episode12 「再会」

『必ず迎えに来る』

 彼はそう言って旅立った。

 今では遠い昔の、夢物語のような出来事に感じる。

 同じ場所で待つ、というのは、これ程時間の流れを遅く感じるものなのか。

 少しずつ衰えていく肉体。

 あと何年生きられるだろうか。

 不安が期待を蝕んでいく。

 

 独りで住むには広い家。頑丈な石の壁は、寒い冬を過ごすための特徴。

 村人たちの力を借りながら、畑と家畜を日々こなしてきた。

 本格的な冬はまだ先だが、暖炉の火は絶やせない。少なくなってきた薪を補充するため、家のすぐ横の小屋に行く。

 今日は朝から落ち着かない。

 胸騒ぎがする。

 遠くの空を見て、独り微笑む。

 初めて彼と出会った時もこんな感じだったな。

 懐かしい記憶と感覚が蘇る。

 彼と過ごした日々。仲間たちとの旅。楽しかった事、辛かった事。どれもが懐かしく、遠い。

 そして・・・

 彼女との別れ。

 抱きしめた時の感触が、今でもはっきり残っている。

 何年経った?・・・もう十年くらいになるか。母親に似て、美しい女性に育っているだろうな。


 ふと立ち止まって振り返る。

 村の中心から誰かがやって来る。

 長身の武装した戦士が二人。ル・プレがひとり。東国の民族衣装を着た男。

 そして、先頭にいる女性は・・・!

 全身が震えた。

 もう会えないという思いと、もしかしたらという期待。過去の全てが消し飛んで、視界の現実を受け入れる。

 忘れかけていた忠誠心。

 薪を置いて道に出る。膝をついて頭を下げる。

 

 「カサロフ・・・」

 自分の名を呼ぶ懐かしい声。

 勝手に涙が溢れ出す。

 「キース・・・様・・・」

 言葉が出ない。

 しばし沈黙。

 彼女もまた、どう声をかけていいのか戸惑っている。

 膝をついて目の前に座った。気配で分かる。

 目を開けて顔を上げる。

 同じ顔。

 彼女は母親そのままの顔で成長していた。

 「キース様。立派になられましたね」

 笑っているような悲しんでいるような。そんな複雑な表情。

 キースの手が背中にまわり、やさしく抱きしめられた。

 「カサロフ・・・会いたかった」

 幼い彼女をおいて旅立った罪悪感。

 キースの言葉とぬくもりが、背負っていたものを洗い流してくれた。



 「私たちは村の酒場で一杯やっています」

 手を振るラザン。

 何か言いたそうな顔のクラナ。スレイに腕を掴まれ、引きずられるように離れていく。キースの乗ってきた馬を連れて、ナックも来た道を戻っていく。


 納得いくまで話し合って下さい。


 彼らの背中がそう言っている。

 もちろん、キースもそのつもりだ。

 「良いお仲間ですね」

 カサロフが言った。

 キースが振り返る。

 「行きずりで知り合った」

 「それでも主を思い、忠誠を誓っている」

 地面に置いた薪を拾う。

 「キース様、どうぞ中へ」

 二人は家の中へ。

 仕切りの無い広い部屋。暖炉の火が程よい温度に保っている。

 キースはローブを脱ぐ。

 「ここは私の生家なんです」

 カサロフが言った。

 薪を暖炉の横に置き、キースを導く。目の前に来ると、膝をついて彼女を迎える。

 「まずは再会できた喜びと、私に会いに来て下さった事への感謝を申し上げます。キース様、ありがとうございます」

 カサロフが言った。

 彼女の腰にある刀に目をやる。

 「キース様がその刀を持っておられるということは、ガガル様は・・・」

 うなずくキース。

 「そうですか・・・」

 彼の年齢から考えて、仕方の無いことなのだが、実際現実を知ると辛い気持ちになる。キースに剣術を教えるのも、相当負担になっていたかもしれない。

 カサロフは顔を上げる。

 彼女の目は優しく、母親が子供の成長を喜ぶかのようだった。

 「ガガル様のもとで、よく学ばれたようですね。本当に立派になられた」

カサロフに見つめられて、キースは何だか居心地の悪いような、くすぐったいような感覚だった。

 「きっかけはガガル様が他界されたことかもしれませんが、いずれこうなることは分かっていました。覚悟はしていました」

 自分に言い聞かせるかのよう。

 カサロフに導かれ、暖炉の前の椅子に座るキース。

 「病気だと聞いたけど、本当なの?」

 問うキース。

 カサロフは一瞬驚いたような顔をして、すぐに微笑んだ。

 「それを聞いて会いに・・・・病気ですか。確かに体調は良くありません。病気といえば、まあそのようなものですね」

 曖昧な返事。

 陶器の器に温めたぶどう酒を注ぐ。キースに手渡し対面の椅子に座る。

 「ゴルゴルにいる、あの少年から聞いたのですか?」

 ロズのことだとすぐに分かった。

 うなずくキース。

 「そうですか。少年に会って、キース様がここにいらしたということは、少年を滅ぼしたということですね」

 滅ぼした?

