総指揮官「ノクト」

 エリス達がメイファーに連れられ控えの間を出て案内されたのは、先程とは何もかもが打って変わった部屋だった。

 そこはとにかく広い部屋であり、彼女達が待機していた部屋よりも三倍は広い。

 そしてまったく温かみが無い部屋だった。床、壁、天井に至るまで装飾の類は一切なく、冷たい石材が剥き出しになっていた。窓も無く、灯りと言えば天井から吊るされた円形の蝋燭立てと等間隔で壁に据え付けられている燭台、そして一人の女性が座っている前に置かれたテーブルで灯っている蝋燭だけだった。

 この広い部屋に、小さな一人掛けのテーブルとイスはとてもアンバランスで、エリスにはとても奇妙に見えた。

 エリスはメイファーに促され、その机の前まで案内された。落ち着かない彼女を余所に、メイファーはそのまま登録書をその机に座る女性へと手渡した。

 女性は無言でその紙を受け取ると、そのまま目を通し始めた。


 ―――無言の時間が流れる……。


 いや、この部屋に入った瞬間から、誰一人一言も発していなかった。あのユーキですら、注意深く周囲を見る事はしても何かを口にする事は無かった。

 重苦しい時間が流れ、そんな状況にエリスは慣れていない為か普段の数倍は時の流れを遅く感じた。


 ―――ジジッ……。


 普段は聞こえない様な蝋燭が炎を灯す音でさえ、エリス達にはハッキリと聞こえた程だった。


「……エリス=ランパート……。ここに書かれている事に嘘偽りはないな?」


 その沈黙を破って、目の前の女性が口を開いた。自己紹介も何もなく随分と失礼な物言いながら、その言葉には反論異論を許さない圧力があった。


「は、はいっ! ありませんっ!」


 だからエリスの声がやや裏返っていたとしても、それは仕方のない事だった。


「ふむ……」


 エリスの返答を聞いて、目の前の女性は再び熟考に入った。視線は緩やかに登録書とエリス……の横に控えているユーキを往復している。そして再び沈黙がこの部屋を支配し、タップリと数分、エリスには十数分と感じる時間の後、再び目の前の女性が口を開き漸く時が動き出した。


「申し遅れた、私はノクト=セルシオン。ボルタリオン王国参謀長を務めている。同時に勇者のみで組織された“対魔属部隊バレンティア”の総指揮官も兼任している。つまりエリス、お前の上司となる者だ。覚えておいてくれ」


 低く重く響くその声は非常に事務的で、聞き様によっては冷淡にも感じられた。少なくとも彼女の前で硬直するエリスに、その言葉から何かしらの感情を感じる事は出来なかった。


「そしてそちらがお前の聖霊様、ユーキ様か……」


 エリスの言葉を待つ事も無く、ノクトはユーキに視線を移した。


「おう、宜しくな」


 だがさすがはユーキとでも言おうか、彼はノクトの出す雰囲気に呑まれる事も無く、いつも通りの答えを返した。


「この書類には……ふむ……ベルナール、彼に見覚えはないか?」


 ユーキの無礼とも思える返答を意に介さず、彼女は自分の傍らに控えている女性の聖霊に話しかけた。この時初めて、エリスはノクトの傍らで聖霊が控えていた事に気付いたのだった。


「……ない。少なくとも今まで会った事は無い」


 ノクトと同じく淡々とした口調は、彼女が物静かで冷静沈着だと感じさせる。それがこの聖霊の元々持つ性格なのか、それともノクトといる内に影響を受けたのか分からないが、雰囲気も表情もソックリな二人だとエリスは思った。

 それと同時に、とても奇妙なやり取りだとも感じていた。

 聖霊に転生前の記憶はない。自身の名前とそれまで得た経験以外に、記憶と呼べる物は殆ど有していない事が確認されているのだ。にも拘らず目の前に座るノクトはベルナールにユーキの事を尋ねている。これは全く以て矛盾する行為だとも言えたのだ。


