episode10 「共闘」

城の一室。

 窓から部屋へ入れるのは、翼を持った生き物だけ。

 部屋の中央。赤い髪の少年が、テーブルに肘を立てて天井を見つめていた。赤い瞳の焦点は動かず、心ここにあらず、といった様子。

 窓から突然銀毛のハイオカが入って来ても微動だにしない。

 ハイオカは足音を立てず少年に近づく。テーブルの上に飛び乗って、少年の目の前に立つ。襲いかかるつもりではないようだ。興味深そうに、少年の顔を覗き込む。


 お前、わざと無視してるだろ。


 頭の中で声がした。

 銀毛のハイオカ。ロカ山脈でキースと話していた、あのハイオカだ。

 赤髪の少年、ロズは頬を膨らましてハイオカを睨んだ。

 「ひどいよ、サロワ。勝手にキースを襲ったりしてさ。まだボクの番なのに」

 ハイオカは座る。


 力量を推し量るくらいいいだろ。それに、ノマがどの程度操作できるか、試してみたかったんだ。


 「キースはどうだった?」 ロズが尋ねる。


 なかなか興味深い女だ。俺の正体を見抜きやがった。


 そうでしょ、ちょっと楽しみだよね。なんだか嬉しそうなロズ。

 目の前のハイオカをじっと見て、

 「身体の調子はどうなの、上手くいってるの?」

と話題を変える。


 悪くない。プレ・ナの身体も定着してきたしな。ただ、ここから出られないのはちょっと不便だが。


 ふーん、とロズは面白くなさそう。

 それよりも、と銀毛のハイオカはロズを見る。


 俺が貸していた『プレ・ナの目』、もう必要ないだろ。回収させてもらう。


 ああ、と服の中から小瓶を取り出す。

 「これを取りに来たんだったね。やっぱりさ、人には無理だったよ」

 小瓶を紐でハイオカの首に固定する。

 「ザギならもしかしたら、って期待したんだけど。全然駄目だった」


 純血の戦闘民族でも駄目だったか


 銀毛のハイオカは、首に巻かれた紐の具合を確認する。長い道のりだ。途中で落とすわけにはいかない。


 イナハンのイリリはどうしている?


 「なんかさあ、連絡つかないんだよね。上手くやっているとは思うけど」

 女の子は気まぐれで難しい、と付け加える。

 

 もしや、あの二人に倒されたか


 ロズは笑う。

 「それは無いね。彼女は僕たちの中で、最も戦闘に特化した子だから。今のキースにだって負けないと思うよ」

 納得するハイオカ。

 二人が認める力量。どれ程のものなのか。

 あの二人、とは?

 お互いの連絡事項を済ませて、銀毛のハイオカは帰路に向かう。窓枠に飛び乗ろうとしたところで呼び止められる。

 「僕が倒されたら、次はきっとサロワの番だよ。上手くやりなよ」

 

 弱気だな。お前が殺られるとは思えんが、まあ準備はしておく


 ハイオカは最初に現れた窓枠から消える。

 ロズは椅子から立ち上がり、窓に近づく。

 「サロワは分かってないね」

 彼は懐から何かを取り出す。占いに使われるような絵札が一枚。手のひらに乗せてそっと差し出す。

 絵札は小鳥に変化する。

 「あの子の成長速度は予測できない」

 小鳥が飛び立つ。

 「それがまあ、あの子の魅力なんだけど」

 まっすぐ西の方角へ。その先は深い森のあるポレスの街。キースたち一行を分断させるために兵団を送った街。

 「楽しみだなあ。どれくらい強くなってるかなあ」

 小鳥を見送る。

 ロズは小鳥が見えなくなるまで、じっと窓の外を眺めていた。



特別な呪文は無い。

 手首足首にある見えない輪具(リング)は、肉体と同化していて、意識を集中させるだけで発動する。今は日中だから分からないが、輪具は発動すると淡い光を放つ。

 自分の意思で制御できるまで、まる一年かかった。

 

