キース

九里須 大

episode1 「ルコスへ」

 少女が現れた時、その場の空気が変わった。


 それは彼女が美しいからか、それともまだ幼さを残した少女だったからか。見慣れない盗賊たちの様子からすると、両方かもしれないな、と頭領は思った。

 ここは荒野のど真ん中。あと少しでルコスの国境付近であり、多少の油断もあった。周りの警戒を怠っていたのは事実だし、ノマ(魔獣)の襲撃を一度も受けずにここまで来たことに安堵していたのも確かだ。

 加えて、ここは通い慣れた道で、潜伏する盗賊団とはいつも金貨で解決してきた。

 ところが、今目の前にいるのは、見知らぬ盗賊たち。

 別の地から流れてきた新手で、前の盗賊団の縄張りを奪い取ったのだろうか。しかも、その重厚な武装から察するに、何処かの国の元兵士、といったところだろう。戦争が終わって、お払い箱にされた兵士。目つきと言葉の端から、貪欲さがにじみ出ていた。


 旅芸人という仕事柄、人の扱いには慣れている。

 相手の威厳を損なわないように、言葉を選んで交渉した。しかし、彼らは金貨だけでは物足りず、女を要求してきた。

 旅芸人にとって、女性は大事な人材。芸の要である。こんな野蛮な連中で汚すわけにはいかない。何度も懇願したが、盗賊たちが折れることはなかった。

 交渉決裂である。

 ノマから身を守るために雇ったル・プレ(案内魔法使い)。

 こういう時のための魔法使いでもある。

 報酬の上乗せを約束して、連中の前に立たせる。まだ二年目の若いル・プレだが、魔力は強い。何とかなるだろう。

 そう思っていた矢先だった。


 「やめたほうがいいよ」

 声は頭領のすぐ後ろで聞こえた。

 振り返ると、ローブで身を包んだ彼女が立っていた。

 十日前、宿泊した村で知り合った、自称戦士の彼女。一般の旅人は、旅の安全を守るため、『案内人』と呼ばれる戦士(ル・ジェ)と魔法使いを雇う。戦士は万が一ノマに襲われた時のため、魔法使いはその魔力でノマから身を守るため。

 彼ら旅芸人は、いつもル・プレだけ雇って旅をしていた。ノマの出現場所は熟知している。うまく道を選択する自信がある。万が一のためのル・プレ、である。

 それでも、何があるか分からないのが旅の怖さだ。

 今回、頭領の娘が初めて旅に同行している。戦士としては頼りなさそうだが、向かう先が同じだし、まあ話し相手くらいにはなるだろう、と通常の半値で雇った。

 その彼女が立っていた。 


 「どういう意味だ?」

 頭領は彼女に尋ねた。

 「あのル・プレでは彼らに敵わない。あれは対魔武装だから」


 私が戦う。


 彼女は確かにそう言った。

 誰かが彼女の背後から抱きついた。

 頭領の娘である。

 「危ないから馬車に入っていなさい」 頭領が言った。

 娘は、彼女に抱きついたまま首を横に振る。

 「戦ったら駄目。怪我するから駄目」

 かすれた声で娘が言った。

 彼女はその手を解き、その場にしゃがむ。

 娘と目線を合わせて、

 「大丈夫だよ。私のほうが強いから」

 と静かに悟す。

 頭領はその言葉に疑問を感じたが、彼女の顔をじっと見つめていた娘は納得したようだ。にこやかに手を振って戻っていった。


 「私が戦います」

 突然声をかけられ、ビクンと肩をすくめる若いル・プレ。

 恐怖でかなり緊張していたようだ。

 「え、あ、いや、でも・・・・」

 なんとか威厳を保とうとしているが、足がどんどん馬車のほうへ逃げている。

 「大丈夫ですから」

 その言葉が決め手となり、ではお願いします、と明らかに安堵した表情で後ろへ下がっていった。

 盗賊たちが彼女を囲み、睨みつけた。

 そこでローブを脱いだ。

 緊迫した空気が変わった。

 見慣れない民族衣裳を着た少女が立っていた。

 薄く緑色がかった短髪。大きな瞳。通った鼻筋は、このあたりでない北の民族を感じさせるが、見慣れぬ民族衣装は南の国のものだ。

 袖の無い着物のような生地。露出した手脚には保護具があるが、金属製でなく、何かの動物の外骨格を加工したものだ。軽そうだが、強度はどの程度なのか分からない。

 背は高くなく、男たちの胸元くらいまでしかない。

 持っている武器は、右腰の細身の剣だけ。

 戦士の武器、といえば両刃の直刀が主流だ。切れ味が悪くなれば突き、それが駄目なら殴打に使う。そのため直刀が多い。しかし、彼女の持つ剣は、少し細く反りがある。つまり片刃の剣だ。切るためには鍛錬が必要だし、切れ味が落ちれば使い物にならない代物だ。多勢に向かない剣である。