「ふむ。ならばこの記述通り、ユーキ様に名前を付けたのは彼女で、ユーキ様はこの世界に三日前、初めて顕現した新しい聖霊様と言う事で間違いないと言う事か……。エリス、君は知らないだろうが、聖霊様は前任者との記憶を失っていても、その後一時的に帰還する天界での記憶は持ち合わせているのだよ。もっとも殆どの事は話して貰えないが、見覚えのある聖霊様かどうかぐらいは教えてくれるのだ」


 補足説明を簡潔に行い、エリスの反応を待つまでも無くノクトは再び思案に入った。彼女が何を考えているのかエリスには思いもよらないが、ただ単純にユーキが数百年ぶりの新たな聖霊だと言う事を驚愕して熟考しているだけではなさそうだと言う事は理解していた。


「エリス、この用紙には記入されていないが、彼の得意とする武器や、彼特有の特殊な能力はお前も知り得ないのだな?」


 そして再びエリスに質問が投げ掛けられた。


「は、はいっ!」


 先程ユーキは飄々とした態度で返答していたが、エリスにはとてもその様な事は出来そうも無い程彼女の声には重みがある。


「そうか……彼はこの数百年で最も新しく顕現した聖霊様だ。何か特別な能力を有していると考えたのだが……」


 そしてノクトは何度目かの考える仕草を取った。エリスはそこで始めて、彼女が困惑していると言った感情を読み取る事が出来たのだ。

 彼女の言う通りユーキは、数百年間現れなかった全く新しい聖霊だ。記録上、四百年前に顕現した聖霊を最後に、新しく出現した記述は無い。

 それ程の期間を空けて顕現した聖霊だ。何か特殊な能力を保持しているとノクトが考えたのだろう事をエリスは今気付いたのだった。それまで聖霊の、ユーキの事を真剣に考えた事の無かった彼女には思いもよらない考えだった。


「ユーキ様、貴方には今までの聖霊様には無い能力が備わっているのですか?」


 彼女の質問は回りくどいものでは無く、何の思惑も感じさせない核心を突いたものだった。もしユーキが意図的に自分の能力を秘匿しているとすれば、これ程かわし易い質問は無いだろう。


「それについて、俺の口からは言えない」


 その瞬間、エリスはギョッとした。彼がやはり普段と何ら変わらない口調で、シレッとそう言い放ったからだ。再三に渉る失礼な物言いに、流石のエリスも注意しようと口を開きかけた。


「フ……フフフ……アハハハハハッ!」


 ユーキを叱責しようとした矢先、エリスの口を封じるかの様にノクトの大きな笑い声が室内に響いた。広い石造りの室内にその声は反響し、まるで大勢の人間が一斉に笑っている様だった。


「言えない……のですね?」


 一通り笑い終えたノクトは、楽しそうな口調で確認する様に問い直した。彼の返答は余程楽しいものだったのだろう、彼女の目には涙が浮かんでいる。


「そう、言えない」


 再びそう答えるユーキ。彼の態度は彼女の哄笑こうしょうを見てもなんら変わる事は無く、いつもの口調で真剣なのかふざけているのか短くそう答えた。


「ならば私達が貴方達の戦いから知っても、何ら問題ない訳ですね?」


 先程よりは幾分真剣な表情で、ノクトはそれでも楽し気にユーキへ問うた。彼女はあの僅かな会話で、ユーキの状況をある程度理解した様だった。


「それは構わないよ。隠すつもりは無いんだから」


 奇妙な物言いだとエリスは感じていた。「言わない」のに「隠していない」とはどの様な謎掛けだろう。

 ただ彼女は先程ユーキと話した内容を思い返していた。その時も彼は今と同じ様な事をエリスに話していたと思ったのだ。


「エリス、少し私の考えをお前に話しておこうと思う」


 考えが纏まらずウンウン唸りだしそうだったエリスにノクトが声を掛けた。その声は先程と比べると随分穏やかで耳障り良く彼女に染み込んでいく。


「まず私は、ユーキ様が数百年ぶりに新しく顕現された意味を考えた。今魔属との戦闘は小康状態を保ち大きな変化は無い様に思われる。だが時勢は何時変化するか分からない。そう言った意味で新たな聖霊様の顕現は、我々人属にとって戦力補給となり得、有難いのだが……」