 こうなったらやるしかない


 ナックは覚悟を決めた。

 輪具を発動させると、人知を超えた力と強靭な肉体が宿る。それでも精神的な弱さは、自分で克服するしかない。

 飛び降りる。

 兵団は殺気と怒号でひしめいていた。

 砲台を乗せた荷車が破壊されても、気付く者はいなかった。鉄の塊の下敷きになって、砲撃手が声にならない悲鳴を上げる。

 振り返ったら吹き飛ばされた。

 隊列が大きく乱れた。



 信じられない光景だった。

 全ての矢が、見えない力で失速した。手をかざした少女が、何か力を加えたとしか思えない。魔法か?・・・いや、呪文は唱えていない。

 自然と足が一歩後退する。

 「ひるむな!!」

 団長の声。

 何を恐れる。相手は少女ひとりだ。

 もう一度士気を高める。

 「槍兵、前へ!」

 隊長の合図で弓兵が後退する。

 その時、後ろで大きな音がした。振り返って愕然とする。砲台が荷車から落下して歩兵たちを襲っていた。

 隊列が大きく乱れた。

 誰かが叫んだ。敵はひとりではないらしい。荷車を壊した者がいる。

 前列から悲鳴。今度は何だ。振り返ったら槍兵の槍が腕ごと宙を舞っていた。次は誰かの首が。

 一瞬の隙にキースが切り込んでいた。

 森から二人の男が現れた。

 「やりますな、あの男」

 ラザンが言う。ナックのことである。

 「若いがなかなか勇気がある。我々も行くぞ」

 スレイ。

 背中の双剣を抜く。

 ラザンの槍が回転して風を呼ぶ。

 新たな敵に気づいた者が隊列から抜き出る。槍兵たちだ。彼らは兵団の中で最も体格がよく背も高い。それでもスレイたちの方が頭ひとつ分背が高い。


 双剣のスレイ。長槍のラザン。


 二年前の二人の異名。誰かが言った。顔は覚えていなくても、武器と身のこなしは覚えている。豪快な槍さばき。対して、無駄の無い洗練された剣技。槍が何本打ち込まれようと、歩兵たちに取り囲まれようと、二人を止める事は出来なかった。 

 団長の声は誰にも届いていない。

 兵団はたった四人の攻撃で均整を崩された。

 剣と盾を持った歩兵たちが大声を上げる。逃げ出したい気持ちを振り払う。気迫のこもった攻撃が、スレイとラザンに襲いかかる。

 届かない。

 双剣と長槍がまるごとはじき返す。

 

 短髪で異国の服の男。東国の顔立ち。中肉中背。どこからそんな力が出るのか。予測できない不思議な動き。伸ばした腕が歩兵たちを吹き飛ばす。振り下ろされた剣をかわして、腕と脚だけで相手を倒す。地面の上を滑るように移動して間合いを詰める。

 歩兵の盾ではナックを止められない。

 足が地面から浮いて、後方の誰かとぶつかった。

 俺たちは、人の姿をした魔物と戦っているのか。拳と蹴りであんなに人が吹き飛ぶものなのか。


 振り返ると、そこには別の魔物が立っていた。

 緑色の髪。幼いが人とは思えない美しい顔立ち。異国の服。小柄な少女。左手に細身の剣を持って立っている。取り囲む兵士たちが切り込まないのは、彼女の放つ危険な雰囲気のせい。

 片手をかざしただけで矢が失速した。

 彼女に挑んだ者は、後悔する前に絶命した。

 目で追えないほど素早いわけではない。盾を持つ手が痺れるほど力強いわけでもない。なのに誰も彼女を捉える事ができない。

 先の大戦で活躍したある剣士は、ひとりで百人の兵士と戦ったという。

 この少女はそういう剣士だ。

誰かがかすれた声で叫んだ。

 剣を振り上げキースに襲いかかる。彼女の右手がゆっくり上がるのを見ながら、男は渾身の力で剣を振り下ろす。はずだった。

 腕に力を込めた時、身体の重心が上に移動する。キースの右手が男の首を軽く押しただけで、受け身する間もなくひっくり返った。

 きっかけがあれば次が続く。

 盾で身体を隠し突進する。キースの両側から。相手は女だ。力では男に敵うまい。押さえつけて動きを止めれば・・・・キースの右手が上に、身体を後ろに反らす。片手を地面に着けて後転。見えていたが勢いが止められない。二つの盾が激しくぶつかる。

 鋭く風を切る音。

 首を失った兵士がその場に倒れる。

 同士打ちをしないように、並行して突進する。槍ならば遠くから攻撃ができる。女だからといって容赦しない。串刺しにしてやる。十分に引き絞って力を溜める。

 槍を突き出す瞬間、キースは身体を横に向けた。二本の槍の間に身体を滑り込ませ、渾身の突きは空を切る。

 槍が腕ごと地面に転がる。


 有利なのは取り囲んだ兵士たち。逃げ場を無くして四方から攻め込む。

 戦争に勝った。国を守るために日々訓練に励んだ。それなのにこの少女の前では全てが否定され、自信をへし折られた。


 槍兵が五人。キースを囲んだ。この距離で槍を外す事は絶対無い。同時に突き出して終わりだ。

 目配せをして時期を計る。一瞬だけキースから目をそらした。

 それが致命傷になった。

 風が前から吹き込んで、となりの兵士が消えた。

 蹴り飛ばされたと分かった時には遅かった。槍先が斬られ、腕が斬られ、首が斬られた。後ろから突こうが前から突こうが関係ない。視界に頼っている限りキースを捉えることは出来ない。


 後方。建物の影から弓士がキースを狙う。

 射つ。

 立ちはだかる長身の男。双剣を振る。スレイだ。矢を払い落とす。

 キースの背後に立つ。

 「主を守るのが我々の天命。少しはお役に立たせてください」

 スレイが言った。

 キースが少し笑ったように見えた。

  

