第五節 喧嘩両成敗

 夜中までゴーレム退治に付き合わされ、へとへとになって帰宅。その翌日にカナタはまた学院へと呼び出された。

 シルヴィアが一人で借り切っている研究棟の一室は、所狭しと資料や素材が並べられていて非常に狭苦しい。それに加えて昨日破壊したゴーレムの残骸が大量に運び込まれているので尚更そう感じる。

 魔方陣が描かれた布を床に敷いて、その上に乗せられた残骸を虫眼鏡のような道具で観察しては別の器具を使って解体して中身を取り出している。

「カナタ、ここの部分」

 カナタの仕事はその中でも特に硬質な、シルヴィアの持っている道具では切り出せない部分を切り開いて中身を取り出すことだった。

「慎重になさい。ここだけ妙に頑丈な石を使っていると言うことは、それだけ重要な部位が」

 シルヴィアの心配は余所に、セレスティアルで作った短剣は簡単にゴーレムの装甲を切り開いていく。

 浅く縁取るように刃を滑らせて、表面を剥がしていくと、目的の下が見えたのかシルヴィアが声を上げた。

「ありましたわ!」

 カナタを押し退けるように身体を前に出して、再度虫眼鏡でそれを観察する。カナタも後ろから虫眼鏡の中を覗いてみたが、意味不明な数字や文字が出ているだけで全く内容を理解することはできなかった。

「やっぱり、このコアは相当希少な鉱石で作られていますわ。それにこれだけ綺麗な球体に加工する技術は現代では難しい……。これならクリスタ六号をより強力な子に生まれ変わらせることも……」

 再び椅子に戻ってシルヴィアの様子観察に戻る。

 彼女はこの作業が楽しいらしく、何やら興奮しているが、カナタからすれば昨日の方がまだ仕事としてのやりがいはあった。

 殆どが待機しているだけなので退屈だが、急に呼び出されるためここを出ていくこともできない。

 できることと言えばテーブルに頬杖をついて、シルヴィアが楽しそうにしているのを見ていることぐらいだった。

「カナタ。貴方にも特別に見せて差し上げましてよ。このコアの深紅の輝き、実に美しいとは思いませんこと?」

 目の前に大きめの瓶に入った赤い球体が置かれる。つるりとした表面に、吸い込まれそうなほどに赤一色の綺麗な宝石だ。

 ひょっとしたら気を使わせてしまったのかと、カナタは慌てて態勢を立て直してそれを観察する。

「綺麗だねー」

「……はぁ。これだけの力の集まりを見てその程度の感想しか抱けないんですの?」

「だって、ボク魔導師じゃないし」

「だとしてもです、芸術に興味を持つことは決して悪いことではありませんわ。例えそれが手に入らないほど高価なものでも、観賞して心に留める自由は庶民にもあるのですから」

「芸術って……。ゴーレムじゃん」

「ええ。自立稼働する自動人形、主の命令を忠実にこなすその姿は芸術そのものでしょう」

 言われて見れば石の人形が勝手に動くのは凄いことだ。ギフトやらセレスティアルですっかり感覚が麻痺していたのかも知れない。

「……ですが確かに、エトランゼのギフトの中には軽々とゴーレムを生み出すものもあるとは聞いていますわ。それに比べれば稚拙な技であるのもまた事実」

 カナタの頭の中に、どこぞの自分勝手な自称王様が思い出される。彼のギフトは鋼を操るもので、それによって無数の巨人を生み出していた。

 それらの戦闘力は非常に高く、正直な話シルヴィアのクリスタ五号とは比べ物にならない。

「あ、それからアーデルハイトも魔法でゴーレム出してたけど、それとはまた違うの?」

「だからわたくしの前でその忌々しい名前を出さないで欲しいと……。ゴーレムを出した? 魔法で? 即興で?」

「うん。すぐ壊されちゃってたけど」

「……それはそうでしょう! ええ、そのはずです! そうでなければ……!」

 何かを言いかけて、シルヴィアはふらふらと近くの壁に寄りかかってしまう。

 額に手を当てて疲れた顔でゴーレムを見るその表情を見て、ひょっとしたら言ってはいけないことを言ってしまったのかと不安になった。

「できればそれは聞きたくなかったですわね」

「え、ごめん」

「ゴーレムを即興で生み出すなんて言う魔法。でたらめもいいところですわ。並の魔導師には到底不可能、ましてや学生の身分でそれができる人など皆無でしょうね。それこそ、大魔導師と呼ばれるほどの才能がなければ」

