episode2 「プレ・コア(魔法柱)」

翌日。

 自覚はなかったが、長旅の疲れがたまっていたらしく、目が覚めると、太陽はかなり上まで登っていた。

 キースはベッドの上で体を起こし、床に素足をつけた。

 枕元の台に置かれた水差しを手に取り、水を飲む。寝ぼけた体に水が浸透して、徐々に覚醒していく。

 水差しを戻して深呼吸。

 台の上には、昨日の夜、宿屋の小僧に運ばせた夕食が、そのまま置いてあった。それと、赤い色の酒、ワインとか言ったか、それが飲みかけで。

 どうやら、苦手な酒を、珍しい種類だったのでつい頼んで飲んだせいで、夕食に手をつけずに寝てしまったようだ。

 宿屋の主人に頼めば、温め直してくれるだろうが、かなり空腹だったので、冷めたまま食べた。

 野菜と肉がたっぷり入ったスープとパン。硬くなったパンをスープに浸して、ふやかして食べる。スープは香辛料が効いていて濃い味付け。すぐに喉が渇いてくる。ワインの入ったジョッキを持つ。少し考え、水で薄めて飲んだ。


 「おはようございます、キースさん」

 宿の主人が声をかけてきた。

 人の良さそうな、客商売向きの顔。

 「おはようございます」

 少し恥ずかしそうに答えるキース。

 おはようと挨拶するには、太陽が登り過ぎだ。

 「朝食はどうされますか?」

主人が問う。

 宿の一階は酒場になっており、食事がとれる。

 キースは夕食の残りを食べたと伝え、主人は彼女が持つ空の食器を受け取った。鍛冶職人から大事な客だと聞いているので、いつも以上に親切な対応を心がける主人。

 鍛冶職人とゲバラクには、色々と世話になっている。


 さて、待ち人はまだ帰らず、今日は何をして過ごそうか。そういう表情に見えたらしく、主人がまた声をかけてきた。

 「プレ・コアは知っていますか?」

 振り返るキース。

 「知っていますが、まだ見たことはありません」

 主人の表情が変わった。

 「丁度いい。もし興味があるなら、見に行くことをお勧めします。今日は月に一度の

『儀式の日』ですから。なかなか見ものですよ」

そう言って、主人はとびっきりの笑顔をキースに向けた。


 

 次は女たちの踊りだ。

 男たちの奏でる音楽に合わせて、肌の露出が多い衣装で、女たちが登場する。

 広場に集まった大勢の観客から歓声。この踊りは、芸の最後の出し物であり、彼らの一番の見せ所だ。集まった観客も、これ目当てに来ている者が多い。

 女たちが激しく腰をくねらせ、異国の音楽、異国の踊りで、客を魅了する。集まった観客がほとんど男なのは、そういう理由だ。

 途中から、踊りの切れが良くなった気がした。

 楽隊の後ろの、荷馬車の隅で、頭領が首を傾げる。気のせいかもしれないが、女たちの目線が、ある一点に集まっているようだった。

 観客のほうを見る。見回して、納得した。

 一番後ろにキースが立っていた。

 

 踊りが終わって拍手喝采。女たちは観客のすぐ近くまで歩み寄り、笑顔と色気をふりまいた。集金である。それが一段落して、観客が減ると、女たちは今日一番の笑顔でキースを囲んだ。人目も気にせず彼女に抱きつき、顔中にくちづけをする。

 道行く人にどう映っているのか分からないが、頭領は複雑な心境だ。

 

 女たちの荷馬車。

 荷台の中で衣装を着替えながら、頭領の妻と娘も参加して、キースと談笑。これからプレ・コアを見に行く話に、娘が食いついた。

 「私も行く!」

 初めて旅に参加したので、彼女も見たことがないそうだ。

 「連れて行っても構いませんか?」

キースが妻に尋ねた。

 「キースが一緒なら安心だ。いいよ」

 大喜びの娘。

 魔法柱が見れて、キースを独占出来る。どちらが嬉しいかは語るまでもない。

 娘は歩きやすい服装と靴に。そして、女たちに頼んで少し化粧しておめかし。

 キースを手をつなぐと、少し頬が赤くなっていた。

 明日の準備があるため、一緒に行けない女たちは、残念そうな表情で、手を振り二人を見送る。

 通りの向こうで手を振り返す娘を見ながら、存在を忘れられている頭領は、苦笑いを浮かべていた。


プレ・コア(魔法柱)。


 それはノマから人を守るためのもの。

 街の特定な場所に立っている、石の結晶。見上げるほど高いその石に、魔力を注ぐことで、魔力を嫌うノマが街や国に近づかないもの。ある程度効力が続いて、無くなる前にまた魔力を注ぐ。

 この時代の魔法使い(プレ・タナ)は、新人の数年間はル・プレとして、旅人の安全を守り、時には攻撃魔法で戦うこともする。そして昇級試験に受かれば、プレ・タナとなって、魔力をプレ・コアに注ぐのが本業となる。