 不意打ちで隊列が乱れたとはいえ、この戦力だぞ。二年前の戦争でもこれ程の劣勢を味わったことがない。団長は決断を迫られていた。

 押すか、引くか。

 兵の数だけでは有利にならない。

 団長は伝令兵を呼んだ。

 「撤退だ」

 「しかし隊長、我々は・・・」

 団長の鋭い目。伝令兵は言葉を止める。

 「ロズ様から無理そうなら逃げていい、と言われている。このままでは体勢を立て直す前に全滅だ」

 撤退する。

 団長はもう一度繰り返した。


 

 襲ってくるのもいきなりだったが、撤退するのもいきなりだった。

 「なによ、これから私の出番だったのに」

 森から出てきたクラナが言った。

 キースたちは武器を収め苦笑する。予定通りなら、散らばった兵士をキースたちがもう一度集めて、クラナが魔法をかけるはずだった。その時機を待っていたら、兵団が消えていた。転がっていた動かない兵士も連れて。

 「ロズの命令で動いているなら、私の力量を試しているのかもしれない」

 キースがつぶやく。

 「たったひとりのために兵団を差し向けるか」

 ラザン。

 ロズの命令は国王と等しい。

 彼の虜になっている国王は、どんな要求でも飲むだろう。

 「この先、いつ襲って来るか分かりません。気を引き締めて進みましょう」

 スレイの言葉にうなずくキースたち。


 変わらぬ街並みを懐かしむ間はない。

 一行はポレスを出発した。

 東へ進んで、また森に入る。その日はもう襲われることなく、翌朝、森を出発した。これを抜ければ、いよいよガイザだ。

 旧プーゴルの首都。 

 ロズがいるプーゴル城がある。


森の中腹。

 キースたちは馬を止める。いくつかある行路のなかで、この道を選択した事を何故知っているのか。

 道をふさぐ武装した男たち。

 待っていた彼らも驚いている。

 「本当に来やがったぞ」

 男たちは戦闘態勢に入る。

 国の兵士ではない。おそらくは雇われた傭兵。顔や腕にいくつもの傷跡。使い込まれた武器。昨日の兵士たちとは明らかに違う。

 キースは馬から降りた。

 道を五人の傭兵たちがふさいでいた。

 「ここは我々が。キース様はその時に備えて・・・」

 スレイを制すキース。

 「向こうは私の実力を知りたいらしい」

 上を向いた。

 スレイも見たが何も無い。木々の枝葉が空を覆っているだけ。

 クラナが早足でキースを追う。追い越して道をふさぐ。

 「仲間なんだからさ、もうちょっと頼ってくれてもいいんだよ」

 キースは困ったような顔をする。

 彼女の気持ちは分かっている。大切だと思っているから自分が率先する。でも、時に応じて任せるのも優しさ。

 昨日の事もあるし、ここは譲らない。

 「彼らは対魔武装をしている」

 キースが言った。

 クラナは笑みを浮かべる。悪巧みを思いついたような顔。

 「任せて」

 振り返った。


 立ったまま眠っていたのだろうか。自覚できるくらい意識の無い時間があった。となりの仲間たちも同じようだった。

 前を見る。

 さっきの女剣士がいない。ほかの連中も。

 「ど、どこに行った?」

 辺りを見回す。

 景色が歪んで見えた。足を広げてふんばる。自分が真っ直ぐ立っているのかどうかも分からない。

 森の木が動いた。地面が盛り上がり、木の根が足となる。

 「なな、なんだこれは!!」

 男は剣を抜いた。

 迫ってくる森の木に敵意を向ける。


 別の仲間は?

 すぐとなりに女剣士が立っていた。慌てて下がって剣を抜く。後ろに気配。振り返るとまた女剣士。横にも。

 これは夢か?