「……大魔導師」

 アーデルハイトの祖父にして、ヨハンの恩人。

 先代のヨハンがその名を名乗っていたと、カナタは聞いている。そしてその教えを受けたアーデルハイトもまた、特別な才能を持っている。

 それは恐らく、この学院で学ぶ多くの学生や教授達が必死で手を伸ばして、それでも届かないほどに眩しい輝きなのだろう。

「ですが、これでまた希望も沸いたと言うものです。彼女にできるのならわたくしにできない理由もない。魔力にものを言わせた無理矢理な解決ではなく、わたくしは知恵と技術を使ってゴーレムを生み出して見せましょう」

 気合いを入れ直してシルヴィアは立ち上がり、ゴーレムの残骸に向かいあっていく。

 そんな彼女の姿は、最初の高飛車で無茶苦茶な印象とは違って、眩しく映った。

「あの子も貴方達エトランゼも、わたくし達の常識を軽く乗り越えていく。貴方達の持つギフトに比べれば魔導師の足掻きなど、滑稽もいいところでしょうね」

 それを聞いて、カナタは以前のことを思い出す。

 約一年前、ここで起こってしまった悲劇。

「あの、ブルーノ教授って知ってる?」

「はい。魔物の部位を使った生体工学の第一人者でしょう? 戦争のごたごたに巻き込まれて行方不明と聞きましたが……」

 どうやらそう言うことになっているらしい。

 彼は以前、魔物を組み合わせたキメラを作り、その心臓部にエトランゼの少年を利用した。

 一目には優しげなブルーノがそこまでした理由は、偏にエトランゼが恐ろしかったから。

 彼等の持つギフトと呼ばれる力によって蹂躙されるその日に怯えて、彼は禁断の力に手を出した。

 ならば、目の前にいる少女も同じなのだろうか。

 彼女の傾けるその情熱は、エトランゼに対する嫉妬や恐怖から来ているのだろうか。

 そう思うと恐ろしくなって、カナタは何も言えなくなった。

「貴方達は、わたくしの希望なのです」

「……希望?」

 カナタのそんな後ろ向きな思い込みに反して、シルヴィアが言ったその言葉は意外なものだった。

 その意味が判らず聞き返すと、彼女はゴーレムから視線を外さず、その口元を綻ばせながら続きを口にする。

「ギフトによってそれができる。貴方達は別世界の人間のようですが、ギフトは恐らくはこちらの世界の力。つまり、それだけの力を呼び覚ませる何かがまだこの世界には眠っているということ」

 何処からかノミとハンマーのようなものを取り出して、ゴーレムの表面を削って行く。

「わたくし達の研鑽次第ではそれに至れるという証拠なのです。そして、その力を普遍化する」

「普遍化?」

「ええ。エトランゼでなくても、魔導師でなくても、王族や貴族でなくても。その力を誰にでも使えるようにする。そうなった時のわたくし達の生活は、見違えるようなものになっていると思いませんこと?」

 その為の第一歩がゴーレム。

 彼女はエトランゼや魔導師が使う力を多くの人に行き渡されるために、その才能を燃やしていた。

 それは奇しくも、カナタが師と仰ぐ青年が神の如き力を失ってから導き出した結論と同じもの。

 一人が圧倒的な力を振るうのではなく、それを人々に分け与える。そうして生活をより良いものにする。

 口で言うのは簡単だが、実現するのは容易いものではない。カナタの世界でも幾度も起こった技術の革新、シルヴィアはその一歩をこの世界で踏み出そうとしていた。

「ですから、わたくしは彼女が嫌いなのですわ。才能だけを武器にして振る舞うその姿は、魔導師としては正しいのでしょうけど、特権を振り翳し、庶民から忌み嫌われるわたくし達貴族そのものの在り方に見えますもの」

