ユーキとの「宥和」

 メイファーに連れられて、エリスは王城の一室へと案内された。


「こちらが―エリスさんと―ユーキ様の―お待ちいただく―お部屋となります―」


 どう聞いてものんびりした口調で部屋の説明をしながら扉を開き、エリスを中へと促すメイファー。それを受けてエリスは恐縮した様にオズオズと入室した。そんな彼女を、後から入ったユーキが追い抜き、興味津々と言ったていで部屋中を眺めまわしている。

 王城にある一室に恥じず、エリスが待機する様な部屋と言っても随分と広く豪華だった。

 室内は極めて簡素である。備え付けられている調度品はローテーブルに向かい合ったソファー、窓際には小さなテーブルと一人掛けのソファーが一対、壁際にローボード、以上だ。本当にこの部屋は、来城した者が待つ為に通される控えの間なのだろうが、驚くべきはその広さと、使われている調度品の豪華さだった。

 広い部屋の床全面には、毛足の長いフカフカの紅い絨毯が敷き詰められている。

 置かれている計二脚のテーブルは、重厚で高価な木材を使用しているのが一目で分かる代物であり、それを恐らくは腕の良い職人が手の込んだ細工を行い、表面を磨き上げたのだろう。エリスが見た事もない様な美しく鈍い輝きを放ち鎮座していた。

 そしてそれは壁面に沿って置かれているローボードも然り。それぞれのテーブルに併せて据え置かれているソファーも一見しただけで高級なのが分かる物だった。

 窓に掛かるカーテンですら、金糸にて細かな刺繍が施された逸品であり、エリス達が先程通って来た城下町にある宿屋の最も高価な部屋でさえ、これ程の調度品を揃えてはいないだろうと思わずにはいられなかった。

 エリスはこの部屋の醸し出す壮麗な雰囲気に圧倒され、部屋の入り口から歩を進める事が出来ずにいた。それに相反してユーキは部屋中を飛び回りテーブルやソファー、ローボード等をしきりに見て回っていた。

 しかし彼の興味はすぐに別の物へと移行する。

 部屋の中央に設置されているテーブルの上に、如何にも美味しそうなお菓子が据え置かれていたのだった。それを前に、ユーキが問答無用ですぐにかぶりつかなかったのは奇跡に近いと言えた。


「エリスーっ! このお菓子、食べても良いよなっ! なっ!?」


 待ちきれないと言った様子な彼の声も、今のエリスには聞こえない。


「エリスさん―どうぞ中へ―」


 ドアを入った所で立ち尽くす彼女を、メイファーが優しく促した。殆ど条件反射の様に頷くと、呆然としたままエリスは漸く部屋の奥へと入って行き、ストンとソファーに腰掛けた。


「きゃっ」


 だが今まで座った事の無いソファーの感触に、エリスは小さく声を上げた。高級感溢れる外見通りの座り心地は申し分ないのだが、それは彼女の想像とは全く違うものだった。

 想像以上の柔らかさ。まるで羽毛の上に座った様な、何処までも沈んでいくと錯覚する位の柔軟性を彼女は感じたのだがそれも最初だけで、程なく絶妙の固さが圧し掛かる体を支えたのだ。柔らか過ぎず固過ぎない、想像を超えた感触に彼女は感心した。