 倒した、という意味だろうか。

 不思議な表現。

 「少年の実力は、一度会ったことがあるので分かります。やはり、よく学ばれたようですね。ガガル様のもとで修行されたのは、正しかったようです」

 遠くを見るような目。

 「もちろん、カサロフの事が心配でここに来たけど、私は自分の事をあまりにも知らな過ぎる。どうか教えて欲しい。母親のことや、『あの人』の行く先を」

 あの人、とは、キースの父アーマンのことだ。

 キースは父親に捨てられ、ドレイドに置き去りにされたと思っている。そのことが引っかかっていて、父親と認められない気持ちを持っていた。

 「その前に確かめたいことがあります」

 カサロフの言葉に首を傾げるキース。

 「私がキース様に施した『呪印』が、どうなっているか見せていただきませんか?」

 「・・・分かった」

 戸惑いながらも、納得して立ち上がるキース。

 「実は、一度解けそうになって、ラマジャに直してもらった」

 驚くカサロフ。

 「それはつまり、自力で解いた、ということですか?」

 「うん。ガルじいと修行中に」

 「信じられません。あれは私以外には解けない術なのに・・・」

 元々人に施す術ではない。

 常識から外れていても不思議でない。

 そうとしか考えられなかった。

 キースは刀を置き、簡素な防具を外す。腰帯を緩めて上半身裸になる。

 カサロフの視線がキースの胸元に向けられる。

 「こちらも、立派になられたようですね」

 少し恥ずかしそうな顔をするキース。

 クラナが見たら、興奮して卒倒しそうな顔だ。

 背中の魔法陣を見て、また驚く。

 「これは・・・『死印』」

 「ロズも同じことを言っていた」

 そこにカサロフが描いた術式は無く、全く別の、鳥の翼を模したような絵柄が、背中全体に広がっていた。

 術の効果を補修し、さらに書き加えがされた、ということ。

 さすがラマジャ様。

 しかし・・・

 「これが発動したということは、ラマジャ様はもう・・・」

 十年という時の流れを感じるカサロフ。

 現実を受け入れるしかない。

 また、新たな疑問。

 『死印』が発動したということは、カサロフの封印術が解けそうになった、ということだ。

 「これはまた、自力で解いたのですか?」

 キースは首を振る。

 「これは仲間のクラナが解いてくれた」

 ルコスでの出来事を説明する。

 ゲバラクと会ったことや、武闘会に参加したこと。そして、大陸一と言われていた剣士ザギと戦ったこと。

 チャウバの死。

 キースの話は、カサロフには驚きの連続で、語るキース本人にとっては、遠い過去の出来事のような気分だった。

 キースの旅立ちは、多難の繰り返しだったようだ。

 感慨深いものを感じ、カサロフはキースの背中に優しく抱きついた。 

キースは上着を整える。カサロフは暖炉に薪をくべる。

 これまでのキースの道のりを聞いて、後戻りができないと感じたカサロフ。

 何も隠す必要がない。

 真実をそのまま伝えよう。

 キース本人に選択させればいい。

 カサロフは、開口を待つ彼女に目をやった。

 「私の話を聞いて、父であるアーマン様を理解していただけると信じ、キース様が良い選択をされることを願います」

 返事はない。

 カサロフはぬるくなったぶどう酒を一口飲む。

 「ガガル様の村へ行った時、アーマン様と私が集会場で話したことは覚えていらっしゃいますか?」

 「ほとんど覚えていないが、私の母がプレ・ナだと」

 うなずくカサロフ。

 「そうです。確かにキース様の母はプレ・ナです」

 少し間が開く。

 「彼女の名は『コンサリ』。全てのはじまりは十八年前。この村リノーズで起きました・・・」

 カサロフが話し始める。

 それは偶然と必然、出会いの物語。

 キースの目が真剣さを増した。



 陽が落ち、寒さがいっそう厳しくなった。

 カサロフとキースが酒場に来たとき、それがどんな状況なのか理解できなかった。

 村人たちが陽気に酒盛りをしているテーブル。

 となりのテーブルは、倒れて酒がこぼれたジョッキと食べかけの料理。そこにクラナやスレイたちがいた。

 酒場に似合わない表情。驚いているのか、恐れているのか。

 スレイとラザンは、今にも武器を手にしそうな構えのまま立っている。

 ナックとクラナは、椅子から少し腰を浮かせた格好で固まっていた。

 散乱したテーブルの上。

 彼らの視線はそこに集中している。

 短毛の小型動物が座っていた。

 記憶が確かなら、主に南の熱帯地方にいる猫に似た動物。北の寒冷地にはいない生き物だ。

 カサロフがテーブルに近づくと、その動物がこっちを向いた。

 「やあ、カサロフ。期待通りの反応だったよ」

 さすがのキースも驚いた。

 その動物は言葉をしゃべったのだ。

 「みなさん、ご心配なく。彼は大丈夫です」

 カサロフの言葉を聞いても、彼らの体勢は変わらない。言葉をしゃべる動物に害がないとは思えなかった。 

 「すぐには信じられないでしょうが、彼はこう見えてプレ・ナなんです」

 怪しさがさらに増す。

 プレ・ナはもっと北の、氷の世界でしか生きられない。そう言われている。それと、彼らの容姿は大きくふたつあって、人に近い姿と半獣で、こんな猫に似た小型のものは聞いたことがなかった。