 戦士と共に、魔法で彼らを補佐して、火や氷の魔法で怪物を倒す。

 そのための魔力ではない。

 人々の生活の安全を守る。そのための魔力なのだ。


 今日は月に一度行われる、『儀式の日』。

 五人ひと組のプレ・タナが、分担して街を周り、魔力を注ぐ。その数は街の大きさによって異なる。

 この街、タオには全部で四つ。

 ひと組のプレ・タナが朝から順に魔力を注いでいた。


 二人の衛士に守られながら、街を歩くプレ・タナ。『儀式の日』は、その日のための衣装がある。青地に金色の糸で異国の刺繍がされたローブ。手には自分の背より高い木の杖。王宮に招かれる時の正装だ。

 一般民より地位の高い彼らは、石畳の道を、我が物顔で歩いている。地方に行けば行くほど、彼らの民衆に対する態度は悪くなる。魔力を、自分の地位や名声の道具だと勘違いしている者がいる。

 タオのプレ・タナは、まさにその典型だった。


 「おい、さっさと歩け!」

ひとりのプレ・タナが声を荒らげて言った。

 等間隔で歩く四人から、少し遅れて歩くプレ・タナ。木の杖を、そのまま杖代わりに、体を引きずるように歩いている。

 「す、すいません」

そう言って、早足で四人に追いつくプレ・タナ。

 甲高い、女の声だ。

 「ったく。これだから女は嫌なんだ」

 何度も浴びせられた言葉。

 悔しいが我慢するしかない。これから先も、この虚弱な体と付き合って行かなくてはならないのだ。まだ赴任したばかりだし、先輩たちとの揉め事は避けたい。下を向いて反発心を抑える。

 「あれじゃないか。昨日は男と交わって、お疲れなんじゃないか?」

 笑い合う四人。

 事実でないのに、人前で言われると、恥ずかしくて顔が熱くなる女プレ・タナ。

 「こんな、骨みたいに細い体の女を、抱きたいと思う男がいるのかなあ」

 「そういうのが好みの奴も、なかにはいるだろ?」

 「鳥の骨みたいに、しゃぶるのか?」

 大笑いの四人。護衛の衛士も笑っている。

 恥ずかしくて、悔しくて。

 顔を真っ赤にして、下を向いたまま、歯を食いしばる女。


 彼女の名は、クラナ。

 現在十七歳にして、最年少の女性プレ・タナ。幼少の頃より魔法使いの素質があり、わずか十五歳で昇級試験に合格。晴れてプレ・タナの仲間入りとなった。

 しかし、五年、十年とル・プレ(案内魔法使い)をして、ようやくプレ・タナとなった者たちは面白くない。クラナが女であるのをいい事に、ありもしない情事話を作り上げ、批難や罵声を浴びせ続けた。

 我慢できずに反発すれば、彼らを管理する商会や国の高官に、先輩たちの都合のいいように報告され、自分の地位を守りたい管理者は、揉め事を避けるため、彼女を地方の街へ異動させる。


 ルコスの街を巡り巡って、たどり着いたタオの街。

 ここで揉めれば、もう後がない。もう少し頑張って、親兄弟が一生楽して暮らせるくらいお金を稼いだら、コイツら殴って辞めよう。

 それまでは、何があっても耐えるんだ。

 クラナは明るい未来を想像しながら、四人のプレ・タナの後を追う。

 正面に広場。

 街の特定な場所。プレ・コアが広場の中央にそびえ立っている。

 これで四つ目。

 最後のプレ・コアだ。見物人が大勢集まっている。今までへらへらと笑っていた四人のプレ・タナも、神聖な儀式らしく、背筋を伸ばして歩き始めた。

 クラナも呼吸を整え、彼らにならった。


「プレ・タナがきたぞ!」

見物人の誰かが叫んだ。

 ざわついた雰囲気が、途端に変わる。

 みんな会話を止め、青い集団に目を向ける。衛士に先導されて、広場に五人のプレ・タナが登場した。その見慣れぬ豪華な衣装は、民衆を王宮の世界へと誘う。

 衛士たちが見物人に指示を出す。

 プレ・コアを中心に、広場に空間ができる。


 「素敵な服だね」

頭領の娘が言った。

 キースはうなずく。

 二人は前列の、見やすい場所を確保していた。

 見物人の整理が終わり、衛士がプレ・コアの両脇に立った。

 「それでは今より、儀式を始める! 皆は言葉を慎むように!」

 ひとりの衛士が宣言すると、腰の剣を抜き、プレ・コアへ向けた。もうひとりの衛士も同じことをする。

 国王を祭るような口上。

 剣を収め、いよいよプレ・タナの出番だ。等間隔で並んでプレ・コアを囲む。静まった広場に彼らの詠唱が響く。

 会話の言語とは違う魔法の言葉だ。ひとりが先行して詠唱し、四人が続く。独特な言葉と、独特な言い回し。それを聞いているだけで、何処か異国の地へ来たような気分になる。

 火や氷の魔法と違って、これは見えない魔法だ。

 しかし、プレ・コアに魔力を注ぐと、見える変化がある。詠唱を始めてしばらくすると、ほぼ透明だったプレ・コアが青く染まってきた。この変化で、見物人は魔力が注がれていることを確認できる。

 プレ・タナの着るローブの青は、プレ・コアに魔力を注いだ青なのだ。


 キースと娘は顔を見合わせ笑う。

 すごいね、そうだね。目の前の感動を共有する。ただ、キースは少し別のことを気にしていた。


 四人の魔力が弱いな。


 プレ・タナを見ながらそう思う。キースには魔力が見えているのだろうか?

