これが「勇者?」

 その後の狩りは、最初の様なアクシデントも無く順調に進んだ。

 ユーキは相変わらず見る物聞く事が珍しいらしく、気になる物を見つけてはその都度ガストンに質問をし、彼もその度に丁寧な説明を施していた。その甲斐あってか、ガストンが獲物に狙いを定めている時にユーキが邪魔をすると言う事が無くなり、彼は更に山鳥と兎を一羽づつ仕留める事が出来ていた。それに結構な量の果物と山菜を採る事が出来、収穫としては上々だった。


「どれ、今日はこれで上等じゃろう。そろそろ帰るとするかの」


 ガストンはニッコリと笑いエリスとユーキにそう告げ、二人は大きく頷いた。

 気が付けば周囲には先程まで感じられなかった冷ややかな空気が流れ込みつつあった。上方を見ても木々の茂みで空が見えないが、恐らくすでに夕方となり日も沈もうとしているのかもしれない。ずっと薄暗い森を散策していたので、エリスの時間感覚が麻痺しているのだ。

 勿論彼女には方向すら見当が付かず、もうとっくに獣道も無くなっていた。彼女の感覚では結構な山奥へと分け入って来たと感じていた。

 もしガストンが居なければ遭難確実だと言える。エリスにも、当然ユーキにも今いる場所まで来た方角すらハッキリと分からない。

 しかしガストンにはまるで見えない道が見えているかの様で、確りとした足取りで歩を進めだした。これが経験の差なのだと、エリスはガストンの背中を見て感心していた。ガストンは別に猟師という訳では無いが、幾度もこの山で獲物を追い山菜や果物を採って来たので、山の歩き方も獲物の捕え方もベテランの猟師並に熟達していたのだ。


「じいさんは大猟だったな。エリスは全然だったけどな」


 ケタケタと笑いながら言ったユーキの言葉にガストンが笑みを零し、エリスはムッとしてそれには答えなかった。

 今日は何度かガストンに猟銃を撃たせてもらったが (本来ならば当然禁止されている事である)、残念ながら獲物を仕留めるには至らなかったのだ。

 もっともそれが至極普通であり初めて銃を持ち、自らの狙いで獲物を仕留められる者等殆どいないのだが、ユーキにそこを指摘された事がエリスには気に入らなかったのだ。

 プイッとエリスがそっぽを向く、そのやり取りを先行するガストンは楽し気に感じていた。

 だがそんな彼の歩みが不意に止まった。腰を落とし全周囲、特に前方へと集中力を向けており、獲物を前にした時よりもピリピリとした雰囲気を醸し出していた。


「お、お祖父ちゃん……?」


 恐る恐る可能な限りの小声で、エリスは彼に話しかけた。


「シッ!」


 彼女の呼びかけを低く鋭い言葉で制したガストンの様子は明らかにおかしかった。エリスは彼が取っている様に、低く姿勢を屈めて茂みに身を隠し、そして周囲に注意を向けた。

 エリスにはその原因が明確に分からないが、確かに何か重たい空気を感じていた。冷たく湿度の高い森の空気とは違う重々しい圧迫感のようなものが、彼等の周りに纏わりついている感じだった。その雰囲気はエリスの服を通して肌を刺し、ピリピリと痛みにも痺れにも似た感覚を彼女に与えていた。


「この……気配……」


 ガストンは感じている気配から、それを発している正体を探ろうと集中している。目を閉じて額に汗を浮かべているその様子は、必死で何かを思い出しているかの様にも見えた。


「じいさん、何かまずいのか?」


 そんなガストンに、ユーキが声を掛けた。流石にガストンの異様な様子を察したのか、ユーキの声にいつもの陽気さは無い。


「うむ……この感じ……昔感じた……肉食獣の気配か……」


 この山の近辺で、人を襲う様な肉食獣が確認された事は殆ど無い。少なくともそんな事をエリスは知らなかったし、聞いた事も無かった。だからエリスは今まで、獰猛な肉食獣と言うものを見た事が無かったのだった。