「……それは、違うと思うけど」

 アーデルハイトが力を振るうのは、より大きな敵と戦うため。

 彼女はそのためならば身を投げ出すことも厭わない。残酷な話だが、御使いやそれに与する敵と戦うには必要なのだ、その他者を踏み躙るまでの圧倒的な才能が。

 でも、そんな説得をしたところでシルヴィアが納得するとは思えない。だからカナタにできることは、先の一言をどうにか絞り出すことぐらいだった。

「別に貴方がわたしのことをどう思っていてもいいけれど、その子をあまり連れ回さないで欲しいわね」

 声がして同時に振り向くと、不機嫌そうな顔で腕を組んだアーデルハイトが、研究室の入り口に立っていた。

「盗み聞きとは悪い趣味ですのね」

「貴方の声が大きいのよ」

 悪びれもせずつかつかと室内に踏み込んでくる。

「……初めて入ったけれど、それなりの設備を用意しているのね。でも、少しばかり効率が悪いわ」

「それこそ貴方には関係ありませんわ。どうぞ、お構いなく」

「それもそうね」

 クスリと小さく笑う。

 可愛らしさの中に妙な色気を含むその仕草は、カナタのもう一人の親友によく似ている。

 研究室内を見回すのにも飽きたのか、アーデルハイトはカナタの傍に近寄ってくると、手首の辺りを掴む。

「さ、行きましょう。手伝ってほしいことがあるの」

 近くで見ればその綺麗な顔は煤のようなもので汚れている。どうやらまた薬品を爆発させたようで、拭った跡があった。

「お待ちなさい。その子は借金を返し終えるまではわたくしの下僕ですわよ。貴方が勝手に連れていっていいものではありませんわ」

 立ち上がってシルヴィアが抗議する。

 それに対してアーデルハイトもまた、強気な態度を崩さない。

「なにを馬鹿なことを……。あのゴーレムは危険だった、だから処分した。それでお終いでしょう?」

「それは認めますわ。だから妥協してこうして研究の手伝いをさせているのですわ。こちらで話が付いている以上、貴方が口を挟むのは無粋ではなくて?」

「わたしの友達を使っていることが問題なのよ」

「そんな自分勝手な理屈!」

「貴方に言われたくはないわね」

 二人はカナタを挟んで、睨み合う。

 その中央では見えない火花が散り、いつ爆発してもおかしくないような状態だった。

 間に挟まれたカナタとしてはどうにか状況を収めたいところだが、何を言っても火に油を注ぐような結果になりそうで、結局はオロオロするしかできそうにない。

「だいたい、万年一人ぼっちの貴方がお友達とはおこがましいとは思わないのですか?」

「わたしは好きで一人でいたのよ。この学院に、対等に話をできる魔導師が誰一人としていなかったからね? 勿論、そこには貴方も含まれているのよ?」

 表情はあまり変わらないが、アーデルハイトは完全に熱くなっている。それに乗せられるようにシルヴィアもまた、次第に語調を強めていった。

「それはそうでしょうね。貴方は大魔導師の孫、誰もが欲して手に入れられないものを最初から持っているのですもの。特権階級にしがみつくのは楽しそうで何よりですわ」

「大貴族の娘である貴方がそれを言う? つまらないことに嫉妬している暇があったら成績の一つでも伸ばしなさい。実技も、座学も、なに一つでも貴方がわたしに勝っているものがあった?」

「薬学は勝っていますわ。それから、共同研究も何処かの誰かさんと違って人脈は大事にするものですから」

「……わたしだって、その気になれば……」

「無理でしょうね、アーデルハイトさん? 貴方が他の学生達からどんな扱いをされているかご存じかしら? いつも冷たくて表情一つ変えない自動人形、それこそオートマタのようですって」

