奪うだけの国へ

第一印象は二夜の夜の月のようだった。


「かんな……」


 まるであの人のように似ていたが、髪の短さも無邪気そうな笑顔もカンナが持っていないものだ。ナギはミズガレとウルワの前に乗り出し、オウサマと少女に立ち向かった。


「人んちに勝手に上がんなよ」

「お客様を迎えに来ない人間の方が悪いんですよ」

「悪党にマナーなんていらねぇだろ?」

「人殺しという史上最低の犯罪者と同じ括りに居る以上、誰もが悪党以上の存在なわけだけど」


 売り言葉に買い言葉。罵り合いながら出方を伺うナギ。


「んまぁ、まずはそのナイフを仕舞ってくれないかな。物騒な真似はしたくないんですよ」

「じゃあ出てけ、帰れ」

「君達が一緒に来てくれるなら帰りますよー」

「何でお前についてかなきゃなんないわけ」

「それが目的だから。改めまして、私達の城に来ていただけませ」

「断る!」

「はやっ」


 茶髪の少女はナギのあまりの思考時間のなさに声を出す。ぴしゃりと跳ね除けられたオウサマはやれやれと肩を竦めた。


「色々興味があるのですよ。オウサマは何でも欲しいものは手に入れるんです、例外は、なし」


 戯けているだけだったオウサマが雰囲気を切り替える。無邪気なまま暴力を抱える。


「そんだけ敵意剥き出しにして、刺されても文句言うなよ、お前らの自業自得だ」

「刺したければどうぞ。最近も刺されて大変だったんだけど」


 いつかのユウラを思い出す。あの時の傷など既に腹にはない。


「痛い痛いって言うくらい刺して野晒にしてやるからな、俺は殺してない、お前が勝手に死んだってことで」

「なるほどね、心理の錯覚を使うわけだ」

「んな高等な技術じゃねぇよ、ホントの事だろ」

「わかった。君はあの子とおんなじなんだ、天性なんだ! すごいね」


 オウサマが言う心理の錯覚とは、一巡にあった殺しの世の極意の事。

 人を殺すと自身が消えるという現象は、実は人を殺める事で始まるわけではない、人を殺したと言う己の意識が心に作用した時発生する。

 ナギの言うように刺したのはナギだがその後出血死したのは刺された本人の問題でありナギが殺したというわけではない、そうなると消える事は免れる。

 心理の錯覚とはつまるところ殺人を事故死等にすり替える手段の事。一巡では裏の世界の人間が編み出しメディアに漏洩し、今では一般人にも知れ渡っている。

 ただ、殺しを否定し事故死であったのだと貫く強い心を持った人間にはそうそうなれない、どうしても自分が原因である事を認めてしまう、罪と感じてしまう。結局この極意は認知度があるだけで実用性はどこにもなかった。

 そしてオウサマのいう天性とは、極意を手法とせず、自然と当たり前に殺人が出来てしまう人種の事。


「人聞き悪い事言うな、俺が天性だって? そこまで人間止めてねぇよ」

「君は人の死を痛み入れない、罪悪感のない人間だよ」

「……なら、やってみるか?」

「ナギ落ち着いて。彼はナギを煽っているだけだ」


 ミズガレが肩に手を置く。ナギの態度は変わらないが、飛び掛かろうとする気配は消えた。


「一緒に来てくれるだけでいいんだよ。美味しいものも水もあげる、こちらは幸せだよ?」

「行かない。俺も、誰も」

「ほんとに? 後ろの娘も?」


 見えてはいないが、流れからして自分の事だろうと察したウルワは小さな声で行きませんと伝えた。


「何故貴方はこの子達を連れて行こうとするのですか?」


 根本的で、オウサマにとっては無意味な質問をミズガレはする。


「あえて言うなら、白い髪かな。気に入ったから欲しいってだけ。だからおいで、来ないなら、そこのお兄さんをどうにかしちゃうよ」


 この場でオウサマにとって必要ないのはミズガレ。オウサマはミズガレを脅しの材料にナギ達を同意させようとする。まだこちら側にミズガレは立っているのに、既にオウサマの手の中に繋がれた人質のような不安感をナギに与える。ミズガレの身を心配するあまりナギは弱気になる。