 「ここを通してもらいたい」

 少女が言った。

 盗賊たちは顔を見合わせ笑った。

 「何だよ。弱っちいル・プレが引っ込んだと思ったら、今度は子供戦士か?」

 槍を持った巨体の男が言った。

 「まてまて。餓鬼だがコイツ、なかなかいい女だぞ」

 右隣の、背中に二本の剣を抱えた男が言う。

 あと五人いる。

 武装からして、この二人がこの盗賊団を率いていると思われる。

 槍の男が少女に顔を近づける。無防備なのは腕に自信があるからか、それとも、少女だから油断しているのか。

 「うむ・・・・、確かに、子供だがいい女だ」

 そう言って、剣の男に同意する。


 「ここを通してもらいたい」

 少女は同じ言葉を繰り返した。抑揚のない穏やかな口調だ。

 槍の男は、少女に顔を近づけたまま、

 「女を置いていったら通してやる。お前も含めてな」

 と言った。

 目線が少女の全身を吟味している。顔は幼いが、体つきは女だな。自然といやらしい笑みがこぼれる。


 この少女は、本当に強いのではないか。

 頭領は後ろで震えている若いル・プレを見ながら思った。あの少女、男たちに囲まれながら、恐怖で震えることなく堂々と立っている。まだ幼い少女なのに大したものだ。


 「女は渡せない。金貨はさっき提示した額に上乗せするから、通してほしい」

 そう言って、振り返る少女。

 勝手に金額を上げたからか。

 頭領はうなずくことで、上乗せすることを許可した。

 微笑む少女。

 美人の娼婦に話しかけられたような高揚感。慌てて気持ちを正す頭領。


 男たちの方を向いた少女の顔に笑顔はない。

 「それでも駄目なら、力ずくで通る」

 その言葉を聞いて、男たちは笑った。

 二人の少し後ろに控えている五人も笑っていた。

 「兄貴、力ずくだってよ」

 槍の男が言った。

 二本の剣を持った男が統率者か。

 「面白いじゃないか。この餓鬼の実力、見せてもらおうじゃないか」

 おい、と後ろの五人の中から、ひとりを呼ぶ。

 一番若そうな男。

 兄貴と呼ばれた男の横に立つ。

 「手脚は切り落としても構わないが、顔と体は傷つけるな」

 「へい。分かりやした」

 腰の剣を抜き少女に近づく。

 少女は両手をダラリと下げたまま、剣を抜く気配がない。舐められている気がして、剣を持つ手に力が入る男。

 「悪いけど、あなたでは私に触れることすらできない」

 少女の言葉で目つきが変わった。

 男は剣を振り上げ、少女に突進した。肩のあたりを狙って、一気に振り下ろす。

 手に伝わるはずの感触が無かった。

 目的地を失い、前かがみになる男。目の前に少女の手のひらが迫っていた。

 そのまま顔を押され、足が地面から離れた。

 尻もちをついても、剣を離さなかったのは、さすがというべきか。

 男たちが笑っていた。

 「おいおい、手を抜き過ぎだぜ。しっかりしろよ」

 槍の男が言った。

 「へへ。す、すいません」

 頭を抱え、立ち上がる男。

 次は本気で行こう。男は剣を握り直し、再び少女に迫る。

 何度も振った。

 本気だった。頭だろうが何だろうが、殺すつもりで剣を振った。なのに、一度も当たらない。剣が少女の体に触れる寸前、横にかわされる。追えない速度ではない。むしろはっきり見えている。

 でも当たらない。少女を殺せない・・・・

 男は剣を地面に刺し、体重を乗せた。息が上がってしまって、剣速が鈍くなっていた。笑って傍観していた男たちも、顔つきが変わっていた。


 「話にならないな。なんなら、全員でかかってきてもいいよ」

 少女が言った。

  元々は正義のために戦ってきた兵士だが、今はただの盗賊。私利私欲のためなら、手段を選ばない。相手が少女だろうと関係ない。


 その発言を後悔させてやる。


 二本剣の男は笑みを浮かべ、後ろを向いた。

 四人の男たちが武器を構えて待っていた。

 「殺しても構わん」

 二本剣の男の言葉を受けて、男たちがぞろぞろ現れ、少女を囲んだ。

 剣筋の読みがいくら優れていても、五人同時に武器を向けられれば敵うまい。


 絶対無理だ。

 旅芸人の頭領は、少女の死を確信した。


 男たちは目線を合わせながら、少女を突き刺す瞬間を推し量る。

 あ!!

 誰かが声を上げた。

 顔面を殴られ、ひとり倒れた。倒れた男を見た男が蹴られた。不用意に剣を振り上げた男が、男の急所を蹴り上げられた。

 目で追えないほど素早くないが、かわすことができなかった。

 鼻の骨を折られた者、痛みに耐えられず失神した者。少女から目線を外した三人が地面に倒れていた。

 残った二人は?

