第二節 執念の戦い

 そこは、執念が交差する戦場だった。

 何としてもイシュトナル要塞を落とし、オルタリアを手に入れたいバルハレイアの兵士達。

 対するは、この地を護りきり、戦いが終わることを目指すオルタリアの兵達。

 その裏に御使いがいるかどうかは関係ない。

 彼等は、御使いによる後押しを受けてでさえ叶えたいことがある。

 それは、オルタリアを手に入れること。緑があるその大地を、子々孫々らに残すことが自分達の最後の役割であると、自らに言い聞かせ、戦場に向かってくる。

 ドラゴンによって破られたイシュトナルの南門では、日夜激しい戦いが繰り広げられていた。

 バルハレイアの波状攻撃は休まることを知らず、聖別騎士団を退けた戦いから既に一月ほどが経過しているが、送り出されてくる兵達は無尽蔵であるかと錯覚させるほどにその勢いが留まることはない。

 その真っただ中で、トウヤは剣を振るい続けていた。

 自分にできることを探し続けた少年は、冒険者ではなくオルタリアの兵士として戦っている。

 土嚢と石を積み上げて修復された城壁の向こうから、その場所を突破してバルハレイアの兵達が迫る。

 鎧兜で武装し、槍や剣を構えた彼等は、厳し大地で鍛え上げられたというだけあって一人一人の実力ならばオルタリアの兵を凌いでいる。

 そんな彼等を炎で牽制し、剣で打ち払っていると、奥の方で敵に包囲されている姿が目に移った。

「た、助けてくれ……!」

 トウヤを見て、そんな声が上がる。

 必死で迫りくる敵兵に武器を振り回しているが、それでも多勢に無勢、いずれは押し切られてしまうだろう。

 しかし、だからと言ってトウヤ一人でここを突破することもできそうにない。

 判断に迷うトウヤの目の前で、目の前に迫る敵兵を、大槍が薙ぎ払う。

「少年。一緒に行くか?」

 鎧を纏った、口髭を生やした大男が低い声でそう尋ねる。

「……エーリヒ、さん」

「お前さんも大変だな。あいつが抜けた穴を埋めなきゃならんとは」

「そんなんじゃないですけど……!」

 言葉の途中で飛来した矢を、槍の一振りが纏めて吹き飛ばす。

「魔装兵、前へ!」

 エーリヒがそう号令し、背後に控えていた人間大の大きさの巨大な鎧を纏った兵士達が、重厚な足音を立てて前に歩み出る。

 ヘルフリートが民達の血税を使って無茶な生産に踏み切った魔装兵は、中身を改良されて今はオルタリアの兵力として活用されている。

 皮肉な話ではあるが、敵としては厄介だった分、味方にした時の力は目を見張るものがある。

「一気に仕掛けるぞ! まずは炎で敵を薙ぎ払え!」

「了解!」

 片手に込めた炎を投げつけるように放つ。

 炎はまるで投網のように空中で広がり、群れをなすバルハレイアの兵士達に降りかかった。

 混乱する敵兵を、エーリヒを中心とした魔装兵達が突撃し蹴散らしていく。特に生身でありながら槍の一振りごとに十人は纏めて薙ぎ払うエーリヒの武勇は、凄まじいものがあった。

