episode3 「西の砦」

ガガルの仲間だった。

 それしか知らなかったキースは、本人に面会して、少し戸惑った。

 ガガルは細身で、禿頭の髭面だったので、きっと同じだと勝手に思っていた。

 ゲバラクは背がキースより少し低く、短く刈り上げた白髪で、体格は横に広く、目の大きい童顔の男だった。七十代だが若く見える。

 キースが鍛冶職人の工房に着いた時、彼は職人と奥の方で親密な話をしていた。弟子の小僧が、目を輝かしてキースに挨拶をしても、気づいていなかった。

 「おはようございます」

と、声をかけて、ようやくこっちを向く二人。

 鍛冶職人がキースのことを紹介している。

 間近で面会。ガガル同様、ただの老人ではない雰囲気。眼力がある。

 

 「久しいな、キース」

 第一声はそこから始まった。

 首を傾げるキース。

 「前に、何処かでお会いしましたか?」

 ゲバラクは笑う。

 「覚えてないか。まあ、無理もない。十年ほど前に一度会っている。お前の父親とこの街で会ったのだが」

 そう言われても記憶にないキース。

 まあ、いい。と、手招きして工房から出てくるゲバラク。

 彼の後を追う。

 

 着いたのは、まだ開店していない小さな酒場。

 椅子が机の上に乗せられ、店員が掃除をしている最中だった。ゲバラクの顔を見るなり、にこやかに挨拶をして手を止める。嫌な顔ひとつせず、彼らの座る場所を一席用意する。

 ゲバラクは当たり前のように席に着き、キースは対面に座った。

 しばらく沈黙。店員がワインジョッキを運んできて、人の気配が無くなって、ようやく開口する。

 「お前がその刀を持って、私に会いに来たということは、ガガルもとうとうお迎えが来た、ということか」

 キースは半年前だと説明する。

 「ガガルに、父親を探す旅に出ろと言われました」

 「それで私を訪ねてきたか」

 キースはうなずく。

 ゲバラクはジョッキの酒を一口飲み、あごをさすり、思案顔。

 「こんな時期に来るとはな。いや、これは好機かもしれんな・・・・」

 独り言のようにつぶやくゲバラク。

  

 何だか目つきが悪人みたいだよ。


 キースの横で声がする。


 「あなたが私の父親の行方を知っている、と聞きました」

 なるほどな、とゲバラク。

 彼は横を向いたまま、別のことを考えているようだった。


 やっぱりどう見ても悪人顔だよ。関わらないほうがいいんじゃない?


 キースの腕を引っ張る。


 「ちょっといいか」

そう言って、ゲバラクが片手を上げた。

 「さっきからお前の横にくっついている、この女は何だ?」

 彼はキースの横に座るクラナを指差した。彼女は鍛冶工房に来る前、宿屋からずっとキースに付き添っていた。

 クラナは胸を張る。

 「私はクラナ。彼女の専属ル・プレであり、保護者でもある」

 お前に文句は言わせない。

 それくらいの強気顔だ。

 彼女は昨日、プレ・タナを辞職する届けを出し、半ば強引に受理させた。今は国の管理から離れ、自由の身だ。簡単にいえば、フリーの魔法使いである。国からの援助は断たれたが、魔力を誰のために使おうと構わない。国内のプレ・コアに近づくのを禁止されているだけで、街の移動もできる。

 人脈のある者、仕事の交渉が得意な者。金銭的に生活が可能な者は、この道を選択するようだ。

 

 ゲバラクはため息をつく。

 「変わった奴だ」

まあ、いいさ。と、彼は続ける。

 「父親の情報は持っている。但し、教えるには条件がある」

 

 ほらきた。やっぱり悪人だ。


 クラナの言葉は無視する。

 「私の計画を手伝ってほしい。無事完了したら教える。それでどうだ?」

 「内容によります」

 ゲバラクは笑う。

 「なあに、簡単な仕事さ。ガガルから剣術を学んだのなら」

 顔を近づける。

 クラナは顔を離す。

 「私は今、国王の側近を殺す計画を立てている」

 大声で叫びそうになった口をおさえるクラナ。体を反らせ過ぎて、後ろ向きに倒れそうになる。

 支えるキース。

 それを見て、ゲバラクはまたため息をついた。

 