 あくまで人の噂と文献だけの知識だから、正確なところは分からない。

 信用したわけではないが、カサロフが平気そうにその動物の横に立っているので、スレイとラザンは武器から手を離した。

 その時だった。

 今まで陽気に飲んでいた村人たちが、一斉に立ち上がった。

 椅子が倒れ、ジョッキが倒れた。

 スレイとラザンが慌てて武器に手をかける。

 「コンサリ・・・コンサリだ・・・」

 うわごとのように名を呼ぶ。

 彼らの視線の先には、キースが立っていた。

 「カサロフとコンサリがいるぞ」

 誰かが言った。

 「二人が一緒にいることは有り得ない」

 「じゃあ、あの子は誰なんだ?」

 カサロフが村人たちの方を向いた。

 「彼女はコンサリではありません」

 村人たちはカサロフを見る。

 「彼女の名前はキース。あの剣士とコンサリの子です」

 地鳴りが起きたかのような村人のどよめき。

 カサロフはキースを見た。

 「紹介します。彼が私の同居人でプレ・ナの『パパス』です」

 クラナが言葉にならない声を上げる。

 「パパパ、パパスって、まさかあの本書いた人?」

 キースも聞き覚えのある名だった。

 ルコスを旅立つ前、ゲバラクとの話で出てきた名前だ。

 確か『聖地』への案内人として、アーマンに紹介したとか。

ゲバラクの知り合いで、魔法書の著者で、カサロフの同居人。それがこの猫のような小さな動物。

 しかも、この生き物がプレ・ナだとカサロフは言う。そう考えれば言葉をしゃべることも納得できそうだが、すぐには受け入れられない。

 「まあとにかく、お酒でも飲みながらお話いたしましょう」

 そう言って、テーブルの椅子に座るカサロフ。

 キースたちには、彼女の言葉に従うしかなかった。



 プレ・ナは人と同じく男女の区別がある。

 しかし、進化の過程で生殖機能は失われ、子孫を残すことはできない。だから、ある時期を境に人口は減少するのみだった。

 ただし、プレ・ナの寿命は人より長く、平均二百から三百才。最長で五百である。 そんな説明から話が始まった。

 男女五人の旅人が、酒場でしゃべる猫の言葉に耳を傾けている。

 奇異な光景だ。

 もっと奇異なのは、キースに群がる村人たちだ。

 『コンサリ』、という名を連呼しながら、やたらとキースに触れたがる。

 頭を撫でたり、腕や身体を触ってみたりして、自分たちの知る『コンサリ』との違いを探ろうとしていた。

 そんな村人たちからキースを守ろうと、クラナが間に入って押しのけようとするが、細身の彼女が屈強な男たちに敵うわけがなく、あっさり吹き飛ばされる。

 クラナが尻餅をついても、村人はキースのまわりから離れない。

 嘆息。

 彼女の必死さが滑稽過ぎて、笑いをかみ殺すラザン。

 ようやくカサロフが間に入ってくれた。村人たちは、彼女の言葉に納得し、自分のテーブルに戻った。威嚇したわけではない、なんというか、カサロフの言葉には人を従わせる力がある。そう感じた。

 

 「コンサリは、プレ・ナのなかでも特別だった」

 パパスが言った。

 遠くを見つめる青い瞳。

 当時を思い返しているのだろうが、猫の顔からは感情を読み取ることができない。

 燭台に火が灯り、暖炉に薪が足された。

 「そして、カサロフもまた、人のなかでは特別だった」

 カサロフとコンサリの奇妙な関係。

 パパスの話は、まるで旅の詩人が語る絵空事のようだった。

 プレ・ナは魔力を生成、管理する、全く別の存在。人との接点は無い。唯一は、魔法修行の最後に、『聖地』と繋がっているという『異界の門』から声を聞くだけ。それが魔法使いとして認められるか否かの儀式。

 それだけ。

 人とプレ・ナが交わることは無い。だから、今耳にした事を、素直に受け入れることは難しい。

 でもそれが本当なら、キースの母親がプレ・ナでもおかしくない。

 それを肯定しないと次に進めない。


 「ちょっと待って」

 クラナが言った。

 両手を広げて、パパスの話を止める。

 「頭がついていかない。話を整理させて」

 スレイたちも大きく息を吐く。

 思い出したように、手元にあるジョッキを口に運ぶ。

 「つまり、キースのお母さんとカサロフさんは、生まれた日が同じで、人とプレ・ナだけど、お互いの身体を共有できる不思議な関係だった」

 うなずくカサロフ。

 「二人はある時期から、肉体と精神を切り離すことで、お互いの身体を入れ替えることができた。そうすることで、プレ・ナであるコンサリさんは『聖地』以外の場所に行くことができた」