「高名なエーリヒ・ヴィルヘルム・ホーガン卿とお見受けする!」

 馬上で、バルハレイアの将が叫んだ。

「そうだが、貴殿は何者か!」

「拙者はバルハレイアの将、ドゥルーブ・モズ・コーブ! この戦場にて相対できるとは光栄の極み!」

「俺はそうは思わんがな、ドゥルーブとやら! 貴様も将であるならば、この戦いが如何に無意味なものかぐらいは理解しているのだろう!」

「何を笑止な!」

 馬にまたがり、頭上に振り上げた槍を振り回す。

 褐色の肌をしたその男の目には戦意が漲り、目の前にいる敵を屠ることしか頭にないのは明白だった。

「返してもらいに来たのだ! 悪辣なる貴殿等の祖先が奪った、オルタリアの大地を!」

「千年も前のことを言われてもな! その証拠もあるまい!」

「神話が語っているだろう! そして御使いが降臨したことにより、それは真実となった! 拙者達には勝つべき義がある!」

「これはこれは……。どうやら、話しても無駄のようだ。ならば来い、戦場の習わしだ。力で切り拓いて見せろ!」

「元よりそのつもりよ!」

 槍を構え、ドゥルーブが突撃する。

 まずは一撃、大槍と槍が交差し、ドゥルーブがよろけ、伝番した衝撃を受けた馬が悲鳴を上げて戦慄いた。

「ドゥルーブ様をお護りしろ!」

「無駄死にを!」

 エーリヒの槍捌きが、その場に殺到する兵士を三人纏めて吹き飛ばす。

 その勢いに呆気に取られていたトウヤだったが、すぐに自分がやるべきことを思い出して、エーリヒの護りへと入った。

「退けぃ、小僧!」

 髭を生やした兵士が、そう言って剣を振るう。

 それを受け止めながら、トウヤはその男を正面から睨み返す。

「我等は築かねばならんのだ! 子供達のために、あの荒れ果てた大地を捨てて、緑溢れる地を手に入れなければ!」

「……そんなの……!」

 剣撃の音が響く。

 二人の身体が離れた隙に、また別方向から突き出される槍を、トウヤは紙一重で弾いた。

「このっ!」

「これは義務なのだ! 祖父や父の代から語り継がれ、託されてきた願いを結実させなかればならない!」

「あんたらの理屈だ!」

 炎の嵐が戦場に吹き荒れる。

 周囲に群がる敵兵を纏めて吹き飛ばし、辺りには人の肉が焦げる嫌な匂いが立ち込める。

 トウヤの周囲で残っているのは、目の前に立ちふさがるその兵士一人だけ。しかし、彼はそんな状況になっても逃げるどころか、より兜の下にある眼光を鋭くして、剣を振り上げてきた。

