episode5 「戦闘民族」

百年程前、北のある地に異民族がやって来た。

 彼らはそこで数年生活をして、大陸全土に散っていった。

 彼らが何処からやって来て、何故去ったのか。誰も知らない。分かっているのは、彼らの子や孫に、並の者でない、人知を超えた身体能力が受け継がれていることだけ。

 男女を問わず、その能力は発揮され、先の大戦でも大いに活躍した。

 無名の民族。

 人々は彼らのことを、『北の民族』、または『戦闘民族』と呼んでいる。



 矢が外れているのか、少女が避けているのか。

 四つ目の矢筒を持ちながら、クロウは壁ごしにキースを見た。

 最初とほとんど同じ位置に立っている。手に武器は無い。右腰に剣のようなものがあるが、布で巻かれたままだ。

 そう、少女はまだ一度も手持ちの武器を使っていない。

 場内中央付近に置かれた、精度も切れ味も粗悪な武器で、ここまで勝ち残ってきた。

 剣を使う者には剣で。槍を使う者には槍で。

 圧倒的ではなく、運か僅差での勝利。その程度の実力。

 だが対峙して、クロウが描いた少女は、ただの偶像だったと肯定する。


 こいつは本物の戦士だ。


 クロウは呼吸を整え、手元の弓を見る。

 まだ指先の感覚は衰えていない。腕の力も残っている。まだいける。

 素早く弓を構えて、壁から体を半分出す。

 キースが弓を持っていた。

 一瞬動きが鈍った。

 息をするように自然で、歩くような滑らかな動きで、矢が放たれた。

 歓声が凍りついた。

 クロウの渾身の矢が、軽く射ったようにしか見えないキースの矢に射落とされた。

 絶句。

飛んできた矢を、いとも簡単に落とせるものなのか。

 だが、怯んでいる暇はない。

 次の矢を射つ。連射した。狙い通りに飛んだが、二、三歩動いたキースにはかすりもしない。

 狙いも定めず、キースが矢を射つ。

 兵士の訓練に使う汎用弓。

 風切る音が頬をかすめた。肌が切れて赤い雫が首筋まで垂れる。

 矢に少し細工をして射つ。

 縦に綺麗な放物線で、左右に大きな曲線を描いて飛ぶ。

 これも連射。

 目標が定まらず、避けにくいはずだ。

 矢が微妙に揺れてぼやけて見える。それと同じように、キースの姿もぼやけている。クロウには、矢がキースを避けて飛んだように見えた。

 一矢報えず。

 正確さと命中率でルコス一番の弓士。

 目の前の小さな戦士を強敵に格上げする。

 腰に布で巻かれた剣があるが、本当は弓士かもしれない。


 キースが右手の弓に矢を添えた。

 今度はすぐに射たない。


・・・何だ?