 彼女には、四人のプレ・タナが手を抜き、ひとりに負担をかけているように見えていた。

 本来は、五人が均等な魔力を注ぐものなのだが。

 そもそも、魔力の無い者に量の加減など分かるはずもなく、ひとりのプレ・タナが苦しそうにしている表情を、四人が楽しんでいる様子も、ローブで隠れていて表情は見えない。なのに、キースにはそれが分かっているようだ。


 長い詠唱が終わり、プレ・コア全体が青く染まった。

 見物人から歓声と拍手が送られた。儀式が終了し、徐々に人が散っていく。

 クラナは疲労で立っていられず、その場に座った。

 魔力は使い過ぎると体に負担がかかる。いくら魔力が強いクラナでも、四つのプレ・コアのほとんどに魔力を注げば、相当な負担だ。それに加えて、細身で体力がないから、意識があるだけでもかなりの頑張りだ。

 そんな彼女の様子を見て、嬉しそうにしている四人のプレ・タナ。


 「何だよ。最年少で合格したプレ・タナも、大した事ないな」

 「どうせ体でも売って、高官に認定してもらったんだろ。いいよな、女は。そういう奥の手があるから」

 「じゃあ、あれか。高官がしゃぶり好きなのか?」


 笑い合う四人。

 喉まで出そうになる汚い言葉を、なんとか飲み込むクラナ。

 「引き上げるぞ」

衛士が言った。

 四人のプレ・タナが歩き始める。疲労で座り込んでいるクラナに、手も貸さず見向きもしない。

 クラナは歯を食いしばり、杖に体重を乗せて、なんとか立ち上がる。

 目眩がした。

 倒れそうになる。

 誰かが体を支えてくれた。飛びそうになった意識が戻って、自分の足で立つ。


 誰だか知らないけど助けてくれた。


 「ありが・・・・とう」

礼を言おうと振り返って、ちょっと言葉に詰まった。

 同性の女が見ても、見とれてしまう美しい顔。見慣れない異国の服。旅人だろうか。すぐ横に少女。こちらは街の子みたいな服装だ。

 「大丈夫?」

美女が言った。

 クラナは笑ってうなずく。ちゃんと礼を言って、歩き始める。

 「ねえ、プレ・タナさん」

 すぐに美女がクラナを呼び止めた。

 彼女は振り返る。

 「そんな苦しい思いまでして、あんな奴らと一緒にいる意味があるのか?」

 頭を鈍器で殴られたような衝撃が、クラナを襲った。

 美女の言葉が、まるで魔法をかけられたかのように、クラナの体に染み込んだ。



先輩たちから食事に誘われた。

 この街に来て初めての儀式。その成功と新入歓迎会、だそうだ。あの四人のことだから、何か裏がありそうだが、断ればさらに面倒な事になりそうなので、仕方なく行くことにした。

 幸い、寄宿舎に帰ってから少し眠ったおかげで、かなり体調は良くなった。


 タオの街は酒造りが有名な街。酒場の数は多い。その中でもここは、衛士やプレ・タナの行きつけの場所らしい。街の住人に混じって、見覚えのある顔がちらほら。

 この国の首都ルコスの寄宿舎では、専属の料理人と食堂が用意されていて、食費は無料だが、さすがに地方となると、予算の都合でそうもいかない。食事は外食するか、街で買って持ち帰って食べるか、が地方の常識だ。


 酒と料理が並んで、まずは乾杯。

 四人の動向を気にしながら、先輩たちのおごりなので、料理はちゃっかり食べる。

 プレ・タナになるまでの苦労話で盛り上がる四人。

 残念ながら、クラナはその話に参加できない。彼女は、最低五年はル・プレの経験をするところを、半年足らずで終えてプレ・タナになった。辛かったのは、魔法使いになるための、最初の一年間の修行だけで、その後は特に苦労はなかった。

 気づいたら、プレ・タナになっていた。そんな感覚である。なので、先輩たちの機嫌を損なわないよう注意しながら、適当に相づちを打った。


 今まで散々ひどい事を言われてきたが、今夜はとても優しい先輩たち。本当はとても良い人たちで、後輩が少しでも早く成長するようにと、わざとひどい事をしているんじゃないか。そんな気さえしてきた。

 美味しい酒と美味しい料理。

 終始和やかな雰囲気で夕食会を終えた。


 「あれ??」

 クラナは、席から立ち上がろうとしてふらつき、また椅子に腰を下ろしてしまった。

 お酒はそんなに飲んでいない。

 「おい、大丈夫か?」

 「飲みすぎで歩けないのか?」

 先輩たちがクラナを心配して集まってくる。

 「いえ、大丈夫です」

そう言って、もう一度立ち上がる。

 やっぱりふらついて、立っていられない。意識ははっきりしているのに、体が言うことをきかない。


 おかしいな・・・・


 「おいお前ら、手を貸してやれよ」

先輩の長が指示する。

 二人の先輩に両脇から支えてもらって、ようやく立つ。

 「ご迷惑かけて、すいません」

 謝るしかない。

 手足に力が入らない。

 先輩たちは、特に怒った様子はなく、クラナを支えたまま酒場を出た。寄宿舎までは徒歩で約十分くらい。人を支えて歩くのには、それなりの重労働だ。どうすることもできないクラナは、道中何度も謝った。

 今夜は星のよく見える明るい夜。石畳の道もまわりもよく見える。なので、寄宿舎に帰る道から外れていることにも、すぐ気がついた。

 「あ、あのう、道が違うのでは・・・?」

 聞いてみたが返事がない。

 細い路地を曲がる。建物の影で薄暗いが、灯りの点いた家が一軒。クラナの知らない家だ。人が生活に使っているような感じの家ではない。

 これは・・・・?