 剣を構えながら、少女の周りをぐるぐる回っている。

 少女の前後に立って止まった。

 同時に襲えばよけられまい。しかし、下手をすると同士討ちの可能性もある。

 と、一瞬迷った男の目の前に少女がいた。

 手首から肘まである防具が顔面にくい込んだ。そのまま受身も取れず、地面で頭を強打する男。背後の男が、少女めがけて槍を素早く突き出す。

 少女はまるで背中に目があるかのように、反転してかわす。

 男が突進してきた勢いと、少女の振り返った回転力を加味して、彼女の肘鉄が男の顔に炸裂した。

 五人の男たちは、あっけなく戦意喪失となった。


 少女の圧倒的な戦いぶりに、驚くより、爽快さを感じている頭領。荷馬車から女たちの歓声が聞こえる。なるほど。自分の娘も含め、女たちが少女に色目を使っていた理由がようやく分かった気がした。

 納得の頭領。


 「まいったなあ」

 そう言って、少女の前に立つ槍を持った大男。

 「こんなところで、こんなに強い奴と出会えるとはな。久々に胸が高鳴っているぞ」

 槍を頭上で振り回し、腰のあたりに構える男。

 明らかに、今までの男たちとは違う雰囲気を放っている。

 「俺はゴルゴルの元衛士、ラザン」

 衛士とは、王族や国の官僚を警備、護衛する上級兵士である。

 「お前の名は?」

 「キース」

 男の問いに答える少女。

 腕の長さから考えても、そこは槍の射程内。それでも右腰の剣に触れもしない少女の心境は、どれほどのものなのか。

 真意を探るように見つめる槍の男。

 「まだ若いが、何処かの衛士なのか?」

 「いいえ。私はただの旅行者」

 「・・・・そうか。ならば遠慮はいらんな。ひとつ、手合わせ願おう」

 その言葉が合図となった。

 風を切って槍が放たれる。

 巨体に似合わない素早い動き。左手で槍の棒を支持して、右手で押し突く。先端の鋭い刃がキースに迫る。

 体に触れる寸前に横へかわす。

 槍はすぐに軌道修正される。先ほどの男たちとは比べ物にならない反射速度。だが、それでも槍は空を切る。


 見てからよければ間に合わない。来る場所を知ってよけている


 ラザンは忘れかけていた闘争心を奮い立たせる。

 直線的な突きと、曲線的な振りの組み合わせ。長物の武器独特の変則的な攻撃を、キースはまるで踊っているかのような優雅さで、槍の刃に合わせて動く。

 これまでと同じく、目で追えないほど早い動きではないのに、槍先が触れもしない。

 倒れた男たちの剣を拾っているのが見えているのに阻止できない。

 キースは両手に同種の剣を持った。

 ラザンは一旦距離を取った。戦士としての本能が危険を知らせた。

 彼女が武器を手にしただけで、今までとは違う何かを感じた。


 呼吸を整え、槍の状態を確認する。問題ない。体力も気力も落ちていない。戦争で命のやり取りをしていた頃に、かなり近づいている。

 剣と槍では戦う距離が違う。

 大丈夫だ。今の俺ならやれる。動きは見えているんだ。もっと細かく正確に狙えば当たる。

 決心して足を一歩踏み出した時、キースが近づいてきた。

 走るでなく、ゆっくりと前進している。

 「残念だけど、私とあなたでは、力量に差がありすぎる」

 キースが言った。

 聞こえたが聞き流した。

 感情は動きを鈍らせる事がある。

 思いっきり槍を突き出した。彼女に当たる直前、一気に引き、もう一度突く。左手の剣で弾かれた。

 頭上で槍を回転させ、足元から上へ振り上げた。二本の剣を交差させ止められた。

 自身を回転させて、今度は上から振り下ろす。

 そこにいない。右側によけている。槍の修正が間に合わない。踏み出して体当たりを試みた。行動を予測されたかのように後ろへ逃げられる。

 槍を短く持ち直し、小さく細かく突く。

 惚れ惚れするくらい見事な剣技で、槍先は弾かれる。

 横に動いた。

 ずっと見ていたのに、一瞬見失った。

 「ぐはっ!」

 激痛。

 右腕に剣が振り下ろされ折れた。残った剣で、槍を持つ手の上に振り下ろされる。

 また激痛。

 防具のおかげで切り落とされなかったものの、手の感覚は麻痺し、槍は地面に落ちた。

 「なんて粗悪な剣だ」

 そう言って、二本の剣を捨てるキース。

 なんてことだ。まだ体力も気力も残っているのに、腕が痺れて槍が持てない。

 「これで分かったでしょ? 諦めてここを通して」

 キースが言った。


 また女たちの歓声。頭領は口が開きっぱなしだと気づいて慌てて閉じる。

 女だから剣の腕は期待できないと、勝手に判断して、通常の半値で雇ったが、大きな誤算、しかも良いほうの誤算だ。

 これまで多くのル・ジェを見てきたが、男でもこれ程の者はいない。

 私はなんて幸運なんだ。


 二本剣の男がラザンの前に立った。

 「兄貴、すまない」

 小声でつぶやくラザン。

 先に倒された男たちは、動ける者が意識のない者を、馬のいる方へ引きずって運んでいる。そして共に戦争で戦い、一度も膝をついたことがないラザンが、目の前の少女にやられた。

 男は腕を上げ、背中の剣を抜いた。

 「私はゴルゴルの元衛士、スレイ」

 え?!