 ノクトはそこで言葉を切った。指揮官としてでは無く一人の人間として、言い難い言葉が続く事に躊躇したのだ。


「新しい聖霊様は通例で考えれば全く経験を持たない。勇者化しても恐らく大きな力を得る事は無いだろう。魔属と対峙しても善戦はしようが、大きな戦果を挙げる事は難しく、そしてその勇者は恐らく力尽きる事になるだろう」


 その言葉にエリスの体がビクッと震えた。今まさにその新たな聖霊をパートナーとしている彼女にしてみれば、現場指揮官から死刑宣告を受けている様なものだからだ。


「それでも聖霊様にしてみれば、それも折り込み済みの結果に過ぎない。何故なら今までの聖霊様はそうやって強くなって来たのだからな」


 ノクトは溜息混じりにそう語った。お伽噺にも出て来る様に、聖霊は勇者の得た経験値を持って、その勇者の死後新たな宿主へと顕現する。その行為を繰り返して強力な勇者を生み出す聖霊となるのだ。


「だが今までと同じ能力を有した聖霊様が今現れても、此方としてはその経験を積ませる運用は出来ない。平たく言えば聖霊様を強くする為に、一般兵と大差ない勇者を死地に送り込む様な配置をする事は出来ない。先程も言った通り、今すぐに戦力の補強が必要な程事態が切迫している訳でも無い。戦力は多いに越した事は無いが、死を前提にした運用は取れないだろう。そしてそんな事は天界も承知している筈なのだ」


 聖霊は自然に湧いて来る物では無い。

 人属と魔属の争いに直接加担している訳では無いが、天界に住む天属から人属に齎された種族だと人々は認識している。そしてその事を、天界の住人達も認めている。

 天属は魔属から直接の被害を受けた事が無いのでこの戦いに直接加わる事はしないが、余りにも不均衡なパワーバランスを保つ為に、人族へ聖霊を送り込んだのだ。


「だから私は、ユーキ様に今までとは違う能力が備わっていると考えた。今、この時代に数百年の時を置いて新しく顕現する事には、何か意味があると考えたのだ」


 犠牲を必要とする聖霊の成長システムでは、劇的に急成長する事は出来無い。一線で活躍出来る様な勇者となるだけの経験を得るには、やはりある程度の犠牲が必要となるのだ。

 だがそれをどうにかして省略出来る様なシステムをユーキが有しているのならば、これからの勇者育成、運用に大きな転機が訪れる。


「残念ながらユーキ様からその言葉を聞く事は出来そうにないが、今までに無い何かを有している可能性があると私は感じ取った。そしてそれを知る為には……」


 そこまで話して、ノクトは再び考えに入った。その間エリスはただ彼女の話を聞く事しか出来なかった。

 数百年ぶりに新しく顕現したユーキにそんな可能性があるなんて、今まで考えた事も無かった。ただ先程ユーキと話した時に、エリスでは理解出来ない不可思議な事を言っていたと思い起こしていた。


「次世代……試作……」


 エリスはその時聞いた不思議な単語を口にした。小さく、途切れ途切れに呟いた言葉に、ノクトは激しく反応する。


「エリス、今、何と言った!?」


 その剣幕にエリスは気圧されて、折角思い出しそうだった言葉が一瞬で吹き飛んでしまった。


「い、いえ、先程ユーキと話した時に彼が言ってた言葉です。じ、次世代何とかと……」


 シドロモドロに答えるエリスの言葉を聞いたノクトは、その視線をユーキに向けた。


「ユーキ様、私達には話せなくとも、エリスには話して良いのですか?」


 その言葉は責めているのでは無く、確認している様な物言いだった。


「勿論だよ。彼女と俺は一心同体だからね。彼女に隠し事をするつもりは全然無いよ」


 ユーキがもっともだと言わんばかりの表情で答えた。


「ただ、今すぐに全てを話す事は出来ない。彼女と俺の間にはクリアしないといけない幾つもの問題や障害があるからね。話せる様になったらその都度話していく事になるんじゃないかな。それに……」


