第6話
歴史とは物語であるという命題が真であるならば
果たして物語は歴史となり得るのだろうか
◆◇◆◇◆
「生まれてからこの方、わたしに知らないことはありませんでした。いえ、正確には分からないこと、理解できないことがなかったといった方が正しいでしょうか。わたしは母の胎内より生まれ出るその時から、明確な意識をもってこの世界に現出したのです。そして、知ろうと思えば、わたしは何だって知ることができた。
こんなエピソードがありました。小学校の授業中のことです。先生の説明に納得がいかず、わたしは先生の教え方や解釈についての不備を列挙して授業の改善を提案してみました。当時のわたしは、まるで神様のように絶対的な立場にいる先生という存在を、あくまで論理的に、正当に打ち負かすということに快感を覚えていたのでした。
すると、先生はどうしたと思いますか?
先生は、一瞬ですが、わたしに畏怖の表情を見せたのです。まるでわたしを腫れ物であるかのように扱って、決して変な刺激を与えまいと、非常に気味の悪い低姿勢で接しはじめたのでした。
わたしは怖くなりました。
気づいてしまったのです。わたしは、未知と謎が支配するこの世界においては、明らかに特異で、そして異質なものであるのだと。
そう、わたしは、この山奥へ逃げてきたのです。人と会うということが極端に怖くなってしまって、この人里離れた土地で隠遁生活を送ることにしたのでした。……まあ、たまにはあなたのように、こうして誰かが訪ねてくることもありますが。
そしてわたしは、わたしがどうしてわたしという存在であるのかについて研究を始めました。噛み砕いて言えば、わたしはどうして何でも知っているのかということについて、その原因を探ろうとしたのです。
先ほどの重力子の正体についても、その研究の中で発見したものです。わたしは本当に何でも知っているのか、それを知るために、わたしは様々な分野の未解決問題に手を出しました。
ミッシング・リンクについての合理的説明及び人類の起源について、リーマン予想に代表される数学の未解決問題、地球外生命体の存在を証明する方法、無から生命をつくり出す研究及び命というものの根源的な正体、ブラックホールに吸い込まれた先にある世界とそれに関連して存在が確定する、ビッグバン以前の「無」の世界、チェスや将棋、囲碁などのボードゲームにおける絶対的勝利方、永遠に破綻することのない経済構造プログラム、核分裂などの巨大エネルギーを使わずに可能な核融合システム、タイムマシン、ワープ航法またはテレポーテーション、必ず万人を感動させることの出来る芸術作品の自動生成プログラム、先程もお話しした、基本相互作用を一般化する、いわゆる超弦理論……などなど、例を挙げるのが億劫になるほどです。
そうして、とうとうわたしは辿り着いたのでした。この未知の世界に残された、最後にして最大の謎の答え――つまりは、この世界の正体についてです。
わたしはある時、気づいてしまったのです。わたしは、この世界についておよそ知らないことがなくなってしまった……のではなく、わたしの知っていることの中に、理解下に、世界が自ら変容していっているのではないかということに。
例えば、わたしが重力子の正体はグルーオンのペアだと思い込みます。それが論理に基づいた証明によってなのか、あるいは本当に思い込みの幻想に過ぎないのかは分かりませんが。
すると、この宇宙が『この宇宙は重力子がグルーオンのペアとして存在している世界だ』と、あたかも最初からそうであったかのように、わたしの望んだ形に自身を作り替えているのです。
結論から言いましょう。
この世界は、わたしの生まれた数十年前に、一三七億年の歴史を持った存在として誕生しただけのものなのでした。
まるで世界五分前仮説ですね。
『この世界が五分前に出来た存在だという仮説を、しかし我々は誰も否定することが出来ない』
わたしの行き着いた答えは、それを肯定することによって、この仮説を解決してしまったというわけです。
あるいは『宇宙は一つの細胞なのかもしれない』という宇宙細胞論を疑似的ながらも認めた形になるのかもしれませんね。
聖書によれば、神はまず天と地を創造し、『光あれ』と言って光を誕生させ、世界の一つ一つを構築していったそうです。
世界がわたしによって変異して変位して変移するならば、この宇宙はわたしの創造物なのではないか。
わたしはこれを『KAI』と名づけました。
快であり、回であり、解であり、戒であり、界であり、皆であるものです。
この世界は、わたしの本来の体、そのどこか一部が偶然見ただけの、泡沫の夢でしかなかった。世界に対してわたしはどこまでがわたしなのかといった哲学的思考がありますが、皮肉なことに、世界はどこまで行ってもわたしなのでした。
つまりわたしは、この世界の――KAIの、神のような存在なのです。
――どうです、ついて来られていますか。女良リョウ?」
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