 と、キースの後ろで驚きの声。

 名前だけは聞いたことがある。


 『双剣のスレイ』


 ひとりで百人の兵士を倒したという、有名な剣士だ。彼の剣は血糊がついても切れ味が衰えず、むしろ血を吸ってより鋭利になる、と噂されている。

 ゴルゴルは、ここから遠く離れた国だが、彼の逸話を知る者は多い。

 そんな男が盗賊に?

 世も末だな。と、落胆する頭領。


 「やめたほうがいい」

 キースが言った。

 「あなたなら分かるでしょ?」

 スレイは剣を構え笑った。

 「盗賊といえど、これでも頭だからな。やられたままでは引き下がれない」

 キースは彼をじっと見つめる。

 六人の男の相手をして、全く呼吸の乱れがない。

 「仕方ない」

 そう言って、彼女は右腰の剣に手を伸ばした。

 ゆっくりと鞘から剣を抜く。


 なんと美しい剣だ


 キースの剣を見た者すべてが、同じ気持ちを共有した。 

 細身で反りのある刃には独特な模様があり、太陽の光を受けて妖しく輝いている。

 実物を見るのは初めてだが、多分これは、はるか東の国で造られているという『カタナ』と呼ばれる武器だ。

 腕力で切る剣でなく、心と技で切る剣だと聞いたことがある。

 幼い少女だが、美しい容姿の彼女が持つと、より妖艶さが増しているようだ。男ならつい見とれてしまう、そんな姿だ。


 スレイは、飛んでしまいそうな意識を断ち切るかのように、双剣を体の前で交差させた。じっと、キースを見据えたまま、小声で何かをつぶやき始める。


 呪文?


 答えは、双剣が振り下ろされた時に分かった。


 聖戦士(プレ・ジェ)だ!!


 頭領は腰を抜かしそうになった。間違いない。あの男は戦士の中でも希少な、魔力を持った戦士。王族や高官の護衛をする精鋭戦士。我々のような一般民が会えるような方ではない。

 プレ・ジェにも色々な能力を持った者いる。魔法使いのように、火や風の魔法を使う戦士もいるが、あの男は自分の守護神を憑依させて、人を超えた力を発揮する戦士のようだ。


 今度こそ無理だ。プレ・ジェに勝てるわけがない。


 「面白い術だ」

 そう言って、キースは刀を鞘に戻した。

 脚を前後に大きく開いて、姿勢を低く。右手は鞘を押さえ、左手は柄を握る。

 何故刀を鞘に戻したのか、理由は分からないが、スレイがキースに近づかないのは、ただならぬものを感じているから。

 守護神を憑依させて、肉体的にも精神的にも人の領域を超えてなお、私を恐怖させるのか。この少女は一体何者なのだ?


 キースの足元。

 風が吹いていないのに、砂のような細かな土が、彼女を中心として波紋を描き始めている。魔力でない何かが、彼女の体から溢れ出ている。


 瞬間。

 目にも止まらぬ速さで抜刀。

 スレイの体を見えない刃が貫いた。

 気がつくと、その場にしゃがみ、膝をついていた。防具を見る。傷ついていないし、出血もしていない。そもそも、この距離で刀身が届くはずがない。しかし体には痛手を負った感覚が残っている。

 再び刀を鞘に収めている彼女を見ながら、スレイは驚きの事実に到達する。


 守護神を切ったのか!!


 有り得ないが、そうとしか考えられない。憑依したはずの守護神は、いま体内にいない。消えているのだ。本人が術を解かない限り消えないはずなのに。形のないものをあの刀は切ったのだ。


 すぐ目の前にキースが立っていた。

 惨敗だ。

 「私の負けだ。殺せ」

 スレイが言った。

 「殺すつもりはない。ここを通してくれれば、それでいい」

 答えるキース。

 「我々は盗賊だ。お前たちは通しても、ほかの旅人が来れば、また金や女を盗むぞ。いいのか?」

 「関係ない」

 彼女の言葉に、スレイは顔を上げる。

 「勝手にすればいい。私は彼らが無事にルコスへ着ければいいだけだ」

 それに、と、キースは続ける。

 「戦士の顔に戻ったあなたが、盗賊を続けるとは思えない」


 旅芸人たちが去ったあと、盗賊たちはしばらくその場から離れなかった。正確には、疲労のあまり動けなかった。立ち上がる力も、話す気力も残っていない。

 「兄貴・・・・スレイ様」

 少し間があいて、スレイはラザンのほうを向いた。

 「スレイ様が戦いで膝をついたのを初めて見ました」

 スレイは笑った。

 「私もお前が膝をつくのを初めて見た」 

 二人は顔を見合わせ笑い合う。

 旅芸人たちが去った方角をまた見る。

 「あんな幼い少女に負けるとは。悔しさよりも、なぜか清々しい気持ちだ」

 スレイが言った。

 「同感です」

 ようやく立ち上がる二人。

 「戦争が終わって、戦う場所も守るものも無くなり、生きながら黄泉をさまよっていたが、ようやく見つけた気がする」


 私が守るべきものを。

 私が残りの命を捧げられるものを。


 それからルコスまでの数日、キースに対する女たちの献身的な行動は、さらに過激さを増し、男たちは嘆息するしかなかった。

 女が女に言い寄って、どうするつもりなのか。

 あれだけ若いル・プレに色目を使っていたのに、今では見向きもしない。彼とて魔力によって、ノマが近づかないよう、守ってくれている。十分貢献している。もう少し大事にしてもいいと思うが。