 クロウの直感が危険を知らせた。

 さっきまでいた壁を矢が突き抜けた。信じられない飛行速度と破壊力。

 本当に人が射ったものなのか。

 恐怖は体の動きを鈍らせる。ここは受け入れよう。あの少女は、狙いを定めずとも正確に射ってくる。そして、溜めて射つ矢は、壁を突き抜ける。

 クロウも矢を射つ。

 当てるのが目的ではない。その隙にキースとの距離を詰める。

 角度を変えて二射。頭上と脚を狙う。


 どこからか、風が吹いてきた。


 決着は突然やって来た。

 クロウの射った矢は失速して、目的を果たせず落下した。理由を考える間もなく、肩に激しい痛みを感じた。

 いつ射ったかも分からない矢が、クロウの肩に刺さっていた。

 ほんのわずか、キースから目をそらした。

 すぐ目の前に、少女が立っていた。

 彼女の矢先が眉間を狙っていた。

 「まだ続けますか?」

キースが言った。

 審判役の兵士たちが、二人のいる場所へ集まってきた。これ以上の続行は不可能と判断したようだ。

 クロウは弓を地面に置いて、お手上げ、とばかりに片手を上げた。

 「いいや。降参するよ、小さな戦士さん」

 圧倒的な差に、クロウは苦笑した。


大歓声を背に受けて、退場するキースとクロウ。

 キースの前に、通路の横に立っていた女が立ちふさがる。今日の初戦で兄妹対決した、妹のサラだ。

 腕を組んだまま、鋭い目つきで睨んでいる。

 キースは無表情だ。

 「なかなかやるわね」

サラが言った。

 「でも、兄様には勝てないわよ。だって兄様は、大陸で一番強い剣士ですから」

 勝ち誇ったような表情。

 「それは手強い」

と、一言返すキース。

 言い方と態度が気に入らない。

 「手の内を隠しているようだけど、兄様には通用しませんからね!」

 語尾を荒げて言うサラ。

 そこへ、もうひとり加わる。

 彼女と色違いの同じ服装。背中に長物の武器。

 兄のウラだ。

 「サラ」

 彼の一言で、サラの態度が変わる。

 「だって、兄様・・・・」

 ウラに肩を軽く叩かれ、身を引くサラ。

 「すまない。サラが迷惑をかけた」

 「いえ」

 軽く会釈して二人の前を通り過ぎる。

 「我らには、成せねば成らない事がある。申し訳無いが勝たせてもらう」

 穏やかな口調だが、早くも勝利宣言のウラ。

 キースは、振り返らず去っていく。

 その態度にサラは不満だ。

 「兄様を無視するなんて、何て女なの。ますます気に入らないわ!」

兄がこの世で最強。彼に心酔しているサラ。

 キースの態度は、兄を侮辱したも同然だった。



 国王と王妃が再び席に着く。

 それが、午後からの決勝戦開始の合図。

 ゲバラクは会場の様子を一瞥して、クラナが上手くやっている事を確認する。

 観客は朝と比べて半分近くいない。だが、国王たちの目には、会場は満員。大歓声で包まれている。

 「何をするつもりですか?」

 静かな口調でチャウバが問う。

 彼の目には、本当の姿が映っていた。

 「さて、何のことかな」

 とぼけるゲバラク。

 さらに言葉をかけようとしたところで、ザギが立ち上がった。

 「近くで見たい。後はお前だけで何とかしろ」

 それだけ言って立ち去る。

 決勝で戦う二人が気になるらしい。

 ザギの背中を見送り、後ろで控えている衛士を呼ぶ。念のため、国王と王妃の護衛にあと二名回すように告げる。

 ゲバラクと目が合う。

 お互いの考えている事は分かっている。あとは、いつ行動するかだ。


 会場から大歓声。

 国王から声をかけられ、表情を変えるチャウバ。

 二人の戦士が入場してきた。

 ドガイ出身の戦士ウラと、謎多き女戦士キース。

 右腰の剣は布で覆われていなかった。

 細身の、反りのある刀。

 「あれは、もしや・・・・」

 チャウバが立ち上がった。

 ゲバラクを見る。

 「あれはガガル様の刀。もしやあの女、ガガル様の・・・・?」

 返事は無かったが、ゲバラクの表情を見れば一目瞭然だ。

 それで納得した。

 ザギが気になっているのは、同族のウラでなく、あの少女なのだと。

 ガガルが自分の刀を託すほどの女。チャウバが知るなかで、彼が弟子を取ったのはただひとり。技の全てを伝授し、もう弟子は取らないと宣言していたガガル。あの少女は、その彼の心を動かすほどだった、ということか。

 しかし。

 チャウバは笑みを浮かべながらゆっくりと座る。

 「まあいいでしょう。あなたが何を考えようと、ザギが全て解決してくれます」

 ゲバラクは何も答えない。


 ザギの力は目の前で何度も見ている。いや、恐らくは半分も実力を出していないだろうが、それでも圧倒的過ぎる戦いを、何度も見た。

 布で覆った両目は、自分でえぐり出したという。あまりに自分が強すぎて、視界を奪えば、少しは楽しい戦いが出来るかもしれない。そんな理由からだ。

 結果的には、視覚以外の五感が更に研ぎ澄まされ、より強くなってしまったようだ。

 だから、これだけ離れていても、その者の実力が分かってしまう。


闘技場の中央で立ち止まる二人。

 審判役の兵士から、何度も聞いた注意事項。場内には障害物はなく、踏み固められた地面と、粗悪な武器が陳列されているだけ。

 向かい合った二人の気持ちが合えば戦闘開始だ。

 所定の位置へ移動する審判役。


 「ようやく本気で戦うようだな」

ウラがキースの刀を見て言った。

 彼女は微笑むだけ。

 まだ幼さの残る、美しい顔をした少女。その容姿とは裏腹に、内に秘めた強い闘志。この場に立って、全身に浴びているウラ。

 彼女に母親の面影を感じるのは、思い過ごしではない。

 「君も私たちと同じ『戦闘民族』の血を受け継いでいるようだね」

 髪の色と顔つきが少し違うのは、祖父母かその前の代がそうなのだろう。混血になればなるほど、能力も姿も離れていく。

 ウラとサラは、母親が純血の戦闘民族だった。なので、肌の色や黒い髪などの特徴を色濃く受け継いでいた。


 ナギナタが自在に操られ、風を切って舞った。持ち手を中心に頭上で回転させ、最後は脇に挟んで身構える。

 使い慣れた武器は、まるで体の一部のように、その者の意思を伝える。

 「さあ、いつでも来たまえ」

 準備万端のウラ。

 キースは少し戸惑ったような顔を見せたが、右腰の刀を抜くと、正眼(せいがん)に構えた。気負いも殺気も感じない、自然な構えだった。

 ウラはその姿を見て関心した。

 まだ若いが、師が良かったのだろう。剣術をよく学んでいるようだ。

 キースが一歩踏み出しだ。

 長物の武器は間合いが広い。

 ウラの左手が肩口から背中にまわり、ナギナタの端を掴むと、そのまま上から振り下ろされた。

 キースは刀を下から振り上げて弾き返す。

 小気味好い金属音。

 戦闘開始だ。

 右足を軸に、素早く片足を引き、今度はナギナタを下から振り上げる。端部を脇に挟んでいるので、その振り速度は早い。

 少し横移動しただけでかわす。

 すぐにナギナタを手元に戻し、両手で持って構え直す。

 キースはためらいなく、間合いに入り込む。

 今度は正面から突いてきた。

 キースの目の前に、刃の先が迫る。

 刃先が逸れたのか、彼女がかわしたのか。ごく自然な動きで背を向けるキース。体の回転力を加えた刀が、水平に振られる。

 咄嗟に体を反らせる。

 ウラの胸元に光が走る。

 刀身を返し、ナギナタを振る。そこにキースはいない。彼女の動きに対応するため、大振りは避ける。

 細かく、手数を増やす。

 目で追えないほど素早くはないが、ナギナタの刀身はかすりもしない。持つ位置を変えて間合いを変えてみたり、変則的な動きをしてみるが、キースの動きに躊躇はなく、無駄もない。