「エリスさん―どうかしましたか―?」


 しかしエリスの小さな悲鳴をメイファーが気にかけた様で声を掛けて来た。


「い、いえ……なんでも……」


 慌てて答えるエリス。まさかソファーが予想以上でした等と答えるのも変だと思われそうで彼女は言葉を濁したのだ。


「なー、もう食って良いだろ?」


 そんな彼女に先程からお預けを食っているユーキが催促する。彼は目の前の御馳走を食べたくて堪らない様子だ。


「……ふぅー」


 そんな彼を見ていると、エリスには部屋の内装に圧倒されている自分がバカバカしくなってしまい、逆に平静を取り戻す事が出来たのだった。


「あの……メイファーさん。このお菓子、頂いても良いのでしょうか?」


 恐らくは来客用に用意されたお茶菓子である事は想像出来、手を付けても注意される事は無いと思われたが、無遠慮に食べるのもどうかと考えたエリスはメイファーに確認した。


「どうぞどうぞ―沢山召し上がってもらって―結構ですよ―」


 エリスがソファーに座ったのを見計らって、ローボードでお茶の準備をしていたメイファーが背中越しに答えた。

 その返答を確認してユーキに眼をやると、彼は瞳をキラキラとさせてエリスの言葉を待って居た。


「……好きになさい」


 言うが早いか、ユーキは大食い競争でも始めた様に、両手でお菓子を持ちかぶりつき始めた。自分の体程あるお菓子を満足そうに食べるユーキへエリスは呆れた視線を送った。そんな彼女の前に、メイファーがお茶の注がれたティーカップを置いた。


「あ、ありがとうございます」


 恐縮しつつも良い匂いを立ち昇らせているそのお茶に、エリスはすぐさま手を伸ばした。彼女はここに来るまでの出来事でかなり喉が渇いていたのだ。そのお茶は香り同様に味も申し分なく、エリスの動揺や不安と言った感情を随分と和らげてくれた。


「さて―エリスさん―。貴女には―これから―この用紙に―必要事項を―記入していただきます―」


 そう言いながらメイファーはエリスの正面に腰掛け一枚の紙を差し出した。


「あの、メイファーさん……これは……?」


 その用紙を手に取ったエリスは内容を確認した。表題には“申請書”と見て取れ、記入が必要と思われる欄がいくつもあった。


「そちらは―新たに―勇者となった方が―記入して提出して頂く―勇者登録申請書と―なっております―」


 エリスは彼女の説明を受けながら改めて用紙に目を落とした。確かに自身の名前や年齢、性別と言った項目から出身地に家族の氏名、顕現した聖霊に付いての項目も多数確認出来る。


「聖霊様の特性上―情報を―集積した方が―今後の為に―有益ですので―皆さんに―記入していただいております―。因みに―この記入も―義務となっていますので―拒否は―出来ません―」


 そう言ってメイファーはエリスの前にペンとインクが入った瓶をそっと差し出した。

 聖霊は宿主がその役目を終えた時に、それまでの経験を持って宿主から別れ新たな宿主の元へと顕現するのだが、その時以前の記憶はほとんど失われると言う。自分の名前は辛うじて憶えているが、その他の記憶は殆ど抹消されているのだ。

 以前の宿主がどんな人物で何を得意としていたのか、そしてどういった状況でどの様な最期を遂げたのか。それらの情報を再顕現した聖霊から得る事は出来ない。

 辛うじて憶えている聖霊自身の名から出来るだけ情報を得る為にこの様な申請書を記入、提出してもらい、それを保管して次に活かす。これはこの数百年続けられてきたシステムであった。そのお蔭でどこの誰が死亡し、そのパートナーたる聖霊はどの様な特性を持ちどういった性格なのかを把握する事が出来る。

 基本的に聖霊から宿主に使用する武器や戦い方を指示する事は殆ど無く、宿主が要望した通りの武器を具現化する事が可能だ。だが経験と言うのは分散して得るよりも集中した方が効率も良く、同じ武器を使い続ける方があらゆる武器を扱うよりもずっと効率よく経験を蓄積していけるのだ。

 新たな宿主も自身の好みで武器を選ぶより、多少苦手はあってもそれまで聖霊が最も多く経験して来た武器を使う方がより上手く強力に扱えるのだ。それは偏に生存率を上げる事にもなる。その為にも事前情報は多いに越した事は無く、こういった地道な情報集めが有効となるのだ。


(まるで……遺書か死亡同意書みたい……)


