第三節 再会の日は遠く
もうありえないと思っていた再会は、それから十年後に訪れた。
よりにもよってこんな日にと、難民達を纏める立派な青年に成長したディ―ターを見て、ラニーニャはがくりと肩を落として溜息を吐く。
できれば誰にも気付かれないままそこから立ち去ってしまいたがったが、彼は目ざとくラニーニャを見つけて、周りにいる仲間達に何かを言ってから駆け寄ってくる。
辛うじて残された幾つかの建物。
恐らくは彼が中心となって必死で立て直したのであろう貴重な作物を育てるための畑。
それだけでなくここには家畜も居て、避難民を受け入れるには充分な規模となっていた。
「ラニーニャさん!」
「お久しぶりです、ディ―ター君。立派になられましたね」
あどけない顔立ちの青年はそこにはなく、当時の面影を僅かに残した好青年がそこに立っている。
「あの時、ラニーニャさんに助けてもらった命を繋ぎました。貴方の言葉を護って、対価を貰って、今でもそれを続けています」
例えこの世界が絶望に閉ざされたとしても、人としての営みをやめてはならない。誰かに助けを請い、祈るだけの存在になってはならない。
ラニーニャ達はそんな人々を護るために力を振るうのではないのだから。
どうせ元の世界には帰れず、人として死ぬこともできないのならせめて、護った人達には強い心を持ったまま生きてほしい。
それこそが心の奥でラニーニャが抱える一つの願いでもあった。
「ラニーニャさんはお変わりなく」
「ええ、残念なことにね」
魔人と呼ばれるエトランゼの最高峰。
そうなった時に、ラニーニャは先輩の魔人から強制的に時間の流れを止めらる魔法を掛けられた。
人格にはやや問題があれど、力に溺れずに人を護ると言う義務を果たせる魔人は貴重だと、その一番古株の魔人、痛々しい名前を名乗る女は言っていた。
ついでに同じように長ったらしい名前を付けられそうにもなったが、無視してる。
他にも魔人は何人かいるが、決して全員が無事というわけではない。既に三人ほどは虚界にやられ飲み込まれているし、ラニーニャもいつそうなるかも判らない。
だから、今日こうして予期せぬ再会をしてしまったのは、複雑な気持ちでもある。
「僕、戦いが終わったら商売をしていきたいと思います。エトランゼの方が教えてくれました。そう言うのを上手くやれば、もっと豊かな世界にできるんでしょう?」
「……ええ、そうですよ。自分も相手も得をするための行為、それが商売ですから。そんなことを言われたら、わたしももっと頑張らないといけませんね」
視線を遠くの空に向ける。
分厚い雲の下、稲妻が弾け空気が歪む。
天を突くような醜い肉の巨人が、遠く離れたこの場所からでも観測できていた。
これまでにない規模の戦い、次の戦いは総力戦となる。だからこそ普段は自由に行動しているラニーニャもこの場所に呼び出された。
普段から虚界の動きを観測している連中の話では、勝利すれば大陸の大半を取り戻せるのだとか。
奴等が何処から来て、どれだけの規模なのかを全く知らず、興味もないラニーニャからすれば半信半疑だがやることは変わらない。
「……行くんですか、ラニーニャさん」
「それはそうでしょう。そのためにわたし達はこの世界に呼ばれたのですから」
もう長い時間が過ぎて、帰りたいという気持ちは消えた。
多くの仲間ができて、流星のように墜ちていった。
護りたいと手を差し伸べた無力な民を目の前で失ったのも一度や二度ではない。
今更元の世界に帰ったところで普通の生活には戻ることはできないだろう。
「ラニーニャさん。お願いが」
「わたしにできることなら」
「もし、虚界との戦いが終わって、僕も貴方も生きていられたなら、貴方の残りの人生をください」
何の冗談かと、軽口を叩こうとした。
なのに、ラニーニャの喉元で言葉が止まる。
ラニーニャを真っ直ぐに見つめる青年の顔が、余りにも真剣そのものだったから。
「十年前、初めて貴方を見た時から忘れられないんです。僕達を護ってくれた恩人であり、今も戦い続けている貴方のことが」
真っ直ぐな言葉は鋭利な刃のようで。
するりとラニーニャの身体を突き抜けて、心に触れては絡み付く。
嫌ではない、優しいその言葉の熱を受けられる自分は、とても幸せなのだろう。
そう思いつつも、ラニーニャが次に取った行動は彼の望みを叶えられるものではなかった。
「十年経って貴方が得たのは、わたしをお茶に誘う権利ですよ」
「……なら、戻って来たらお茶をしましょう」
「ええ、そのぐらいなら。それからの展望は、まぁ保留と言うことで。でも」
両手を広げて、青年の身体を抱きしめる。
「大きくなりましたね、ディ―ター君」
「……貴方はあれだけの力を振るって、多くの異形を倒して、沢山の命を救って……。なのにこんなに……」
互いに力を込めることのない優しい抱擁。
数秒も立たずそれは解かれて、二人は再び距離を取ってお互いの顔を見る。
「余計なことを言うつもりはありません。また、会いましょう。今度は十年よりも早く」
「はい。必ず戻ってきてください。ラニーニャさん」
交わされた言葉はそれが最後だった。
ディ―ターは自分の仲間達のところに戻り、ラニーニャはそれに背を向けて戦場へと向かっていく。
もう振り返ることはない。あの場所はエトランゼがいるべきではなく、この世界の人々が暮らす場所。
ラニーニャ達が護るべき、残された世界を生きるための希望がある場所なのだから。
そこに自分は似つかわしくない。
ギフトを発動させ、水流を生み出す。
地面を流れるそれに足を付けて、高速で進んで行く。
遠くに立つのは千を超える異形の群れ。
自分の居場所はそこにしかない。
人で在ることなど捨てた、この身は魔人、決して人々の中では生きることができない怪物。
だから、怪物は怪物の役目を果たしに行く。
同じ化け物と争い、そしてその血に塗れながら無様に生きていこう。
それが還る場所すらもなくした自分への、せめてもの救いとなるのならば。
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