 「あの女、兄様の動きが見えているわ」

 通路の隅で二人の戦闘を見守るサラ。

 万が一のために控えていたが、出番は無いものだと思っていた。だがどうだろう。ウラの得意な剣舞が空を切っている。

 サラにとって、信じられない光景だった。

 ウラは大陸随一の剣士でなくてはならない。

 兄の前にはだかるものは、全て排除する。それが私の役目。

 あの女に手傷を加える策はないかと思案していると、突然殺気を感じた。振り返るが誰もいない。闘技場に入る通路はあと三つある。王族専用の観覧席の下。そこの通路に人影がある。

 離れているので、顔までははっきり分からないが、あの風貌は見間違えるはずがない。

今回の『武闘会』に参加した本当の目的。

 二人の剣術の師であり、育ての親でもある者を殺した男。見上げる程長身で、手足が異様に長い。背中には長剣。両目を布で覆い隠した男。

 国王の側近チャウバ。彼の弟子であり護衛役の剣士。

 彼は強い剣士を見ると、戦いたい衝動にかられる、根っからの戦闘好き。決勝まで勝ち残れば、必ず戦う機会があると確信していたが、まさかこの段階でめぐってくるとは。


兄のウラも気づいていた。

 背中に感じる強い殺気。

 予定とは違うが、このままあの男がやって来るなら、それはそれで好都合だ。

 キースと対戦しながら、通路に控えているサラに目配せをする。彼女も男の存在に気づき、合図を待っていたようだ。

 ウラはキースから離れた。

 「君は強いな」

 激しい剣舞の後とは思えないほど、穏やかな口調のウラ。

 お互い、まだ息は上がっていない。

 ウラはキースを剣士として認めた。同時に、彼女の強さの秘密も理解する。

 キースは相手に対する分析能力が優れていた。

 目の動き、腕の動き、剣筋。視覚から得られる情報を瞬時に分析して、相手の行動と思考を理解する。つまり、初期動作だけで相手がどう動いて、どう攻めてくるか、理解し対応ができる。

 目で追える程のゆっくりな動きなのに、攻撃が当たらないのは、一歩踏み出すために、足の指に力を入れた瞬間、何処にどう来るか分かっているから。その時には、キースは次の行動に移っている。

 長年修行してきたウラでも、まだその域には達していない。


 呼吸を整え、『気』を高める。

 潜在する力を解放する。

 もう遠慮はしない。少女をひとりの戦士として認めた以上、ここからは本気で戦う。

 ウラはナギナタを水平に振った。

 振り始めから動いたキースだが、避けきれなかった。 

 刀を縦に。ナギナタを受け止めた。キースの体重だけでは止められず、踏ん張った足ごと引きずられる。

 ウラはその場で体を回転させ、遠心力を加えてナギナタを振る。

 素早く後退したが、間に合わなかった。

 刃と刃が当たる寸前、角度を変えて力を逃がす。感触が消えた途端、ナギナタの反った刃が目の前に迫っていた。

 反射的に頭を動かす。

 ナギナタは反転し、今度は柄の先がキースを狙う。

 腰を落とした彼女の上を通り過ぎる。

 咄嗟に顔をかばった腕を、ウラが蹴った。体ごと宙に浮いた。

 両足と片手を突いて着地。すぐ身を起こして刀を構える。

 二人の目が合った。

 キースは何故か口元に笑みを浮かべた。つられるようにウラも。

 命を削る死闘なのに、楽しくなってきた二人。

手加減なく戦えるとは、こういうものなのか。もっと思いきり向かっても、彼なら、彼女なら、受け止められる。


 まだいける。もっといける。


 二人は同時に地を蹴った。

 振り下ろしたナギナタの刀身は空を切り、刀の切っ先が肩の防具をかすめる。

 これはけん制。

 地面すれすれの位置から、刀身を返し斜め上に振り上げる。

 足で止められたが、そのまま振り抜いた。

キースの身体が持ち上がる。

 宙を舞う。

 曲芸師のように空中で後転する。

 ナギナタを手前に引き、着地を狙ったが、刀で受け止められた。刀身の角度を変えて押さえつける力を逃がすと、膝をついた姿勢から、飛び上がるように立ち上がって、ウラの首筋を狙う。