 そう言って彼はエリスを横目で見ながら、悪戯っぽくニヤリと笑った。


「彼女はほら、あまり物分かりが良い方じゃないからねー」


 そしてクククッと含み笑いを漏らした。

 一瞬の間を置いて、エリスは彼が自分を馬鹿にしているのだと気付いて顔を真っ赤にした。


「ちょっと、ユーキッ! それ、どういう意味で言ってんのっ!?」


 そしてユーキの方へ向き直り、そのまま手を挙げようかと言う勢いで詰め寄った。彼はキャーキャー言いながら飛び回りその攻撃を回避している。

 そのやり取りを咎める事も無く、ノクトは幾度目かの熟考に入っていた。今のやり取りからユーキの隠された能力を探ろうと思考をフル回転している様だ。


「ちょっと―っ! エリスさん―っ! ユーキ様―っ! 総指揮官の―御前ですよ―っ!」


 一向に注意しないノクトに業を煮やし、ワーワーと騒がしいエリスとユーキを注意したのは傍らで控えていたメイファーだった。彼女の話し方は間延びしたノンビリとした物だが、場を弁えた礼儀正しい側面がある様だった。もっともその口調と容姿からは大人の女性と言うよりは、修道院の保母さんと言った印象を強く受けるのは彼女にとって不本意な事かもしれない。だがこの場においては効果絶大で、自分の立場を再認識したエリスは慌てて姿勢を正した。その間もノクトは気にする様子も無く考えに浸っており微動だにしなかった。


 ―――ドンドンドンッ!


 エリス達が騒ぐ事を止めたので、再び静寂に包まれた部屋にドアを叩く音が響いた。

 ノックでは無くかなり強い、まるで急かす様な叩き方だった。

 その来訪者に対応しようとメイファーが扉へ向かおうとした矢先、此方の返答を待たずに荒々しくドアが開け放たれた。

 メイファーは勿論エリスとユーキが注視する中、扉をくぐり部屋に入って来たのはエリス達が先程会った貴族のエイビスだった。その顔に不満の表情をありありと浮かべて彼はズカズカと足音も荒く入室し、そのままメイファーやエリス達を気に留める事も無く足早にノクトの座る机の前までやって来た。

 その無礼とも言える振る舞いに、メイファーもエリスもハラハラとした面持ちで注目していた。例えどんなに寛容な人物だったとしても、ここまで無礼な振る舞いを許すかどうか怪しく、ましてノクトが温厚で寛容な人物とはエリスには到底思えなかった。

 机の前に到達したエイビスは怒りの表情でノクトの第一声を待って居る。対してノクトは目を瞑り未だ思案に耽っているように見えた。

 彼女にして、目の前に人が立っているのを気付かないと言う事は考えられないのだが、それでもノクトは何の反応もエイビスに見せない。


「これはどういうことか説明してもらおうっ!」


 業を煮やしたのだろうエイビスが口を開いた。間違いなく上官に対してこの物言いは失礼極まりないものだ。例え彼がどれほど有力な貴族の出自であっても、弁えなければならない礼と言うものがあり、エイビスの態度は明らかにその礼を失していた。


「エイビス=アノンシュタイン。私は貴様をまだ呼んでいないと思うのだが?」


 目を開ける事無く、ノクトは目の前のエイビスにそう言った。

 その言葉は重く、先程の様に柔らかい所はまるで無く、僅かに怒気も含まれている様に感じられた。それを聞いたメイファーやエリスは勿論、普段は飄々としているユーキもギョッとした表情でフリーズしてしまっていた。

