エピローグ

エピローグ その一

 二年前、戦争があった。

 オルタリアと、その南にあるバルハレイアとの間に起きた小さな戦いだ。

 それはほんの約一ヶ月と言う異例の短さで終結し、その時の王であるベリオルカフの乱心によるものとされている。

 勿論、それに付いてオルタリアの民からは数々の非難の声が上がった。特に、王の一存だけで戦争が起こせてしまうこと、またそれによって大勢の人々に被害が出たことに対しての不満の声は大きかった。

 しかし、その後を継いだベルセルラーデ王はオルタリアの王ゲオルクの親友であり、また彼が二年間の間で両国に向けて誠意ある対応をし続けたこともあってか、今ではそう言った声は沈静しつつある。

 何よりも、その戦争の終結からその後の約二日間に掛けて起きた一つの事件が、強い影響を与えていた。

 その被害は両国共に甚大で、特にバルハレイアは一時は国としての形を成せないほどにまで弱りきってしまっていた。

 オルタリアの国民の多くが、不満を唱えながらも助けを求める隣人に対して手を差し伸べることを拒まない人々であったことは、両者にとっての幸福だったであろう。

 それがなければバルハレイアの復興は遅れ、更に多くの死者を出していただろうし、何よりも両国の関係がこんなに早く修復されることもなかったであろうから。

 或いは、継承戦争と言う戦いを潜り抜けた彼等はもう、これ以上の不幸を望まなかっただけかも知れない。

 そして今、二つの戦いで多大な功績を収めた立役者とも呼べる人物であるエレオノーラは、自室の窓から物憂げな表情でオルタリアの首都、オル・フェーズの街並みを見下ろしている。

 戦いの被害を免れたオル・フェーズは今日も賑やかで、先日終戦記念の式典を終えたばかりとあってかより人々は活気満ちているように思える。

「あれから、もう二年か」

 多くの人々にとっての『二年後』は先日のことだ。

 しかし、一部の者達にとっては違う。

 その後に起こった、決して忘れられない戦いから、今日で丁度二年後となる。

 あの日からずっと、エレオノーラは声を送り続けていた。もう、あの時に彼から貰った力は誰もが失ってしまったが、それでもずっと心の中で彼等の帰還を信じて、願い続けている。