出発前。

 キースは旅芸人一行のもとへ向かった。お互いルコスにしばらく滞在するが、進む方向が違うため、この先街で会うことはない。

 女たちに取り囲まれ、涙の別れ。


 「あんたなら大丈夫だろうけど、体に気をつけてね」

 「変な女に捕まるんじゃないよ。ついでに男も」

 「キースのことは、一生忘れないよ」


 ひとりひとりが声をかける。

 ひとりひとりがクラナを睨む。

 殺気と嫉妬に襲われる。嫌な汗が出るクラナ。

 熱い抱擁と口づけで、もみくちゃになりながら、ようやく旅芸人一行から離れる。

 「殺されるかと思った」

後ろを気にしながらつぶやくクラナ。

 苦笑するキース。

 「どうも私は、男より女に好かれるらしい」

 クラナも苦笑。


 私もそのひとりです。


 待ち合わせの場所は、タオの北門。

 クラナの案内で石畳の道を歩く。途中市場に寄って、足らない物品を買う。クラナが率先してその品を持って歩いたが、すぐに息が切れていた。

 キースが代わりに持つ。

 大して重い荷物ではない。

 ああ、何て貧弱な体。自分の非力さを呪うクラナ。


 北門に着くと、ゲバラクが馬を用意して待っていた。目的地までは、馬の足で半日くらい。少し歩きもあるので、到着は夕方くらいか。

 今から出発すれば、日が落ちるまでには着けそうだ。


 「乗れません」

 クラナの言葉に、ゲバラクは困ったような顔をした。

 まさか馬に乗れないとは、予想外だった。ル・プレの経験が短期だったため、結果、習得出来なかったそうだ。

 馬を一頭減らして、二人乗りが出来る大きめの鞍に変える。


 「乗りません」

 クラナの言葉に、ため息をつくゲバラク。

 彼とは一緒に乗りたくないそうだ。

 ようやく出発。

 ゲバラクの乗った馬が北門を出る。続いて、キースとクラナの乗った馬が。

 クラナは落馬しないように、キースの背中にしっかりと抱きついている。恍惚とした表情なのは、見間違いではないだろう。

 

 はるか向こうまで見渡せる草原を、二頭の馬が並走している。


 その後ろを追う馬の集団。十頭くらいか。それがキースたちにどんどん近づいている。やがて追いつき、取り囲むように広がって、行く手を阻んだ。

 見覚えのある顔が数名。

 クラナの元先輩たちと衛士がいた。

 「何だ、お前たちは?」

ゲバラクが問う。

 「そっちの女二人に用がある」

 馬を降りた先輩長が言った。

 顔に残る青アザが痛々しい。

 キースとクラナも馬から降りる。クラナは降りる時に、足を踏み外して、ほとんど落馬状態だった。

 ドスン、と尻もちをつくクラナ。

 「いててて・・・・」

 尻をさすりながら、キースのすぐ後ろに立つ。

 彼女たちの前に、魔法使い四名と衛士ひとり。両側と後ろには、兵士ではないが武器を持った強面の男たちが立っている。

 「おい、お前。プレ・タナに手を出して、タダで済むと思うなよ。俺たちは国の組織に属しているんだからな。本来なら、反逆行為で死刑なんだぞ」

 キースを指差して言う先輩長。

 「クラナの魔力が強いのを妬(ねた)んで、輪姦しようとしたのは罪ではないのか?」

 「う、うるさい!あれはアイツが酔いつぶれたから、休ませようとしただけだ!」

 震える声で言う先輩長。

 明らかに動揺している。

 「余計な事に首を突っ込む癖は、ガガル譲りだな」

 小声でつぶやくゲバラク。

 「すぐに終わらせますから、少し待って下さい」

そう言って、前にいるプレ・タナに近づこうとするキース。

 クラナが彼女の手を引っ張った。

 キースが振り返る。

 「私がやるわ」

クラナが言った。

 「これは、私の問題だから」

 今までにない、真剣な表情。

 キースは何も言わず、クラナの横に立つ。

 クラナは上着の内側から杖を取り出す。儀式の時に使った長いものではなく、携帯用の短いもの。

 一年の修行を終えて、魔法使いになった者だけが、習得の証として持つことを許される魔法の杖だ。

 四人のプレ・タナも慌てて杖を取り出す。

 「先輩方、お世話になりました」

そう言って、杖を持つ手を振り上げる。

 「これは今までのお礼です」

 魔法詠唱。

 会話の言語とは違う、魔法の言葉。

 杖から放たれるのは、火の魔法か。それとも風か?


男たちが武器を放り投げて悲鳴をあげた。

 「ひぃ~!!」

 プレ・タナたちも奇声を発して暴れだす。

 クラナは杖を上着に納めて、横に立つキースに微笑んだ。

 「さ、行きましょう」

 晴れやかな顔で馬へと向かうクラナ。

 「幻覚魔法か。なかなか興味深いな」

ゲバラクが言った。

 「私が魔法を解かない限り、あいつらは地獄の苦しみを半日近く味わいます」

彼の方を向いてクラナが言った。


 プレ・タナたちが見ている世界は、地面から湧き出した小さな虫に、少しづつ肉体を食われている。そんな光景だ。振り払っても虫たちは彼らの体に這い上がり、小さな口で少しづつ肉をついばむ。

 赤い血に混じって、虫の口から溢れた汁が、肌を変色させ、やがて腐らせる。

 自重に耐えられず、腕が腐って落ちる。

 皮膚が溶けて内臓があらわになる。

 肉体が完全に無くなると、また初めから。これを半日近く繰り返す。

 精神の弱い者なら耐えられない。


 「女の魔法使いは怖いな」

 ゲバラクは、まわりの惨状を見て首をすくめる。

 クラナは不敵な笑みを返して、颯爽と馬に乗る・・・・

 つもりだったが、腕の力が足りず、自分の体が引き上げれない。

 キースが彼女の尻に手を添えて押し上げる。変な声を上げて馬にまたがるクラナ。何故だか少し恥ずかしそうだ。

 「魔力は強いが、それ以外は人並み以下か。全く、面白い女(こ)だ」

 そう言いつつも、ゲバラクはクラナの利用価値を考えていた。 


 プレ・タナたちをそのまま放置して、キースたちは馬を走らせる。

 その後の彼らの生死は不明だが、次の『儀式の日』には、五人とも新しいプレ・タナだったそうだ。

 草原を抜けると、岩の多い荒野となった。登り勾配が続き、気温が下がる。

 市場で買った防寒着が役立っている。

 二人乗りの馬が辛そうだ。私が歩く、と、クラナが降りて歩いたが、高度と登り道が、彼女の体力をすぐに奪った。

 