 旅芸人の男たちに混ざって、所在なく小さくなっているル・プレを見ながら、頭領は同情する。


 やがて、荒れた大地に緑が混じり始めた。街が近い。乾いた風が、湿り気を帯びた心地よい風に変わる。

 これ程安全で、安心な旅は今まで無かったかもしれない。

 旅芸人一行はルコスへ入国した。

 ここは、ルコス南の玄関口、ラオの街。豊かな水と果物の栽培が盛んな街。ルコスの酒蔵、と呼ばれるくらい酒造りも有名だ。酒場は、街に住む民より多いと言われるくらいあちこちにあり、昼夜を問わず人で賑わっている。

 人が集まる場所は金が動く。

 酒に酔えば、気持ちが大きくなって、どんどん金を使う者がいる。

 旅芸人一行が、よくこの街を訪れるのはそういう理由だ。


 旅が終われば、護衛は必要なくなる。

 いつも芸を披露する広場に着き、明日の公演の準備の最中、頭領はル・プレとキースを呼んだ。

 国の機関である商会に所属するル・プレに、定額の報奨金を渡す。それと内緒の礼金。これは彼の懐に直接入るもの。旅の安全を守ってくれたお礼だ。

 女たちの急変した態度に対する謝礼として、いつもより多めに渡した。


 「出発の際には、また私にお声をかけて下さい」

 と、宣伝を忘れず、立ち去るル・プレ。

 男たちだけで見送る。背中が少し寂しい。

 そして、ル・ジェとして雇ったキースの番。仕事の手を止めて、女たちがぞろぞろ集まってきた。

 「行ってしまうのかい?」

 「今晩だけも泊まっていけばいいのに」

 「なんなら、ここであたしたちと一緒に芸人になったらどうだい?」

 「いっそ専属のル・ジェってことで雇ったら?」

 女たちの声が飛び交う。

 キースは自分を囲む女たちを見回し笑みを浮かべた。

 「ありがとうございます。でも、ここで人を探さなくてはなりません。しばらくは私もこの街にいますから。公演を観に来ますので、どうか仕事を続けてください」

 嘆きの声。

 そのあとは、女たちが一人ずつキースの手を握り、抱きしめ、別れのあいさつ。

 異様な光景だ。

 散々待たされ、女たちが仕事に戻って、ようやく出番かと頭領がキースに近づくと、まとめ役の彼の妻に、金の入った袋をひったくられた。

 「本当にこれだけでいいのかい?」

 通常の半額である。

 「構いません。商会に属していない私を雇ってくれただけでも有り難く思っています。これでも多いくらいです」

 キースが言った。

 妻は振り返り、なぜか頭領を睨む。

 理由も分からず、だが思わず謝りそうになる頭領。

 彼の妻もほかの女たちと同様、キースの手を握り、抱きしめ、別れの言葉を交わす。


 「必ず観に来てね!」

 「待ってるからね!」

 瞳を潤ませながら手を振る女たち。その中には頭領の妻も娘もいる。

 キースの姿が見えなくなるまで、女たちは手を振り、悲しみを忘れるためなのか、無言で作業を再開した。

 男たちは、そんな姿を見ながら、なるべく機嫌を損なわぬように配慮しつつ、彼女たちの作業に加わる。


 結局、頭領はキースと言葉を交わすことが出来なかった。ここに居ることさえ忘れられた気がして、女たちとは別の理由で悲しくなった。



 共に旅したル・プレの情報を頼りに、街の大通りを北へ向かう。人の多さに戸惑いながら、新鮮な街の光景に目を輝かさせるキース。最も、ローブで顔を覆っているので、道行く者には見えないのだが。

 やがて、道の両脇に店舗が。このあたりでバザールと呼ばれる市場だ。各地で採れた野菜や果物などが並べられ、店主の威勢のよい声が、音楽を奏でているような心地良さで響いている。

 道行く住人や旅人が、その声につられて足を止める。キースも何度も足を止めながら、ふと我に返り、目的の物を探す。


 あれかな?