 それは最早日々の日課であり、その先にある事をエレオノーラはずっと考えないようにし続けていた。

 その答えを、今日出さなければならないかも知れない。

 部屋の扉が二回、規則的に叩かれる。

 もう既にその音で誰が尋ねてくるのかは判ってしまった。そもそも、今日は先日の式典の疲れもあるからと全ての来客を断っている。

「入れ」

「失礼します」

 静々と入ってきたのは、黒髪の女性だった。サアヤと呼ばれているエトランゼは、この二年間で魅力的に成長している。

 窓際に置いてある椅子に座ったまま身体を向けると、奇妙なことに気が付く。何故か、彼女はその手に大きな鞄を持っていた。

「さっき、アーデルハイトさんから連絡が来ました。イアさんの樹が昨日の夜から花を咲かせてるそうです。まるで、誰かを歓迎してるみたいに」

「……そうか」

 なんとなく、エレオノーラにもその予感はしていた。

 昨日、夢を見たのだ。ゆっくりと歩き続けている二人の夢を。

 だから、そんな予感はしていた。そしてそれ故にずっと悩み続けていた。

 サアヤの荷物が多い理由はそれだけでもう理解できた。彼女は、きっと一緒に行くつもりなのだ。

「やはり二人は、この国には戻らないと思うか?」

「多分そうじゃないですか? アーデルハイトさんも言ってましたけど、こっちに戻ってきて英雄扱いされるのは嫌がるでしょうから」

 あの二人は先の戦いで多大な功績を上げた。その姿は多くの人の目に焼き付いているだろうし、継承戦争に続いたその活躍を人々の記憶から消すことはできないだろう。

 世界を救った英雄として、彼等は祭り上げられることになる。当人達が望まなかったとしても。

「適当に何処かに旅に出て、落ち着いたら手紙でも送って無事を知らせるつもりだと思いますよ」

「流石、あの二人のことをよく判っているな」

 口ではそう言ったものの、エレオノーラも彼等がそう選択するであろうことは判っていた。

 彼等は英雄にはならない。ただの人として、この世界で生きていくつもりなのだから。

 そして王女である自分と、英雄でない彼等の立場は余りにも遠い。

「……嬉しくないんですか?」

「嬉しいに決まっているだろう。だが、妾が彼等に会えるのは当分先になりそうだ。サアヤ、代わりに挨拶の言葉を頼む。それから……」

 いつでも戻ってきていいと、そう言おうとするその前に、サアヤがそこに言葉を被せてくる。

「エレオノーラ様、行かないんですか? もう荷物も用意しちゃったのに」

 そう言って、手に持った大きな鞄を掲げて見せる。確かに、彼女一人にしては荷物が多いとも思ったものだ。それに、先日の特に忙しい時に姿を消していたのも気になっていた。普段の彼女は、そんな時には絶対に傍に居てくれたのに。

「行けるわけがないだろう。妾はこの国の王族だぞ? それに、やらなければならないことも沢山ある」

「エトランゼに対しての政策に関するお話しなら、この間大抵の事が片付いたじゃないですか。後の事は他の人にも任せられる形で」

「いや、それはそうだが……。急ぎ取りまとめたものだから、不備があるかも知れんと思うと」

 急に、兄であるゲオルクからその辺りに関しての問題を全て纏めておけと強く言われて、ここ数日のエレオノーラは普段の倍以上の忙しさだった。それが片付いた今、こうしてのんびりとしていられるわけでもあるのだが。

「ゲオルク様がどうして急がせたか判りませんか? もう後任の方達はそれらをしっかりと纏めるために議論に入っていますよ。議長はあのルー・シンさんなので心配もいりません」

 切れ者のエトランゼの顔が思い浮かぶ。確かに仕事ぶりは問題ないだろうが、彼が過労死しないかどうかが心配だった。

「いや、しかし……」

「そ、れ、に」

 サアヤが扉をあけ放つ。

 いつもならば大勢の人が何らかの仕事をしながら右往左往している城の中、特にエレオノーラのいる場所の周囲は、驚くほどに静かだった。

「今日に限って誰もいないんですよね。絶好の逃亡日和です」

「……まさか、兄上も……」

 サアヤが頷く。

 それを聞いてもなお、手放しで喜ぶわけには行かなかった。

 エレオノーラは王族で、果たさなければならない責任がある。王とはそう言うものであると、二年前に嫌と言うほどに学んだのだ。

「別に、逃げたからって全部がなくなっちゃうわけじゃないと思いますよ。エレオノーラ様は二年前も、そして二年間も必死で頑張り続けました。それこそ、エトランゼの大半が貴方に感謝するぐらいには」

