第十三節 終わる前の夜に
計画では明日、オルゴルを立ちオーゼムへと向かう手筈となっていた。
連合軍はベルセルラーデ達の率いる本隊とは別方向から首都オーゼムを攻撃し、相手の防衛の隙を作る。
ヨハン達はその隙に、王都内部へと潜入してリーヴラがやろうとしていることを確かめ、可能ならばその妨害をするのが目的だった。
下手に人数を送り込むよりは有数の実力者でありまた、魔法の知識があるヨハンとアーデルハイトがそれを担うことが一番効率的であると判断されててのことだ。
出陣前の夜、自室に運ばれていた鉱石や素材を合わせて武器を作る。
その隣でアーデルハイトもまた、アルスノヴァから託された魔導書を読み耽りながらその横で時間を過ごしていた。
「不思議なものね」
「何がだ?」
テーブルの上に置いてある調合用の器具からは視線を逸らさずに、アーデルハイトの声に答える。
「この魔導書、前は一人で読むなと言われていたのに」
「……俺にも驕りがあったからな。お前達を巻き込まずに、自分だけで解決できると思っていた」
「今はそうじゃない?」
「悔しいが、事態は俺が一人でできることを超えている。いや、とっくに超えていたというのが正しいが」
もう最初から、力をなくしたヨハンの手に余るものだったのだろう。
それを最初から自覚していれば、或いは失わずに済んだものもあったのかも知れないが、それを今考えても栓無きことだ。
「それを知れただけ成長したと言うことね。死んだ甲斐もあったわ」
「冗談でもやめてくれ、それは」
「ごめんなさい」
軽い口調でそう言って、アーデルハイトが身体を動かす音がする。
ベッドの上から降りた彼女は、椅子を引っ張って来てヨハンの隣に運んだ。
腕同士がくっつくような距離に腰かけて、黙々と作業を続ける手を見ている。
「武器ばかりを生み出してきた手ね。本当は、もっと別のものも作りたかったの?」
「そうだな。できれば、もっと人の役に立つものがよかった。冷蔵庫とか、掃除機とか」
「冷蔵庫? 掃除機?」
その二つが何であるかを説明すると、アーデルハイトは目を見開いてそれに感心する。
「凄い道具ね……。氷室を物凄く小さくしたものとか、それがあれば料理の幅も広がるわ。戦いが終わったら、是非それを作って欲しいものね」
「努力はしてみる。ギフトを使わずにな」
全てが終わったら、ヨハンは自分のギフトを封印するつもりだった。
不必要な技術はこの世界には必要ない。ましてや、それが神と呼ばれる者の気まぐれで与えられたのならなおさら。
そう言うものは、エトランゼを含むこの世界の人間達が一緒に考えて作り出していけばいいだけのことだ。そこに、余計な干渉は必要ない。
「わたしも、最近は攻撃魔法以外も勉強しているのよ。天才だから前から色々できたけれど、本格的に学んでみると楽しくて」
「きちんと学べてよかったじゃないか。やはり、学校はしっかり行くべきだったな」
「……そこに関してはまぁ、そうね」
若干悔しそうに、アーデルハイトが同意する。
「ここに書いてあるものも色々と覚えたの。今度見せてあげる。そうしたら、偉大なる大魔導師になったわたしのことを精一杯褒めなさい」
「そうだな。その時はそうさせてもらうとする」
そんなことを話している間に、全てを作業は終わっていた。
テーブルの上には明日使う武器や道具の数々が並べられ、後はこれを収納すれば今日の作業は完了となる。
「これで準備は終わり?」
「ああ。後は明日の朝でいいだろう。時間を置く必要があるものもあるからな」
「なら――」
弱い力で手が引かれる。
特に抵抗することもなく、ヨハンは窓際に置いてあるテーブルへと案内された。
「星を見ながら少し話しましょう。思い出話と、これからの事を」
向かい合うように座って、窓から見える狭い星空を眺める。
彼女の低い、落ち着いた声が話題を切り出す。
そこからまた別の話へと枝が伸びて、次々と話に花が咲いていく。
静かな夜に木霊する二人の声は途切れることはなく、次第に夜は深けていく。
お互いに眠くなり、共にベッドに入るまで、その優しい時間は過ぎていった。
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