 店の布製の屋根の上。隣接する建物に付けられた看板。金属製のそれは、何かの形を模した加工品。鍛冶屋の職人が使う道具に似ている。

 キースは、その看板のある通りを曲がる。

 バザールの賑やかな声が次第に遠くなり、代わりに水の流れる音と、金属を叩く音が聞こえてきた。

 街の中に水路が造られていた。

 そのすぐ横に小屋がある。金属音はそこからしているようだ。近づき、中の様子を伺う。

 うす暗い空間の奥で、真っ赤な炎と火花が舞っていた。ひとりの男が熱した金属を手にした道具で叩いている。小屋の出入り口を見た。キースに気づいたようだ。座っている脇に置かれた、水を張った容器に、手にした物を浸ける。

 ジュッ、という独特な音と蒸気があがる。

 道具を置いてキースの方へ近づく。


 「何か用かい?」

 ローブを着た来訪者に問う男。

 「人を探しています」

 男は顔をしかめた。

 ここに人探し?しかもあの声は女。ここに女が訪ねて来るなんて、俺の妻以来じゃないか。などど思いながら、革の手袋を外す男。

 「訪ねる場所を間違えてないかい? ここは鍛冶屋だぜ」

 男が言った。

 「ゲバラク、という名の方を探しています」

 男は驚く。

 来訪者は顔を覆ったローブを降ろした。

 さらに驚く。まだ幼い少女だが、なんと美しい顔。常に美を追求する彫刻家でも、この顔は彫れまい。と、ついじっと顔を見つめる男。ふと我に返り、咳払いで気持ちをごまかす。

 「あの爺さんを訪ねて来るとは珍しいな」

 キースは腰のあたりをまさぐった。

 右腰の刀を差し出し、

 「この刀の持ち主に、その方を訪ねろ、と」

 と言うキース。

 その刀を見て、また驚く男。

 「こ、これは・・・・」

 驚きすぎて言葉が出ない。

 キースに、ちょっと待て、のような手振りをして小屋の奥へ戻る男。作業台の上に置かれた水差しに、直接口をつけて飲む。深呼吸して気持ちを落ち着かせ、再びキースのもとへ戻る。

 「あんた、あの方の弟子なのかい?」

 男の問いに、首を傾げるキース。

 「私にとっては育ての親、みたいなもので。確かに剣術は学びましたが、あれを修行と呼べるものなのかどうか・・・・」

 「いやいやいやいや。あの方は、自分が認めた者しか教えないそうだから、弟子だよあんた。いや~、そうかい。あの方の弟子なのかい」

 男の反応に、困惑顔のキース。 

 「実は爺さん、今いないんだよ。二、三日もすれば帰って来ると思うけどね」

 「そうですか・・・・」

 彼女の様子を気にしながら、手にした刀をチラチラ見る男。

 「帰ってくるまで待つなら、いい宿紹介するけど?」

 キースは少し考え、彼の好意を受けた。

 宿に案内する前に、と男が話始める。

 「その刀、少し見せてもらえないか?」

 断る理由もなく、キースは刀を男に渡す。

 男の手が少し震えていた。

 今は亡き師匠が昔鍛えた刀だから、だけではない。元の持ち主の偉大さに緊張しているのだ。

 「抜いてもいいかい?」

 うなずくキース。

 思わず感嘆の声をあげる男。刀鍛冶となって三十年。まだまだ師匠には追いつけないな。全盛期の頃の師匠は、これと同じものを何本でも鍛えることができた。

 あらためて我が師匠の技術に感心する。

 ただし、師匠はかなりの変わり者だったので、自分が気に入った剣士にしか刀を鍛えなかった。これはそのなかの一本なのだ。


 まだまだ修行が足らないな。

 刀鍛冶の男は、刀身を見つめながら苦笑した。



 ・・・・五年前。


 ルコスからさらに南へ。

 発展途上の国ドレイド。国土はルコスとさほど変わらないが、そのほとんどが森や湿地帯。

 ここはドレイドの最南端。少数民族が多く住む密林。大陸全土に分布しているノマのほかに、ここにしかいない希少種も多くいるが、彼らは昔ながらの方法で、うまく共存して生活していた。

 そのなかのある民族の村。

 民族同士の争いを避けるために、定期的に代表者が集まって行う会議を終えて、数日ぶりに村に帰ってみれば、なんだか騒がしい。

 なんとなく、いや間違いなく、元凶に心当たりがある村長。振り返って、代表者として同行したひとりの老人を見る。かなりの高齢のようだが、双眸には力があり、腰に剣を差している。細身の反りのある剣だ。

 老人は嘆息する。

 村長に気づいた村人が立ち止まった。

 「村長、またあの子が・・・・」

 やっぱりか。

 「今度はなんだ」

 村長が問う。

 「村の若い衆が数名、毒ヘビに噛まれて。治療が早かったので命に別状は無かったのですが、しばらく狩りに行けなくて・・・・」

 村長は男の話を途中で止めた。

 そこまで聞けば全て分かる。もう一度老人を見た。

 「仕方ない。若いのを三人程連れて見てくるか」

 老人の言葉にうなずく村長。

 代表者の中から二人選び、もうひとりをその男に呼びに行かせた。


 短時間で準備して、ウマに乗る老人と若者三名。

 ウマ、といってもあの馬ではない。このあたりの者が移動に使う動物は、二足歩行のダチョウによく似た動物。密林や湿地帯の移動には欠かせない。それをここではウマ、と呼んでいる。