 家の入口の前で立ち止まる先輩たち。

 「ここは、何ですか?」

 クラナが尋ねた。

 振り返る先輩の長。

 いつもの、嫌味たっぷりの笑顔だ。

 「ここはな、俺たちが街で女を買った時に使う家だ」


 わかるだろ?


 クラナは目を見開いた。


 家の中で人が動く気配。扉が開いた。中から出てきたのは、プレ・コアの儀式の時に護衛をしていた衛士だった。

 「遅いじゃないか。待ちくたびれたぞ」

衛士が言った。

 「すまんすまん。薬の効きが悪くてな」

長が答える。


 くすり?


 体が動かないのは、酔ったからではないようだ。

 叫ぼうとしたら、口をふさがれた。

 先輩の長がクラナの前に立つ。

「女の魔法使いは、妊娠すると魔力が落ちるんだってな。実際どうなのか気になっているんだ。だからさ、ちょっと実験に付き合ってくれよ」

そう言って笑う長。

 叫びたいけど叫べない。

 暴れたいけど動かせない。


 はめられた!


 悔しさで目から涙があふれ出る。

 先輩たちと衛士は、順番のことでもめている。


 私は馬鹿だ。大馬鹿野郎だ。薬を盛られたことに気づかないなんて。それに、一瞬でもこいつらを良い人だと思った自分が憎い。

 くそう!

 どうすることもできないなんて。

 こいつら、顔が変形するまで殴ってやりたい!!


 「お前ら、さっさと中へ運べ」

と、長が言った。


 その時だった。


 「よう、お前たち」


 誰も声をかけられるまで、すぐそこに人が立っていることに気がつかなかった。

 先輩たちは動揺していた。

 クラナは背中を向けているので、立っている人物の顔は見えない。だが、その声に聞き覚えがあった。

 「だ、誰だお前は?」

先輩の長が問う。

 「誰だっていいじゃないか。それより、女ひとりにお前たち全員を相手させるのは、ちょっと酷じゃないか? 私もその実験に参加していいか?」

 顔を見合わせる先輩たち。

 どう対応していいか、戸惑っているようだ。


 いい女だぞ。本気で言っているのか。腰に剣を携えているぞ。女剣士だ。なかなかいい体しているぞ。

 小声で色々な言葉が飛び交う。

 

 但し、と強めの声音で先輩たちは驚き、肩をすくめる。

 「参加するのは、お前たちを殴ってからだ」

 背中ごしに、『彼女』の殺気を感じたクラナ。

 それから何が起こったのか、はっきり分からない。クラナは道端に放り出され、口を塞がれたまま、倒れていた。体の自由が効かないので、顔がそちらに向けられない。ただ、先輩たちと衛士が動きまわり、うめき声がして、次々と倒れていく気配だけは伝わってきた。

