銀の雨
世界に色があった。遙か遙か彼方の歴史――。
***
オウサマの城の周りにざわめきが立つ。昼間から声を荒げ袋を引っ張り合うのは大の大人の男。みっともない姿を野次馬が囲み、煽ったり見下したりと忙しい。
「ざけんな! これは俺のだ!」
「俺が盗ったんだから俺のだ!」
「じゃあまた盗ってこいよ!」
ドカンと相手の腹を蹴る、若干体格の大きい男が袋の争奪戦に勝利する。転げた男は悔しそうに走っていった。向かうのは奪われるだけの国、こちら側の人間の為にわざわざ食料を作り物資を生産してくれる便利な民衆。
奪うだけの国の者はこの程度にしか思っていない、弱者に対して感情を一切抱かない故に非道な行いも日常茶飯事に行える。暴力を見せ付ければ簡単に何でも引き渡す弱者は彼等にとって都合の良い奴隷。
袋を勝ち取った男は野次馬の中から自分の部下だけ誘い出すと袋の中身を品定めし、分け合い、個人の所有物にする。
食べ物、水、日用品に武器。袋の中身は奪われるだけの国の人の労働の産物。生きていくために作り出したのに、無情に奪われた。
「みっともない事しやがって」
男達は突然割り込んでくる若い少年の声に振り返る。見たこともない長く白い髪の少年が堂々と輪の中に踏み込んでくる。
「それはあっちのものなんだろ?」
リーダー格の男に詰め寄る少年。生意気にも正義を気取ろうというのか、青臭いし愚かしい。男は説教を垂れようとする少年に心底苛ついた。
「この世界では力の強いもんが自由なんだよ」
「なる程、じゃあ俺が強ければお前達も自由に扱っていいわけだ」
どこまでも生意気な少年に男は怒りを顕にする。
ついに、男は異能を繰り出す。
男の放った異能は土。足でほじくり返した土を固めて放つ、小さな塊でも圧縮されたそれはただの泥団子ではない。当たれば確実に怪我をするであろう土を少年は横に後ろに躱す、躱して距離を取り、次の瞬間美しい軌道を描きナイフを投擲する、ナイフは土を操る男の靴から寸分離れた位置に刺さり男は冷や汗を掻いた。
「っへへ、ナイフを投擲するのは間違いだったな、こうして盗られちまうんだ」
男はナイフを土から引き抜き手に握る。ギラリと光る銀の刃が血を煽る。刺してみたくなるじゃないか、男は丸腰の少年に向かい地を蹴った。
男のナイフが少年に迫ろうという時、風が砂を運び男の目に撒き散らす。自然の悪戯とは思い難い、タイミングの悪すぎる不運。男は見えなくなった目を掻きながら闇雲にナイフを振り回した。
ヒュンヒュンと切れる空気、その音の中に肉の避ける音は混じらない。少年は更に新しいナイフを服から取り出し狙いを付ける。投擲したナイフは男に振り回されるナイフに当たり、弾き合って男の手から飛び去る。片方は土に、片方は城の壁に突き立った。
まるで狙撃手のように正確な射撃、不規則に動く物体にナイフを命中させる少年の技量に誰もが瞠若した。
だが瞠若は直ぐに敵愾心に変わる、所詮は異能か何かのトリックだ、異能ならば王の部下である限り誰もが有している、別段驚く事はない。
土の男の仲間が加勢する、多勢に無勢、それなのに少年は泰然自若としていた。
「何でそんなに偉そうにしていられる? 数で圧倒的に負けているだろうが」
野次馬も同意見だと頑なに見守る。血の気の多い荒くれ者の中にはさっさと殺し合えと刺激を求める目もあった。
「ひょっとして、華矜院だから怖い物知らずなんだろ」
誰もが疑わしく、疑わしいだけで口にはしなかった疑問。