 だがエリスはこの用紙に目を通し違った感想を持ったのだった。

 勇者に関する覚書と言えば聞こえは良いが、とどのつまりは次の宿主への連絡事項であり、死ぬことが前提だと認める用紙を前に気分の良い者は居ない。


「それでは―エリスさんは―記入の方を―お願いしますね―。私は少し―席を外しますので―戻って来るまでに―お願いします―」


 メイファーはそう言って立ち上がりサッサと部屋から出て行った。

 扉の閉まる音を背中越しに聞いて、エリスは再び用紙と向かい合った。その用紙の向うには、一心不乱にお菓子を貪るユーキの姿が見える。


「……ユーキ」


 溜息と同時にエリスはその名前を呟いた。しかし彼は食べる事に夢中でその声に気付いていない。


「……ユーキッ! ちょっと聞きなさいっ!」


 その態度にも腹立たしいが、何より二回も彼の名前を呼ばなければならない不快感に苛立ちを隠せないエリスの語気はきつくなり、声もやや大きくなった。

 ユーキにしてみれば突然大声で呼ばれ驚いたのだろう、体を大きく震わせて口に多くのお菓子を頬張ったままエリスの方を向いた。


「少し……真面目な話があるの」


 ユーキを直接見ない様に目を伏せながらエリスは彼に話し出した。ユーキも口の中に入っていたお菓子を呑み込み、改めてエリスと対峙した。


「……いずれ……こうしてあんたと話し合わなければいけないとは考えていたの……」


 ―――そしてエリスは重くなった唇を動かして話を続けた。


「それにはまずハッキリとさせておかなければならない事がある……」


 ―――彼女にはここに来て、いやモルグ村を発った時からずっと考えていた事があった。


「私は……あんたが嫌い、大嫌い。あんただけじゃない、あんた達聖霊が嫌いなの。私から大事な人達を奪っていく、あんた達聖霊と言う存在が大っ嫌い」


 ―――エリスはユーキを初めて見たあの朝の様に、自分の中から湧き上がる感情を必死で抑えながら話している様に伺えた。


「本当は一瞬たりとも一緒に居たくない。こうして話し掛ける事も本当はしたくないの」


 ―――そしてあの朝から彼女が彼に取り続けた態度を、改めて口にした。


「もし出来るなら、あんたなんかとは別れてしまいたい。勇者なんかになりたくないし、魔属と戦うなんて私には考えもつかない事だわ」


 ―――テーブルに置いた彼女の両手は強く握られブルブルと震えている。


「だけど……この登録書を見て、改めて実感したわ。もう逃げられないし戦わずに居る事も出来ないって……」


 ここでエリスは顔を上げてユーキの方へ目を向けた。彼女の方を向いてその言葉を聞いているユーキと視線がすぐに交錯するも、彼の眼を見たエリスは僅かな違和感を持った。これだけ一方的に、ユーキにとって理不尽とも言える言葉をぶつけられているにも拘らず、彼の表情にはエリスの思っている様な表情が浮かんでいなかった。

 つまりエリスに対して怒りや戸惑い、不満や反発、その他彼女に対する負の感情が見て取れなかったのだ。それどころか、何かしらの反論をしようとする様子も見られない。

 目の前のお菓子を食べている途中で呼び止められて手を止めている。本当にただそれだけといった表情で、停まったままであった。


「だからあんたを受け入れてあげる、使ってあげるわ。だからあんたも私に力を貸しなさい」


 だがエリスの言葉は止まらない。言いたい事を言い切らないと、わざわざ改まって切り出した意味がないからだ。

 エリスは、残念ながら彼女がどれほど強くそう願おうと、現実的に生き残る事は難しいとも考えていた。それは自分の父母、幼馴染達が誰一人返ってこなかった事からも明らかであり、彼等は少なくともエリスよりは戦いと言うものを理解している筈だった。

 隣に住んでいた、兄のように慕っていたベインは幼少時から剣の稽古を行っていた。

 妹の様だったチェニーも、両親から護身術の手解きされていた事を覚えている。

 エリスの両親がどれほど戦いと言うものに精通しているか知らなかったがこんな時代である、多少武術の心得があっただろうし、少なくともエリスより無知だと言う事は無いだろう。

