第五節 夜明けの鼓動
赤茶けた大地を、白い光が包む。
夜明けの陽光を浴びて、その輝きを銀色の髪に反射しながら、御使いである雷霆のルフニルは目を細めていた。
赤い荒野と呼んでもいいこの大地で人は生きている。
その荒涼とした土地を耕し、僅かばかりの恵みを得て、長い時間を先祖代々血を繋いできた。
彼等に対する救いは果たしてあるものだろうか。
自分達がこれからすべきことは、長年脈々と受け継がれてきたその想いへの救済となるのだろうか。
栓無きことを考えて、ルフニルは自嘲する。
戦っていない時の自分は、どうにも無駄なことを考えてしまう。それが嫌だった。
「ルフニル」
背後で声がする
静かな、暗き淵で響く鐘のようなその声に、振り返らずに耳を傾けた。
「何故、あのエトランゼを生かしたのですか?」
「殺せとは命じられていなかった。無理矢理に連れて来いとも」
「……貴方がそこまで融通の利かない性格だとは思っても見ませんでした」
「……見ろ、リーヴラ」
呆れた声は無視して、あくまでも自分のペースを崩さずにルフニルは指を刺した。
今しがた自分が見ていた場所、遠い空から昇る白い光を纏った太陽。
その輝きはよく似ている。
決して本人がその光を放っていなかったとしても、彼が纏っていたその威光はまさしく太陽と呼ぶに足るものであった。
「夜明けだ」
「……ええ」
「お前が行こうとしている道とは真逆だな」
「今更私を咎めるのですか?」
「違う。俺は御使いだ。同胞であるお前に従うと決めている。だが」
掌を向ける。
太陽は最初はその中に納まっていたが、空高くに昇るにつれて大きくなり、やがては光が零れていく。
「太陽の光を。その輝きを抑えることはできはしない」
「……どういう意味でしょう?」
「来たるべき日。お前が行動を起こし、この大陸が混沌に沈むその時に、誰しも機会が与えられる。自らの手で俺達を倒し、天の呪縛からこの世界を解き放つ権利が」
「彼にもそれがあると?」
「そうだ。だから俺はその日までは誰も殺すことはない。その日が来れば全力でこの剣を振るい、お前の前に立つ全ての敵を薙ぎ払うだろう」
それはルフニルの矜持であり慈悲。
二人が向かい、その刃を向け合う時はもう決まっている。
混沌の淵に沈む世界で、戦果の中で、お互いの力を認め合った戦士として全力でぶつかり合う。
その時を待っていた。他ならぬ雷霆のルフニル自身が、誰よりも。
「準備は完了しました。貴方が望むその時も、後数日後に迫っています」
「……それは、楽しみだ。だが、リーヴラ。一つ聞かせてほしい」
「なんでしょうか?」
「本当にそれがお前の望みなのか?」
「……ええ。それこそが私の悲願。長き時の中で辿り付いた結論なのです。あの方が創り上げ、そして彼女が護ろうとした世界は、私の手によって完成する」
「そうか」
狂気を内包したリーヴラのその声に、ルフニルは一切感情の揺れを見せずにそう答えた。
最後にそう尋ねたのは、同胞への心遣いに過ぎない。例えそれがどのような答えであろうとも、彼のやることに変わりはない。
「ならば征け、リーヴラ」
答えはない。
代わりに背後からリーヴラの気配が消えていた。
自分一人となった荒野で、ルフニルは再び太陽を見上げる。
懐かしきその輝きに心を奪われながら、無意識のうちに自分が笑っていることに気が付いた。
「……俺も待っているのだな」
虚界の怪物も、御使いとも違う。
人でありながらその域を超えた、神殺しの獣。
その男との決戦を待ち望んでいる。己の全てを賭けて、生き延びたこの御使いが最高の舞台で戦えることに、それを作り上げた全ての要素に感謝した。
「来るぞ。夜明けが」
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