 四人の女剣士が剣を抜く。殺気のこもった目。

 気を抜いたら殺される。

 男は剣を持つ手に力をこめた。


 ポレスから首都ガイザまで続く深い森の中で、男たちの叫び声が響く。

 五人の傭兵たちは、自分に魔法をかけられている事に気づかず、ただ目の前の敵を倒すべく剣を振る。

 それが同じ仲間だと知らずに。



 深い森を抜けた。

 雲に覆われた空が見えてすぐ、キースは弓を持った。

 矢を射つのと森から鳥が飛び立つのと、ほとんど同時だった。射抜かれた鳥は、違う姿になって地面に落ちた。勝手に燃えて灰も残らなかった。

 「何だ、今のは。鳥が燃えたのか?」

 ラザンが問う。

 「あの鳥がポレスに入ってからずっと見張っていた気がする。おそらくはロズの仕業だろう」

 キースが言った。

 「なんと。そのような魔法があるのですか?」

 ロズの魔法は未知な部分が多い。答えられる者はいない。

 「先ほどの鳥が、奴の目の役目をしていたなら、先手を打たれたのもうなずけますな」

 スレイが言った。

 「目を奪ったのなら、こちらも動きやすくなる。ガイザに着けば知り合いもいますし、情報を集めて策を練りましょう」

 うなずく一行。

 再び馬を走らせる。

 見晴らしのよい、平坦な道。実りつつある作物。二年前と変わらぬ風景。

 前方に見えてきたのは街を囲む石の壁。旧プーゴルの首都ガイザは、街の境界を石の壁で守っていた。出入りできる門には護衛兵が詰めて警備を行っていた。

 今は誰もいない。

 検閲が厳しかったことからポレスを選択したが、今のキロンもすんなり入れたかもしれない。

 夕暮れ時の街、ガイザ。

 戦争前ほどの活気は無いが、それでも街は生きていた。


街の中心には旧プーゴル城。山の頂に建っていて、街のどこからでも見えるし、城からは街全体が見渡せる。

 変わっていないな。街並みを見て思うスレイとラザン。

 違うのは、活気のないところ。

 市場のあった広場に店はなく、通りにも商人の店が無い。

 なにより、人がほとんど歩いていない。

 「人がいないね」

 クラナがつぶやく。

 スレイを先頭に、一行は淡々と大通りを進む。


 ガイザは方角に合わせて四つの地区に区切られている。

 ポレスに密接した西地区のある酒場。そこでキースたちは馬を降りた。

 酒場に入る。

 客はひとりもいない。店員もいない。しばらく待って声をかけた。奥で人が動く気配がして、主人らしき年配の男が現れた。白髪の痩せた男だ。

 面倒くさそうに『いらっしゃい』とひと声かけて顔を上げる。

 「久しぶりだな、親父」

 スレイが言った。

 その後の男の変化は凄まじかった。

 短い時間のなかで、男は全ての感情表現を披露した。

 驚き、笑い、怒り。最後に泣いた。

 二年分の思いを全て吐き出した。そんな感じだった。

 

 酒と簡単な料理を用意して主人が戻ってくる。キースたちと同じ席に着いて、ようやく紹介される。キースがガガルの弟子だと聞いて主人はまた驚く。ガガルは剣術の腕と同様に、弟子をとらない事でも有名だった。理由は分からないが、彼の剣術を継承できる者がいないからでは、と言われている。そんな彼が剣術を教えたとなれば、彼女の強さは計り知れない。

 これ以上主人を驚かせまいと、スレイはザギの事は言わなかった。

 キースとの出会いからクラナ、ナックと、ここまでの旅の経緯を語る。偶然だが必然のような出会い。話を聞きながら誰もが思った。

 その中心にはキースがいる。

 主人は、スレイとラザンをここに連れ帰ってくれた事に感謝した。

 「ワシはこいつらが新兵だった頃から知っているが、まあ色々な意味で話題の絶えない二人だった」

 苦笑する二人。

 「勘弁してくれ、親父」

 ラザンが言った。

 いつもの豪快さがない。

 昔話に花を咲かせたいところだが、今は現状を優先しなければならない。

 「城には今、ロズいう少年がいるはずだが、どんな状況か教えてほしい」

 スレイが言った。

 主人の表情が一変する。

 「いつだったかな・・・ひと月くらい前だったか。戦争でも始める気かと思うくらい兵を連れてやって来て、ずっと城にいる。街には兵隊たちが来るだけで、あの魔法使いがどうしているかは分からない。そういえば、ガラの悪い傭兵も何人かいたな。何日か前に兵団が何処かに向かったが、昨日帰って来てたな。何と戦ったのか知らないが、ありゃあ負け戦(いくさ)だな。何もかもボロボロだった」

 張本人たちがここに揃っている。

 あえて言わず話を続ける。

 「城には何人くらい兵隊がいると思う?」

 スレイが問う。

 「そうだなあ、ざっと二百人くらいはいるんじゃないか」

 テーブルに身を乗り出していたラザンが、椅子の背もたれに引く。スレイも表情がこわばる。

 二百か・・・・

 少し考え、思い直す。

 二年間別の道へ進んだが、長年騎士団にいたせいで、つい人数で物事を計算してしまう。悪い癖だ。

 この顔ぶれで怖いものはない。

 スレイはキースを見た。

 「決行はいつですか?」

 キースはクラナをちらりと見やる。

 「明日にしましょう」

 うなずく。

 クラナの体力が回復してから、とういうことだな。

 長旅で少しは体力がついたが、元が虚弱過ぎる。ようやく人並みの一歩手前あたりだ。彼女には活躍してもらわないと困る。

 「親父、今日泊まるから部屋を頼む」

 スレイが言った。

 上の階は宿になっている。

 主人はまた驚いた顔をしていた。

 