 「そうだ」

 パパスが言った。

 「で、理由は分からないけど、その大陸の外から来たっていう魔法使いが、ロズたちを使ってコンサリさんの精神だけを奪ったと」

 自分に言い聞かせるように話すクラナ。

 彼女の隣でラザンは酒を飲み干し、ジョッキをあげて店主におかわりをせがむ。

 「アーマン様はコンサリの精神を奪い返すために、その魔法使いを追って旅立たれました」

 そう言ってキースを見るカサロフ。

 足手まといだから置いて行ったのではない。

 こうなる日を想定して、信頼できる師のもとで修行させた。 

 それをキースに分かってほしい。

「魔法使いは、何故コンサリ様を連れ去ったのか・・・」

 スレイが言った。

 そこがどうしても気になる。

 「おそらく、プレ・ナの特異な力を自国に持ち帰りたかったと、私は思っています」

 カサロフが言った。

 特異な力。

 魔力を生成、管理する能力。

 「プレ・ナは北の極地でしか生きられない。それで、精神と肉体を切り離せるコンサリ様が狙われたのか」

 ラザンの言葉に、うなずくカサロフ。

 何かを言いかけてやめる。

 パパスを見て、下を向く。

 すぐに顔を上げてキースを見る。

 酒の入ったジョッキが運ばれてきた。

 「なんだい、この席は」

 給仕の女が言った。

 中年の、横向きに大きな体格の女。

 ジョッキを乱暴に置いて、腰に手をあてる。

 「酒場なんだから、もっと陽気に飲みなよ。こうしてさ、コンサリそっくりな娘に会えて、あたしゃ嬉しくてさ、一杯もらってもいいかい?」

 返事を待たず、ジョッキを持って飲み始める。

 喉を鳴らし一気に飲み干す。

 歓声があがる。

 爽快感を感じるくらい良い飲みっぷりだ。

 キースに抱きつく。

 胸だか腹だか分からない部分を押し付ける。

 「あんた、名前は?」

 問う女。

 「キース、です」

 「なんだか男みたいな名前だね。まあいいさ。よく来たね、キース。コンサリはさ、プレ・ナだったけど、この村の住人みたいなもんだったからさ、あんたもここの住人さ」

 分厚い手でキースの顔を触りまくる。

 「難しいことは分からないけど、強そうな兄さんたちを連れてるってことは、コンサリを助けに行くんだろ?・・・なに、迷ってるの。なんでさ、簡単なことじゃないか。悪い奴がコンサリを連れて行ったんだろ?・・・強いなら助けに行けばいいじゃないか」

 女の言う通りだった。

 答えは実に簡単だ。

 助けに行けばいいだけ。ただそれだけだ。

 「キースはどうしたいの?」

 クラナが問う。

 それが全て。

 クラナはもちろんのこと、スレイもラザンも、今ではナックも。キースに惹かれてここまで来た。彼女が決めた事なら迷わず従う。命だって惜しくない。

 酒場にいる全員がキースの返事を待っていた。

 「私は・・・」

 言いかけて目を伏せた。

 迷っているわけではない。クラナを見た瞳には強い意志が感じられた。

 「私は、私がいる意味を知りたい。それだけだ」

 カサロフを見る。

 何かを察してうなずく。

 「あの人や母に会えば、その答えが分かる。そのために必要なら、あの人を追い、母を連れ戻す」

 給仕の女がため息をつく。

 「面倒くさい子だねえ。用はコンサリを助けてくれるんだろ?」

 振り返った。

 「コンサリの娘がさ、助けに行ってくれる。帰ってくるよ、あの子が」

 聞き耳を立てていた村人たちが、立ち上がって腕を上げた。

 歓声。

 男たちが再びキースに押し寄せる。

 「まだ助けられるとは・・・」

 肩を軽く叩かれ、言葉を止められる。

 「あたしゃこう見えて、人を見る目があるんだ。兄さんたちも相当な実力だろうけど、キース、あんたは特別強そうだ。大丈夫、もっと自分に自信を持ちな。あんたなら助けられる」

