風と王
喜々とした表情の中に狂気があった。
威厳や悪意、更に嫌らしさといったものはない。ただ純粋な恍惚が、オウサマの笑顔という中に含まれていた。
とても楽しそうに期待の目がナギを見ていた。
抑制された死のない世界で死を与えられる、命を奪い、奪われる事の熱、痛みをやっと。
「昔彼女が言っていた」
オウサマの二夜の夜のような青い瞳がピンクの奇怪な模様に侵食されていく。
「おまえは――戦闘狂」
ナギの中で直感、瞬時に体の位置をずらす。
次の瞬間、ハサミがナギの左側を通り過ぎた。遅れて髪が数本舞った。
直感に従っていなければ腕が切れていた。ナギの頬に冷や汗。
人を切る為に作られたわけではないハサミ、さらにアンティーク調の古びたハサミともなれば人体を切断は不可能だろう。
狙いは突きと予測する、先端ならば小さな凶器に匹敵する。
だがオウサマは突きではなく挟み込む動作をしている、あくまで宣言通り指を切るつもりなのだ。
アガミは立ち上がろうとした、友を助けなければと痛む足を動かす、だが力が入らない、片膝立ちのまま助けに行けない。
「うご、けッ!」
全身が軋みを上げるほどに無理矢理拘束を抜けようとすると、月が怒り激痛が走る。
ナギの真横では再び空気が切れる、ハサミの閉じる音に血の気が引く、思わずナイフを振り回した。
「この不相応さ、とうてい人を切るものではない形状が、僕は好きだ」
「っ、いちいち、はやっいんだよ!」
目が追いついた時には既にハサミが腕の隣にある。先程から間一髪でハサミから免れている。いつハサミが接近しているのか解らない、オウサマの突いてくるスピードが早過ぎる。更に腕に近付くとハサミを瞬時に開閉している、掠めた先で髪が切れているのはその為だ。
それでもナギは負けるわけにはいかない、相手の力量に恐れていてはそのまま押されてしまう。
異能を使いオウサマの動きを制限する、オウサマは何の異能か解らぬのに対し冷静に後退を判断する。空気の圧縮をすり抜け高く飛び、一回転を加えて屋上の縁に降り立つ。着地点でよろけることなくしなやかに姿勢を整え、月光を背景に再び跳ぶ。
(投擲するナイフは、ない――)
かかってくるハサミをなんとかナイフで押し返し反撃を伺う。
頬に冷たい感触。ぴりっとする痛みと共に赤い線が浮かぶ。続いて細い血が垂れる。
一撃食らってしまった、その事実に焦燥を煽られたナギは瓦礫に躓き後ろに転がる。
「ねぇねぇ」
オウサマが直ぐ様ナギに伸し掛かった。ハサミの片刃をナギの口の中に突っ込み、もう片刃を口から出す。指を握ればいつでも口が切れる状態にする。
ナギは口内に存在を主張する凶器により喋ることも抵抗する事も出来なくなってしまった。鋼の味と自分の血を舌が舐め、刃が体内を蹂躙してくる不快感を受ける。オウサマはわざとハサミをギリギリまで閉じる。生殺与奪を握られた恐怖が、ナギの覇気を尽く奪った。
「どうです? 楽しいでしょう?」
何が、か解らない、ナギは何も答えられない。
「今まではとても詰まらなかった、戦いたくても弱いやつばっかり、勝ったとしても自分が消える。自殺の所為にして何人も殺した、だけどなんにも満たされない。月なんて頭上から照らすだけ、そんなんで支配出来るものなんて詰まらなすぎる。僕は直接殺したい、この手で、命を蹂躙したい、されたいんだよ! 殺し合いたい! 哀れな君にはわからないだろう? ねえ?」
殺人と闘争を愛する者が殺してはならぬという世界の掟と、相手のあまりの弱さに打ち拉がれる、その様は鬱屈とし、絶望がひしひしと顔に現れていた。
ナギは言葉通り相手として不足だと失望されていた、それどころか憐れまれている。それだけ実力差があるというのだ。
「ふ、へぉ」
ナギは口を動かそうとする、喋らなければ敗北は確実で、幾多の人間のように月に殺されてしまう。
強い意志の瞳を向ける。視線だけで切れそうな鋭さに、オウサマはその尖端を真っ向から受けてみたくなる。ナギの束縛を解く、口からハサミを出す。