「……狼……いや、熊か……どちらにせよ、儂等の事は見つかっておる……」


 エリスには伝え聞く事しかなかった野獣だが、ガストンはずっと昔に見た事があるのだろう。もしかすれば実際に退治した事があるのかもしれない。彼にはこの気配の主がどの様な獣か分かっている様だった。


「この辺りでこの時期に……迂闊じゃったわい」


 ガストンはポケットの中を探りながら、苦々しそうに呟いた。残っている散弾は後二発しかなかったのだ。

 エリスが獰猛な獣を見た事も無いと言う事は、少なくとも十五年はこの近辺で出現していないと言う事になる。それにガストンがその存在を失念するほどであり、二、三十年は現れていないのかもしれなかった。常に余裕を持って行動する彼をしても、油断していたという事は否めない。もし猛獣の存在を懸念するならば、エリスに猟銃を撃たせて弾を消耗させる事は控えていたであろうし、もしくはそれを見越して更に多くの散弾を持って来ていたかもしれない。

 ガストンが今持っている猟銃は主に散弾を撃つのに適した銃であり、小動物や動きの早い物を撃つのに適した散弾を二発まで装填する事が出来る。しかし散弾は一発で広範囲に小さな弾を無数に放つ事が出来る反面、一撃の殺傷力は低めだ。肉食獣の様に強靭な筋肉で体を守られ、体躯も大きく生命力も高い動物を殺傷する事には余り適していないと言える。何発も至近距離から当てれば効果もあるが、今彼が持っている散弾は二発っきりであり、とても余裕があるとは言い難かった。

 だからと言って下手に攻撃して、相手を挑発したり興奮させてしまうと追い払う事は出来ず、こちらが動けなくなるまで執拗に襲われる事となるだろう。


 ―――そう……こちらが息絶えるまで……。


「お祖父ちゃん……」


 エリスは不安に駆られてソッとガストンに身を寄せた。未知の生物に対しての不安がそうさせるのだろう、その体は小刻みに震えていた。聞いた事しかない猛獣が発する気配は、更に彼女の不安を掻き立てていった。彼女が今まで見た事も無いガストンの表情もそれを助長する。

 ガストンも必死で打開策を模索していた。しかし山中に広がる森の中にあっては、野生動物から逃れる事等至難の業に他ならず、仮に相手が捕食目的ならば尚更不可能に近かった。

 本来野生動物は未知の物と接触する事を嫌う傾向にあり、こちらが銃声を上げれば驚いて踵を返すかもしれない。だがそれも予測でしかなく、残りの残数を考えれば迂闊にそれを実行する事は出来ないでいたのだ。


「エリス、勇者化しよう。それしかないよ」


 ガストンから明確な指示も提案も出ない事を理解したユーキが彼女に声を掛けた。


「え……?」


 だがその発想を全く持っていなかったエリスからは、間の抜けた驚き声が返って来た。


「勇者化して戦うんだ。もうそれしかないだろ?」


 ユーキは自信を持って彼女にそう進言した。確かに勇者となれば獰猛な肉食獣と言うだけならば物の数では無い筈であった。勇者は本来、強力な魔属に対する切り札ともいうべき存在だ。強力で強大な魔属を上回り、それを駆逐する力がある勇者ならばこの場を乗り切る事等造作もない事だろう。


「え……でも……そんなの……そんなの無理よ!」


 しかしユーキの提案を、エリスは強く否定した。

 勇者化した事も無いエリスにはその力がどれほどなのか想像もつかず、迫りくる圧迫感にとても対応出来るとは到底思えなかったのだ。

 それに彼女は今まで、戦いと言う物を実戦であれ訓練であってもした事が無く、例え相手が人であろうが獣であっても、自分が戦うと言うイメージがとても持てなかったのだ。ぶっつけ本番で勇者化したとして、それでこの場を治める事が出来る等とても信じられない事だったのだ。

 それに何よりも、エリスは戦うと言う事が怖かった。

 言葉でしか知らないその行為が自分に、周囲に、そして相手にどの様な結果をもたらすのか。ただ、唯一彼女にも明確に分かっている事がある。


 ……死だ。


 エリスにとって戦いに赴く事、戦いに対する事はすなわち死を表していた。

 彼女の父母も、幼馴染達も、戦いに赴いた結果生きて戻る事は無かった。戦いと言う物に関われば、行きつく先は死しかないとエリスは経験上認識していた。

 戦いは知らなくても、死ぬと言う事がどういう事かは知っている。それは彼女にとって未知である“戦い”と同じ位恐怖するに値する事だ。


「大丈夫! 大丈夫だよ! じいさんを守りたいんだろ? 自分も助かりたいんだろ?」


 躊躇するエリスに対し、ユーキは自信満々に語りかけた。その言葉には一辺の疑いも感じられず、勇者化すれば間違いなく、誰も傷つく事無くこの場を切り抜けられると断言していた。


 ―――ガサガサッ!