 肩を何度も叩かれる。

 苦笑するスレイたち。

 「決まったようですね」

 カサロフが言った。

 「では、今後の行動について考えましょう」

 主とする、キースの気持ちが分かれば話しは早い。

 あとは彼女のために何ができるか。それを考えるだけだ。


 毎晩にぎやかな酒場だが、その日はさらに盛り上がった。村人たちは本当にコンサリのことを、家族や恋人のように思っているらしく、当時の事をとても楽しそうに話した。

 人から好かれる性格は、母親譲りかもしれない。

 そんなことを思いながら、カサロフはキースをじっと見つめた。

 遠い日の記憶が、つい昨日のことのように感じられた。




  静寂のなか、目覚めたばかりなのに、心臓の鼓動が激しい。

 苦しくも痛くもないが、寿命を削られている感覚がはっきりとある。

 カサロフはベッドから起き上がった。

 寝室を出て、暖炉に火をつける。

 少しずつ大きくなる炎を見ながら、ひとり思う。


 あとどれくらい生きられるだろうか


 このまま彼と再会できずに、辺境の小さな村で死んでいく。半ば諦めていた気持ちが、キースと再会できたことで、希望に変わっていた。


 まだ生きていたい。彼と会うまでは・・・


 何かを感じて外を見る。

 閉め切っているのに頬に風を感じた。

 積み上げた薪が燃え始めたのを確認して扉を開ける。

 冷気が一気に体温を奪っていく。

 家の北側。

 ローブに包まった者がひとり。家に泊まったクラナが座っていた。カサロフに背を向けて、何かを見ている様子。

 カサロフはストールを巻き直して歩み寄った。

 声をかけようとして、視界に入った光景に立ち止まる。家と畑のあいだ。両腰に刀を携えたキースが立っていた。

 目を閉じて、右腰の刀に手を置いている。

 気配に気づいて振り返るクラナ。

 言葉は無く、目線だけであいさつをする。

 キースがゆっくりと足幅を広げた。

 素早く柄を持ち抜刀。

 見えない大気を斬った気がした。

 軸足を中心に向きを変えて、両手で刀を持って振り下ろす。

 下から上へ。

 横に。

 軸足を変えて斜めに振り下ろす。見えない相手に何度も刃を向ける。

 ゆっくりとした動作だが、無駄がなく優雅。

 呼吸を整え、刀を鞘に収める。


 素晴らしい。

 カサロフは感心した。

 キースは間違いなく大陸随一の剣士だ。今の剣技を見てそう確信した。

 ガガルの剣術を軸に、彼女独特の剣技を完成させている。アーマンほどの力強さはないが、動きが鋭く的確だ。

 カサロフは声をかけようてしてまた止めた。

 キースが再び身構えた。

 今度は左腰の刀。

 紅い鞘に邪神の彫刻。再会した時から気になっていた刀だ。

 抜刀する。

 一瞬だけ恐怖を感じた。

 全身の『気』が根こそぎ吸い取られたような感覚。

 なんという刀。

 人が扱える武器ではない。

 下を向くと、クラナがこっちを見ていた。

 「サリュゲンという刀鍛冶が、キースのために鍛えた刀です」

 彼女が言った。

 「サリュゲン・・・あのサリュゲン、ですか・・・」

 彼のことは知っている。

 自分が気に入った者、強いと認めた者にしか武器を造らない。偏屈だが腕の良い刀鍛冶だ。クラナの話では、サリュゲンは誰かの声に導かれ、十年かけて刀を完成させたという。

 不思議だが納得してしまうカサロフ。

 キースの存在。彼女の『力』自体が不思議なのだ。そういう事があってもおかしくないと思った。

 刀を振るたび、聞こえる鈴のような音色。

 邪気をまとっているからこその美しさ。

 剣術の型を見ているだけで、不思議な感情がこみ上げてくる。

 カサロフは頬に伝うものを感じて手を添えた。

 涙を流していた。

 感動なのか、悲哀なのか。自分でも何の涙なのか分からない。

 涙を拭いて心を落ち着かせる。

 「クラナさん、食事の用意を手伝ってもらえませんか?」

 ローブに包まった彼女が、素早く立ち上がる。

 「は、はい。分かりました」

 振り返ると、目をこすっていた。

 どうやら彼女も涙を流していたようだ。

 苦笑するカサロフ。