「お前の言葉は全部嘘だ……。何か本当なのか解らない、お前が全く解らない」
「本当ならここにある。楽しい時間を過ごしましょう、でも……最後には殺してしまいますけどね」
「俺は死なねぇ。死ぬならてめぇを殺した時だ!」
言葉と同時にナギは手を突き出す。瓦礫の欠片が握られていた。
オウサマはナギの手を素手で掴み払いのける。痛み、オウサマの手は瓦礫が擦った所為で皮がめくれ血が滴っていた。
「あらら」
まるで手の鍍金が剥がれた、とでも言うように彼は冷静に傷を見ていた。普通は自分の体が傷付けば不安や動揺が生まれるはず。それを人体の皮がめくれ、血液が流れているに過ぎないと、オウサマはもう手を見てもいない。
ナギはその間に距離を取る。弾切れを起こしたなら落ちているナイフを回収しまた投げるしかない。
一つ、回収、投擲、躱される。また一つ、回収、投擲、躱される。
新たなナイフを探し走る。オウサマはそれを目で追う、事前に妨害しないのは投げられてから弾き返す方が楽しいからだ。
余裕のオウサマに焦りながらもナギは拾い集めたナイフを指の間に挟む、扇型に広げ一気に投げる。間隔をずらし、回避してもその先を更に狙うように仕掛ける。精到に計算された一手。
風に乗ったナイフがオウサマの頭上や背後に同時に並ぶ、ナイフの先端が整列する、一気にオウサマを貫く、しかし当たらない。全てが超回避とハサミの相殺で殺されてしまう。
ナギは躱される事も読んでいた、フェイントをかけた時間差攻撃を第二に放つ。だが刃はオウサマの服を掠める事も出来ない、全てハサミだけで落とされたのだ。
圧倒的な力の差が、笑顔すら消せない己の無力さを突き付ける。
そして力の差は誇りも捻じ曲げる。オウサマが弾いたナイフがナギ目掛け一直線に飛んできた、ナギは避けられぬナイフの軌道上に立っていた。
瞠若、隣を風が突き抜けていく。お気に入りのブラウスが裂けた、服だけを裂いてナイフは後方へと抜けて失速した。
わざと、外してきた――。
「オウサマ! 次は私も手伝いますッ!」
ルナがナイフのミスを主君の焦りと勘違いし立ち上がる。彼女は今まで怯えていたのだが、二夜の暴力に晒されたかつての自分を拾ってくれた、そのオウサマの為になら勇気も命も差し出せる事を思い出す。
健気な彼女は体を鞭打ち決起させる。
その時、彼女の頭上で違和感がした。
音、あの時の光景が再び再現される。高い尖塔に走る死の線、円柱の腹周りを伝い、半分に断ち切る。質量が支えを失い斜めに傾く、彼女の頭上に影を落とす。
彼女は見上げる、迫りくる質量が驚愕の瞳の中で巨大化していく、幼い体は震える。
「あ……ぁ」
あるはずは無い、すぐそこから差し伸べられる手を願った。
彼女は、無力だった。
折れた尖塔は無力な彼女を笑い、轟音を立て彼女ごと粉砕した。
白い煙が風と共に吹き抜ける、ナギは腕で目や鼻や口を守る。時間が経つと白煙はやがて収まる。茫然としたナギは崩落した尖端の下に"かつて彼女であったもの"を見つけた。瞬間、胸を裂かれるような痛みが走る。
対してオウサマは何も顔に出さず。ただ口が開いて、こう言ったのだ。
「あーあ、死んじゃったか」
この時初めてナギは戦慄した。こんな奴が……、こんな奴に勝てるはずがないと。
「つまんないね、人は直ぐにしんでしまう。人は脆い、その脆さが美しい、けれどそれが憎くもある。その弱き人を殺しただけで、消える世界なんて窮屈以外のなにものでもないよ」
彼は人であって人ではない。
彼はオウサマでものろまな能力者でもない。
彼は――。
「もっと殺させて?」
ルナの死等彼にとっては踏みつけた花の死と等しい。あまりにもあっけなく彼女の命は片付けられた、思い出も、願いも、いとも簡単に、あっさりと。
他人の死は軽いのかもしれない。だけど思い出の中で笑う人を、笑っていた人を、昨日まで傍に居た人の死を、人は悲しまないはずはないのだ!