少年の髪は碧掛かった白、白い髪は華矜院にしか生まれない華族の証。華族ならば金で、権力で全てを買い占める事も出来る、だから自分は無敵だと奢っているのではないか。
「愚かしい、ここには華族の権限も金も意味はない、華族であるだけの小綺麗なガキが勘違いしているだけだ、誰も助けちゃくれないよ」
――どこへ来ても聞き飽きた。
華矜院、髪が白いだけで物珍しく見られ、遠慮がちに扱われ、しまいには金を目に写し媚を売られた。学校の生徒は前者、大人は後者。
少年だけが白かった、両親は赤味掛かった黒髪と灰色に近い黒髪だったのに。全く色のない髪、黒に染まっていない髪は美しくもあり許せなくもあった。両親がそこに拘らず弛まぬ愛を注いでくれたからこそ、少年は髪の色に執着するのを克服出来た。
それを見ず知らずの者が蒸し返していい気分なはずはない。
「華矜院なんて知るか、これは俺だけの色なの、華族でもなんでもない、俺は俺でしかない」
「華矜院のおぼっちゃまは背伸びがしたいお年頃ですかねぇ〜」
「もうそんな年齢じゃないだろ」
「巣立ちがしたいのさ、だから気張るんだ」
「ははははは」
笑う。嘲る。みっともなく年下を虚仮にする。卑しい人間は徳すら失ってしまったのか。
「――まるで、黒だ」
オレンジ色の瞳が断言する。思い遣りを忘れ慈しみをなくし人を捨て悪に染まっていく、その色は黒、限りなく悪の色。
――ここは黒ばかり、闇よりも純粋な黒。灰色も白もいない。
常に発動し続ける異能を止められないが故に世界の一部が黒く潰されてしまった。初めから人を善人か悪人かで判断するようになってしまい、縁を先入観によって拒否までした。
「マナコ、また邪魔をするのか。いつもそうだったな、中途半端に正義振るってしゃしゃり出て、それで何も出来てなかったじゃないか。邪魔も阻止もままならないなら出てくんな」
「……すげー言われよう」
「お互い様」
「だな」
少年とマナコは顔を見合わせ笑う。
ナギとアガミ、二人は息を合わせ武器を構えた。
殺せないからこそのもどかしさ、やり辛さがあった。
剣が舞う、アガミの横薙ぎの斬りが三人を襲う。剣の切っ先に飛ばされた男達が尻もちを付くと野次馬が軽侮の激昂を騒ぐ。
「なーにやってんだよだらしない」
「ガキ相手にもう降参かぁ〜?」
「早く起きろぉ、寝てんじゃねぇ」
「うるせえよ!」
煽られた男達が苛立ち暴走する。
一人が腹周りにできた服の裂け目を引き千切り異能で操り飛ばしてくる。ナイフと同質の形状と固さに変えられた服の切れ端がアガミを襲う。アガミは鋭い眼力と怜悧な頭で軌道を予想し容易く躱す、躱せないものは剣で弾きながら服の躁者に走り寄る。
ナギはアガミの死角から近付く相手にナイフを投擲する、足元に刺さるナイフは牽制の意を込めて。更に投げられる、近付こうとすればまた銀が降る。一体何本所持していやがる――ッ。尽きる事を知らないナイフがナギの手に次々と現れる。
(邪魔な後衛を先に潰すべきか、前衛を突破してからゆっくり後衛を潰すか)
考える一人の男は異能の発動タイミングを狙う。
触った相手に麻痺を与える、触った部分限定だが相手を弱体化させるのに効果がある。その異能の使いどころ――なのだが、男は問いだけ出し答えを考えるのはすぐに止めた。頭脳を働かせるのは得意ではない、最善の策を導き出すよりも手っ取り早く触ればいい。単細胞だがそれでいいのだ、どうせそれしか出来ない。
麻痺の異能がアガミに迫る、手のひらが傷を恐れず伸びてくる。不自然に接触を試みる右手に対しアガミは斬るでも蹴るでもなくバックステップで遠ざかった。