 家に入ると、後ろでクラナが深い息を吐いた。

 「私、キースのことが好きなんです」

 クラナが言った。

 彼女の態度を見ていれば分かる。

 カサロフは振り返った。

 「キース様を大切に思って下さるのは、とても嬉しいことです」

 微笑む。

 「これからもよろしくお願いします」 

 深く頭を下げるカサロフ。

 予想外の反応に、クラナは驚いた。

 婚礼を認めてもらったような気持ちだった。


村人たちが朝の作業を始めた頃、カサロフの家に旅装束の男たちがやって来た。村の宿に泊まっていた、スレイとラザン、そしてナックである。

 キースはカサロフと畑にいた。

 朝の鍛錬を終えて、カサロフから畑で育つ作物の説明を聞いていたところだった。

 スレイたちはキースを見つけると、馬を降り、足早に彼女の前でひざまづいた。

 「キース様、おはようございます」

 「おはよう」

 笑顔で答える。

 となりにいたカサロフは、少し離れて待機していた。

 「我々はひと足先にゴルゴルへ戻ります」

 顔を上げるスレイ。

 感情を押し込め、耐えているような表情。

 「しばしの別れとなりますが、できる限りの準備をしてお待ちしております。どうかご無事で・・・」

 言葉が続かない。

 伝えたい気持ちが先走って、上手く紡げない。

 いつも冷静なスレイが、こみ上げるものと戦っている。それを横で見ているラザンがため息をついた。

 「スレイ様、こういう時こそ素直になればいいのですよ」

 立ち上がる。

 大股でキースに近づいて、思いっきり抱きしめる。

 キースは足が浮いて身動きが取れない。

 ラザンは髭面を彼女に押し付けた。

 「主様、良い旅を。心はいつもあなたのそばにおりますぞ」

 キースは苦しそうに顔をしかめる。

 「分かった・・・分かったから・・・」

 ラザンを振りほどくのは簡単だ。

 それをしないのは、嫌がっていないから。

 キースの匂いと温もりを十分に堪能して、ラザンは彼女を降ろした。それを見ていたスレイは苦笑する。

 「私はお前のその性格が、時々うらやましい」

 そう吐き捨て立ち上がる。

 気づくと、目の前にキースがいた。

 彼女のほうから抱きついてきた。

 スレイの身体が硬直する。

 「あなたたちと出会ったおかげで、ここまで来ることができました。ありがとう」

 目の前の景色が歪む。

 勝手に涙があふれた。

 「必ず戻って来て、国王と王妃を助けます。それまでどうか無事でいて下さい」

 大切なものは身近にある。

 育った場所も境遇も違うキースとスレイたちだが、絆は深く、かけがえのない存在となっていた。

 乱暴にドアが開く音がして、殺気に満ちたものが彼らに迫ってきた。

 食事の準備をしていたクラナだ。

 キースの身に異変を感じて飛び出してきたようだ。

 手に杓子と皿を持ったまま。スレイに抱きついているキースを見て、高まった感情が手持ち無沙汰になる。

 「食事の用意ができましたか?」

 カサロフが問う。  

 「は、はぁ・・・い」

 クラナは気の抜けた返事をした。


 再会を約束して、スレイとラザンはゴルゴルへ旅立った。

 カサロフの家にはキースとクラナ、そしてナックがいた。暖炉の前、歓談とは言えない雰囲気だ。

 「さて、ここからが大変です」

 カサロフが言った。

 腕を組んで、真剣な表情。

 彼女に視線が集まる。

 「何があっても進む。もう迷わない」

 キースが言った。

 昨夜、遅くまで話し合った。

 キースが下した答えに、誰も異論はなかった。


 アーマンを追い、母を救う


 進む道が決まれば、おのずとやるべき事も決まってくる。

 この大陸にはあと二人、魔法使いの仲間がいる。そこを何とかしないと進めない。ノマを操ることができる者と、ナックの母国、イナハンにいるイリリ。その事を聞いてカサロフは、ノマを操る者は『聖地』にいると推測した。

 『聖地』には、精神を抜かれたコンサリの身体がある。見張りを付ければ、コンサリを人質として利用できる。あの魔法使いならそう考える。

 確信はないが確率は高い。

 経験豊かなカサロフの意見に同意する。

 では、どうするか?