 体を仰け反らせてかわす。

 刀の振り速度が上がっている。

 長い柄を脇に挟み、片手で素早く振る。それでもキースの動きに追いつけない。

 刀身がブレないように持ち手を広くして振る。

 縦に横に。

 目で追えた動きが、時々見えなくなった。それが実力なのか。僅かな時間で進化したのか。キース本人しか分からない。

 ウラは少し焦りを感じ始めていた。


 「ザギ様。まだ試合中です!」

 審判役の兵士が、両手を広げて行く手を阻んだ。

 ザギの手が兵士の首を掴んだ。

 苦しくて、うめき声をあげた兵士が、宙を飛んだ。首を掴んだ手を軽く振っただけで、何度も地面で転がる程遠くへ飛ばされた。

 慌てて近くの兵士が集まって来る。

 何人来ても、ザギの行動は止められなかった。キースとウラの、緊迫した試合の最中(さなか)に、どんどん近づいて行く。

サラの叫び声が聞こえるまで、二人は全く気付かなかった。

 ウラが振り返ると、すぐそこにザギが立っていた。

 体のまわりを飛ぶ小虫を、追い払うような仕草。たったその程度の動作だけで、ウラは宙を飛び地面を転がった。

 細身だが背が高く、加えて、見た目以上の威圧感がキースを襲った。

 両目を布で覆っているのに、鋭い視線を感じる。自然に足が二、三歩後ろへ下がってしまう。見えない力に押しつぶされそうだ。

 

 「待ったぞ女。ようやく俺の力を試せる時が来た」

ザギが言う。

 低く、かすれた声。

 「なのにお前は本気で戦おうとしない。何故だ?」

 問われるキース。

 全てを見透かされているような感覚。

 ザギの研ぎ澄まされた五感は、キースの真の姿を捉えているのかもしれない。

 彼女は何も答えない。

 予定通りではないが、ザギをチャウバから引き離すことができた。クラナは上手くやっているだろうか。

 とにかく、ザギにはしばらくここに居てもらわなくてはならない。


 彼を引き止める効果的な方法・・・・


 キースは更に数歩後退して、呼吸を整えた。

 ゆっくり、滑らかな動きで、刀を鞘に収める。

 両足を前後に開き、姿勢を低くする。右手は鞘を支持して、左手は収めた刀の柄をしっかり掴む。

 足元の地面から土煙があがる。

 どこからか、風が吹いてきた。

 目に見えない何かが、キースに集まっている。

 