「っ、くそがぁ!」
「皮肉なものだ、人を直接殺すのが好きなのに、天上を照らす月光に願うだけで命を消せる。初めから月なんて必要なかった、僕にはなにもしてくれない、そんなもの要らない。扉を開くんだ、君のお陰で僕は最後の場所に行ける」
オウサマが跳躍する。胸元から何かが飛び出る、それは首に掛けられたまるいペンダント。何の装飾もない、くすんだ青白い玉。
青白い玉はオウサマと共に並び、愉快に跳ねる。
ナギは飛びかかった、感情のない人間を自らの感情で引き裂くように。激情が拳に乗る、オウサマの顔面に叩きつける、だがそれはハサミにより捉えられた、挟まれた拳が裂ける。
けれどナギは止めない、拳を捻り込み刃を無理矢理抜けようとする、拳は無残に傷付き血を流す。
圧倒的な力のオウサマに遊ばれていようともナギは殴り掛かる。
オウサマは少しだけ胸が熱くなった、怒れる少年の嵐は、まるで内臓を引きずり出されるかのような恍惚を、体の底から湧き上がらせる。
今まさに闘争の最中にいるように、心臓を波打たせる。
世界が崩壊する最期の時まで一番愛した悪辣を、今なら再現出来るかもしれない。
オウサマは怒れる嵐の前で過去を告白する。
「僕はかつて殺し屋だった。殺人集団、復讐者を担うもの、とも言えた。もちろん殺してしまえば自分が消える、だから殺し屋といえど誰も殺さなかった。ある意味、その殺さない残酷さが僕を象徴しているようだと周りは言ったが、僕はそれは好きではなかった。殺せないものに意味はない」
ハサミだけでなく手の流れも使う。爪が、刃がナギをいたぶり全身に赤い線を浮かべていく。
「僕はなにも満足していなかった。弱い奴ばかり、満たされない。自殺してやろうかとも思った、小さな頃から死にたかったんだ、今になってようやくくだらない世界から解き放たれようと。だけど体が生きようとする、生きていくのに何を求めればいい? 僕は自分の生まれを呪った、何故親は僕を生み出し、必要とされずに捨てられたのか。価値のない僕は殺しを愛した、戦いを、それだけが命を熱くした。なのに、首を撥ねてやろうとしても、脳天を撃ち抜いてやろうとしても、駄目だ、消えてしまうと無理矢理言い聞かせなければならなかった、脳が殺人を拒む。僕は力を持て余した、憤りも叫べない、殺戮が禁じられた世界は地獄だった。――殺したいんだよ、争いたい、命をかけなければ意味がない! 命こそ人を本気にする、誰にも必要とされない僕が死闘を必要とする! これが僕の幸福だ、どちらかが死ぬ戦いこそ僕のやすらぎだ! わかるか? 殺したいのに殺せないんだよ! 今すぐ刺したい!」
狂った殺人鬼が嘆く。殺人鬼が殺人を犯せない世界は、狂った殺人鬼を善人にしてしまう。毒に無理矢理解毒剤を混ぜたように、世界は殺人鬼を苦しめた。
「でもようやく見つけたんだ、死んでもいいと思えるような、脳の制御をぶち壊してでも殺し合える! ただ一人の運命の相手を!」
「うあっ!」
ハサミが足に突き刺さっていた。太腿に突き立てられたハサミをナギではなくオウサマが抜く。
(ダメだ……)
意識が薄れていく、アガミが叫ぶ、ナギの視界がゆっくりと傾いていく。
倒れ込んだ時血の飛沫が床に飛び散った。力んでみても、もう立てやしない。白いブラウスは切り刻まれ、赤い色が滲み、髪は所々短くなり、顔も裂けて血が唇を伝っていた。
「怒り任せでもあんまり強くないんですね、がっかりです。やはりあの子としか――、強いあの子だけとしか、僕は楽しめない」
オウサマはナギを視界から外した、予定通り二夜を崩壊させるとしよう。
月は地上にキスをし、形あるものは砕けてなくなる。それが二夜の終わり。
