間奏 魔法少女とボク

第一節 復学

 陽光を鮮やかに照り返す、短く切り揃えられた金色の髪。

 整った顔立ちに、切れ長の目。

 フード付きのクリーム色のローブを羽織った姿は、小柄な体躯ながら彼女を一端の魔導師のようによく見せている。

 先日奇跡的に生き返ることに成功したアーデルハイトは、今ヨハンの執務室にいた。

 どうやら彼女が眠っている間に本当に色々あったらしく、現在は住居をオル・フェーズに移している。

 日当りのいいこの部屋は執務机程度しか家具がなかったが、押しかけ家政婦ことサアヤとアーデルハイトによって観葉植物などの飾りが増えている。

 今日も自分用の机と椅子を何処からか調達してきて、部屋の主の許可もなしに設置し、満足げにそれを見ていたところだった。

 そこに、丁度いいと言わんばかりに机の上に一枚の書類が置かれる。

 いつの間にか隣に立っているヨハンを見上げると、彼は視線でそれを読めと指し示した。

 ぺらりと、一枚二枚。

 重なった書類を捲って行く。

 その間にヨハンは元の位置に戻り、読書を始めていた。仕事の休憩中か、それとも何らかの資料なのかは定かではないが。

 最後まで読み切って、アーデルハイトはヨハンの方を見る。彼もタイミングを計っていたかのように、こちらを見ていた。

「復学?」

「そうだ。エーリヒ殿の計らいで、魔法学院は休学扱いにしてくれていたらしい。先日やっと学院の方も正常に動き始めたところだし、丁度良かったな」

「……わたしはもうやめたつもりでいたのだけど」

「俺もそうだったが、折角の好意だ。それに話を聞くに、後は卒業するぐらいしかやることもないらしいじゃないか」

「そんな簡単な話じゃないのよ」

 ヨハンの言葉は事実だ。

 自慢ではないがアーデルハイトは成績優秀で通っていた。学院始まって以来の天才児と呼ばれていたこともある。

 単位はほぼ取り終わっているし、実技の方も完璧にこなしている。卒業後の進路についてもまぁ、考える必要も特にない。立場的に、その気になれば王立の機関で職を得ることは容易い。あくまでもその気になればだが。