 瞬間。

 キースは素早く抜刀した。

 何かが飛んで、ザギの目の前で消えた。

 いつの間にか抜いた背中の長刀が、縦に一閃。両断した。キースの刀から放たれた何かを。

 ザギは笑った。

 長刀の刀身を肩に乗せた。

 「足りんな。その程度では俺は満足できん」

そう言って、彼は何気に左手を横に伸ばした。

 長物の武器が振り下ろされた。

 ウラのナギナタが掴まれた。

 不意をついても無駄だった。目の見えないザギに、死角は無い。

 「ようやくこの日が来た。我が師匠の仇、とらせてもらう」

ウラが言った。

 何かが風を切って飛来する音。

 サラが通路付近から矢を放っていた。大きな放物線を描いて、連射した矢がザギの上空から襲う。

 軽く、本当に軽く、長刀を振った。 

 何の力の作用なのか。矢は失速して落下した。元々当てるつもりはなかった。

 剣を手に、サラがザギに近接していた。

 疾走力を剣に乗せて、水平に振った。

 刃と刃が当たる激しい金属音。

 「邪魔だ」

 サラの目の前にザギの足。

 咄嗟に顔をかばった姿のまま、サラは蹴り飛ばされた。

 ナギナタを掴んだ手に力を加える。

 折れたのではなく、握り潰された。

 ウラは手首をひねって腕を手前に引いた。ナギナタの柄が抜けて、細身の剣となった。そのままザギの間合いに入り込む。

 振り下ろされた長刀を受け止める。

 止めきれなかった。

 ザギの長刀と振り下ろした力で、剣を持った両腕が曲がって顔に押し付けられる。足が耐え切れず膝をつく。

 たったひと振りで、力の差を見せつけられた。

 ウラの口からうめき声。

 握り潰されたナギナタの刀身がザギの左手に。ウラの背中を刺した。

 「兄様!!」

 サラが叫んだ。

 血を吐き、前かがみになったウラを、ザギは蹴り上げた。

 信じられないくらい遠くへ飛ばされた。

 自身では制御出来ないくらいの怒りが、サラの言葉にならない叫び声に現れていた。

 突進して、剣を振るが、そこに華麗な剣術は無かった。

 ザギのひと振りを受けたが、耐え切れず剣が手から離れた。

 長刀がサラの眉間を捉えた。


 一筋の光が長刀の軌跡を変えた。

 サラを庇うようにキースが立っていた。

 「落ち着いて」

キースが言った。

 「兄を助けたいなら、早く治療を。まだ間に合うから」

 『武闘会』は殺し合いではないが、武器で対戦すれば死傷者は出る。そのため、腕の良い医者が何名も常駐していた。

 キースはウラが刺される寸前、急所を外れるように身をよじっていたのを見ていた。

キースの言葉を聞いて、少し冷静さを取り戻したサラ。ザギのことなど眼中になく、ウラのもとへ走り寄る。


 二人共とどめを刺さなかったが、もはや戦力外。

 再びザギはキースと対峙する。

 接戦だったウラが、あっさりと致命傷を負った。今まで学んできた事、経験を積んできた事、全てを出しても、ザギには通用しない気がした。

 彼に恐怖を感じないのは、何処かに根拠のない自信があるからだろか。

 それとも、本気で勝てると思っているからか。

 刀を下段に構えるキースに、迷いは無かった。


 「さて。俺を楽しませてくれよ、女」

ザギが言った。

 肩に長刀を乗せたまま、キースに歩み寄る。人や物から発する『気』を感知して、視覚を失っても、迷いなく彼女へ向かう。

 肌に感じる風は、キースの方へ吹いている。

 ただの風ではない。

 ザギにも理解できない『気」のようなものが、キースに集まっていた。


 ごく自然に、体を左右に揺らして、キースが前に出た。

 振り上げた刀身は、長刀でなく、片手で軽く払われた。

 さらに速く。もっと鋭く。

 もう一歩踏み込んで胸元を突く。

 目の前から消えたように刀をかわすザギ。踊っているかのような動きから、長い脚が上がる。

 蹴られたキースは、軽々と吹き飛ばされる。

 受身をとっても腕がしびれた。

 倒れない。

 着地と同時に疾走した。

 さらに鋭く刀を振った。

 体を揺らしてキースの攻めをかわすザギ。流動的な動きに目が追いつけない。

 「どうした。そんなものか、お前の力は?」

ザギが問う。

 瞬時に分析して、剣速と踏み込む足の動きを変える。

 まだ捉えることができない。

 ザギは長刀を肩に乗せたまま。キースの動きの一歩先を行っている。

 反射的に、刀を引いた。

 肩の長刀が振り下ろされていた。まともに受ければ、ウラと同じようになる。刀身の角度を変えて、上手く力を逃がす。

 長刀の刀身をなぞりながら、刃を首筋へ向ける。

 甲高い金属音。

 少しだけ、刃先が触れた気がした。

 ザギの首に赤い線が浮き出た。

 「その調子だ。もっと俺を喜ばせろ」

そう言って長刀を振る。

 腕が鞭のようにしなる。

 手足の長い、彼独特の剣術。一太刀の破壊力は並ではない。

 重く、鋭い。

 洞察力の優れたキースだからこそ、ウラのように潰れない。

 ザギの剣速が増す。

 腕を振る角度。足の運び。

 視覚から得られる情報と感覚で、ザギの動きに対応する。不規則な剣速に合わせて、腕や足の角度を調整する。

 いつ息継ぎをしているのか。

 そう思うくらい、二人の剣舞は休みなく続いた。

 

 何かが始まれば、いつかは終わりがやって来る。

 ザギの表情が曇った。

 「何だ、もう終わりか」

 明らかにキースがザギの攻撃に押されていた。

 「期待外れだな」

 一瞬、目の前のザギがぼやけて見えた。

 気がつくと、脇腹を蹴られていた。足が地面から離れて、激しい痛みと目眩が襲ってきた。

 物のように転がり、手足を踏ん張って止めた。

 起き上がる前にザギが長刀を振った。

 横に飛んで回避した。 


 キースの目的は、ザギをチャウバから引き離すこと。勝負して勝つことではない。

 ゲバラクはどうなっているのか。

 一瞬たりとも目が離せない状況で、彼の様子は分からない。

 クラナは?

 会場を埋め尽くした観客は減っている。

 長刀を肩に乗せ、ザギがゆっくり近づいてきた。

 「もっとお前は強いはずだ。何故本気で戦わない?」

ザギが問う。

 「それとも、俺の見込み違いか?」

 どちらかが死なない限り、この場から離れられそうにない。

 キースは刀を正眼に構え、深呼吸した。

 ゆっくり目を閉じる。


 ガルじい。また約束を破ります。


 一度だけ、背中の封印が一部解けたことがある。その時の記憶と状態を思い出す。

 目の前の男に勝つにはやるしかない。

 キースは刀を握り直し、ゆっくりと目を開けた。   


ザギの足が止まった。

 何かを感じた。

 殺気か、恐怖か。それすらも分からない何かが、彼の動きを止めた。

 キースがゆっくり前に出た。

 長刀を振り上げた時には、目の前でキースが背中を向けていた。

 回転力を加えたひと振り。

 動きは素早いが剣速は変わらない。軽く打ち払うつもりで長刀を体前に。

 受け切れなかった。

 腕ごと弾かれた。

 今度は下から振り上げる。

 ザギは体を反らせて避けたが、刀の風圧で飛ばされそうになる。


 「これを待っていた」

ザギが言った。

 全身がしびれるような、懐かしい感覚が蘇る。

 圧倒されそうな『気』と、『死』への恐怖。これこそが、彼が待ち望んだ感覚。あまりに強くなり過ぎて、誰と対戦しても感じなかったもの。

 人は、おのれの弱さを知って強くなることがある。

 俺は、まだ強くなれる。ようやく次の段階へ進むことができる。

 キースの刀を受けても避けても、風圧と見えない力で吹き飛ばされそうになる。

 生死をかけた戦い。

 楽しくて仕方がない。


 「そうだ、その調子だ。お前はもっと強いはずだ」

笑みを浮かべながら言うザギ。

 剣速が見えない程早いわけではない。

 精神的に圧迫されているわけでもない。

 だが、キースの一刀を受けるたびに感じる命の危機。

 この力は何だ?