 ずっと、エレオノーラはその仕事をやり続けた。

 故郷を失ったエトランゼがこの世界で希望を捨てずに生きれるように、この大地を愛して、共に歩んでいけるように。

 そのために数々の政策を考え、また大勢の人の協力を取り付けるために他方へと赴くこともあった。

 決して楽な道のりではなかったが、心が折れることもなかった。それは、エレオノーラに後を託してくれた人々が望んだことでもあったのだから。

 それを諦めることなどできはしない。そして、その結果は今少しずつ世界を変えようとしている。

「少し休んでもいいんじゃないですか? ちょっと旅に出て、自分の気持ちを整理して、戻りたかったらそれから王族に戻ればいいんですよ」

「だが、それでは国民に示しが……」

「それを許せるぐらいには、この国の人は貴方を愛してくれています」

 柔らかく微笑んで、サアヤはそう言ってくれた。

 ずっと走り続けた。それは、戦うことができなかった自分に対しての戒めのようなものであったのかも知れない。

 血を流さなかった代償を支払い続けてきた。それは自分が望んだことでもあったが、決して楽な道のりではなかった。

 どうやら、それが今終わったらしい。

「勿論、来たくなかったら話は別になるんですけど」

「そんなわけがない! そんなわけがないだろう! 妾も彼等に会いたいぞ、会って沢山話をして、そして……!」

 その先は言葉にならなかった。

 無意識に、目からは涙が溢れてくる。

 それまで遠ざけていたことが、現実として目の前に迫ってきている。

 もうすぐ、会える。

 ずっと一緒に、手を引いて歩いて来てくれた恩人であり、愛する人に。

 エレオノーラのその気持ちがサアヤにも伝わったのは、きっとギフトの力ではないだろう。

 その顔を見て、彼女は全てを察してくれていた。

「決まりですね」

 サアヤが手を差し出す。

 いつかと同じように、彼女もまた、エレオノーラにとってはなくてはならない人だった。

 その手を握って、椅子から立ち上がる。

 慣れ親しんだこの部屋にも、暫くは戻らない。この城にも、当分は戻ることはない。

 この場所が決して嫌いだったわけではないが、それでも一度決めてしまえば足取りは軽いものだった。

 二人はまるで悪戯をする子供のように、誰もいない廊下を抜けて城の外へと飛び出していく。

 そして、事情を知っている多くの兵士や給仕達に見送られながら、オル・フェーズの街の中へと消えていった。


 ▽


 少しだけ、それからの話をするとするならば。

 オルタリアの歴史書の中に、ほんの数年間だけ何度も名前が登場する異例の王女がいる。

 それが、エレオノーラ・オルタリアだった。

 王位継承権を持たないはずの彼女はヘルフリートが実権を握った継承戦争からその後の二年間、何度も何度もその名前が散見される。

 しかし、驚くことにその後の歴史の中では消息が途絶えていた。

 勿論、それが彼女がその時に死んだり行方不明になったからと言う訳ではない。

 事実、それからも何年か続くエトランゼとの問題を解決した人物が彼女だったのではないかと言う考察も多くみられている。

 あくまでも、王族として名前が登場しなくなったと言うだけの話だった。珍しいことだが、決してありえない話ではない。城に戻り、老後までそこで過ごしたのではないかと言う声もある。

 本当の真実は当人とその周りにいる人達以外は誰も知らない。記録には残されていない。

 それでも、当時の人々の記憶には色濃く残されているだろう。

 誰もが知っていながら、彼女のその後に対しては口を噤んだのだ。彼女を愛し、恩を感じているからこそ、自由に生きてほしいと願って。

 だから、後の世で彼女の話をする者達は大抵がこう締めくくる。

「数奇な運命を辿った彼女だが、その人柄や軌跡から察するに、きっと幸福な生涯を送ったのだろう」と。


 ▽


「ルー様! ルー様、お客様です!」

 部屋の外から聞こえてくる姦しい声に、ルー・シンは頭を抱えながら静かな声で答える。

「そうやってあまり騒ぎ立てるものではないぞ、リーゼロッテ」

 扉を開け放って部屋に入ってきたのは、金色の髪を片方で結んだ、年若い少女だった。まだまだドレスを好む年頃のはずだが、彼女はルー・シンが着ているような、執務用の貴族服を彼女のサイズに設えたものを身に纏っている。

 息を切らせて顔を上気させながら、リーゼロッテと呼ばれたまだ幼さが残る少女は不満げに頬を膨らませる。

「ルー様、どうしてそんな他人行儀な呼び方をなさるのです? 未来の夫婦の間柄なのですから、いつも通りリーゼとお呼びくださいませ」

「客人が来ているのだろう? 人前ながら何事にも節度が必要だ。それに、どうして君が給仕の真似事をしている?」

「まあ! 昨日、お友達が尋ねてくると言っていたのはルー様ではありませんか! ルー様のお友達は即ちこのクリーゼル家にとって何よりも大事な客人。妻であるわたしが応対するのも当然です!」