「卒業までの必修で、二つほど単位が取れてないものがあるの」

「その辺りも考慮してくれるだろう。今からでもそれをこなせばいいじゃないか」

 ぺラリと本を捲りながら簡単に言ってのける。

 ぐしゃりと、書類を持つ手に力が入った。

 それは、余りにもアーデルハイトにとっては荷が重い。

「無理よ」

「無理じゃないだろう。身内贔屓ではないが、お前の魔法の実力と知識はよく知っている。学院で習う内容の程は知らないが、できないことはないのだろう?」

「ま、まぁね。うん、それはそうよ。知識と技術に置いてわたしはこの国最高峰に位置しているわ」

 えへんと平らな胸を張る。褒められたことが嬉しかった。

「でもね、それはわたしには無理なの。わたしを苦しめるために作られた制度だから」

「……どういうことだ?」

 首を傾げるヨハン。

 訝しげな表情をする彼に、アーデルハイトは魔法学院にある闇を教えてあげることにした。恐らくそれを聞けば、考えを改めるしかなくなるはずだった。

「最後の課題は共同研究。誰かとグループを組んで同じテーマを研究し、その結果を提出する」

「ほう」

「……共同研究よ? 誰かとグループを組んで」

「組めばいいだろう」

「……わたしが、誰かと、グループを?」

 ヨハンの傍に寄って圧を掛けていく。

「できるわけないでしょう。自慢じゃないけれど、わたしに学内での友達はゼロ。加えてこんな性格だから相手も委縮して断るだろうし、そもそも声を掛けるのが難しい」

「……難しかろうが何だろうが、やるしかないんだろう?」

「いいえ」

 持っていた書類をヨハンのテーブルの上にぶちまけて、彼から本を取り上げる。

 不満そうな顔をしたヨハンだったが、椅子に深く座りなおしてちゃんと話をする態勢を取る。

「復学しなければ解決よ。面倒事は全部なくなる」

「却下だ」

 書類を纏めて突き返してくる。

「学校はしっかり出ておけ。しかもオル・フェーズの魔法学院なら名門に数えられる。今後何をするにも有効に働くぞ」

「要らないわよ。進路なら決まってるもの」

「なんだ?」

「貴方の助手」

 ピッと一指し指でヨハンを指す。

「いや、要らん。イシュトナルならともかく、今の俺は間違いなく名誉職と言うか、閑職の位置にいる。仕事量は少ないし、それにいつかはここを出ていくつもりだぞ」

「だったらなおのこと必要ないわね。そうしたらわたしも付いて行くもの」

「そうならなかった時の可能性を考えてだな」

「そんな可能性はないわ。いい、あの時あなたはあの拗らせ女にわたしを貰って行くと言ったわよね?」

「……聞こえてたのか?」

「ええ」

 深く頷くアーデルハイト。

 満足げなその表情とは裏腹に、ヨハンは困ったように頭を抱えている。

「一生俺に養わせるつもりか?」

「それは人聞きが悪いわ。わたしにしかできない仕事をするだけよ」

「例えば?」

「……はぁ」

 溜息を吐く。

 そんなことも言わなければならないのかと。

 真っ直ぐに目を見て、アーデルハイトは高らかに宣言した。

「主婦よ。女は家庭に入り家を護る。子育ても考えると魔法学院卒業の資格が役に立つことはないわね」

「子育て……?」

「ええ。子供ができたら育てるでしょう?」

 再度、ヨハンは頭を抱えた。

 この時点でアーデルハイトは勝ちを確信していた。このまま押していけば復学せずに済むし、妻の座も手に入る。

 そう言えば婚約者がいたような気もするが、そんなことはアーデルハイトには関係ない。恋する乙女は盲目且つ猪突猛進、隙を見せれば奪われる非常な世界なのだ。

 もっとも彼女の主張には全く理屈が伴っていないのだが、それもまた恋する乙女の盲目である。

 ちゅんちゅんと窓の外で鳥が鳴いている。

 いい陽気だ。差し込む日差しも温かい。

 この論争は自身の勝利で終わったことだし、二人で庭に出てお茶を楽しむのも悪くないかも知れない。この時間帯なら余計邪魔も入らない。もしカナタが帰って来たら特別に入れてあげてもいい。

 勝利を確信したアーデルハイトは、そんなことを考えていた。

 そして彼女の身体が、立ち上がって歩いてきたヨハンによってひょいと持ち上げられた。

「あら、貴方も同じ気持ちだったの?」

 どうやら彼もお茶を飲みたかったらしい。わざわざ外に運んでくれるのは結構なことだが、どうせならば抱き上げてほしい。

 長年の付き合いならばそんなはずはないとすぐに判ろうものなのだが、どうやら春に入りかけたこの陽気と死んでから生き返った奇跡体験は随分と知的な少女の頭をふにゃふにゃにしてしまったようだ。

 てくてくとヨハンはアーデルハイトを抱えたまま歩いていく。

 扉を潜り階段を降りて。

 家の玄関の前までやってくると、手近な芝生にアーデルハイトと書類一式を放り投げた。

「いいから行け」

「ちょっと!」

「保護者としての俺のサインはしてある。後は学院に書類を提出するだけだ。復学するまで家には入れんからな」

 ばたんと、扉が閉じられた。

 尻餅を付き、手を伸ばしたまま呆然とする。

 そのまましばらく青空を仰いでいると、不意に玄関が開く。

「そうよ。わたしは別に学院に行かなくてもあなたのお嫁……」

「完治祝いだ。学院までは距離があるだろうからな」

 無造作に投げられた箒がアーデルハイトの隣に転がった。

「もう壊すなよ。寮に入る必要もない。毎晩ちゃんと戻って来てくれ」

 扉が閉まる。

 横に転がった箒を見つめる。

「……もぅ」

 言いながらも、表情は笑っていた。

 そのまま箒に横座りして、魔力を流す。

 以前と全く変わらない使い心地はそのままに、アーデルハイトの小さな身体を乗せた箒はオル・フェーズの空へと舞いあがって行くのだった。

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