 また、彼女の声が聞こえる。

 「今回はこれで許してやる。だが、また同じことをしたら、次は殺す。お前たちがプレ・タナだろうと関係ない。いいな、分かったな」

 その言葉を聞いたあたりで、クラナは気絶する。それが薬のせいなのかどうかは分からない。

 クラナに歩み寄った女剣士は、優しく彼女を抱きかかえた。



 不意に目が覚めた。

 夢を見ていた気がするが思い出せない。

 天井の影が揺れている。窓から吹き込む風が、燭台の明かりを揺らしていた。

 クラナはベッドで寝ていた。

 手足の感覚が戻っている。顔を横に向けると、ベッドのすぐ横で、椅子に座ったまま寝ている彼女がいた。

 昼間、プレ・コアのある広場で、倒れそうになったクラナを支えた女性。

 異国の服を着た、美しい顔の彼女(ひと)。

 寝顔も美しい。つい見とれてしまうクラナ。大人っぽいけど、近くで見ると同い年くらいじゃないかと思う。


 ここは、どこだろう。


 半身を起こす。少し頭痛がするが、体調は悪くない。

 どこかの宿部屋のようだ。

 椅子に座っている彼女の目が開いた。

 「すまない。寝てしまったようだ」

彼女が言った。

 クラナの様子を察して、

 「ここは、私が泊まっている宿だ。心配ない」

と、付け加える。

 「助けてくれて、ありがとう」

クラナが言った。

 言葉にすると、薄っぺらい気がしたが、感謝の気持ちでいっぱいだった。

 礼を言われる事に慣れていないのか、彼女は少し照れくさそうにしていた。その様子を見て、心臓の鼓動が早くなるクラナ。

 「宿に帰る途中で、たまたまお前たちを見かけて。様子が変だったので、後を追ってみたら、あんなことになっていて。危ないところだったね」

 本当に危なかった。

 あのまま家に連れ込まれていたらと思うと、また涙が出そうになる。

こんな親切な剣士さんがいてくれて、本当に良かった。世の中、まだ捨てたもんじゃないな。

 「でも、どうして見ず知らずの私を助けてくれたの?」

素直に疑問を投げかけてみる。

 彼女はまた恥ずかしそうな表情をする。

 「何ていうか、昼間にプレ・コアの広場で見た時から、ちょっと気になっていて。初めて会ったような気がしないというか、ゆっくり話をしてみたいというか・・・・」


 聞いていて、何だかこっちまで恥ずかしくなってきた。

 男性に、愛の告白をされているような、緊張と激しい胸の鼓動。女同士なのに、変な感じだ。でも、もし今彼女に押し倒されたら、抵抗せずに目を閉じてしまうかも。

 などと、勝手な想像をして、顔が熱くなるクラナ。


 「自分と重ね合わせて見ていたのかもしれない」

彼女が言った。

 「ほかの人と違う力を持って生まれたせいで、孤独になっている気がしたんだ」

 昼間の時と同じように、彼女の言葉が、クラナの核の部分に、すっと入り込んだ。

 この子も同じなんだ。

 ちょっとだけ他の子と違うだけなのに、まわりからは化物を見るような目で見られて生きてきた。その能力を発揮できる魔法使いになっても、魔力がずば抜けて強くて、仲間から少し距離を置かれた。

 ずっと孤独だった。

 彼女もそうだったのだろうか?

 

 東の空が明るくなってきた。夜明けが近い。

 クラナは目を開ける。すぐとなりのベッドで、キースが静かな寝息をたてている。

 愛おしそうに見つめるクラナ。

 あれから、二人のこれまでの人生を語り合い、共鳴し、初めて心を許し合えた。

 会ってから間もないが、親友と呼べるくらい親密な仲になった気がする。キースが私より二つ年下だったのは、ちょっと驚いたけど。

 キースの寝顔を見ながら、ふと思う。

 プレ・タナは、ノマから人々を守るための大事な仕事。たくさんの命を救うことができる。自分の天職だと思っている。

 だけど、キースに出会って、その気持ちが揺れている。

 大勢の命より、今は彼女を守ってあげたい。彼女のためだけに魔力を使いたい。そう思っていた。

 それが良いことなのかどうかは分からない。

 しかし、クラナの気持ちは、彼女と出会った時から、決まっていたのかもしれない。


 

 酒場で遅い昼食をとって帰ってくると、キースが作業場で弟子の小僧と、楽しそうに話をしていた。ゲバラクが帰ってきたら、宿屋の主人に伝える、と言ってあるから、何の用かと首を傾げる。

 頬を赤くして、目を輝かせて話をしている小僧に、なんだか腹が立った。

 「こら! 手が止まっているぞ」

そう言って、小僧の頭を軽く叩く。

 慌てて作業に戻る小僧。

 「すみません。私が邪魔をしてしまいました」

 キースが詫びる。

 「いやいや。こいつが話に夢中だったのが悪いんだ」

そう言って、買ってきた小僧の昼飯を机の上に置き、後で食べるよう指示する。

 「爺さんはまだ帰ってないが、何か用かい?」

と、キースに問う。

 「あなたが鍛えた刀を、少し見せてもらえませんか?」


 そうきたか。

 まあ、そうなるよな。


 剣士なら、剣に興味があって当然だ。ましてここは、彼女が持つ刀を鍛えた工房だ。ほかにどんな刀剣があるのか、気になる心境は良くわかる。

 鍛冶職人の男も、キースの実力がどの程度なのか気になっていた。

 「ついてきな」

そう言って、男は作業場の奥へと進む。

 キースも続く。

 本人に自覚はないだろうが、去り際に小僧に送った笑顔は、少年を大人の世界へと導いた。彼のなかで、恋以上の感情が芽生えた瞬間だった。

 工房の奥には、ちょっとした広い空間があった。高い壁に囲まれた、外界から閉ざされたような場所で、神聖な空気が漂っている気がした。

 男が言うには、ここは鍛えた刀剣を試し切りする場所らしい。

 土の地面に何本も木の杭が打ってあり、それに巻き藁などを置いたり付けたりして、試し切りを行っているそうだ。


ただそこに立っているだけで、一種独特な霊的な雰囲気を発しているキース。その世界に引き込まれそうになりながら、男は鍛えた刀たちを吟味する。

 この道三十年。

 師匠の域までは達していないものの、それなりの自信はある。


 彼女の背格好からすると、このあたりの長さか・・・・


 気がつくと、すぐ横にキースがいた。驚いて変な声が出てしまう。咳払いしてごまかす鍛冶職人。

 「な、何か気になるものでも?」

うわずった声で問う。

 こんな姿を妻に見られたら、えらい事になるな。

 キースから目線を外して別のことを考える。

 「これを見せて下さい」

キースが言った。

 男は、彼女が選んだ刀を見て驚き、納得した。それは師匠の鍛えた刀にもっとも近いと思っているものだった。何かが足らないのだが、今の彼にはそれが分からない。

 飾り棚から刀を取ってキースに渡す。

 「試し切りをしてみるかい?」

 「そうですね。では、あの杭を」

 キースは振り返って歩いていった。

 杭?

