第5話

「――はあ」

 頭の中で情報を整理する時間が欲しくて、間の抜けた声で場を繋ぐ。これは音声レコーダーの記録を文字に起こす時に大変そうだと、頭の片隅で冷静に嘆息した。取りあえず単語の意味を調べるところから始まりそうだ。

 だが女良は、これはまだ序の口だというように俺の理解を待つことなく話を続ける。

「つまりこれはどういうことかというと、強い重力を太陽の中心に発生させることによって太陽の膨張を抑えたり、宇宙船の前方に重力を配置することによって、航行速度を飛躍的に向上させることが期待できるわけです」

「……もしその理論が実用化できるのだとしたら、NASAは喉から手が出るほど欲しいでしょうね」

 唐突な滅亡宣告に誰もが驚いたが、決してその誰もが諦めたわけではない。現在はNASA主導による、四光年先のホスピタルゾーンへの地球脱出計画が企画、進行中である。だが、世界最速の宇宙船の速度は、光速のわずか五百分の一程度のものでしかない。つまり、その地球脱出の旅は、目的地まで二千年もかかるのだ。どう考えても、計画は行き詰まっているはずだった。

 ところが、

「いえ、出来ませんよ、実用化」

女良はあっさりと、まるで当たり前だとでもいうようにその可能性を否定した。

「え?」

「え?」

 部屋に沈黙が訪れる。どこからか聞こえる鳥のさえずりがいかにも滑稽だった。

 その中で、先に口を開いて沈黙を破ったのは女良の方だった。

「言ったじゃないですか、『わたしの知識がみなさんのお役に立てるかどうかは分かりませんが』と」

「それは……その、ご謙遜という名の建前だったのでは?」

「そんな! 私はただ本当のことを言ったまでです。化学式が判明しただけの薬がそんな簡単に使用を許可されますか? 理論と実践は全くの別物なんです。勘違いしないでいただきたい」

 女良は一つ二つ深呼吸をして、湯飲みに口をつける。

 ……女良の言ったことは少しおかしかった。ピッチャーの投げたボールが曲がる仕組みを理解していたとしても、実際に変化球を投げるのが難しいように、重力子の正体を知ることと、それを実際に操ることとは、確かに大きな隔たりがあるのだろう。

 だが、女良はまるで重力操作の実用化が初めから不可能であると確信しているかのようだった。「知らないの? 地球は丸いんだよ」と、今更の事実をきょとんと説明する子どものように、女良は、それを常識のごとく応えた。

 ……。

 耐えきれずに、俺はそのことを女良に訊いてみた。俺の話を聞く間、女良はずっと下を向いて、俺と目を合わせようとはしなかった。かすかに窺うことの出来た女良の表情は、心なしか硬直していたように思う。

「――何か、あるんですか?」

 俺の話を聞き終えて、女良は大きな息を吐いた。それは俺にとって、女良が何かを諦めたように映った。

「……もし、人類にもう少し時間があったなら、重力操作も実用化は可能だったかもしれません。ですがもう、重力操作は、永遠に、実用化することはないのです」

 女良は一つ一つ言葉を句切りながら話していく。下げられた顔は上がらないままだ。

「何故なら、人類の滅亡は、もう決定事項のようなものなのですから」

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