「俺が行けば満足かよ」

「そっちの子も」

「俺だけでいいだろうが」

「二人セットがいいなぁ、ねぇお兄さん」

「くっ」


 戦う力のないミズガレは自身を責める。戦った事もない、力量が図れる養われた目もない。だがオウサマの恐ろしさは肌にピリピリと感じる、蛮族を従え君臨する暴君はそこに居るだけで人を恐縮させる。


「私、行きます」


 決意を口にしたのはウルワだった。こうしなければミズガレがどうにかされるなら、自分が拐われればいい。少なくともナギと一緒なら我慢できる、そう思った。


「聞き分けの良い子で嬉しいな。お陰で傷付けずにすむ」

「私の出番はなしというわけですかぁ?」

「縛る必要はなくなったからねー」

「わざわざついてきてあげましたのにぃ。まぁ素敵なお兄様が拝観出来て目の保養になりましたからよしとします」


 茶髪の少女はミズガレにウィンクを飛ばす。思考が働く、ミズガレは一つの願いを提示する。


「私も連れて行ってはくれませんか。……君もそうは思わないか?」


 思いもよらぬミズガレからの熱い視線に茶髪の少女は赤面する。


「え〜、それは私と付き合いたいと言う事ですか〜。いきなり私の家に上がり込もうなんてとんだ紳士様ですね〜、でもいいですよ、私は素敵なお兄様とならなんだって」


 少女は既に紳士と二人きりで熱い夜を過ごす妄想を始める。ミズガレは少女を無視し、この提示の真の正鵠であるオウサマに目を向ける。ぎらりと輝く目、いつになく冷たいミズガレの目。


「貴方は戦力になりますか? 資源を食い潰すだけなら必要ない」

「戦う戦力には、正直なれない。だがその他でサポートする事は可能です」

「ふぅん、下っ端として自分で働くならそれもいいけど」

「……駄目だよ」


 決まりかけていた話を白い少女が邪魔をする。


「向こうで働くなんて……駄目だよ、それは人から物を奪う仕事なんだよね、そんなの、したら駄目だよ……」


 人の上に立ってまで生きたくない。

 あの夜ミズガレは言った、奪うだけの国には逃げないと。優しいミズガレの心を曲げさせて、望まぬ道へと投じさせる事はしたくない。ウルワは首を降った。


「来なくていいよ、お婆ちゃんをお願い」

「そんな……俺は君のためなら……」

「私のためだから辛いの。したくない事を無理矢理しないで」


 泣きそうな潤んだ声。ほんとはミズガレと離れたくないのだろう、それを抑えて必死に強がっている。

 胸を痛めたナギは何とかオウサマを諦めさせる手がないか探る。


「やっぱ行くの止めてぇんだけど」

「来てもらわないとダメ」

「何でそこまで執着するよ、たかが白い髪だろ」

「このまま帰ったら手間損になるから嫌なんだよね。と言うわけでおいで、こなければ家に火でもつけるから」


 非道な脅しを残し、無駄な説得をさせぬようさっさと切り上げるオウサマ。もはや交渉の余地もない。


「ごめんミズガレ、ウルワは絶対守るから、婆さんを頼む」

「ウルワ……」

「大丈夫、きっとすぐに返してもらえるから、いってきます」


 ウルワは言い終えてからキョロキョロと辺りを見回す。


「服とかどうしよう……」

「衣食住は気にしないでよいのですよー、こちらで用意しますから。それと、とって食うわけじゃないので緊張しなくていいのです。紳士のお兄様、私が妹さんと弟さんをしっかり面倒みますから安心してくださいね」


 茶髪の少女はしっかりミズガレにアピールを忘れない。ナギとウルワはかくして半ば強制的に奪うだけの国へ招かれる事になった。



「アガミ!」

「お前ら……」


 外ではアガミとユウラが鍔迫り合いをしながら戦っていた。双方服や肌に切り傷が付き、息を荒げて向かい合っている。


「二人をどうするつもりですか!」


 ユウラを押し返しアガミはオウサマに問う。


「招待するだけですよ」

「っ、なら……ならオレも帰ります。ユウラ、止めろ、オレは帰るから」

「わかったよ」


 あっさりとユウラは剣を鞘に仕舞う。ユウラにとって大切なのはアガミと二人で居られる生活。ならばその他の事情等どうでもいい。

 ナギはほっとした。アガミが付いてきてくれるなら心強い、これ程アガミという男を頼れると思ったのは初めてだった。ぎゅっとウルワの手を握った。


 いつか必ず帰ってこよう、ミズガレのいるみんなの家へ――。


 

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