 あの杭を切るのか?

 刀で振り抜ける太さじゃない。

 「構いませんか?」

キースが問う。

 剣士としての高い技術が無ければ、ひと振りで刃こぼれしてしまうだろう。不安はあるが、それ以上に興味をそそられる。

 男は承諾した。

 キースは、鞘から刀を抜き、光を浴びた刀身を見つめる。

 手首を返し、全体をじっくりと吟味している。

 その姿に魅せられる男。気がつくと、すぐ後ろに小僧が立っていた。買ってきた昼飯を食べながら、彼女の姿を見つめている。殴って叱ろうかと思ったがやめた。これも修行だ。女の剣士なんて、なかなか会えるものじゃない。

 まして、あの方の弟子だなんて。


 キースは手にした刀を数回軽く振り、土の地面へ降り立った。

 構える。

 その場の空気感が変わった。

 何かを感じて、男は身震いする。

 キースが動いた。

 空気を切り裂くような鋭い振り。または、あたりに漂う霊気のようなものを集めているような、緩やかな振り。仮想の相手と刀を交えるキース。どの動きにも無駄がなく、洗練されている。

 途中で止めて、刀身を見つめ、また動く。何度か繰り返して、木の杭の前に立つ。

 大振りでなく、軽く触れる感じで。

 刀が木の杭の上を往復する。

 信じられないことが起こった。

 刀を鞘に収めるキース。木の杭に近づく鍛冶職人。

 自分が鍛えた刀だから、切れ味に自信はある。同時に、どの程度の切れ味かも理解している。だからこそ信じられない。

 軽く振っただけなのに、木の杭の上面が、紙のように薄く切られていた。風が吹いたら飛んで行きそうなものが数枚、杭の上で重なっている。

 「良い刀ですね」

キースが言った。

 言葉が出ない。

 突然、男の記憶が蘇る。昔師匠に言われた、刀鍛冶の極意。


 良い鋼と腕があれば、良い刀ができる。でもそれだけじゃあ刀は喜ばねえ。刀が本来持っている力、それ以上のものを引き出してくれる剣士と出会って、初めて刀は存在の意味を持つ。その瞬間がたまらなく好きだから、俺は気に入った剣士にしか造らない。


 今、目の前で、俺の刀が意味を持った。

 足りないものは、技術だけでなく、力を引き出してくれる使い手。


 何十、何百と、剣士のために刀を鍛えてきたが、これ程の驚きと達成感を感じたことはなかった。

 世の中には、想像を超えた剣士がいるもんだな。

 

 男のすぐ横に立っている小僧。木の杭を見つめたまま、石のように固まっていた。その若さで、この瞬間に出会えた小僧を、男は羨ましく思った。


 翌日の朝。

 キースは宿屋の主から、ゲバラクが帰ってきたことを知らされた。




 ・・・・半年前。


 ドレイドの南。ある少数民族の村。

 まだ日中だというのに、村には活気が無かった。賑やかな女たちの話し声も、子供達が遊び回る姿もない。

 密林に棲む動物さえ、今日だけは活動を抑えているようだった。

 鳥の鳴き声も聞こえない。

 そんな中、若い村人がひとり、ある場所へ向かって歩いていた。

 その表情は重く、暗い。

 村の端にある集会場の、さらに奥。ちょっとした広場がある。男はそこに目的の人影を見つける。

 岩の上に座っている。


 「キース」


 男が声をかけた。

 返事はない。聞こえない距離ではない。

 「ガガルさんが呼んでる」

男が続けて言った。

 キースはゆっくり立ち上がり、しばらく広場を見つめると、ようやく振り返った。

 男の前を通り過ぎる時、少し微笑んだように見えたが、気のせいだったかもしれない、と男は思う。今まで泣いていたのか、目が少し赤くなっていた。


 村のある一軒の家。ほぼ全員の村人が集まっていた。家の中に入りきらない者は、外で静かに時を過ごしている。

 立って小声で話をしている者、座って空を見上げている者。

 誰かが家に近づくキースに気づいた。家の中にいる村長に伝えに行く。

 家の前の人だかりが分かれ、家の入口までの道ができた。家の中から村長が現れて、歩いてきたキースを迎える。

 「二人っきりで話がしたいそうだ」

村長が言った。

 彼はキースに近づき、そっと肩に手を乗せる。目を合わせたが、それ以上は何も言わずに歩き出した。

 ほかの村人も村長にならって動き出す。

 キースの手を握って去って行く者。抱きしめて、両手を彼女の顔に添え、元気づける言葉を残して行く者。

 誰もがキースの心痛を理解し、誰もが同じ感情を抱いていた。


 ひとり立つキース。

 泣き叫びたい気持ちを、握りこぶしで押さえつける。

 長年住んだ我が家なのに、なかなか一歩が踏み出せない。空を見上げて、大きく息を吸い込む。

 ゆっくり吐き出す。

 いつかこの日が来ることは分かっていた。心の準備は出来ていたはずだった。

 意を決して前に進む。

 土壁の室内は、外より少しひんやりとしていた。

 ゆっくりとした足取りで、家の奥のへと向かう。

 