 狩猟用の武器と道具を持って、一行は出発。村人の証言を頼りに、あの子が向かったと思われる方角へ。

 ウマの初速は遅い。だが次第に脚の回転が早くなり、風を切る音が耳に響く。草木の多い地面を、大人の背丈ほどあるウマの脚が、器用に踏み鳴らしながら疾走する。かなりの速度だ。若い男たちでも、気を抜けば振り落とされてしまう。


 老人の乗るウマを先頭に、村人がよく狩りをする場所に近づいてきた。

 手綱を操って少しずつ走る速度を落とす。耳をすませ、動物たちの鳴き声を聞き分ける。

 お互いの場所が分かる範囲で離れ、別々で探索する。

 違和感を感じる三人の若者たち。


 鳥の声がしないな。


 老人の様子を見る。森の奥の一点を見つめ、じっとしている。


 「お前たち、いつでも走れるようにしておけ」

 つぶやくような小さな声だったが、若者たちの耳には十分届いた。

 やがて、何か連続した打撃音が聞こえてきた。少しずつ音が大きくなっているのは近づいてくるから。

 若者たちは手持ちの武器を確認する。緊張を自分の頬を叩いてほぐす。


 この足音は・・・・たぶん・・・・!!


 近づく足音に混じって、何か聞こえてくる。


 子供の声?


 あいつに追われて泣き叫んでいるのか?

 

 真実は、あっという間に目の前を駆け抜けた。

 続けて、密林から巨大な黒い塊が彼らの前に現れる。

 「くそう!!」

 誰かが叫んだ。

 ウマを操り、走り出す。

 見間違えるはずがない。あれは『メジ』という名の生き物。この密林で最大の動物。その巨体からは想像できないほど脚が早く、怒らせるとかなり凶暴だ。食用に狩るが、大人が十人がかりで戦って、必ずと言っていいほど死傷者が出る。それでも狩るのは、メジの肉は美味で栄養価が高いから。病気や怪我をした者がいればなおさら、男たちはそのために勇気を振り絞る。


 それをあの子は独りで狩るつもりなのか?!


 しかも、凶暴化したメジに追われながら、


 あの子は確かに大声で笑っていた。


 剣を持った老人と暮らしている、緑色の髪の少女。


 少女の名は、キース。


 彼らがメジに追いついた頃、景色が開けた。

 森を抜けて平原に出た。キースの乗ったウマとメジ、一定の距離を保ちながら並行して走る四頭のウマ。

 老人が三人に何か合図を送って馬を加速させる。メジを追い越して、少女に近づくつもりだ。

 三人の男たちは素早く弓を構え、矢を放つ。

 見事命中。

 さすが村長が厳選した戦士たち。腕は確かなようだ。

 しかしメジは止まらない。さらに矢を射る。急所に当たっているが効果がない。

 

 老人のウマが、先頭のウマに並んだ。

 「あ、ガルじぃ」

 キースが笑顔で言った。

 嘆息する老人。

 全く悪びれた様子はない。

 「みんなに元気になってもらうんだ!」

 寝込んでいる男たちのことだろう。気持ちは分かるが、独りでどうにか出来る相手ではないだろ。しかも、手持ちの武器は背中の木刀だけとは。

 だが、今は説教する状況ではない。

 手振りで指示を出す。

 うなずくキース。

 手綱を操り進路を変える。乗り手の体重が軽い分、少女のウマの方が速い。徐々に差が開いていく。

 凶暴化したメジはどうだ。

 男たちの放った矢をもろともせず、目の前のキースを狙っている。


 とにかくメジの脚を止めないと


 暴走するメジのすぐ横を並行して疾走する老人のウマ。

 この先に川がある。上手くいけばそこで失速させられる。その隙に逃げればいい。

 三人の男たちにも指示を出す。

 この辺の地形を熟知しているだけに、すぐ行動に移す。

 少し逃げる時間を稼がなくてならない。老人はウマをできるだけメジに近づけて、右手をかざした。


 これでどうだ?


 ありったけの魔力を巨体に注ぐ。メジは苦しそうにひと声鳴き、脚の動きがみるみる鈍くなった。そのまま倒れるかと思いきや、首を何度か振って持ち直し、再び走り始めた。

 

 ワシも年だな


 苦笑する老人。

 メジに合わせてウマの速度を上げる。この隙に、男たちと共にキースが逃げてくれればよし、そうでなくても、少しは時間を稼げたはず。

 上手く男たちが先導して・・・・!!