 プレ・ジェのように魔力を使って、自身の能力を高めているわけではない。

 彼女を見た時から感じたものは何なのか。 

 剣を交わしても理解できない。

 ザギは、楽しすぎて大声で笑ってしまいそうなのを、必死でこらえていた。


 キースの剣筋が見えているのに、受け止め切れず、刃が体をかすめる。その度に服や武具が裂けて、場所によっては血が滲んでいた。

 流れるような動きと、手足の如く舞う美しい刀。

 無表情は感情を押し殺しているのではない。全ての感覚を研ぎ澄ませ、情報を分析して最善を導き出す。その工程に必要ないだけ。

 ガガルから学んだ多くの事の核となる部分。

 キースはさらに高めようとしている。

 限界を超えた時、自分でない何かが現れる。キースはそれを求めて刀を振る。


 何十、何百という戦士たちと戦ってきたが、ここまで追い込まれた事は無かった。

 今のまま攻め続けられたら、首をはねられるのは時間の問題だ。

 キースが水平に振り抜いた一刀を、大きく後退して避ける。間合いを詰めようと一歩踏み出すキースだが、何かを感じ留まる。

 ザギの左手が、目を覆った布の結び目にかかっていた。

 「お前は強い」

ザギが言った。

 キースは刀をゆっくりと鞘に収めた。

 右手はしっかりと鞘を固定し、左手は柄を握ったまま。足を前後に開き、姿勢を低くして構える。

 ザギは布の結び目を解(ほど)きながら、その姿を見つめる。

 「お前は知っているか。なぜノマが人を襲うのか。なぜ魔力を避けるのか」

 両目に巻かれた布が、解けて地面へと伸びていく。

 「お前は知っているか。魔力で満ちたプレ・ナの体が、死んだらどうなるか」

 ザギの言葉が、まるで呪文のように流れる。


 布が全て落ちて、顔全体があらわになった。目のまわりの肌は青黒く変色している。長い間きつく縛ったせいだろう。

 両目は閉じられている。

 何のために布を解いたのか、その答えはザギのみが知る。

 風が止んだ。

 キースは素早く抜刀した。

 目に見えない何かが、刀から放たれた。

 ザギの両目が開かれた。

 風が、ザギに向かって吹いた。

 また、見えない何かを両断する。同時に、人とは違う異様な気配をキースは感じた。

 ザギの瞼の奥には、えぐり取ったはずの眼球が存在していた。

 全体が青白く、瞳孔が無い。

 果たして、物を見る機能が働いているのかどうか。

 「俺は、両目をえぐり出して、別の目を入れた」

ザギが自分の目を指差して言った。

 「これは、プレ・ナの目だ」

 衝撃的な言葉。

 「俺の意識があるうちに、お前を殺してやる」

そう言って、ザギは笑った。

 


・・・・『武闘会』会場。王族専用席。


 二人の男が対峙していた。

 チャウバと、もうひとりは・・・・?

 全身を黒いローブで覆った、小柄な人物。フードを被っているので顔は見えない。

 「上手く王宮に入れたようだね」

小柄な人物が言った。

 声質からして男のようだ。しかも若い。少年のような甲高い声。

 「ルコス三世は、政治も世の中も知らないゆるい男だから、これからは君がこの国を造り上げていけばいい」

 その言葉に、チャウバは顔をしかめる。

 「あ、そうだ。君の護衛に丁度良い子がいるよ。弟子ってことにしてさ、近くに置けばいい」

 「『監視役』の言い間違いじゃないのか?」

チャウバが問う。

 「ひどいな。僕はそんな事しないよ。君の事を快く思っていない連中もいるから、良い子を紹介してあげようとしてるのに」

 顔は見えないが、膨れっ面をして話しているような口調。

 まるで子供だ。

 深刻な表情のチャウバとは釣り合わない。

 「自分の身は自分で守る」

 大戦で活躍した三人の戦士。そのひとりコルバンの弟子であるチャウバ。剣術の腕は並ではない。

 「今まではそれでもよかったけどさ、これからは国を動かす立場だから、そういう事はしちゃ駄目なんだよ。殺人とかの汚れ役は弟子にさせればいいから」

 少年の声で話す内容ではない。

 「これから君にはさ、理想の国造りに励んでもらわないとね」

 チャウバの表情は変わらない。曇ったままだ。

 理想の国造り。

 一体誰のための国造りなのか。

 叫びたい気持ちを拳で握りつぶし、チャウバは黒いローブの男を見た。

 「コルバン様は無事なんだろうな」

 少し感情のこもった言葉だった。

 「ふーん、意外だね。家族のことより、まず師匠さんを心配するんだ」


 弟子が剣士としても、人としても、一人前になったと判断するまで、次の弟子はとらない。それが三人の戦士の方針だった。五年、十年と寝食を共に、剣と言葉を重ね続ける。師弟の枠を超えた感情が出てもおかしくない。