 「来たか」

 ベッドの上から声がした。

 キースはベッドの前の椅子に座り、寝ている老人の顔を見た。

 「ガルじい・・・・」

 言葉が続かない。

 下を向いて唇を噛み締める。

 その姿を見て、老人、ガガルは微笑む。

 「そんな顔をするな。わしはもう十分生きた。寿命なんじゃから、笑って見送っておくれ」

 弱々しいが、発声はしっかりしている。

 「私に剣術を教えたせいで、死期を早めてしまった」

 語尾が少し震えていた。

 ガガルは首を振る。

 「わしが決めたことだ。悔いはない。むしろ、お前が最後の弟子で良かったと、感謝しているくらいだ」

 ガガルの言葉を聞いて、顔を上げるキース。

 今にも泣きそうな顔だ。

 ガガルは体にかけられた寝具から片手を出した。キースはその手を握る。

 「わしは良い弟子に巡り会えた」


 お前と・・・・そして、おまえの父親・・・・


 「お前はこれから旅に出ろ」

ガガルが言った。

 「旅?」

 「そうだ。旅に出て、父親を探せ」

 キースの表情が一変する。

 「私を捨てて、どこかへ行ってしまった父を、探せと?」

 「お前が思っているほど、彼は非情ではない。事情は話さなかったが、何か特別な理由があったに違いない」

 ガガルの言葉を聞いても、キースの表情は晴れない。

 「自分のことを知りたくはないか?」

 キースに問いかける。

「父親に直接会って、全て聞けばいい。ここに置いて行った理由も、お前の出生のことも」

 キースはガガルから顔を背けた。

 「生きていないかもしれない」

 ガガルは嘆息する。

 「彼はしたたかだからな。病気でない限りそれは無いと思うが、仮にそうだとしても、旅に出て、彼の軌跡をたどればいい。何か手ががりが残っているはずじゃ」

 不満そうな顔のキース。

 幼い頃の記憶が、心的な傷になっているようだ。


 親に甘えたい時期に親はいない。親の教えを学びたい時に、親はいない。


 ガガルはキースの手を強く握った。

 精一杯力を込めても、指が少し動く程度。それでも、キースはガガルの方へ目を向けた。

 「お前が思っているほど、悪い父親ではない」

 同じような言葉を繰り返すガガル。

 納得したように微笑むキース。

 表面上だけ、と、はっきりわかる嘘の表情。

 ガガルは言葉を続ける。

 「ここより北に、ルコスという国がある。そこのタオという街に、わしの古い知り合いがおる。彼なら、お前の父親の情報を持っているはずだ。彼を訪ねるといい」


 名は、ゲバラク。

 かつて、共に戦った仲間だ。


 キースはうなずき、また目をそらした。

 

 これは相当傷が深いな


 ガガルは、知っている限りの事を全て話すべきか、と少し考えたが、結局それ以上父親の事は話さなかった。キース本人が直接会って聞いたほうがいい、そう判断したのだ。


 「お前に、修行を終えた褒美として、わしの刀を授ける」

ガガルが言った。

 キースの表情が変わる。

 初めて手にしてから約五年。毎日のように修行に使った刀だ。思い入れは強い。だが、ガガルの刀を受け取るということは、彼にはもう必要ない、ということ。

 嬉しさと悲しさが半々な心境のキース。

 「旅に出れば、人やノマと戦う機会も多い。武器は必要だ。いずれ、良い職人に鍛えてもらえばいい。それまではわしの刀で我慢じゃ」

 満面の笑みのガガル。


 少し話し疲れた。

 そう言って、ガガルは目を閉じ、眠ってしまった。


 それからキースは、一晩中ガガルのそばから離れなかった。途中、村人たちが順番に様子を見に来たり、食事を持って来てくれたりした。

 食事は喉を通らなかったが、みんなの気遣いに感謝した。

 何度か目を覚ましたガガルは、常にキースを思い、やさしい言葉をかけた。少ない会話の中で、これからの事を話し合い、夜明けが近づいた頃、ようやく決心がついた。

 安心した表情で眠るガガル。

 大きく息を吐き、そのまま。本当に眠るように息を引き取った。


 数日後。

 村でガガルの葬儀が行われた。彼は多数ある少数民族の争いを鎮めた功労者であり、葬儀には各民族の代表者も参列した。

 しばらくは、とても忙しかった。

 ガガルが亡くなったことで、また民族間の争いが起こるのではないか。そう考える者も多かったが、彼が長年築き上げた信頼関係は、確固たるものになっていた。

 争いは何も利益を生まない。そう考える者もまた、多かった。

 ただ、これから決めなければならない事案や、民族間の今後のあり方など、話し合わなければならない事があり、キースはガガルの代役として会議に参加した。

 ガガルをよく知るのはキースであり、誰も彼女の意見に反発しなかった。


 ようやく目処(めど)が立った四ヶ月前。キースが旅立つ日がやってきた。

 村人たちと涙の別れ。

 ここには色々な思い出が詰まっている。絶対に忘れない。そしていつか必ず帰ってくる。何年かかるか分からないけど、全てが終わったら帰ってくる。

 「待っているよ」

 怒ると怖いが、優しい村長。

 「これは俺たちから」

と、男たちから受け取ったのは、村で成人(一人前)だと認められた者に与えられる戦士の服。男性用の物を、女たちが手を加えたものだ。それに、外骨格の生物から作った手足の保護具。

