのか?」

 相変わらず飄々としている。

 なるほど。これが人形師の術ならば、面白いじゃないか。

 ウラはオルギーに近寄った。

 背中の二本の長刀を彼に渡す。遺跡に入る前、お守り代わりに持ってきた。

「私には師匠の仇はとれませんでした。しかし、これだけは持ち帰ろうと思っておりました」

 反りのある長い刀。太刀と呼ぶらしい。

 ザギが使っていたもの。オルギーから奪った刀だ。

 帯刀した途端、オルギーの背筋が伸びる。

「愛弟子と戦うことになるとはな。ま、わしに勝てぬようでは、剣士としてまだまだ、ということだ」

 声はかすれているが、口調は凛々しい。

 ウラは姿勢を正し、オルギーに一礼した。

「勉強させて頂きます」

 ナギナタを持ち、構える。

 オルギーは抜刀して身体の前で交差させる。

「本気で行くからな。サラがいないからって、泣きごとを言うなよ」

 オルギーの言葉に、ウラは笑顔で返した。



 ・・・七年前。東の国、イナハン。

 様々な障害を乗り越えて、二度目の出港。船旅は順調だった。

 目的地まであと半分。航海士の予想であと十日程。そこで嵐に遭った。

 前回とほぼ同じ場所。

 誰もが未開の海。何が起きるか分からない。だが、二度も同じ場所で嵐に遭うだろうか。

 今回の嵐は船を破壊した。

 船員が次々と荒れた海に投げ出され、彼らも《《》》分断された。

 数日後。イナハン中部の街、コガの漁師に漂流していた船員たちが助けられる。

 その中に、メラスとファウザもいた。

 コガで一番の医者、ユジン。そこで約半年、昏睡状態から目覚める二人。体力回復と、身体能力復帰まで一年。

 難破した船の生存者は彼ら二人だけ。

 奇跡の生還だった。

 医者のユジンは、伝統武術の継承者でもあり、人脈も広く、なにより人柄が彼らの師に似ていた。

 全てを話した。

 師匠のアーマンの事、奪われたコンサリの事。

 全部を理解してないのに、ユジンは力を貸してくれた。門下生も手伝ってくれた。まずは二人の師匠であるアーマンの捜索。

 死んでいるとは考えなかった。

 師匠に似た目撃情報があれば、二人は何処までも出かけた。

 その日も、新たな目撃情報を聞いて、イナハン南部の街ワトシまで足を運んでいた。

 帰宅した夜。

 二人は悲惨な光景に言葉を失った。

 全員死んでいた。

 門下生。庭や道場、家の玄関先まで、死体となった若者が倒れている。

 医者であり武術家のユジン。妻のシャロ。二人の子供リーメイとナックまで。

 怒りが、犯人に対する殺意が、止めどなく溢れた。


 イナハン北部。チセンとコガの境界付近。

 呼ばれて振り返る、ロズとイリリ。

 星空が綺麗な満月の夜。対峙する二組の姿がよく見える丘の上。

「何故だ?」

 問うメラス。

 不思議そうな顔をするイリリ。

「だってさぁ、邪魔なんだもん」

 ロズが言った。

「小さな虫みたいに、あちこちブンブン飛び回ってさぁ。迷惑なんだよね」

 拳を強く握るメラス。

 ファウザは彼の影に隠れ、弓の準備を始めている。

 ロズのとなりにいる女は誰だ?