終わりの世界に雨が降るだろう、逆さに掬われた雨が人の居ない世界に降り注ぐ。すべての人間が願った雨だ、喜ぶものがもはやいない大地に雨は振り続ける。
オウサマは月を呼んだ。月は速度を速める。
おわりだ、一つの世が息を止める――
(いいや、おわりにはさせない――)
ある者がこの世の終わりに瞳を血のように染めた。
この身にある力を使えばオウサマを止められる、だがこれをすれば自分は死ぬかもしれない。
だが赤い意思は迷わない、それでいい、彼が助かるなら、おわりがおわりとならなくなるならそれでいい。
「ナギ……」
赤い瞳の先、覚悟の先にはナギの姿と後に意識が抜けていく感覚があった。
眠い……
最後に見る光景は、自分の描いた夢とは到底離れたものだった。こんな終わりが、望んだもの、だったのか……。
――新しい意思の上書き、オリジナルのオウサマは消える。そしてオウサマは第二の息吹を始めた。
目を開く、青い瞳の中に他人の赤い意思があった。
他人の意思は手足の動きを確認する、右手、左手、両足、次に瞬き、呼吸といった生命機能を確認する。直接脳に命令を出し、神経を動かし指を握ってみる、ハサミを開閉させてみる。思うように、動く。
意思はオウサマとしてハサミを逆手に持ち振り上げる。
ナギは満身創痍の体でオウサマを見上げていた。オウサマが、ハサミを自らの腹に向けて、そして下ろした――。
血の飛沫がナギの頬に流れる。鮮血の熱さに頭が覚醒する。ナギは熱を取り戻す。
オウサマは一度ならず二度、三度と自らの腹部や胸部を突き刺す。痛みが怖いのか、ハサミを高く上げた瞬間眉を寄せ唇を噛み締める、覚悟したようにまた、勢いに任せて振り下ろす。苦痛と出血に膝が崩れ、一時動きが止まっても、自分がまだ動けると知るとハサミ握り直し腹に埋める。自殺をするように突起を差し込まれた体は悲鳴を上げる、夥しい量の血が辺りに降りかかる。
息が苦しく限界が近い……。
ひじゃけたハサミを、オウサマは渾身の力で握りしめる。
「う、……あぁぁぁ――!」
振り下ろす。
あまりにも壮絶だった。
二夜すら時を凍らせ、誰もが言葉を失う。
沈黙――。
その後、心臓部を破壊したハサミが、自身のその手によりそっと抜かれる。
水が切れたホースから飛び出るように血が吐き出された。赤い水飛沫が噴出する。
凄惨な彫像はそして間を置き、やがてゆっくりと重量に従い前に倒れた。
「な……、」
ナギは、這いずってオウサマに近付いた。
「なん、で……」
「トドメ……さして」
オウサマはまだ生きていた、ごぼっと口から血を吐いて手を伸ばす。手がナギに伸びて最期の一撃を切なに望む。
だが、この状況で望み通り隣に転がるハサミを突き立てられる度胸のある者はそういない。ナギも例に漏れず動けない、血の気が引いて指先から爪先まで固まっている。
何もしないまま時間が流れる、オウサマはやがて力尽き、手は死に逆らえず地面に落ちた。
無。
これで、終わったのか? 誰もが返事はないと知りつつも、誰かに問わずにはいられない。喜んでいいのか、終わりと認めてもいいのかもわからない。一抹の夢だったのではないかと、あまりの不理解についていけない。
静寂の中、やがて誰もがオウサマの死を理解し始めた、だが、終わりはまだ始まっていない。
オウサマの手が動き始めた。
「いった! いたい……、や、やって、くれるよね。痛みは……思いっ切り感じるんだよ」
オウサマは立ち上がろうと腕を立てた、だが力が入らず肘が砕け顎をぶつける。
「あ、後数秒したら立つから〜」
うつ伏せの顔から言葉が飛んできた。
信じられない。こんなになりながらも軽口を叩けるオウサマが、人間を超えた怪物が、存在している事実が。