 しかし彼女は今まで、全くと言って良い程戦いや争いに対する備えをしてこなかった。

 それは今まで必要なかったと言う事もあり、また彼女自身興味が無かったと言う事もあった。自分が勇者に選ばれる等思いもよらなかったと言う事も一因だ。

 とにかく魔属との戦いに直面して、自分が最後まで生き残れるとは到底考えられなかったのだった。

 だが彼女はこの状況を甘んじて受け入れ、そのまま魔属に殺されるつもりなど毛頭ない。

 最期まで抵抗し、足掻き、その中から僅かに生き残る光明を見つける事は出来ないかと考えているのだ。

 しかしその為には聖霊の力が必要なのは間違いない。

 だからエリスは断腸の思いでユーキにそう告げたのだ。


「うん、それでいいよ」


 そんなエリスの決心とは裏腹に、ユーキから返って来た返事は拍子抜けするほど簡素だった。

 彼女の言い方は明らかに命令口調であり、上からの物言いだった。こんな言い方をされては、大抵の者は気分を害する筈である。

 だがユーキがエリスの口調を気にした様子は無く、彼女の言葉に憤ったり不満を感じたり驚いたり悲しんだりと言った表情は伺えなかった。ましてや嬉しそうだったり楽しそうだったりも無い。

 ただお菓子を食べていた時に声を掛けられ、何かを言われたからそれに答えた。一連のやり取りを、流れに沿って行っただけの様にエリスは感じたのだ。


「……え……? あんた……それでいいの?」


 だから逆にエリスがそう問い返してしまった。自分が彼に対して余りに理不尽な物言いをしている事を、彼女自身も理解していたからだ。

 エリスとしては、それでユーキが自分に対する反発心や反抗心を露わにしてくれた方がやりやすいと思っていた。むしろそう仕向ける様に、わざと先程の様な言い方をした側面もあった。

 彼女はこれまでも、そしてこれからもユーキを恨み憎み続けるだろうと考えている。それが例えお門違いだとしても、彼女は聖霊と言う存在が許せないのだから。

 それならばユーキにも自分に良い感情を持って欲しくないと思っていた。いっそこちらと同等か、それ以上に強い負の感情で接して欲しいとも考えていたのだ。


「うん? それでいいよ」


 だがユーキの返答は本当に素っ気ない物で、そう答えた彼の興味は目の前に残るお菓子に向けられている。


「……フッ……フフフッ」


 余りにも拍子抜けな対応に毒気を抜かれ、エリスの口から笑いが零れる。それまで頑なに抱え込んでいた物が、エリスの口から笑いと共に流れ出る気分を彼女は感じていた。


「あっ! エリス、今笑ったよね?」


 その笑い声を聞いたユーキは、今度は驚きと喜びの入り混じった表情でエリスを見た。彼女がユーキの前で笑う等、彼が顕現してから恐らくこれが初めての事だ。


「わ、笑ってないわよっ!」


 その指摘にエリスは顔を赤らめて反論し、瞬時に笑みを引っ込めて無理やり不機嫌な顔を作って見せる。そんな彼女をユーキはニヤニヤとした笑いを浮かべて見ていた。


「そっ、そんな事よりっ!」


 そんな彼の表情に耐えきれなくなって、エリスは強制的に話題を変えようとした。


「これからは協力関係を取っていく事になるんだから。あんたの事、色々と教えて貰うわよ」


 エリスは今まで、ユーキとコミュニケーションらしいものを一切取って来なかった。そんなつもりも毛頭無かったので仕方のない事ではあるのだが、これからはそういう訳にはいかない。

 何よりも登録書には自分自身の他に、付き従う聖霊に付いての記入事項もあったからなのだが、それより何より今後彼女が生き残る僅かな希望を得る為には、エリスがユーキの能力をしっかり把握しておく必要があったのだ。