街のほぼ中心にあるプーゴル城。

 城に向かう坂道で、キースたちは足を止めた。分かっていたことだが、道をゴルゴルの兵士たちが塞いでいた。

 今日も空は厚い雲に覆われていて、今にも雨が振りそうな気配だ。

 「懲りない連中だな」

 ラザンが言った。

 先日、ポレスで対戦した兵団も加わっていた。

 先頭に立っているキースが振り返った。全員をひと通り見て最後にスレイを見た。

 「任せていいですか?」

 初めてかもしれない。

 キースはスレイたちに頼ろうとしていた。

 「任せてもらえるのですか?」

 問い返すスレイ。

 「私とナックは、ここを突破して城に向かいます」

 キースはラザンを見た。

 「クラナを頼みます」

 言葉では表現できない感情がこみ上げる。

 スレイとラザンは、キースの前で片膝をつき服従の姿勢をとった。

 「お任せください」

 身体の内側から、自分でも分からない力が湧き上がってくる。彼女に信頼されることがこれ程心動かすとは。

 「クラナ、城で待っている」

 泣きそうになる。

 彼女と離れるのが悲しいのか、頼ってくれたことが嬉しいのか、よく分からない。

 言葉が出なくて、ただうなずくクラナ。

 キースはナックを呼んだ。

 「城まで行きたい。道を造ってほしい」

 苦笑するナック。

 「君は不思議な人だ」

 彼は両手を祈るように組んだ。

 「あれだけ冷静な判断と動きで剣を振れるのに、こんな大胆な行動をしようとする」

 まばたきするくらいの時間だけ目を閉じて、意識を集中させる。

 手足首にはめた輪具が淡い光を放つ。

 「嫌いじゃないけどな」

 ナックも同じだった。

 キースに惹かれるのは、美しさとか強さだけじゃない。彼女は人の心を動かす何かを持っていた。

 「遅れるなよ」

 ナックの言葉にキースはうなずいた。


 立ちはだかる兵士たちを二分。

 武器を持っていようが大男だろうが関係ない。人知を超えた肉体と力で、隊列の中を突き進む。かなりの強行突破だったが、予想外の行動で兵士たちも対応できず、二人は城へたどり着いた。

 追いかけようとした兵士が立ち止まった。

 その先に城が無い。濃い霧が立ち込めて何も見えない。構わず踏み込んだ兵士が、霧の中で見えなくなった瞬間悲鳴を上げた。

 それ以上は何も起こらない。兵士も帰ってこない。

 感じたことのない異形の恐怖。

 幻覚魔法だと気づいた者が何人いるか。


 「ちょっと待って」

 クラナがスレイたちを止める。

 華奢な身体だが、気迫だけは二人に負けていない。二百の兵士に臆することなく前に出る。懐から杖を出して高く掲げる。手首をかえして円を描く。

 呪文を唱える。

 クラナの頭上に赤い球が現れる。

 杖の動きに合わせて赤い球が飛んだ。兵団に向かって。大砲の球のように、地面が揺れるほどの衝撃と爆音はないが、炎が一気に広がって兵士たちを襲う。

 肌を焼く熱さ。

 対魔武装をしていても、顔を覆わずにはいられない。

 なんという火力。なんという強い魔力。

 連続して三つ。

 隊列が大きく乱れた。

 

 「気合が入っているな、クラナ」

 ラザンが言った。

 「当たり前よ。キースが城で待っていてくれるから」

 思いは同じ。

 「では、次は我々の番だ」

 スレイが背中の剣を抜く。顔の前で交差させて呪文を唱える。自分を守護する者を呼び寄せて憑依させる。魔力を剣の力に変える。

 戦士の中でも希少なプレ・ジェの力だ。

 「行くぞ、ラザン!」

 いつも冷静なスレイが声を張り上げる。

 「俺から離れるなよ」

 振り返るラザンに、うなずくクラナ。

 二人の剣士と魔法使いは、乱れた兵団に向かって突進した。

 


