第四節 遺跡探索

 それから数刻後。

 空はすっかり赤く染まり、次第に夜がやってくる時間になっている。

 カナタは今、三体のゴーレムらしき物体に囲まれてセレスティアルの剣を構えていた。

 王都オル・フェーズから西。エーリヒ・ヴィルヘルム・ホーガンが住むテオアンとの中間地点に、大規模な遺跡群が存在している。

 以前は誰が何のために作ったのかも判らない場所だったが、今となってはここは恐らく千年前にエトランゼ達が拠点としていた場所なのであろうと予測が立っている。

 地上は崩れた街のように、石や見たことのない材質の建物の残骸が並び、以前はここがそれなりの規模の街のような場所であったことが見て判る。

 地下はダンジョンと化しているのだが、魔物や防衛用のゴーレムが蔓延っている上に、今のところ大きな収穫物も発見できていないため今一つ冒険者達にも人気がない。

 とは言えそれでも過去の遺物、未知なる技術の結晶は一部の魔導師達に絶大な人気があり、危険を冒していけばそれなりの見返りが期待できる場所でもあった。

 風化した石の地面、所々剥き出しの砂。

 風に交じる土と鉱石の香り。

 それらに包まれながら、カナタの横ではシルヴィアが仁王立ちをして自信満々に立ちはだかるゴーレムを指さしている。

「さあ、カナタ。こいつらをやってしまってくださいな!」

「なんでこうなるかなぁ……」

 カナタの悲哀をゴーレムが理解することはない。

 古代遺跡を護る意思無き守護者達は、侵入者に容赦をせず、それを打ち砕くために動きだした。

 大きさは人間よりもやや小さいぐらいだが、石でできた腕や足は太く、ちょっとやそっとの攻撃では倒れそうにない。それどころか、普通の武器ならまず刃が通ることもないだろう。

 円錐状の顔の中央には目のようなものが一つ描かれていて、その場所が金色の光を放っている。

 正面の一体が手を突き出すと、関節から外れてカナタの方へと飛来した。

 慌てずにそれを避ける。ワイヤーで繋がれて戻るようになっているようだが、すかさずそれを切断。

 地面に落ちた手を見るゴーレムは、意志がないと判っていても悲しそうに見える。

 実際のところ、この程度の敵ならばもうカナタの敵ではない。

 擦れ違いざまに一体目を極光の剣が薙ぎ倒す。胴体を両断されたゴーレムは地面に転がって、そのまま動かなくなった。

 すぐ真横の二体目がカナタに向けて拳を振りかぶるが、それも既に読み切っていた。

「弾くのは簡単だけど、折角だから……!」

 身体を逸らして、振り抜かれた拳を回避する。

 ゴーレムは焦らず、もう一本の手を動かしてカナタの腕を掴んで動きを封じようとしてきた。

 立ち止まり、一歩身を引いてそれを回避。

 ガチンと勢いよく閉じられた手の中には何もない。そして次の行動に移る前に、ゴーレムの胴体を切断して動きを止める。

 残るは最後の一体だが、その様子が少しばかりおかしい。

 よく見れば最初に倒した二体と形状も異なっており、両腕の先には五本指の手ではなく平らな表面に顔に描かれているのと同じような目が付いている。

 左右合わせて二つの目が、カナタに向けられる。

 一瞬視線を動かしてシルヴィアを見たが、どうやらゴーレム達の攻撃対象はカナタのようだった。恐らくだが、反撃をしてきた相手から順次撃破していくようになっているのだろう。