 進行方向を見る。

 一瞬、我が目を疑った。

 男たちの乗ったウマは、川の手前で旋回して密林へ向かっている。その後ろをキースのウマが少し遅れて続いている。

 キースはウマに乗っていない。

 メジの正面、川のほとりに立っていた。

 腰のあたりに鍛錬用の木刀を構え、姿勢を低くして、じっとメジを見据えている。


 あの構えは・・・・まさか・・・・


 いつか、老人の刀を欲しがったので、木刀を与えた。少女に剣術を教えたことはないが、何度かあの技を見せたことがある。

 「えい!!」

 小さな掛け声と共に、キースは腰の木刀を刀に見立て、抜刀した。

 老人の横で、突然見えない壁にぶち当たったかのように、メジは急制動した。走ってきた勢いは殺せず、後ろ足が浮き、逆立ちしたような状態になる。そのまま背中から倒れ、地面を揺らしながら転がった。

 老人は手綱を引き、ウマを減速させる。

 メジは少女の横をすり抜け、大きな水しぶきを上げて、川へ落ちた。

 「やったー!!」

 キースは満面の笑みで両手をあげる。

 三人の男たちも、川のほとりに戻ってきた。

 「一体、何が起きたんだ?」

 困惑する男たち。


 なんて子だ。木刀でこれか。しかも、ワシの技を見ただけなのに。


 老人はウマを降りて、キースに近づいた。

 自慢げな、少女の笑顔。

 だが、喜ぶのはまだ早い。浅瀬に転がったメジの巨体がうごめいている。気づいた少女が近づこうとしたので、老人が止めた。

 少し迷ったが、大丈夫だと思った。


 「キース、これを使え」

 老人は、腰の刀を少女に差し出した。

「いいか、キース。闘士は強く持ち、心は穏やかに。体の中の気を刀身に集中させるのじゃ」

 そう言って、刀を手渡す老人。

 不思議そうな表情のキース。

 「よく分かんないけど、やってみる」

 木刀を真剣に持ち替え、浅瀬に入る少女。

 メジが立ち上がった。

 何度か首を大きく振り、唸り声をあげながら、標的を探している。

 老人は男たちに声をかけ、武器を構えさせた。

 再びキースを見る。

 浅瀬で足首まで水に浸かりながら、脚を前後に開き、右手で鞘を押さえ、左手で柄を握っている。

 どこからか、風が吹いてきた。

 大気がキースに集まっているような気がした。

 足元を見る。少女の足を中心に、水面に波紋が広がっていた。


 老人の技は、魔力を利用した離れた相手に対しての抜刀術。彼が知る限り、キースには魔力はない。

 だったら、この力はなんだ。

 大気の密度を変え、水面に波紋を描く力とは?


 メジがキースを捉えた。今にもこちらへ向かって来そうな勢いだ。

 男たちが弓を引く。

 老人はじっとキースを見ている。


 今だ!!


 キースが抜刀した。

 波紋が乱れ、見えない何かがメジに直撃した。

 キューンと、聞いたことのない声を上げて、メジの体が硬直した。そのままゆっくりと倒れて、また水しぶきがあがった。

 キースが老人の顔を見ている。

 老人はうなずいた。

 「やったー!!」

 両手を上げて喜ぶキース。

 少女が刀から放った力は、メジに傷を負わせることなく、生命力そのものを断ち切った。老人は、何かを訴えかけようとしている男たちに、無言で肩をすくめた。

 浅瀬に横たわった巨体は、もう起き上がることはなかった。

 

 

 村から応援を数名呼び、メジを持ち帰った一行。

 子供たちは、その巨体に大はしゃぎ。大人たちはキースが無事だったことを喜んでいた。

 眉間にしわを寄せたままだった村長も、ようやく笑顔を見せたが、その後、村の集会場にキースを呼んで、こっぴどく叱った。長としての責任もあるし、少女のためでもある。自分でも大人気ないな、と感じるほど、きつく叱った。

 村の屠殺場で、メジが捌かれているのを子供達と見物している老人。視界の隅で、キースが力なく歩いてきた。見ると、げんなりとしている。村長に相当きつく怒られたのだろう。

 老人の横に立って、大きくため息をついた。

 「お前ひとりだったら、死んでいたかもしれない」

 老人が言った。

 「わかってるよ、もう!」

 説教はもうたくさんだ、と言わんばかりに語尾を荒げるキース。顔をみると、頬をふくらませて、じっと一点を見ていた。

 教訓を講じたいわけではない。

 老人の言いたいことは他にあった。


 「なあ、キース」

 老人の問いかけに、少女は顔を向ける。

 「今までお前に剣術を教えなかったのには、理由(わけ)がある」

 一度目をそらし、またキースを見た。

 「正直、剣術を教えるのが怖かったんじゃ。お前は、生まれながらに不思議な力を持っておる。それを開放させていいものかどうか、ワシには判断出来なかった」

 首を傾げるキース。


 自覚が無いだけに、これからが心配だ。


 「だが、今日のお前を見て、ようやく決心した。お前に、剣術を教える」

 老人の言葉を聞いて、キースの表情が明るくなる。

 「ほんと?」

 うなずく老人。

 笑顔で喜ぶキース。


 ワシも、もうこの年だ。お前が最後の弟子となるだろう。あと何年生きられるか分からないが、できれば全てを学ばせたい。

 だが、その前に・・・・


 老人は少女の頭をなでる。くすぐったそうに首を振るキース。

 「普通は、力の使い方を教えるのだが、お前にはまず、力の抑え方を教えなければならんな」

 老人は、無邪気な笑顔を見ながら、頭の中で、鍛錬の内容を構築していた。

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