 そう言って誇らしげに胸を張る。

 どうやらまだまだ背伸びしたい年頃のようだった。

「あのー、来て早々二人の惚気を見せつけられた拙者はどうすればいいでござるか?」

 その後ろからおずおずと付いて来たのは、よく出た腹が特徴的な青年だった。

「よく来たな、アツキ殿。仕事中故に大した持て成しはできぬが、寛いでいくといい」

「ご心配なく! ルー様のご友人は、このリーゼロッテがしっかりと対応して見せますので!」

 自信満々に告げると、彼女は飛び出すように部屋を出ていく。その姿はお手伝いの楽しさを見出した子供そのもので、ルー・シンは思わず苦笑してしまう。

 そんなルー・シンの姿を訝しげな目で見ながら、アツキは部屋の中に入り込んでくる。

「拙者に幼児性愛は異常だと言っておきながら、何たる体たらくでござるか?」

「……そう言ってくれるな」

 今、ルー・シンが居るのはオルタリアの王城近くに建てられている、クリーゼル家の屋敷の離れにある執務室だった。

 その最奥、窓際にある執務机の椅子に座りながら、アツキに詰め寄られて露骨に視線を逸らす。

「色々あったのだ。……本当に、色々な」

「そんなしみじみと言われても……」

「別に話す分には構わぬが、卿が仮に手前の立場を羨んでいたとしたら、この上ないほどの自慢話となってしまうが……聞きたいか?」

「ぐぬっ……。遠慮するでござる。そう言うのは酒の席とかでないと耐えられそうにないでござる」

 悔しげに拳を握るアツキ。

 ――ルー・シンは二年前の戦い、特に後半に関して言えば大したことはやっていないと言えるだろう。精々、強くなったギフトを堪能したぐらいのことだ。

 彼にとって問題なのはその後の事だった。

 リーゼロッテはルー・シンが死んだと思っていたらしく、生きて顔を見せた時には大変な有り様で、三日三晩泣き喚いた挙句に決して傍を離れようとしなかった。

 どうやら両親に引き続いてルー・シンまで失ったと思ったことが余程ショックだったのと、それでもどうにか自分を保とうと無理をしていたのが一気に解消されてのことらしい。

 そしてそれから二年間、今まで以上にリーゼロッテはルー・シンにべったりとくっついていた。その間にも社交界で余計な知識を吹き込まれたのか、ありとあらゆる手段で婚姻を結ばせようとしてきた。

 そしてつい先日、ルー・シンが折れたと言うわけだ。そこにはゲオルクや他の貴族達からの推薦もあって、断れる状況ではなかった。リーゼロッテは二年間で相当強かに地固めをしていたらしい。