 当然その言葉を直接浴びせられたエイビスは、彼女達の比では無い圧力を一身に受けている。表情は怯んだ様になり、瞬時に額から汗が吹き出し、僅かに半歩後退っていた。


「た、確かにまだ呼ばれてはいない」


 しかし流石の胆力なのか、それとも貴族の意地なのか、彼はノクトに反論すると言う偉業を成し遂げようとしていた。


「だ、だが長々と待たされるその理由が、こんな小娘よりも後回しにされた等到底納得出来るものでは無い。理由を聞かせてもらいたいっ!」


 彼にしてみれば例え査定の順番であっても、庶民のエリスより後と言う事は承服出来ないのだろう。彼にとってそんな理解し難い理由を聞く事は当然の権利だと思っているのだ。

 その相手が例え“バレンティア総指揮官”だろうと“ボルタリオン王国参謀長”だろうとである。


「それを貴様に説明する義務はない」


 だが彼のそんな思惑はこの言葉で一蹴されてしまった。そしてこの言葉はエイビスの自尊心に大きな火を点け、彼の顔はみるみると真っ赤になり、今にも爆発しそうな怒気を表情に湛えていった。


「だが……そうだな。丁度いい」


 もう僅かにノクトの声が遅ければ、エイビスは何をしでかしていたか分からなかった。しかしその機先を制して彼女が発言した事により、エイビスは出鼻を挫かれた形となり爆発寸前であった怒気も一気に抑えられてしまった。


「な、何が丁度良いと言うのだ?」


 怒りを爆発出来ず拍子抜けしたエイビスの問いかけは何処か滑稽だった。


「彼女、エリス=ランパートの勇者クラス認定に手間取っていてな。彼女の聖霊様は今までとは少し様なのだ。悩んでいた所に貴様がやって来た。ここは貴様と彼女で模擬戦を行い、各々の勇者クラス認定をする基準とさせて貰おうと思うのだが、どうだ?」


 勇者クラスとはその名の通り勇者の格を表すものだ。クラスが高い程格が高く、それはそのまま戦闘力が高いと言う事にもなる。勿論ただ強いだけでは高いクラスをもらう事は出来ないが、それは一つの目安となり少しでも高クラスを勇者達は目指すのだ。

 当然エイビスも出来るだけ高クラスの勇者になる事を望んでいるのだろう。彼女の言葉を聞き、明らかに目の色が変わった。


「勿論望むところっ! ……と言いたいが、この小娘が相手で私の真価が図れるのか?」


 そう言うとエイビスは、ユックリとエリスの方へ振り返った。彼女を見る彼の眼は明らかに見下したものである。更にその奥には狂喜とも取れる炎が垣間見え、エリスは反射的に後退った。


「問題ない。先程も言った通り、彼女の聖霊様は些か特別製だ。貴様も存分に戦えよう。その上で彼女の能力をような戦いだったなら、それを貴様の査定に加味しよう」


 手加減無用の告知にエイビスの口角は吊り上がり、エリスの表情は怯えたものとなった。


「それならばこちらとしても望むところ。我がアノンシュタイン家の武芸、総指揮官殿にたっぷりと堪能して頂こう」


 どうやらエイビスの方は話が纏まった様だ。だがそのとばっちりを食う形となったエリスの方は一気に不安が圧し掛かって来ていた。エリスも模擬戦がどう言った物かは辛うじて知っており、ノクトの話ではどうやらエリスはエイビスと戦わなければならない様だった。

 しかしエリスにとってユーキと協力しての戦闘は、今回が初めてと言って良かった。どうなるのか、どうすれば良いのかまるで見当が付かなかった。


「あ、あの……」


 何とか異を唱えようと声を出すが、上手く声量をコントロール出来ない。出てきた言葉はか細く、到底彼等に聞こえる様な程では無かった。


(な、なんか大変な事になっちゃった……)


 不安に駆られて委縮するエリスは、どうしていいか解らず視線が宙を彷徨い、そして行きついた先はすぐ隣で手を頭の後ろで組みつまらなさそうに浮いているユーキだった。


「ユーキ……大丈夫かな……?」


 今のエリスに正常な思考は持ち合わせていない。普段はあれほどユーキを、聖霊を嫌い本来ならば話し掛ける事等無いのだが、彼女にとって異常とも思えるこの状況がユーキに縋るという選択肢を取らせた。


「ん? まー大丈夫なんじゃないかな?」


 そんな満面の不安顔なエリスに対しても、ユーキは普段と同じ様に楽天的な答えを返したのだった。



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