「うおおおぉぉぉぉぉぉぉ!」

 剣の刀身が灼熱する。

 赤く染まったその刃は、受け止めた敵の剣を融解し、切断する。

「エトランゼがっ……!」

「俺達だって、今はこの世界に生きてんだ!」

 肩口から心臓に掛けて、一気に剣が振り下ろされる。

 真っ赤な血飛沫が舞って、トウヤの身体を濡らした。

 それきり敵兵は動かなくなり、トウヤは次の目標へと視線を移らせる。

 彼の言葉を咀嚼し、感傷を抱いている暇などはない。ここは戦場で、少しでも隙を見せれば次はトウヤがそうなってしまう。

 時を同じくして、勝鬨の声が上がる。

 大槍を掲げるエーリヒの真横には、首を切断されて転がる先程のドゥルーブの姿があった。

 それによって敵軍は一時態勢を崩し、奥で包囲されていた仲間達も、命は無事の様子だった。

「追撃を掛ける! 動ける者は俺に続け!」

 エーリヒの号令に、トウヤもその後ろに続いていく。

 しかし、アルゴータ渓谷方面に逃げていく敵兵に肉薄したところで、また別の影が現れてトウヤ達の行く手を遮った。

「こいつらは……!」

 鋼の巨人。

 魔装兵よりもまた一回り巨大な体躯を持つそれらは、王子ベルセルラーデによって生み出されたものらしい。

 それが、この戦いで一番の強敵と呼んでも過言ではなかった。

 数十人の兵を遥かに超える力、幾ら暴れても尽きることのない無尽の体力。

 そしてそれらが無数に存在し、その一体を潰したところでベルセルラーデには何ら痛手を与えることはできていない。

 バルハレイアの無茶な突撃を支えているのがベルセルラーデの力であり、またこの戦場で一ヶ月経ってもお互いに拮抗しているのもその存在が大きい。

「ちっ、また巨人か……!」

 巨人の持つ鉄塊のような剣が振るわれる。

 エーリヒは大槍でそれを弾き、反撃を叩き込むが、まともな傷どころか怯ませることすらできはしない。

「化け物め……! 魔導師を呼んで来い!」

 エーリヒがそう命令して、味方の兵士が数名後ろに下がって行く。

「あれはここで止めるぞ! 城門まで敵兵を連れてこさせるわけには行かん!」

 トウヤが炎を放ち、相手の動きを鈍らせる。

 その隙に兵士達が躍りかかり、敵に傷を付けるが、それでも鋼の巨人は止まらない。

「ぬおおぉぉぉぉ!」

 エーリヒの大槍と鉄塊がぶつかり合い、

大気が震え、その衝撃が大地にまで伝わる。

 それに怯む兵達の間を縫って魔装兵達が次々と戦場に到着する。

 敵もそれを判っていたかのようなタイミングで、地面が罅割れて、そこからまた二体、三体目の巨人が現れた。

「やはりベルセルラーデ王子……。敵に回したくはなかったが!」

 エーリヒが一体、魔装兵が数体掛かりでもう一体。そして、最後の一体の相手をするのはトウヤに回ってきた。

 ギロチンの刃のように真っ直ぐに降りてくる刃を避けて、その鉄塊を蹴り上げるようにして空中へと飛び上がる。

 体重と炎を乗せた一太刀が巨人の顔面を斬りつけるが、それでもその顔のような部分に僅かに傷が入るだけ。

 返ってきた反動と、焦熱に耐えきれなくなった剣が、ミシミシと悲鳴を上げた。

 地面に着地したところに、横薙ぎに振るわれた鉄塊を屈むようにして回避する。

 そのまま全身をバネにして胴体を斬りつけたところで、トウヤの持っている剣が根元から折れた。

「く、そっ……!」

 全力で炎を放つ。

 その勢いは一瞬で巨人を包み込むも、未だ破壊するには至らない。

 一瞬、相手の動きが鈍った隙に足元で倒れている兵士の懐から剣を抜きとって、新たに構える。

 再度トウヤに向けて攻めようとしている巨人を見据えたところで、その背後から空を飛んでいく物体が目に入った。

 羽の生えた、まるで鳥のような金属の塊が三匹ほど、空を駆けている。

 その狙いはトウヤ達ではない。後方にある、イシュトナル要塞のようだった。

「まずい……っ! エーリヒさん!」

「判っているが……!」

 激しい金属音が何度も横からは響いてくる。

 生身で、ギフトもなしでこの巨人と正面から打ち合えるエーリヒもやはり、相当な強者だが、それでもそれを倒すには至らない。

 後方で無数の光が爆ぜる。

 要請していた魔導兵が、どうやら後方に向かった金属の鳥の方を優先して攻撃し始めたようだった。

「少年! こっちは当分持たせなきゃならんが、できるか?」

「正直、かなり……!」

 たった三体の巨人。

 それがこの場を阻み、敵軍の勢いを盛り上げようとしている。

 トウヤ達が突破されれば下手をすればイシュトナルの内部にまで踏み込まれてしまう。それでは、一ヶ月の防衛が全て無駄になる。

「でも、やるしかないんでしょう!」

 焦熱した剣が、鉄塊を正面から破壊する。

 無防備になった胴体に、真一文字に斬撃が叩き込まれた。

 だが、それでも巨人は怯まない。

 それどころか剣を失えば咄嗟に素手に戦いを切り替えて、トウヤを迎撃するために腕を伸ばしてその身体を掴もうとする。

「こんなところで、負けるかよ!」

 剣が更に灼熱する。

 炎を纏い、一本の紅蓮の刃へと。

 その一太刀で持って、伸びてきた腕を斬り落とした。

 そのまま擦れ違い様に一閃。

 桁違いの強度を誇る巨人の胴体が、その溶かされたような切れ跡からずれて、地面に落ちた。

「やるな、少年!」

 同時に、エーリヒも槍を打ち付けて巨人を攻め立てる。

 相手が態勢を崩した隙に手に持った鉄塊を弾き飛ばし、両腕を大槍で跳ね上げて胴体の部分を無防備な状態に。

「おおおぉぉぉぉぉ!」

 気合いの入った掛け声と共に踏み込み、放たれた突きが巨人の身体を貫いた。

 不死身のようにも見えたその巨人は、人間のように重要な部位を破壊されては動けなくなるのか、そのままぐらりと揺れて背中から倒れ込んでいく。

「後一体!」

 エーリヒの掛け声に合わせて、トウヤの視線が魔装兵を三体掛かりで圧倒している巨人へと向く。

 五人同時に攻撃を仕掛けることで、流石の巨人も対処しきれなくなったのか、身体の体幹部分に致命的な一撃を受けてそのまま倒れていった。

 崩れ落ち、ただの鋼に戻って行く巨人達。

 それを見たバルハレイアの兵士達は、一時撤退することにしたらしい。後方から当たりもしない矢を放ちながら、一目散にアルゴータ渓谷へと逃げていく。

「エーリヒ様!」

 追いかけようとする部下を、腕を横にしてエーリヒが制する。

「いや、追うな。この戦力では追撃は無理だ。今日のところは俺達の勝ちだ。要塞の様子も気になる、戻るぞ」

「……いつまで続くんだ、こんな戦い」

 勝利したというのに、どうにも嫌な違和感が拭えない。

 先の見えない戦いへの不安と、その奇妙な感覚が蟠ったまま、トウヤ達はいつの間にか戦いの音が止んでいたイシュトナル要塞へと帰還していく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る