「なんかしようとしてるでしょ」
「別に、捕まえてやろうとしただけ」
話の途中にも攻撃が繰り出される。土の異能が再び機能し、弾丸よりも大きい握り拳程の塊が投げられる。塊は当たる筈だったアガミに当たらず横をすり抜け城の壁に激突した。
「なんで当たらないんだ、いつもならこんなミスしねぇのに!」
土を蹴って乱雑に異能を加える、霧吹きのように土がアガミに降りかかるが、またしてもミスにより地に落ちる。
「調子わりぃ!」
男はただ苛つき土を蹴った。
アガミは一度ナギに合流し体勢を整えた。
「梳理と華矜院が並びたって共闘かよ」
アガミと同じく剣武を得意とする男が土の男を裏に下げ前に出て来る。同じ得物を極める者としてアガミは正々堂々と正面から剣を構える。
「梳理と華矜院は仲悪いからね。いや、最悪かな。でもオレとあの子は梳理でも華矜院でもないから、関係ないね」
走り出す。そこから斬り合い、弾き合い、赤い髪が揺れる。鍔迫り合いの形になると、両者は負けじと力を込める。ガチガチと音を響かせながら拮抗する熱。
「降参しちゃいなぁ」
「そうもいかないだろ」
ガキンッ――。
アガミが相手の剣を弾き飛ばす、驚きよろける相手に連続して足技を仕掛ける。蹴りは腹に直撃し、相手は痛みに屈んで唾を吐く。それでも直ぐに握り直した剣を振るい赤い髪を狙う、負けじと出した大振りだが、しかし髪の残像を掠めるだけで空振りに終わった。
「いっ!?」
右手に衝撃が伝う。アガミの蹴りが腕に直撃し、思わず手放した剣が遠くに飛ばされた。
「っう」
男の喉元に刃が突き付けられる。
「袋を置いて去れ」
「な、何でそんなに強いんだよ……いつも! 邪魔ばかりしやがって、そんなに力があるなら変えられるだろ! 助けてぇなら殺せばいい」
「殺せないよ、人を殺したくない」
「もう一人やってるくせに何を言う! 武器を振るってるくせに善人ぶるな!」
「……」
悪人の言葉の方が善人よりよっぽど正論なのだ。
アガミは押し黙る、自分が口だけで何も出来ていないのを知っている。偽善者が綺麗な言葉だけ並び立てている。
もしも見えたなら自分は果たして善人の色をしているだろうか。または真逆の黒か。見えない。見えればよかった。
例え望まなかったとしても、人を殺したなら殺人者。
黒か白かじゃない、黒になるか白になるか。それで言うなら自分は白を宿していたとしても確実に黒だ。人を殺し、人を悲しませた。
――生きていてはいけなかった。
――誰か悪かったのか。
――人を殺してしまった。あの赤を忘れない。
「ここに居る人、みんな鏖殺されてもおかしくないんだよ。人を殺したんだ……死んだっていいんだ……。オレたちは一体何のために生かされているのだろうな」
土に刺さっていたナギのナイフを抜く。何の思考も宿さず銀をじっと見つめるだけの目。
アガミの様子が変わり始めたのをナギは見逃さない。不安定で、いつ何処かに消えてしまうか解らない。笑っていて偽りで、口で騒いで誤魔化している。
アガミの優しさは偽善などではない、二夜の中で嘘で善行をする人間なんている筈がない。自己中心的な者の方がなか長生き出来るのだ。黙っていたっていざとなれば誰もが他人を見捨てる。中央でも、此処でも。
それなのに、食料を辺境に運び、弱い者を守ろうとする。誰かが倒れていたら必ず手を差し伸べるだろう、そんな友を、そんな人間を笑うなら、許さない。
――俺が許さない。だからこの場は仕切らせてもらう!