外の騒ぎが嘘のような城内。

 静けさに荘厳さを感じる通路。

 兵士がひとりもいない。聞こえるのは自分の足音だけ。

 キースとナックは城の奥へ向かっていた。石の階段を登り、目指すのは王の間。そこにロズがいるはずだ。

 今は彼がこの城の王だから。


 一気に駆け上がったが、息は乱れていない。全神経を刃のように研ぎ澄まして、一歩一歩注意深く進む。

 雲で覆われた空からは、微かな光しか届かない。

 薄暗い広い部屋に入った。

 玉座にローブを着た者が座っていた。子供のように小さな身体。顔は見えている。紅い髪に怪しく光る赤い瞳。

 額に何かの文字が書かれている。『浪』の形よく似た文字。特殊な塗料なのか、発光しているように見える。

 「感動の再会だね、キース」

 謎の少年、ロズが笑顔で言った。

 彼を見て、一気に怒りがこみ上げる。

 今にも飛びかかりそうなナックを、キースの腕が止める。

 「私の話が終わってからだ」

 静かだが強い意思を感じる言葉。

 ロズを睨んだまま後ろに下がるナック。

 「何で君が生きているの? どういう仕組みか、ちょっと気になるなあ」

 ナックのことだ。

 三度目の対面。さすがに顔を覚えていた。


 「約束通り会いに来たぞ」

 キースが言った。

 「また会えて嬉しいよ」

 ロズは微笑む。

 見た目は普通の少年だ。

 「さて、何から知りたい?」

 キースに問う。

 「お前の、いや、お前たちの目的は何だ?」

 「いきなりそこから聞くの」

 まあいいや。

 ロズは言葉を続ける。

 「人もプレ・ナも超えた、特別な力が欲しい。君のような力だ」

 キースの事を『唯一の成功例』と言っていた。

 彼女の力は特別なのか。

 「君はこの世で唯一、人とプレ・ナの間に生まれた子だからね」

 「プレ・ナは子供が産めない。そんな事は有り得ない」

 「そうだね。有り得ない。でもね、君が特別な存在なのと同じように、君の母親も特別なんだよ」

 母親。

 キースはずっと共に暮らしていた彼女だと思っていた。

 父親に仕えていた三人の中のひとり。ル・プレのカサロフだ。

 「確かに、君を産んだのはアーマンと一緒にいたあの女魔法使いさ。だけど君は彼女の子供じゃない」

 どういうことだ?

 ロズの言葉の意味が理解できない。

 「君の母親はね、プレ・ナの中でも特別、精神と肉体を離すことができたんだ。そして、波長の合う人に憑依してその肉体を支配できる。姿形はそのままで、憑依した人格に変わる。詳しい仕組みは分からないけど、その状態で男女が交わって子を産むと、憑依した者の血が受け継がれる」

 つまり、カサロフの身体に母親であるプレ・ナが憑依して、キースを産んだ。そういうことか。それならやはりカサロフが母親なのではないか。

 混迷するキース。

 「それが本当なら、私にはプレ・ナのような強い魔力があるはずだ」

 ロズがキースを指差す。

 「そうなんだよ。そこが僕にも分からない。分からないから君が現れるのを待っていた。君の力が何なのか。ぜひとも君を『分解』して調べたい」

 キースの全身を舐めるように見るロズ。


 「俺も聞きたいことがある。俺の両親を殺したのはなぜだ?」

 ナックが割って入った。

 「ああ、イナハンの武闘家ね。彼は国の組織と繋がっていて、僕たちの事を調べていた。だから邪魔だった。それだけだよ 」

 素性を調べられるのが嫌で、一家全員を殺した。

 みんなを守る力が無かった五年前の自分に、ナックは拳を強く握った。

 「お前は一体、何者なんだ?」

 ロズは玉座に深く座り足を組んだ。

 ナックの問いをどう答えるか考えているようだった。

 「そうだね。あえて言うなら、僕は何者でもない。ただの『道具』だ。主の命令に従って動いているだけ。人やプレ・ナを超えた『力』を回収するために」

主の命令。

 彼らには、彼らを操る何者かがいる。

 「お前たちの主はどこにいる?」

 キースが問う。

 「その質問には答えられないな。だって怒られちゃうもん。もっとさあ、ほかの事聞いてよ。聞きたい事あるでしょ。例えば、アーマンの事とか、母親の事とか。生きているのか、とか、どこにいる、とかさ。気になるでしょ?」

 キースの表情は変わらない。

 感情を押し殺しているわけでもない。

 「主はどこだ?」

 もう一度問う。

 ロズは苦笑する。

 自分の親の事なのに、冷たいなあ・・・・

 「知りたければ僕を倒してみなよ。二人がかりでもいいよ」

 キースは振り返った。

 突然見られて戸惑うナック。

 どうしたいか聞かれていると感じた。

 「俺はこの五年、この日のために生きてきた。できれば俺ひとりで挑みたい」

 うなずくキース。

 壁際に寄って腕を組む。

 「出し惜しみせず、全力で行ったほうがいい」

 彼女の言葉に思わず反応してしまう。

 彼の何を見てそう言ったのか。

 何もかも見透かされているようだった。


 「君が死なない仕組みは分からないけど、君では僕は倒せないよ」

 微笑。

 ロズにはナックなど眼中にないようだ。

 ナックは両手を組んで一瞬だけ目を閉じる。

 輪具が淡い光を放つ。

 「へえ。面白いな、それ」

 ロズは玉座から立ち上がった。

 自然な構え。

 両足を前後に広げて腕も上げる。ゆっくりと呼吸して精神を制御する。

 素手で相手を倒すには距離がある。でも、ナックにはこれが最適な間合い。

 鍛えられた肉体に魔力の力が加わる。

 踏み出す一歩。

 地面の上を滑るように、一気に間合いを詰める。突き出した拳が空を切る。片足を軸に、振り向きながらの後ろ蹴り。また当たらない。腕を伸ばす。拳がロズの身体までとどいているが感触が無い。

 「その体術は知っているから当たらないよ」

 連続した攻撃を受けながら、なお話す余裕があるロズ。

 ナックは腰帯に挟んでいる物を取り出す。見た目はただの木の棒。彼が生まれた国に伝わる武術で使う武器。半腕ほどの長さの棒の横に少し細い棒が突き出ていて、それを持つ。回転させて使うことで攻防を切り替える。