 特にコルバンは、三人の中でも感情豊かな男だった。

 よく笑い、よく怒り、よく泣いた。

 修行は厳しかったが、それ以外は優しく、チャウバの事をよく理解していた。

 彼はコルバンに、肉親以上の感情を抱いていた。


 「大丈夫。元気にしてるよ。ついでに、君の家族もね」

 男の言う家族とは、妻と二人の子供のことである。

 チャウバには何も出来ない。

 今は男の言葉を信用するしかない。

 過去の嫌な記憶が蘇る。

 ある日、コルバンと家族が消えた。目の前に現れたのは、黒いローブ姿の男。彼はチャウバにむかって言った。


 『コルバンと君の家族を人質に取った。助けたかったら、僕の駒になって』


 言葉だけで、信用できるはずがない。

 しかし次の瞬間、チャウバの体が硬直した。

 男は何かを床に放り投げた。鈍い音と共に、足元にあったのは、誰かの体の一部を切り取ったもの。

 手首から先の右手と、肌の白い、膝から下の両足。

 見間違えるはずがない。

 右手は師匠のコルバンだ。そして両足は妻のもの。

 一気に感情が爆発する。

 「貴様っ!!」

 刀を抜き詰め寄ったが、殺せなかった。

 震える刀身を片手で払って、

 「まだ生きているけど、今後の君の行動で、どうなるか分からないよ」

と、少年のような声で言う。

 チャウバは見えない真実が見えた気がした。

 「ルコス二世を殺したのは、貴様か」

 男は頭を覆ったフードを下ろし、笑顔を返した。

 その時の顔が、今でもチャウバの目に焼き付いていた。


 「じゃあ僕はそろそろ行くからね。しばらくこっちには来れないから、手紙で指示を送るのでよろしく」

 子供のような仕草で手を振るローブの男。

 やがて、黒い色が薄まり、その場から忽然と消えた。

 残ったのは、ぶつける場所のない感情と、魂を抜かれてしまったような己の体。

 時期を待つしかない。

 今はあの男に従うしかないが、いつかその時が来るはずだ。

 それまでは・・・・



・・・・首都ルコス王宮。その一角にある小さな森。


 木漏れ日が幻想的な世界を演出している森の小道。そこから外れた薄暗い場所から、何か風を切るような音がしている。

 そこは鳥さえも近づかない場所。

 不思議な雰囲気を発しているのは、森でなくそこにいる者。

 ゆっくりと歩み寄ってみる。

 薄暗い森の中で、武具を身につけた男が、剣を振っていた。

 長身で、服を着ていても細い体。そのせいか、手足がより長く見える。

 突然。

 剣の動きが止まり、男は振り向いた。

 足音も気配も消していたのに。


 「やあ、ザギ」

 手を上げる人物。

 ザギに近づいた者は、全身を黒いローブで覆った男。いつかチャウバと『武闘会』会場で対面していた、あの男だ。

 「ロズか。何の用だ?」

 ザギの言葉は素っ気ない。

 「連れないなあ。久しぶりに会ったのに」

 無視して剣を振り始めるザギ。

 ため息をつくローブの男。

 「駄目だよ、仕事さぼっちゃ。チャウバの護衛をしないと」

 相変わらず、ローブの男は軽い口調で、少年のような声だ。

 「『見張り』の言い間違いじゃないのか?」

 「まあ、そうなんだけどさ」

 ローブの男は立ち止まる。

 ザギは大きく息を吐いて、長刀を背中の鞘に収めた。

 「今日は一日中会議だそうだ。王宮からは出ない」

 それより、とザギは言葉を続ける。

 「強い奴がいると聞いて、この国にやって来たが、本当にいるのか?」

 フードの下で男が笑う。

 出会った時から変わっていない。

 『戦闘民族』の血を濃く受け継いでいるせいか、彼は常に強さを求めている。

 強い剣士がいると聞けば、そこへ赴き対戦する。剣を手にしてからずっと、そんな日々を送ってきた。

 「心配ないよ。今は僕の魔力で感知出来ない場所にいるようだけど、必ずこの国に来るから」

 男の言葉に、ザギは鼻で笑う。

 「でね、今日は手土産を持ってきたんだ」

 ローブの袖をまさぐり、何かを取り出す。

 ガラスの小瓶に液体が入ったもの。その中に丸い球が二つ詰められている。

 「じゃーん。すごいでしょ?」

 ザギの反応は無い。

 予想通りだったので、ちょっと残念なローブの男。

 「これはね、プレ・ナの目なんだ。しかも、五百年生きた長老のだよ。魔力がいっぱい詰まっているよ」

 必死に訴えるが、ザギは今ひとつ理解できていないようだ。

 「これを人に移植すると、びっくりするくらい魔力が強くなる。いつか必ず現れる人物のための秘密兵器だよ」

 ザギの実力は知っている。

 それでもなお、強い力が必要なのか。

 「強いのか、本当に?」

 ローブの男はうなずいた。

 「ただし、この目の効果は一度きり。しかも、目の機能は働かないから見えなくなるよ。それでも移植するかい?」

 「目など、俺には必要ない」

そう言って、その場にしゃがむザギ。