 荷物は持てない。馬は乗れない。峠は歩けない。


 手のかかる魔法使いだが、キースは特に嫌がる様子もなく、彼女を馬に乗せて自分が歩く。優しい言葉もかけてくれる。

 そんなキースを見つめるクラナ。

 彼女への愛情が、どんどん深く、濃くなっていく。男に対しても、今までこれ程の感情を抱いたことがあっただろうか。

 気づいていながも、後戻りができないくらい気持ちが高まっているクラナ。キースのためなら命だって捧げる。と、あらためて覚悟を決める。

 

 日没までまだ時間があったが、次第に辺りが暗くなってきた。疲れている馬には申し訳ないが、少々無理をしてもらう。

 キースは再び馬に乗り、早足のゲバラクを追う。

 クラナは落馬しないように、キースにしっかりとしがみつく。


 前方に目的地が見えてきた。

 見上げる程の高い壁。

 五十年以上前に造られた『西の砦ギリス』。

 かつてルコスは、西国と戦争をしていた。その戦隊の侵入経路がここ、『ギリス峠』だった。

 ここで多くの戦士が戦い、死んでいった。

 戦争が終わった今でも、砦には兵士が常駐し、西国を牽制し続けている。

 新人の兵士の研修施設としても利用されている。


 見張り台の兵士が、近づく二頭の馬に気づく。

 決められた手順に添って、伝令を送ろうとしたが、先頭のゲバラクを目視で確認して止める。

 開門の指示を出す。

 峠道と砦の間にある空堀に、橋がかけられた。

 二頭の馬が橋を渡り砦の内へ。

 若い兵士が数名、二頭の馬に駆け寄ってきた。

 「お疲れ様です、ゲバラク様」

 敬って挨拶しつつ、キースとクラナが気になっている。

 男ばかりの砦に女がやって来た。見た目は戦士と魔法使いのようだが、禁欲している彼らからしてみれば、女は女、である。

 誤解を招く前に、ゲバラクが二人を紹介する。

 

 「彼女たちは、武術と魔法の指導者として連れてきた」


 そうですか、と笑顔で二人を歓迎するも、残念に思った兵士は独りだけではないだろう。キースの美しさは、男も魅了するのだから。



ゲバラクは、ルコスの兵士の剣術指南役として王宮、及び国の施設への出入りを許されていた。これは現国王、ルコス三世の側近、チャウバからの強い要請があったからである。

 チャウバは、ガガル、ゲバラクと共に先の大戦で戦ったコルバンの弟子だ。

 コルバンは大戦後、ルコス二世の側近として、国の再建に従事した。チャウバが弟子となったのは、側近となってから二十年ほど後のこと。

 今から約二十五年前。

 その辺りから、王宮で奇妙な事件が起こり始める。

 プレ・タナを管理している高官が謎の変死。それを皮切りに、国王に仕える側近たちにも、病死や事故が相次ぎ、王宮は一時騒然となった。

 そして、最も大きな事件は、ルコス二世の暗殺。

 ある朝、いつものように侍女が国王の部屋へ入ると、彼は心臓をひと突きにされて死んでいた。

 同じ日、側近であるコルバンは、王宮から姿を消す。

 犯人は、大戦で負けた西国の暗殺者ではないか。コルバンは実は西国の密偵で、国王を暗殺して逃走したのではないか。

 様々な噂が王宮で広がった。

 国民に対しては、混乱を避けるため、国王は病死と発表した。

 犯人が分からないまま、国葬。

 同年、若き王子がルコス三世として王位を継承。

 それが今から約十五年前。

 その時に活躍したのがチャウバだ。

 彼はコルバンの弟子。多くの疑いをかけられたが、それを跳ね除けるほど、彼はルコス三世を支援し、王宮の混乱を鎮めた。

 同年末、前国王を暗殺したのは王族騎士団の元衛士と判明。

 彼は、素行の悪さから前国王より衛士解雇の命令を受けていた。それを恨んでの犯行だったようだ。

 本人は、死刑執行の直前まで、身の潔白を主張していたが、出来過ぎなくらい証拠が残されていた。

 犯人を見つけ出したのはチャウバ。

 翌年、彼は国王の側近として就任。現在に至るまでルコス三世を支え、国政に従事している。

 ゲバラクが剣術指南役として就任したのもその辺の時期らしい。


 「まあ、剣術指導というのは表向きのことであって、要するに、私が自由に動けないように、鎖で繋ぎたかったのだろう」

と、ゲバラク。

 前日の、酒場での面談だ。

 開店前の一席で、ゲバラクとキース、クラナの三人の会話。

 何となく、国王の側近を殺す、という突飛な内容に色がつき始める。

 「あなたは、そのチャウバという男が、国王を殺害したのではないかと疑っているのですね?」

 キースの言葉に、ゲバラクがうなずく。

 「国王だけではない。一連の事件全てがチャウバの仕業だと考えている」

 少しづつ情報を集め、確信に迫っていた。

 先の大戦で活躍した三人。

 ガガルは剣で。コルバンは戦術で。

 ゲバラクは情報で。

 彼の本質は、敵地に侵入し、情報を集めること。密偵を得意としていた。

  