ナギは目で追った。オウサマの体から流れた血が月に吸い込まれ赤い逆さ雨となる。人体の中にはこんなにも血が流れているのかと底冷えする量の血液が空へ上がる。
こんなものを見ていると狂ってくる。赤は現実世界を狭め、別の景色を眼前に映した。
その景色にはナギの、生きているままの両親が居た。ナギは一瞬だけ考えた、首を捻ると此処が家だと気が付く。よく知っているリビングに父と母が立っている。
「あれ?」
所々部屋が赤い、ナギはおかしな色に熱でもあるんだと思い込み目の前の二人に薬を出してくれるよう頼んだ。父が心配そうな表情をし母が直ぐ様薬箱を探る。
日常があるだけじゃないか。
薬を飲みながらテーブルに着いた。外は晴れていた、白いカーテンの先は窓が開いており、風がドレスを翻すように白い布を通り抜ける。
綺麗で優しい現実の世界だった。
(俺は今まで何をしていたんだろう)
ナギが頭をペチペチ叩き、二人に近付こうとすると何故か途端に景色が剥がれていく。
ペンキのこぼれた世界の中に誰かが立っていた、灰色の髪、父親。父親の隣に黒い髪、母親。
二人は怯えている、先程と様子が違う。
二人は怯えの傍ら受け入れていた。こうなる事を予測していたように瞳には覚悟と諦めがあった。
二人が生み出したものは、生み出してしまったものは
色が――なかった
「あ、……あ、あ」
場面があの日の惨劇に切り替わる。脳がこの先の記憶に耐えられないと判断、緊急事態に銀の色を描き始める。銀はナギを落ち着けていく、記憶等塗りつぶされて忘れてしまう。
「悪いけど、起きちゃった」
自宅の中から知らない声がした。気がつけば視界が暗かった、月の下で止めをさされなかったオウサマが完全に息を吹き返していた。オウサマは抉れた腹部から溢れてきた内臓を戻し、顔に笑顔を作る。
「旅立つ初めに僕は君を殺そうと思った。死にそうなユウラは虫の息、転がるマナコは全身動かせない、なぜなら今々僕の体で自分を刺していたからね。で、目の見えないウルワは位置も掴めない、遠くのミズガレは、死んじゃったかな。だーれも助けてくれない、君は君でなくなる、僕の旅の始まりに、さようなら」
手の中にあるハサミがナギの頭部に垂直に向かう、躊躇わぬ、一振りのそれ。
だが、それは銀の糸に遮られる。
銀の髪が羽のように舞い、ナギに掛かる。
白い服がはためいていた、透き通る肌を映し、また覆う。
ナギの頭上には天使が存在した。ナギを庇うように両手を広げ、オウサマの手首を掴む。
ナギが見上げる。それは銀の、可憐で、愛しい、愛しい、愛しい――。
己を背後に隠す天使の正体に気付く、悲鳴が喉に詰まり表情が引き攣る。
「や、やめろ……」
天使はハサミを回避した姿勢から手首を取る、そこから早業でハサミを奪い取り、オウサマの顔に一撃を浴びせる。そしてオウサマの体を押し倒し、馬乗りになって腹部から胸部を滅多刺しにする。
何度もハサミを振り上げて下ろす。血と肉が飛び、オウサマの胸部は骨も臓器も完全に破壊される。更に天使は肉の中を掻き分け脈打つ心臓を掴む、血管を引きちぎる、熱い鼓動を鳴らすそれを遠くへ捨てる。
一連の動作に気迫の表情があった、天使は悪鬼となり、人を殺した――。
「や、……やめろ……、やめろッ!」
胸が痛い。ナギの胸は痛みで引き裂かれそうだった。
もう遅いと知っていても止めなければ、そうでなければ壊れてしまう。
叫ぶ、この声よ届け、体よ動け、動け動け動け!
「ウルワァァァァッ!」
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