豆腐
東博士は、21世紀最大の発明をした。
その発明品はなんと、2025年度キングオブマテリアルを受賞した。
賞はその年でもっとも優秀な物質に贈られる賞で、その前年には、テトラクロロフルオロカーボンナノチューブαが受賞していた。
最有力候補であったテトラクロロフルオロカーボンナノチューブβとの一騎打ちを制したのは、豆腐だった。食品でのはじめての受賞だった。
東博士は、遺伝子操作と突然変異によりできあがった食用にならないほどまずい大豆を使い、今までにない豆腐、『超豆腐』を作り出した。
材料から考えられないくらい美味であり、少量混ぜれば、世界各国のあらゆる料理の味を飛躍的に向上させた。栄養価も抜群で、一切れ食べれば4日は何も食べずにいられるので、多くの発展途上国に爆発的に普及した。しかも、暑い場所ではバクテリアの浸食を抑え腐りにくく、寒い場所では本来の適度な堅さを維持して、凍ることはなかった。東博士は26歳の若さで、ノーベル化学、物理学、平和賞を受賞した。
その東博士が、自分の発明した豆腐の前で腕を組んで考えにふけっていた。
額には玉の汗を浮かべ、ときおりうなりながら豆腐だけを見つめている。
真っ白い、絹のような肌触りの豆腐。
それは、東博士が一番最初に発明した超豆腐だった。現在は、超豆腐の研究は博士の手から離れ、国家プロジェクトの一つになっていた。さまざまなバリエーションの超豆腐が作られ、さまざまな用途に使用されている。
東博士は机の上に置かれた豆腐に語りかけるように、豆腐をさすりながら言った。
「こんなことになるなんて、思いもしなかった。私の発明が、こんなにも世界に広まってしまうなんて」
あたりには誰もいない。東博士は一人で呟いていた。
「私は、おまえが、たかが豆腐が、こんなにも巨大なビジネスになるとは思っていなかった。おまえは、他の仲間達のことをどう思っているのだろう」
東博士は、豆腐の角を軽くはたいた。豆腐はふるるんと揺れた。
「少しの発想の転換、いくつかの偶然、血のにじむような努力。それがおまえをこの世に生み出したと世間では言われている。しかし、それだけではおまえを作り出すことはできなかった」
壁に掛かっていたTVに勝手にスイッチが入る。静かな部屋とは対照的に、その四角い枠からは騒がしい音が流れてきた。東博士はいつもこの時間にニュースを見ることにしていて、この時間になると勝手にTVにスイッチが入る。東博士はTVの方を向こうとはしなかった。
「おまえを作り出せたのは、私がおまえを愛していたからだ。私はおまえを世界に広めたかった。私はおまえの味の良さを世界の人々に知らしめたかった」
東博士は拳を握りしめ、TVの方を向いた。
「なのに……。なのに……。いつからか、おまえは国家のプロジェクトの一部となり、私の手の届かないところで様々な亜種が作られた。私はおまえを国家に委ねるのは反対だった。だが、経済的落ち目にある日本には、豆腐以外に国おこしの方法がなかった」
TVには、最近発明された様々な豆腐のCMが流れていた。
氷枕の代わりになる豆腐。湯たんぽの代わりになる豆腐。抱き豆腐。クッション豆腐。豆腐服。豆腐バッグ。豆腐メモリー。豆腐車。
様々な形。様々な色。様々な用途の様々な豆腐。
「おまえの兄弟達は、食用でないものがほとんどだ。おまえの素材としての驚異的な性質を考えれば、当然の帰結かもしれない。しかし、私は、私は、おまえを食べ物として作った。おまえを世界一の料理として作った」
東博士は、机に両手を叩き付けた。豆腐は軽く跳ねた。
「それなのに、今では、発展途上国以外の国のほとんどの子供は、豆腐が食べ物だということを知らない」
TVの画面がCMから切り替わった。いさましい音楽と原色の色遣いが流れてくる。東博士は忌々しげにTVを眺めた。
「経済が落ち目の日本は軍事独裁国家になってしまった。こんなプロパガンダを流すような国になってしまった。それもこれも、すべて、私の豆腐のせいだなんて……」
TVを消す。東博士は立ち上がって窓を開けた。外から爆音が近づいてくる。
「おまえは、とうとう、武器として使われることになってしまった。そして、その実験第一号は私を標的としている」
東博士は窓を閉め、もとの位置に戻り、目を瞑った。
窓を突き破り、戦闘機から放たれた豆腐がまっすぐに東博士の頭部めがけて飛んできた。
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8/30/2001
5/2/2017 未来に追いついてしまったので、2015年を2025年へ修正
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