 その時、わずか十数メートル先で茂みが不自然に揺れた。三人が眼を向けると、エリス程背丈がある茂みから顔を出す様に、毛むくじゃらの盛り上がりがモゾモゾと動いている。その盛り上がりは急ぐでも慌てるでもなくユックリとした動きで、しかし真っ直ぐにエリス達の元へと移動していた。彼女が初めて見るその物体はとても気味が悪く、何か凶悪な物だと感じてられていた。


「よりによって熊か。しかもかなり大きいの……」


 ガストンは脂汗を浮かべて呟いた。

 熊の移動は四足歩行、つまり前足を地面に付けて移動を行っている。それでもその背中がエリスの背丈ほどもある茂みから覗いており、立ち上がった全長はかなり大きなものだろう事は容易に想像出来た。

 ガストンはその方向へ銃口を向けて構えた。もう決して遠い距離では無く、野生動物ならば一気に間合いを詰める事の出来る距離だと言えた。

 ガストンの表情が更に緊張感を増したと感じ取ったユーキは、更にエリスへと告げた。


「エリス、急ぐんだ」


 そう言ったユーキの体は、淡い光を放ち始め出した。


「ユーキ……あなた……」


 その神秘的な光に、エリスは言葉を無くして彼に魅入ってしまった。


「さあ、エリスッ! じいさんを、自分を守りたいと強く願いながら俺を受け入れるんだっ!」


 ユーキの方では勇者化する準備が整ったのか、そうエリスに指示を出した。だが、この言葉が彼女に強い拒絶を思い出させる結果となった。


「嫌よっ! 何で私があんたなんかを受け入れないといけないのよっ!?」


 今この場で起こっている危機よりも、自分の生命が脅かされている現状よりも、彼女はユーキを受け入れる事への拒否を選んだのだ。それ程までに彼への忌避感は強かったのだった。


「だけどエリス……それじゃあ……」


「嫌な物は嫌なのっ!」


 更に諭そうとするユーキの言葉を、彼女の強い言葉が遮った。その結果、あの野獣に殺されるかもしれないと分かっていても、今この場でユーキを受け入れる事は出来なかったのだ。いや、そこまで先の事を考えていた訳では無く、反射的に彼女は拒絶しているのだった。ユーキとの会話をもシャットアウトしたエリスは、ギュッとガストンの腕にしがみ付き強く目を閉じた。そんなやり取りの間にも、熊は確実に近づいている。


「はぁー……ヤレヤレ。しょうがないな……」


 諦めにも似た溜息をついて、ユーキはガックリとこうべを垂れ脱力した。エリスへの説得は諦めるしかないと悟ったのだ。


「じゃあこれだけは答えてくれ。エリス、じいさんを守りたいな? 助けたいんだな?」


 ユックリと目を開けたエリスの眼前には、いつになく真剣な眼差しで彼女に問いかけるユーキが居た。その眼差しに気圧されて、エリスはユックリと頷いて答えた。


「よし、わかった。じゃあその気持ちだけはしっかりと持ってな」


 ユーキも大きく頷くと、エリスの頭上へと移動してさらに光を強く発しだした。見上げるエリスには何が起こっているのか分からず声も出せない。


「いいかい。守りたいと思う気持ちだけに集中するんだよ」


 そう言ったユーキの体から、彼を発光させていた光がユックリと分離して行き小さな球体を形成していった。その発光体が完全に彼から分離すると今度はエリスへと近づき、まるで吸収されるかの様に取り込まれていった。