 トンファーと呼ばれている武器だ。

 また一気に間合いを詰める。

 身体の軸がぶれないように、蹴りとトンファーの攻撃を繰り返す。

 当たっているのに当たらない。

 ロズがナックの攻撃を素早く避けているわけではない。一瞬で分からないが、身体をすり抜けているように見える。

 ロズが手を上げた。

 魔法陣の描かれた手のひらが見えた。

 ナックはトンファーを回転させ腕に添わせた。

 「おや?」

 ロズは首を傾げる。

 もう一度。

 ナックの攻撃を受けながら、手のひらを差し出す。トンファーに触れる。

 やはり何も起こらない。

 ナックの鋭い蹴り。当たっているようだが感触が無い。

 「なるほどね」

 微笑むロズ。

 腰の短剣を抜く。

 ずっと受け身だったロズが踏み込んできた。

 ナックは床を叩くように蹴った。彼の一歩は五歩分にあたる。目で追えない速さで移動したが、ロズはまだ目の前にいた。

 手のひらが迫る。

 ナックはトンファーを腕に添わせて防御する。

 片腕しか出せなかった。

 痛みはすぐに感じなかった。

 ナックの右腕が無かった。

 触れたものを消すロズの手は、また何も起こらなかった。

 「やっぱり両方斬らないとダメかあ」

 ロズは残念そうに言う。

 床に転がる腕。いつ斬られたのかも分からない。ナックは短い悲鳴を上げて膝をつく。輪具の力で肉体を強化しても、痛みは変わらない。

 片腕がなんだ!

 意識が飛びそうになる前に、斬られた腕を掴む。そのまま切り口につける。

 輪具の光が強くなった。

 信じられないが、斬られた腕が元通りにくっついた。

ロズは大げさな動作で拍手した。

 「わー、すごいすごい。腕がくっついちゃった。面白いね、それ」

 光る輪具を見る。

 「両手両足を斬ったら、どうなるのかなあ」

 気づいたら目の前にいた。

 トンファーで短剣を受けた。繋がった右腕を振る。伸ばしたトンファーがロズの側頭部を狙う。振り抜いても感触が伝わってこない。反転しながら立ち上がって回し蹴り。そこにいない。

 床を滑るように移動する。

 トンファーで突く。

 ロズの身体に触れる瞬間、彼の輪郭がぼやける。それが多分攻撃の当たらない原因。対策は無い。いつかの好機を待つしかない。とにかく攻める。完璧な者などいない。どこかに隙が生まれるはず。

 独特な足さばきに、先の読めない腕の振り。東国の武術に輪具の力。相手がロズでなければ、もう決着がついているかもしれない。

 床を力強く蹴る。

 それが滑るように移動する動きの要。

 対して、ロズは床から浮いているようにゆっくりと、時に素早く移動する。

 動きは見えているが振り払えない。

 ロズの短剣をトンファーで受けながら、腕や身体を何度もかすめる切先。受けきれていない。

 「ほらほら。もっと速く動かないと、僕が手足を斬っちゃうよ」

 これだけ動いても、息ひとつ乱れない。

 ロズの片手が拳を縦向きにした。見覚えのある動作。

 指先から何かが飛んできた。

 円形に近い平らな黒い石。五年前、家族を襲われた時に使った技だ。

 軌道を十分確認して身をひねる。全く目で追えなかったものが、今ははっきり見えている。また飛んできた。トンファーで弾く。

 黒い石は、石の床や壁に突き刺さる。軽く指で弾いて飛ばしているだけなのに、驚異的な飛行速度と破壊力。

 身体をかすめる。

 少しづつ、ロズの精度が上がっている。

 肩に当たった。

 服だけでなく、肩の肉と骨がもっていかれる。

 足に当たった。

 ナックの軽快な動きが止まった。

 ロズの短剣が妖しく光った。

 城の一室で、どこからか風が吹いてきた。

 ナックから離れるロズ。

 確実に彼を殺せる瞬間をロズは捨てた。

 キースがナックの横に立っていた。


 「もう、いいんじゃないか?」

 その言葉はどちらに対して言ったのか。

 「待ってくれ。俺はまだ・・・」

 キースに見つめられて言葉を失うナック。

 肩と足の傷がみるみる治っていく。

 「独りでは無理だ。共闘しよう」

 「わかった」

 立ち上がるナック。

 ロズとの対戦は二人共経験がある。お互いの力量も把握している。共闘は事前に予定していた。

 キースは右腰の刀に手をかけて、ゆっくりと抜いた。

 「おや。そっちの刀は使わないの?」

 返事は無い。

 キースはロズの左側に。ナックは正面。あくまで彼の補佐役だ。

 「石を飛ばす時なら当てられる。そこを狙え」

 キースが言った。

 うなずくナック。

 「あらら。僕の仕掛けが分かっちゃったの。さすがだね」

 ロズは大げさな動作をつける。

 深刻さは感じられない。

 彼の力量は計り知れない。まだ何かを隠し持っているかも。そう思わせる態度だ。


 キースなら、ロズの動きについていけるだろう。

 彼女なら、あの黒い石もよけられる気がする。

 頼ろうとする意志の弱さを、慌てて振り払う。

 全身の力を抜き、自然体で立つ。五感を研ぎ澄ませ、輪具の力を注ぎ込む。

 瞬間の一撃に集中する。

 