「でも幸せなんでござろう? このロリコン! 式はいつでござるか!」

「あくまでも婚約だ。具体的なことはまだ何も決まっていない。もう何年か経ってからだろうな。手前としては、その間にリーゼの気が変わることを願っているが」

「え、嫌なんでござるか? 勿体ない!」

「嫌と言う訳ではないが……。人一人、特に未来ある子供の人生を背負うと言うのは、なかなかにプレッシャーが大きいものだ」

「うぷぷっ。ルーたんのそんな弱った表情が見れるなら、わざわざ惚気を見た甲斐もあったと言うものでござるよ」

「……奴もこんな気持ちだったのだろうな」

 今はここにいない誰かのことを思い出す。

 彼もまた、周囲からその件に対して突っ込まれる度に苦い顔をしていた。決して嫌ではなく、嬉しさがあるからこその後ろめたさと言うものもあったのだろう。

「それに、今はまだ仕事が忙しい。当面は休みなしで働くことになりそうだ」

 大変だったのはリーゼロッテの件だけではない。

 ヨハン達が消えてからのオルタリアの復興やバルハレイアとの関係修復。そしてエレオノーラが主導として推し進めるエトランゼの取り入れ政策。

 それらに対してルー・シンは多いに頼られ、意見を必要とされた。そして相談を受けるごとに、ルー・シンの背負う案件も増えていっている。

 常人の数倍の速度で仕事がこなせるルー・シンだが、流石に手が回らず軍事に関しては他の者に丸投げする形となっている。

「リーゼが多少は仕事の手伝いをしてくれているからマシではあるがな。彼女も、今後は手前と同じようなことをするつもりらしい」

「かーっ! また惚気でござるか!」

「そう聞こえたか?」

「聞こえまくりでござる!」

「なら、そうなのだろう。さっきも言ったが決して嫌ではないのだからな。多少は、こうして人に話して優越感を得るのも悪くはない。特に卿は、反応が大きくて面白いからな」

「相変わらず性格が悪いでござる! 折角挨拶に来てあげたというのに!」

 そう言ってから、アツキは少しばかり声のトーンを落とした。

「イシュトナルへの出向が決まったのでござろう?」

「耳が早いな」

 つい先日決まったばかりのことだ。ルー・シンとその婚約者であるリーゼロッテは、一月後にオル・フェーズからイシュトナルに移り住む。

 あの場所が二年前に受けた被害は甚大で、当面は復興の目途も立たないと言われていた。

 ところが、自分達の第二の故郷であるイシュトナルを再建したいというエトランゼ達の声が高まり、少しずつではあるが再建が始まっている。

 イシュトナルの復興は、エトランゼとの強い結びつきを作るのに必要不可欠だ。それには城からも優秀な人材を派遣する必要がある。

 そこで白羽の矢が当たったのが、エトランゼでありながら爵位を持つルー・シン・クリーゼルと言う訳だった。

「これを機にエトランゼの事に対して集中できるのは助かる。この地獄のような仕事量からも、多少は解放されるだろう」

「でも、会えなくなるのは寂しいでござるよ」

「今生の別れと言う訳でもないだろう。大した距離でもない、いつでも会いに来ればいい」

 口ではそう言ったが、現実はなかなかに難しい。

 アツキもアツキでオルタリアの研究員として、忙しい日々を送っている。特にこれからこの世界を発展させるために必要なのは、彼のような応用力を持って魔法技術を開発することができるエトランゼだ。

「それに、共にそうやって人のために尽くせるのだ。大したことではないか」

「……それはそうでござるが……。ルーたんは、前向きでござるな」

「前向きになるしかない、と言うのが正しいか? どうあがいても故郷には帰れぬ。となれば、ここを第二の故郷とするしかあるまい」

「拙者はアニメが恋しいでござるよ」

「無論、手前とて元の世界に置いてきたものも幾つもあるがな。どちらがいいとか、代わりになるとかの話ではないが、こちらにも負けず劣らず、心を動かされるものがある。それに従ってみるだけのことだ」

「そう言われると少しは勇気付けられるでござるよ」

「立ち止まっている暇はないぞ。手前達は、奴に託されたのだからな」

「……託された、でござるか?」

「そうだ。強い意志を持ち、手前達の誰にもできなかったことを成し遂げたその男が、後を託したのだ。それに背を向けては、男が廃ると言うものだろう」

 その男は常に強い意志を持って、前を向いて歩き続けていた。

 たったそれだけで、何の野心もなく国を救い、この大陸までも救ってしまった。

 勿論、そこに幸運の助けや彼を取り巻く環境や仲間達がいたことも間違いではないだろうが。

 それを引き寄せたのもまた、その意志の力によるものであろうと、ルー・シンは考えている。

「そう言われれば、そうでござるな」

「手前達にはまだまだ休む暇などはない。これから、この国を遍くエトランゼの第二の故郷としなければならないのだからな」

 侵略でも強奪でもなく、共存共栄。

 そうやって、共に生きていくためにはまだまだ課題が山積みになっている。

 しかし、ルー・シンに疲れはない。

 ルー・シンはルー・シンなりに、己が認めた男に託されたこの国を護り、そして繁栄の手助けをしていくつもりだった。

「いつか彼等はこの国に戻ってくるだろう。それが永住か、それとも立ち寄るだけのことになるかは判らぬが」

「……ふむ?」

「その時にこの国の変わり様、より良き国になっている姿を見た彼等の顔は見物だと思わぬか?」

 意地の悪い笑みを浮かべながら、ルー・シンはそう言った。

 それに対してアツキもまた、同じような悪い笑顔を作って対応する。

「確かに、度肝を抜いてやりたいでござるね」

「だろう?」

 それからリーゼロッテが戻ってくるまでの間、二人の悪役笑いは続くのだった。

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