 「チャウバって人は、何をしたいわけ?」

クラナが尋ねる。

 ゲバラクが彼女を見た。

 「戦争だよ」

 平和慣れした彼女には、その言葉の重さが分からない。

 「隣国を支配して、巨大国家を創り上げたいらしい。自分の力を誇示するために」

 ますます意味が分からない。

 クラナは首を傾げる。

 「強い力を人のために役立てる。それが師の教えだったはずなのに、どこでねじ曲がってしまったのか。チャウバは力の使い方を勘違いしているようだ」

 嘆くゲバラク。

 「それで、私にチャウバを殺せと?」

キースが言った。

 ゲバラクは否定する。

 「チャウバを殺すのは簡単な事だ。私独りで十分だ。問題は、彼の護衛だ。そいつがいる限り、チャウバには近づけない」

 

 護衛の男の名は、ザギ。

 お前の父と同じ、『北の民族』出身だ。


 クラナの表情が変わる。

 なるほど。と、キースの強さを納得する。

 北の民族は別名、『戦闘民族』と呼ばれ、生まれながらに身体能力が高い民族だ。


 「そのザギを、チャウバから引き離す確実な方法がひとつだけある」

 そう言って、ゲバラクは計画の本題へと話を進める。

 キースとクラナは、彼の話に耳を傾けた。



西の砦ギリスは、西国の動向を管理する要であり、兵士育成の場でもある。

 ゲバラクは兵士たちの剣術指南役。

 砦の広場には数名の兵士とゲバラク、そしてキースとクラナがいた。

 見張り台やその他の配置についている兵士たちは、仕事をしている振りをしながら、彼女たちに注目している。

 気になって仕方ないようだ。

 