 エリスに発光体が吸収されると同時に、今度は彼女の体が淡く光り出した。


「きゃっ、ちょっ、なっ、何よこれっ!?」


 突然自分の体が光出した事にエリスもガストンも動揺した。


「エリスッ! 集中するんだっ! 守りたいんだろっ!」


 慌てる彼女にユーキの叱咤が飛んだ。すでに熊は数メートル先に近づいおり、もういつ襲い掛かって来てもおかしくない距離に達していた。

 エリスは目を瞑り、胸の前で手を握って祈る様に瞑想しだした。


「ゴフゥッ!」


 そしてついに、至近距離まで到達した熊が立ち上がった。

 体長は二メートルをゆうに超える程ある。その巨体が両手を上げて威嚇しており、その体には毛皮の上からでもわかる程厚い筋肉と脂肪が付いている。熊の発する威圧感も相まって、実際の体長よりもその姿を更に大きく見せていた。そしてその双眸はガストンをしっかりと捉え睨みつけていたのだ。

 今にも振り下ろされそうな前足を前に、ガストンは手に持った猟銃の銃口を急所であろう熊の顔へと照準付けていた。頑強な熊の体躯には恐らく散弾は通らないだろうと瞬時に判断した彼は、殆どの生物が急所としている顔面に狙いを定めたのだった。だが至近距離で顔を狙ったとは言え、威力の低い猟銃で致命傷を与えられる自信が彼には無かった。

 今まさに熊の前足が振り下ろされようとし、ガストンが引き金を引こうとした瞬間、彼の傍らで祈りをささげる様に瞑想していたエリスの体が更に強く光出した。余りに強いその光にガストンも、熊も動きが止まってしまった。


 ―――彼等が見つめる光の中で、エリスが徐々に変貌を遂げだした。


 彼女の体が一回り大きくなった、いや、成長したという方が適切だった。

 手足が伸び、二の腕までであったシャツの袖は肩口までせり上がり、ひざ下まであったスカートの裾はミニスカートの様に太ももの所までせり上がった。全体的にユッタリだった服はやや窮屈になり、急激に成長した胸が圧迫されている様にも見える。

 プツリッと彼女の髪をツインテールに纏めていた髪留めが切れ、しなやかなロングヘア―が腰辺りまでに流れた。

 そしてその顔立ちも先程までの幼さが残るエリスでは無く、十分美しいと言える大人の物へと変わっていた。

 それだけ見れば、彼女はただ単に成長が促進されただけの様にしか見えない。しかし変化はそれだけに留まらなかった。

 彼女の上半身には光が形成した銀の胸当てが、彼女の両肘と両膝にはプロテクターが、そして両手には銀色に輝く円形の盾が装着されていた。

 フワリと立ち上がり目を開けたエリスの姿は、少女では無く双盾を構える女性へと変貌を遂げたのだ。その変形へんぎょうを、ガストンも熊も唖然として見つめていた。

 そして唖然としていたのは彼等だけでは無かった。当の本人であるエリスも、己の変化に唖然として動く事が出来ないでいた。


「え……これって……」


 すぐに理解出来ないと言った思いが彼女の口を突いて出た。その言葉で真っ先に動きだしたのは目の前の巨獣だった。


「ヴォーッ!」


 止めていた動きを再開する様に、前足をガストン目掛けて振り下ろす。完全に不意打ちとなってしまったガストンは、すぐに反応出来ないでいた。


「しまっ……!」


「エリスッ!」


 ガストンが呟いたのと、ユーキが叫んだのは殆ど同時だった。そしてユーキの声に反応したエリスの動きは素早かった。

 巨体に似合わぬ鋭い一撃は、どう考えても避ける事は出来そうになかった。ガストンもそう覚悟して目を瞑り、気たるべき衝撃に歯を食いしばって耐えようとした。


 ―――ガキンッ!


 しかし彼を襲うであろう衝撃は来る事が無く、代わりに金属が何かと接触する音が響き渡った。ユックリと、ウッスラと目を開いたガストンの見た物は、彼の前に立ちはだかり熊が放った一撃をその手に持つ盾で受け止めているエリスの姿だった。

 驚くべき事にあの刹那でエリスは彼の前へと回り込み、熊の一撃を防いだのだった。


 ―――バチッ!