 座って、ようやくローブの男の背が、ザギより少し高くなる。

 「お前のことは信用している。移植が必要だと言うなら、俺は喜んでお前に従う」

 ザギは、抵抗しないと言わんばかりに両手を広げる。

 「ありがとう、ザギ。では遠慮なく・・・・」

 ザギに近づく男。

 「必ず、君の期待に答える人物が現れるから」

 ローブの男は、いくつかの魔法呪文を詠唱する。

 魔法を使った移植手術の準備をすすめる。

 「その人物は、過去の大戦で活躍したガガルの弟子、アーマンの子・・・・」

 呪文のように語るローブの男。

 「そして、この世で唯一の成功例・・・・」

 準備ができたようだ。

 頭を覆ったフードを下ろす。

 男の顔は、少年のような声にふさわしく、十才くらいの子供の顔だった。

 「ちょっと痛いけど、我慢してね」

 そう言って、ロズという名の少年は笑った。 

 


・・・現在。『武闘会』会場、王族専用席。


 二人の男が対峙していた。

 チャウバと、もうひとりは・・・・?

 大戦で活躍した三人の戦士。その中のひとり、ゲバラク。

 ほかには誰もいない。ザギが会場に乱入した時点で、決勝戦を観戦出来ないとわかった国王と王妃は、さっさと王宮へ帰ってしまった。

 いつもなら、趣向をこらした貢ぎ物を山のように送って、二人の機嫌をとるのだが、今回は国王がお気に入りの旅芸人たちが来国している。王宮への招待を約束したら、ご機嫌で帰路に向かってくれた。

 ひとつ問題は解決した。

 さて、次は?


 近くには、ザギも衛士もいない。

 ゲバラクはチャウバに、話があると言って、ここに留まらせた。

 理由は分かっている。

 「何故だ?」

 ゲバラクが問う。

 正しい事がいつも正解ではない。

 彼と対面すると、心が揺れる。

 「このままだと、私はお前を殺さなくてはならない」

 言葉はない。

 チャウバは微笑むだけ。

 「お前が本気でこの国を支配して、他国へ侵略を始めるなら、まず最初に障害となる私を殺すはずだ。なのにお前は、私を懐に置き、反乱を企てようとも知らぬ顔をする。

 何が起こっているのだ?

 もしや、行方知れずのコルバンが関係しているのではないか?」

 チャウバは目線をそらした。

 会場で戦うザギとキースを見る。


 「まだ若いのに、よく学んでいますね」

チャウバがつぶやく。

 これまで何度も圧倒的な対戦を見てきた。ザギと対等に戦う者が、この世にいるとは思っていなかった。

 「あの子は特別だ」

ゲバラクが言った。

 『戦闘民族』だからか。

 いや、違う。彼女には魔力とは別の、不思議な力を感じる。

 ガガルが得意とした居合いの技。形は同じだが、何かが違う。

 それと・・・・

 なんだろう。

 少女を見ていると、ある男の影が、過去の記憶と共に頭の中を駆け巡る。

 同じ師のもとで学んだから、だけではないはずだ。

 ガガルが愛刀を託すほどの逸材。

 弟子はもう取らない、と言っていた彼の心を動かしたのは・・・・

 少女とあの男とが重なった。


 「そうですか。あの子は彼の・・・・」

 急に、張り詰めていた気持ちが楽になった。

 「全てを否定し、言い逃れをしようとは思いません。国王を暗殺しようとしていたのは事実です」

 本人の口から聞きたくない言葉だった。

 「事情がどうであれ、私は『悪』に屈してしまった。抵抗することもせずに、私は従うことを選択した」

 ゲバラクが怪訝な顔をする。

 「お前の言う『悪』とはなんだ?」

 チャウバは会場のほうを向いたまま、目を閉じる。

 沈黙。

 彼は何を思い、何を語ろうとしているのか。


 「その者の名も、事実を告げることもできません。私には魔力的な術が施されています」

 二人のいる専用席から、階段三段下の通路に足音。

 国王と王妃を見送った衛士が戻ってきたようだ。

 「ですが・・・・」

 三人の衛士の姿が見えた。

 ほんの一瞬、ゲバラクは衛士のほうへ目をやった。

 チャウバは、腰にある護身用の短剣を抜き、自分の胸へ突き刺していた。

 「チャウバ様!!」

 予期せぬ事態に慌てる衛士。

 「医療班を呼べ!」

 ゲバラクが叫んだ。

 二人の衛士が走った。

 その場に膝をつくチャウバ。残った衛士とゲバラクが彼に近づく。

 急所を深く刺している。

 「なんてことを・・・・」

 ゲバラクの言葉に、チャウバは微笑む。

 「これ・・・で、・・・自由・・・に・・・」

 死と引き換えに、彼は語り始める。平和な国ルコスに迫る危機を。そして、根源である魔法使いのことを。

 目の前の衛士は、ゲバラクの配下。それを知っていて、チャウバは話し続けた。

 命尽きる、その瞬間まで。

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