 「ここに集めた者は、私が一目置いている兵士たちだ」

ゲバラクが言った。

 若者から熟年齢まで、幅広い世代が十名。武装して立っている。

 「彼女の名はキース。あのガガルの弟子だ」

 その言葉を聞いて、兵士たちの表情が明らかに変わった。

 ガガルはルコスにとって、戦争を勝利へ導いた英雄であり、その剣術は神技と言われていた。人嫌いの一面もあり、自分が認めた者しか剣術を教えなかったという。

 この幼き少女がガガルの弟子とは。

 そもそも、まだ生きていたことが驚きである。事実なら百歳は超えているはず。

 にわかには信じがたいが、ゲバラク様が言う事だから本当なのだろう。そう思いながらも、見た目の美しさに、つい見とれてしまう兵士たち。

 わかるわかる。

 と言わんばかりに何度もうなずくクラナ。ちょっと自慢げな表情。

 そんな彼女を見て、肩をすくめるゲバラク。

 「今日は、彼女に剣術指導をしてもらう」

 ゲバラクの言葉を聞いて、キースは少し困った顔。

 「ま、軽く相手をしてやってくれ。彼らはお前の実力を知りたいようだからな」

 うなずくキース。

 兵士たちに歩み寄る。


 彼らはいつもの訓練のように、縦一列に並び、先頭の者だけが剣を抜く。剣は訓練用の刃こぼれしたもの。切れ味は悪いが当たれば痛い。

 キースも彼らと同じ剣を持っている。

 緊張しているのか、気合いが入っているのか。

 先頭の若い兵士の息が荒い。

 剣を握る両手の感触を確認しながら、体を揺らして、足を踏み出す時機を思案している。

 キースは剣先を下に向けたまま、ただ普通に立っているだけ。

 「遠慮せずに打ち込んで下さい」

キースが言った。


 その言葉をどう捉えたか。

 若い兵士は眼光鋭く、一気に間合いを詰める。

 剣を振り下ろす。

 キースは上半身だけ体をひねってかわす。空いている右手で、前のめりになった兵士の首筋を軽く押す。

 兵士は立っていられず派手に倒れた。

 二人目。

 キースが剣を持っていない右側から、水平に剣を振る。

 キースはゆっくり、しかし絶妙なタイミングで一歩後退して、その剣をかわし、兵士の眉間あたりを手のひらで軽く押す。

 顎が上がり、無理な姿勢に耐えられず、膝をつく。

 キースは横へ数歩移動した。

 三人目。

 彼の武器は槍。

 槍の間合いでは剣は届かない。

 男は姿勢を低く、槍を腰のあたりに構えて、一気に突き出す。

 キースは兵士に向かって二歩前進。

 槍は彼女の脇腹あたりをかすめ、伸びきった腕に手刀。槍が地面に落ちる。

 四人目・・・・

 どの兵士もまるで歯が立たない。

 女だからと言って、手を抜いているわけではない。五人目以降は、二人組・三人組となって挑戦したが、結果は同じだった。


 「よく学んでいるな」

ゲバラクがつぶやく。

 ガガルのことをよく知っているだけに、キースの剣技に感心する。

 ガガルは気に入った者にしか剣術を教えない。だが、教えるとなれば徹底していた。途中で断念した者も少なくない。

 力尽きて地面に倒れている兵士たち。何度やっても、背後からの不意打ちでも、彼らの剣はキースに触れることすら出来なかった。

 子供と大人の戦いのような、それ程の差に見える。

 キースは兵士たちと数回剣を交わしただけだが、個々の剣術を理解していた。ひとりひとりに声をかける。良い所悪い所を告げたうえで、簡単で分かりやすい指導をしていた。

 幼いし、女だから、なめていた部分もあったが、今兵士たちは彼女の言葉に敬語で対応している。

 何十人といる兵士のなかから、特に剣術の優れた者を集めたが、実力の差は明確だった。


その日の夜。

 見張りの者数名だけが砦を管理し、みんなが寝静まった頃。キースとクラナは、部屋でそれぞれの時間を過ごしていた。

 キースは刀の手入れを。クラナは机の上で分厚い書物を読んでいた。

 この部屋は、砦の建物の最上階。元は高位の捕虜を監禁する部屋。今なお豪華な装飾品が置かれている。

 彼女たちが男たちと雑魚寝するわけにもいかず、ゲバラクが用意してくれた部屋だ。

 王族気分が味わえて、昨日は大はしゃぎだったクラナも、今は真剣な顔で書物と対面している。昼間の訓練の後、ゲバラクからもらった書物だ。


 知り合いの『プレ・ナ』から聞いた魔法の術式を、書き起こしたものだ。お前程の魔力なら、役に立つ魔法があるかもしれん


 そう言われて受け取った。

 開いてみて、驚いた。ほとんどが知らない魔法だった。

 

 あのゲバラクって爺さん、何者?

 そもそも『プレ・ナ』に知り合いがいるところからおかしい。


 『プレ・ナ』とは、魔力の源であり、管理する種族。見た目は人と変わらない。最北の地に住んでいる。一年の修行を終えて、認められた者だけがプレ・ナと契約して、魔力を受け取る術を得る。

 魔力は、大気と同じく身近に存在し、より多く受け取れる者は、強い魔力を使うことができる。

 プレ・ナは、人の姿はしているが、一般の常温では生きられない。そのため、最北の氷の世界に住んでいる。彼らは呼吸するのと同じように、常に体から魔力を発散している。生まれたときから魔法使い。魔法は生活の一部となっている。

 魔法使いを目指す者が修行する場所には、プレ・ナが住む土地と繋がる『異界の門』があって、交信して、認められた者だけが、魔力を受け取れる術を与えられる。

 プレ・コアに魔力を注ぐ術、火や風などの攻撃魔法は、一年の修行の場で学ぶ。なので、それ以外の魔法を知るには、彼らの住む土地に行って学ぶしかない。

 噂では、その土地に到達するまでに、多くの障害や試練があるらしい。


 不意に扉を叩く音。

 キースとクラナは顔を見合わせる。刀を鞘に収め、魔法書を閉じた。

 燭台の火を消して、二人は扉の方へ近づく。

 「ゲバラク様からの使いです」

 小声だが、よく通る声質。

 扉を開けると、兵士が独り立っていた。昼間の訓練の中にいた兵士だ。

 「案内します」

そう言って、明かりを片手に歩き出す。

 二人も続く。


 石の階段を降りる。途中、隠し扉からさらに階段を降りる。

 まるで迷路だ。

 三人は、見張りの兵士に出会うことなく、砦の地下へ到達した。

 ここは、敵国の兵士たちを監禁する場所。

 地下牢だ。

 もちろん今は使われていない。岩を削り出して造られた壁からは、地下水がにじみ出ていて、湿気を含んだ大気が体にまとわりつく感じがする。

 ここで、たくさんの兵士が死んでいったのか。と、想像するだけで、さらに寒気を感じるクラナ。少し怖くなって、キースの腕にしがみつく。

 キースはクラナを見る。言葉は無かったが、空いている手をクラナの手に優しく添える。それだけで十分だった。

 地下牢を越えると、明かりのついた広い空間があった。

 扉のないその部屋には、ゲバラクと兵士が二人、木製のテーブルに座っていた。


 「お連れしました」

案内役の兵士が言った。

 「すまんな、こんな夜中に」

ゲバラクが言った。

 勧められるまま、キースとクラナも椅子に座る。

 テーブルの上には、見慣れぬ街の地図が広げられていた。

 さて、とゲバラクはルコスの側近、チャウバ暗殺計画の説明を始める。国が揺らぐ程の計画なので、軍隊並みの兵士が動くのかと思いきや、どうやらここにいる人数だけで実行するようだ。

 少数精鋭。

 キースとクラナがいるからこそ、実行可能な計画だった。

 成功すれば、本当にこの国が変わるのだろうか。実感のないクラナ。暗殺に失敗した場合、キースや自分、そして家族はどうなるのだろうか。

  悪い事しか浮かんでこない。

そもそも、ちょっとおかしくないか。

 キースの父親の行方を知るのに、側近暗殺みたいな危ない計画に参加しなくちゃならないなんて。割に合わない気がする。


 「近いうちに、この国は崩壊する」

ゲバラクが言った。

 「チャウバは国王を暗殺する計画を立てているらしい」

 突飛過ぎて反応に困るクラナ。

 となりのキースは無反応だ。ゲバラクの話に感心がないのか、それとも話の流れを理解しているのか、表情からは汲み取れない。

 彼は話を続ける。

 「国王には兄弟も子供もいない。今彼がいなくなれば、国の実権は側近のチャウバに移ることになる。そうなればこの国は終わりだ。彼の意見に反論できる高官はいないからな」

 まわりの兵士たちは、表情を固くしてうなずく。


 また反応に困るクラナ。

 国の一大事とか、暗殺だとか。彼女の日常からかけ離れ過ぎて、今ひとつ現実味がない。今の彼女の願いはただひとつ。キースと一緒にいられれば、それでいい。

 「チャウバが実権を握れば、すぐにでも部隊を編成して、隣国への侵略を始めるだろう。兵士たちはもちろん、魔法使いたちも招集される。プレ・コアを押さえることが勝利への近道だからな」