「そろそろ終わりにしようぜ、武器も尽きてきたから」
そう言うのも痴がましい程のナイフが両手にびっしりと並ぶ。扇の形に広げられた大量のナイフは冷たい音を奏でる。
「致命傷は避けといてやるから、後は任せたぜ」
銀の雨が降る。二夜には訪れない雨。
雨は腕に、足に刺さる。死なない程度を狂いなく刺し貫く。
誰もが言葉を無くした、銀の雨に魅入られていた。
ナギは颯と袋を回収しアガミの背を押して城に帰った。残ったのは余韻だけだった。
***
変えられない運命なら従えばいい。変えたいのなら抗えばいい。
ただ僕は従う気もないし抗う気もない。
殺したい。なんの邪念もなく、ただそうしたい。
***
ナギは考えていた。さあ、見栄を張って袋を担ぎ続けようか、それとも隣の男に甘えてしまって苦痛から開放されようか。
腕と腰を痛める原因に意識が注がれる。一層それが重く感じ直ぐ様意識を逸らした。
正直、ここ迄衰えてしまった体にショックを受けている。ナギは男だ、もう直ぐ二十歳になる大人なのに、人が入るくらい大きな袋に雑貨が詰まっている程度のものを担ぐ事も困難だというのだから。
学生鞄がこんなに重かった事はない、何かを下げている感覚が過去に重なる――。
懐かしい大地、名前を
国には皇族がおり、その下に華族がおり、一般市民がおり、それぞれ別の人生を営みながら平和に暮らしていた。華族や権力者同士の小競り合い、小規模になれば個人の争い、事件事故。生きていくにあたり避けられない争いは必ずしも存在した、ただ戦争といった沢山の命を失う悲惨な争いは封じられていた。歴史上でも穏やかな時代だったと言える、平たく言えば平和。
ナギの見上げる空は青かった、遥か遠い筈の空に突き抜けるようにして一棟の高層建築物が建つ。一巡でも最も背の高い建物、おかしいな、ナギは在るはずのないそれを見上げて家に帰った。
賑やかな街には人や物資が溢れる、土地はどんどん開拓され道が繋がり、きっと歩いて何処へでも渡れただろう。近年ようやく金持ち層に広まり始めた車という乗り物は道をエンジン音を鳴らして走る。
自然はいつも側にあり、緑は生きて人々を癒やし、蛇口を捻れば水は淀みなく流れ出た。
とても平穏な世であった。ただ……、人を殺すと消えてしまう、この不可解な現象だけが世界の異質さを示していた。異質な世界は歪で、そこに居る人間も歪で、だから水は涸れ始め、気温が上がり、それでも国は知らぬふりをし今の状態を保とうとする。
水が出なくなった――。
最高気温が上がり始めた――。
そう言えば、ナギが聞いたクラスメイトの会話の中にこんなやり取りがあっただろうか。聞き耳を立てずとも会話は何処からでも入ってくる。声、音、全ては懐かしい。
しかしナギは懐かしさより腕に痺れを感じる。
――ああ、駄目だな。重い。
ナギの回想は終わりを告げた。
悔しいが、このまま袋を担いでいても何れ倒れてしまうだろう。虚勢をとっくに見破り、ナギが根を吐くのを待っているアガミの喜ぶようにはしたくなかったが、背に腹は代えられない。ナギは袋を下ろし近くに突き飛ばした。
「マッチョになりたい……」
そうなれば袋は軽いだろう。
「いやいや止めとけ、そのナリでマッチョとか」
「じゃあ細くていいからいざという時頼れる男になりたい、筋肉ほしい」
「……細マッチョ?」
アガミは程よく鍛えられた筋肉の脈動するナギを想像した。あまりのビジュアルに直ぐに消し去った方がよいと判断しシャットアウトした。
その間にナギは袋の中身を覗いていた。
「何入ってるの?」
「えっとな」
手を入れて漁る。金属音は武器一式、布の手触りは服だろう、冷たいビンにはジャムや蜜、ボトルの中には透明な水がたっぷりと入っていた。
「うげっ」
「どした?」
ナギが片目を瞑りなるべく見ないよう取り出したのは瓶詰めにされた大量の虫。
「これはいつまで経ってもなれねーな……」
「凄い栄養があるんだけどね、オレもあんまり……」
二人してそっと瓶を袋に戻した。
「これ持って帰ろ、向こうの人達に返すわ。もう直ぐ支度も終るしやっとミズガレに会えるな」
「あ、ああ」
どことなくアガミの様子を伺うナギ。口に出して言いくるめなければアガミはここに残る決断をするだろう、だからナギは強引にでもアガミを連れて行くつもりだ。ユウラの了承は既に取ってある、願いは叶えてやれないかもしれないが、手掛かりがあれば報告しようと思っている。
その、手掛かりなのだが。
「あのさ、聞きにくい事聞くかもしれないけど、いいか? 思い出したくない事かもしれないけど」
「ああ、うん」