「誰が……!」

 シルヴィアの言葉が、アーデルハイトの中にある何かに触れた。

 一歩踏み出して、手の中に紫電が弾ける。

 一方のシルヴィアはそんなことには気付かずに、言葉で優位を取ったと判断してまだ続けていく。自分の中にある不満や劣等感をここで吐き出すように。

「貴方、貴族がお家を盛り立てるために何処からか拾ってきた子なのでしょう? それが手が付けられないからって祖父に預けられたとか? そもそも、誰とも慣れあわなかった貴方がどうしてその方とは一緒にいるのです? 自分に都合のいい道具だからですか?」

「……お前……!」

 アーデルハイトの表情が崩れる。

 冷たくも、何処か余裕があった先程までの面影は一瞬で消えて、眉を吊り上げて相手を睨むその顔は、本人の綺麗さも相まって妙な迫力がある。

 カナタは咄嗟にシルヴィアを突き飛ばしての、その間に入り込む。

 彼女が放った電撃を、光の盾が防いだ。

 その威力はセレスティアルを貫くほどではなかったが、人間に当たれば怪我を負わせるには充分なものだった。

「……っ!」

「アーデルハイト!」

 自分が何をしたのかも判らずに、アーデルハイトは呆然とカナタの顔を見る。

「それは駄目だよ……!」

「でも……!」

「でもも何もないよ! そんなことしたらどうなるかぐらい判ってるでしょ?」

 カナタの言葉に黙りこくるアーデルハイト。

 自分のやったことについて、今のところ反省する気はないようだった。

「二人とも、喧嘩やめてよ」

 どうにか絞り出したのは、その一声。

 それに対してアーデルハイトは憮然として反論する。

「……わたしは貴方を助けに来たのよ? そんな言い草は……」

「頼んでないし! 協力するのはボクが決めてやってることなんだから、余計なことしないで!」

「……そう」

 多分、今自分は間違っている。

 二人の喧嘩を諫めようとして、一番取ってはならない選択肢を選んでいることは頭の何処かで理解していた。

 しかし、それと感情を繋げることができない。やめろと冷静な自分が叫んでも、カナタの口は言葉を紡ぐのをやめなかった。

「アーデルハイトにだって悪いところ、あるよ」

「……どうやらそのようね」

 それきり、彼女がいつもの憎まれ口を叩くことはなかった。

 カナタの顔から目を逸らして、来た時と同じように早足で部屋の外へと出ていく。

「シルヴィアも……。アーデルハイトはボクの友達なんだよ? あんな言い方ってないよ」

「で、ですが彼女の人付き合いの悪さは事実ですし、わたくしは何も間違ったことは言っておりませんわ」

「そう言う話じゃないよ。とにかく、アーデルハイトに謝ってくれるまでボクは絶対に手伝わないから」

「そ、それでは契約が……」

「だったらお金払うよ。今日すぐには無理だけど、数日中には」

「いいえ、それでは困ります。カナタはもう、お金以上の価値をわたくしに示してくれました。今後もわたくしを手伝っていただく必要があるのです。より高度なゴーレムを作るために」

「高度なゴーレムって……!」

「言ったでしょう? わたくしには目的があります。これまではどう頑張っても到達できなかった場所に、貴方がいれば手が届くかも知れません。あの遺跡の奥にはもっと強力なゴーレムがいるのです、それを持ち帰れば……」

「……馬鹿じゃないの。それでまた危険なものを作って人に迷惑かけるつもり?」

「そんなつもりはありません!」

 カナタからの予想外の反論に、シルヴィアは怒りに顔を赤く染める。

「あんなことを人に平気で言う人が、世の中のためになる物を作れるなんてボクは思えない」

 シルヴィアからの反論はない。

 カナタはそのまま黙って背中を向ける。

「何処へ行きますの?」

「何処でも。ここじゃないところ」

 そう言い残して早足で部屋を出ていく。

 そのまま魔法学院を後にして、暫く何も考えずに歩き続けた。

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