He has been a good companion to me.

 二人は居間に布団を敷いて、その上にごろんと横になった。

 草糸は風呂に行き、体を洗った後であったので、ふかふかの白い布団にくるまり、癒やしの肌触りを堪能していた。少年はその身一つで来るものだから、草糸は自分のシャツを貸し、それを着せて布団に押し込めた。風呂に入れといっても聞かない、銭湯にももちろん行かない。お風呂を嫌がる子供みたいだと言ったら、ぶすっとした顔を向けられた。

 いつかしらに、初めてあった日か、二人はこうして並んで寝たのだが、少年は睡眠を取らなかったし、草糸だけが眠り、目覚めて、それから病院へと出掛けた。

 あれから何週間か。少年は素直に布団の中、静かな空気が二人を包んでいる。


「今日は楽しかった?」


 明かりを消す。少年が聞く。


「はい! 君は?」

「俺は……」


 いや、俺の事はいいから、お前の事を話せと少年はもぞもぞと布団の中で動いた。


「僕はここで一人暮らしをしています。親は近くに住んでいます」


 どこどこの、どんな家に両親が居て、どんな関係かを語る。


「この家に住みたいと言った時、最初は反対されたのですが、僕が真剣に思いを語ると認めてくれました。僕がこの家に住みたかったのは祖父母の思い出があるからではなくて、まぁ、死体を保存しておくにも、一人の方がよかったって事ですよね。風呂場にも汚れや薬品が染み付くし、銭湯通いなのはその所為で」


 今も冷蔵庫に死体がある? と少年は恐れもなく聞いてくるので、草糸はある少女が居なくなったのが最後で、今は何も居ませんと返した。


「君の両親は?」

「だから俺には聞くなって」

「少しくらい、教えてください」

「……」


 一拍空けて、少年は息を吐いた。


「俺のは、クソだよ。父親はいろんな女と寝て、子供作って、責任もとらずに泣かせて、未だにそれを繰り返してる。母親はそんな父親にうんざりして別れて、俺とももう会ってない。どうでもいい、母親は他人だし、父親は死ねばいい」

「そうですか」


 考えていたより複雑だったからか、まぁそんな家庭もあるからなと納得したのか、草糸は次の質問に切り替える。


「あの、ずっと気になっていたのですが、何故君は……人を殺しても平気なんですか?」


 少年がぴくりと動く。何かつついてはいけないところをついたのかもしれないが、少年が布団から半身を起こしたので、草糸は次いで質問する。


「結さんを殺した時、君は時間が必要だと言った。それが答えなんですか?」


 少年は沈黙を貫く。やがて真っ暗な闇が震える。


「それは、俺じゃない奴に聞け……」


 意味を理解しかねた。なのに、その先を聞けなかった。草糸はお喋りな口を閉じる事しか出来なかった。


「んな話、やっぱりどうだっていいよ。それより、昼に俺が肉分けてやったのはなんでかわかる?」

「毒味?」

「知ってて食ったか……」

「レストランでまで気を張っていなくていいのに……」

「いつ殺されてもおかしくないんだよ。お前も、いつか殺されるかもな」


 少年は再び横になる。


「前も言いましたが、君の所為で死ねるなら、それは本望です」

「これだからお前は……きもちわる」


 少年はそれを最後に動かなくなった。眠ったのなら、それは草糸にとって最高の信頼関係の出来上がりだ。まぁ、それはなさそうだから、今日も起きているのだろうが。

 ふわぁと草糸はあくびをして、少年に囁いた。


 まるで、僕達は友達みたいだ――。



 朝になると、少年は布団の中から忽然と消えていた。あーあ、逃がしちゃったと草糸は寝癖を手櫛で掻いたが、少年は自由なままで、それで自分のところに再び来てくれる、そんな自然な関係を理想としていたから、飛び立った時はそのまま、行方を眩ませてくれてもいいなと思った。

 学校に行くために顔を洗って朝食を作る。トーストにミルク、さっと食べて時計を見て、玄関に鍵を支って家を出る。


 学校に着く。少し心配だったが、あの彼は休みをとっているらしく、草糸の前には現れる事はなかった。彼と彼女がいなくとも、草糸にはまだまだたくさんの友達が居る。優しくて穏やかで頭のいい草糸が、誰が間違えて人を処理していると考えようか。