 そう。プレ・コアの魔力を自在に扱えるのは魔法使い、プレ・タナだけ。

 魔力を注ぐことも、抜いてしまうことも出来る。

 プレ・コアに魔力が無くなれば、ノマが街を襲う。


 「戦争になれば、プレ・タナだろうとル・プレだろうと関係ない。魔力の強い者が集められて敵地に派遣される。お前だって例外じゃないぞ」

 ゲバラクはクラナを見た。


 そうか。そういうことか。


 「ルコス国民は、国外移動を規制されて、国への奉仕を強要される。つまり、キースとは一緒にいられなくなるわけだ」

 ゲバラクの言葉を聞いて、クラナは立ち上がった。

 「よーし。さっさとその側近を殺っちゃいましょう」

 彼女の単純さに、兵士たちは苦笑。

 ゲバラクは構わず話を続ける。

 「首都ルコスでは、月に一度『武術会』が行われる。名目は衛士や兵士たちの技術向上のため、らしいが実際は違う。強い戦士を集めて、戦争のための精鋭部隊を編成するのが目的だ。毎回決勝戦だけ国王と側近のチャウバは観戦する。私の計画では、そこを狙う」

そう言って、ゲバラクはテーブルの地図を指差す。

 その時初めて、これが首都ルコスの地図だと分かる。

 彼が天空より指し示す場所は、初代ルコス王の王宮があった東よりの地。そこには犯罪者や奴隷を公開処刑する施設があった。

 それが今の『武術会』会場だ。

 

 「ただ、この計画には絶対条件がある。キースが『武術会』に参加して、決勝まで残ること。そして最も重要なのが、チャウバの護衛をしている弟子を引き離すこと」

 ゲバラクの表情が変わる。

 「弟子を挑発して引き離してくれれば、チャウバは私が始末する」

 キースが顔を上げた。

 「その弟子が強いのですか?」

 彼女の問いにうなずくゲバラク。

 「おそらく、全盛期のガガルより強い。倒してくれるのが一番だが、チャウバを始末するまで時間を稼いでくれれば、それでいい。剣術は非凡だが、頭はかなり弱いからな。チャウバがいなくなれば、死んだようなものだ」

 キースが危険にさらされると知って、不安顔のクラナ。

 「大丈夫だ」

 キースがクラナに言った。

 「相手が誰であろうと、私は負けない」

 クラナは微笑む。

 信じる。キースがそう言うなら、負けないのだろう。

 「お前の幻覚魔法も頼りにしてるぞ」

ゲバラクが言った。

 クラナの役目は、観客が混乱しないように、幻覚魔法で抑制すること。かなり広範囲の魔法なので、強い魔力が必要だ。

 キースやゲバラクが、成功するための鍵となる。

 「大丈夫です。キースのためなら、何人だろうと惑わせてみせます」

 きっぱりと言うクラナ。

 苦笑するゲバラク。


 友情を越えた、愛の力か。


 多少、間違った方向だが・・・・


 それからもうしばらく、計画の打ち合わせは続いた。 



・・・・十年前。


 その日、村に来訪者があった。男女合わせて五人。ひとりはまだ幼い女の子。五十年以上前の大戦でも何の影響も無かった村に、およそ似つかわしくない集団。

 武装した兵士たち。

 しかも、あの衣装は・・・・

 大戦で活躍したと言われる、三人の戦士。その弟子たちのみが許された黒の甲冑。噂を聞いただけで、実物を見たことはないが、彼らの黒装束と、放たれる『気』のようなものが、全てを物語っていた。

 先頭に二頭の馬。剣と弓を持った戦士。まだ幼さの残る顔立ちだが、その姿は堂々としていて、同じ年代の男とは明らかに違う雰囲気。

 その後ろの馬には、つば広の帽子にゆったりとした服装の女。胸元や手首には、見慣れない装飾品があり、となり村にいる占い師を想像させる。

 彼女の前には幼い少女。目鼻立ちのはっきりした、とても可愛らしい子だ。

 最後尾の馬。

 彼らのなかで一番の年長者。今までの人生で、感じたことのない異質な存在感。

 これが噂の戦士か。

 村の子供たちは、口を開けて彼らを見上げたまま、固まっている。女たちも同様だ。子供たちの騒ぐ声が止まったのを、不審に思って来てみれば、彼らを目撃して動けなくなってしまった。

 あまりの静けさに、集まった男たちはどうか?