「ああ、当然の事だよね。いいよ」


 ユーキは両手を頭の上に組んで、先程と同じ様な自然体で答えた。


「ただ、今は全てを話す訳にはいかないんだ。順を追って話せる範囲で話していくよ」


 だがその後に続く言葉はエリスの予想外だった。まさか聖霊であるユーキから情報の提供を渋られるとは思っていなかったのである。


「それって……どういう……?」


 能力の出し惜しみをして生き残れるとは考えられないし、そもそもエリスにはそんな余裕等ないのだ。戦闘能力に絶対の自信でもあるなら兎も角、何もバックボーンを持たない彼女には最初から全力で当たる以外考えつかない。それなのにユーキの返答は、取り様によっては能力の小出しを示唆している様に思えた。


「俺がこの世界に来たのは正真正銘、今回が初めて。俺は今までと全く違うコンセプトで新規作成された、次世代型試作精霊体なんだ」


 自身の事実を、ユーキは淡々と語った。ただその節々に言葉を選んでいる様子が伺えるのだが、それよりもエリスの知らない初めて聞く言葉に、彼女がその事に気付いた様子は無かった。


「コン……セプト……? 次世代……なに?」


 ユーキから紡がれた、聞いた事のない言葉の数々にエリスは動揺した。


「それに……作成って……?」


 そして唯一理解出来るその言葉に、何よりも大きく困惑したのだった。まるでどこかの誰かに造られた、この世界の生物では無い様な物言いに、彼の言葉を正確に把握する事が出来ないでいたのだ。


「うん。俺には今までの精霊体には無い試みがいくつか施されてるんだ。だけどそれを今ここで説明してもエリスが理解出来ないだろうし、それが上手く行くかどうかも分からない。だから臨機応変にその都度説明する事になると思う」


 ユーキにはそんなエリスの動揺を気にした様子も無い。それどころかエリスにとって更に気になる言葉が畳み掛けられた。

 余りにも衝撃的な内容が続き、彼の言葉通りエリスの理解が追いつかない。ただ、だからこそユーキは今ここで全ての説明をしなかったのだ。


「だけどこれだけは約束するよ。エリス、君を守る為に俺の力を惜しみなく使うから。最後まで君を守る為に全力を尽くすから」


 今の段階でエリスにはユーキを信用も信頼も出来ない。もっとも彼女には、ユーキにそれらを期待するつもりは毛頭なかった。だからもし「信じて」とか「協力して」と言う言葉を使われていたら、恐らく更に彼との間には壁が生じていただろう。しかしユーキの使った「約束」と言う言葉が、彼女の心が硬化する事を防いだのだった。約束ならば彼が一方的にする事で、彼女が当てにする事では無いからだ。


「……分かったわ。今はあなたの能力を聞かないでおく。ただし戦いの場になったら最大限私に助力しなさい。あんたの言うその約束、当てにしているわ」


 言葉とは裏腹に、エリスは諦めにも似た理解を示した。彼の話を理解出来ない以上、また今その詳細を聞きだせない以上、全てはその都度ぶっつけ本番となる。そんな未知数な力を当てには出来ない。ユーキの約束と言う言葉が何を根拠に持ち出されているのかは分からないが、それをそのまま鵜呑みに出来る彼女では無かった。


「おうっ! 任せてよっ!」


 親指を立ててウインクをし、エリスに答えるユーキの顔には満面の笑みが浮かんでいた。


 ―――コンコンッ。


 エリスの考えていた通りに話が終わった訳では無かったが、ひとまず区切りがついたと同時に部屋の扉がノックされた。彼女が返事する前に扉を開け入って来たのはやはりメイファーだった。


「エリスさん―、準備は―出来ましたか―?」


 定番となった間延びした調子で、メイファーはエリスに話しかけた。近づいて来る彼女を迎える様にエリスもソファーから立ち上がった。


「はい、こちらに出来上がっています」


 そう言って彼女は記入された登録書をメイファーに差し出した。それを受け取った彼女はサッと目を通していく。そして項目の一点で視線が止まり驚きに目が見開かれた。


「あの―……これって―……本当なんですか―?」


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