第9話
女良を待つ間、ふと窓際に立て掛けてある写真が目に入った。画質から数十年前のものだと見当をつける。二、三十代の女性が微笑を浮かべてこちらを見つめていた。
美しい女性だ、と俺は思った。彼女が女良の話していた結城という人だろうか。世界を変革させる程の……いや、実際に世界を変革させてしまった、神様に等しき存在。
少しすると、女良が帰ってきた。手には新しくお茶を淹れたと思われる湯飲みを乗せたお盆があった。俺が写真を指して尋ねると、やはりその女性は結城だったようで、女良は少し恥ずかしそうに頭を掻いた。
「まだこの家を結城さんから譲り受ける前は、よくここへ彼女の研究内容を聞きにきたものです。恥ずかしい話ですが、実際はそんなもの建前で、ただ彼女に会うためだけに来ていました」
恋慕というやつです、と女良は顔を赤くする。そこには、少し気恥ずかしさを見せながらもどこか不思議そうな顔をする、一人の男の顔があった。
「ただ、おかしいんですよね。あの頃は確かに結城さんを愛していたはずなのに、今はその感情をちっとも掘り起こすことができない」
女良は苦笑した。椅子に座り、遠い目をして結城について語る。
「何もかもを見通す人でした。とても聡明で、けれど日常生活のことに関しては所々抜けているところがあって、脆い……まるで注射針のような女性でした。いえ、ただの注射針ではありません、とても細くて痛みを感じないと言われているあの注射針です。分かっていただけるでしょうか」
分かるわけがない。少なくとも、俺はあの写真からはそんな雰囲気を感じ取ることはできなかった。
「あとは、とにかく情のない人でした。いつもこの世界から一人距離を取って、こちらを冷たい目で観察するんです。一線を引いていた感じですね。その辺りは、やはり自分とKAIに対する複雑な関係がそうさせていたのかもしれません」
そんなことはどうでも良かった。俺は次々に溢れ出る好奇心を抑え、尋ねたいことを整理しながら、女良に尋ねる。
「それで……その、結城さんは今どこにいるんですか? 世界の滅亡が彼女の望んだことだというのなら、今からでも彼女を説得して――」
「それは無理です、真城さん」
しかし、女良の無慈悲な一言によって、俺は結城に話を聞くという望みを絶たれてしまった。
「結城さんはもう……この世界にはいませんから」
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