 ロズは笑う。

 「何か期待しているようだけど、無駄だよ」

 両手を広げた。

 彼の指が黒い石を弾いた。

 ナックは床を叩くように蹴った。彼に合わせてキースも動く。

 横に回転しながら飛ぶ黒い石をかすめながら、ナックはトンファーをロズに向かって突き出す。キースは左手側から刀を振り下ろす。

 ロズは両手を上げた。

 右手はナックの手首を掴み、左手はキースに手のひらを向けた。

キースは無理矢理に体勢を変える。刀の軌道をロズの手に修正。しかし、刃は通っても斬れない。

 手の平の魔法陣から、強い魔力と組み上げられた術式が放たれる。

 床に受け身をとりながら転がったキース。

 ナックは掴まれた手を引かれて体勢を崩す。

 「はい、残念」

 ロズの手がナックの胸元に触れた。

 音も無く衝撃も無い。

 ナックの胸に大きな穴が開いた。

 声も出せぬまま、彼は床に倒れこむ。その背中にまた手をかざすロズ。

 いつの間にか刀を鞘に収めたキースが居合いの構え。

 抜刀。

 相手の何かを殺す技。

 ロズは両手を向ける。手の平の魔法陣の力で、見えない力が消える。

 「こんな弱い男をかばっても、仕方ないんじゃない?」

 ロズの問いに、キースは答えない。

 刀を下段に構える。

 「ま、これでしばらくは動けないだろうけど」

 床に倒れたナックを見て言う。

 目線をキースに戻し、抜いていないもうひと振りの刀を見る。

 「そっちの刀は使わないの?」

 また無視された。

 「やれやれ。僕のことを甘く見ているのかな。本気でやらないと殺しちゃうよ」

 指を弾く。

 黒い石が飛ぶ。

 薄暗い部屋で、黒く小さな石はほとんど見えない。それが目で追えない速さで向かって来る。

 キースは少しだけ身体を動かした。

 石は外れる。

 何度も石を飛ばす。

 正確なはずの軌道が大きくそれる。

 ロズは魔力を送る。ルコスで使った身体の自由を奪う術。何故だか手応えが感じられない。術が効いていないようだ。

 ロズは笑みを浮かべる。


 そうでなくちゃ、面白くないよね


 魔力を強くしてみる。

 やはり効果がない。もっと近づいて、手の平の魔法陣を使うしかないようだ。ロズは腰の短剣を抜く。

 両手に短剣。

 長さはキースの刀の半分以下。

 「誤解されているようだけど」

 ロズは短剣の先をキースに向ける。

 「僕は魔法使いじゃないよ。実はものすごく強い剣士だよ。あれ、あまり驚いていないね。実は分かっていた?」

 「何故お前は身体と中身が違う?」

 キースが問い返す。

 「まだそこが気になるの。じゃあ、ちょっとだけ教えるけど、僕の身体は『造りもの』なんだ。中身の僕は魂だけの存在。主に魔力と身体をもらって生きているわけ」

 つまり僕らは、とロズは間をあける。

 「どうしようかなあ。でも、あまりしゃべると怒られそうだしな・・・」

 少し考え、ロズは開口する。

 「僕らは自分の意思で、ある目的のため行動している。例えば、僕はいずれ現れる抑止力を防ぐためにここにいる。君のことだよ、キース」

 キースの表情は変わらない。

 「君は主にとって最も怖い存在だからね。力の上限も成長速度も予測出来ない。ルコスで会った時と比べても、たった二ヶ月しか経っていないのにさらに強くなっているしね」

 嬉しそうなロズ。

 「お前たちは何を守る。何をしようとしている?」

 「ダメダメ。これ以上は言えないよ。僕を倒せたらもう少し話してもいいけどね。とっておきの情報があるんだけどなあ」

 キースに本気を出させようと思案をめぐらす。

 彼女の表情は変わらない。

 

 人の動く気配。

 倒れていたナックが起き上がる。身体に開いた大きな穴は塞がっていた。

 「駄目だ。俺では倒せない」

 ナックが小声でつぶやく。

 「もう生き返ったの?すごいね。だけど、そこを動かないで。今度は手加減しないからね」

 ロズは背中を向けたまま。

 悔しいが言い返せない。

 力を出し切ったが、全く歯が立たなかった。

 ナックはキースを見る。

 「キース、奴を倒してくれ。頼む」

 悔しいが、今の自分ではロズは倒せない。

 キースはゆっくりと刀を鞘に収めた。

 左腰の刀に手を添える。

 また、どこからか風が吹いてきた。

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