 驚きなのか恐怖なのか。自分でも理解できない感情に戸惑いながら、やはりその場で立ち尽くしてしまった。


 全員が馬から降りた。

 弓を背負った戦士が、ひとり近づいてきた。

 「村長とガガル様に面会したい。手配をお願いします」

 短髪で細身の青年戦士。

 話しかけられて、ようやく呪縛が解ける村人たち。

 緊張のためか、甲高い声で返事をして、村長のもとへ走り出す男。

 女たちは、美形の青年戦士を近くで見て、別の意味で動けなくなってしまった。

 「うわ~、馬だ。初めて見た」

 子供達だけは、臆することなく彼らに近寄っていた。

 安全だと認識したらしい。

 「ねえ、どこから来たの?」

ある子供が尋ねた。

 剣を持った戦士が、膝をついてその子の目線に合わせた。

 「北の、ラフィネという国から来ました」

 聞いたことのない名前だ。ルコスよりもっと北の国だろうか。魔法使いになるための修行場、ロフェア渓谷が北にあるから、その近くか、もっと北か。

 「何しに来たの?」

 この問いには即答しなかった。

 振り返って、年長の戦士を見ている。どうやら許可を待っている様子。うなずいたのを確認して、顔を子供に戻す。

 「キース様を・・・・あの子をしばらくこの村に預かってもらえるように、お願いに来ました」

 子供たちも含めた、村人たちの視線が、一点に集まった。

 五歳前後の女の子。魔法使いと思われる女性と手をつないで立っている。緑色の髪は、地毛なのか染めているのか不明だが、彼ら同様村人たちとは違う種族だ。

 馬を見てはしゃぐ子供たち。

 見たこともない美形の青年に、頬を赤らめる女たち。

 しばらくして、村長のもとへ走っていった男が戻ってきた。彼の後ろには、村長と姿勢の良い老人がひとり。

 戦士たちの様子が一変した。

 全員が膝をつき、頭を下げた。

 村長に対しての敬意ではない。その横の老人に対してだ。

 「お久しぶりです、ガガル様」

年長の男が言った。

 村人たちの視線が、年長の戦士から老人に移る。

 二十年くらい前からこの地に住み着いた元兵士。素性も何も分からないところから始まって、今では民族間の争いを鎮めた功労者。

 その老人に頭を下げる戦士たち。

 村人たちは知らなかった。先の大戦で活躍した三人の戦士の名を。

 「まさかとは思ったが、アーマンか」

ガガルが身を乗り出して言った。

 彼は言葉を続けようとして止めた。

 部下を連れ、はるか北からやって来た、かつての弟子。これから戦地へ向かうかのような武装。ここで話せるような事情ではなさそうだ。

 「ついて来なさい。話はそこで聞こう」

そう言って、集会場へ戻るガガル。

 村長も慌ててついて行く。

 アーマンと呼ばれた年長の男は、立ち上がって二人の戦士を見る。

 「メラス、ファルザ。お前たちはここで待て。カサロフ、一緒に来い」

 二人の戦士は軽く頭を下げた。

 カサロフ、と呼ばれた魔法使いは、幼い少女を連れて、アーマンのあとに続いた。

  集会場は、村の行事やきまりを話し合ったり、狩りの日を決めたりする場所だ。今日も話し合いが行われていたが、来客のため延期となった。早急な内容では無かったので、集まった男たちは文句も言わず帰っていく。

 ただ、見慣れぬ姿の来客に、不安を感じる村の男たち。

 民族間の争いが治まって十数年。何故武装した戦士が来たのだろうか。また争いが起こるのだろうか。

 何度も振り返りながら、集会場を去る男たち。

 そのすぐ後に、女たちから彼らの目的を知らされることになる。


 集会場の中に、村長専用の部屋がある。そこで話を聞くことになった。

 ガガルと村長が並んで座り、正面にアーマンとカサロフ。カサロフの膝の上に少女が座った。

 村長だけは、ガガルがあの三人の戦士のひとりだと知っていた。余計な混乱を避けるため、と本人から口止めされていた。幸いにも、このあたりの人々は、活躍した噂は知っていても、名前までは知らなかった。

 お互いが名乗りあって紹介が終わる。

 まず、カサロフの膝の上の少女が、アーマンの子だと知って驚くガガル。

 次に出た言葉は、その子をしばらく預かって欲しいという懇願。

 理由を聞いたが、はっきりと答えない。答えたのは、ある目的のため、早急に出発しなければならないこと。自分が命を狙われていること。一緒にいればキースも危険にさらされること。

 そして、キースを守りきる自信がないこと。

 ガガルが認めた男、その弟子たち。彼らを追い込む存在とは、一体何なのか?

 それに、とアーマンは言葉を続ける。

 「この子はまだ、あまり人の目には触れさせたくない」

 自分には厳しいが、子には甘いか。

 そう感じたが、少し違うようだ。

 カサロフ、と魔法使いの名を呼び、目配せをするアーマン。

 彼女はうなずき、キースを膝の上で立たせる。

 「キース様、しばらく我慢してください」

そう言って、私たちへ背中を向けさせ、一枚布の服をめくり上げる。

 キースの素肌がガガルと村長の目に映る。

 「何だ、これは?」

村長が思わず言った。

 ガガルは厳しい表情になる。

 キースの背中全体に、何かの図形が描かれていた。規則的な図形の中に、文字が配列されている。

 これは何の魔法陣だ?