 『聖地』に行って、障害を取り除く。

 「そのためには、道案内が必要です」

 太陽や星で方角が分かっても、『聖地』にはたどり着けない。

 カサロフはキースたちを見回した。

 「この村に適役の者がいます。ただし、案内を引き受けるかどうかは、あなたたちの説得にかかっています」

 キースたちの、武器を使わない戦いが始まろうとしていた。



・・・・十二年前。


 ルコスより北、魔法使いになるための修行の場、ロフェアよりさらに北西へ。

 ラフィネという小さな街。

 作物の育ちにくい土地。一年の半分は白い雪と氷に覆われた、人は住むには過酷な環境。それでも街を離れないのは、両親や祖父母が生まれ育った街だから。

 そしてなにより、先の大戦で活躍した三人の戦士が、ここで修行し剣術の基礎を築いた街だと、自慢できるから。



 異変に気づいたのは、母親と同じ顔をした、キースの寝顔を見ている時だった。

 カサロフは静かに立ち上がり、寝室を出て東の空を見上げた。両手を胸元に置いて目を閉じた。

 意識を集中する。

 どんなに離れていても、二人の心は繋がっていた。それが今は何も感じられない。前にも一度、同じような事があった。

 六年前の記憶が蘇る。

 コンサリを襲った謎の魔法使い。彼はカサロフの身体から、コンサリの精神だけを抜き取ろうとした。あの時も同じような感覚を味わった。

 有り得ない。

 魔法使いは死んだ。

 偶然その場に居合わせたアーマンが、神技のような剣術で見事に倒した。カサロフはコンサリの目を通して、その瞬間を見ていた。

 だから、あの魔法使いではない。

 すぐに思い直す。

 仲間がいるかもしれない。あの男が単身で大陸にやって来たとは限らない。

 とにかく、アーマン様に知らせよう。

 カサロフはキースが寝ているのを確認して、廊下を進んだ。


 鍛錬のための広場を囲うようにして建つ家屋。廊下を歩きながら広場に目を向けると、アーマンがひとり立っていた。

 稽古をしているのなら、そこにメラスとファウザがいるはずだが、二人はカサロフと逆方向から廊下を走ってきた。

 「どうしました?」

 立ち止まって声をかける。

 「アーマン様に、キース様を全力で守れと命じられました」

 メラスが答える。

 二人は足を止めず、寝室へ向かった。

 ただ事ではない。

 カサロフは広場に立つアーマンをもう一度見た。

 正門からローブを着た小柄な侵入者が入ってきた。

 直感で、あの魔法使いの仲間だと思った。ならば彼と同等か、それ以上の実力者だと判断する。

 私が行っても、足手まといになるだけだ。

 カサロフは振り返り、寝室へ戻った。


 広場で対峙するアーマンとローブ姿の侵入者。侵入者は頭のフードを下ろした。

 紅い髪の少年だった。

 「はじめまして、剣士さん」

 微笑む少年。

 アーマンは腰の刀に手を置き、自然体で身構えている。

 「僕はロズ。主の命令で、剣士さんに会いに来たよ」

 注意深く観察する。

 見た目は少年だがあなどれない。

 『主』とは誰か。

 思い当たる者がひとりだけいた。

 「・・・・あの魔法使い、どうやって生き返った?」

 アーマンの問いに、ロズは笑う。

 「そこはまあ、魔法使いだからさ。タネは明かさないけど、剣士さんが切り刻んだおかげで、復活するのに相当時間がかかったようだよ」

 この少年は戦士か、魔法使いか。

 相手の動きに注意しながら、刀を抜く好機を探る。

 アーマンの殺気を感じて、ロズは両手を身体の前で振った。

 「待って待って。僕は戦いに来たんじゃないんだ。主から伝言があって来ただけだからさ、そんな怖い顔しないで」

 声も仕草も少年のよう。

 だが油断できない。アーマンはロズから、底知れぬ恐怖と威圧感を感じていた。

 「じゃあ言うよ。えっと・・・『彼女は頂いた。返してほしいなら奪いに来い』・・・だって。全く、本人が直接言えば・・・!!」 

 大気が刃となってロズを襲った。

 師であるガガルから伝授された大技、居合い抜き。刀身に魔力を注ぐことで、遠くの相手を斬ることができる技だ。

 ロズは両手を身体の前に掲げた。

 アーマンは目を見開く。

何も起こらなかった。

 「容赦なしだね。こわいこわい・・・」

 ロズは首をすくめる。

 「残念だけど、剣士さんでは僕は倒せないよ」

 アーマンの表情は変わらない。

 刀を正眼に構える。

 一瞬見えた手のひらの魔法陣。あれが技を無効にした。つまり、魔力は通用しないということか。

 だったら・・・・

 「北の民族は血の気が多いようだね。まあ僕がここで剣士さんを殺しても、なんの問題もないんだけど。どうしようかなあ・・・」

 腕を組み、考え込むロズ。

 アーマンは目を閉じて、ゆっくり息を吐いた。

 脱力。

 開眼が自分に対しての合図。

 アーマンが消えた。ロズのすぐ後ろに現れる。

 逃げられる距離ではない。

 アーマンは刀を頭上から振り下ろす。手に伝わるはずの感触が無い。

 振り返ったロズの顔に、横なぎの一閃。

 刀身が何も触れずにすり抜ける。

 感覚が危険を知らせた。

 ロズが手のひらを掲げた時、そこにアーマンはいなかった。

 「面白い技を使うね」

 微笑むロズ。

 また振り返る。最初に立っていた場所にアーマンがいた。

 「触れられない身体、手のひらに描かれた魔法陣が魔力を無効にする。残念だが、今の私ではお前に勝てそうもない」

 刀を構えたまま、アーマンが言った。

 「だからといって、刀を収める気はない。ここでお前を倒し、魔法使いを追う」

 正眼の構えから、刀を下に。

 刀身を後ろに、柄を持つ両手を右腰に軽く添える。

 予測できない動きに対応できる姿勢。

 ロズは首を振る。

 「勝てないと分かって、まだやる気なの?」

 アーマンは動じない。

 微笑むロズ。

 「ほんと、北の民族は戦うことが好きなんだね。仕方ないから殺してあげるよ。覚悟はいいかい?」