 二人は初対面だった。

 当然、イリリも初対面。

「こいつら、強いの?」

 二人を指差して、ロズに問うイリリ。

「僕より弱いよ」

 落胆の顔。

 ま、いいわ。

 イリリが近づいてきた。

「さっきの奴ら全然弱くて、殺し足りないから、相手してあげるわ」

 武器も持たず、白く長い髪を揺らしながら、イリリがどんどん近づいてくる。

 メラスは剣を抜いた。

「さ、いつでもいいわよ」

 剣の届く間合いで止まり、両手を軽く広げた。

 怒りに任せれば、技が落ちる。

 一瞬で剣士に戻る。

 ファウザが矢を射った。

 額に当たる寸前、避けるでなく、手で矢を掴んだ。

 もうそこに、メラスの剣が迫っている。もう片方の手で、刀身の横を押す。

 直感で折れると思った。

 メラスは自ら姿勢を崩して、地面に転がった。

 ファウザは三本同時に射った。矢尻の細工により、別々の軌道でイリリを襲う。

 軽やかな足捌き。矢は当たらない。

 低姿勢から剣を振り上げる。

 一歩下がるイリリ。

 突き、振り、拳の打撃。相手に呼吸の隙を与えない、連続の攻撃。メラスが最も得意とする型。足蹴りも混ぜる。

 当たる寸前までよく見て、少しだけ避ける。不規則に飛んで来る矢も、片手で掴んで下に落とす。

 ロズとの対戦は、魔力により身体を拘束され、息も出来なかった。キースがいなければ死んでいた。

 イリリは攻撃しても全てかわされ、倒せる構図が見えてこない。

 メラスの連続技を初見でかわす。

 ファウザは矢の援護を止めて、片刃の小刀を抜いた。

 二対一ならどうだ?

 前後、左右。円を描く連携技。手足の打撃。

 ユジンから学んだ体術も加える。

 全く当たらないし、斬れない。

 イリリがメラスを蹴った。全身の骨がきしんで、信じられないくらい吹き飛んだ。

 小刀を手で掴んで、ファウザの胸元に拳を当てる。こちらも威力で飛ばされた。

 たった一撃。

 たった一撃で、立ち上がれないほどの破壊力。

「まあまあだけど、やっぱり物足りないわ」

 イリリが言った。

 乱れた長髪を整える。

 腰の近くまで入った服の切れ目から、細身だが程好く肉のついた脚がのぞく。

 彼女が近づいてきても、メラスは動けなかった。

「命乞いでもしてみたら?」

 イリリが言った。


 そのほうが盛り上がるわ


 彼女の指が顔に迫っていた。


「イリリ」

 名を呼ぶ者がいた。

 彼女の手が止まる。

「勝手なことをするなと言ったはずだ」

 馬に乗って近づく男。

 周りには数人の兵士。

 嘆息して、振り返るイリリ。

 メラスとファウザは男を見る。若い青年だ。馬を降りて、イリリの所へ歩いてきた。

 武装している。腰には剣が一本。反りのある黒い鞘。飾り気はないが、異様な存在感がある刀。

 見覚えがあった。

 同じ職人が鍛えた三本の刀。

「メラス、ファウザ。久しいな」

 青年が言った。

 声に聞き覚えがある。

 しかし、その姿は・・・?

「もう来たの。ちょっと待って。こいつら殺すから」

「駄目だ」

 青年の言葉で、またイリリの動きが止まる。

「何でよ?」

「彼らには利用価値がある」

 不満そうだが、青年の言葉と判断には逆らえないようだ。イリリは髪を揺らして二人から離れていった。

 青年は、うずくまるメラスの前に立った。

「アーマンは生きている」

 痛みで声が出ない。

 視線だけ青年へ向けるメラス。

「彼も私も、ラズ《《》》の構想に賛同して協力している」


 ラズ、とは誰だ?

 ・・・コンサリ様を奪った魔法使いか。


「お前たちも来い」


 この感じ。この声。

 本当にあの方なのか?


「コルバン。さっさと帰ろうよ」

 ロズが言った。


 やはり、そうなのか。


「間もなく、チセンは我々の拠点になる。いつでも会いに来い」

 青年、コルバンは振り返った。


 去っていくロズとイリリ。そして、若返った伝説の三人のひとり、コルバン。

 見送ることしか出来ない。

 何も出来ない悔しさで、地面を拳で殴るメラス。

 後ろにいるファウザ。

 彼は大声で泣いていた。

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