 共に狩りをした仲間たち。

 「帰ってくるまでには、メジの狩りも上手くなっているからな」

 握手し、抱き合って旅立ちを喜ぶ。

 男女を超えた友情。とは、キースだけが思っているだけ。彼女に好意を寄せている男は多い。

 涙を拭くキース。

 次に泣くのは、みんなとの再会の日。

 「じゃあ、行ってきます!」

 ウマに乗り、キースは大きく手を振った。

 村人たちは、彼女が見えなくなるまで、手を振りかえした。



ドレイドとルコスの、ほぼ中間にある宿場街。


 ここより先の旅路は、荒れた大地が続くため、食料などの調達はこの街で最後となる。少人数の旅人たちは、交渉して少数同士手を組むか、旅中狩りをして食料を確保するか、選択しなければならない。

 荷馬車のない、少数の旅人たちには、大量の物資を運ぶ手段がない。快適な旅をするには、良き相手を見つけるのも大事な旅の条件だ。


 ここまでは、何とか一人旅でたどり着いた。

 日除けのローブで全身を覆っているキース。この街の手前でノマと戦い、運悪くウマを死なせてしまった。

 ここからの移動手段が徒歩しかない。必然的に、共に旅をする相手を探すしかない。で、今になる。

 女性が多い旅の集団を見つけ、声をかける。

 「すまないねえ。今頭領がいなくて・・・・」

 語尾がほとんど聞こえないくらい小声になる。

 ローブを下ろしたキースを見て、彼女の動きが止まる。隣にいた女たちも。駆け寄った独りの少女も。


 なんて美しい女(ひと)


 女たちは、キースの美しさに魅了される。

 見た目だけではない。彼女が放つ妖艶な雰囲気も感じ取っていた。ほとんどの女が、いい男に出会った時と同じ感情を抱いていた。

 状況が分からないキースは、動かない彼女たちを見て、首を傾げる。


 沈黙を破ったのは、盗賊のように無骨な、髭面の男たちだった。キースのすぐ後ろに立って、女たちを見回す男たち。ざっと四人。

 「若くていい女がそろってるなあ」

 「お前ら、俺たちの酒宴に付き合え」

 返事も聞かず、キースを越えて女たちに近づく。

 「申し訳ありません。私たちは旅芸人一座。公演がありますで、そういったことはご遠慮下さい」

 年長そうな女性が言った。

 男たちは無視。

 勝手に好みの女を選んで、抱きかかえる。悲鳴をあげても知らぬ顔で連れて行こうとしている。

 年長の女性が止めようとして男に蹴られる。

 キースのすぐ近くに倒れた。

 騒ぎを聞きつけて、荷馬車から仲間の男たちが現れるが、男たちの迫力に足がすくんで動けない。


 「私を雇って下さい」

 倒れた年長の女性の上から声がした。

 キースだ。顔を上げる。

 「今だけでも構いません。雇ってくれれば助けます」

 突飛な提案だったが、出できた答えは、「雇います。助けて」だった。確信があったわけではないが、彼女なら大丈夫。そんな気がした。


 「おい、お前たち」

 キースの声に振り返る男たち。

 「彼女たちを連れて行く前に、私の相手をしろ」

 顔を見合わす。

 女たちを放り出してキースに近づく。

 「チビ餓鬼が何の用だ」

 言った瞬間、顎のあたりを蹴られた。

 痛みは無かったが、景色が揺れて意識を失った。

 「こ、この野郎!」

と、別の男が叫んだが、遅かった。キースの持つ剣の鞘が、男の腹の弱い部分に食い込んでいた。息ができずに、苦しさのあまり倒れる。

 腰の剣を抜こうとした男は、鞘の先で眉間を突かれ、のけ反ったところで顔面に掌底を食らう。そのまま受け身無しで頭から地面に倒れる。

 最後の男は、キースの背後から彼女を羽交い締めに。

 するはずが、目の前のキースが消えて、前のめりになったところを、後頭部を蹴られて顔面から倒れた。

 あっという間に倒された四人の男たち。

 あまりの強さに言葉を失う女たち。

 「もう大丈夫です」

と言って微笑むキース。

 彼女のその笑顔に、女たちの心は奪われてしまった。


 

 「で、この女(こ)をル・ジェとして雇えと?」

 食料調達から帰ってきた頭領が言った。

 ここから先は、慣れた旅路。ル・プレがいるからノマに襲われる心配はないし、盗賊たちとは顔見知りで、金で解決できる。

 もし本当に、男たちを倒したのが彼女なら、まあそれなりに強いのだろうが。

 それにしても・・・・

 頭領は、女たちの異常なほどの団結力に首を傾げる。妻や娘までもが、キースという名の少女に、旅の護衛を懇願している。

 全員の女たちに睨まれて、恐怖すら感じている頭領。

 断れば命がない。そんな気がした。

 


  


 

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