 「望むところだ」

 アーマンが目の前から消えた。

 ロズの正面に現れる。

 腰を落とし、足を狙う。

 ロズは後方へ飛んだ。身体が小さい上に素早い。

 アーマンがまた消える。

 ロズは視覚を諦め、ほかの感覚に集中した。ローブの中に手を入れる。

 右頬に熱を感じた。

 視覚だけでは捕らえにくい、針のようなものが飛んできた。腰をかがめる。針が頭上を通り過ぎた時、左斜め後方にアーマンが現れた。

 彼の刀身は、ロズの赤い髪に触れるところまで迫っていた。

 小さな火花と甲高い金属音。

 手にした短剣がアーマンの刀を弾いた。アーマンは身体を一回転させて、刀を横なぎに振った。捕らえたはずだが、感触が無かった。

 短剣の先端が目の前に迫る。

 かわしたはずが、頬をかすめた。

 刀身を小刻みに震わせながら、けん制して突く。刃は十分届いているが、やはり感触がない。

 ロズと距離を置いた。

 刀を構え直す。頬に受けた傷から血が少し流れていた。

 「ふーん。思っていたよりやるね」

 ロズが言った。

 アーマンは中段から下段に刀を構え直す。

 「でもまあ、所詮はそこまでだよね。楽しかったよ。ありがとう、剣士さん」

 満面の笑み。

 ゆっくりと歩き出す。

 手にしていた短剣は無くなっていた。

 アーマンは刀を上げようとして、初めて身体の異変に気づく。

 動かない。

 首をひねることも、指を動かすことできない。

 知らぬ間に術をかけられたらしい。

 屋敷の中で人の動く気配。

 「アーマン様!」

 カサロフの声がした。

 彼女は魔法を何度も発動させたが、身体の呪縛は解けなかった。

 風を切る音。

 カサロフの隣で、ファウザが矢を放った。

 ロズが片手を矢に向ける。

 信じられないが、突然矢が失速して落下した。

 メラスが剣を抜き、近づこうとした。

 「来るな」

 アーマンの声に、メラスの足が止まる。 

「お前たち、キースを連れて逃げろ」

 彼の言葉に動揺した。

 「し、しかし・・・」

 メラスは納得できない。

 もちろん、ほかの者も気持ちは同じ。主を守るためなら、命など惜しくない。

 だが・・・

 「聞こえなかったのか。キースを連れて逃げろ」

 ここにはまだ幼い主の子がいる。

 彼女を守るのも、部下としての役目。

 拳を握るメラス。

 「キース・・・様?」

 後ろでファウザの声がした。

 ロズを警戒しながら振り返る。

 カサロフとファウザの視線がアーマンの方へ向いていて、ちょうど二人の表情が変化したところだった。

 向き直る。

 メラスも驚いた。

 アーマンの目の前。

 彼をかばうように両手を広げ、ロズと対峙しているキースがいた。 

 寝室で寝ていた彼女がいつの間に?

 ロズが不思議そうに首を傾げ、キースを見ていた。

 「キ、キース・・・」

 アーマンも驚く。

 歩いてくれば気づくはず。

 彼の技のように、キースは突然現れた。

 「なんだい、君は?」

 キースは唇を噛み締め、ロズを睨んでいた。

 メラス、ファウザ、カサロフ。彼らは何の迷いも無く広場に足を踏み入れ、ロズを取り囲んだ。

 キースを守れと言われた以上、命に代えても守り抜く。それが従者としての役目。

 「お前、キース様に触れることは、絶対に許さん」

 メラスが言った。

 今まで以上に気迫がこもっている。

 「キース様、そこは危険です。どうかこちらに」

 カサロフが膝をついて両手を広げた。

 首を大きく振るキース。

 ロズからアーマンを必死に守ろうとしている。

 ファウザは距離を取り、弓でロズの頭に狙いを定めている。万が一矢が身体をすり抜けても、キースには当たらない位置。

 ロズは片手をあげて、彼らをひとりずつ指差した。顔と立ち位置を確認するかのように、うなずきながらゆっくりと。

 それが何のための行動なのか。答えはすぐに出た。

 全員、身体の自由を奪われた。

 アーマンと同じく、指一本動かせない。さらに最悪なことに、彼らは呼吸すらできない状態だった。

 「君たち、ちょっと邪魔。そのまま死んで」

 ロズが言った。

 じっと、キースを見る。淡い緑の髪。幼いが整った顔立ち。

 「へえ~、君は彼女の子供なのか。興味深いな・・・」

 プレ・ナは生殖機能が退化したため、子は産めない。

 だが、身体を共有できるカサロフとコンサリは特別だ。肉体的にはカサロフが子を宿したことになっても、コンサリの精神がカサロフの肉体に移っていれば、彼女の子として産まれてくる。

 キースはアーマンとコンサリの子。人とプレ・ナの間に生まれた子だ。特別な何かを期待しても不思議でない。

 声にならない悲鳴。

 苦しさが表情に出始めるカサロフたち。

 ロズはキースを指差した。

 カサロフたちと同じように、身体の自由を奪う魔法をかける。

 「剣士さんと君たちは、ここで死んで。この子は連れて帰るよ」

 ロズが言った。

 再びキースを見る。

 小さな女の子は、カサロフたちに向けて何か言葉をかけていた。聞こえないほど小さな声なのか、それとも聞き取れない言葉なのか、ロズにはキースが何を言っているのか分からなかった。

 そもそも、キースには魔法が効いていなかった。

 首を傾げる。

 荒い息遣い。

 咳き込むメラス。

 彼らの呪縛が解かれた。その場に伏して必死で回復を試みている。

 目の前のアーマンも同様で、急に解かれた呪縛を、両手を見ながら不思議に思っていた。

 「なんだ、これは。何で術が解けたんだ?」

 何が起きたのか理解できない。

 キースがロズの目の前に立っていた。

 片手がローブに触れる。

 そこだけ嵐が来たようだった。

 どこからか突風が吹いて、ロズの身体は吹き飛ばされた。

 魔力的なものは感じなかった。



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