奪うだけの国で
死にたい男と切ない少女
「そんなに死にたいなら代わってください」
「いいよ、こんな命いくらでもあげるよ」
そう言って、転げた男は笑った。
「なんで、簡単にそんなこと言うの――?」
少女は唇を噛みしめる。
「俺は死にたいよ、殺してよ」
「わからない」
「いきたくないんだ、しんだら幸せになれるよ」
「じゃあ、……横になって――」
少女は仰向けに転がる男の腹に馬乗りになり、小さな手を喉に掛ける。
殺し方も分からない、幼い少女の最初の殺人。
「そんなんじゃ死ねないよ。もっと強く絞めないと」
少女は表情を歪めながら思い通りにならない男の首に強く力を入れる。喉に掛かっている柔らかな指が十本合わせて一生懸命気道を絞め上げる。苦しくもない、正常でもない。弱い力はそれ故の残酷さをもって永続的に男に苦痛を与える。やがては息が出来なくなる、けれど死ぬまでには全然至らない。非力な少女は残酷さを知らぬまま首を絞め続ける。
空気の流通が止まって呼吸が出来ないのに気持ちがいい、酷く落ち着く感覚に男は沈んでいた。
死にたいだけの男は少女の、まだほんの子供の手に自分の手を重ね、共に首を絞めた。折れそうな少女の指、感情を押し殺した少女の顔が愛しかった。
――雨が降っているのだろうか、頭にザァーと音がする。水が頬に落ちる。
温度差が心地良い。冷めた男、温かい少女。無責任な男の最後の始末を行う、天使のような少女は男の首を絞め続ける。
また、雨が降った。
流れる水は涙で、涙は男の頬に零れて、耳元へ伝って、鼓膜に入り、脳を縫い、男の中の何かに染み渡る。
空虚な男の首を絞める少女は一体何だろう、考えてみる。
切ない人間――。そう、それだ。
泣きながら首を絞めるのは、こんなにも愛しい少女。――まるで逆さまだ。
彼女の冷えた手が男の熱い喉に突っかかる。
温度差が、心地良い。
「好きだよ」
愛してくれ、穢れない心でもって。
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