 草糸は人間を解体するのは力仕事なもので、少々嫌いなのだが、人の肉を切ったり、冷蔵庫に保存したり、風呂に浮かべて薬品で溶かしたりは、正直好きであった。詰まるところ、告白してしまえば最初から最後まで死体に恍惚とし、依存していた。

 次の死者は誰か、同居し初めて、もし少年が訪ねてきたら、三人暮らしだななんて考えながら勉学に励んだ。少年は冷蔵庫を覗いて、こんにちはとちゃんと言ってくれるだろうか。

 今は少年との思い出で心が満たされているものだから、好きな人については今後の課題といえた。

 冷たく美しいあの人に恋をし、少年に会うより以前から恋心は育っていた。その人は今も綾と親交を深めているだろう、友達と遊びに行く喜びは人生を楽しくする。その人もそうであろうと、頬杖をついて思うのである。



 刻々と、時は経っていく。

 少年はあれ以来草糸の元へ帰ってこなくなった、両手広げていつでも待っているのにと草糸は我慢を強いられている。どこかで誰かが殺されましたと聞くと、そこへ行ってみる。少年がやったのではないかと痕跡を辿って近付こうとする。

 三日、六日、一週間――あっという間に時は過ぎる。

 こんなに寒くて、吐く息が白いのは、少年が傍にいないからだ。あの楽しかった一日は、たった一日で壊れてしまうものだったのか。

 草糸は待った。少年がくるように、ずっと待った。イかれそうだ、少年を思ってしてみても、イかれそうだ。少年の腕に、体に刃を入れたらどれだけ快感だろう、想像してみて、疼きが止まらなくて、沈めてみたら、とても気持ちよかった。

 気持ち悪いという口と目を探していた。風呂場に居るんじゃないかと、数多の人間が溶かされたバスタブに入った。あれだけ洗ったのにぶよぶよしたものが溝に詰まっていた、それを取り出して指で潰してみた。


「人間の肉ってこんなのかー」


 誰もおかしいと言わないので、草糸はずっと肉を潰していた。



 待ちすぎて、そろそろ逆に冷静になってきた。頭はクリアで、今ならお化けが出てきても科学的根拠をさらっと述べて、幽霊なんていないと断言出来てしまうくらい。草糸いつも以上に平常であった。


 学校から帰る。コートを脱いで掛け、夕食の支度をする。焼き魚だ、皮はパリッとし、中は柔らかい身がぎゅっと詰まっている。野菜を添えて、飲み物を持って机に置く。食べる。食べ終わる頃には、外は暗くなり始めていた。


 玄関の扉が、ふいに叩かれた。


「はーい」


 草糸は来客を待たせまいとさっと扉を開けた。そこには少年が立っていた。いつもと同じ暗い赤のコート、呼んで引っ張ってやるまで中に中々入ろうとしない仁王立ち、今回も草糸が引っ張るのを待っている。

 だから草糸は彼のコートを指で摘んで笑った。少年に会えたのだから、当たり前に笑っていた。笑う草糸に、少年はあるものを手渡した。草糸の手の上には髪留めと腕時計が乗せられた。とてもよく見た事のある、シュシュと腕時計だった。

 血なんてついているはずのない、シュシュと腕時計だった。


「今、ここで俺を殺すならお前は普通だ、だがもし――」


 言い終える前に草糸は少年の腕を引いて玄関に引き込んだ。

 居間に行く、草糸は血の付いた持ち物を目の当たりにして、尚こう言った。


「実家に帰ります」

「へぇ、中々根性あるね。でも絶望しないよう気を付けてね」


 少年を置き去りにし、草糸は実家に走った。

 部屋は真っ暗だった。明かりを点けた。両親は死んでいた。とても安らかではない顔をしていた。

 帰ったら少年は居なくなっていた。



 葬儀は何も解決しないうちに執り行われた。草糸よりも友達が泣いていた、上司も駆けつけた。上司は草糸を抱きしめたが、草糸は腕に抱かれても何も実感しなかった。

 一人になったと気付いても、迷子になってしまうというより、迷子になっているのかすら判断できず、あやふやな時は過ぎた。

 暫くは上司の家で世話になっていた。


 会いたい――。


 赤に滲んだシュシュと腕時計を見てそう思うのだ。


 会いたい。

 少年に会いたい――。




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