 両腕の目が輝き、嫌な予感がしてセレスティアルの盾を広げる。

 二つの瞳から空気を裂いて放たれた閃光が、盾にぶち当たってカナタの背後へと飛散する。

 背後を見れば、拡散して細くなったレーザーですら遺跡の石壁を破壊するのに充分な破壊力を秘めており、着弾した個所は焼けたように削れて煙が上がっている。

「危なっ」

 あんなものを生身で喰らったら一たまりもない。

 次を撃たれる前に接近するために、カナタは石床を蹴る。

 飛翔するようにゴーレムの目の前に着地。向けられた手から放たれるレーザーを盾で受け止めながら、無理矢理に距離を詰める。

「カナタ! そのゴーレム、倒してはいけませんわ!」

「へっ?」

 突然の声に剣を振り損ねる。

 その僅かな隙に、ゴーレムは的確に行動していた。

 両腕が超至近距離でカナタへと向けられ、文様が灼熱する。

 カナタもすぐに剣を解除して盾を生み出す。念のために両手を前に突き出して、お互いに手を合わせるような形で光の壁を広げた。

「あつっ!」

 咄嗟の判断は正解だった。恐ろしいことに、そのレーザーは至近距離ならば強固なセレスティアルの壁を貫くほどの威力があったようだ。

 流石に完全に貫通することはなかったが、カナタの両手の皮膚が焼けて、焦げ臭いにおいと痛みと熱さが広がっていく。

「どうすればいいの!」

「無力化なさい! 貴方ならできるでしょう!」

「無茶言ってくれて……!」

 抗議の意味を含めて、ダンと足を強く地面に打ち付ける。

「トゥラベカさんみたいに!」

 彼女の獲物は槍だが、修行を付けてもらっている間に何度か剣の扱いを見せてもらったことがある。

 まるで舞うようなその流麗な戦いぶりは見事で、荒々しさの中に完成された武術の美しさがあった。

 今のカナタにそれができるとは思わないが、その時の記憶を思い起こして動きを模倣する。

 次を発射しようとする片腕を、セレスティアルの刃が斬り落とす。

 そのまま剣を引かず、更に一歩。

 振り抜いた勢いをそのままに、もう片方の腕を切断。

 武器を失ったゴーレムは撤退するために後ろに下がろうとしたようだが、その距離と同じだけカナタは前に進んだ。

「カナタ、両足を!」

 シルヴィアの声は、カナタの目論見と一致していた。

 身体をずらし、擦れ違い様に光の剣が一閃する。

 両足を関節から切断されたゴーレムは、そのまま前のめりに倒れた。

「お見事ですわ!」

 弾む声で賞賛の言葉を口にして、物陰にいたシルヴィアが駆け寄ってくる。

「危ないよ」

 カナタの忠告など全く聞かず、俯せに倒れたゴーレムを転がしては鞄から取り出した謎の、細先端部分が直角に曲がった細長い器具を翳して何かをしている。

「あれだけの威力のある攻撃を短い間隔で繰り出せるなんて……。魔法とは少し違うようにも見えましたが、源流は同じなら……」

「だから危ないって……」

「ご安心くださいませ。わたくしが確かめた結果、機能の大半は停止していますわ。そんなことよりも貴方は貴方の仕事をなさい」

「今したところなんだけど」

「小間使いの仕事が終わることなんてありませんわ。さあさ、残りの二体をあっちの建物の中に隠して。それが終わったらこれもですわ」

「隠すって、なんで?」

「もし他の冒険者や魔導師が来た時に盗まれてしまうかも知れませんでしょう? そうでなくてもゴーレムのコアには貴重な物質が使われているのですから」

「……誰も盗まないと思うけど」

 少なくともカナタが冒険者としてここに来て、壊れたゴーレムの残骸を見てその感想には至らない。

「……と思ったけど」

 以前、クラウディアが他の冒険者の荷物を盗んでいこうとしていたのを思い出した。その他にも彼女はダンジョンからかなりの戦利品を略奪している。

 身内に一例がいたことでシルヴィアの言葉も否定できなくなり、回復薬を両手に振りかけてから崩れたゴーレムの残骸を運びにかかる。

「これ、重いからバラバラにしていい?」

「駄目に決まっているでしょう! 本来ならば無傷で回収したいところを妥協しているのですわよ!」

 仕方なく引き摺るように腕や胴体などを壊れかけの石の建物の中に移していく。

 息を切らせながら二体を運び終えたところで、シルヴィアの方も調査が済んだのか立ち上がってカナタを見ていた。

「遅いですわ。さ、後はこれも運んでくださいまし」

「……はぁ。待ってるぐらいなら自分で運んでよ」

 額に浮かんだ汗を拭って、そう言いながら残りの一体のところに向かう。

 既に冬は過ぎ、春の足音が近付いてきている。派手な運動をするとすぐに汗ばんでくるぐらいには気温も上がっていた。

 残る一体もどうにかこうにか引きずって運んでいく。前の二体よりも原型を留めていたので一番苦労した。

 息を切らせながら石の建物を出ると、シルヴィアが鞄から取り出した水筒をカナタに向けて差し出していた。

「ご苦労様。水分補給はしっかりとしなさい」

「あ、ありがと」

 自分の分は別に持って来てあるのだが、そこで好意を断るのも逆に申し訳ないので素直に受け取っておく。

「それから、怪我をした個所は大丈夫ですの? ちょっと見せてごらんなさい」

「回復薬掛けたから大丈夫だよ」

 水を一気飲みして一息ついてからそう答える。

「いいから見せなさい。市販の安っぽい薬であの熱量が完治するものですか」

 ぐいっと、無理矢理に両手を開かせられる。実際のところ痛みはもう殆どなかったのだが、火傷跡は痛々しく残ってしまっていた。

「ほら、貴方もレディなのですからお肌のことはもっと気を遣いなさい。もし一生跡が残ったらことでしょうに」

「あんまり気にしたことないけどなぁ。それにそれをシルヴィアが言う?」

「例え危険な仕事をさせようと……。いいえ、危険なことをやらせているからこそ一番に監督しなければなりませんの。おわかり?」

 小声で彼女が何かを唱えると、その掌に新緑の光が集まって行く。

 サアヤのギフトによく似たその柔らかな光は、優しく撫で上げるようなくすぐったさの後にカナタの掌に残された火傷跡と、じくじくと疼くような痛みをすっかり消し去ってくれた。

「うわ、凄い」

「そうでしょう? 回復魔法の使い手はそれほど多くはありませんの。初歩的なものはともかく、専門的なものになればなおのことね」

「へぇー。シルヴィアって凄いんだね」

「あ、当り前ですわ! わたくしは学院切っての秀才と謳われていますのよ!」

 胸を張るシルヴィアに、「おぉー」と素直に尊敬の視線を送る。

 それが照れくさかったのか彼女はすぐに腕を組んでそっぽを向いてしまった。

「い、今はわたくしのことはいいのです。わたくしを褒め称えるのは後にして、続きをしますわよ!」

「続きってなに? 迎えの人を待つんじゃないの?」

 ここに来る前に、既にシルヴィアは迎えの馬車を手配してある。指定された時間に遺跡の入り口に来てくれる予定だった。

「迎えの時間はもっと遅くですわ。ここを探索して、ゴーレムの残骸を大量に集める時間をは沢山ありますわよ」

 とてもいい笑顔で、そんなことを言う。

 それはつまり、カナタの戦いはまだ終わらない。そして何よりもゴーレムを倒した後の運搬作業もこれから何度もやらなくてはならないということだった

「何か問題がありまして? 別に今からでも現金支払いに変えてもよろしくてよ?」

 哀れ、カナタには抵抗する術はない。

 結局その日は、日が暮れるまで遺跡でゴーレム狩りをする羽目になったのだった。

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