先の戦闘から離脱し落ち着いた所で切り出す事にしていた、予てからの質問を述べる。
「トキワについて、教えて欲しい」
その時アガミは僅かに眉を動かしたが、ナギは気付かなかった。
「トキワは、オレの兄だ……」
「それは知ってる。ごめん、トキワが誰に殺されたか……解るか?」
「知らない、兄が死んだと言うのはユウラに聞いたんだ。オレはその前に二夜に居たから」
「そっか……やっぱり」
言い難い事だが、トキワを殺したのはトキワの両親だ、つまりそれはアガミの両親にも当たる。彼らが何故息子を殺したのか、誰に命を出し息子の命を奪ったのか、探りを入れたくともまずはアガミに両親が兄を殺したのだと聞かせねばならない、そのような残酷な話を簡単に進められる程ナギは酷薄にはなれなかった。
ちらりと視線をやる、アガミは心なしか辛そうにしている。ナギが聞きたいのはアガミの親が誰に殺しの依頼を出したか、彼らの人間関係、上下関係、交友関係、そこから犯人を洗い出せればと思案したがこの様子では諦めるしかない。
よくよく考えれば、アガミの両親をユウラは殺している事になる、その話が二人の間で交わされたかどうかは定かでないが、もはやこの話題は口にするべきではないのかもしれない。
「お前の兄さんってどんな人だった?」
思い切って話の流れを変えようと試みるも、近しい内容の話題しか浮かばず結局トキワに触れる一言となってしまった。
「凄くいい人だったよ……。血の気の多い家系の中で兄は凄く穏やかだった、オレにも優しくしてくれた、いつだってあの人は最高の兄だった」
「仲、よかったんだ。いいな」
二人は歩き出す。ナギは自分の所為でこのような空気になった事を反省し袋は責任をもって運ぶ事にした、ただし引きずりながら。
とんとんと、足を動かしているだけ少し重みが紛れた。
「ごめん……」
「いや、いいよ。今凄い貴重なもん見れたから」
「なに」
「しおらしく謝るナギくんという珍獣、いや怪奇現象?」
「んだよそれ」
「ははは、ナギくんに兄弟はいないんだっけ」
「ああ。ミズガレと一緒で一人っ子。ウルワには兄が居る」
「ウルワちゃんのお兄さんねー、どんな人だろう、ひょっとしてナギくんみたいな乱暴も――ぎゃ」
アガミの膝裏に突如衝撃が走る。ガクンと膝が崩れ床とこんにちは。
これだから乱暴者なのだ。
「はー腹減ったなぁ、アガミなんか作って」
「ってて……なんでオレ」
「都合よく側にいるから。こっちの人間にはなんとなく頼みたくないんだよな……。いつもみたいに質素なの作って、ウルワも一緒に食べよ」
「それなら」
アガミは袖を捲り任せろの合図をする。
「じゃこれもよろしく」
ついでにと袋を突き付けられる。
何というか、図々しいのに甘やかしたくなってしまう。呆れつつもそれを受け取るアガミ。ナギは重みから開放された腕を伸ばした。
***
ああ、この世には死が溢れすぎている。
死を与えたものが次は死を与えられる。
それはしっぺ返しのように、或いはどこまでも続いていく繰り返しのように。
「ナギ、くるな」
ナギくんと呼ぶ事はなく、それ以上進むなと手で静止を促す。
物音がしたのは近くの部屋か。二人して調理場に立っていたところ、どこかで何かが転がる音、何かが倒れた音が響く。
それは壁を挟んだ先の何処か。アガミは調理場を出て一つだけ不自然に閉じられた扉に気が付く、ナギは静止を無視してアガミの隣に並んでいた。
「戻って、調理場に居て」
「なんで」
「オバケがいたら怖いでしょ?」
「ふざけんなよこの状況で、何かあったんだろ? 何か起こってるんだ」
秘境に住んでいたナギは知らないだろう、こちら側や中央といった人の多い場所に長居しているアガミは体験している、何度も何度も。それをナギは知らないだろう。
「とにかくまずオレが確認するから、ナギは調理場に戻ってて」
「……また、そうやって」
「知らないでいい事もある、な」
いつかの絶望の村のように、部屋の中にも見せたくない事実があるというのか。怖れ、涙し、何日も頭の中で悲鳴がするような現実が部屋の中にもあるというか。
だんだん察しがついてくるとナギの足は自然と震え出す。怖いと思ってしまった、そんな自分が酷く弱いと実感する。ナギは悔しくなり勢いのままアガミに言い返した。
「ここに居る以上いつかは知ってしまう、だから今でいい、何があるか確かめさせて……」
ドアノブに手を掛ける。あまりにも冷たい金属は反して自分が熱いから。
唾を飲む。そっと、そっと開く。扉の向こうに――
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