 百年近く生きてきたガガルでも、見たことが無かった。

 「これは、封印術の中でも、最高位の術印です」

カサロフが言った。

 「本来は、魔物などに使用するものです。人に術を施せば、数分で死亡します」

 彼女の言葉を、すぐには理解できなかった。

 「キース様の『力』を、これで抑えています」

 「『力』とは何だ?魔力か?」

カサロフの言葉に問い返すガガル。

 彼女は首を横に振った。

 「この子は悪魔の類なのか?」

 また首を横に振るカサロフ。

 「分からないから抑えているのです」

 先が見えてこない。

 ガガルはアーマンを見た。

 「この子の母はプレ・ナです」

 すぐ横で、村長が慌てて耳をふさいだ。

 もう手遅れだ。今更聞かなかったことにはできない。

 「有り得ん」

ガガルが言った。

 プレ・ナは魔力の源。姿形は同じでも、人ではない。はるか北の極地に住み、人と接することはない。仮に出会ったとして、男女が性交を行っても、体の構造が違うため、子供はできないと言われている。

 アーマンの言葉が真実なら、何百年と伝えられてきた事が覆される。

 幼い少女は、服を戻し、またカサロフの膝の上に座った。

 カサロフは、一度アーマンの方を向いて、ガガルに話しかけた。

 さらに衝撃的な言葉。

 彼女に続いて、アーマンが話を補足する。

 ガガルは下を向いて考え込んでしまった。

 重い空気が漂っている。

 同席した村長は後悔していた。

「こんな深刻な話を、私も聞いてよかったのですか?他の者に話してしまうかもしれませんよ。それとも、全てを聞かせて殺されるのですか?」

 追い詰められたような表情の村長。

 反して、アーマンは笑顔だった。

 「ガガル様の素性を知って、村に招き入れた方だ。何も心配していませんし、命を取る気もありません」

 「今日会ったばかりの者を、そこまで信用してもいいのですか?」

 「信頼関係は、時間の長さだけではありません」

 村長をじっと見つめるアーマン。

 威嚇も恐怖も感じなかった。

 村長は、観念したとばかり両手を上げた。

 「分かりました。ガガルさんが預かると言われるなら、村は歓迎します」

 「感謝いたします」

 こちらの交渉は成立した。

 さて、問題は・・・・


 「帰ってこれるのか?」

下を向いたまま、アーマンに問うガガル。

 「いずれこの子にも剣術を学ばせるのだろ?ワシはちと年をとり過ぎておる。お前が迎えに来て教えろ。それが条件だ」

 ガガルの言葉を受けて、アーマンは姿勢を正す。

 「帰ってくるのだろ?」

 もう一度繰り返した。

 「はい。帰ってきます」

答えるアーマン。

 短い言葉の中に、深い思いが込められている。

 「二年、いや、三年経ったら迎えに来ます。どうかそれまで・・・・」

 ガガルは顔を上げた。

 「いつまでも世話のかかる弟子だ」

そう言って、村長を見る。

 「もう一度村人を集めてくれ。急だが、準備に人手がいる」

 村長は首をかしげる。

 「この子の入村祝いだ。できるだけ盛大にしてやりたい」



 その夜、村は祭りのように賑わっていた。

 村で新しい命が誕生した時と同じく、広場に集まり、古くから伝わる儀式を行った。

 最後に、村長がキースの頭に聖水をかける。

 これで少女は村の一員と認められ、彼らの信じる神様の加護を受ける。

 祝宴の中心には、メラスとファルザがいた。彼らの話す冒険譚は、子供達だけでなく、大人たちも魅了した。

 多少の演出はあるものの、ドレイドから出たことがない村人たちにとっては、夢のような物語だ。

 松明の灯りが少し弱い場所に、ガガルとアーマンが座っていた。ここに来る途中、ルコスでゲバラクに会ったという。

 最近、国王が代わり、コルバンの弟子が側近として王に仕えているらしい。ルコス二世が暗殺されたという噂は、どうやら本当らしく、同じ時期に行方不明になったコルバンが容疑者にされたようだ。

 弟子のチャウバの活躍により、真犯人が見つかり、彼が側近の後継者となった。

 今だ、コルバンの行方は分からない。

 「あいつは、戦士にしては優しすぎる所があった」

と、ガガル。

 ゲバラクは、その事件に納得行かない事があるらしく、何やら動き回って、情報収集をしているそうだ。

 ゲバラクの勘は、今まで外れたことがない。彼が疑っているということは、真実は別にある、ということだ。

 「内乱が起きるかもしれませんな」

アーマンが言った。

 ガガルは笑う。

 「ゲバラクのことだ。国民に知られず、問題を解決するさ。この平和は変わらない」



 翌朝。アーマン一行の出発の時となった。

 メラスとファルザは、キースを抱きしめ、名残惜しそうに言葉を交わす。

 「必ず迎えに参ります」

そう言って、優しく抱擁するカサロフ。

 キースは、目に涙をいっぱい溜めていたが、最後まで泣かなかった。

 父親であるアーマンは、しゃがんで目線を合わせただけで、何も言葉を交わさなかった。それが彼なりの誠意だったが、これが後々キースにとっては凝り(しこり)となる。

 村人たちに見送られ、アーマン一行は旅立っていった。

 キースは精一杯の笑顔で手を振った。

 横に立つガガル。

 キースのもう片方の手は、ガガルの服を強く握りしめていた。

 まだ親に甘えたい年頃なのに。

 少女はアーマン達が見えなくなっても、手を振り続けていた。 

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