「ギャウッ!」


 鋭い爪を持つ熊の前足を受け止めていた盾が鋭く光り、熊は悲鳴にも似た声を上げて数歩後退する。盾が発した光は熊に痛みを与えた様だった。


「この……盾……? それにこの鎧……」


 それまで無我夢中で動いていたのだろうエリスは、熊が後退した事で自身の体に起こった変化を再認識する余裕が出来た様だった。体が大きくなっただけでは無く、いつの間にか防具と盾を装備しているという事、そしてその盾には不思議な力が宿っており、それに触れただけの熊を後退させたと言う事をである。


盾戦士ラウンドウォーリアかー。ま、初めてだししょうがないよね」


 そんなエリスの姿を見てユーキがポツリと漏らした。どうやら彼は、エリスの変身に納得がいっていない様子だった。


「でも盾には面白い付加が宿ってるね。帯電する盾エレクトリシールドかー」


 彼女の持つ盾を見るユーキの目は爛々と輝いていた。確かに熊の前足は盾が光を発したと同時に弾かれた。


「エレクトリ……シールド?」


 しかし電気と言う物を初めて見るエリスにはユーキの言っている事が上手く理解出来ないでいた。そしてそれは目の前にいる熊も同様であり、初めて体感した電撃に動揺して怯み、動きが止まっていた。


「今だよ、エリスッ! そいつでぶん殴れっ!」


 その隙を逃さずユーキが畳み掛ける指示を送る。


「え……ええっ!」


 その声で弾かれる様に動き出すエリス。右手で装備している盾で熊の顔面目掛けて腕を振るった。

 彼女は今まで取っ組み合いの喧嘩をした事や格闘術を嗜んだ事など無い。例え相手が猛獣だろうと、拳を突き出した経験等皆無だった。

 だが今エリスが突き出した拳には十分にスピードが乗り力も籠っている。


 ―――ガツンッ! バリッ!


 盾が熊の顔面を捉えると同時に、先程の閃光が強く発せられた。


「ギャフッ!」


 それまでは低く威圧感のある声を出していた熊が、エリスの一撃を受けて石をぶつけられた犬の用な鳴き声を発し、たたらを踏んで大きく後退した。同時に先程までの二本脚では無く、四足で踏ん張り倒れる事に耐えていた。

 しかし戦意はすでに喪失しているのだろう、あれほど重く攻撃的だった殺気が今の熊からは感じられない。そしてそれを肯定するかの様に、次の瞬間には彼女達に背中を向けて一目散に逃げだしていった。

 その姿を見たエリスはそれまで保っていた緊張の糸が切れたのか、大きく息を吐きながらその場にペタリと座り込んでしまった。それと同時に彼女の体が再び光に包まれた。

 身に付けた鎧が、手にした盾が、手足のプロテクターが光の粒となり消え、彼女の体も元の大きさへと戻ったのだ。


「お……驚いた……これが……聖霊様のお力か……」


 その光景を間近で見ていたガストンが、信じられないと言う様に呟いた。


「お……じいちゃん……お祖父ちゃんっ!」


 ガストンが、そして自分が無事だと理解出来たエリスは泣きながら彼に抱き付いた。ガストンはエリスの頭を優しくなでながら、彼女の傍らで浮いているユーキに目を向けた。


「ありがとうございます。ありがとうございます、ユーキ様」


 ガストンからお礼の言葉を受けユーキはどこか自慢気であり、両腕を組んで胸を逸らしている。


「俺は手を貸しただけさ。それもほんの少しね。あの獣を撃退したのはエリスの力さ」


 その言葉を聞いてエリスの体がビクリと小さく跳ね、そして小刻みに震え始めた。彼女は熊を撃退した嬉しさや安堵よりも、その行為をしたのが自分自身だと思い出して今更ながらに恐ろしくなって来たのだ。


 ―――エリスにとって、生まれて初めての戦い……。


 ただ助けたい、守りたいと言う思いを抱き無我夢中でユーキの声に反応しただけだったが、冷静に考えれば巨大な熊の前に躍り出る等、平時の彼女では考えられない事だ。

 ガストンは震えて立てないエリスを背負い、そのまま山を下りたのだった。


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